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げんちゃんの発達障害プロジェクト

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算数の学習障害 げんちゃんは、どうして算数の文章題ができないのか?

 げんちゃんは、鳥がヒナにエサを口まで運んでやるように、1から10まで、せっせと、問題を解いてやって説明してるだけの日々が続いていました。ヒナなら、全力でエサを欲しがるから、まだましです。げんちゃんは、うなだれて弱弱しいヒナといった具合でした。

 それでも今では、気が向けば口を開けて、変なところを見ながら、口をパクパクさせているくらいにはなっています。

 そこから、一気に行ってほしいと思うのですが、とくに、算数になると、行きつもどりつを激しく繰り返し、空を打つような虚しさがあります。

 計算障害もさることながら、文章題に取り組むときの、独特な彼の思考停止状態は、果てしなく遠くにいるようなげんちゃんを感じます。身もだえするほどです。

 アユミンさんのコメントは、その隔たりを超えていく1本の矢のようです。コピペさせていただきました。

アユミンさん記

 低学年の頃、勉強について行けたということはないです。授業中は頭はメルヘンの世界に行っていました。公文は面倒見の良い姉が一緒だったので、なんとか通えていました。先生とのコミュケーションは姉がとってくれていたのかも?実はもうあまり覚えていません。

 図形、関数、証明等については、私の場合ですけれど、まず図や表を描くことが、ハードルが高いのです。これらの勉強をする時って絶対書けって言われますよね。
不器用で空間認知能力がないので、大人になった今でも定規があっても、まっすぐ線を引くことが難しかったりします。
(わかりますう~!げんちゃんも、なかなかでした。)

絵も描けないので、図や表をかけと言われる時点で拒否反応を起こしますし、書いていることを前提で説明が始まるので、スタートラインにも立てない感じです。

(げんママ : う~ん、そうなんですね、💦 げんちゃんに、どうして図を描かないの? とか、メモしないの? とか、詰問してたよね~、図を描けばわかるでしょう、と不思議でした。そこを端折ってできるわけがない・・・と。貴重なアドバイスです! ありがとう!)

なので、図や表をあらかじめ書いたものを、プリントで配ってくれてそこからなん度も説明してくれたほうが、子供時代の私にはわかりやすかったです。
書かないとわからないでしょ、とも言われますが記憶や暗記の仕方が人より独特で、私の場合は右手の第1関節を意識して、覚えたいことを頭で思い浮かべながら眼球を動かすという方法で、漢字などもこの方法で覚えています。

(げんママ :図や表は、こっちでどんどん描いてやった方がいい、とどこおれば、さっさと進めてやった方がいいのですね~。つい、やってごらん、と時間をロスしてます。その積み重ねが大量になれば、やがて、本人から動き出すものなのかもですね。少しは図なども描くようになってますから。)

あとは、げんママ様が実体験の必要性を以前も仰っていましたが、私の子供時代はとにかく、身体で感じ取れる感覚が鈍かったです。時間はもちろん、今日の気温は〇〇℃くらいだな、これは重いな〇〇kgぐらいかな、家から学校は○○mぐらいだな、このコップは〇〇ccぐらい水が入るだろうな等のことを考えたこともない有様でした。

(お~、つまり、意識してなかったということなんでしょう。だから、これは、何グラムだと思う?とか何メートルかな~? とか、言葉かけが重要なんですよね。時間も、そう!)
こういう感覚がわからないから、文章題が求めていることがわからなかったのだと思います。
あと、三角形の角度の合計は180°は知識としてわかっても、角度の概念がどうしてもわかりませんでした。
体育で、右手を斜め上に45°挙げるとか言われても、??でしたね。
働いてからも、ベッドギャッチアップ60°まで可とか指示がでると冷や汗が出たのですが、それ用の巨大な分度器を使っているうちに、角度の概念がやっと身体に染み付きました。もっと早くやっていれば、図形の問題はもう少しなんとかなったと思います。

(げんちゃんもまったく同じだと思う・・・先日K先生が、体重計に乗せて重さを説明したらしい・・・ひたすらプリント学習をつんでも、効率が悪いのは、こういうことで、すごく注意しなければならないポイントなのでしょう。)

次に、実体験をつむことの他に、ロボママさんは、こういうことも言い添えられてました。

ロボママさん記(編集させていただきました)

算数で使われている用語には「独特な言葉」が多い。特殊な言い回しが多くて、日常生活で体験していない。

例えば、対称軸の問題で「点Cに対応する点はどれですか?」という問題がありますが、日常生活で使う対応の意味と算数で使う対応の意味は明らかに違いますよね。

一般の子も数字と言葉を結びつけた体験をしていないので、数字に普段から興味のないような子は、文章題が苦手な子がいます。そういう場合は、ひたすら文章題を解いて、数字と言葉を結びつけて考えるトレーニングをしていけば、だんだん慣れて解けるようになるようです。
 しかし、発達凸凹の子は、特に言葉だけ得意だったり、数字だけ得意だったりして、認知に偏りがあるため、ただ文章題だけ解いても出来るようにはなりません。実体験と文章題を解くということの両方をやっていかなければ、なかなか解けるようにならないと思います。

でも、そこに向かうための学びの一つ一つは、同時に、他のことを成し遂げる下地にもなるので、本人の成長には大きな意味のあることだと思います。
(算数だけのことにとどまらないのですね。私もそう思います)

げんママ記
普通のお子さんは、幼少期に経験からどんどん理論的なものを習得していけるのでしょうが、げんちゃんは無理だったのでしょうね。でも、脳が、改善していって、少しは学べるようになる。そうなると、幼児期に帰って追体験しなければならない。遅ればせながら習得する、と考えれば、実態物による経験が今でも必要だ、ということは、当然のことかもしれません。。なかなかやっかいですが、これも、3歳児育児と思えばいいのかもしれません。

算数の言い回しに関しては、これも、感覚があってこそ学べるものなので、遅れてきちんと入れる必要があるというわけなのでしょう。

とにかく、根気勝負! ということですね~。げんちゃんは、算数嫌いオ~ラで全身を包んで、私の根気の前に仁王立ちしておりますが・・・・。

お二人ともありがとうございます。


by glow-gen | 2018-01-30 05:00 | 算数の学習障害 | Comments(6)

格闘! 自分から逃げるな、と言いたい!

 

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 げんちゃんと対峙していると、どうしようもなく、腹が立つときがしょっちゅうです。土曜日は、仕事で勉強を教える暇がないので、今日は、お姉ちゃんの親友がげんちゃんの家庭教師をしてくれました。

 大学生なので、そうたいしたことはできないだろうな、と思っていたけれど、K先生が 
「比例反比例、けっこうわかっていますよ。消しゴム使って、必死で教えました。何度も・・・」
とおっしゃるので、今日は、彼女に、反比例を教えていただくように、教材を揃えました。

 来週反比例のテストがあるので、なんとか、良い点がとれて、げんちゃんの自信につながるといいな、と思ったげんママです。

ところが、案の定、終わって彼女に聞いてみると、「ぜんぜんわからない、」と、ぼ~っとしていたそうでした。

 ほんとに、うんざりです。げんちゃんの態度が目に見えるようです。5年の秋ごろでも、約数、倍数、など、教えることに躊躇するほど、難儀していたげんちゃんだったのに、彼は、そこから飛躍的に算数がわかるようになってます。もちろん、人並みとは、言えませんが、20までの加減だけで、何年もかかってきて、どんな教え方をしても、不毛な砂漠のような算数地獄が、多少は、湿り気を帯びてきた程度にはなっています。

 
でも、げんちゃんは、大学生の先生を前に、フリーズして、心を動かさない。それは、手に取るようにわかります。

家に帰って、もう一度その問題をやらせてみました。

” 170センチの輪になったヒモがあります。正x角形を作ると、一辺がyセンチになります。xとyの関係を式に書きなさい”、という問題でした。

げんちゃんは、いつものように、ぱっと読むと、何も考えず、xとyを適当な意味不明の式に当てはめて終わりました。彼は、図を描くわけでも、問題に線を引くわけでもなく、なんか下に書いてあるヒントになる表のあいたところに、好きなように処理した数字も書きました。もちろん、全部バツ・・・・

 「絵を描いてごらんって言ったでしょ。・・・それに、問題文に線もひいてないよね。」

げんちゃんは、ふてぶてしく、
「別にいい!」
と言って、私の言うことを無視します。
「うるさい! あーもういいから。静かにして!」

あくまでも、算数に対して、どんなに私が、いろんな方法を研究して教えようが、どんなにこっちが努力しようが、上司が、部下の血肉をそそいで作った書類を、まるで一蹴するかのように、げんちゃんは、偉そうに踏みつぶしてくるのです。

どこがわからないのか質問するわけでもなく、とにかく、わからん、と言ってしまえば、それ以上考えなくてすむ、という思考です。ほんとに卑怯です。

K先生もこの部分に手をやいています。わからない、と言っている方のげんちゃんが、常に偉そうで、教えている私やK先生は、まるで、部下のようなありさまです。

何様のつもりなんじゃ! 私が、絵を描くように言って、さらに、説明しだすと、
「あ~。もうぜんぜんわからん!」

と、ふてぶてしく、切り捨てます。げんちゃんは、問題をやってやってる・・・もしくは、お母さんがうるさいから、とりあえず取り組んでる・・・そういう気持ちなんでしょう。

さすがに、切れました。

「甘ったれんな! 。いつも誰かがやってくれる、自分は、いつも、自分から逃げて、いつも誰かのせいにして、そんなことしてるから、何もかわらないでしょ。(げんちゃんは、最後は、何かのせいにする。)
あんたは、いつも支援クラスで、普通クラスの子にはついていけないでしょ。
現実をちゃんと見なさいよ。目をそらすな! 自分の現実に向き合いなさい! ずっと自分のやりかたを変えなければ、出てくる結果は同じだよ。どんなにチャンスを与えても、自分がそれをつかまないんだったら、あんたは今のまんまだよ。」

ほんとに、自分のやり方、自分の考え方、げんちゃんは、絶対に手放さず、ポーズだけがんばっているつもりでいます。でもそれは、何も結果には反映されない。私は、それがほんとに口惜しい。しばらくすると、げんちゃんはまた、布団に逃げ込もうとします。うまいこと、寝る時間になった・・・脳は、そういうことだけは、狡猾に動く。

「僕は、今日疲れているんだ。」
とかぬかす。
「あんたが疲れてるだって! あたしは、仕事して、あんたを教えて、それから、あんたが寝たら、1時2時まで仕事するんだよ。馬鹿言うな。やれよ。自分が変わりたいんだったら、やれ!」

私は、げんちゃんをひきずりだしてきて、有無を言わさずさせました。
こうやって、逃げることだけ、覚えていくなんてありえない!

げんちゃんは、あきらめて、問題を読み、言われるように図におこしました。サポートはしたけど、ちゃんとできる。そして、げんちゃんは、すっと何かつきものが落ちたみたいに、そこから先は、やってのけました。そう、彼は、できるところに来ているのです。でも、やろうとしないし、自分と向き合うこともさけます。逃げて、逃げて、人のせいにして、現実から目を背ける。

現実は、ここにしたためたものの数倍激しい戦いです。私は、げんちゃんの狡猾な手法に負けるわけにはいきません。どんなこと言ったって、ちゃんと向きあわせます。
私は、それほど、本気なんだ!

終わってから、げんちゃんといっしょにカルタを作りました。
真ん中に算数と書きました。

私も、いっしょに、書きました。私だって、傷ついているんだ!

げんちゃんは、数字の砂漠、とか、面白くなさそう・・・とか、限りなく負の感情をぶつけます。私は、図を描かない、とか、甘え、とか、思い込み、とか、げんちゃんの算数に対して感じることを書きます。

ありったけ書くと、

「で、げんちゃん。ちゃんと図を描いたら書けたわけだよね! できたわけだよね。じゃあ、それからのことを、今度は赤で、この図に入れてみて。」

そういうと、赤で、いくつかの負の感情をバツで消しました。図を描いたらわかった、と、納得したようです。そのあと、ふてぶてしく寝たものの、私もげんちゃんも、どっかすっきりしてました。

カルタ、使えます。

いい加減大人になれよ、と思います。

 
 


by glow-gen | 2017-10-22 01:16 | 算数の学習障害 | Comments(28)

算数の学習障害、ここへきて10進法の整理をしてやる。

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数を形におきかえる作業に取り組んでます。25が4個は100、形にするとこんな形。方眼紙は使えますね。右上のノートの字は、ママの字です。問題作ってやりました。げんちゃんの字は、すさまじく、まだまだ破たんしてます。

  げんちゃんは、ぜんぜん変わらない、といらいらする所と、確実に進歩しているところが、混在しながら5年生ライフを過ごしてます。
一つはっきり言えることは、去年までのげんちゃんからすると、完全に次のステージにいっているということです。昔を考えれば、すごいことかもしれないけれど、それはそれで、新たに、どうしようもない問題にぶちあたっている今日この頃です。

 さて、げんちゃんのこの頃の算数について書いてみたいと思います。

 げんちゃんは、四則計算をとりあえずこなせるようになりました。5年の現在の単元は、少数の掛け算ですが、真に理解しているかどうか、さだかではないにしても、とりあえず、10問くらいのひっ算を、立て続けに一人でやりおおせるようになりました。簡単な文章題も、一人でえっちら絵にしたりしてみたりして・・・(絵にしろと言わないと、適当に即答して、間違いますが・・・)分数も、割り算も、一人でやって、答え合わせに持って来たりするようになりました。運転技術に例えるなら、自動車学校の仮免といったできばえですが、とりあえず、できるようになったのです。

当然、正解率は低く、時には半分すら合わないこともあります。
よく観察してみると、20までの加減がまだ、不確かだったり、汚い字でうめつくされる計算式の桁がごちゃまぜになっていたり、100借りてきて1の位を引くやりかたがわかっていなかったり、・・・基礎の基礎からどうも、不確実な感じがします。

 反復がたりてないだけ、と思いたいところですが、長年げんちゃんの算数につきあってきたげんママは、これこそが、げんちゃんの数の障害に起因すると感じます。

 少々反復しても、げんちゃんの計算力の確実性が、簡単にはあがっていかない原因。それは、普通の子なら、確実についていく数の感覚がついていかないことも原因だと感じます。

いまだに、8たす5をいきなり14とかやってしまうげんちゃんの計算感覚は、数が10のまとまりで折り返していく図形的感覚ではなく、ひたすら数珠つなぎで数がのびていく感覚ではないかと思っています。
 
だから、少し難しいひっ算ができたと思っても、決して油断のならない世界だと感じます。

 ある時、ふと思って数唱をさせてみたら、
110,111,112、・・・・・119、と言って、しばらく悩んで200と言ったげんちゃん。ここが1000なら、230はどこ?といった数直線問題がいまだにむつかしいげんちゃん。

 1000の半分は? と聞けば、しどろもどろして、あせって100とか言って、その場を取り繕うとしたり、
1000の一つ前は?と聞いても答えられないのも、先日発見しました。
100が10個でいくつ?と聞いて、110とか叫んでましたし・・・(100×10=1000 と書くくせに・・・)

もう、10進法の実感がここまで入ってなくて、逆によく四則計算できているものだ・・・.と感心するくらいです。

 しかし、気を取り直して、戦略を考えます。げんちゃんが、どこで、つまづいているのか、どんな感覚で算数を突き進んでいるのか、今こそあぶりだせる段階に来たとも言えるのです。

 
 げんちゃんの状態はたぶん、こんな感じでしょう。

数が、形になっていないということです。
数は抽象的なものですが、実は、形があります。人によってとらえ方もあるとは思いますが。
100なら、10が10個ならんだ、正方形。

少なくとも、1から100まで ひたすら線路みたいに続いた1本の線ではないはずです。しかし、どうも、げんちゃんは、1本の線のままのようです。ひく1さえ、いまだに、指を使うことの多いげんちゃん。数は、ひたすら、数珠の玉のように、言葉が続いているだけの感覚なんだと思います。
 行ってみれば、私たちが円周率を何桁も延々唱えた場合、数はひたすら脈絡なく続く文字です。げんちゃんの数の感覚は、まだそういう部分が強いのではないか、と思っています。

ただ、最初のころと違って、少しは形をとっていると思いたいですが・・・。どちらにしても、ここへ来て、とことん整理してやらなければならないほど、初心者状態なのでしょう。

学校の単元を進めつつ、一方で、まだ完全に整理されてない数の世界を、整理してやる作業をする必要があると思いました。

そこで、トレーニングを開始しました。こういうことは、今までもやってないことはないのですが・・・まだまだ定着をしてないようですね。



1、まずは、数唱です。1から100まででは足りません。数のどの部分かを取り出して、数唱させます。

   80から130まで、1ずつ・・・
   790から850まで、一つずつ・・・
   0.01から1まで。0.01 0.02 0.03・・・
90から500まで、10ずつ 90 100 110 120・・・・・(190の次に1000とか言い出します。やれやれ)
   5 10 15 20 25 30・・・・・・


  思いつくあらゆるところを、まずは順唱からです。そのうち、逆唱もせねばならないかな~・・・

2、 方眼紙を使って、10×10の正方形を切り出したものでトレーニング。厚紙の方眼紙はいろいろと便利です。
   83はどこのマス?と言って、すぐに指させなかった時には、こっちがびっくりしました。

   数がどのマスにあたるか、あてさせます。
   また、25が4つで100なんてものを、はさみで切りださせます。
   100は86と14、というのを、鉛筆で線をひかせたり。

   100マスの方眼紙の、一マスが0.1なら、1列1になり、全部で10になる、というのを数えさせたりします。


3、20までの数の”半分”を作業させます。これは積み木でします。
  案外、半分というのがわからない子供たちです。
  半分がわからなければ、4分の1、なんて感覚はわかりっこないでしょうからね~・・・バカにできない、”半分”


これが、去年だったら、一つ一つため息ものでしたが、今は、やはり、一から教えるというより、整理してやる感じがします。やると、ボトムアップしてくる感があります。

それにしても、2年生のまとめテストをしてみたら、案の定わかってない・・・

1000が2個、100が8個、1が5個、全部でいくつ?が、撃沈でした。2805が正解ですが、285と書いて?頭をひねり、その後、200080・・・・みたいなことを言い出して、
うわ~~、こっちまでパニックになりそう! 落ち着いて、ヒントを出せばできますが、やはり仮免状態ですね。

 まあいい。これでも、昔より、ずっと理解力があがっているげんちゃん。きっちり整理して入れていってみたいと思います。

by glow-gen | 2016-05-21 17:43 | 算数の学習障害 | Comments(12)

算数学習障害児(LD)、割り算の教え方 その2


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げんちゃんは、1学期、割り算の意味を理解させることは、不可能のように感じました。簡単な筆算も、くらくらするほど、教え込むのが困難な感じです。まあ、割り算を理解できてないのに、計算しろというのも、なかなか難しいのは当然かもしれないですね。

矢ヶ崎先生に福岡に来てもらい、安曇野プランセミナーを受けたのが5月です。それ以来、消しゴム玩具を使って、具体物でやることの意義を感じて、折に触れ取り組んできました

3年の時に習う割り算は、九九の範囲の割り算です。81÷9=9、のように、かけ算の中から答えを出す物です。

割り算の消しゴム遊びを始めたとき、いくつかの消しゴムを用意して、3人に分けてね・・・なんて言いながら、作業をさせました。しかし、意外にも、げんちゃんはもたもたします。

次に、、
6÷3=2 と、答えた式からお話作って?と言いました。

出来るだろうと思ったら、やれやれです。げんちゃんはちんぷんかんぷんのようです。もちろん、それまでも、私なりに、式の意味も教えてきたというのにね。

結局、ものすごく格闘したあげくに、私はげんちゃんが、割り算が、”同じ数ずつに分ける”、ことを理解していなかったのを知りました。脱力しました~。そこわかってなくて、取り組んでいたんかい!・・・・

安曇野式のやり方は、かけ声というものがあって、それが、いかに大事が、その時知りました。

「仲良く分けるは、割り算」

と言うんだそうです。確かに、仲良く分けるのをわかっていなかったげんちゃんでした。

ちなみに、かけ算は、
「同じ物がたくさんはかけ算」

足し算は、
 「あつまれ~は足し算」
引き算は、
 「さようなら~は引き算」

と教えるのだそうです。まあ、どうでもいいようなことに思えるかもしれないけれど、式のイメージがつかめない、式の意味するところを理解しにくい彼らにとっては、大事なことのようです。この言葉に、決まったジェスチャーもつけて、味気ない式から、映像が浮かぶように助けます。

げんちゃんは、等しく分ける、とわかった段階で、わずかに、割り算の船出が始まったようです。


さて、夏休みをまたいで、げんちゃんは、なんとなく、そもそもの理解力というのがわずかに改善してきました。それと並行するように、一桁で割る割り算の筆算は、まあまあできるようになってきました。
 ところが、最初に書いた、式で物語を作るのが、いっこうにできません。

「6個のクッキーがありました。3人で分けると、何個ずつ分けられる?」、はそこそこできてきましたが、
「6個のクッキーがありました。2個ずつ分けると、何人に分けられる?」の方はつまってしまいます。
挙げ句の果てに、何人でではなく、「2個ずつ分けると何個ずつ分けられる?」、と意味不明なことを言い出します。

 やれやれ、なんでなの???
矢ヶ崎先生に尋ねてやっと意味がわかりました。わかってみたら、なるほどです。

 「足し算と引き算」と、「かけ算と割り算」の間にある大きなへだたり、そこが超えられなかったのです。

つまり、足し算、引き算は、クッキーがあったら、答えも、クッキーです。イメージで言うと、ビーズを糸に通すようなものです。同じ物が減ったり増えたりするだけ。最初が、何個なら、答えも何個です。

 でも、かけ算からはそうはいきません。二つの要素が出てきます。クッキーが一皿に4個ずつ。そのお皿が5枚。といった感じです。
「足し算と引き算」を、ビーズのような直線にたとえるなら、「かけ算と割り算」は、たてと横の面積というか、つまり、2次元になってきます。

たぶん、げんちゃんは、ビーズの感覚で考えたのでしょう。つながったビーズを同じ数ずつ分けるのは、イメージできるけれど、あくまでもそれは、直線のままです。

 これは、普通のお子さんでも、よくおこりうる混乱なのだそうです。一次元から2次元へ駒が進まないのです。

じゃあ、その時どうすればよいか、

 なんと、一度かけ算にもどるのだそうです。

かけ算は、割り算よりわかりやすいです。お皿の数という新たな条件が加わったとしても、答えは、あくまでもお皿の中身の合計です。クッキーがいくつづつか、お皿にありますが、答えは、あくまでも、クッキーの合計です。
 割り算の前に、かけ算というものは、お皿の中身の合計を出す物である、ということを、はっきり言葉で教えなければなりません。そして、具体物で何度も再現します。お皿に分けたクッキーの絵柄は、かけ算も、割り算も同じです。割り算が映像化しやすくなるというわけです。

 かけ算が映像として入ったら、割り算を説明します。

「割り算は、全部の数はわかっているところから始まります。」

このことを、言葉にして、しっかり教えなければなりません。かけ算は、全部の数がわかっていない。割り算は、全部の数がわかっている。明確にしてやる必要があるのです。

そして、割り算は、わかっている全部の数から、お皿の数と、一皿分の中身の数に分けていくと、教えるのだそうです。ちなみに、一皿分の量は、”一あたり量”と呼び、お皿の数は、”何個分”と教えるそうです。

 さて、そこまで教え込んだら、単純な文章題から、どれが、”一あたり量”になり、どれが、”何個分”にあたるか、考えさせていくのだそうです。

 単純に物を分ける問題ばかりではありません。難しいものになると、どれが”一あたり量”で、どれが”何個分”、にあたるのか、わかりにくいものもあります。
  割り算は、やはり、小学校算数の1つの山場なのかもしれません。


 私は、4年では、面積の出し方を習いますから、一あたり量を”たて”、何個分を”横”。そういうビジュアルも合わせて教えてもいいと思い、やっています。

算数につまづかない子なら、いちいち教えるまでもないことかもしれないけれど、割り算につまづく子には、そうやって、きっちり段階を追って教えてあげる必要があります。


 さて、次に、素晴らしいアイデアが安曇野プランにはあって、一皿分(一あたり量と言います。)の答えを求められる割り算は、
「わくわく割り算」
と名付けています。つまり、こういう問題の時にそう呼びます。
「子どもが3人いました。6個のクッキーを仲良く分けたら、何個づつもらえますか?。」3人とも、絶対クッキーをもらえる。だから、わくわく割り算なのです。

そして、
「6個のクッキーを2個ずつ仲良く分けたら、何人に分けられますか?」 に代表される方は、
なんと、
「どきどき割り算」
と命名するんだそうです。クッキーもらうために、並んでいても、前の人で配り終えたりするわけですね。始めに考えた人は、すごい知恵者ですね!


ちなみに、消しゴムの前にキャラクターをたくさん並ばせて教えていたら、計算式にない数のキャラクターがあるもんだから、またまた混乱していた、かわいそうなげんちゃん。・・・ははは(笑)どこまでめんどくさいヤツなんかい!
 答えが決まったら、もらえなかったキャラクラーは即座に退場させねばならない、げんちゃんでした。~(汗)


ほんと、そこまでやってやりますか~、とあきれるほど、細かい段階を追って入力していく必要があるようで、忍耐強くなくては、学習障害にはつきあっていられないですね~。でも、わからずに泣いている子が、わかってうれしそうにしたら、やっぱり、楽しくなりますよね。根気勝負!です。


それにしても、安曇野プラン算数の教え方、みごとなもんですね。

 理解させるのは、げんちゃんに限らず、一度やったら、すっと次に行けることもあるし、何週間も、かかることもあります。ほとんどやってなくても、次にやると理解してることもある。

 でも、相手がどこに、どうつまづいているか、把握できるということは、とても教えるのが楽になります。

 算数でお困りのママに役立つとうれしいです

by glow-gen | 2015-11-09 20:59 | 安曇野方式算数 | Comments(4)

やっぱり算数の学習障害に格闘してます。 その1

ここんとこ、2週間、久しぶりに、げんちゃんの取り組みについて、頭の中でまとまらなくて、私はもんもんとしてました。

 もんもんとしている理由は、自分でもわからなくなるほど、多岐にわたっているのだと思う。

 たとえば、げんちゃんの書字がマッサージで良くなったと思ったけれど、ぴくっと出た書字の峰に、すべてがいっきに収束していかなくて、あいかわらず、汚い字しか書けないこと。
それも、1つの理由だと思います。

 そして、あいかわらず苦しんでいる算数地獄も、私の気分をふさがせてしまう大きな理由でしょう。

 最近、自分の中で、算数の取り組みが、なんとなく見えてきたような気がしていました。げんちゃんのために、算数の取り組み方を、新たにアレンジしていました。

 そろそろ、その成果が出る頃だとふんでもいました。でも、結果は落胆することに、まったくそうではありませんでした。まるで、一匹もつれない漁のように、すくい上げた網はすかすかです。
 しかけを考え、漁場もしぼってやっているのに、まったく釣れない・・・・なんだか、最近の私の感覚です。

 もんもんとしながら、毎日毎日自問自答して、矢ヶ崎先生に聞いたり、学研の先生と長々と考察してみたり、もう一度、何が原因なのか、ずっと考え続けていました。

 書字は、まだもんもんとしているのですが、算数地獄については、また、気を取り直して、取り組みなおす気になったので、ちょっとまとめてみようと思います。

 げんちゃんが、ひとけたの足し算ができるようになったのは、2年生になってからです。引き算は、未だに不確実かもしれない。それでも、3年の夏休みから、20までの足し算引き算を反復しています。

 もう、どれだけしたでしょうか。・・・・とにかく、なんとかできるようになったのだから、反復して行けば、定着して次に行けると思った私は、今考えれば、ほんとに素人でした。

筆算、かけ算、かける1桁ならなんとかできて、4年になったら、割り算も、一桁で割るのなら、なんとかできるようになりました。

普通そこまできたら、やっぱり、げんちゃんの数の理解はちゃんと進行していると考えますよね~。だれでも。


だけど、げんちゃんは、そこまで来ても、まったく、数の文盲のようです。
なぜかというと、たとえば、9-6=3 なんていう、初歩の計算も、どうかすると間違えます。指を使わなければ何もできません。筆算も、割り算も、ちょっとしないと、まったくやり方がちんぷんかんになります。

 だから、1ヶ月前から、私は、思い切って、一桁の計算までもどって、毎日タイムトライアルをさせるようにしました。20までの計算も、もちろん不確実。しかも、何回100マスをやってもやっても、少しやらなければ、またすぐに間違います。タイムトライアルというのは、日々、早く、正確になっていく物ですが、げんちゃんは、20までの計算も、九九をひっくりがえした割り算も(4÷2=2、81÷9=9、49÷7=7 みたいな問題です。40問くらい)ですが、最初とまったくかわりません。何回やっても、1からあてはめて考えていくので、大きな数になると、すこぶる時間がかかります。何度トレーニングしても、81を見て、九九八十一・・・と思い描けるようにならないのです。そういうたぐいのことは、山ほどあります。

 算数のノウハウ本なら、次は、ここを反復させましょう。なんていう当たり前のことが、げんちゃんには通用しない。

 つまり、一見できるようになった、と思えることも、つまるところ、本当の意味で、まったくわかっていないのでしょう。反復するから、なんとなく、やり方だけ暗記する。感覚的に、数そのものの構造がわかっていないから、少しやらないと、また1から教えるようになってしまいます。

 そういう、吐き気をもよおすような、取り組みを日々くりかえし、私も、すっかり、げんなりして、(いつもげんなりしてます)毎回毎回、戦略をたてなおし、カリキュラムを組み替えて、落ち込んでは立ち上がり、を繰り返しているのです。


 でも、ここんとこ、わかってきたことがありました。げんちゃんの数は、10進法ではなく、ひたすら数珠玉が延々つながったもののような認識ではないのか、ということです。
割り算までしようか、というだんになって、
25ひく10は? と聞くと、すぐに答えられないげんちゃん。真顔で、指を出して、10を数えて引こうとしているので口がぽかんとなりました。もちろん、そういう時は、逆唱もしどろもどろだから、最後はフリーズしました。ほんと、この子の頭はなんて悪いんだろう! 行き場のない怒りさえ感じてしまいます。


 筆算で書いてあげたらすぐわかりました。また、落ち着いて考えさせたら、ちゃんとわかりもしました。でも、今頃そういうことを即答できないあんたの頭って、やっぱり、一生だめなんじゃないの!
 と、ほんとに腹立たしくなります。

 まあ、こういうどうどうめぐりをしながら、また、10月になって、考察し、分析し、戦略をねりなおすことにしました。

やれやれ、げんちゃんの算数が、ちゃんと人並みにすらすらいくようになった暁あかつきには、算数の学習障害について、私は、いっぱしの学者になっているだろうよ! ほんとにまじにそう思います。


でも、学校の担任も、少しずつ伸びてます。と算数についても書いてくださるし、よくよく考えれば、2年の時に、年長さん向けの、七田のプリントがろくにできなかったことを思い出せば、らせん状に旋回しながらも、少しずつは上がっていっていることは確かです。ただ、1リットル注いだ水の、ほんの何CCかしか、たまっていかないような、このママの感覚、発達に取り組んでいるママなら、わかると思います。ほんと、つらいですね!


日々一進一退を繰り返しながら、ママもげんちゃんも、たぶん、何かが、確実にたまっていると思いたい今日この頃。
時間があったら、算数のげんママ流理解と取り組みを書きたいです。何しろ、現場やってると、ゆっくりまとめる暇がありません。








 
by glow-gen | 2015-10-15 08:06 | 算数の学習障害 | Comments(15)

普通クラスでの授業態度~発達障害、脳の根本的な改善

確かにげんちゃんは、ピアノの発表会もこなしたし、字も格段にうまくなった。(昔よりはということですが)絵も描けるようになった。

 でもね・・・とげんママは思います。なんと言うんだろう。やっぱりこの子、ぜんぜん治ってないんだよね!
今日は、げんちゃんの学校に入って3時間ばかり見てました。国語の時間、げんちゃんはノートをとることもなく、先生の話を聞く事もなく、雑然とした机の上で、一人お絵かきに没頭してました。

 算数も同じく・・・・できの良い世話好きの子が隣で、時々、丁寧に指導してくれるんだけど、なんか、ありがたそうにするわけでもなく、ただ、一人暴走しているような感じです。おまけに、けっこう攻撃性もあって、何かあったら、ブーイングだけはしっかりしてます。私もそばでお世話してても、あ~、なんか、やりにくいったらありゃしない!いらっときます。

 「学校でEちゃんに、けっこう意地悪をするので、どう指導していいかちょっと困ってます。」と先生から事前に連絡を受けていました。前回クラスに見学に行ったときに、ややみんなより、勉強の進ちょく状態が気になったEちゃんです。今日見てると、Eちゃんは、なんかうつろな表情で、時々席を勝手に離れたりしてます。あれ、どうしたの? Eちゃんは、以前から見てる限り、ぜんぜん普通の子です。ただ、ちょっと勉強で苦労してるな、という程度に感じてました。今日はどうしたの?そばに行って話しかけると、拒否します。

 あとから先生にお聞きすると、今日はとってもましなほうで、ここ最近、いきなり廊下に飛び出したりするかと思うと、異常に先生にくっついてきたり、情緒不安定のようです。

 たぶん、家庭で何か問題があるのだと思います。少しそばにいて色々話しかけてると、だんだん私に甘えるそぶりが見えます。たぶん、発達障害でも何でもない子でも、家庭で心に傷をうけるような事態があると、きっと発達障害児のようになっちゃうんだと思います。

 そして、げんちゃんは、自分のことはすっかり棚にあげて、Eちゃんの不可解な行動をせめるたてるようです。困ったものです。他の子は、とてもやさしくEちゃんに接しているというのに!  おかげで先生は、げんちゃんだけでも大変なのに、てんてこまいしてる感じです。私も、今日のげんちゃんだと、のんきに、他の子のところをまわる余裕なかったです。

 やれやれ・・・・
しかし、3時間学校にいるだけですっかり疲れてしまいました。給食もおこぼれを少しいただいて、みんなで和気あいあいしてたんだけど、やはり、すごい騒音、多くの情報が体中に入ってくるような小学校のクラスの中にいると、五感すべて鈍感にするかでもしないと、すっかり疲れちゃいます。
 たぶん、げんちゃんは、この騒音だらけの、さまざまな情報がとびかう集団の中で、自分が何をしたらいいか、何をしろと言われているのか・・・そういう重要な情報を拾うことはまったくできないようです。というか、それは、かなりの能力を要すると思いました。だから、他のクラスメートが、そこそこ先生の言うことを聞いて、指示通りに動いているのを見て、なんか、そっちの方がすごいな~と思ってしまうのでした。

 げんちゃんは、その中にあっては、いつも、神経をとがらせ、だけど、自分の世界に逃避し、自分の都合の良いとこだけ、情報を切り取って入れている、ように見えました。普通クラスの雑然とした中で、もし、感覚過敏が強い発達障害の子がいたりしたら、それは、苦行に違いないだろうな~、と感じます。げんちゃんが、パニックにならないのは、(多少なってるのかもしれないけど)適当に自分の世界に入ってるからかもしれないですね。

 私でも、そんな風に、疲れちゃう環境です。とにかく早く個別授業にしないと、何のため学校に行ってるかわからないし、先生も大変です。

 昼からは、家に連れ帰りホームスクールをしました。学校での様子とはうらはらに、Hちゃんと遊ぶようになってからか、よくわかりませんが、ここんとこ、本当に普通の子みたいに、ちゃんと勉強に取り組めてます。ただ、あいかわらずの算数地獄は続いていて、教えるほうは、吐きそうなほど、辟易しますが・・・。3時間近くの、プログラム(遊びや運動も入れてますけどね。)にちゃんと取り組めているのは、彼にしては、かなりのコンディションです。はさみを使わせてみても、やっぱり、良い感じになってるし。休憩時間に、二人でサッカーボールをけりあいこしたら、それも、ぐんと上手になってました。

 でもな~・・・ホームスクール中、隣の子が来たので、おうちの中に入れようとしたら、
「あ、お母さんに遊んでいいか聞いてきます。」
と家にもどりました。なんと年長さんです。げんちゃんにはそういう芸当はできないだろうな~。遊びたい、だから遊ぶ・・・なんと言うかな~。今だけに生きているような。

 算数も、いっく~(一九) に~はち、さん~なな・・・・と十の合成は暗記してるし、意味もたっぷり入れてるはずなのに、いまだに、じゃあ、3+7は?とか、10-7は?とか言っても「??」
みたいなお粗末さです。3センチは30ミリ・・・なんていうのだって、何度教えてもぜんぜんぴんときてませんし・・・これ以上どうしろって言うのよ! と途方にくれます。

 彼らは、点で生きているようです。もっと点と点がつながって線になるべきなのに、いつまでも点のまま。

 ピアノができるようになった、字が書けるようになった・・・・みたいなことも、点で、普通は、線になり、立体像を結ぶはずなのが、いっこうに点のまま・・・

 なんかな~。げんママは、もっとなんとかしたいです。ほんと!  根本的なこと。それが、何をやってもかわらない・・・そんなイライラが募ってます。

 体操教室の日でしたが休みました。ちょうど、乗ってきた頃に、始まるので、一区切りのとこまでやって、体操教室の先生に相談に行きました。
 「時間が早いので、どうしても、ホームスクールが中断されるんです。もし良かったら、遅い上学年のクラスに入れてもいいですか?」
それをきっかけに、あれこれ、ずっとミーティングになりました。げんちゃんの状態と私の方針や今やってること、けっこう、ぶっちゃけて腹を割って話せました。以前この先生にちょっと怒ったこともあったけど、しっかり話していけば、お互いの考えていることもわかって、実になることも、しっかり教えていただきました。

 たとえば、サッカーで鍛えるような筋肉だけではなく、重力に抵抗するような筋肉を鍛えることが脳に大切で・・・チンジンさんが提唱していた、ずりばい(ワニさんの動きみたいなの)とか、押し車みたいな運動についても話されてました。

「げんちゃん、まだ上半身がイマイチです。」
私がそういうことをあれこれ熱弁してると、
「そうですね。ちょっとそのあたりの運動をふやしてみましょう。」
と言って下さいました。

げんちゃんプロジェクトメンバーは、どの方も良い方だと思います。時々、コミュニケーション不足で、行き違いがおこりますが、ぶっちゃけて、こっちの意向を真剣に伝えていくと、色んな突破口ができてきます。基本的に、発達の子をしっかり受け入れるお稽古事の先生はやはり、良い人たちのようです。だって、同じ月謝なら、こんな面倒くさいことやらないほうが儲かるだろうしね。

 以前、どこかのそろばんの広告に
「当そろばん塾はやる気のある良い子供さんが対象です。」
と書いてあって、驚きました。そういうやり方の方が、教育としては、コストパフォーマンスがいいわけです。だから、逆に発達には教育の原点がある、ということでもあるんだよね。

 げんちゃんの、脳のもっと奥底の根本的なことを治したい。今日はつくづくそう思いました。パソコンで言えばね。ソフトをいくらバージョンアップしても、マシーンがかわらなきゃどうしようもないんだよね。

 2日前にチンジンさんから、音楽療法のTLP療法セットが届きました。これも、結局、このげんママのジレンマが、直感として働いたものです。

 脳の根本に働きかける方法はそうたくさんではないのかもしれません。サプリ、運動、これは、もう絶対です。が、TLPもそこに良い気がするのです。(TLPについては、少し手ごたえが出てから書きますね。)


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by glow-gen | 2013-05-23 02:08 | 小学校生活 | Comments(19)



中学2年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
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げんちゃんママの紹介
中学2年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学2年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて8年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
IQは80台に改善

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