げんちゃんの発達障害プロジェクト

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行動が意識をゆさぶる・・・

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パン切りは、多くのトレーニング要素をもっています。これは、意識を、多面に持っていく必要があります。平面はわかるけど、立体はわからないという子たちは、一度ににいくつかの面を意識することが難しいようです。

 げんちゃんの”マイルール”が炸裂した計算事件の翌日、相当きつく指導した効果が出てました。
マイルールでやった計算の結果が、いかにでたらめか、げんちゃんの自分の状態がいかにまずいか、こんこんと検証したのです。

 翌日、学校で、”リベンジ”と書いて挑戦させられた10問計算は、9点とれました。

「ご家庭での特訓の成果が出てますよ~」と書いてありました。支援の女性教諭は、しっかり指導してくださっているようで、げんちゃんも、昔のように、支援クラスをいやがりません。進ちょくもほぼ、普通クラスと同時進行のようです。小さい支援のお子さんと同じように扱われることをすごくきらっていたげんちゃん、中学1年生として、ちゃんと扱われてる感覚があるんでしょうね。

 げんちゃんに、意識を入れるための儀式を教えました。
机においた消しゴムに左手をそえて、プラスの数字ならば、向こうににすっと動かす。そして、マイナスなら今度は手前に動かす。動かす長さも、数字の大きさをイメージします。でもなかなか自分からはしませんでした。それが、次の日から、自ら消しゴムを動かし、正解を出していました。

 その時わかったのですが、げんちゃんは、数字の実体感覚がないから、そうやると正解できるのではない。消しゴムを動かすために、符号と数に、意識を向けなければならないので、ちゃんとできると言うことなのだと思います。

 マイルールでやっているげんちゃんは、計算が体のコアな部分を通らず、表層をかすってまた出て行くような感じがします。意識をすると、体の中の空間をちゃんと通っているような感じがあるんじゃないかな、と思います。体の中の空間に、昔よりずいぶん育ってきた数の感覚があって、意識をすれば、そこと結びつけることができるようになってるのではないか、と推察します。そして、意識を動かすのは、経験や感覚であり、消しゴム動作は、意識をゆさぶって、体の中にあるものと、外の問題をつなぐきっかけ作りをしている。そう思いました。

 未熟ではあるけれど、数字の感覚を、消しゴムの移動量と方向で表現できてるげんちゃんは、昔よりずっと数の感覚が入っているんだな、と思いました。”半分”という感覚さえ、何年もかかって入れたような子です。
Sさんが、
「げんちゃんはわかっているんだけどね。」
というのも、まんざらうそじゃないのかもしれませんね。わかってなければ、消しゴムは動かせないのだと思います。意識をして、できてきた感覚としっかり、リンクすることを覚えれば、算数地獄からは抜け出ることができるのかもしれません・・・

放課後K先生のところで、げんちゃんは、
「ぼくは、こうやってやるんだ。」
と言いながら消しゴムを動かしていたそうです。また、プラスとマイナスに、自分から○をつけて抽出していたそうです。

「すごいことがおこりました~。」
とK先生が報告してくれました。たったそれだけのことでも、げんちゃんにとって、生まれて初めてのできごとなんじゃないかな、と思います。算数地獄・・・底を打って、はい上がってほしい物です。

 さて、げんちゃんの意識障害をチェックするユニークな方法をやっています。我が家は、毎週、コープから切ってない食パンが届きます。直方体のそのパンを切るのは、げんちゃんの仕事です。数ヶ月前からやらせ始めたのですが、げんちゃんときたら、6等分にすることができませんでした。まず、どう切り目を入れたらいいかわからなかったし、切り始めても、まっすぐに切れず、そこそこいいとこに包丁を入れても、軌跡がねじ曲がり、途中で上の方だけ切り落としてしまいます。そんなに、これって、難しかったっけ?と、私の方がびっくりします。

 やりたくな~い、と思ってやってるときは、もう、でたらめです。真剣に意識入れてるときは、ましですが、それでも始めた頃はうまくいきません。やっとこの頃、四苦八苦しながら、なんとかできるようになりました。このパン切りは、上の面、前面、後ろの面、どこにも、意識をはりめぐらさねばなりません。直方体は、長方形とは違うということが、体でわかるというものです。

意識が入り、どの面もつかめてくると、できるようです。げんちゃんの意識の広がりと集中度を測るちょっとした指標になっています。まだまだ、必死でやらなければできないげんちゃんです。

また、制服のシャツのアイロンかけも時々させています。もちろん、あぜんとする手の動かし方だし、左手は、すぐにお休みになります。げんちゃんには、シンデレラみたいに家事をさせることが大切だ、と思っています。なかなかしませんが、家事から体得できることは多いと感じます。

by glow-gen | 2018-05-26 01:55 | 中学数学 | Trackback | Comments(5)

マイルール暴走

  日曜日は運動会でした。クラス対抗リレーで、完全に差がついた状態で、バトンをもらったので、昨年のように、抜かされることもなく、目立つことなく終えることができました。
先日の運動能力テストで、げんちゃんは50メートル8秒3、と報告があったので、まあ、特別遅くはないんだな、とちょっとほっとしました。たぶん、スタートは誰よりも下手だろうから、その状態でこのタイムが出ると考えたら、彼の低い運動能力の中では、走るのは得意な方なのかもしれませんね。

 それにしても、運動会なんて、毎年、周りの子の高い能力を見せつけられるだけで、何の楽しいこともありません。トラウマもたくさんあるし・・・

「今日はできましたね~。がんばりました。練習の時は、自分の場所がなかなかつかめなかったんですよ~。」

と支援の先生が言われました。団体競技のフォーメーションは、去年同様つかめないようです。周りの子がしっかり誘導してくれたようです。
クラブ対抗リレーが始まりました。生徒席に座っている帰宅部の子は、30人くらいでしょうか。中学のクラブ熱はすごいものですね。どの子も、学業とクラブと、毎日くたくたになっているのでしょう。げんちゃんも、毎日、ほんとにくたくたになりながら生きている感じですが、クラブに入っている中学生なら、特別げんちゃんに限ったことではないようです。(げんちゃんは入ってませんが)

 さて、今週になって、げんちゃんは、いいとこなしになってます。

「体育祭の疲れがでてきたんだよ。」
とS先生が言いました。意識を使った後の疲れは、翌日より、2日目~4日目、あたりに出てくるそうです。
「今のステージは、あまり、疲れさせることをさせるのは、効率が悪いんだけどね。回復するまで動けなくなっちゃうから。」

確かに、あれほど、+-の加減をやったのに、とんでもない間違いだらけ・・・というか、意識を入れないげんちゃんになっているようです。一見そうは見えませんが、生活も抜けだらけ、指示も入らず。今までできていたわけではないけれど、だんだん良くなっていく感触があっただけに、がっかりというかんじ。
昔と違うのは、ちょっと見、意識が入っているように見えることも多い。ほんとにたちが悪い。

プラスが出てくれば、大きなストレスとともにプラスを生じさせただけなので、水面下にたくさんのマイナスがたまっているんだよね。

S先生はそう言います。


一見机に座っているし、なんか、やっているような感じに見えるけれど、認知症状態のメンタルなんでしょうね。魂が抜けている・・・

たぶん、正負の加減も、学校や家で、200問はやって、できるようになったと感じているのに、簡単な10問の正答率は1問・・・ふざけんな!

-3+6なんて問題をどうするか、と見ていたら、3+6とやって、9にマイナスをつけています。-3+6=-9
もう、すごいな、としか言いようがありません。意識が入っているときは、前の記号の意味を考えますが、入らないときは、”マイルール”が出てきて、平気で数字の遊びだけやっています。

マイルールを出してくるシフトチェンジというのがあって、そういうときのげんちゃんは
「これで、何が悪い!」

なんか、そういうおごりを感じます。実際、こういうやりかたをするのも、本人の曲がった理解のしかたであって、こういう風にならったとか、言い出して、最後は教え方が悪いとか言うありさまですからね。発達障害特有のある種の頑固さが、マイナスに突っ走っているというか、なんか、末恐ろしい。まわりの人を振り回す、あのオーラ・・・

 これに関してはもう、何度も何度も修正しています。S先生も「彼は、わかっているよね。」とお墨付き・・・


 算数は、意識を入れないで、数字を適当に計算するものだ。げんちゃんは、そう決めているんでしょうね。

我が子ながら、ほんとにうんざりします。

 運動会のあと、それもあるかもしれないけれど、ほんとにいい加減にしてほしい。
多くの発達ママが、さじを投げるのもよくわかります。ほんとに、こういうの相手に、よくがんばっていると思う。われながら。


by glow-gen | 2018-05-24 17:34 | 中学数学 | Trackback | Comments(18)

親への甘えと反抗、周りの人の助け

少し上がったな~という感触があったあとは、お決まりのどかんと落ちるパターンがやってきます。そういうものだ、と認識していないと、ほんとに感情を振り回されます。当然今回もその通りです。

 日曜日の9時半から、所属しているプロテスタント教会で、月に一度の子供の礼拝があり、げんちゃんは、教会に私より先に出かけなければなりません。教会は自転車で5分くらいのところにあるので、9時15分くらいに出れば余裕です。が、しかし、9時から仮面ライダーがあります。
 上学年になってから、仮面ライダーにはまって今にいたります。予定がかぶるので、録画をしています。
げんちゃんは、テレビを消して出かけなければならないのですが、げんちゃんはできません。礼拝には喜んで行くので、決していやがっているわけではないのですが、9時から30分を、どう配分するか、ということに、意識を使おうとしません。必要性さえ感じてないようなそぶりです。やれやれ・・・ちょっとは意識をむけられそうだ、と思ったばかりなのに・・・

 例によって、バトルになりました。げんちゃんは、
「あ~、わかった~。ちゃんとやるから!」(まあ、訳せばうるさい、ということですね。いつものことながら。)と言いながら、結局、何もできず、テレビの前に座って、25分になって、私にせかされて、わけわからず飛び出していきました。テレビが見たくて、行きたくない・・・という、一見普通の子のパターンのようですが、そうではないので、がっかりします。


 どうも、9時30分から、というと、9時30分に用意する・・・つもりだったのでしょうか。いや、つもり、というのも、不正確かもしれません。何分前に何を始める、などということは、彼の意識の中に、少しも存在していないようでした。

ためしに、
「学校に何時についた?」「何分かかった?」
と聞いても、まだまだしどろもどろのことが多いです。・・・・やれやれ、まだまだ時間のない空間に住んでいるのでしょうかね~・・・

怒っても、行動と怒られた事象とが、ぜんぜん結び付けられないのかもしれません。以前は、とにかく、目的の時間より、異常に早く行くか、遅れるか、のどちらかが多かったです。時計も、読めますが、あと何分とか、何分後は、いつだ、とか、そういうのは、まだまだ苦手です。

 牧師先生に相談したら、
「来月からは、30分前にげんちゃんに、電話してあげる。」
と言われました。げんちゃんに、一つのサインを与えようということでしょう。電話がかかれば、意識を入れて、準備の気持ちにオン。案外、1か月後には、ずいぶん改善しているかもしれないけれど・・・・
 
 私は、教会でげんちゃんをつかまえて、今日の検証をしようと思いました。図を書いて、なぜ、今日トラブったかを教えようとしたのです。すると
「あ~あ~・・!わかってるって。」

とうるさそうに叫びました。すると、すかさず、先生が

「げんちゃん、お母さんにそういう態度をするのは、よくないよ!
ちゃんと、おかあさんに教えてもらわなきゃ、わからないんでしょ!」
と、げんちゃんにぴしゃっと言いました。

げんちゃんは、他人の前なら、私は、あまり叱れない、と踏んでいたのが、きつめに他人に言われて、ちょっとびっくりしたようでした、。
彼の勢いは、がくんと弱って、そのあと、私のアドバイスをおとなしく聞きました。

 げんちゃんは、中学生ショックから、ずいぶん、私へのなめた態度は良くなりました。自分の立ち位置も少しはわかってきて、反抗している場合じゃない、と感じ始めたのでしょうね。

 でも、時々、こうやって、甘えが爆発します。母親への甘えの裏返しの反抗は、多少はしかたのないことだとしても、ほんとに、そういうことにエネルギーを使っていては、先へは進めないことを、彼自身も、しっかりつかんでほしいです。

 そういう時は、他人から、しっかり矯めてもらうことも大事だな、と、改めて思う事件でした。

 でも、ここにいたるまで、教会のスタッフでさえ、最初のころは、げんちゃんに対して、私プロジェクトは、そこまでやらなくても・・・という雰囲気がありました。一般の人は、障害は、治せる可能性もある、高血圧だとか、糖尿病などと同じ感覚ではなく、人格である、的なとらえ方をしているのだと思います。

 私の格闘のすべてをわかってもらったわけではないけれど、障害のあるなし関係なく、ちゃんと矯めるべきところは矯める、という点はしっかり協力してもらえるようになりました。毎日会っているわけではないので、その都度、今のステージがどういうところで、周りの人には、どういう態度をとってほしいか、というのは、簡単にでも、説明するようにしています。
 たとえ、牧師先生でも、私自身が神様にもらった、げんちゃんのミッションを、すべては理解できるものではありませんから、必要があれば、根気よく場合場合において、説明する必要があるな、と感じます。

 ”あなたは、ちゃんとできる子なんだよ。”
という、普通の基準をくずさない、立ち位置で、周りの方に協力してもらっています。育児とは、やはり、多くの人たちのおかげで成り立っているのです。
感謝することも多くなります。

どかんと落ちる日がやってきて、また、少し立て直して、・・・
げんちゃんは、日々、こうして、まわりの人の力を借りながら、少しずつ、振幅を繰り返し、それでも、右肩あがりになっていっていくんだ、と期待したいです。

by glow-gen | 2018-05-16 16:47 | 中学入学 | Trackback | Comments(17)

ピアノの部分練習

  げんちゃんのGW明けは、いい調子です。げんちゃんも、なんか、休んだ感がしっかりあったらしく、K先生のところでの勉強は、ちょっとした峰が出たようです。

 がしかし、げんちゃんが、頼みの綱としていた英語は、中学の、出力を中心にした「書く」、「文法」、といった内容になると、ほんとに入っていかないことがわかり、ちょっとしたショックを覚えています。年長さんから、英語のキンダーガーデンのような英語教室に、とりあえず放り込んで、なんとなく、英語の入り口ぐらいわかっているのか、と思いきや、文頭を大文字にするとか、たかがそういうことさえ、すぐには入りません。今まで入力したことが、新しく学ぶことと、ぜんぜんつながらないげんちゃんです。

 それに比べて、学習障害のひどかった数学の方が、だめなりに、少し形をとってきているようなありさまです。
 ほんと、この子たちときたら、大きく外れた常識の中にいます。予想を大はずししてくれる馬券のようですね。

 今日は、入学直後の学力テストの結果が帰ってきました。
もちろん、最下位でしょう・・・(度数分布をみれば、帯グラフの一番下の中に入っています。)最初の時間にやった、国語だけは、中の下という快挙でした。まあ、普通クラスの子に交じって、テストをちゃんと受けられた、というところで良しとしましょう。

 考えてみれば、6年生で、初めて、実力テストを放棄せず、取り組もうとした。という実績しかありませんから、それを考えれば、普通の子でも、少し難しめの問題で、国語だけでも、中の下をとれたのは、ものすごいことなのかもしれません。
 発達障害のお子さんは、めっぽう成績の良い子もいますが、げんちゃんは、その対極で、すべて、どんより。がんばって、がんばって、やっと、びりっけつ。がんばってなければ、そもそも、番外・・・・。大きく番外だったのが、競争のスタートにはやっと立てたということなので、称賛に値するでしょうか。

 中学に入って、げんちゃんは、刻々と変化していて、彼の変化をしっかり見つめなければ、目標設定も方法論も見誤ってしまう、と感じます。それほど、彼の内部で何かがかわっていってます。
 今までは、げんちゃんの変化といえば、足し算ができるようになりました、とか、作文ができるようになりました。留守番ができるようになりました・・・なんか、そういう各論での変化を喜んでいました。でも、今の変化は、なんかもっとコアな部分での変化を感じます。意識をして、何かをやる、そういうことが、できはじめているようです。

 まず最初の突破口だったのは、ピアノの練習でしょう。ピアノが、どうして意識変化のわかりやすい口火となったのか。やっと言葉にできるようになりました。

 昔の彼は、一人で練習できた、というだけで万歳でした。ピアノの教室崩壊児だった子が、ピアノの前で10分練習できたと喜び、やがて、一人で、曲の練習を始めた。しかし、ただ、やみくもに弾くというだけで、意識なんてほとんど入っていないような練習ぶりでした。私は、彼の横に座り、

「もう一度ひく!楽譜を見る!リズムがぜんぜんでたらめ~~!」

 あらゆる注意事項をくたくたになるまで叫びながら、練習させていました。やがて6年になるかならないか、になって、彼は、指定すると、曲の途中から、練習することができるようになりました。「こっからもう一度弾いて、」なんてことは、とてもむつかしいことでした。たぶん意識がぼんやりしていれば、そんなことはできないのです。

 そして、6年の終わりごろから、一人で、先生に言われた部分練習ができるようになり始めました。ノートを見て練習して、と言われ、ノートには、☆印を何回リピート、などと指示が書いてあります。実際には、部分練習をオーダーされても、まったく無視して弾き流してました。何度も何度も、部分練習を一人でする練習や、声かけをしてもらい、発表会の3週間前くらいからでき始めてきました。
 そのころ、発表会まで間に合うのかな、というひどい状態だったそうです。(私はノータッチでした)発表会で失敗したらどうしよう。という、正常な意識が働いてきたげんちゃんは、部分練習への心の圧がさらにかかってくれて、みごとに部分練習を始めたようです。そして、3週間の間に、急カーブを描き、発表会での成果につながったのです。

 部分練習と言うのは、まさに意識の発露です。
 この部分から取り出してひく、うまくいかなければ、ミスはにごった音として自分にフィードバックしてくる。それを聞いて、また意識を入れなおし、そこを改善しようと意識して再チャレンジします。この部分を間違わずに弾こう、と意識して弾くことは、ただ、なんとなく、弾き流すこととは全然違うのです。
 意識とは、心の圧とも言えるのではないでしょうか。
 出力させるぞ、という圧力です。音となってすぐに結果が出てくるピアノは、意識の圧で自分の体を動かす、ということを体感するには、とても良いアイテムだったのです。げんちゃんは、意識を入れるということがどういうことなのか、どういう結果となって帰ってくるのか、ということを感じることができたのです。

 勉強も同じです。こういう風にやりたい、どこが悪かったのだろう、なぜこうなっているんだろう・・・こういう意識の圧があるからこそ、自分がしかけたことの意味が感じ取れるのです。
ピアノは勉強より、もっとダイレクトにそのつながりがわかりやすいのです。こういう風に弾きたい、と思って、その結果が音となって帰ってくるのです。意識とその圧によって動かした自分の体が、しっかりリンクして感じ取れるのです。げんちゃんの意識は、少し出てきて、そこからさらに、高みへと引っ張り上げられなくてはならないのですが、第一歩としてピアノで実現したのでしょう。

この意識の圧と、そこから帰ってくるリターン。その体験をたくさん踏めば踏むほど、意識は明瞭になってきて、その使い方のノウハウもしっかり身についていくのだと思います。ぼ~っと、寝起きのような状態で、なんとなくやっている行動が、意識が入ってしっかりつかめてくると、いろんなことの改善は、加速がついてくるのだと信じます。

さて、次は、この体験を学習やほかのことへつなげていかなくてはなりません。


by glow-gen | 2018-05-09 23:19 | 意識のこと | Trackback | Comments(10)

精神的パンクちょっと手前でやめましょ

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ゴールデンウィークも、今日までになりました。あー・・・明日から、げんちゃんも、本格的な中学校生活になるんだな~・・・と、少し憂鬱です。
4月は、家庭訪問があったりして、まだまだお祭り気分のカリキュラムでした。

先週は、家庭訪問のため昼までだったので、昼からは、K先生のところに勉強に行かせていました。が、げんちゃんは、そのすべてにおいて、”ひどい”状態だったようです。
 中学生ショックがおこってるので、その刺激で、ばりっと学習に気合が入るかな、と、私もK先生も思っていたのですが、意に反して、さっぱりです。K先生は、あきれて、毎日メンタルなことをせっせと指導して、そうしてるうちに、所定時間は終わり、学習なんてほとんどできない、というありさまでした。


 けっこう先週まで良かった感じなのに・・・・
S先生が、げんちゃんの心を見られて、

S「ああ、空っぽだよ・・・・何にもない空白。オーバーロードだね。」

と言われました。私も、たぶん、そんなことだろうな~と思って、少し手を緩めるのがいいな、と感じました。何を言っても響かない、何をやらせようとしても、身が入らない・・・・

圧をがんがんかけて、飛び出すのをひたすら待っていたけれど、
ま、当然かもしれません。

ということで、ゴールデンウィークは、過去初めて、K先生のところをすべてキャンセルしました。休日でない日の公文も休み、スケジュールは、初日のピアノの発表会だけです。このタイミングでゴールデンウィークが来るなんて、やっぱり、げんちゃんの行く手は、神様スケジュールだよね。なんて、言いながら(笑)

10時間以上朝寝させ、すっきりして起きてきたら、最低限学校の宿題を1時間程度やる。それさえも、やらなくてもいいかな、と思ったけど、げんちゃんはやる、と言うので、ならば、ということでやりました。


意識低下している状態でやる学習なら、何時間やらせても、今のげんちゃんには、ぜんぜん効果のない学習です。短時間でも、意識が入った状態を強いる。今の学習方法は、それが目標です。

なんとまあ、そんなかっこいいことを言えるようになったわけですよ。だって、意識低下だろうが何だろうが、とにかく、鼓舞しながらやる。まるで、イルカに芸を教え込むようなありさまで、とにかく、抜け殻のような意識のないげんちゃんに、刺激を与え続ける、というようなトレーニングを続けてきたのですもの。この目標設定の変化は、たぶん、すごいことなのだと思います。


それでも、私としては、なんとなく、あせりはあります。手をゆるめることはあまりなかったので、今まで。

S「げんちゃんの場合、本来の価値認識がまだできていないから、普通の基準というものが、ママが考えているほどとらえられていないんだよ。」
とSさんが言います。支援クラスにいても、ママが、そうしたから、くらいに感じている部分もある。とにかく立ち位置を正確に把握して、普通の基準にまだ遠い自分とのギャップを埋めるためにがんばっていくべきなのだけれど、彼は、こっちがのぞむほどには捉えられていない。

「外側だけを磨くのではなく、中を磨いていかないと、伸びていかないよ。表面的な学習とかだけをやっても、なかなか効率は上がらない。内面からのベクトルと、外側からのベクトル両方が必要なんだよね。」

「外側からのベクトルが、内面に働きかけるのは、経験であり、五感である。実際には、ただ、言葉で説明するだけではなく、文字を書き、図を書く。
げんちゃんの立ち位置も、ちゃんと図で示してあげるんだよ。」

と言って、階段のような図を書いて、真ん中に直線を書きました。
「ほかの子は、この辺にいる。でも、げんちゃんは、ここ。」
そう言って、真ん中の線より数段下の段を示しました。
「君は、意識を入れてがんばると、ほかの子と同じところに行けるよ。そしてがんばれば、このマイナスを、反対側のプラスまで持っていける可能性があるんだよ。君はどこに行きたいの?」

こんな感じです。何かできたことがあったら、
「この場所にいる君が、これは、ここまでできたよね。それって、普通の人をこえるエネルギーがあるってこただよね。」
そんな風に鼓舞する。

立ち位置をわかってほしいから、図を書いて、こういう会話をたくさんする。だからばんばろうね・・・と。確かに図で表してやると、げんちゃんの目は、時々ぱっと見開く。

でも、そろそろ、ここらで、手を緩めるときが来ました。げんちゃんは、昔から、本当に上手に意識を抜くので、圧は、とても強く強くかける必要がありましたよね。(皆が同じわけではないと思いますが。ある意味、彼は、かなり打たれ強く、鈍感です。)

さて、どう出るかな・・・・いや、ほんとに、何か出てくるのか・・・・

果たして、・・・・後半の木曜日、げんちゃんとホームセンターに行くと、彼に初めてのことがおこりました。

「これ、やりたい。買ってもいい?」
そう言って、手に取ったのは、塩水で動くというクモのプラモデルでした。難易度は、10歳以上。まあまあです。春休みに、S先生に簡単なプラモデルを与えられて、めんどくさそうにしぶしぶ取り組んでいたげんちゃんが、なんと、初めて製作物に興味を示し、自ら買いたいという。へ~~~。新しい動きです。工作をまったくしないげんちゃんに、工作をぽつりぽつりと訓練し始めたのは、4年生の半ばから。たまに、知り合いのお姉さんに手ほどきしてもらいました。あれから、上手にセロテープも扱えるようになってるし、はさみも上手になりました。でも、自分から何かを作るなんて、ほとんどないし、あっても、ごくまれに、幼児なみでしたよね~。お菓子で作る、お弁当だとか、ハンバーグセットだとか、そういう工作キッドも食いついて、いくつか仕上げた時期はあったけど、自分から買いたいということはありませんでした。私がちらつかせたり、ちょっとした演出をしていました。

それが、今回、彼にしてはかなりレベルの高いキッドを買ってきて、取説を必死で見ながやっています。確かに、最後は難しくて、工程のミスもあって、パパに仕上げてもらったのですが、半分以上はがんばりました。

これは、新しい兆しになるのでしょうか。せっかちなげんママも、あせらず、待つしかないのでしょうね~・・・

by glow-gen | 2018-05-06 02:09 | Trackback | Comments(17)

げんちゃんが逃げ込める場所 くもんの先生とのミーティング

意識が出てきたげんちゃん。そのせいで、理解力も上がりました。意識さえ入れれば、考えようとするので、当然、いろんなことが理解できるようになるのです。

 しかし、ずっとずっと、彼は、逃げていました。意識を入れずに、ただ作業みたいに学習に向かう方が、意識を入れてやるよりも、ずっと楽だからです。そのために、そんなことでは、君の未来は、低いところにしか行けないよ・・・と将来図を見せて、がんばるように促してきました。また、やれば、大きな可能性が花開くとも・・・

 ハードなスケジュールを、上手にこなし、適当に意識を抜く。かたや、くもんに行けてるんだし、普通クラスにも、行けるはずの自分だし・・・・と、げんちゃんは、上手な言い訳を自分にし続けてきたように思います。
 そのステージはほんとに長い。中学になって、もうすこしで、突き抜けるんじゃないかな~と思われてきて、周りからかける圧も、ずいぶん上げていきました。

K先生と私は、不思議なセラピストのS先生に、たまにアドバイスを受けながら、とにかく、頑張って自分の未来を切り開こうね、とか、がんばって成果が出ると、とても楽しいよね、とか、そういう
意識の方向性に道をつけようと躍起になっていました。

それでも、なかなかいかない・・・

K先生は、げんちゃんに手厳しく圧力をかけ、メンタルなことをしっかり指導しようとするので、
「おも~い!」

とか、言うようになりました。さらに、しんどい~、とも。 ほんとに、突き抜けるのをいやがっているのでしょう。確かにきついのかもしれません。

でも、くもんには喜々として行きます。適当に抜いてやってても許されるくもんは、どうも、げんちゃんのぬるま湯的な場所になっていると判断しました。ぬいてやっても、ある程度はできるし、許される。しかも、普通の子たちと席を並べて、自分は、これでいい、と感じることもできる。(もちろん、7月は、意識が少し入っても、低いレベルが彼の精一杯だったのですが)

ちょっとまずいぞ・・・と、感じてきました。

「公文の先生は、おこんないんだよ~・・・」
とか、ある時、げんちゃんは、年下の子に話しているのを耳にしました。

私は、くもんの先生とミーティングをしました。長いミーティングでした。先生は、良い先生です。げんちゃんに愛情をかけてくださり、伸ばしたいと思っておられます。
でも、彼女は、やはり、げんちゃんの導き方をちょっと誤ってしまったと感じていました。

最初、彼女は、げんちゃんのすべてをまずは、受け入れて・・・とおっしゃって、げんちゃんの話をとりあえず、全部聞いてやるようにしました。まず、そうしなければ、げんちゃんの本当の姿がわからない、と言われていました。親の前で、いい子にしていても、ほんとは違う子もいる・・・子供の隠れた本質を、上手に隠さず、自分の前で出してくれれば、問題点がわかる。自分の前で、猫かぶって問題点が見えなくなるのが問題なのだ、と言っていました。


 そのため、げんちゃんが、自分の世界に入って、無意味な話をするのも、上手にあいづちを打ってやりました。
(Sさん曰く、その場の流れに関係ない、一人世界の一方的な話は、意識がなく、相手にしてはいけないそうです。それは、ただの空白、止めてあげて、周りの流れにそった意識の入った会話を出すようにしむけないとならないと言われ、納得します。)
 そのために、げんちゃんは、喜々としてくもんに通いました。しかし、教室での態度は、集中力にかけ、絶対できるはずの問題でも、ぼろぼろ間違える始末です。くもんの先生は、そういうげんちゃんをいつも見るので、げんちゃんの実力が相当低いと判断し、私のげんちゃんへの評価は、親の欲目と感じているようでした。

「お母さんの言われることもわかるのですが、親やサポートする人がいない時の子供が、その子の本当の実力だと思います。」

と先生が言いました。どのレベルのプリントをやっても、クオリティーが低く、ほんとのげんちゃんの学力はどこにあるのだろうか、とも言われました。いっそ1年のプリントまで落としてやらせてみようか、と、言われたので、私は、反論しました。

「先生、それは、違います。たとえ、1年生の問題にまで落としても、げんちゃんは確実にはできません。問題点がそこにないからです。げんちゃんが、先生のときは、あきらかに、意識をぬいてくる、というところにポイントがあるので、一度先生と、げんちゃんの今の関係を断ってもらわなければ、げんちゃんは、できるようにならないのです。先生が大好きなげんちゃんは、先生の顔を見るだけで、大笑いして、英語の挿絵が面白い、と言っては、こっそり落書きする。
でも教室崩壊まではさせない。彼は、ある意味賢いのですよ。適当に、周りを読んで、そこそこおりこうさんにしているでしょう。でも、完全に抜いて、できる問題もできない。」

「先生、一度、ほんとに手厳しく対応してください。先生との関係を一度しっかり切って作り直さなければ、げんちゃんの逃げ場になるのです。」

私も、ストレートに伝えました。つまり、先生がなめられてしまっているのだ、ということを、伝えるのは、少し勇気のいることですが、私の目的は、げんちゃんを改善させること。先生も、ほんとにそう思ってくれているので、互いに議論は白熱します。良い先生だと思います。普通なら、そういうめんどくさいガキは、やめてください。と言われてもしかたのないところです。

結局、今までのげんちゃんの言動に、たくさんの解説をして、わかってもらいました。
「やってみましょう!」

「先生の今までの成功体験を突き崩すわけではありません。しかし、モチベーションが低く、意識低下している子の指導の仕方は、もっと有効な方法が見いだせると思いますよ。げんちゃんが成功すれば、・・・」

「なんか、50過ぎて、げんママとげんちゃんに出会って、私の指導者としての人生は、大きく揺さぶられてますよね~。」
「そうかもですね。発達障害の子供たちを、きちんと指導できる先生は、どんな子でも、最高の指導ができます。先生チャレンジしてみてください。私はとにかく、げんちゃんをよくしたいのです。そのためには、なりふりかまっていないのです。どうか、先生協力してください。きっと先生のこれからにも、益になります。先生を見込んでのことです。感謝しています。」 


げんちゃんの今は、ほんとに、飛躍のための大きなためだと感じています。意識を入れない状態で、楽に逃げ込める場所は、本当に危険です。たとえ、それが、今までは、良かった場所であっても、すでに、変化しているのです。

そう考えると、7月にくもんに入門した時とは、げんちゃんはずいぶん遠くに来ていることを感じます。

by glow-gen | 2018-05-04 01:43 | 公文教室 | Trackback | Comments(9)

中学1年生のお習い事

  げんちゃんは、中学校に行き初めて、毎週毎週どんどん変化しています。どんどん良くなっている、というわけではありません。赤になったり、青になったり、緑になったりしていくような感じです。弱い角度でゆっくり上にいくらせん階段みたいに、やはり、ちょっとは上に上がってるんだね・・・・という感触はありますが、らせん階段のように、規則的に、上がるわけでもなく、ひたすら
停滞しているように感じるときもあります。

 中学校では、クラブには入らず、すぐに帰ってくるのですが、それでも、5時をまわって帰ります。
ホームスクールもなくなっている今では、ほんとに毎日があわただしく、やりたいカリキュラムのほんの少ししかできない毎日です。なぜ、クラブに入らないか、というのは、明確です。まず、時間がなくなる。クラブより、今は優先しないといけない課題がある。そして、周りの友達に対して興味もないげんちゃんは、クラブで吸収できることは少なく、それより、時間のロスの方が大きい。そういう理由です。

 あと3年くらいしたら、たぶん、クラブというシステムも、彼の肥やしになるかもしれません。でも、今は優先順位の下位の方なのです。周りへの興味の薄いげんちゃんは、毎日まったく学友としゃべりもせずに暮らしていても、たいして苦にもせず、友達がほしくないわけではないけど、めんどくさい、という方が先立つようです。その証拠に、友達の印象もうすく、どんな子?なんていう質問に対しても、「さあ?どうだっけ」というレスポンスでがっくりします。

 中学になって、月曜に行っていたサッカーをやめました。というより、げんちゃんの行っていたサッカークラブも野球も、小学生で卒業するシステムです。サッカーは、1年生の時に入りました。

 入った時は、時期尚早で、能力の3段階上くらいだと感じたのに、先生の好意で入ることができました。それから、今では、普通にクラブをこなすようになったげんちゃん。やめるときは、私の方がセンチメンタルになるくらい、しんみりしました。それほどお世話になりました。ここで、伸ばしていただいたことはたくさんあります。

 野球の方は、中学でも、もう少し続けることにしました。チームで、中学1年生はげんちゃん一人になりました。特別許可です。中学になれば、皆、クラブに入るので、誰も続けません。げんちゃんは、6年の終わりから、バッティング練習をたまに部屋でしていました。エアーバッティング(ただ、ポーズを勝手にするだけ)で、何度か振る程度で、練習とも言えないものですが、うまくなりたい、と意識を働かせているのがわかりました。上のクラスにシフトしましたが、皆年下です。自分より小さな子の中の方が、げんちゃんは、生き生きしているし、もう少しここで、泳がせてみたい、という感触もありました。チームメートの雰囲気が、サッカーよりげんちゃんに合っているようでした。
 
 そんな中、新しくなった野球教室を見に行きました。しばらくぶりに見てびっくりしました。自分の打順もわからず、小さな子に命令されていたげんちゃんは、いつの間にか、きびきびと、教室のルールに従って動いていました。教室で友達に対して心を動かさないげんちゃんではなく、クラブメートと多少は交流しているし、ほかの子は、げんちゃんに対して、普通にフレンドシップを持っている様子です。
 自然な笑顔も見えます。

 なかなか、突き抜けないげんちゃんに、取り上げたほうがいい古巣もありますが、野球は、直感的に、しばらく続けるのがいい、なぜかそう思いました。

 そして、日曜日は、3回目のピアノの発表会でした。初めてソナチネの曲と、それよりは、少しやさしい曲、2曲を弾きました。今回は、私は、ノータッチでした。練習も見てません。彼は、初めて、自分で言われた部分練習をこなし、私が帰ってない時間に、自らピアノの前に座り、自分だけで練習しました。半年はかけて準備したので、上手に弾けるようになりました。

 中学の生活をこなしながら、ピアノの練習をするのはやはり大変でした。でも、数日前は、1時間半も一人で練習していたみたいです。ピアノは、ある意味突き抜けた、と言ってもいいかもしれません。なんせ、途中から曲を弾くなんてことも昔は無理だし、部分練習なんてのも、絶対一人ではこなせないし、いやがりました。ただ、なんとなく、楽譜も見ずに適当に練習した、というクオリティーの低いものでした。

 発表会の前日
「明日は、間違えずに弾けるかな。ミスしなければいいけどな~。」
と不安げに言いました。これも、彼にとっては成長で、2年前は、そういうことを言葉に乗せることは無理でした。
先生が言うには、舞台のそでで、
「あの~・・・先生。最後に確認なんだけど、ペタルには、最初から足を置いておくの?」
と質問したそうです。意識がしっかり入った発表会だったと言えるでしょう。ピアノは、意識のオンとオフが、わかりやすいし、自分でもそれを認識できやすい。

 これが、学習に投影されることを期待したいところです。


また、発表会が終わったと同時に
「次は何を弾こうかな。」
とも言いました。きっと、すべてに先駆けて、げんちゃんの行く方向性を見せてくれたようなピアノです。


 


by glow-gen | 2018-05-03 00:06 | 中学入学 | Trackback | Comments(4)

中1の先生方の家庭訪問。げんママの望むところ

げんちゃんの先生方が、家庭訪問に来てくださいました。普通クラスの先生も、紳士的でおだやかな、素敵な中年の男性教諭で、英語を教えています。支援の女性教諭は、1時間以上も滞在くださり、いろいろお話することができました。たくさんお話したあとで、私の今までの努力をとてもほめてくださり、
「これから、一年間、げんちゃんを改善させることに全力を尽くします。」
と言って下さったので、とてもうれしくなりました。

支援で授業を受けている国語と算数は、普通クラスのテストは受けられなくて、国語と算数は、支援のテストを受けるらしいこと、点数ではなく、文章で評価をもらうこと・・・
そして、普通クラスで授業を受けているものは、普通クラスで、みなと同じテストを受けて、普通の評価をつけられる、とのことでした。

先生は、普通クラスでテストを受けると、ジャッジが厳しくなるから、げんちゃんには不利になるのでは? というようなことをおっしゃいました。

私は、先生の言う不利とか、有利とかいう意味はよく呑み込めなかったのですが、

「とにかく、私は、内申なんかどうでもいいんです! 私が望んでいるのは、げんちゃんを人間として、ちゃんと自立した人にすることです。素晴らしい実を結ぶ人生を送ってほしいし、人も生かすような人生をあゆんでほしいです。そのためには、学習も絶対に必要ですし、自分に甘えていてはいけません。先生、どうぞ、びしばし教育してください。決して甘やかさないでください。

 必死でやって、高校に行けなければ、それはこの子の実力です。そんなことはどうでもいい。高校なんて行っても行かなくてもどうでもいいんです。それより、ほんとに、この子が実力をつけることが大事なんです。そのためには、普通クラスでのハンデなしの評価が必要です。私が、戦略を立てていく上にも必要ですし、げんちゃんが、自分の立ち位置を把握するためにも必要です。

 ですから、国語も算数も、公式な記録でなくてもぜんぜんいいので、普通クラスのテストも受けさせてください。そうして、どのくらいのところにいるのかも教えてください。」

私の迫力にびっくりされたようです。でも、内申なんてどうでもいい!と、私が言い切ったので、先生も、目標設定はシンプルになったようです。とにかく、げんちゃんが最大限伸びるようにがんばればいい、そう思われたようです。
 
 その結果、先生と私は、すぐに同志になれたような感覚を持ちました。

 家庭訪問以来、げんちゃんを伸ばす、ということに焦点を絞って、先生の個人指導も、うまくまわっているようです。意識を飛ばさないように、授業のあとに、数問の簡単なテストをする、というちょっと緊迫感をそえる儀式もかなっています。げんちゃんは、「支援クラスはいやだ、ださいから。」と言いました。こういう感想を述べるようになったのも、中学になってからです。理由なんてものを言うのは、とても高いレベルで、今までのげんちゃんなら、ただ、いやだ、で終わりだったのではないか、と思います。そのこともモチベーションになって、支援脱出のために、支援でやる学習は、少しは意識を入れているように見えます。

 中学での学習環境は、私の心配をよそに、うまく整えられたように感じます。ありがたいです。

また、先生方の報告によると、げんちゃんのできることと、できないことが明確にわかりました。

できること・・・皆が一斉にやるようなことは、なんとか、周りを見て、そこそこ浮かないくらいになっているようです。多少できなくても、まぎれるようなレベルなんでしょう。ノートもけっこうがんばってとっています。

できないこと・・・これは、やっかいです。げんちゃんだけがやらないといけないこと、というのがだめだそうです。げんちゃんは美術委員になっているのですが、明日が美術とあっても、すぐに、動けないようです。責任のある仕事なんかは、任せっきりにするのはぜんぜんだめ、ということでしょう。

 聞いていても、何も残っていない・・・というのは、しょっちゅう出てくるトラブルです。また、先のこと先のこと・・・とシュミレーションして、今の行動を決定する、というもだめです。シュミレーション自体することに意識が行かないのでしょう。目の前のことだけ、いきあたりばったりに考える、ということで精一杯です。

 安定性があって、何かができる、ということは極めて少なく、できた、と思えば、また次の時は、ぜんぜんできない・・・ということの繰り返しです。
伸びてるとはいえ、中学生というには、あまりにお粗末なげんちゃんです。

 先日オセロをしました。また進歩したように思いました。一つ先の手は、まあまあ読めるようになってます。二つ先の手は、すぐには読めませんが、私が説明すると理解します。つまり、シュミレーションして、先を読んで行動決定することも、きっとできるようになるのではないか、と思います。すべては、何事も、一気にはいきません。もうできてもいいでしょ! と、思いますが、育児によって、私が成長するように、神様がしかけたルールなのでしょうね~。

by glow-gen | 2018-05-02 00:03 | 中学入学 | Trackback | Comments(14)

どもりが治る瞬間。どもりのからくり

げんちゃんの
「はい、」「わかった」「うん」
というのは、かすみのように実態がないことが多いです。意識が入らない聴覚処理は、吹き抜けるそよ風のように、何も残りません。たった今、

「今日は、○○先生はかぜでお休み。かわりにT先生が朝,来ますよ。」

と言った直後に
「○○先生は来るの?」
ときかれたのには、あきれます。

「鍵は持って行きなさいね。」「はいわかった。」
と言って、数秒後、ふと見ると、鍵がそのまま、とか、・・・こんなすさまじい抜けは日々の生活にちりばめられています。意識なく聞いているのは見え見えです。

また、こんなことがありました。

げんちゃんが、家に一人でいるとき、おばあちゃんのところにいた私は、げんちゃんに電話をかけました。

ママ「今からこっちに来なさいね。家には鍵をおいてないから、そのまま鍵はせずに、出てきていいよ。すぐに、お父さんが帰るから大丈夫。
 げんちゃんは、電気を消して、ちゃんと窓も閉めて、かばんを確認して持ってきなさいよ。」

げん「うん、わかった。」
ママ「わかったんだったら言ってみて。」

するとげんちゃんは、絞り出すように、いつものどもり調子で、えっちらおっちらとしゃべります。

げん「あの~・・ぼ、ぼくは~、か、鍵もかけないで~、行く。え~っと~・・・電気とか~、かばんとか~、・・・持っていく・・」
ママ「やれやれ)鍵はかけないけれど、どうなるの?」
げん「・・・・」
ママ「誰が鍵しめるの?」
げん「・・・・」

もちろん、げんちゃんが出てくるのと入れ替わりに帰る、パパがしめてくれるのです。
しばらくトライさせて、ため息まじりに、もう一度言います。でも、げんちゃんからも

「えっと~・・・もう一回言って~・・・」
という言葉が、最近は出てきたりします。以前なら、いらいらする沈黙があるだけです

「もう一度言うよ。もう、絶対に聞き逃さないでよ。二度と言わないよ。」
リピートします。

げんちゃんは、どもりも強くなって、やがて、チックも出てきているかんじです。

電話口では、げんちゃんは、テレビを気にしながら会話しているのか、意識は低く、適当に聞いてるようです。

いらいらしながら、待ってみます。たどたどしい、未完成品みたいな文章が、げんちゃんの口から絞り出され、ひどく、ぎこちない。

 どもりも絶好調に達しているその時、テレビをけさせて、落ちつかせて間をおいて、またトライさせると、げんちゃんの口からすっと、流ちょうな文章が飛び出しました。

「お父さんが来るから、ぼくは、そのまま家を出て~・・・電気を消して、かばんをもって、お母さんの所に行く」

今までのたどたどしいセリフと、語調も、聞きやすさも、文章の組み立ても、まったく別ものです。
口調もリズムも完璧です!

私は、歓喜して、げんちゃんに花丸をあげました。

それはたぶん、水面下に沈んでいたことが浮かび上がる瞬間と言っていいでしょう。その時彼の意識と言葉は、最高のパートナーシップを結んだかのようです!

記念すべき出来事に感じられました。時々、すらすら話すことがないわけではありません。しかし、こういう追い詰められたような状況で、何度も回答を求められている場面では、意識レベルはどんどん下がって、やればやるほどできなることがほとんどでした。

今までは、できないときは、いつもできないままだったのです。

しかし、できないところから、あざやかに、転身し、言葉が紡ぎ出される瞬間を始めてみました。彼が、意識を入れて、自分を調整し、私がインプットした言葉を水面からあざやかに取り出した。そんな感じです。

どもりも、結局、意識と言葉のずれによっておこっているのだと思います。
頭の中から取りだそうとしているのに、取り出せなくて、言葉だけが空回りして、どもりが出てくるんではないか・・・

げんちゃんは、1年生の時、突然どもりやちっくが出始めました。周りは、ママがストレスをかけているからだ、とか、私に言うこともありました。でも、私は、そうは思わなかったです。頭が、必死に何かを始めようと頑張って、その結果、未完成のようなものが出てくる。その試行錯誤がチックやどもりになるんだろうな、くらいに感じていました。だから、それらが出るというのは、ちゃんと、脳に変化がおこっているのだ。そういう外からの刺激がなければ、改善はない。

意識をもって、しっかり、今まで入力されたものを取り出す作業がスムーズになれば、どもりも改善するんだと思います。つまり、どもりは、意識がしっかり働いていないことで、上手に話したいことに、焦点があたらず、言葉だけが先走りするような現象なんだと思います。

意識がしっかり入ってくれば、どもりもチックも改善するな~・・・と踏んでいます




by glow-gen | 2018-04-30 01:04 | Trackback | Comments(5)

げんちゃんの中学生ショック

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つい先日のくもんのプリント、抜きまくってる様子が下と比べれば一目瞭然
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意識レベルが、よりクリアにならなければ、小さい字をしっかり書くことはできないという(S先生)中学の支援クラスは、のっけから、ばりばり意識レベルが高かったようです。


 中学に入ってからのげんちゃんは、毎日変わっています。私は、少しくらいげんちゃんがかわってきても、あ、そうなの? 程度にしか思わず、はい、次に行きましょうか~、となってますが、そういう私でも、中学になってからのげんちゃんの変化が伝わってきます。
げんちゃんの変化は、今までで最も激しい物だと感じています。なぜなら、彼自身が、少しずつ動き始めたように感じるからです。もちろん、兆し程度ではあるのだけど・・

 げんちゃんは、入学式から二日目に中学の洗礼ともいえる「国算社理」、のテストを受けました。午前中みっちり使って、4教科のテストは、普通の子達でも結構大変です。

 このテストの様子を見て、支援クラスのカリキュラムを決めましょう、と言われて、春休みをかけてがんばってきた私たちですが、げんちゃんの様子は、最初の国語でことつきたようです。本人も、おぼろげながらではあるけれど、それが、自分の運命を少しは左右するのかな?と感じたのか、がんばったようではありました。しかし、難しいのと、長時間なのとで、国語をやって意識レベルはとんでしまったようでした。

 先生は、それを受けて、全部支援クラスで、とおっしゃったのですが、私の提案を聞き、国算だけ、支援クラス、ということになりました。さらに、私は、普通クラスでやっている進み方で、算国をお願いします、と支援の先生に頼んで、それもオーケーされました。前回のプレゼン他、その根拠になるげんちゃんの状況をつぶさに説明しました。

 初めての支援の算数の時間、げんちゃんは、先生に、小学校の計算をチェックされました。計算プリントを自力でやったのです。
そのプリントを見てびっくりしました。
げんちゃんの、字は、かつて見たことのないような美しい字でした。くもんで、あれほど注意しても、かきなぐった汚い字しか書かないのに、うそのように整った字。しかも、げんちゃんにしては高い正答率・・・(もちろん難しい問題ではないけれど。)

 げんちゃんは、私が考えているほどではないけれど、自分の今おかれている状況をある程度把握して、その状況に、必死で自分を合わせようとしていることが受け取れました。
 あいかわらず、私には反抗的ではあるのですが、その態度も、少しずつ変化してきました。

 私は、ふと、げんちゃんのかばんの中から、書きかけの作文をみつけてびっくりしました。


”中学になって、こんなルームがあったのかと思いました。(移動教室のことを言ってるのでしょうか。)中学校は、とても広いグランドと頭をつかう毎日です。小学校の時とルールは変わりました。制服は、気温によっては暑苦しい時もあり、すずしい時などさまざまです。黒一色の学校服を6日間毎日着るのは、ちょっと大変ですが・・・”

 げんちゃんは、こんなこと思っていたんだ、と、みんなでびっくりしました。何を考えているのやら・・・・いまいちつかめないげんちゃんですが、自分の気持ちを自分でしっかり把握出来るようになり始めたのかな、と思いました。しかも、正しい状況判断です。


 そして、毎日、日課表は、自分で後ろにある黒板の日課の書き込みをうつして帰らねばならないルールです。支援の先生のノートに書いてくださっていますが、げんちゃんには、基本教えないようにして、忘れたときは、かなり手厳しい演出をしたうえでそれを明かしています。しっかり書いて帰る確率は、8割というところでしょうか。だんだんできるようになった、というより、しっかりできた日があるかと思うと、すべて抜けてしまう日が突然現れたりします。げんちゃんの意識レベルが安定しないのがよくわかります。

 意識のオンとオフで、その日のスケジュール管理は、天と地ほどの差があり、できるようになった・・・なんて、表現は、的確かどうかわからなくなります。

 しかし、少なくとも、げんちゃんが、何事も、「しっかり気合入れないとやばい!」 と、自分に圧力をかけているときは、6年生では見られなかった山が出てくるのは確かです。

 給食当番になり、小学校の白い帽子から、中学は三角巾にかわったようです。げんちゃんは、自分から聞いてきました。

「これって、どうやってはめるの?」

たぶん、へんてこりんにやって、友達に指摘されたのでしょう。自分で、そんなこと聞いてくることもなかったげんちゃんが、自分でできるようになりたい、と感じたのでしょう。結び方を教えました。この調子なら、いっきに蝶結びまでいけるかもしれません。

 普通の子ならば、気にもとめないような進歩です。そういうだれでもできるようなことが、彼はできなかったし、そこへ焦点を合わせることもなかったわけです。

 今まで決して変わらなかった部分、自ら、脳を起動させる、と言う、意識の部分が動き始めた。それがはっきりわかるようになりました。

 中学生ショックという言葉があるそうです。小学校といろんなことが変わりすぎて、ついていけない子供さんが出てくることを、先生方がそう言ったりするそうですが、げんちゃんは、いい意味で、それなんですね、と支援の先生が言われました。
 彼は、中学になり、幸いなことに、ベストなカリキュラムを用意されたようです。彼は、ある程度、普通クラスでがんがん刺激を受ける必要があります。しかし、算数と国語を普通クラスで受けるには、タイムパフォーマンスが悪すぎます。ですから、そこだけ、マンツーの指導をしていだだくのは、もっとも良い考えだと思います。

 入学式前とあと、げんちゃんの中で大きな変革がおこっています。

 日々の生活は、意識の状態いかんで、上がったりどんと下がったり、こちらも振り回される毎日ですが、まあ、振幅を繰り返しながら、右肩あがりになっていくんではないかと期待しています。あいかわらず、めんどくさいことはさける、逃げる、でも、自分は認められたい・・・そういうずるい心が、突き抜けるのをよしとしないげんちゃんですが、そこも、日々、いろんな状況が彼をからめとっていくのではないか、と期待するしかありません。ずるい気持ちが逃げ込める場所をすべてつぶして、自分に向き合って、自分を追い込んでいくところまで、(まだ、そこは遠い先のようですが)しっかり駒を進めていかねばなりません。ステージは、ほぼ整いつつある。あとは、げんちゃんが突き進むだけ・・・でも、そこが、なかなかいかない・・・そういう状況だといえるでしょう。

by glow-gen | 2018-04-25 00:25 | 中学入学 | Trackback | Comments(17)



小学校6年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
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中学1年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学1年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 昨年5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて7年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
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