げんちゃんの発達障害プロジェクト

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学習姿勢が良くなってきた。方向性をつかんできたのか・・・

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これは理科ですが、社会のノートは、しっかりとってきています。理科は、実験などが入るのか、社会ほどしっかりとってないな~、と思っていたけれど、先週は、汚い字ながら、よくとっています。授業中の集中も、少し上がってきてるのかな?そういえば、6年生の時、その日の目当て、というとこだけ写してあとは、ぼっとしていることも多かったです。写すようになったといっても、まだまだ、という感じでした。


 中間テストの総合評価が来ました。1年生全員の平均点や、度数分布などが書かれたのを持ち帰ります。
見てみると、社会と英語の平均点は、59点で、げんちゃんの58点は、ほぼ真ん中あたりになることがわかりました。これは、テストを人並みに受けることさえ、難しかったようなげんちゃんには大きな進歩だったようです。

 よく見ると、社会や数学は、30点以下の子が50人以上いて驚きました。(総勢250人くらいいます。)普通の子でも、中学校の学習は、親が見てやるか、塾など家庭でのサポートがないと、落ちこぼれるリスクが大ありだとわかります。テストは、げんちゃんのテストでもあるけれど、まるで私のテストみたいですから、げんちゃんは、まわりの立派な下駄で快挙を遂げています。度数分布最下位の区分から、一つ上になりました。

「げんちゃん、何点だった?」
週一かかわってくださる、ユリ先生が聞いても、
「え~っと、・・・」と、正確な数字が言えません。テストに対して、普通の子より、意識がまだまだ低いのと、数字自体を覚えられないことによるとふんでいます。

 久しぶりに勉強を見てもらったら、2週間前と全く違っていたそうです。小学校の簡単な算数の復習問題ですが、げんちゃんは、意欲的に取り組んだそうです。テスト結果の考察も、ここでもまたやっていただいて、各教科の反省を書かせてもらいました。”数学は、これではいけない。とか、理科は、計算のところができなかった。”とか、昔はまったくできなかった具体的な反省が多少はできていたようです。
 そして、とんちんかんにしても、質問が出てくる。自分で考えようとしているのがびんびんに伝わる。とユリ先生がうれしそうにおっしゃいました。

”I like math.”なんて、なんで突然言い出したのか・・・・・たぶん、意識が表に出てくるようになって、初めて数学で 腑に落ちる、という体験をしたんでしょうね。わかれば、楽しい。今までの霧がかかっていたのが晴れてきたように感じているのかもしれません。算数障害の子に教える苦労から、多少は超算数の苦手な落ちこぼれ君に教えるくらいの手応えになってきています。
(Sさんいわく、「わかる、ということは、頭じゃないんだよ。心でするんです。」附におちるということは、心の働きなんだそうです。)

 げんちゃんは、すぐに公式を覚えるようなやり方に突入するので、できるだけ、どんな問題も、図に起こさせて、イメージを貼り付けるようにしながら教えます。まだまだ、自分一人で、正解をたくさん出すほどわかっていませんが、眠り姫が起きてきて、今の世界のことを一つ一つ学んでいく過程をたどっているようです。

 英語や漢字も中学の暗記内容は大量です。時間がないから、とりあえず、単語だけ、漢字だけ取り出して何度も書かせてましたが、彼の頭につながりをつけるために、そういうやりかたよりも、もっと全体を見せながらの練習がいいな~と思い、変えてみることにしました。

 英語であれば、私が教科書を見ながら、ある時は、単語だけ、ある時は、新出単語が入った本文の一文だけ書かせる。わからなければ、教科書のその部分を見せる。見たときに、切り離された単語だけが目に入ってくるのではなく、その単語が使われたページ、まわりの文、挿絵・・・そういうものが、なんとなく、構造化されて頭に入る。実際自分が学習するときも、そっちの方が覚えやすいかな、と思います。ある程度、そういうことを続けて、そこそこ書けるようになったら、単語帳などでピックアップしたものだけを、一気に出力させていきます。

こういうやりかたが良いと思うけれど、1学期はできなかったのです。文章やったり、単語やったりするたびに、一つ一つがつまずいて、説明を膨大に要したのです。ある程度、機械的に、シンプルにしてやって、上からシャワーのようにあびせかけるやり方の方が、あの頃はあっていたのです。と、いうか、それしかできなかった。

 また、国語も、時間はかかりますが、最初は、本文をこっちで読みながら、新出漢字を拾って、書かせる。本人に音読させてもいいけれど、ちょっとそれだと疲れるので、こっちで早読み。何度か、それをやって、その後、英語と同じように漢字だけ抽出したものを反復出力させる。

 これも、以前できなかったのは、時間がかかりすぎたからです。

 こうやってみると、げんちゃんの学習姿勢がほんとにかわってきていることがわかります。スピードも1学期よりアップしているし、理解しようとする態度も出てきているので、時間はもっともっとほしいのですが、学校をオミットしてホームスクールをする、というのも、どうなのか迷います。
 なぜなら、それなりに、学校の学習も、国語数学は、支援でマンツーなので、家でやるのとかわらないし、それ以外の教科も、前よりも吸収できるようになっていると感じるからです。

 げんちゃんは、意識が出てきて、感情と意識の区別がよくわからず、とにかく、感情に引っ張られやすく、それでも時々、意識が良い方向にも持って行こうとするときもある。・・・・その二つのはざまで混乱しまくっていたようです。上に行こうか(意識がしっかり自分を冷静に導く)下に行こうか(感情に引っ張られる)が、こきざみに出てきて、方向が定まらず、不安定な中でもがいていたのだと、Sさんは解説しました。
それがやっと、上の方向に行くんだな、と、少し見えてきたのでしょう。確かに、私への反抗も、いらついて、自我爆発というどうしようもないものから、思春期特有の、私から自立したい、という感触のものへと、少しはかわってきています。

 しかし、朝、リビングから右の部屋に行って、顔を洗い、次は、左の部屋に行って、洋服を取り、また右の部屋に行って、靴下をとる・・・行動が合理的にぜんぜん組み立てられないげんちゃんであることは、なかなかかわりません。目的意識をつかむ、ということは、まだまだ今からだし、それに対する、合理的な行動ということも、ほんと今からです。でも、とりあえず、また進化したようですから、これを積み重ねていく他はありません。

しかし、今回の変化は、階段の大きな踊り場に着地したような感じがあります。
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by glow-gen | 2018-10-15 12:06 | 思春期 | Comments(3)

帰りの教室に行きました。「来ないでいいよ。」

昨日は、学校が終わるくらいの時間に、迎えもかねて、教室を見に行きました。

 帰りの会が始まる前のざわざわした時間、今では、二人担任制になったげんちゃんの教室で、新たに加わったちょっと体育会系の男の先生もいました。

げんちゃんは、教室からすっと出て行って、隣の教室に行って、先生に話しかけました。
「あのう、明日の4組の理科は何を用意したらいいですか~。」

 廊下から中の先生に向かって声をかけます。迷いのない、的確な質問。でも、ざわざわしていて、中の先生にはなかなか聞こえません。何度か、声を出して、やっと先生が答えました。内容は聞き取れなかったけれど、げんちゃんは、一礼して、教室に戻りました。すると、一人の男の子が来て、げんちゃんとなにやら話しています。おもむろに、その子は、後ろの黒板に向かって歩き出し、明日の日課のところに理科の内容を書き始めました。

 げんちゃんは、2学期からは、理科担当になったようですが、どうも、まともに、その仕事をこなしているようです。さっきはなしていたのは、他の理科係だったようです。やりとりも無難にこなしたようです。

ふ~ん、成長してるじゃん・・・だって、1学期は、美術委員で、みんなに声かけられながら、あわてて、聞きに行くと聞いていました。

まあ、隣のクラス担任が理科、という好条件も手伝ってうまくできているのかもしれないけれど。

「あれ、お母さん、なんで来てるの?」
げんちゃんは、私の顔を見るなり顔をしかめます。
「雨ふってきそうだったし、迎えに来たのよ。」
「え?降らないよ。来なくていいから!」

 初めて、いっちょまえの中学生のように、うざそうな顔をされました。これも成長なんでしょ。どうも、最近、できることも増えているかわりに、自分はできる。あるいは、まわりからできていると認められたい、というような意識も強くなっているようです。それとともに、以前のステージからあった生意気さも、やや形をかえて進化形になっているようです。
あいかわらず、私にとってはいらつく・・・

手伝ってもらわないと、人並みにできないくせに、自分でできているような気になるげんちゃん。


 もっと色んなことが自分でこなせるならば、私もほっときたい、と思うけれどそうもいかないので困ります。ある程度自分でやらせて、失敗から学び、これではいけない、とか、考えなくちゃ、とかいうきっかけを作りたい私です。次のステージに乗せたい!

私は担任の先生に言いました。

「最近、けっこう伸びていて、色々自分でやらせたいと思ってるんですよ。宿題だって、今までは、ぜんぶこっちがお膳立てしてましたからね。少し、自主性を重んじて、ほったらかす部分を作っていこうと思うんです。
それで、宿題をはじめ、やってないという事態が出てくると思います。でも、そういう時は、今までのように目こぼししないで、ペナルティーを与えて下さい。他のお子さんと差をつけず、指導してもらうと助かります。」

先生は、了解です、と言って下さいました。げんちゃんの普通クラスでの感触も、それなりに進化しているようで、先生も、そろそろそういう対応でいいんじゃないか、と思われているのかもしれません。

教室崩壊クラスも、体育会系の副担任がいっしょに入ったおかげで、そこそこ普通になってきたようです。

 帰りの会は、前に出ている係の言うことをしっかり聞いていないと、忘れ物につながります。そのあたりは、いまひとつ。
でも、日課表を意識的に書いてくるようになっているような気はします。しかも、今までは、日課の単元だけだったのが、その下の大事な詳細も、たまに書いて写してくる。なんか、微妙だけど、ちょっと前に訪問した時とは何かがかわっているようです。

 終わると、いっせいに文化祭のコーラス練習が始まりました。
げんちゃんも、しっかり仲間にはいってがんばっていました。げんちゃんは、普通クラスで気を抜いている、と感じていたけれど、なんか、そうでもないのかしら? と思えるクラス見学でした。

 さらに、その日は野球教室。少し見に行きました。先週とは違って、けっこう気合い入っています。おまけに、出塁して、盗塁をねらってます。当然まわりを見ている感じ。盗塁は成功です。
お~~。
終わって、
「げんちゃん、盗塁すごいじゃん!」
と私が言うと?
「え?とうるいって何?」
「え~。知らんのかい!」

私は、期待したり、落とされたりの日々です。でも、なんか先週と違うげんちゃんに感じました。進化してるのかしら・・・・
 

by glow-gen | 2018-10-11 18:39 | 思春期 | Comments(4)

発達障害、好きなことだけをさせる。溝ではなく峰を伸ばす・・・・という誤解。

 げんちゃんのたどった様子を見ていて、私は、昔から疑問に思っていたことに、私なりのちょっとした回答を得ました。

それは、げんちゃんが、発達障害とわかった時、まわりからもよく言われたことです。

「へ~・・・でも、そういう子は、何かしら天才的な物を持っていて、何か一つのことに秀でていたりするんだよね。」

たぶん、発達ママたちは、一度くらいはそう言われたことがあるのではないでしょうか。

私は、まわりからの慰めとも思われるそういう言葉かけにちょっと戸惑いました。
だって、げんちゃんには、何一つ特徴的なすぐれた兆候は、なかったからです。

「絵が上手だったりするんでしょ。」

と言われたこともありましたが、残念ながら、げんちゃんは三角さえ描けませんでした。絵が下手なのではなく、描けないのです。もちろん、リズムも、音もとれませんから、手拍子さえできません。
音楽の才どころか、正常な聴覚さえあるのか疑わしいようなありさまでした。良いところといえば、おとなしく、にこにこしていたことでしょうか。それも、今となっては異常の現れだったようですが。おばあちゃんによると、絵本の読み聞かせも興味を示さなかったらしいですし。

さかな君が発達障害かどうかは知りませんが、彼は、小さなころから、際立って、他の子とは偏った興味を示し、お母さんは、それを、良しとして、どんどん応援して、すぐれた魚研究者になりました。ほかにも、そういう例はたくさんあって、溝を持ち上げるより、峰を伸ばすんだ、ということが示唆されていました。


 しかし、わが子を見ると、峰さえよくわからないし、たとえ低い峰があったとしても、それだけやらせていたら、何かとんでもないことになりそうな恐ろしさを感じました。

 結局私は、ひたすら、溝になっている能力を上げ、峰とはいえ低い能力も、おこたらず伸ばす。・・・・伸ばそうにも、つかめもしない項目も数限りなかったので、とりあえず、なんとかつまめるところを、必死でつまみあげてきた。その繰り返しを、毎日毎日あきもせず、あきらめもせず、積み重ねてきただけの育児でした。

 げんちゃんと、さかな君のような、それだけをさせてあげても、なんとかなる、という、尖った峰をもつお子さんと、どこが違うのかな、と、ずっと思っていました。峰ばかりどんどんやらせていくことで、大きなアドバンテージが生まれる子と、わが子のように、それだけやらせていたら、恐ろしいことになりそうな子の違い。

げんちゃんも、ある時期から、たとえば、電車に興味を持ったり、工作で、箱の一部を少し切っただけの同じデザインの、単純な駐車場とやらを、ずっと作り続けていた時期がありました。それなりに、彼の興味の偏りに従って、そればかり熱中するものがありました。しかし、そういう現象が出現しても、これだけやらせていてはだめ・・・と、私は直感的に感じていました。


 さかな君のようなはまり方とげんちゃんの違いはどこなのか。私は、かつて、ずっと疑問に思っていたのです。

げんちゃんが、何かにはまっているとき、それは、意識が抜けた自分の世界観に浸っていたのです。くるくるとらせんを書いて、らせん階段を上っていくのではなく、同じところをくるくる堂々巡りしているのです。彼が駐車場作りにはまっているときは、ひたすら、箱の同じ場所を数カ所カットして、線を同じ場所に引いて終わりです。どんなに誘導しても、それしかしません。同じループから出ることはないのです。

 しかし、さかな君たちに代表される行動はというと、最初は、タコにはじまりましたが、それを極めると、今度は、ほかの魚、やがて、現物を見てみたい、という興味にうつって、それはもう、次から次にらせん階段を上るように、進化していきました。彼の中には、明確な興味のターゲットがあり、行動も、そのターゲットに向けて、しっかりとした根拠があります。

そう、げんちゃんと彼の違い。
さかな君のような興味行動は、成長していって、より高いところ、または、広がったところにつながっていっていますが、げんちゃんの興味の先は、一点にとどまっていて、彼をある意味、安定した空虚な世界に閉じ込めているものだったのです。


私は、そのころ言葉では説明できませんでしたが、さかな君のママのようなことを、この子にしていたら、きっと恐ろしいことになる、と直感していたので、いつも、その世界から、引っ張り出して、他の物を見せようと躍起になりました。

でも、それは正しかったのです。その時彼は、自分の世界観の中にだけ存在していて、つながりを何にも持っていなかったのですから。そこで、とどまらせれば、彼の意識は、封じ込められていたでしょう。


 今回、げんちゃんはクラッシックに興味を示しました。でも、今回は少し違った。前々回のブログにしたためたように、彼のクラッシックへの働きかけは、風変わりだったけれど、それなりにパターンを変えてきました。目的意識が時々的外れになってしまったけれど、少し修正してやると、また、次の広がりにつながっていく感がありました。今でも、ほっとくと、同じループに陥りそうになりますが、言葉かけや、こちらの操作で、なんとか、らせんを上りそうな気配を感じます。

さかな君ほどのパンチはないものの、まあぼんやりと、多少は、自分の興味を自分で追及し、広げて高めていく、芽のようなものがかすかに見えた。


つまり、げんちゃんには、まったく峰がなかったわけではなく、その峰が出てくるまで、基本的な能力が、あまりにどれもこれも低かった、ということなのではないか、と思いました。もちろんIQだって、最初は、とても低かったし、聞く、見る、感じる、・・・人間の基本的な要素が、すべて胎児のように未熟だった。彼には、正しい入力も不可能だったし、ましてや、出力など、遠い夢。

 そんな闇の世界では、彼が神様にもらった、宝の箱の場所さえ、あるのかさえもわからないのは当然なんでしょう。

しかし、ある程度、すべての能力が満ちてきて、意識が解放されていくと、闇は照らされ、どの発達障害のお子さんにも与えられている、宝の箱の存在が、少し月明かりに照らされるように見え隠れした。そんな感じなのかもしれません。

 さかな君的な子は、ある程度、他の能力も初めからそなわり、一つのことを通して、苦手なことさえ、少しずつ押し上げる力がある。しかし、げんちゃんは、すべての能力が低すぎて、自力では、そういう行動はできなかった。でも、ある程度のとこまで持って行ってやると、さかな君のような、光った部分が開き出す。そういうことなのかもしれません。

げんちゃんに音楽の才能があるとか、そういうことはよくわからないし、世間で通用するような何かがあるのか、それは不明ですが、発達障害だからこその、宝の箱をやはりもっているような気がします。

私とげんちゃんは、そこに向かって旅をしているのかな。もっともっと探し、求め、努力を重ね、神に問い続け、絶対に神の箱を開けてみたいな~、と願います。

 

by glow-gen | 2018-10-06 17:25 | Comments(11)

発達障害とは意識の障害・・・げんちゃんの心

  意識、意識と、S先生に教えられて、なるほど~と思ってはいるのですが、じゃあ、し~っかり、自分がわかっているか言うと、やはり、そこまで附に落ちることばかりではありません。げんちゃんのステージが進んできて、あ、そういうこと、と、すとんと落ちることも多いです。

 前回アップした、ベートーベンの「月光」に描いた挿絵を、S先生が見て言いました。

「げんちゃんは、やっと意識が出てきて、ふと見ると、周りは真っ暗。僕ってなんなんだろう・・・・と、不安や葛藤の中にいるんだよ。でも、やっと、そこに、月が差してきて、光が出てきた。だから、本人も、なんとかなるだろう、って感じ始めているね。」

「え~・・・そんなもんなんですか~? こんな絵で、そこまでわかるんですか~?」

S先生の言うことは、いつも不思議です。でも、そう言われてみると、1学期、げんちゃんは、国語のカリキュラムで詩を書きました。自分を”さめ”にたとえて、

”闇の帝王”とか、”暗闇をうろつく”・・・とか、物騒な言葉だけが並んでいました。その時も、Sさんは、
「げんちゃんの今の心だよ。」

と言っていたけど、私は、よくわかりませんでした。

でも、月夜の絵の彼のコメントを聞くと、なるほど、その時からすると、げんちゃんの心は一歩進んでいるんだな、ということがわかります。

真っ暗闇だったのが、光が差して、そっちに向かえばいいんだな・・・・となったのでしょうか。

この絵を描いたのは、数週間前です。今は、月夜も、ほのかに明るい、日本昔話みたいな柔らかさを帯びているのでしょうか。それとも、夜明け近くなのでしょうか。


今度はどんな絵、どんな詩を書くのでしょう・・・またまた台風。げんちゃんの意識、心・・・私たちにもわからないし、本人さえも、よくわかっていないようですが、Sさんは、鏡のように写し出して見えるようです。

Sさんいわく、「 意識の力でわかるんだよ。」

不思議な人です。意識とは何なんでしょうね。何層にもなっていて、感情に近いような。外側の意識もあるそうな。げんちゃんが出さなきゃいけないのは、もっとも深い部分にある本意識、というものらしいですが・・・・・

「西洋医学では、心イコール脳・・・くらいなところで終わっているから、精神疾患も、発達障害も、なかなか治らないんだよ。」
とSさんは言いますが、ほんと、人間とは、物質で終わらないものだと、私も思います。私はクリスチャンなので、げんちゃんを創られた大きな力を信じています。聖書では、

「神は土地のチリで人を創り、その鼻から命の息をふきこまれた。」
と、書いてあります。おとぎ話のようですが、実際人は、死ぬと、土と同じ元素に戻ります。死体を見たことがありますが、ほんと、何かが抜けてしまって、物質になってしまったような感じを受けます。

 この抜けていく何か・・・・そこに通じる物が、その人の深いところの意識なのでしょうか。
なんとも哲学的です。

げんちゃんがいなかったら、こんなに人について、思いをはせることも少なかったかもしれません。おもしろいな、と思います。

さて、この月光の絵を描いてから、数週間。げんちゃんの心は、まだまだ混乱の中にあるようです。

自己葛藤を、人におかまいなく外に出すものだから、周りとの軋轢が生じるそうで、そこに反抗期の要素も加わり、げんちゃんは、ずっと、あつかいにくく、突き抜けない手ざわりに、私は、苦しんでいたのでしょう。

でも、10月になって、げんちゃんはまた一つ、なんか上がったな、と感じます。

それゆえに、先日、久しぶりに見に行った野球教室で、今までとまったくかわらず、ぼんやりしているげんちゃんを見て、あ、これはいけない、と思いました。
そうです。彼のステージはどんどんかわっていっているのに、発達障害児として、漫然と昔のステージの扱いを受けている。すぐさま、先生におねがいしました。

「先生、ずいぶん、げんちゃんはステージが上がっています。普通の基準で、できないことは、しっかり厳しく指導してください。そうでないと、完全に彼は、抜いていますから、まずいです。」

発達障害の子を教えるチャンスは、今では指導者にとって、多くあるでしょうから、この際、げんちゃんをネタに、若い先生に色々教えてあげるのはいいかも、と思って、せっせと、げんちゃんの指導の仕方、声かけ、お話させていただきました。

若い彼はいい先生ですね。謙虚に耳を傾けて下さいました。しかし、野球はノーマークでした。今度から、ちょっと野球には足げく行って、げんちゃんに圧をかけるようにしようと思います。


良い教室でも、げんちゃんが抜いてしまえば、行く意味がない。今はそんな感じです。





by glow-gen | 2018-10-05 18:40 | 意識のこと | Comments(3)

2学期の中間テストの結果。クラッシックにはまった。

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1学期の期末は、半分やるのがやっとだった。 社会23点

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今回のテストは、58点、なんとか、埋めた。やり直しの時間、マーカーで線をひいている・・・社会は大きく躍進。 

 げんちゃんのテストが全部帰ってきました。二日目は、幽体離脱したようだったし、色々こっちに反抗してきてたし、まったく期待していませんでした。

でも、英語58点、社会58点、理科47点、国語27点、数学5点・・・・・ と3教科は、人並みの点を取って帰ってきたので、ちょっとびっくりしました。英語は、最終日の最後で、できるはずのところをたくさん落としていましたが、最後まで、ざっくり仕上げていたのにはびっくり。どの教科も、最後まで仕上げる、ということに意識をおいていたようで、そこそこ終わっていました。8月最初の夏休み明けテストと、今回では、ステージが一つかわっているようです。

 今回、こっちの勉強のさせ方は、そうかわっていないので、げんちゃんの意識レベルが上がったのだと思います。数学の5点にはびっくりですが、英作文に、自分紹介で
I like math.
なんて、ちゃんちゃらおかしくなることを、真顔で書いているので、今後に期待しましょう。

日々取り組まれている支援の先生も、テスト用紙に、けっこうびっちり最後まで書いている様子を見て、感激していたようです。まさに、これが、意識障害と言えるゆえんなのでしょうね。意識さえ入ってくれば、ドミノたおしみたいに、すべて好転することも夢じゃないのでしょうか・・・・・・・・

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 さて、なかなか書く暇がなかったのですが、げんちゃんは、ここんとこずっと、クラッシック音楽にはまっています。クラシカロイド、という音楽アニメをきっかけにして、少し興味がわいたところに、電子ピアノにしこんである、60曲の自動演奏を聴きまくって、次に、その楽譜に譜読みを延々と書き入れるという行為が始まりました。(6年の終わりかな?)

 しばらく、彼の余暇は、ひたすら、楽譜に譜読みの書き込みでした。

 そのうち、その中の曲を弾きたいと思ったようです。さすがにげんちゃんの一番弾きたいという曲は無理で、モーッツアルトの「トルコ行進曲」で妥協しました。それでも、ソナタの曲ですから、能力の3段上くらいです。4ヶ月かかって、まだまだ1ページ目がやっと・・・・それでも、さすが発達君、好きなことは、投げ出さずやっています。(練習のクオリティーは、低いです。)
 それから、最近は、楽譜をやたらコピーして、スケッチブックに貼りまくっていました。(電子ピアノのおまけの、60曲の楽譜集)やがて、それに絵を描くようになり、ベートーベンの「月光」の楽譜に月の夜空を描きました。
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 絵画の先生に見せると、
「うん。月光は、このイメージだね。次からは、楽曲のイメージを、絵画で描いてみようか。」

なんて言われていました。なんでも、先生は、音大に行こうか、とさえ思ったほど、ピアノも上手らしく、げんちゃんのクラシック熱を、おもしろがっている様子です。

 さて、先日、げんちゃんは、あいかわらず、楽譜をコピーしていました。スケッチブックが足りなくなって、家にあったサイズの小さなスケッチブックに、楽譜を貼っています。そして、あろうことか、適当に貼って、はみ出したところをじゃきじゃきと切っています。目を覆う汚さ・・・

「げんちゃん、2冊目コピーしたって意味ないでしょ。あなたは何をやりたいの? 音楽? 工作?・・・工作なら、もっときれいに作るべきじゃない。」

なんか、焦点がぶれている。だって、最終的に弾きたいんだったら、2冊目なんてやる前に、練習の方にエネルギーがいくはずだし、素敵な楽曲集を編集したいんだったら、もっと、クオリティーの高い作業をするはずでしょ。コピーも端が切れていたり、とにかく、ぐちゃぐちゃです。練習は、いまいち身が入らず・・・・・・・

何がやりたいのか、さっぱり見えない・・

でも、1冊目の表紙を見たら、目次、と称して、中の楽曲のタイトルが書いてありました。そこだけは、進化ですね。弾きたい曲の楽曲集を作ろう・・・という目的が見える。


「げんちゃん、何のために、楽曲集を作ったの? 目的は何? ・・・自分の好きな楽曲集を作って、一つ一つ弾いていきたいんじゃないの?」
「あ・・・うん・・・」

「じゃあ、何冊も作るよりも、まずは、トルコ行進曲を必死で弾いて、しあげないとね。」

やれやれ、S先生流に言うと、げんちゃんは、目標はなんとなくつかめるようになったけど、やっていることの目的を定められない、とのこと。

確かに、音楽が好き、となった時、たとえば、さかな君が、一つ一つさかなのことを深めていったようには、焦点が定まっていません。
スケッチブックに貼っていった時も、練習するときも、自分が、何を目的にやるのか、ということが、どうもぼけていて、こっちの方で、少し、目的という点を、言い添えてあげる必要があるようです。

やれやれ・・・と思いつつ、アドバイスしていると、遅まきながら、コピー熱は終わったようで、帰ってくるなり、まず、ピアノ練習をするようになりました。

まだまだ、間違ったところはそのままスルーして、やみくもにやるので、そこも、修正です。

ほんと、発達障害ならではの、すぐれた集中力が出て、形になっていくには、まだまだ焦点はぼけぼけで、クオリティーもぜんぜん低い。でも、ほんの出力の兆しは出てきています。

この話をすると、まるで、さかな君がさかなに熱中しているようなありさまを思い描いて、ピアノの先生さえ、どんどんやらせてください! と言われますが、彼の中で、目的がぼやけて、堂々巡りしていることも多く、ほったらかさず、しっかり、方向修正してあげなくてはなりません。


まあ、でも、とてもおもしろいと思います。

こういうことが、ほんとに普通以上の突き抜けたクオリティーになっていけば、ここからは、発達育児の真骨頂でしょう。内申書も学歴も、どうでもいいんですよ~・・・とわくわくしてくる世界があるに違いない。

そこへ行くには、並大抵じゃない淵がありますが、うまく導いてやれたらな、と思います。


「作曲をしたいんだ!」

私の発達君、やっとユニークな形がほんの少し出てきた、そんな感じです。それもこれも、日々、低い項目すべて、一生懸命取り組んできたからなんでしょうね~。



  

by glow-gen | 2018-10-04 20:40 | 中学入学 | Comments(6)

意識が飛んでしまった時・・・中間テストが終わった

  テストが終わりました。

1学期を思わせるようなシナリオで、初日まではなんとか持ちました。
一日目聞いてみると、

「ぼく、社会は全部やったよ。」

と言います。内容も、少しは覚えています。1学期より進歩している手応え。
がしかし、初日を終えて帰ってきたら、幽霊モード(最近、意識がオフになった時の状態をこう呼んでる私)になっていて、昨日までやっていたことが、まったく入っていないようなありさまで、態度も悪く、やる気もない。
夜になって、まったく間に合わないから、直前追い込みをかけようと思ったけれど、

「え~、まだやるの~?」

とふてぶてしい・・・昨日までのげんちゃんはどこ?いう感じです。まさにジギルとハイド・・・彼の中間テストは、すでにここで終わってしまったのでしょうね。でも、いろいろあがってきてるだけに、私もやりきれなくて、切れてしまいます。翌朝も、その延長。
英語の単語を質問してみれば、すでにできるので、ノーマークだった単語さえ出てきません。

それに、もう一つ、私は、頭にきたことがありました。
 なんと、彼は、2週間日課を書き写してきてないことが発覚したのです。支援の先生のノートを見ながら、彼は日課をそろえていたようです。なぜ、書き写さなかったか。連絡ノートを、ある時から、バックのサイドポケットに入れたのを忘れ、ノートを探せなかったようです。

普通なら、ほかの紙に書くとか、家に帰って、代わりのノートを作るとか、対処法というものがある。しかし、彼は、そこで終わります。
「あ、ノートがない。書けない。」終わり

こんな感じです。S先生によると

「げんちゃんが、もっとも困難としている、接点を見出せない、ということだよね。一つの点が、次につながらないんだよ。彼の障害だよ。しかし、一つの点を、しっかりこなせるようになると、それが広がり始めるから、怒らず、接点を導いてあげて。」

こっちとしては、まだそんなとこに君はいるのかい? と嘆きたくなりますが、それは、私が、彼を高く評価しすぎているだけで、真のげんちゃんは、このステージにしかいないのでしょう。

「怒りたくなるだろうけど、怒っても何の効果もなくて、ママとの間に壁を作るから、ますます指導しにくくなる。それに幽霊モードの時は、周りとの間、さらには自分との間にも壁ができていて、周りのこともとらえられていないし、自分が何者か、自分が何を感じてるか、そういうこともわからない。」

「確かに。そうかもしれませんね。幽霊の時は、学習だって、どれだけレベルダウンして質問しても、どんどんひどい方へ行くだけで、やればやるほど修羅場になります。」

「そういうときは、壁をとってやらなければいけないよ。ママとの壁なら、いつかとっていけるかもしれないけれど、自分との間にできた壁が強固になると、いわゆる精神疾患に陥りますよ。

 おちついて考えてごらん。と、落ち着かせて、いろんな方向から意識にはたらきかけてあげないといけない。たとえを使った会話がいいね。

 母親のたまらない気持ちもわかるけれど、このモードに入ってしまったら、この子は障害児だからしかたない・・・くらいの期待しないスタンスでかかわってあげるしかない。」

Sさんの言葉は、いつも、的確で納得します。

「げんちゃんは、前のテストより、テストの意味をわかってきて、それなりに、緊張してがんばっていたんだよ。でも、台風来てたから、これも影響して、どかんと落ちた。台風の低気圧は、精神疾患の人もそうだけど、この子たちには、マイナスの波動を相当与えるからね。普通の人だって与えているんだけど、あまり気づいてないだけなんだよ。台風来てたから、影響してくるだろうな・・・と思ってたら、やはりね。」

「この子たちは、普通というのは無理なんだよ。大きなマイナスかプラスしかない。げんちゃんは、大きなマイナススタートだから、それを克服できれば、反対側の大きなプラスに行く、そういうものなんだよね。意識が出てない子が、そうそう出てくるものじゃない。でも、出てきたんだから、大きな可能性があるってことだよ。あまり先走らないで、じっくり、忍耐強く成長させなければならない。それは、ほんとに大変だよ。わかりますよ。
でも、だから、親も成長するんだよね。」

この子たちを成長させるには、高い意識レベルを持たせることをせねばならず、成功すれば、普通の子のレベルにはとどまらない、ということなんでしょうね。発達育児って、壮大なスケールですよね。

う~ん。テストが終わって、ぼろぼろになっている私に、S先生の言葉がしみいるようです。


by glow-gen | 2018-09-29 16:32 | Comments(9)

発達障害の本質を改善するのは、ほんとに大変で、パイオニア的なことなのかも・・・

げんちゃんの、私に対する反抗も、ずれまくっている態度も、底を打ったと感じた時から、行きつ戻りつしながらでも、上がっていってる感じはしてました。

いつものことながら、赤が赤紫になり、やがて紫に変態するように、げんちゃんは少しずつ変化し、あら、紫になってるよ、という瞬間がやってきます。
それに並行するように、毎日いろんな出来事が起こります。日々したためたいですが、文章にする時間もエネルギーもない日も多いです。

さて、昨日、夏休み明けテストのひどい結果を前に、K先生、私、S先生にとっちめられたげんちゃんでした。
Sさんいわく、

「あのね、普通は成績って5段階くらいあるんだよね。勉強のできる子をトップにして、下は、おちこぼれ、さぼって勉強しない子、不良の子だっている。しかし、げんちゃんは、その一番下にも入らないよ。そこからずっと下! テストの結果というのはね、その人の進路を決める基準になるんだよ。今のげんちゃんの状態だったら、悪いけど、普通のコースは無理だよ。障害者のコースだよね。
これだけ勉強しても、一番下にも入れない。げんちゃんは、"障害のある人の学校にいれるのがいいです。"と、学校の先生にアドバイスされるだろうね。」

S先生は、平然としかもたんたんとげんちゃんに語ります。それを受けて、
「そうだよ。テストって、その人の実力を見るためのものだからね。すごく大事なものだから。」
と私がたたみかける。なんせ、テストの意味さえ、捉えられてません。

「今のように、やる気がなく、ボケ~っと勉強してたって、だめだよね。」

まあ、そんな風に、先日はかわるがわる、彼にシビアな現実をつきつけました。

そしてテストの前日、私は、げんちゃんを早退させました。なんやかんや言って、げんちゃんの意識コントロールは、前よりずっとよくなっていて、それなりの余裕をあたえながら、自宅学習を充実させたい感じです。学校で、適当に抜きながらすごして、遅く帰ってこられると、家での学習効果が半減です。
さっそく、先生にお願いして、昼過ぎから早退させていただきました。いつもは、帰りが5時をまわっていて、きりつめた家庭の時間になるのですが、3時半ごろ家に帰ってきたので、いつもより、スケジュールが立てやすかったです。これからは、週に1度は、昼から適当に早退して、ホームスクールを充実させようかな、と思います。

帰ってきて、カバンの中を見ると、英語の小テストが入っていました。短時間で60問の単語テストです。げんちゃんは、18問しか合っていません。やれやれ、何度もやったのに・・・
でも、60問を完答していたので、ちょっとびっくりしました。いつもなら、絶対途中から白紙です。

「ぼく、ちゃんと意識を入れてやったよ。ちゃんとやると、字もきれいに書けるんだよ。」

私が、「なんで、昨日やったとこを、間違えるの? なんで、ピリオド打たないの?・・・」
と聞くと、訴えるように、

「時間を気にしてやったんだよ!」
と言いました。なるほど~。彼は、夏休みテストのお説教をちゃんと心にとめて、とにかく、意識を入れて、時間を考えて、テストをやる、と意識したのでしょう。まだ、一つのことしか意識できない彼は、結果はぼろぼろ、それでも、即座に答えが浮かばなければ、でっちあげてでも何か書く・・・というすごわざをやってのけたのでしょう。まあ、これは、新しい快挙。

「げんちゃん、それは素晴らしい!よくやった。」
とりあえずほめましたが、
「しかし、これからは、内容も充実させねばね。なぜ、18点だったかわかる? 家で勉強する時に、ぼけーっとやってるのよ。意識を入れて、つまり、心を使った勉強をしないと、結果は出てこないんだよ。頭をからっぽにして、ただ写す、とか、意味も考えず、なんとなくやる勉強じゃ、いつまでたっても、結果は出ない。」

いつもだったら、うるさいと話を止めてくるのに、神妙に聞いているげんちゃん。

「あ~、意識を入れて勉強するってどんなんだろう・・・」

ぶつぶつ言ってます。ほんと、こんなまともなレスポンスがくるなんて、びっくりです。

このあとの学習も、峰がぽつんと出ました。明日の社会のテストの準備は、自分で、覚える工夫をしていました。ただ、そうすると時間は膨大にかかって、明日の試験には間に合わないでしょうが、心を入れて学習する、という感覚を少しつかんだんだな、と思いました。

しかし残念ながら、その快挙はあっさりタイムアップ、ある瞬間から、失速どころか、マイナス方向へ急転換して、おやおやと言う感じです。このオンオフに振り回されますが、とにかく、新しい峰は出ました。

私が、支援の先生のノートに、意識を入れた勉強に、シフトチェンジさせなければ、と書いていたので、それを受けて、先生が

「こころをこめた学習をするために、げんちゃんは、何が必要だと思う?と聞いたら、いろいろやり取りがあった末に、やる気が大事、という結論を出してきましたよ。」
と書いてありました。

意識が入った時のげんちゃんは、明らかに変わってきています。でも、それゆえに、ジギルとハイドみたいに、意識が抜けた幽霊のようなげんちゃんが、あとから追いかぶさるように出現するので、とてもきついです。良いところを見ているだけに・・・

意識障害が多少改善してきた瞬間を体験するようになると、まさに、げんちゃんの障害は、精神疾患と同様の感覚を持つ必要があるんだ、とつくづくわかります。
絵が描けないとか、体幹が悪い、とか、外側を必死で改善させていたころには見えなかったげんちゃんの障害の本質が、最近ひしひしとわかるような気がしています。

そして本質が精神疾患ゆえに、この子たちを育てる親の苦労は並大抵のものではないと感じています。


by glow-gen | 2018-09-29 03:52 | 思春期 | Comments(4)

意識が出てきたら、今度は、感情との戦い。ささやかな出力

 昨日は、テストの結果にがっかりしましたが、
げんちゃんの出力は、ほんの少しだけ始まってきました。先週くらいから、そう感じている私です。


自分が何を感じているかも、捉えられず、会話しているようでも、対話にしかなっていない。どこか人格のない生物を飼っているようなところがあったげんちゃんが、最近、ぽつり、ぽつりと、自分の感じたことを言葉にするようになりました。

またこんなこともありました。先日久しぶりのホームスクールの日(仕事があるので、K先生の家でやっていただきました。)私が家に帰ると、テーブルに、数学のドリルが出してありました。

「あれ、何でドリルが出ているの?」
「うん、ぼく、帰ってきてやったから。」
「え? 一人で?」
「うん。だって数学た~のし~い~・! お母さんは数学どう?」
「え? まあまあ。・・・・(何じゃこの様子は?)」
「ぼく、数学大好き。楽しいもん!」
「何いってんの? あれだけいやがってたのに。なんでそうなっちゃったの?」
「知らない。」
るんるんしているげんちゃん。人生初の発言です。ちょっとびっくりです。

一次方程式のxの値を求めるのに、ちょっとはまったようで、ドリルを見ると、3問だけですが、自ら問題をといて、2問正解してました。簡単なプラスマイナスの足し算さえ、四苦八苦、夏休みは、数学をさせるのに恐怖感さえ感じていたげんちゃん。なにがおこったの? という感じです。出力までの長い長い道のり、ようやく、少しだけ出力してきたのでしょうか。

 とはいえ、簡単な買い物の計算も時計の計算もままならないげんちゃん。・・・ドミノが倒れるようなわけにはいかないようですが、それでもやはり、うれしいことです。

久しぶり、先週のK先生のホームスクールの様子は、まあまあといったところだったようです。まだまだ、来週のテストに照準を合わせる力は弱くて、先生におんぶにだっこだったようです。しかも、もらってきてるはずの小テストプリントなども抜け落ちていて、戦略をたてようにも、指定されているプリントがない、とかいう状況です。いったい、そういう段取り力はいつになったらつくのでしょうか。

あとちょっとしかない時間の中で、スケジュールとやる内容、優先順位を決めるのは私で、ホームスクールの学習内容を決定するのに、夜中までかかってしまいました。

K先生のところから、電話をかけてきたげんちゃん。、

「お母さん、夜中までかかって、ぼくのテスト準備してくれて、ありがとう。」
何でも、K先生が、ママの苦労を、あらゆる角度から話してくれたようです。

「いつも甘えまくって、私に横柄にふるまうげんちゃんの口から、めずらしく、感謝の言葉が出てきたから、電話させました。」
ということでした。


しかし、翌日は最悪で、やる気なし、横柄、投げやり、学習どころではなかったようです。担当してくれたK先生はあきれ果て、長いお話タイムをもったようです。

彼女曰く、
「感情だけがむき出しになって、本来のげんちゃんではない状態であることはわかっています。
だからといって、そこまでくずれるべきじゃないし、マイナスに向かうことを言うべきでもない・・・
たぶん、いっぱいいっぱいなのでしょうね。とはいえ、今のげんちゃんは、多少コントロールしていくべき時期に来ていると思います。だから、指導しました。」

げんちゃんときたら、

「学校は軽いけどK先生は重いんだよ~。」(学校では適度に抜いている。とくに普通クラスでは・・・・プリント類が、白紙だったりする理由がよくわかります。)
とか、
「別に高校なんかどこでもいいし・・」

とも言ったそうです。あげくの果てに、逃げ帰ろうとしたり・・・そのまま帰しても、何の意味もなさないので、K先生は、彼の様子を上げていきながら指導してくれたようです。

意識をぬいてしまった時でも、言っていいことと悪いことがある。
まわりがどれほど、自分に対して忍耐しているか。
人間としてやるべきことは何か。とるべき態度は何か。

こんこんとわからせたみたいです。

「それに、あなたは勘違いしてますよ。高校がどこでもいい? 
言っておきますけど、今の状態だったら、行く高校なんてありませんよ。障害のある子の学校になりますよ。何たわごと言ってるの?」

げんちゃんのプロジェクトメンバーは、きれいごとは言わないです。シビアな真実を受け取ることからしか、げんちゃんの未来は始まらないと思っています。


 でも、次の日、げんちゃんが、いっぱいいっぱいだったからくりがわかりました。支援の先生が、電話をくださいました。

地区の先生方の公開授業で、支援クラスで道徳をやったそうです。その時、げんちゃんは見事に、自分の考えを述べて、最後のまとめもすべて、自分の考えを出せたそうでした。彼女曰く、ほんとにすばらしかったです。ということでした。
お客さんで来られている他校の先生にも、べたぼめされたそうでした。

たぶん、その日の放課後の落ち方は、その疲れだったのようです。


まあ、どちらにしても、げんちゃんはゆれています。正しい方向性は見つめているものの、自分の自我、感情との激しい戦い。
「今が一番大変なんだ。」

というS先生の言葉は、真実なのでしょう。


by glow-gen | 2018-09-27 18:49 | 思春期 | Comments(8)

ひどいテスト、落ちこぼれとさえ呼ばれない。

 このたびもどってきた夏休み明けのテストは、あぜんとするひどい結果でした。社会6点、数学8点、英語22点、理科30点、国語40点 
もちろん、度数分布は、一番下・・・

社会も英語も、夏休みにしっかりやっていた内容だったし、少なくとも、最低30点くらいはとれる内容です。しかし、げんちゃんは、問題を見たら、すぐにフリーズしたのでしょう。普通の子とまったく違うところは、問題用紙に、まったくペンが入ってないところです。普通の子なら、読みながら、大事な語句にしるしをつけたりしないと、問題を解けないので、否が応でもペン入れしていくでしょう。

でも、げんちゃんは、心のあさ~いところで、字面を追い、あさ~いところで、答えを思い出そうとするだけなので、何も出てこないし、関連付けることもせず、う~ん、と考えるポーズだけをして、心の中に沈んでいる、たくさんの学習した内容を探しに行くことはしません。
たとえて言うなら、ぼ~っと心を空にして、表面だけの意識で、上から答えが降ってくるのを待つだけ・・・・そんな感じです。
普通の子なら、ただ、上から降ってくるのを待つということはしません。昨日これと似た問題をしたよな~。あれって、なんだったっけ、とか、○○は、××ってことだから、これもそうかな?
とか、自分の中に沈んでいる知識の沼を、あれこれほりおこすことをします。

げんちゃんの障害が、意識障害というのはよくわかります。

普段の学習でも、一人で問題をさせていると、同じようなことがおこるので、常に、横について、声掛けしたり、ちょっとした解説をしたり、「どの図を見るの?」なんて、注意喚起をしたりしなければ、学習時間は、ほとんど無駄な時間になります。

S先生いわく、
「げんちゃんは、危機意識がないんだよ。まだまだ自分はこの状態でなんとかなる、って思っているからね。」
と言います。S先生がどんなに心をゆさぶっていても、自分がこれでいいんだ、と、げんちゃんが思っている限り、進歩しません。”心の動かし方をかえなくては”、という強い思いを働かせないことには、ここから先は、なかなか進んでいかないようです。すでに、意識は出てきているのだし、それをしっかり働かせよう、そうせねば・・・と思う必要があるのです。

「学校の先生に、あまりほめないでほしい、と伝えないとね。」
とS先生が言います。

げんちゃんが、普通に社会に出て自立していくステージは、今のとこからほど遠いです。人より時間をかけて勉強して、すでにわかっている問題で、8点しか取れない、というげんちゃんは、はっきり言って、知的障害の何物でもない。心を働かせて、取り出していこう、という負荷をかけなければ、いつまでも、何も出力してきません。

何も行動を起こさず静かにしていれば、一見、普通に見えるから、周りからも、最初は普通の扱いをうけるでしょう。でも、世間に出れば、普通に見えるのに、中身はひどい、ということになれば、大きな圧力がかかってきます。・・・

私も、S先生も、みんな、ものすごい危機感を感じているのに、当の本人は、学校で適当に抜いて、なんとかやれると、勘違いしています。
宿泊研修でも、なんやかんや言いながら、誰かが、手を貸しているわけで、障害児としてのげんちゃんの立ち位置でサポートされている生活にすぎません。

本人は、それを勘違いしています。

学校の先生も、支援クラスの子にしてはがんばっているし、えらいね!という扱いになる。

でも、そうではないのです。ちゃんと自立した人間になるんだ、という視点があれば、”あれだけ、がんばっているのに、なんで、頑張っていない子より、ぜんぜんできないの? それは、もう一つ何かが足りないよね”・・・・私たちは、げんちゃんにそこを伝えているのです。

彼に足りないのは、自分への危機感です。ずっとずっと、そこをS先生もつついているのですが、学校で、なんとなく、ほめられたりするし、普通クラスの子にまぎれて生活しているし、これからも、そういう風に、適当にごまかして、普通でやっていける、と勘違いしています。

そのため
「ぼく、ばかでいいもん。」
とふんぞりかえるような口答えが出てきます。

いやいや、バカでいいもん、ってのは、まわりがサポートしてやっているからでしょ。このサポートは、やがてはずされるんだよ。ということをわかっていない。

「宿泊研修も、なんやかんや言って、まわりはやさしいですよね。もっと、シビアな目にあってくればよかったんだけど・・・」

K先生も、げんちゃんの甘えに対して愚痴ります。

テストの結果を前に、
「げんちゃん、あなた、周りの子より、だれより勉強しているよね。でも、学校でどんべだよ。この社会の問題見て、3大洋で一番大きいのは何? わかるよね」
「うん・・・太平洋」
「バカみたいな問題だよね。それが空欄。ほかもそんなとこばかりだよ。」
「だって、時間なかったんだよ。」
「は?一番最初の問題だよ。何言ってんの? 」
「・・・・・・・」
「いつも、ぼけ~っとして、気持ちを入れず、やったふりだけする勉強のしかたをかえないと、何回勉強したってどべだよ。テストの時間の問題じゃないよ。テストの時間に、合わせる気もなく、自分のやりかたをかえようとしないげんちゃんの問題だよ!」

中間テストの準備も、だんだんあほらしくなってきます。どうせ、やってやったって、意識をとばして、上から降ってくるのをぼ~っと待つだけのテストなら、何の結果も出せるはずがない!

ほんと、こういう子を持った親の、口惜しい気持ちったらありゃしない。言ったってせんないけど、一生懸命伴走してやった、こっちの身にもなってよ、という感じ。ほんと、げんちゃんって、何もかもできない子! あなたに、何かできることがあったっけ・・・子供のころのぼけ~っとして、目もあわないげんちゃんがよみがえります。・・・ぶぜんとしていると、げんちゃんがぽつり・

「・・・・だから・・ぼくは、やりかたを少しかえようと思っているんだよ・・・」
「勉強の仕方をかえるの? どうかえるかイメージできるわけ?」
「うん。まあ・・・」

少しは、自分の今までの状態と、新しく踏み出さなければならない状態の違いを把握できてきたのでしょうか。私たちが言う意味が、昔よりは多少理解できてきているのでしょうか。このテスト結果は、1学期よりも、彼の心を動かしているのでしょうか。

「自分がこれではいけない、自分を変えるんだ、という内部からの思いがなければ、ここから先は、なかなかいかないよ。」
とS先生が言います。私も、ほんとにそれがよくわかります。恵まれた環境にいすぎるげんちゃん、すぐに逃げる、というずるい気持ちが出てきて、楽な方楽な方に逃げていきます。勉強をするポーズを作ったり、がんばっている、と自分を納得させる演出はしますが、彼のコアな部分は、ほんとに頑固で動きません。

いろいろかわってきた変化を感じますが、それが、学校生活や実生活に反映されるのは、まだまだのようですね~。疲れます。

by glow-gen | 2018-09-25 22:47 | Comments(7)

合宿の体験をメンタルに落としていく作業。たまには、ホームスクール

  連休は、実家に帰りました。思春期に入っているいとこたちは、げんちゃんを無視して、よくある、ゲームにはまる、ぶすっとした中学生。げんちゃんは、別になんということもないようにしているけれど、合宿疲れの回復にはならなかったようです。

 休み明けの登校の朝、私がちょっとだけ、くもんの英語をやったら? と言ったら、げんちゃんは、すごく反抗的でした。
7~8分のことですが
「疲れてるから!」
と悪態をつきます。なんやかんや言って、最近、学習の理解力は上がっているし、ちょっとやる気を出せばすぐ終わる、と思うけど、うまくいきません。


S先生は、げんちゃんを見るなり、

S「げんちゃんは、合宿の疲れがかなりあるね。体もだけど、心で消化してないね。」
というようなことを言いました。

G「バスの隣には、学級崩壊の首謀者の男の子をあてがわれたらしいですよ。げんちゃんは、ほんとつまらなかった、と言うんだけど、別に、その子にいやなことをされたわけでもないみたいですよ。」

S「だいたい、そういう子を支援の子の隣に座らせるのは、先生の怠慢だね。げんちゃんなら、文句が出ない、と思ったのかね。せめて、行きと帰りは、別の人にするくらいの配慮はいるんだけどね~。可能ならば、もっと短時間で、何人かと座れるようにすれば子供の成長になるんだが。」

(子供たちできめたのならしかたないね。)

 でも私は、それもいい機会と思って、こう説明しました。

G「げんちゃん。問題のある子の隣に座るのって、いやだったんだね。でもね、げんちゃんの小学校時代、げんちゃんの隣に座った子は、今日のげんちゃんと同じ思いをしたんだよ。知ってる?
げんちゃんは、小学校の時、隣の子の消しゴムを勝手に借りたり、やるべきことがわからなくて、隣の子に面倒をかけたりしてたんだよ。
 つまり、○○君と同じ問題児。げんちゃんの隣に座った子は、今のげんちゃんと同じ気持ちだったと思うよ。」

げんちゃん「え~?」
G「そのことイメージできる? 今のげんちゃんは、けっこう成長して、そこまで隣の子に迷惑かけたりしないけどね。
今回のバスは、神様が、げんちゃんの隣に座った友達の、気持ちを知るようにってことなんだと思うよ。」

今まで、どんなに、隣の子に感謝してね、と言ってもぴんとこなかったげんちゃんですが、こうやって、いやな思いをするたびに、逆の立場を教えるのはいいことだな、と思います。
強く心に感じた感情は、彼にとって、持っていき方次第で肥やしになるように思います。

○○君は、不思議に、げんちゃんにはぜんぜんちょっかいをかけなかったらしいです。げんちゃんも自分の世界。

さらに、勉強を見てくれるK先生は、げんちゃんに、マインドマップ的な質問をして、げんちゃんの嫌な思いを吐き出させました。

「どうしていやだったの?」
「その子はいつもうるさいからだよ。 へんなことするから。」
「え? げんちゃんに、うるさくして、へんなことしたの?」
「いや、してない。」
「じゃあ、いつもうるさくて、へんなことする子が、げんちゃんにはしなかったんでしょ。それって、げんちゃんのことを少し思いやってくれたんじゃないの?」
「(少し考えてうなづくげんちゃん)うん・・・そうかな・・・」
「じゃあ、いやにならなくてもいいんじゃない。」
「・・・・う~ん。そうかもしれないね~。」
「いろんな人がいるけれど、人はいろんな面を持っているから、最初からきめつけたらいけないよね。」
「あ・・・うん。」

K先生によると、げんちゃん自身が、その子に、最初からレッテルを貼っていたそうで、考え方の狭さを学ばせられたようです。

どちらにしても、たくさんの視点を与えることこそ、発達障害児にとっては糧になります。すぐにわかるようにはならないけれど、たくさんの視点の足掛かりを、常に常に与えなくてはなりません。


また、週明け学校に行くと、支援の先生曰く、絶不調だったようです。合宿のことを連絡帳に書いていたので、そこでも、げんちゃんは、合宿のことを聞かれました。
先生曰く、
「自分がどう感じた、ということを、ちゃんと言葉にできて、吐き出せましたよ。何しろ、4月入ったころは、言葉でなかなか表現できず、ちょっとしたことさえ言えない、そんな感じだったので、どうしたものか、と思っていました。夏休み明け、ほんとにかわってきてますね。
しかも、今日の数学は、けっこうわかった。数学おもしろ~い、とまで言いました。びっくりですよね。」

支援の先生は、国語数学の時間を延長して、普通クラスに少し遅れても、語り合う、ということの重要性を感じているようです。

げんちゃんの合宿は、かなりがんばっていたらしく、けっこう厳しい班長さんに、たくさんの落ちを指摘されたり、忘れ物を取りに奔走したり・・・・本人的には、ずいぶんきつかったようです。

Sさんによると、
「合宿は、外側の状況に合わせる、ということを訓練しただけで、そのことが内面におよぶためには、”研修の前、最中、あと”、それぞれに、有効な言葉かけが必要なんだよね。」
だそうです。

なるほど、前と最中は、すでに無理ですが、しばらく、たくさんの、”後の振り返り、学び”をしていく必要があるようです。

まさに、意識が出て、それを、どうとらえていくのか、感じ方の方向性を、どうさだめていくのか、具体的に落としていくことを学ぶ段階になっているようです。

そこができていないと、具体的に落とす前に、感情という、扱いにくい悪魔が入ってきて、暴走する。今までのげんちゃんは、それがおこっていたのでしょう。

だとすると、げんちゃんは、やっと底を打ってきたようです。


S先生のアドバイスもあり、昨日は、野球も休み、今日はさらに、一日、学校を休ませて、ホームスクールを入れました。
昨日は、のんびり、最近はまっているクラッシック音楽を聴き、楽譜にイメージの絵を描いてました。ピアノ練習も、最近は、好きなことの一つになっているようで、不思議だなと思います。まあ、クオリティーの低い練習を短時間するだけですけどね~。



by glow-gen | 2018-09-20 11:59 | 説明する、会話する力 | Comments(10)



中学1年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
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中学1年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学1年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて7年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
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