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げんちゃんの発達障害プロジェクト

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発達障害の研修会の一般・・・

先日、ある発達障害の勉強会に行きました。学校を通して案内が来たので、まあ、一般的な話も聞いてみるかな、という思いと、そこへげんちゃんも参加させて、自分の立ち位置というものを、しっかり現実感をもって、つかませようとするのが目的です。

 げんちゃんはいやがりましたが、
「お母さんは、あなたを改善させて、障害児なんて呼ばなくていいように、こういう会に参加してがんばっているのよ。あなたもしっかり自分をとらえてがんばらないと、向上していかないから、行ってしっかり学びなさい!」
わざとらしく、演出をかける私。

 支援の友のゆうすけ君のママは、
「そうやっていやがっても、行くとこがげんちゃんだよね~。うちだったら無理だわ!」
と、ちなみに言っておりました。なるほど

 会には、小学生から高校生のママたちが20人ばかり来ていました。講師は、放課後デーを主催している発達の専門家でした。

最初のうちは、障害者枠の就職について話されました。

障害者を雇用する会社側が、どういうことを、こちら側に求めるか、という話を、グラフなどを用いてしてくださいました。

4時間以上働ける体力。
休む時は連絡できる。
家族が支援してくれている。
素直さ
清潔感
身づくろいがしっかりしている。

etc...

講師は言っておりました。
「ですから、これに見合ったようになるように、ある程度体力もつけないといけません。規則正しい生活習慣もつけてあげなくてはならない・・・・etc」

私は聞いていて、なんだか違和感を覚えました。

「就業するための枠にもっていくための教育? 育児とは・・・・?」

それから後半では、こういう話もしておられました。
「子供を叱ってもだめです。叱ってもわからないのですから、叱って言うのではなく、ダメなことをしているときは、まずそれを無視する。かなえてあげない・・・。それを繰り返すことで、やがてできてくることも多いです。そして、良かったら、ほめてあげる。ほめることができない、という人もよく聞くのですが、・・・・」(最後忘れた・・・)

ま、とにかく、よくある”ほめる”すなわち報酬回路の万能論・・・


なんだか、レベル低いな~って思ってしまいました。(ほんとにすみません。)

漠然とほめる、ということを発信するのは、とても危険だということをあまり認識していないんだな~、と思いました。彼自身は、具体的にほめたり、いろいろきっとノウハウを持っていらっしゃると思うのですが、それを発信するときは、漠然と”ほめる”・・・ではだめです。”ほめる”は、ほんとに”叱る”と同じように、細かく考えて、ケース、ステージ、その子の性質や年齢ごとに、注意深くやらないと、とんでもないことになります。

少なくとも、げんちゃんに、そういう漠然としたほめかたをされてしまうと、せっかく上げてきたものが、平気で急降下していきます。ほめられた、イコール全部できた。みたいなこともしょっちゅう。ほめてなくても、厳しくしてないだけで、勘違いしたりするから、ほんとにおそろしい・・・・

正しい常識感がつかない、ということが、発達障害のもっともやっかいなことなのですから、ただ漠然と、ちょっとできたから、ただほめる、というのでは、彼らに正しい基準を教えることはできません。

そこをしっかり掘り下げて説明しておかないと、発達ママたちは混乱すると思います。


「子供をほめられない自分は、だめなんだ。子供をもっと受け入れないと・・・」

そういう呪縛に苦しむことも、ほめる、という神話からなる弊害かもしれませんし、いろんな人からサポートしてもらってなんぼの子供たちが、思春期、まったくまわりと対等だととらえてしまって、横柄さをふりまく原因にもなりかねません。

子供の年齢もまちまちのママたち。ざっくり、同じアドバイスというのは、ほんとに怖いな~。と思いました。

少なくとも、この年齢では、どういうことを目標にして、とか、こういうステージでは、どういう問題があるから・・・・とか、ある程度の大きいくくりでもいいから、きちんと分けて考えないと、
「怒ってもわからないのですから・・・」

という、あまりにステレオタイプな大きなくくりは、ほんとに意味不明だな。と思いました。


それに、発達育児の”そもそもの目標は何か、”という部分がない。ただ、就業者に求められるのがこれだから、こうしましょう・・・・・とか、おこってもだめだからこうしましょう。とか言う、各論のパーツ拾いだけのことしか真ん中にない育児というのは、なんとあぶなっかしいものかな、と思いました。

しかし、一般的には、どうもこのレベルのように思います。


そこに集まったお母さんたちが、間違った捉え方をしなければいいけどな~と思いつつ会場をあとにしました。

私は、思います。発達育児のコアなところは何か。

障害児も普通の人もない。とにかく、この世に神様から生を受けた以上。神様の前に、正しい生き方をすることを教えていかねがなりません。
人として、自分を生かし、周りを生かす生き方をしていける人間に育てあげることが目標です。人として生まれた以上、日々精進し、努力を積み重ねていくことがあたりまえ。また、悪いことは悪いし、良いことは良い。それをしっかり教えて、愛のある子に育てていかねばなりません。障害でたくさんのことがなかなか困難で、周りの人に助けてもらうのなら、謙虚に感謝して、自分はどうやって、それにこたえていくか、考えることができる人間に育てなくてはなりません。

しかし、なかなかそれが難しい。だから、どうやって、そこへ歩み寄っていったらいいのか。・・・・・そこのコアな部分がない。

大事なことはとてもシンプルなのに、そこが抜けている。

叱ってもしょうがないから叱らずに・・・・と言っても、真剣に子供に向き合っていたら、しかり飛ばさずにいられない時もある。それは、親も人間だからしかたない。親だけが義務をおって、我慢しましょうということではない。親も、命かけて頑張るから、お前も自分の分は精一杯やれ!

互いに別の人格なのだから・・・・互いに、ベストをつくそう!そういうことだと思う。

とてもシンプルなのに、そこがない。
一般的な勉強会というのは、どこに行っても、けっこうそういう感じだな、とまたまた今回も確認するにいたりました。
(講師の先生は、決して悪い先生ではなく、ほんとに、障害児教育に真摯に取り組んでおられる良い先生でした・・・・誤解のないように書いておかねばね・・・)

さて、げんちゃんは、どうかというと、自分の進路について、はじめて、やばいと、現実感を感じたようです。なんせ、のっけから、障害児枠で就職・・・なんて、決定打を聞かされたわけですから。(40分ほどで解放してやったら、隣の図書室でいつになくしっかり勉強しておりましたわ!)セミナーは、そういう意味では成功だったかもしれません。(ま、それも、2日くらいしか、もたなかったかな~。とほほ・・・)

by glow-gen | 2020-01-18 04:19 | 発達障害をとりまく社会 | Comments(11)

好きなことだけがんばる、は、ほめない。

好きなことだけがんばる、は、ほめない。_a0184225_00095562.jpg
げんちゃんは、12月から絵画教室を復活しました。
まだまだ、好きなことを復活させるに早いと、Sさんに言われていたげんちゃん。今は、苦手なことを、心からがんばって克服することを経験させていく必要があるげんちゃんです。

好きなことをがんばって達成する達成感と、好きでもないことを、なんとか克服して、達成する達成感とは、まったくレベルが違います。

後者の方が、より難しく、到達した時の意味も、喜びも、格段に上です。

しかし、そんな今のステージで、好きなことを与えるのは、そこへ逃げ込み、たやすい達成感で自分をごまかす可能性がある。絵画教室は、もう少しげんちゃんが、自分をコントロールできるようになるまでは、危ないかもしれない。声掛けなど、かなりわかっている先生であれば、そうでもないけど、なんせ、普通の子を教えるのしか慣れておられない先生だし・・

Sさんに言われていたのに、絵画の先生に電話した際に、つい、まだ復活できません、と言いそびれ、流れでなんとなく復活させてしまったげんママでした。(実は・・・)

絵画そのものは、げんちゃんに、悪いわけでもないし、立体(透視図)が不自然にしか描けないげんちゃんには、やはり、絵画はやらせたい項目でもあります。しかし、げんちゃんの思い一つで、絵画が吉となるかもしれないし、凶となるかもしれません。
私的には、ちょっとしたかけ。

げんちゃんが、復活して初めて描いた絵は、2020年のカレンダーでした。

持ち帰ってちょっとびっくりしました。下手、というか、あまりに陳腐で凡庸、まるで一応テーマに沿って書きました~という、よくある感じの絵ではありませんか~。

げんちゃんの絵は、決して上手とかいうレベルにはないけれど、下手であっても、どこかユニークなげんちゃんらしい感性が持ち味だったのに、まるで平凡な絵の下手さです。
あらら、どうしちゃったの?

干支のねずみは、のっぺり平坦。構図も、遊びがなく、ただねずみとチーズを並べただけ。しいて言うなら、かろうじて、2020という文字の書き方が、丁寧。

私は、あわててSさんに見せました。

Sさんは、その絵を真剣にながめていましたが、ふっと、笑顔になって、

「合宿の効果が表れているね。」
と言いました。
「この何の切れもないこの絵で、成長なんですか?」

よくよく聞いてみると、なるほどと思いました。

「ねずみの配置ですよ。秩序正しく、まっすぐ、並行に並べている。
これぞ、まさに、げんちゃんが周りを見始めて、秩序に対して意識を働かせ始めた証拠です。外に向かって意識が動いてきているのがわかります。」

なるほど、特別絵が得意でもない普通の人は、とかく、この絵のような、インパクトの少ない配置をしていきやすいです。だから、きちんと描けてはいるけれど、つまらない絵になってしまうことが多い。

げんちゃんは、つまり人並になってきた、ってことなわけなんですね~。何か納得。

「さらに言うなら、全体に立体感がなく、のっぺりしているのに、真ん中にあるチーズだけ、しっかり立体感がある。これも、目的意識が多少芽生えてきていることがわかります。」

いつも、Sさんの絵の解釈は、不思議ですが、納得します。その時はそんなもんかな、と思っていても、あとから、たしかに~ということが多いです。


確かに、どまんなかのチーズだけ、やけに見事です。

「このステージが、もう一つ二つ進めば、全体にもっと立体感が出てきて、しかも、またさらに、ユニークな構図になっていきますよ。芸術家のスランプってのも、こういう感じで起こっていくんですよ。なんか、まわりが以前より見えてくることで、かえって、絵が平凡になってしまうようなことです。あれに似てます。
でも、心配しなくてもいいですよ。そこを乗り越えれば、今度は、もっと良い絵になってくるから。」


 なんか、芸術家にたとえられるのも、ちょっと上げすぎとは思いますが、実は、私も、見た瞬間に、妙に凡庸な絵になっているカレンダーが、もしかしたら、普通っぽい感性に近づいたげんちゃんを示唆しているのかもな~と感まし。ですから、Sさんが説明してくれたとき、ずばっと、私の感覚を言葉にしてもらったようで、納得しました。

真ん中のチーズだけ、妙に気が利いているのも、確かにおもしろいです。

絵は、ほんとに見る人が見れば、子供の状態をよく表しているものなんですね。


これを持ち帰ったげんちゃんは、ちょっとほこらしげに、
「ぼくがんばったよ~。気持ち入れてやったもん。」
などと言うので、

「あのね、好きなことに、気持ち入れてがんばるのは、当たり前のことよ。そうではなくて、自分が苦手なことに、気持ちを入れて、がんばってみることこそ、大切なことだから。勉強に気持ち入れられたらすごいけど。」

私は、すぐに、げんちゃんが勘違いするし、すぐにのぼせるので、にこりともせずに、慎重に言葉を選びます。

確かに、Sさんが絵画をまだ早いと.言ったのは、わかるような気がします。楽しいから一生懸命になる。楽しくなかったら、一生懸命にしなくてもいい。そういう価値基準が平気で生まれる気配を感じました。

「げんちゃん、絵画だけしかがんばらないのなら、やめさせるから。好きなことだけ一生懸命するのは、別になんということもないことだから。普通の人は、どんなことでも、やらなきゃいけないことは、がんばります。あなたも、やらなきゃいけないことをしっかりがんばっていかないとね。まずは勉強や、言われたことをきちんとがんばる。」

はたから見たら、鬼の母親に映るのかもしれませんね~。好きなことをさせるのは、今は早いなんてね。
お子さんによったら、好きなことを突破口にしていく方が良い場合もあるでしょうからね。

でも、げんちゃんに対する処方箋は、確かに、絵画は今、ちょっと微妙なカードかもしれません。絵画を上手に使うには、なかなかしたたかな演出や言葉かけがあるようです。気を抜けません。

好きなことだけがんばる、は、ほめない。_a0184225_01465189.jpg
ちなみに去年のカレンダー。立体感はやっぱりないけど、構図はユニークです。確かに、2019という数字も、我流でふぞろいです。こうして比べたら、やっぱり、今年は、常識感あふれる絵といえるのかもしれない。・・・



by glow-gen | 2020-01-16 00:12 | お絵描き工作 | Comments(8)

発達障害のコアな部分の改善がおこってきたのかな?

 年末のSさんとの合宿以来、少し変わったな~と思いまいしたが、それは日に日に明らかになってきました。
 少し良かった、と思われる日があったら、次の日は、どかんと落ちて、はげしく揺れ動き、一つ階段を上がった、と確信にいたるには、かなりのジグザグの時を経ないといけないげんちゃんなので、少しくらい、良いきざしがあっても、そう簡単にはいかないだろうな、と思っていました。

 期待は抑え気味にと思っていた矢先、K先生が、
「今日はひどかったです。のらりくらり、生返事をして、最後にはちょっと突っかかってくるような感じで、まだまだですね。」
と報告してきました。
やれやれ、やっぱり、いつものパターンか。と思って次の日、げんちゃんは、見事に復活してきました。ばりばり、というわけではないけれど、今までなら、翌日復活することはありません。

 それにこんなこともありました。
 げんちゃんが、学校帰りの荷物など、たくさん横において勉強していたら、先生の、小学生のお子さんが、いっしょに勉強することになったようです。
げんちゃんは、
「あ、ごめんね。じゃまだったね。」
と言って、彼女のために、自分の荷物をぱっとよけたそうです。

普通の子には、あたりまえのことですが、げんちゃん、こういうことは、なかなかできませんでした。すっと思いやりを示すことがなかったわけではないけれど、言葉と行動が、すっきり相手に表現されるのは難しかったです。

それから、今日になって、キッチンの食品ストックから、誰も手をつけず、ずっとほっていた、「即席タピオカミルクセット」を、げんちゃんが出してきました。
「お母さん。これ、おばあちゃんに持っていっていいい? おばあちゃん、タピオカ飲んだことないんだって。」
と言いました。

ひょえ~・・・おばあちゃんに対して、血の通った会話など、過去ほとんどなかったげんちゃんです。げんちゃんにとって、おばあちゃんは、自分より下で、ただ、利用する相手、と言う感じで、私も頭を痛めていました。彼女に対しても、最近血の通った言葉がちらほら出てきていましたが、彼女がいないところで、こんな思いやりって、けっこうすごくない?

木の人形ピノキオが、人に変身したようです。少しずつ少しずつ変化してきたのでしょうが、やはり、合宿後、げんちゃんの手触りは完全に変化しています。

勉強は、理解力があがっていますが、まだまだえっちらおっちらです。まだまだ、ががが~っと一気に登ってはいけません。でも、数学の分数の入った文字式が、自力で正解できるものが出現したり、ちょっとびっくりしました。一人で宿題をすることもでき始めています。まあ、全部、短時間でというわけではないけれど、前なら、一人ほっといたら、何にも進んでいませんでした。

生活面では、私が、遅く家に帰ると、食器が洗ってあったりすることが多くなりました。お風呂と食器は、自分からやろう、と決めたのでしょうか。

ま、長続きするものなのか、模様眺めです。

でも、やっと、普通の親子の温かい時間・・・・木の人形だったげんちゃんとは、過ごせなかった甘い時間が生まれています。意識が表面に出てきたげんちゃんは、人格と人格のつながりというものができてきたようです。普通の子なら、小学校低学年でかわしたような、ごく普通の心の交流です。

ぼくは、こう思う・・・。これは、そうしたらいいんじゃない? え?そこまで言わなくても・・・げんちゃんの口から、こんな言葉が飛び出すなんて。

まあ、今はじまったばかり・・・って感じなので、少しずつ少しずつ・・・ではあるけれど。かわりつつあるようです。こうなると、げんちゃんかわいいです。
たぶん、またひえ~ってなるのでしょうけど、今日はほめときましょう。笑

by glow-gen | 2020-01-12 18:50 | 発達障害改善の段階 | Comments(14)

意識障害が改善すると、勉強も伸びてきそうだ。

 
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しちだの小学校2年生の算数が旬です。掛け算九九は、いらないかな~とか思いつつも、すいすい書けるとこもないとおもしろくない。しちだは、普通の問題が少ない。与えられた言葉を使って、引き算の問題を作りなさい、なんていう問題は、けっこう苦戦します。算数の言語がなかったりします。むしくい算も、まったくできないわけではないけど、けっこう苦戦。段階を追って考えていく思考に慣れていないことがよくわかる。やっていくごとに、こなれていくげんちゃんがいます。まあ、小学校2年生でこれを、すらすらやれる子は、けっこう秀才だと思う。

 年明けからげんちゃんは、けっこう変わったな~と思います。
実家に数日もどっていた時は、げんちゃん、上手に抜こうとしていたので、多少学習させたとき、ちょっとした修羅場になりました。
 でも、なんせ、恰好だけは、ばり~っとしているので、私の母は、

「げんちゃん、こんなにがんばっているのに、お母さんひどいね。」
って感じで、私が非難されました。

 確かに、のんびりしているいとこたちと比べたら、私にがみがみ言われているげんちゃんが、不憫に思われるのもしかたありませんよね~。
私が逆の立場でも思うかも・・

げんちゃんに声掛けせず、放置すれば、意識レベルが落ちて、大変なことになる、なんてこと、普通は理解されませんからしかたないですね。

ヒステリックになってるわけではなくて、けっこう冷静にがみがみ言ってたりするんですが、そうは見えないか・・・

 お正月、げんちゃん、合宿から帰ってきて、なんとか、かわっていける手応えがあります。今を逃がしていつ引っ張りあげるの~。私の気持ちです。

 実家でのげんちゃんを、私は見抜いていました。そこでは、母という援軍がいるので、上手に抜ける。・・・・そんなげんちゃんの思い。自覚はしていないかもしれないけれど。
そして、ほんのちょっとがんばって、英語の宿題を予定のところまで終わらせて、自由時間といけばいいのに、ポーズだけに専念するげんちゃん。

ここでげんちゃんの思うつぼにすると、ここからあと、横柄に火がつくので、そうはさせません。

徹底的に、気持ちを入れてとらえることに指揮をとりました。外野がうっとおしいですが、気にしてはいられません。

我が家は、チームげんちゃんが、皆ある程度同じスタンスをとってくれるのですが、もし、これが、私だけ悪者になって、まわりに逃げ場を作る家族がいると、ほんとに大変だろうな~と思います。私が必死でやっても、上手にそちらに逃げ込むから、成長は難しいです。ほんと、家族をはじめ、チームの認識を、ある程度は一致させるのは大切だな、と思います。
 
 実家から帰る時、車の中で、暗算の問題を振って見ました。
今までなら、やるふりだけして、適当に答えます。家に帰る頃には、私があきらめて、やめています。
しかし、今回のドライブ中、げんちゃんは、振った暗算を、必死で答えています。あきれることもしばしばで、つい怒っちゃったりしてても、放棄せずまあ、がんばってる。

家に帰ってから、昨日今日も、午前中、けっこう意識を入れて勉強しています。残念ながら、脳のシナプスは、まだまだすかすかで、つないだことがないとこばかりだから、すらすらとはいきません。はあ? と言うことが続出ですが、確かに意識を入れています。先月までは、こういう状態は、まれに、1週間に1回出るかな、くらいの状態が、結構持続できています。

学校の数学の問題はオミットして、しちだの2年生の算数をやらせています。自分でやると、げんちゃんのつながっていないシナプスがよくわかる。しちだの問題は、すべてこっています。簡単な問題でも、ひとひねりあります。

”4つの池に20匹ずつの魚がいて、1週間でメス3匹、オス2匹、それぞれの池で増えます。4週間後に、全部の魚は何匹になるでしょう。”

げんちゃんは、すぐに、問題をただひたすら読みかえすだけというサイクルにはいろうとします。図をなぜ書かないのかしら?と思うけれど、事象をイメージ化してとらえるということが苦手なんでしょうね。物事はすべて空間認知なのかもしれません。そもそもそこがだめなげんちゃんは、言語を空間でとらえてないのだと思います。

でも、声をかけると絵を描き始めます。(そうそう、やはり、ある程度の絵の能力は、すべてに先んじているような気がします。)
そうすると、20×4=80 という最初の魚の数を計算しました。そして次は、1週間で増える魚も書きました。
しかし、このあたりから、自分が何をやっているのかわからなくなります。
すでに、4つの池で増えた魚を算出しているにもかかわらず、また4をかけてみたり、4週間と、4つの池と、数字が同じだから混乱して、さっきまでわかっていたことも、なかったことになる。

やれやれ。
そして、私が、え?と表情をこわばらせると、ばたばたと消す。隠滅する・・・・おもしろいほど、げんちゃんにしみついた習慣です。
「え?どこが違うの?わかりたいよ~」

こういうことになってほしいのですが、まだいきなりそこへは行けません。

でも、一つ一つ、私が指摘すると、自ら修正して、答えを出します。昔より、教えていてずっと楽しいです。ただ、時間はかかります。2年のしちだプリント5ページで3時間近くかってました。

ふたけたの100マスの引き算もやりました。
昔なら、100個の暗算なんて。お互いのエネルギー消耗がこわくて、できませんでしたが、えっちらやりました。95点・・・おそ~い!

とにかく、勉強のスタミナがついているのです。一人で放置しても、考えています。う~ん。いい傾向だ! 

たしかに、げんちゃんのモチベーションはあがっております!

by glow-gen | 2020-01-04 21:02 | 算数の学習障害 | Comments(12)

勉強ができない発達障児、げんちゃんの学習法は変えられるか?

  あけおめです。今年もよろしくお願いします。
のっけから、さっそく発達育児・・・

げんちゃんは、突然そうなったというわけではないけれど、少しは、自分の状態に危機感をもってくるようになっています。

「勉強は、どうせわからないから、適当にやっておけ~。」とか
「めんどくさいから、力を入れずに、いきあたりばったり、思いついたことを、神妙にしていれば、なんとかこの場をしのげる。」

こう言語化ができているとは思えないけれど、結局こういう気持ちが根底にある状態で、げんちゃんは勉強をやっています。

中学になり、月日を重ねるごとに、その根底はかえずに、ひたすら、表面を作り、まるで、真剣に勉強しているかのごとく装うことだけ、研ぎ澄まされてきました。
根底が逃げなので、まれに、意識が入って、何かをつかんだとしても、また次には、それを平気で捨て去ります。不毛な作業を、まわりで教える私たちに強いて、自分は、それを何ほどにも思わない。

世の中では、それを傲慢と言うのだと思います。そのくせ、彼は、障害児という枠で生きたくはない。がんばりたい・・・などと、平気で思う。

その矛盾を矛盾とも捉えていない。

 私たちは、全精力をかたむけて、その傲慢さと戦ってきました。おかげで、少しずつ、彼の鉄壁の防御がくずれ、今の自分ではいけない、と少しずつ少しずつ思い始めています。(ただ思うということでは、昔からそうであったかもしれませんが、行動に落とそうとする思い方ということでは、やっと始まったばかり)でも、なかなか、各論になるとできません。どうやることが、一生懸命勉強しているということなのか、どうやることが、普通の人の意識の動かし方なのか・・・

朝から、かっこうだけは勉強していますが、自分のやっていることが、いかに狂っているか、と言うことを自覚していく過程は、私にもげんちゃんにも、壮絶な戦いといっていいでしょう。

一つの英文の問題を解かせると、まるででたらめなことをします。今までやってきた積み重ねの上に、絶対出てこないようなでたらめをつむいでくるのは、その積み重ねをすべて捨てさるのと、そもそも何も把握せず、平気でわかった気になって、その時だけをしのいできたからです。

これが続くならば、ほんとに不毛です。

aとanの使い分けすら、まるで初めて。usという、もう何度も何度も出てきて、こちらさえ、当然わかっていると思う言葉さえ、わかっていませんでした。
驚くことに、そんな状態で問題をやっていても、ただ、ドリルが埋まれば、何の気持ち悪さも感じないげんちゃんです。
勉強とは、ドリルを埋めること。彼は、埋まればそれで、何の疑問も、気持ち悪ささえありません。

 問題に限らず、げんちゃんの生活全般は、すべて目的が狂っています。もしくは目的がありません。ただ、いきあたりばったりの行動があるだけ。ちゃんとできているように見えるのは、教え込んでルーティンになっているから・・・

おおむね、げんちゃんと言う子はこんな感じです。

でも成長しています。横から声をかけ、表面だけのとらえかたを修正し、たとえば、aとanがわからなければ、1年の教科書を見なさい、と言ってほっておく。そうすると、30分後には、その意味を自分でなんとか探り出してくるようになっています。

膨大な時間をかけ、そのように、たった1ページの問題をする。何ページのこのかっこの答えは、○○だ、ということが勉強ではない。このような時は、こういうことなんだ、と、普遍性をつかむことが勉強である、と、意識の使い方を一から修正している。そのツールに勉強を使っている、と言う感じです。

以前は、やろうとしてもできませんでしたが、やっと、そのようなトライができるようになってきたようです。

ただ、そこに費やする時間は膨大です。3時間かけて、たった1ページしかできてない・・・、外側から見るとそうなります。
3学期からは、学校の勉強の量と、こっちがやりたい勉強の質のもうれつなギャップをどうしたらいいものか・・・

ちょっと悩むとこです。

先は長い! 改善してくればくるほど、げんちゃんの意識障害の重症度を実感します。まことにおそろしい! 笑

by glow-gen | 2020-01-02 13:16 | 発達障害改善プログラム | Comments(17)

表面だけつくろう学習と、気持ちが入った学習。使い分ける?

年末お掃除にあけくれたり、親戚に会ったりしていましたが、今日は、しっかりお勉強の時間が取れそう。
と思って、げんちゃんに英語のドリルをさせたら、

I give she a letter.
のようなことを平気でやりまくって、ちゃんと勉強した気になっていたので、激怒しました。she か her か、ただ選ぶだけですよ~。

うわっ! また抜いてやがる!(もう類似の文や問題に、100回は触れていることでしょう。)

そうなると、私は、げんちゃんをけちょんけちょんに指導します。まるで、げんちゃんについているお化けを、私が出す、すごいエネルギーで蹴散らすような感じかもしれません。
私はへとへとになりますが、蹴散らすと、そのあとは、げんちゃん、代名詞の活用形の表とか見始めて、ちゃんとやり直してこれました。

最初からやれよ・・・ってことなのですが、勉強となると、すぐにお化けと仲良くしてしまうげんちゃんですよね。たとえでそう書いたけど、案外、あのおそろしく表面だけのげんちゃんって、お化けに憑依でもされているのかもしれません。ほんと、やっかいきわまりない!!

でも、外からげんちゃんの行動だけ見たら、いやがらず、きちんと机に座り、なんかやってるそぶりを続けますから、昨日今日彼を教え始めた先生なら、

「あら、わからないの?これは違うでしょう・・・」
なんて、優しく教え始めることでしょう。そうすると、げんちゃんは、してやったりとなり、抜いたまま、どかっと先生にしなだれかかる勉強法を展開してきます。

 でもそうはさせません。そういう時は、いちいちげんちゃんの心が動くために、一度ぼろくそに言わないといけません。ほんとに疲れまくります。

ま、これは、げんちゃんに対するやり方で、そこまでけ落とさなくても、ちゃんと軌道修正する子がほとんどかもしれません。げんちゃんと言う子は、タフな魂をもっている反面、ほんとにエネルギーが大量にいる!

 しかし最近は、表面的にでも涙が出てくるげんちゃんです。泣くことさえできない鉄面皮だったげんちゃんの意識は、多少は厚い殻が溶けてきて、こちらの言うことが届きやすくなっています。
私の強い指導に、やっとじわっと涙が出てきて、しばらくいすわるように、反抗を続けたあと、やっと気持ちを入れてやり始めます。そうなったら、初めて、まともな勉強が始まります。

私は、最近、げんちゃんの表面だけつくろう、おぞましい表面勉強をことごとくつっぱねています。
そんなことしてたって、時間の無駄です。 でも、表面勉強を拭い去るのに、膨大な時間を要しますけどね~。

ほんとに、いちいちこういう儀式なしに、最初から気持ち入れてやれよ! って感じ。ほんとに疲れます。

げんちゃんの、意識が入っているか、表面だけつくろっているか、というのは、顔を見たらよくわかります。だめな時は目が死んでいます。ぼわ~っとしています。

Sさんは、手鏡を見せなさい、と言います。げんちゃんは、意識のオンとオフの状態を、それなりに自分で感じ取れるようになっているようです。
だから、鏡を見せて、自覚させることができるそうです。

確かに、今日も、状況がよくなった後、検証をさせてみたら、

「意識入ってないのわかってた。やりたくないから適当にやろうと思った。」

みたいなことを言ってました。(こんなにすらすらは言えません)
「ずるいよね~。私はあんたのそういうずるいとこ大嫌いだから。やるんなら気持ち入れてやった方が、力がつくでしょ。人だまして、適当にごまかすなら、あなたに誰も教えないから。見捨てるからね。」

冷たく言い放つと、うん・・・と素直にうなづいています。


まあ、一気にはいかないんでしょうね。合宿の疲れもじわじわと出るらしいし・・・・

儀式なく、しっかり最初から入魂するげんちゃんが、早く見たいものです。


by glow-gen | 2019-12-31 14:12 | 発達障害改善の段階 | Comments(3)

発達障害児の改善に料理一般家事はとてもいい!

私もやっとお休みに入り、今日は、げんちゃんと、家事や買い物をして、げんちゃんを鍛えておりました~。
げんちゃんは、ここに来るまで、少しずつ少しずつ、私に対して従順になってきて、合宿から帰ると、その傾向が強くなり、
「僕は、障害を克服したいんだ!」
という思いと行動が、前より協調してきたような感じです。

ほんとに、自分が一番高いところに立っていたのでは、障害の克服どころか、マイナスに向かって落ちて行くだけ。指導もなんもあったもんじゃありません。
 朝は、洗濯物を干させました。もう何度もやっているので、まあまあのでき。めんどくさ~いという態度はとりません。茶碗も洗う。

しばらくして、私が食洗機の中の食器を片付けようとすると、(手洗いした時は、食洗器を水切りカゴかわりにしてます。)
「え?まだ食洗機かけてないよ。」
とげんちゃんが言います。
げんちゃんは、自分が手洗いしているくせに、そんなことを平気で言うのです。
「げんちゃん、あなた食器を洗ったんでしょ?そのあとに、食洗機をかけるわけ?」
「かけないの?」

んなもん、あたりまえでしょう!
ほんとにずれている・・・意味を考えりゃわかることでも、彼は考えないのでしょうね。
「げんちゃん、食器を洗ったらどうなるの?」
「きれいになる・・・・あ、そうか。」
うそでしょ・・・

カーテンを洗ったので、窓辺にかけさせます。窓辺にぶら下がっているフックにかけるんですが、まさか、そのままでカーテンをひっかけようとするのでは?・・・見ていたら、そこはクリア。
一度、フックを取り外して、手元でかけて、窓辺にひっかけていました。しかし、フックとカーテンの場所で、変な考えをおこしていました。(内容は長くなるので割愛)頭の悪いリスでも見てるようだわ!

冷蔵庫の上を磨かせたり、ドローンをおいているエリアを片付けさせてみたり。
ま、一言で言うなら、すべて、どこか変。普通の子がやらないようなことを、お約束のようにぶちこんでくるんですよね~。は~!
おおむねできた、ということはあっても、すべて、安心してまかせられる、ということはない~・・・

「それは、どうやったらいいの? 
言葉で言ってみて。目的は何なの? じゃあそれをするためには、どういう風に考えるの? 何からどのようにするわけ?・・・・・」

げんちゃんの意識が、フェイドアウトしないように、質問攻めにしておりますわ!
何でも、ただやるというのではなく、目的や手段を引き出す、内部言語ばりばり発動せよ! って感じ。

買い物はなるほどな、って感じでした。荷物を持って、レジから袋詰めコーナーに行ってくれたのはいいけど、そこで止まっておりました。次! ってもんを考えないんでしょうね。さっさとマイバックに入れようよ。私が来るのをぼ~っと待ってました。

「次は何するの?」
「あ、入れる。」
「あのね、人は、次のことをいつも考えているのよ。普通の人はね。」
「あ~、そうか。」
まあ、表面上はとても素直。

さて、夕食は面白い試みをしてみました。ブロッコリー一つあればできるという、エビマヨの元を買ってきて、一人で作らせてみました。ソースがあって、エビの天婦羅もセットされている中華のもとです。レシピが、4段階くらいに分けて書いてあるので、それを渡していざスタート。

すると、80ccの水で、まず、フライパンに入れたブロッコリーを蒸らす、というところでつまづきました。
150のところにメモリが一つある計量カップをわたしたら、80ccがどこにあたるかわからない。案の定といったかんじ。ほんと、数と量感は、ほんとにここにきても育っていないげんちゃん。
「買い物も、お金がわからないし、計量カップも使えない。障害克服には程遠いわね。」
げんちゃんにはこれくらい、時々刺激しないと、すぐに安住してしまう。

 そして、なんとか、そこはクリアして、次に行くと、げんちゃんの特性が爆発してました。
げんちゃんときたら、蒸しているときは、タイマーをかけて、にらめっこしています。次は、・・・ということを考えません。そして、タイマーが鳴ったと当時に、次を初めて見る、と言ったあんばい。

 先へ先へ、思考をつなげていく、ということは、まだまだやらないげんちゃんです。料理は、先へ先へ思考をつなげ、また、並行して、お皿を出すとか、片づける、とか、横へ広がる思考も必要んです。それなのに、げんちゃんは、現在の一点しか考えようとしないことを、見せつけてくれました。

楽しい一日でしたが、ほぼゼロ勉。でも、こういう立体的な学習は、ほんとに必要だし、有効だな、と思いました。

それもこれも、障害克服のために、母に言われたことは、ちゃんとやらなくちゃ、という思想がわずかでも生まれた事で成立した一日となりました。いや、前から、その気持ちはあったものの、わかっちゃいるけど、意識は表面だけだった。勉強でもこの気持ちが持続され、意識が落ちずに続いてほしい冬休みです。

by glow-gen | 2019-12-30 01:59 | 発達障害治療プログラム | Comments(6)

発達障害の本質的な問題は、物事を深堀りしようとしないこと

今年もあとわずかです。1年はなんと速いことでしょう!
仕事に追われて、あわただしい1週間をすごしていました。大阪に出張もしていました。すっかりご無沙汰です。

げんちゃんは、その間、S先生と研修に行きました。
心をゆさぶり、意識をぐっとつかみ出してもらう研修とでもいいましょうか・・・・・手法はよくわかりませんが、帰ってくると、なんとなく、一歩ステップアップしていくげんちゃんです。

げんちゃんをK先生や、S先生に託して、私は、げんちゃんのことは、ほんとにみじんも考える暇がなくて、まったく別のテーマをがむしゃらに取り組んでいたら、(主に仕事)忙しかったですが、けっこう楽しかったです。

う~ん・・・げんちゃんから引き揚げてきたそのエネルギーで、ほかのことをやったら、いろんなことができるのね、と思ったわけ。
 つまり、プロジェクトにさいてる私のエネルギーといったら、相当なものなのね・・・ということがわかりました。笑。


 さて、げんちゃんは、まだまだやばいです。

野球教室で、いまだに打順がわからないことについて、先週の野球教室に行く前にもう一度分解して考えさせることにしました。どうも、ただ、打順をしっかり把握しなさいでは解決しないような風向きなのです。おそろしいことに!

「げんちゃん、今日の野球の目標は?」
私の問いに、
「打順がわかるようにする。」
といっぱしに答えましたが、
「じゃあ、どうやったら打順がわかるの?」
という私のシンプルな問に、
「自分が何番かということを、ちゃんと聞いておく。」
と言いました。何番目かという数字がわかっていても、イニングによって、打順1から始まるわけではないので、自分の順番は把握できません。バカみたいなことですが、げんちゃんは、そこまで思い至らないようです。やれやれ・・・。

ちょいと試合練習を、シュミレーションすれば、自分の答えがどれほど片手落ちか、すぐに検証できるようなものです。でも、げんちゃんは、思いを働かせて、物事を少しだけでも深堀していこうとしない、ということがわかります。そう、ここぞ、げんちゃんの深刻な問題です。

打順がわかるようにする、という目標はつかめてきたけれど、手段や具体的な方法論というところには落としていかない。

「打順が何番か覚えていたら、自分の打つ順番がわかるのかしら?
たとえば、げんちゃんの打順が3番だったとしたら、いつも、打つ順番は、3番目に巡ってくるのかな?」
「え?」
げんちゃんは、やっと、その問いかけに、わずかに練習をシュミレーションし始める、といった具合です。私は、忍耐強く、げんちゃんの試合練習をシュミレーションさせるべく、声掛けします。
そうすると、げんちゃんが、最後には、
「前の人が誰か、覚えておく。」
という答えにたどりつく。

これぞまさに意識障害、げんちゃんの問題そのものです。簡単に言うと、すべての機動力である”思い”が止まるのです。

普通の人なら、こういう場合、物事を深堀りしていく”内部言語”が走りだすと思います。

「まずは、打順が何番目かわかれば打てるよね。いやまてよ。最初のイニングは、確かに3番目だとしても、次のイニングは、何番から始まるのだろう。そうだ、1番からは始まらない。だとすると、次のイニング、3番という数字に頼っていたら、僕は自分の順番がわからないはずだ・・・そうか、前の人が誰かわからないと、僕は打順がわからないはずだ・・・」

普通の人たちは、こういう内部言語がスピーディーに意識の中をかけめぐり、自分の出した答えのエラーに気づけたり、次のステップにたどり着いたりできます。
でも、げんちゃんは、そのような内部言語を自分に投げかけないのです。ぶつっと終わる・・・・あとは空白・・・

ネットサーフィンで言えば、最初のキーワードを入れて、そこで、ぱっと検索できなければ、次のヒントで、さらに次を検索したり、リンクをクリックしたりすることはない。そんな感じでしょうね。

野球の練習に行く前に、このような検証をあらかじめ導いて送り出せば、かろうじて、野球の練習が効果のあるものになるのかもしれません。そのうえで、本人に、しっかりつながりを考えるぞ、という意気込みがあれば、色んなことが拾い上げられ消化されていくのです。しかし、そこがぬるま湯状態で、危機感のない環境では、意気込みが出てくることはなく、何の内部言語も生まれず、ただぼ~っと、すべてが目の前を通り過ぎて行ってしまうげんちゃんなのです。

げんちゃんの思考が深堀を始めるには、「危機感」という重要なスパイスがいるのです。

なかなか、ここのところが、野球の指導者をはじめ、先生方にわかってもらえないポイントなのだと思います。
げんちゃんの意識が動き出すためには、本人の意思なしには始まりません。私たちは演出するまでしかできないのです。まだまだ先は長いな~と感じます。

by glow-gen | 2019-12-28 03:06 | まわりを読む | Comments(6)

学校見学。数々の失敗が身になっていない・・・・

学校見学。数々の失敗が身になっていない・・・・_a0184225_20443836.jpg

半年ぶりに、12月から再開したお絵かき教室の一作目は、クリスマスのお菓子の家でした。なんか、陳腐~・・・げんちゃんは、お絵かき教室は大好きのようです。復活できてうれしそう・・・ただ、好きなことだけして、いやなことからは逃げるなら、かなりやばいです。

久しぶりに学校のげんちゃんをのぞきました。

まず驚いたのは、その日げんちゃんが、家庭科のエプロンを忘れたと言って、ばつをくらっていたことでした。
だって、エプロンは、布袋に入れて、机の横にぶらさがっていたのですよ~・・・・

しかも、何日か前に、学校のエプロンの話を何気にしていて、
「ねえ、家にないけど、学校に置きっぱなしにしているんじゃないの?」
と言ったばかりでした。たぶん、その布袋にエプロンが入っていると思わなかったのと、そもそも、持ち物をチェックしようとする気持ちがなかったのと、色んな原因が考えられます。どちらにしても、いわゆる注意欠陥と呼ばれる、大きな特徴は、まだまだ大きく横たわっているげんちゃんです。

 ちょうど帰りで、先生が教室にいて、先生もびっくり。
「え~、エプロンあったんですか~? 忘れたって言ってきたので、給食のエプロンを貸して、ペナルティーもさせられてます。」
とは言うものの、そう厳しく言われてもない様子。げんちゃんは、なんか、ケロッとしているように見えます。

 ちょうど、その場に居合わせていた子供たち5~6人に、

「あのさ~。発達障害ってね、意識がぼ~っと飛んじゃう障害なのよ。だから、今何する時? ちゃんと探しなさい。ぼ~っとしているんじゃないよ・・・なんて、げんちゃんに厳しく言ってもらえないかな。言ってもらうと、ちゃんと気づけるのよね。できないのと違うのよ。友達にきびしめに言ってもらうと、気づこう、ってげんちゃんもがんばれるから。少し厳しくしてちょうだい。」

私がそういうと、その中の一人が、
「言えないよ~。いつもふざけているような子なら、厳しく言ったりするけど、げんちゃんはがんばっているから、そんな子には言えないよ。」

と言いました。なんだか、その子にとっても感心してしまいました。と同時に、げんちゃんが、パブリックなところでは、しっかり外面を作っているんだな~ということもわかりました。そういえば、支援の先生も、私がげんちゃんのことを、横柄だと言っても、あまり共感してもらえなかったです。
 
  目的つかまない、本質がずれている、表面だけの動きが目立つげんちゃんですが、表面は、それなりに前向きに見えているようです。ま、表面をつくろっているってことでしょう。
 
 さて、後ろのロッカーを見たら、ぐちゃぐちゃにプリント類が放り込んでありました。やれやれ、まだまだそんなとこにいるのかい、君は・・・まずは、身のまわりのことに、意識を向けて、一つ一つをしっかり終わらせていくことからじゃないのかな、と思います。
 学校は、だ~れも、持ち物管理のことを言ってくれる人もなく、スルーしっぱなしのようでした。

 さらに、この日は、げんちゃんのカバンの取っ手がとれかかっていました。それで、私は、重たい教材を持って帰ってあげよう、と思いました。げんちゃんにそう伝えると、げんちゃんは、なんと、空っぽのカバンを私に渡したのです。
「君~。帰りどうやって荷物持ち帰るわけ?」

もう、ほんと、ぼ~っとしているといったらなかったです。

こういう失敗が学校ではしょっちゅうあっているでしょうに、うまい声掛け、うまい、指導がなされないまま、宝のような経験が、すべて捨て去られていることを感じました。

ほんとに、もったいないことだと思いました。そのような出来事を、うまく、げんちゃんの意識につなげることができれば、かなり、げんちゃんの心のエンジンがかかるだろうにな~。口惜しい!

この日帰って、彼の失敗をとことん魚に、げんちゃんを指導しました。
この場合、どう考えるべきなのか。今日の失敗が、どれほど幼稚であほなのか・・・・もっと危機感を持たないと、どれほどやばいのか・・・とか・・・。げんちゃんに、指導がよく入っていきました。
家の中だけでおこったことでは、ここまでの教育効果はなかったと思いました。

学校でのできごとは、見栄もあるようで、検証してやると、かなり効果的。もし、私がそれをしなければ、この日の失敗も、すべて、なんということなく、刹那に捨て去られたことでしょう。
ほんとに、発達障害の指導法は、もっと教育現場に認知されてほしい・・・。

時々は、学校に見に行かねばならないな、と、思った学校訪問でした。



by glow-gen | 2019-12-16 20:40 | 普通クラスでの様子 | Comments(10)

発達障害は、できないのではなく、できるようなるための”思い”が足りない

   げんちゃんは、一言で言えば、正しい”思い”を作り出すことができない子だと言えばいいでしょうか。ここでは、自分は何をすべきか。その目的のためにはどう動けばいいかなど。そのような”思い”というのは、普通の人にとっては、別段難しいことでもなく、とりたてて拾い上げるほどのことでもなく、無意識に考えちゃっていることだと思います。

先日、野球教室を見に行ったら、あいかわらずげんちゃんは、小学生に、ポジションや打順を注意されたりしていました。ぜんぜん自分から動けていないのです。私は、あきれて、野球教室の意味がないことを感じました。
 結局自発的に動けないのではなく、げんちゃんにとって、そこがぬるま湯で、その環境では、しっかりとらえようとする思いを出さない、ということなのです。

私は、先生に言いました。
「先生、すみません、そろそろ野球も卒業かな、って思います。どうも、げんちゃんは、ぬるま湯状態になっていて、抜く場所と決めているようです。これでは行っても、伸びは期待できません。野球を一つの息抜きとして行くには、それ以前にやることがてんこもりです。」

ちょっと言いにくかったのですが、暗にやめたいということをお伝えしました。(まあ、やめるっていうのは、いつでも言いにくいものですね。)

すると先生は、げんちゃんにやめてほしくないみたいで、少し圧をかけます。と言ってくださいました。

次の野球から帰ってきたげんちゃんに、その日の様子を聞いてみたら、

「先生に注意された。もっと自発的に動け!って言われたんだよ。」

と言いました。何かの失敗のあとに注意されたのでしょうね。そして、それに続いてげんちゃんが言ったことは、

「あ~。僕は、もっと自発的に動くべきだった~・・・(ちょっとうめく)あれは、野球とはいえない!」

でした。以前、げんちゃんからこういう発言が出ることはなく、それなりに、げんちゃんの心は、動きやすくなっているんだな、とわかりました。しかも、自分をかえていかなくてはならない、という思いも、以前よりは強いようです。

つまり、半年前のげんちゃんと今のげんちゃんとは、大きく変わっているということだと思います。
しかし、げんちゃんの表面的なものは、激変しているわけではないので、普通クラスの先生にしても、野球の先生にしても、げんちゃんのできないところ、苦手なところを、どうしても、固定化してしまいがちだと思いました。

 以前は、気持ちを入れることができないし、そもそもあるステージにいってないのでできない。でも、今は、やろうとすれば、少しはでき始めている。でも、気持ちの入れ方に慣れてないし、入れようとしないのでできない。 表面は一見同じに見えても、内面はかわっているというわけです。

今回野球の先生に、
「げんちゃんは、半年前とは違います。成長しています。だから、今の野球教室は、げんちゃんにとって、ゆる~くて楽だと思います。それでは、マイナスにすらなります。できないのではなく、やろうとしないだけ。」
と私が言ったことで、先生はげんちゃんに対しての対応を変えてくれましたが、そういうことを先生に伝えなければ、いつまでも、抜いている時間になってしまいます。

言葉かけのあるなし、圧のあるなし、そういうちょこっとのことが、げんちゃんのような子の成長には重大な成長のタイムロスにつながります。

つまり、発達障害の子供たちの指導というのは、普通の先生方にはかなり難易度が高いと言うことなのだと思います。

たった一言の言葉かけで、子供をぐっと伸ばしていける先生というのが、ほんとに指導力のあるスーパーティーチャーというわけです。普通の子だって、それによって、ぐっとかわるでしょう。でも、そんなに簡単にはいきませんよね~。

たくさんの生徒を見ておられる先生に、細かくお願いするのは無理でも、現段階のげんちゃんの変化は伝えて、言葉かけのポイントだけは伝えないと、せっかくの時間が無駄になってしまうと思います。

だんだん、私自身も、子供への指導力というのがついてきているのかもしれませんね~。普通のお子さんを指導したら、案外上手になっているのかもしれないですね。

発達育児は、まさにとぎすまされた育児です。今まで見えなかったものが見え、感じれなかったものが感じれるようになっている自分を感じます。とはいえ、まだまだむつかしく、なかなかうまくはいきませんけど・・・。試行錯誤の連続です。


追伸、さて、翌週の野球教室は、げんちゃんは、自発的に動くと決心して・・・やや緊張気味にでかけました。帰ってきた時の報告も、今までとは違うものでした。外に結果が表れるのがいつになるのやら・・

by glow-gen | 2019-12-12 00:28 | 野球教室 | Comments(10)



中学2年の息子。5歳で、発達障害発覚、改善に取り組むママの格闘と改善ノウハウの記録。
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げんちゃんママの紹介
中学2年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学2年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて8年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
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