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げんちゃんの発達障害プロジェクト

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表面をつくろうことと、真に努力することは違う

   げんちゃんは、水面にやっと浮上してきたと書きましたが、ほ~んと、そこからぽ~んと行くことはなく、陸に上がった歩みも、まさに、一歩一歩補助がいりますよ~。やれやれ。

げんちゃんは、運動会でスウェーデンリレーの選手に選ばれました。50メートルの記録上位者から、10人近く、二つのリレーにエントリーさせられたようです。げんちゃんは、10人目くらいに入ったのでしょうか??
 でも、毎年、徒競走はビリばかり。なぜ選ばれているのか、不思議でしょうがありません。

 それに、げんちゃんは、リレーに選ばれていることにも、なんの感慨もないようです。私がそのことを知ったのは、学校からもらったプリントでした。

 もしかしたら、先生方は、げんちゃんには、いい経験になると思っていらっしゃるのかもしれませんが、げんちゃんは、リレーの意味も考えず、ただ、その時間がくれば、なんとなく走るだけになると思われます。ひどい場合は、失格にさえなるようなこともやりかねない。

 げんちゃんをせっかくリレーに出させてくださるなら、事前の演出が必要だし、的確な声掛けも大事です。

先生と話しました。
「あの、メンバーに選んでいただいたのは、うれしいことなんですが、本人に何の自覚もなくて走らせても、まわりに迷惑をかけるだけになると思います。直線だったら、少しは早かったのかもしれませんが、トラックリレーで、バトン渡しまであるスウェーデンリレー、しかも、150メートル。げんちゃんにはハードルが高いでしょう。

 本人にも、一度意志を確認していただけませんか。リレーの意味や責任を話していただいて、出たいのなら、事前に意味を教えて、練習をさせ、演出もしっかりしなくてはなりません。そうしないと、せっかく成長のチャンスがあっても、すべて無にしてしまいます。」
 
 2年目になる支援の先生です。

「この子は、心の障害です。普通の人と同じように感じられないっていうのが、そもそもの病態なんです。ただやらせるだけでは、何の効果も生みません。」

毎回のように、そこを力説してしまう私。どうしても、げんちゃんたちのような子は、精神面はある程度、自分たちと同じ、頭が悪いだけ、ととられてしまいがちです。

 そういう話し合いのあと、先生は、げんちゃんにスウェーデンリレーの出場の意志を訪ねてくれました。どうも、選出が決まった時は、自分の考えや気持ちを、その場で言えなかったげんちゃん。(まあ、言えるわけはないわな。どう感じるかさえ、あやふやなんだもの。)たどたどしく、
「あの~。スウェーデンリレー出てもいい。選手決めがあったとき、なんとなく、決まって、自分の気持ちは言えなかった。150メートルを走ることになっているけれど、距離が長くて走れない気がする。」

こういうことを主張したようです。これも、私が、あなた、150メートルなんて走れるの? どれだけの距離高わかるの? 、なんて言っていたために、言えたことで、私の言葉がなければ、こんな気の利いたことは言えるわけはありません。なんたって、距離、時間、いまだに、つかめていないげんちゃんなのです。

 さて、ここから面白いことがおこりました。支援の先生が動いてくださって、スウェーデンリレーの距離の短いパートの子と変わってもらったようです。スウェーデンリレーというのは、後になる走者の距離が、伸びていく競技です。げんちゃんは、150から100にかわってもえたようです。

しかし、すでに、エントリーの締め切りは過ぎていました。そのあとでの変更は御法度だったようで、支援の先生は、みんなの前で、げんちゃんがかわったことの了解をとったようです。

あからさまに、げんちゃんが支援クラスであるということを口に出したかどうかわかりませんが、配慮してもらいたい、という内容だったようです。

誰が見ても、げんちゃんが支援クラスだということが、強調されるような場面。
げんちゃんは、恥ずかしい思いをしました。

これは、私的にはナイスな演出でした。このできごとで、あっというまに、スウェーデンリレーのインパクトは大きくなりました。

しかし、支援クラスにもどって、げんちゃんが恥ずかしがったので、先生は、渾身の力で、フォローに入ったようです。
「支援クラスって、恥ずかしいこと? そうじゃないよ。げんちゃんはがんばっているんだから、ぜんぜん恥ずかしくないんだよ。」


げんちゃんは、おもいっきりフォローされてしまったのです。げんちゃんは、そこでいっきに、自分の日ごろの取り組みを、ほめられた感じになりました。
 先生は今のげんちゃんのすべてを肯定してくれた・・・・どうも、理解の状況が一転してしまったようでした。あらら。

 げんちゃんの恥ずかしさは、表面をつくろっている、その化けの皮をはがれたような恥ずかしさ。真になりふりかまわずがんばっているのに、うまくいかない、という情けなさとは全く違うのです。なんせ、げんちゃんは、認められたい、という思いで、外側だけを飾ろうとしているのです。 モチベーションはあがったものの、それを正しく行動に移すのではなく、表面だけつくろうことで満足している。私は、考えてみたら、ずっとそこと戦ってる。

げんちゃんの場合は、そこで肯定するようなことを入れてはいけなかったのです。

 表面をいくらつくろって、心を入れずに、形だけがんばるスタイルをとっても、絶対に普通クラスレベルにはならないよ、と、そこはダメ押しの場面だったのに。

 まあ、なかなか、げんちゃんのステージをとらえて、的確な言葉かけをするのは、2年目の先生でも、難しいことを思い知ります。

すぐさま、また先生とノートでやりとりしました。

せっかくのナイスな演出のあと、フォローはいらなかったと思います。今げんちゃんが落ちいっていることは、意識を入れてがんばるのではなく、表面をつくろう、というスタイルです。それを肯定された、と感じてしまったようです。

まだまだ、そんなんじゃだめでしょ。支援クラスのあなたへの、特別配慮が恥ずかしいっていうんだったら、まずは心の底から頑張る気持ちを出すことが大事だよね。

 そこで止めておかなければいけなかった。げんちゃんは、まだそのステージにとどまって安住しようとしているのだから。

 一般的に、普通になされる対応が、あるときは、げんちゃんの命取りになります。ほんとに、こういう一言で、あっというまに、げんちゃんの状態が揺れ動くのを、何度経験したことか!

 さて、このスウェーデンリレーは、この事件を皮切に、今のげんちゃんがよくわかる展開になってきました。続きは長くなるので、また書こうと思いますが、毎日ドラマがあってます。

  いうわけで、前回のブログを書いてまた、私は日々やれやれの連続をすごしております。



by glow-gen | 2019-05-17 20:17 | Comments(6)

げんちゃんの朝・・向上心

連休明け、げんちゃんは、変わったな~と思いました。6年生のころから、突き抜けないげんちゃんに業を煮やしていた私は、あの手この手で頑張ってきました。

結局、自己意識が出て、表面上何かをがんばってやっているように見えても、根底でげんちゃんの負のオーラは相当強く渦巻いていた。

 まあ、ステップアップしても、結局、マイナス10がマイナス9になり、まいなす8になる。そんな感じでしょうか。海の底でひとつづつ階段を上がっていても、陸地からは、ぜんぜん見えてこない。そういうイメージです。
 でも、GW終盤から、いろんなことが安定しだして、学校が始まっても、それがめちゃくちゃ崩れ落ちることが少なくなっています。あ~、やっと、げんちゃんが、初めて水面に現れた!

  私がこんなブログを書くのは、めずらしいかもです。げんちゃんのマイナスの気持ち、やりたくないとか、どうでもいい、とか、逃げたい、とか、そんなものは、どうも完全に底を打ったようです。
やっとプラスの気持ちの量が、マイナスの量を凌駕した瞬間です。今までげんちゃんのマイナスの気持ちは大きすぎて、少々のプラスじゃ埋めきれなかったのでしょう。

 4月からこっち、私の方もいろいろありました。なんせ、PTAが動き出し、4月は、全部の先生と新旧PTAメンバーの晩餐会みたいなのがありました。先生方の雰囲気は結構よくて、この学校は、先生方も、仲が良いんだな~と思いました。それって大事です。担任も含めて、いろんな先生とお話しさせていただいて、最後に、ひな壇に上がり、自己紹介をしました。

この際だから、げんちゃんのことをみんなに知ってもらおうと思って、言いました。

「中2にいるげんちゃんは、発達障害で、それがわかってから、改善のためにいろいろ取り組んできました。息子は学習障害があるので、小学校は先生方の協力で、週に1~2回学校を休ませていただいて、ホームスクールをさせてもらってました。私が勉強を教えてきました。学校とホームスクールのコラボでけっこう伸びてくれて、今は、数学と国語を支援クラスで教えてもらってますが、なんとか普通クラスで勉強しています。中学でも、小学校同様先生方に大変お世話になっていて、ほんとに感謝しております。その感謝もこめて、今年はPTAに挑戦することになりました。みなさん、いろいろご指導お願いします。」

まあこんな感じで挨拶したので、PTAのメンバーも、先生方も、周知徹底(笑)。教育ママと、発達障害の息子、かな? がんばっとるな~、とは思ってくださったことでしょう。おかげで今年は、1学期の導入はスムーズです。家庭訪問の前に、担任の社会の先生ともたくさんおしゃべりできました。ゆったりとした話がわかる先生。安心しました。どの先生も、好意的に応対してくださるのを感じます。
PTAは大変だけど、目に見えない恩恵も受けますね。
しかし、PTAの会合は、夜始まって、10時まであるので、げんちゃんほったらかしの日も月に1~2度出てきます。それでなくても、かかわれる日は少ないです。げんちゃんのために空けている日にPTA。ちょっとつらいです。

しかし、PTAもやってみるものですね~。前向きな方が多くて、すっかり打ち解けて、ママ友が少し増えました。それに、10時に会合が終わっても、先生方の数人はいつも残っているのでびっくり。大変なんだな~と思います。PTAの任期は2年。果たしてどうなることやら、という感じですが、げんちゃんが、やっと少し突き抜けてくれた感があるので救われます。

何が突き抜けたか。やはり、向上心でしょう。昔からなくはないけれど、げんちゃんの障害をはねのけるほどのモチベーションはなく、ひたすら、なんとなくやらされているだけのげんちゃんでした。ほんとに、向上したい、という思いが、逃げる気持ちに少しだけ勝ってきたようです。自己葛藤が少しずつ終焉に近づいたと考えてもいいのでしょうか。まだまだ油断は禁物ですが、彼の中のマイナスは、勢いを弱めているように思います。いつもかつもいいというのではありませんが、GW前は、そういう瞬間はほんとにレアでした。

1年生の3学期、自己意識をずいぶん出してきたげんちゃんは、それが初めての経験で、混乱と混とんの中にいました。ほんと、それに収集をつけることが、最優先で、勉強にエネルギーなんてまわす余裕がありませんでした。自分がどう感じる、どう思う、ということを経験しただけで、ものすごい消耗。もともと自己意識が封じ込められていたげんちゃんにとって、自分の思いを感じるということは、まるで、幼子のように、すべてが新世界だったのではないかと思います。その思いが、どういうことなのか、どんな言葉と結びつけたらいいのか。まるで、”レナードの朝”をほうふつとさせる感じだったのだと思います。(レナードの朝は、長年昏睡状態だった主人公が、一時、目覚める、感動の映画なんですが)

 そして、ここんところ、少しずつ、げんちゃんの感情を表す言葉は増えていき、GW明けは、たどたどしい、すべてが初体験のような初々しい質問がぽろっと飛び出している。
「S先生が、人を助けるために、ガラスを割って飛び込んでいって、大けがをした話をしてたでしょ。僕も、覚悟を決めて突き破りたいんだ!」
(これは、Sさんが若い時、暴行をうけている人を助けた時の逸話です。すごいですね~)
「このままの自分はいやだから変えたい。どうすればいいの?」

げんちゃん語録は、日を追うごとに、増えて行ってます。
もちろん、抜けるときは抜けます。ひどい時もある。しかし、私が追い詰めたりすると、
「ちょっと待って、向こうにいって立て直してくる。」
「意識を入れるって、どうやればいいの?」

今まで聞いたこともないような会話が成り立っているではありませんか。

良い出力だけをつなげれば、お~!と思いますよね。ま、実際は、そんなに極端に一気にというわけではありませんが、私への反抗はとてもゆるやかになり、私を身方と感じているのがわかります。それに、なんといっても、あれだけ朝起きれないのが起きれるようになっている。

Sさんが、朝起きれるようになったらかわる。僕にたいして、好意的な気持ちが出てきたら変わるサインだね。
と前々から言っていたことを思い出します。以前は、Sさんに対しても反抗していましたが、Sさんを尊敬するような発言も飛び出します。

さあ、学習がひとまず二の次、と言っていたのはもう終わり、GW明けからは、ほんとに、新しいモードでしっかり学習に取り組ませ始めました。まさに、げんちゃんの朝。そんな感じです。

by glow-gen | 2019-05-12 01:47 | 思春期自主性 | Comments(8)

気持ちを入れた学習、絵画教室のペナルティー

GWもとうとう終盤です。K先生もお休みなので、私が必死で毎日げんちゃんの勉強を見ています。
げんちゃんは、最近、意識を入れた勉強を少しはできるようになりました。でも、それをするとずいぶん疲れるようで、ちょっと前は、意識を入れたら、次の数日だめだめ、みたいな感じでした。
 
 でも、GWに私が学習をやらせてみたところ、彼は、意識を入れる持続時間も、忍耐力も、ずいぶん上がったな~と感じました。
今日の英語の勉強はこんな風でした。問題を読ませて解かせようとしてますが、
主語もなく、適当に単語を並べたりするので、何度も、考えさせました。すると、やっぱり、四苦八苦しながらも、そこそこ修正できる時もある。

「あのね、主語と述語は、木でいうと幹だよ。そして、目的語、え~っとこれね、これは、最も太い枝。あとの、”昨日”とか、”駅で”なんていうのは、葉っぱだよね。前置詞は、葉っぱを付けるときに使うことが多いね。」
 
出てきた文の構造を図を描いて、本文に線を引いてやって、前置詞の説明したのですが、
「今なんの説明したの?」
と言うと、
「・・・え?あ~、was・・・え? あ、動詞・・いや・・」
いやいやいや・・・ちゃんと聞けよ。そしてあるときはただフリーズする。それでまた、主語と述語は、・・・と、一つに絞って言う私。そしてまた、

「今なんてった?」
と聞く。
しかし、げんちゃんは、たった今言ったことさえ、何も言えません。
やれやれ。聞く力がどれだけ弱いんよ!気持ち入れろよ!

今までのように、すぐに教えたりはしません。だって、どうせ聞いてない、もしくは、処理できてないから、私の労力はすべて無駄です。
「今なんてったの?」
これを繰り返している最近の学習です。げんちゃんが気持ちを抜いていれば、こっちがどれだけ工夫しようが、
「??」
となります。何回言わせるの? 疲れます。でも、根気よく、自分で言わせるようにしむけると、だんだん、少しは説明ができるようになり、そうなると、やっぱり、問題のできもよくなっています。

昔どの時点だったか、そういうことをやっても、ただ、フリーズして、どんどん意識低下がおこってくるだけで、まったく徒労に終わるばかりでした。そうなれば、もう、やっていても意味がなくて、ただ、AだったらB、みたいな単純なところに落として、上からシャワーであびせかけるしかない。げんちゃんは、ただ座ってやってるふりをするだけ、努力しているのはこっち。そんな感じになっていたことを思い出します。

でも、しつこくこうやって、自分の口で言わせながら学習を進めると、相当時間は食うけど、上からシャワーの学習とは違った吸収をするようです。自己意識が出ているので、やはり学習もかわってきたな、と感じます。

ほんと、ここ1週間くらいの感触なのですが。

今日は、絵の先生の展覧会に行きました。絵の先生にしばらくぶりにお会いしました。多くの作品を展示されていてびっくりしました。と同時に、コツコツ、デッサンを続けることで生まれる絵の力を感じました。げんちゃんも、何かを感じたような気がして声をかけます。

「げんちゃん。絵描きたくない? また教室に行きたい?」
げんちゃんは、しっかりした目で
「うん。やっぱりね・・」
と自分の意思を伝えました。
「そう。だったら、いやなことでも、しっかり取り組まないとね。なんでも、一生懸命プラスの気持ちで取り組むことができれば、絵画教室はまた行けますよ。だからしっかりがんばりなさいね。」
と、言いました。
げんちゃんは、絵画教室を休ませると告げた日、一瞬、いやな顔をしたけれど、その次の瞬間は、ぱっとそのことを捨て去り、何の執着もなく、一人で絵を描くこともありませんでした。
ここが、アスペルガーのようなお子さんとは違う点で、あっさりしたものです。

でも、個展に来たら、やっぱりやりたいな、と思えたのかな? 絵画教室をストップした意味が、少しつながったように思えました。

なんせ、すべての環境が、上から降ってきて、その中で、自分の気に入るところだけ、”やってやるよ。”というスタンスのげんちゃん。それでは、げんちゃんのためになりません。居心地の良い環境は、すべてシャットアウト。やるべきことをしっかり前向きに取り組むことを覚えなければなりません。少しくらいほめられたって、自分はまだまだ、努力しなければ、というスタンスを貫けるようにならねばなりません。そうなれば、絵画教室は解禁です。

でもまだまだ、少し褒められれば、苦しいことから逃げて、好きなとこだけ自己意識を出してくる身勝手なげんちゃんがいます。夏休みくらいまでは油断がならないと思っています。

絵画の先生は、お休みをお願いした時は、ちょっと怒っておられました。一般には、できるとこから伸ばせ、みたいな考え方が普通なのですからしかたありません。しかし、げんちゃんが、精神疾患と考えたら、まったく違う見解があります。楽しいこと、自分の世界観を肯定される場所。それは、自己意識が出たばかりのげんちゃんに、逃げ場を作ることになるのです。私は、そのことを、一生懸命話して、わかっていただきました。私とて、早く絵画をさせたいのはやまやま。せっかく、能力が花開いてきたのですからね~。

絵画教室を休ませる、となった日よりも、今日やっと、げんちゃんにそのペナルティーの効果を感じました。
それも、成長した証でしょう。

by glow-gen | 2019-05-05 00:43 | 絵画教室 | Comments(13)

常識も人としてのところも、すべて1からのげんちゃん

  げんちゃんは、長いトンネルの中で、一つ一つゆっくりステップを上がっています。あまりにも、鈍重に上がってくるものだから、周りは疲れ果てていますが。

 やろうと決めて、思いを入れることができると、これが、げんちゃんという人格なのかも、という彼がちらっと垣間見えます。でも、そんな瞬間はめったになく、普段ぼ~っとして、すべて他力本願、待ちのげんちゃんです。
 先日、実家に帰る車の中で、彼は、どういうきっかけなのか、気持ちがびしっと入っていました。

「僕はね、学校で一番かっこいい先生は、○○先生だと思うんだ~。」

げんちゃんは、自分の意見を饒舌に話しだしました。私はうれしくなって上手に相槌を打ちます。

「へ~・・・それって、ほかのクラスメートが言ったの?」
「まあ・・・それはそうだけど、僕もそう思う。」

げんちゃんは、イケメンというその先生を思い出しているのか、にやにやしていますが、自分の世界に入ってしまったげんちゃんではなく、ちょっぴり聡明な目をしています。
そのあとも、クラスの話や、自分の思いをささやかですが話します。やれやれ、普通の子なら、いつもこういう話をしながら、楽しくドライブをするだろうな~。私は、げんちゃんと人生で、初ではないだろうか。

「なんかしゃべって!」

とかさいそくしてみたり、

「ねえ、学校の友達と話した?」

とか、根ほり葉ほり聞き出して、やっとぽそっと一言二言話すだけのげんちゃん。なんてつまらない子供だろうか・・・と、ため息をついていました。発達のお子さんでも、饒舌に話す子もたくさんいますが、げんちゃんは、自分がどう感じるかさえ、つかめない蝋人形みたい。

 でも、ゴールデンウィークの最初の日曜日の数時間、げんちゃんはまるで普通の子みたいでした。(普通の中学生ではなく、小学生あるいは、幼児・・・といったところかも)

「僕は、精神病院に行くようになるかもしれないから、行かなくていいようにならないと・・・」
ほう!、初のメタ認知か・・・(自分を客観的に見る)まあ、この発言は、まったく自分のことをつかもうとしないげんちゃんに、危機感をあおるために、Sさんや私やK先生が、時々言ってることなのですが・・・今まで聞いたこともないような謙虚な発言! 

とにかく、素直だし、謙虚だし、こういうげんちゃんに変身するなら、なんて素敵!

でも、やっぱり、この一瞬でした。実家に帰ってしばらくすると、またぼ~っと抜けています。学習も、はなはだぶっとんで、私が叱ってしまうと、実家の母が、げんちゃんをすぐにかばうという、いつものパターン。こうなると、げんちゃんは、してやったりと、ますます助長する。

そそくさと、家に帰るようになってしまう私です。
帰って、パパに話すと、
「そこで、いっしょになって、げんちゃんを責めると効果あるんだけどね~。一方向の圧ではきかなくても、もう一方からかければ、効果ある。ヤツは抜いてるだけだから。やりゃできるってのに。」
パパも最近、げんちゃん育児に、多少は正しい考察ができるようになってきています。笑
そして、今日は、げんちゃんにあきれた事実が判明しました。

太閤秀吉が水を求めたという太閤水と名付けた井戸が、福岡の各地にあるのですが、一番近くにあるそれを見に行きました。(我が家のGWは、人ごみによりつきません。せいぜいこの程度の外出。)げんちゃんが、ある時、太閤水ってどこにあるの? と聞いてきたのです。

「ところで、げんちゃん、太閤水なんて誰におそわったの?」
とパパが訪ねます。
「え~っと、学校の先生で、社会を教えている先生。」
私は、は?とあきれます。だって、それは担任の先生ですもの。
「げんちゃん、担任の社会の先生に聞いた、と言えばすぐわかるでしょ!」
と私は、いらっとします。

が、そのあと、あきれた事実が発覚します。げんちゃんは、”担任”という言葉を知らなかったのです。え~~っ!

うそでしょ! 8年間、クラスに所属して、担任を知らない。夫婦で唖然とします。げんちゃんは、自分が聞きたいところ、見たいところ、それだけ一点を聞いて、見て、あとは、モザイクで隠されたような視野で暮らしていたというわけでしょう。彼の世界には担任も存在してないし、常識と言われるほとんどの世界が、モザイクの中!

「げんちゃん、担任を知らないなんて、おまえ、恥ずかしいぞ! 常識ってもんがないよ。担任ってのは・・・」

 説教されるのが私ではなく、パパだったので、げんちゃんは、神妙に聞いています。なるほど、私やK先生といった、いつものメンバーに言われるだけなら、自分は、常識がまったくない恥ずかしい人間だと言われても、聞く耳を持たないのでしょうが、今日は、さらにパパから、となったわけで、圧は、また別の方向からかかったわけです。みんなの言うことって本当かも、とちょっと動揺しています。おかげで、家に帰ってからの学習は、気持ちがはいっていましたよ!
 
なるほど、げんちゃんに逃げ場を作らないとは、こういうことでもあるのでしょう。実家の母一人のちょっとした発言でも、平気で逃げ場になります。


それにしても、げんちゃんは、ある意味、覚醒してきたものの、常識は一から、人としても一から・・・まるで、ロボットのソフトを一からプログラムしていくようです。
そして、最近のパパのささやかとはいえ参戦は、ほんとありがたい。。



by glow-gen | 2019-05-03 22:01 | 発達障害改善の段階 | Comments(8)

意識障害との闘い。思いが入らないと、IQも底なし沼

   げんちゃんの能力は上がっています。3月のSさんとの合宿の成果がじわじわと出てきている、とSさんは言います。
先週は、気持ちを入れる瞬間が出てきました。ちゃんと考えるスタイルがとれた時は、今までできなかったことが、すっとできたりすることもあります。

ここへきて、げんちゃんの時間の感覚が、こっちが考えている以上にないことがわかりました。いまだに、何時に学校についたのかもわからず、3時からK先生のところで学習、と決まっていても、3時ごろ、頼まれていた亀の水替え(カメを1匹飼っています。)を始めたりするげんちゃん。
時間を逆算して行動する、とか、この行為は何分かかる、とか、そういうシュミレーションは存在していないようです。

 11時50分になって、今から8時間寝たら何時に起きることになる?と聞いても、もちろんわかりません。なんせ、12時の8時間後は?と尋ねても、考えて変な答えをしたりする。(意識が入っているときは、できるようでもある・・・?)

朝早起きしても、自分の好きな本をぼけ~っと読んでるだけで、段取りがわからないようです。

そんな子に、急ぎなさい、と言っても、急げるはずもなく、あせらせると、ただ、部屋の真ん中に、つったってたり、うろうろしたりしています。

K先生が、時計をチェックしなさい!としつこく言えば、ひたすら、じ~っと時計を見ている。なんてこともありました。

普通の人は、自分の行動のふしぶしで時計を見て、時間を考えながら行動するのですが、
「どこで時間を見るの?」
とタイミングを聞いてきたのには、参りました。(聞いてくることは進歩ですが・・・)

時間の空間認知の弱さでしょうか。はたまた、意識のない植物のように生きてきたげんちゃんは、こういうことを考えることが、人生初という幼児のようです。

K先生が、時計を見るタイミングを表に書いてやりました。

朝、起きた。→ 時計
顔を洗った、洋服を着た→時計
ご飯を食べた→時計
学校に出発→時計
学校につく→時計
1時間目始まる→時計

・・・

こんな感じです。やれやれ、ロボットを人間にプログラムしていくような気の遠くなる作業。それでも、根気よくこういうことを、やってあげないといけないようです。希望があるのは、それが永遠に続くわけじゃなく、きっと、あるところからは、パターンが体に入って、ほかにも広がっていくと信じている点です。

しかし、こういう徒労感ばりばりの翌日に、最近のげんちゃんは、ぱっと、反対側のプラスにいっきに振ったりします。

げんちゃんは、これをマイノートに自分で写して、翌日、項目の横に、実際に時計を見た時刻を書き込んで帰ってきたではありませんか。

ほんとにびっくりしました。ある意味2段飛ばしくらいの進化です。その日は、朝から気合が入っていて、K先生のところに行った時点でも、プラスのエネルギーに満ち、白雪姫が眠りからさめたがのごとく、さえわたっていました。

私たちは大喜び。
「気持ちを入れるってどういうことかわかったでしょ。」
「う~ん。”思う”ってことかな?」

げんちゃんも、まんざらではなさそうです。

が、やはり、まったくこういう意識の入った行動は、続くわけはありません。翌日は、どかんと奈落の底に落ちました。
たった今言ったことさえつかまず、超簡単な宿題を前に、ぼ~っとフリーズし、1時間も浮遊しています。どう圧をかけても、のらりくらり、つかんでも逃げるどじょうのごとくです。

げんちゃんは、ごくまれに覚醒し、本来の能力をびしっと見せるかと思うと、ちょっとしたきっかけで、また意識を閉ざし、植物人間みたいに、何もつかまないげんちゃんになり、同じことを何度説明しても、何もひっかからなくなります。

げんちゃんは、知的障害というより、精神障害だ、と私は感じています。あるとき、数学をやっていて、前半の40分は、しっかり意識が入っていたので、普通の教え方ができていました。ところが、後半、休憩をして、戻ってきた時は、完全植物になっていた。英語をやっていましたが、isの過去形、と聞いても何も出てこない。もう、何十回も、何日もやってきたことで、昨日は、すすすっと出てきたことなのに。

いらついて圧をかければ、今度はでまかせを、どんどん言ってみるだけで、最後には、何を質問されたのかさえ飛んでいるというありさまです。

これというのも、やりたくない、めんどくさい、逃げたい・・・というげんちゃんの立ち向かわない性分が底にあるからで、意識が落ちてしまうと、しばらく、何をやっても、誰がやってもだめ。鉄のカーテンがしかれます。

伸びてきて、良いところが出る時が出てきたけれど、ちょっとしたきっかけで、このモードに入るげんちゃんは、天の岩戸に隠れる妖怪みたい! 
おそろしくずるい怪物を飼っているような気持ちです。
ちなみに、抜き始めると、療育手帳さえも、なかったことにするげんちゃんに、驚いてしまいます。


by glow-gen | 2019-05-02 16:42 | 意識のこと | Comments(5)

療育手帳ショックはきいたぞ~・・・!

 げんちゃんの新しいクラスは理科の女性教諭です。支援クラスは去年と同じ。ほんとに、これはありがたかったです。

げんちゃんの様子は、とりあえず、目標は定められるようになってきました。
「これは何のためにやるの?」
ということさえ、あまりわからなかったのが、
「○○するため。」とか、それなりの答えをしてきます。しかし、そこから先、じゃあそのために今何やるの? となると、とんちんかんも多く、行動が行きつ戻りつ、とても、非合理的になってしまうことが多いです。手元の現在に目的を落として来れるようになること。それが今のテーマです。

だったら、いっしょにすればいいじゃない。とか、それならなぜ、持って帰らなかったの? とか、あいかわらず、普通の子ならしないようなとんちんかんがまだまだ多く出ます。
例えば朝の用意とかも、急がなきゃいけない、とわかっていても、じゃあ、何をどうして・・・というようなことがなかなか難しいようです。

さて、げんちゃんは、学習からも、日常のやるべきことからも逃げ続けるので、がんばらねば、絶対障害児という枠からは出られないんだよ、と感じてもらうため、あの手この手の手段を取り続けている私です。

その一環で、障害者手帳を取りに行きました。げんちゃんのウィスクの結果では、手帳は難しいかも、と、以前説明されていたので、手帳のことは放置したままになっていました。

 しかし、なんやかんや言いながら、どっか自分はできている、と思っているげんちゃん。奮起するために、使える材料はすべて使いたい!
たとえ、手帳は取れなくても、取りに行かせることで、げんちゃんの気持ちは動くに違いない。

”このままじゃやばい。俺は本気でがんばる。” そういう真摯な気持ちになってもらわなければ、げんちゃんの今を突き抜けることはできません。

療育センターで田中ビネー検査を受けるように申し込みました。電話で申し込み、6年の時のウィスクⅢの検査結果、83(くらいだったと思う)と言うと、手帳は取れないかも、と言われました。
でも、手帳の目的は、本来のものだけではなく、げんちゃんに自分の立ち位置をちゃんと感じさせ、やる気を起こさせるためのもの。とにかく、受けさせてほしい、とお願いしました。

さて、テストを受けに行くと、担当の先生から問診を受けます。それまで私とげんちゃんが歩んできた道を、手短に彼女にお話ししました。
たくさんのお子さんにかかわってきたその先生は、私のようにがむしゃらに取り組んでいるお母さんに会ったことがない、とびっくりされました。そして、熱心に話を聞いてくださって、私が最近たどりついた意識のことも熱心に聞いて下さり、”勉強になりました~”、と言ってくださいました。
(あらら力入りすぎちゃったかな・・・笑)

そのあと、45分ほどで、テストは終わると聞いていたのですが、なかなか終わりません。外で待っている私もすっかり待ちくたびれてしまいました。
1時間はゆうにかかったような気がします。やっと呼ばれました。

「げんちゃんねばりますね。一生懸命集中して、答えを出そうと必死でした。お母さんが、今までどんなことをやってこられたのか、想像がつきます。こんなにがんばれる子はなかなかいませんよ。すごいです。」

げんちゃんは、手帳をもらいたくないために、できない問題も、必死で食いついていたのでしょうね。

「あの、もし、手帳をとれない判定になっても、げんちゃんには言わないでくださいね。」
私が言い終わるやいなや、先生は、すまなさそうな顔をして、
「それが~・・・お母様にショックを与える様で申し訳ないのですが、手帳取れますよ。」
な~んと、結果は73だったそうです。75以上80までがグレー判定で、ケースバイケースで与える。80以上であれば手帳はもらえない。そういう判定のようです。

「やった。取れた!」
思わずガッツポーズをしてしまった私に、先生は怪訝な顔されました。普通は、確かにショックを起こす場面です。先生は、たくさん、がっくり肩を落とす母親を見てこられたそうです。

しかし私は、点数が何点高いとか低いとかいうことよりも、げんちゃんがそれによって、心を動かしてくれることの方がうれしくて、つい、ガッツポーズをしてしまったのです。
 なんせ、げんちゃんに前向きなチャレンジ精神がしっかり生まれることの方が、目先の点数より大事だと思っていました。だって、自己意識がしっかり正しい方向性で出てくれば、IQは上がるはずです。だから、今のげんちゃんのIQが低く出ても、そう気にはならないのです。

げんちゃんに、そのことが伝えられました。少々のことで、落ち込んだりするとこを見たことがないげんちゃんですが、さすがに、その時の顔は青ざめていました。
「あ~・・・僕はだめか~・・・」
しばらくため息をついています。

「だから言ったでしょ。気持ちを入れない勉強をやっていても、絶対に頭はよくならないの。今までげんちゃんが、やってきたことの結果が出ただけよ。わかったでしょ。おかあさんがおどしで、将来あなたは行くとこがないからね。って言ってたわけじゃなかったでしょ! なんでもやってるふりしてるだけじゃ、力はつきません!」

私は、しれっと言いました。変な話、Sさんも、その結果を聞いて大喜び!
前回のブログで書いたように、意識のエネルギーが出て、逃げる気持ちを捨てれば、IQなんて、外側のもの。少しずつ伸びてくるし、場合によっては劇伸びする。Sさんも、内側の心を見ています。

何をしても、絶対にふてぶてしく逃げようとしているげんちゃん。いろんな現実を言っても、彼自身、親が大げさに言うくらいに感じ取っていたのでしょう。甘えと現実認知の弱さゆえに、自分の立ち位置をなかなかつかめないげんちゃん。私も、S先生も、K先生も、やっとげんちゃんにレッドカードが出せた気分です。

療育の先生に話を聞くと、田中ビネー検査は、社会に出て必要な力を中心に言語力に重きをおいている検査だそうで、げんちゃんが、話を聞いて、ちょっと複雑なことになると、まったく理解できていないことが多く、そういうというところがクリアするのをはばんだのではないかと思います。ウィスクⅢとは傾向がずいぶん違うのだとか。

でも確かに、最近の逃げ回っているげんちゃんは、学習面でもいいとこなしで、WISCだって、ほんとに80以上あるのかしら、と疑うばかり。まあ、こっちが現実に近いわな~・・・と思います。

しばらく、げんちゃんは、家で打ちひしがれていましたが、やはりげんちゃんのこと。演出を間違うと、あっというまに、そのことにも平気になりそうだったので、危ない危ない。ほんとになんでも捨て去ってしまう子!

げんちゃんを鼓舞して、自分と向き合わせるための現実として、手帳はありがたかったです。ここで、多少点数が高く出てもらえないより、手帳がもらえたことの方が、今後の彼のためになります。

それをきっかけに、どかんとげんちゃんは前向きに、とはいかないけれど、こういうことも、少しずつ少しずつげんちゃんが変わるための積み重ねの一つになってきているようです。
5年の有効期限。げんちゃんは、5年後それを突っ返したい、と思っているようです。だったら、もっともっと気持ちを入れて、なんでも取り組まねばね!

テストを受けたのは、3月春休み。なかなか書く時間がなかったので、すでに、あれから1か月・・・日々、変化し続けているげんちゃんです。

昨日、久々に、ピアノの練習についてみました。げんちゃんはすいぶんかわったな、と思いました。私が間違いに気づいて訂正してやると、素直に聞いて、一生懸命訂正しています。楽譜の途中からも修正箇所を難なく弾いて見せます。楽しく母と子がピアノ練習。な~んか、こういうの初めてじゃない??トルコ行進曲も、とりあえずざっくり完成しました。指の力が強いげんちゃんのそれは、力強くかっこいいいです。

変わり始めているんだろうな~・・




by glow-gen | 2019-04-27 00:47 | 知能検査 | Comments(10)

発達障害の本質かも、自己意識の出方、大きさ。

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運動会のクラスの旗をデザインしました。聖火の火の部分は、何か描こうとして描けないでいたので、とりあえず、絵柄を聖火に見立てて、火を描いてやったんだけど、描かない方がよかった。とほほ それにしても、色といい、栄光をつかみ取れ、なんていう、素敵なキャッチ。逃げがつきまとうけれど、前向きな気持ちになっているのかもしれませんね~。

最近になって、ようやく少し見えてきたこともあります。

先日、職場に発達障害の1年生の男の子が来ました。その子は、4歳の時から交流がありました。
発達検査表があったので、5歳の時に記入してもらったら、げんちゃんとたいして変わらなかった、と言っていました。そのころ、彼は、言葉も少なく、体幹もよわよわしく、げんちゃんの昔とあまりかわらないように見えました。

ところが、彼は小学校進級を前に、今回IQ検査をしたら90台、支援に所属しながら、普通クラスで毎日過ごしていると聞きました。
そして、私がもっともびっくりしたのは、その子が、待合室にある破れた絵本を、お母さんに言われて持ってきて、

「読みたいからなおしてください。」

と言ったことです。さらに、その子は、
「今日、治療って何時間かかるの?」
と言い、
ちょっとじゃれている間、「それは何円?」というセリフまで飛び出してきました。

1~2年前は、言葉数も少なくて、目も合わないような感じだったその子が、目を見て、げんちゃんが言ったこともないような、意志の伝え方をした。

”この本を読みたいから、なおして。”

おまけに、時間という概念も生まれているし、物がお金で等価におきかえられる、という感覚を持っている。

これは、げんちゃんではありえないことでした。
スタートは、あまりかわらないように見えたこの子とげんちゃんの違いは何なのか。私は、即座になるほどと思いました。これはすべての原因ではないかもしれませんが、このお子さんには、げんちゃんにはなかった自己意識というものがあるのではないか。

げんちゃんとその子は、最初は似たように見えただけで、自己意識のあるなしで、時を追うごとに、IQに代表される外側の成長に差がついてきたんだろうな、と感じました。
その子のお母さんより、私はたぶん、たくさんあれこれやっていたと思います。なんせ、やれることのすべてをやったと断言してはばからないほど、私は、そのころ、げんちゃんの改善に全精力を費やしていました。(今もか・・・笑)

しかし、自己意識がまったくないげんちゃんは、私の努力を、すべてざるで受け止めるかのごとく、げんちゃんの前を素通りして、かなり非効率にしか成果をあげていかなかったんだろうな、と思いました。

 言ってみれば、げんちゃんは、必死で入力したパソコンのキー操作が、次に何も指令をつなげないようなもので、意識が希薄すぎて膨大なアクションを捨て去っていたのででしょうね。
 ”これは何だろう?””あれ?””なぜ?”” なるほど~・・””そうか~。・・・”
人が心で無意識に行う自分への機動力がぜんぜんないげんちゃんは、目の前でおこるすべての事象は、ただ過ぎ去るだけ。彼に少ししか作用しなかった。

それに対して、友達のお子さんは、最初に会ってから今まで、げんちゃんより、ずっと外からの刺激を自分のものにしてきたのではないかなと思いました。もちろん、普通のお子さんより、それは、希薄だったのかもしれないけれど、少なくとも、げんちゃんよりは、はるかにできていた。

つくづく、Sさんが、
「ある意味、げんちゃんのような子が、ここまでこれたのは、奇跡だとも言える。」

と、よく言いますが、げんちゃんのような子とは、まさにこういうことだったんだな、と感じました。げんちゃんは、今でもその傾向は強いですが、自分がこうしたい、どう感じるといったことを、ほとんど言ったことのない子でした。たぶん、自分がどう感じるか、わからなかったのでしょう。そんなことがありえるのか、と思うけれど、自己というものがぼんやりしていて、何をやらせても、自分の中をただ通り過ぎていく感覚しかなかったのだと思います。

学習も覚えるためには、心で覚えようという意思がなければ絶対覚えられない、とSさんは言います。脳が動くには、意識のエネルギーがいるのだそうです。

これを理解するのにとても役立つのは、前回のブログで書いた感情が爆発しやすいお子さんの話です。自己意識のエネルギーが強く、そのエネルギーは脳にアクションを促す。脳は、強いエネルギーを受けて、どんどん動く。
 アクションをおこすエネルギーが強ければ、脳は、過剰に働き、それと同様に、感情も過剰に動くというわけです。
 前のブログで書いた子は、小さなことにも過敏に反応し考え、同じレベルで、感情も過敏に発動してしまうというのではないでしょうか。

 そう考えると、げんちゃんが正反対、と言うのもうなずけます。自己意識がまったくというほど出ていないげんちゃんだったとしたら、それによって動かされる脳の働きも低く、感情も当然静的になるのです。つまり、IQだって、ちっともぱっとしなくなるのではないか。

 しかし、6年生からS先生にお任せすることになって、げんちゃんは、やっと自己意識を外に出してもらった。もともとそれがないわけではなく、出方が誰よりも少なかった、という状態だったのだそうです。

 そして、自己意識が外に出てくると、最初は、赤ちゃんに毛が生えたようなありさまで、好き勝手に感情が爆発するような感じになる。やっと脳にも、指令が出されるようになってくる。(だとすると、ほんとは学習も、もう少し簡単で、考えるためのエネルギーが小さいものの方がいいのかもしれません。)

感情が爆発するだけのげんちゃんは、やがて、やらなきゃいけないけれどやりたくない。と、把握するようになる。(この段階の長いこと・・・)

 一方、げんちゃんは、今までまったく自己意識がとらえたこともないことを、初めてとらえているわけで、処理の仕方もわからず、不安感と疲れと、相当なストレスを感じてしまう。
 
今のげんちゃんを端的に言うと、行く方向はわかるものの、具体的にやるべきことと結びつかず、もがき出た自我だけが、自分を認めてほしいと願っている。そんな感じなんでしょうかね。

 ”ちゃんとやるのはきつい。”だから逃げる。でも、ちゃんとやってるポーズは作って、それを認めてほしいとあがき続けている。私にはそう映ります。

 げんちゃんがS先生に指導を受けるようになってからの歩みは、まるで、人間が、自己を確立するステージを、一つ一つ分解して構築するようです。興味深いと言えなくはないけど、ほんとにじれったい。

一見突き抜けなくていらいらするけれど、実は、水面下では進化していってることも確かなんでしょう。
ただ、水面下で上っている階段があまりにも高いから、一つ登れば、そこで、もういいや、となるげんちゃん。じれったいじれったい・・・・

 今思えば、昔、様々なトレーニングなり学習を、トップダウン方式に、クオリティーは低くても、なんとかやってこれたのも、いやだ、とかめんどくさいという気持ちさえ、認識できなかったからなのかもしれません。

今、げんちゃんは、自己意識が出てきたために、昔トップダウンでやったことが、むしろできなくなっていて、どうしちゃったのと、当惑することもあります。

自己意識エネルギーの出方、大きさ・・・そういうものを見つめたら、発達障害の本質が見えてくるのかもしれない。そう感じるこの頃です。



by glow-gen | 2019-04-23 23:16 | 意識のこと | Comments(6)

繊細で細かく気づくお子さん。理解されない攻撃性

  たくさん書きたいことがあるのですが、忙しくて、なかなかしたためられない毎日です。そんな中で、ちょっと興味深いことがありました。

げんちゃんの野球教室の話です。

 先週、見に行くと、やけに反抗的なお子さんがいて、先生が大変そうだなと思いました。5年生らしいのですが、何が気に入らないのか、始終反抗的で、先生を口汚くののしっています。自己主張が強いようで、注意すればするほど、もっと態度が悪くなっています。

 野球技術は上級だし、周りにも注意がいっているし、頭もよさそうなんだけど・・。

 もしかしたら、いわゆるアスペルガーのようなお子さんなのかも、と私は思いました。

 帰りに、困ってる先生に、私の経験から思いつくことをアドバイスしました。

げんちゃんとは、真逆のタイプ。 私のアドバイスが、あってるかどうかわかりませんが。・・・

「ひどく攻撃的になるときは、けっこう本人の恐怖心や不安が、もとになることがありますよ。げんちゃんも昔、後ろに人がいると、何かされるんじゃないかと感じて、後ろの人にちょっかいをかけたりしてました。
 あの子は、アスペルガーかどうかわからないけれど、発達の問題をかかえているかもしれませんね。」

そんなことがあって次の週、Sさんが、げんちゃんの野球を見に来てくれました。私は、ついでに、その攻撃的になっているお子さんのことを見てもらうように頼みました。

 Sさんは、先生に許可をとってグランドに入り、静かに見守っていました。

さて、終わって、先生とSさんが話していることを聞くことができましたよ。

 このお子さんは、先週とはうってかわって、その日は、すごくおりこうさんでした。ところどころ、軽くスタンドプレーは見られるものの、まあ、許容範囲。
 悪いところがあまり出ていないので、Sさんは状況判断が難しいかも、と、ちょっと心配。でも、Sさんは、すべてお見通しのようでした。

S「この子は、まわりも見えて、チームにちゃんと入ってプレーをしているし、運動能力も知的なものも、とても高いです。投げるのも取るのも、腕だけではなく顔の方がいっしょについていっている。空間認知も高いし、気持ちも行動からずれていない。アスペルガーとかではなさそうですね。」

野球の先生 「そうですか~。」
  先生はほんと良い方です。彼をなんとかしたくて、Sさんの言うことを必死で聞いています。

S「ただ、彼は、感情がすぐに爆発しやすく、抑えることができないでいますね。 それは、この子がとても繊細で、小さなことを気づきすぎるのがもとになっています。」

野球の先生は、Sさんがそう言うと、はっとしたようになりました。

野「そうなんです。この子は、ある時、一塁を任せるというと、家に帰って、ファーストミットがないと1塁を守れないから、買ってくれ、と親にせがんだようです。
 おかあさんから問い合わせが来ました。僕はそんな高いもの買わなくても大丈夫です。と言って、さらに、グローブに指をこうやって入れると、球をとりやすくなるから問題ない、と付け加えてあげました。すると、あの子は、次の時、”先生こうやると確かに取りやすい”、とうれしそうに言ってきました。」

先生によると、それ以外にも、彼のマニアックな野球へのこだわりがけっこう垣間見えてたようで、聞くと、それらは、子供のそれとは思えないくらいでした。

Sさんは、聞きながらさらに説明します。

S「たぶん、普通の子は流してしまうようなことを、とても気にしてこだわる。そして、気にしたら、なかなかそれが捨てられなくて、次に影響するんです。納得がいかないところで踏みとどまっているところに、ちょっとした叱責がはいったりすると、感情が爆発してしまうんです。叱責というほどのものでなくともです。彼自身も自分のことをよくわかっていなくて、自分自身の感情をコントロールできない。

 しかし、この子は実は、とても、優秀なお子さんなんですよ。」

野球の先生は、深くうなづきました。なんせ、この子は、あらゆる場面でチームの士気を落とし、先生はやめさせるべきか悩んでいたようでした。

S「この子の感情が爆発した時に、みんなの前で叱ると、ますますそれに火がついてしまうから、タイミングをずらして注意することが大事です。しかも、皆の前で注意すれば逆効果です。まずは認めてあげて、自分のところに呼んで、なぜ、怒っているのかそっと聞いてやることが大事です。細かいことにこだわってそこから離れられないでいることも多いから、これは、こういう理由で気にしなくてもいいんだよ、とそのことがらを、細かく分解して説明してやって、切ってやることも必要です。」

S先生の解説に、野球の先生も私も、う~ん、すごいな~・・・とうなってしまいました。たった一度見ただけで、なんで、こう的確にわかるのか!

夕方のグランドは、教育実習みたいな感じになって、野球の先生は、さらにこんなことを話し始めます。

野「実は、先日、げんちゃんのお母さんが言ったことを参考にして、練習の前、彼に優しく言ったんです。”なんでも、違うなと思ったり、困ったなと思うことがあったら、とにかく、僕に言いにおいでね。僕はおこらないからね。ぼくは、君が好きなんだよ。だから相談に来るんだよ。”、と。
 そしたら、まさか来るとは思わなかったけど、しょっぱなから来たんですよ。」

げんママ「へ~、大したアドバイスでもないのに、先生すごい!」

野「彼は、今日はユニフォームじゃなくて私服で来てたでしょ。いつもだったら、最初に僕が、”なんで私服で来たの?”と、と聞いたと思うんです。いつもだったらそのあとに、たぶん、うるさい! となったと思います。別に非難して言ってなくても、すぐそうなるんです。
 しかし、僕がはじめに、彼によりそうことを言っていたものだから、自分から、”今日は、ユニフォームがまだかわいてないからこれで来た” と言ってきたんです。ぼくは、そうか~、それはしかたないよね。と言い、スムーズに練習に入れました。」


さらに、先週彼は、打順が回ってくるまで、銘々で行うバッティング練習を、拒み続けていました。それについて、ついでにたずねてみると、実は彼なりの理由があった。

 砂地においた目印のコーンの位置で、めいめいがバッティング練習をやるはずだったのに、最近ではそれがおざなりになっていて、彼だけそれにこだわり、練習ができなかったというのです。

そんな時に、先生に、バッティング練習をちゃんとやりなさい。と言われたものだから、そのあと、先生をののしり、最後まで、先生に対立して、練習を終わったようでした。

先週の一連の彼の行動を見ていた私は、ただただとんでもない子としか見えませんでした。
(S先生と違って、なんて凡人の私。笑)

なるほど、この子は、そもそもある意味優秀すぎて、ほかの子のように、適当に流すことができないでいたのですね。本人は理由があるのだけど、表現形態がとっぴで反社会的なところがあるので、だれにも、親にさえ理解されず、孤立して、今や野球教室さえやめさせられかねない状況に陥っていたわけです。

今日、野球の先生が、その子を認めて、その子の細かい事情に耳を傾けたことで、とてもスムーズにまわっていたのでしょうね。

S「認めてあげて、ときにほめてあげるといいですが、優秀なだけに、気を付けないと、今度は天狗になってしまいます。だから、ほめるときも、具体的に、どこがほめるに値するか、を言ってあげなくてはなりません。そして、そのあとにできてないところも言って、やさしくそこもがんばるといいよ。と付け加えてあげるとバランスがとれます。」

とSさんは付け加えました。

彼はその日、ゆる~い野球教室に、一人強硬チームのメンバーが入ったような動きをしていました。感情をあらげることもなかったようで、彼は、ちょっとできることをひけらかすような雰囲気あったけど、まあ、許容範囲。 身体能力も頭脳も、かなり高いことがわかりました。もちろん、まわりに対する注意の広がりも、アスペルガーではない。

野球の先生のその日の対応と、Sさんの解説とアドバイスで、彼の一生がこれから上向きになっていくようで、私もとってもうれしかったです。

ある意味、げんちゃんとは真逆です。その子は、細かく気づいて、自分で正しい方向に道をつける力を持っている。ただ、細かすぎるのと、それがこだわりとなり、感情が制御できない。たぶん、親ですら理解できず、愛情不足に陥っている。 だから、認めてあげる、ほめてあげる。ということが有効だというのでしょう。

優秀で繊細すぎる一面が、本人を苦しめているというパターンなのかもしれません。

周りに認められ、自分自身を知って、感情コントロールしてあげれば、その子は、将来ほんとに優れた人材になる可能性だってある。

野球の先生の顔も明るかったです。やはり、なんとかその子を導きたいと悩み続けていたのでしょう。良い先生ですね。

最後にSさんが、
「あの子の親御さんは、もっと育児のレベルを上げないとね。」
とつぶやきました。そして、

「ははは・・・げんちゃんと、対極だね。その正反対パターンがげんちゃんだね~。」
と大笑い。私も噴き出してしまいました。

まるでつかまない、感じない。感情もどこにあるのか・・・・
結局、一人まかせていたら、その子の反対で、とんでもないところに行っちゃうので、決してほめてのぼせさせたり、やけに認めたりしてはいけない。

平和な顔で、ぼけ~っと、やっとかっと打順は把握していたげんちゃんに、たら~っと汗が出るような気持ちですよ。やれやれ・・・

しかし、お見事Sさん、でした。アスペのお子さんや、発達の問題があって、攻撃性が強く出て、しかもIQの高いお子さんにも共通するヒントがありそうですね。

by glow-gen | 2019-04-18 16:45 | 野球教室 | Comments(20)

意識ー心とはなんなんだろう。やっと心にアプローチ・・・

 げんちゃんを必死で改善してきて、やっとげんちゃんの心というものが、現れてきたように思います。
そうなると、げんちゃんが、Sさんが言うように、たぐいまれな重症患者だったと今更気づく私です。おとなしくにこにこしていた赤ちゃんだったげんちゃんは、私はそんなに重症な発達障害とは思っていなかったふしがあります。
 
 昨日、私は研修だったので、げんちゃんは、パパと過ごしていました。たぶん、人生初じゃないのかな~・・・パパは、まったく育児放棄だったから・・・笑
私が帰って様子を聞くと、パパが言いました。

「今日、お昼は、ショッピングモールのフードコートに行ったんだけど、げんちゃんすごいよ。ぼくが、肉食べようってどんぶり屋さんに誘ったら、げんちゃんは、”いや、ぼくは、うどんが食べたいから”、と言ったんだよ。それで、お金をやったら、自分で買いに行ったんだ。」

はははは・・・・ほとんどの人は、これのどこがすごいのかわからないだろうと思いますが・・・

こっちの意見をおして、自分はうどんを食べたい、と主張するところがすごいのです。もし、昔のげんちゃんなら、なんとなく流されて、ぼ~っとどんぶり屋さんに行ったことでしょう。
なんせ、自分というものが捉えられていないげんちゃんです。パパには賛成できない、ぼくは、うどんだ! なんてことがありえないわけですよ。

こんなげんちゃんだから、ただなんとなく、勉強しろと言えば、机にいたし、こっちの言うことにも、そこそこ従って、さまざまなトレーニングをやってきたのかもしれません。
ただぼ~っとなんとなく・・・

だから、いろんな発達障害のお子さんを見るたび、たとえ、言葉があまりしゃべれない自閉症のお子さんでも、行動の原動力になる意志、心ってものがあるので、いつも、すごい! と感じることが多かったです。

支援学校に行っている、げんちゃんよりIQが低いというお友達でも、人としての人格、ってものが感じられる。それなのに、げんちゃんには、それがない。

時々主張しているように思えるときは、動物的な快不快などによって、脊髄反射的に主張しているような感じです。または、自分の世界観に入っているときは、意識、心というより、なんか、つきものに突き動かされて主張しているようで、そんなときでさえ、げんちゃんの人格を感じられなかった。

この日も、私が帰って、外食をしたときも、げんちゃんは、ただ、こっちの言うことに、ただ「うん。」と適当に返事をするだけで、意見なんてもんを言うことはありません。

この子の心は、どこまで、深いところに封じ込められていたのだろうか。

私は、とにかく、何もできないげんちゃんに、なんとか、つまめるところをつまんで引っ張り上げてきました。心は、ずっとつまめなかったから、体幹を鍛えるとか、絵が描けるようにトレーニングする、とか、安曇野方式も少しかじって、数を教えるだとか、できることの最大限をしてきたわけだけれど、ほんとに、何をしても、この子の心をのばすためのきっかけは、今まで存在しなかったように思います。

何を言ってもひびかない。何を教えても捨て去る。げんちゃんの心はほんとに鉄のようにかたい甲羅で覆われていた。

今となってはそれがよくわかります。何が伸びても、何ができるようになっても、げんちゃんが人間になったような気がしない。

しかし、それが、やっと、心をつまめるようになったんだと思います。爪の先にちょっとだけやっとこさつまめるだけのゆるみが出てきた。それと同時に、とにかく、幼児のような精神年齢のまま、おいてけぼりになっていたその部分が、はじめて表面に出てきて、アプローチの対象になった。

なんと、この子の問題は深刻だったのだろう!

だから、今は、もう、学習はどうでもいいとは言わないけれど、あまりに手付かずの心の成長の方を優先しなければ、アンバランスきわまりないし、のちに大変なことになる。そう感じているんだと思います。

このことをやっと自分で言葉にできたことはとても大きい。今は、何をやるべきで、何をやるべきではないのか、が、やっとクリアにわかるようになりました。


Sさんがいなかったら、まだ、このげんちゃんの心の部分は、固く閉ざされて、出てこなかったのかもしれません。Sさんは、小学校低学年の時、げんちゃんを見て、相当重症なお子さんだ、と思ったそうです。それなのに、私があまりそういう理解をしていないので、大丈夫かな、と思って見守っていた、と言われました。先ほど書いた、支援学校のお友達など、Sさんに言わせれば、”げんちゃんより、改善はしやすいよ。ママがしないのはもったいない限りだよ。”なんて言う。

ほんとに、今更ながらなるほどと思います。何をやっても感じてくれない、捨て去る。自分がどうであるかさえ感じることを捨て去る。そんなげんちゃんが、やっと、自分を感じることができ始めた。まさに、ここからが、ほんとの改善なのかもしれません。

しかし、この部分は、意識障害である発達障害の本質部分でもあります。一つ一つバカみたいに段階をおってしか改善しないげんちゃんのレポートをすることで、少しは本質の改善が解明されるかもしれないな~。

大変さと同時に、とても興味深く感じる部分がある今日この頃です。
人の心とは何なんでしょう。意識とは何?人格とは何? 神様は、この子を通して、いろんなことを教えようとしているのかな~・・
 とにかく、忍耐強く、一つ一つやっていくしかない、と思います。

by glow-gen | 2019-04-15 19:47 | 意識のこと | Comments(8)

関心なければ、あっても存在しないのと同じ。野球教室

先日、また野球教室がありました。先週の合宿の様子を先生にお聞きしました。

「ほめないでください、」と先生にお願いしていたので、先生も頑張ってくださった模様。

げんちゃんは、我関せず、ぼ~っとして、守っていても、仲間に声もかけないので、しっかりしぼられたようです。今までより、ずいぶん、叱咤激励されたげんちゃんは、合宿でも少しは、意識が入る場面もあったようです。おもしろかったのは、先生がこんなことを言ってました。

「ぼくが、伸びたな、と思ったことがありました。守っているときに、仲間に声掛けするようにちょっときびしく指導したんですよ。それ以外にも、たくさん指導され、みんなの前で叱りましたよ。すると、げんちゃんはベンチに入った時も、声を出すようになりました。
 一つ注意したことを、応用できて次の行動につなげることができたんです。
まあ、げんちゃんばかり言われることが多かったので、下の子たちが、げんちゃんをなぐさめている場面がほほえましかったですけどね。」

(友達のなぐさめはいらなかったかもしれませんね。げんちゃんは、こたえないから。・・。でも、そういう優しさも、いずれ感じ取って学べるといいですよね~。)

 確かに、その日練習を見てると、打順についても、少し気にしているようでした。どばっと変わったというわけにはいかないけれど、野球教室は、ただぼ~っと抜くところ、となっていたけれど、多少は意識を入れる場所になったのかな、と感じました。
 まあ、ここで圧を抜かないようにして、元のもくあみにならないようにしなければと思います。

 私は、ベンチにもどるたびに、呼んで注意を与えます。げんちゃんは、「はい。」と素直に私の指導を受けます。かわったな、って思いました。

 やれやれだったのは、ホームランを打ったのに、1塁で止まっておりました。見てない・・・(週一教室なのでの、守りはザル。すぐにホームランが出ます。)先生の気合は、げんちゃんが1塁を守っていたのでもわかりました。やつは、まだ、1塁の守りの重要性をまったく気づいていませんから・・・見ている方がはらはら・・・
 打順を待っているときに、げんちゃんは、ファウルボールを回収しました。でも、それをどうしていいか、わからず、きょろきょろして最後までずっと持っています。でも、他の子は、球を拾うと、ピッチャーをしている先生のタイミングを計って、「先生!」と大きな声を出して、そっちに投げました。 
 ほんと、げんちゃんは、小学生に交じっても、すべてがとても低い能力です。

 さらに家に帰ると、げんちゃんは、テレビの野球中継を、初めてまともに見ました。見ながら、Oがアウト、Sがストライク、ストライクゾーンはどこからどこまで・・・そういううんちくをたれました。
 ほんと、生まれて初めて、彼の中に野球中継が存在した、そんな感じです。今までは、野球中継なんぞ、放映されていても、自分とは何も関係ない・・・そんな感じのげんちゃん。やはり、やればできる。
関心がなければ、あっても存在しないのと同じなのがげんちゃんだということがわかります。

しかし、合宿の疲れと、まだまだ逃げて自分と向き合わないげんちゃんのようです。
合宿の翌日から今週いっぱい、最低でした。あるときは、ぼ~っとして精神疾患のように、こちらからはアプローチできない壁をつくっていました。上手に逃げて、ズルするマイナス感満点!
K先生はそのマイナス感にあてられ、体調不良になるくらい・・・

Sさんは、全身をかけてげんちゃんを指導しているというのに、いまだ、自分自身に向き合おうとせず、自分から逃げているげんちゃんにあきれて、
「今までいろんな人を指導してきたけれど、こんな人間は会ったことがない。げんちゃんがかかえてきた課題は、相当なものだね。」

とこぼしました。それでも、見捨てずかかわってくださる愛は相当なものです。げんちゃんは、神様からの課題が大きいけれど、それに加えて多くの助けも用意されているのでしょう。とにかく、踏み出すこと。神様は、発達のママたちに、それを求めているのかもしれません。

今日は、お友達の小1の発達障害のお子さんが職場に来ました。彼が話していたのを聞いて、ため息が出ます。

「治療は何分かかるの?」

お~・・・すごい!げんちゃんは、いまだに、行動が何分かかるのかとか、考えたことはないようです。何時に学校についたの?と聞いても、わからないですからね。
げんちゃんと似ている、と思ったけど、スタート時点は、ずいぶん上だな~と思いました。IQも90台だったとママは言ってました。

げんちゃんより、ずっと改善は早いのではないかな~。がんばってほしいです。





by glow-gen | 2019-04-13 12:03 | 野球教室 | Comments(6)



中学2年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
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げんちゃんママの紹介
中学2年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学2年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて8年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
IQは80台に改善

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お漏らし尿漏れ
天候と発達障害児
2年の夏休み
知能検査
体幹を鍛える
頭蓋骨と筋肉 頭蓋仙骨療法
発達障害改善の段階
プリント学習
3年生1学期
ママ会
運動会
夏休み
まわりを読む
ワーキングメモリー
会話力
高圧酸素療法
普通クラスでの様子
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指示通りに動くことができない
安曇野方式算数
身体能力、原始反射
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学習用ソフトを使って
発音障害、言葉が出ない
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ほめるということ
中学1年の家庭学習
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