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げんちゃんの発達障害プロジェクト

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すべて分解し、図式化する大切さ

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 げんちゃんは、あいかわらず、日課表を写して帰れない日がけっこうあります。
でも、支援の先生がノートに書いて下さっているので、小学校の時のようにあたふたしなくていいので助かります。
 そして、学校では、内容の決まった宿題はなく、大学ノート2ページに、自由に勉強してくるのが宿題です。

 この宿題方式は、ほんとにいいです。発達障害の子ども達は、その子にあった学習法があるので、内容もやりかたも自由度があった方がいいです。
私かK先生が横についている勉強なので、この自由度はほんとにありがたいです。

 チャレンジタッチも、タブレットの内容をそのノートに書いてみたり、その日書くという行為が生じる学習は、そのノートで全部終えます。ノート一冊というのは、量においても達成感があり、毎日何をしたか、というのが、そのノートだけで一目瞭然です。
(考えてみれば、ノートを使う学習ができうるのでも、進歩なんですよね。計算問題を写す、なんてことしてたら、時間をとられるのでできませんでしたからね。)

 中学になって、宿題が何か、書き漏れてくるんじゃないか、と心配していたのですが、2ページ進めるだけ、という宿題内容でほっとしました。

支援の先生も、たくさんコメントを書いてくれるわけではありませんが、とにかく、用意する物だけは、しっかり書いて下さいます。おかげでそういうことに関しての、私のストレスは減っています。

 数学と国語の授業も、ほぼマンツー指導です。(なんせ情緒の支援クラスは、二人しかいません。)その日やったノートを見ても、しっかり進めて下さっていて、げんちゃんの進歩とあいまって、ホームスクールの復活は、当面なさそうです。

 週に3日は、帰れば、すぐに、K先生のところに向かい、3時間近くあれこれやっています。今は、調子が悪ければ、あまり無理しない、というスタンスですが、連休明けは、ぼちぼち、うまくいっているようです。

 ぼ~っとしている日でも、昔よりは、パフォーマンスがいい・・・というのが、K先生の評価です。

普通の子は、意識を、いれるぞ~っとがんばれない日でも、ある程度のパフォーマンスでできてしまいますから、少しはそっちに近づいたのでしょうか。

 水曜日は、野球です。学校から帰るのはとても遅く、5時過ぎなので、この日は、勉強はほとんどできません。朝起こして、30分くらいで、自学ノートを埋めます。笑えるくらい、漢字と計算を、大きく書いて、すかすかのノート2ページ。なるほど、クラブなんてしていたら、こんなかんじの2ページをでっち上げるしかないわな~・・・。

そういえば、ぎっちり2ページ書いてるげんちゃんの2ページに、担任の先生が、”よくやっています”と書いて下さった理由がわかりました。笑

 さて、あいかわらず、日課表を2日も書いてこなかったので、こんなやりとりをしました。

ママ「ねえ、何で、あなたは、日課表を書いて来れないんだと思う?」
G「(うざそうに)ちゃんと書いてないからでしょ!」

やれやれあほや!
ママ「あのね、その原因は何だろう、って言ってるの。」
G「字が汚いからでしょ!」
ため息がでます。メモ帳を作っているのですが、直前に、そこに書いている字があまりにきたなかったのでたしなめました。それで、そういう答えになりました。

G「わかったわかった! 日課表を書いてくればいいんでしょ!

と、タンカを切りますが、その方法論も、忘れる原因論も、まったく把握ができていないげんちゃんです。そのくせ、私に、まるで、普通の子がそうするように、はむかってくる。ほんとに、ずれているので、辟易します。

G「なぜ、できなかったと思うの?」
もう一度聞くと、やっと
G「メモ帳を見てなかったから。」と言いました。
(中学から作った、メモ帳には、学校ですることを書いています。)
ママ「そう。見ればいいんだったら、今見ればいいじゃない。それで書けるようになるの?」
G「いやあ・・・・」
ママ「いつ、ってのが大事なんじゃない。」
G「・・・・(しばらく考えて)朝、行ったとき。」
ママ「そう、朝ね~・・・朝、明日の日課わかるのかな?」
朝は、翌日の日課表は、まだ黒板に書いていません。
G「いや、わからない・・・」
ママ「じゃあ、どうするの?」

まあ、気の遠くなるような投げかけをしながら、げんちゃんが、日課表を書いて帰る手順というものを、細かく分解してやります。

そういうことのあとに、やっとげんちゃんは、メモ帳を朝見て、朝やれる指示は、そこでやり、昼からは、またメモ帳を出し、日課を写しに行って、そして、帰りには、またもう一度確認する。という手順をたどることができました。(20分はかかりましたね~。やれやれ)

まあ、ほんとに、小学校の低学年並みです・・・・

さて、ここからです。一つのできごとを分解して、それぞれを関連づける、という、げんちゃんには、高度なスキルを、次に、紙に書かせます。まだまだ、空でそういうことを頭に納めるのが難しいようです。時間はかかるのですが、ビジュアル化してやる、というのは、空間認識の弱いげんちゃんには、思い出す上で、大事な行為なのでしょうね。

段取りを頭に入れているときに、私の場合、確かに、空間を感じています。頭の中で、ぼんやり、関連図のようなものがあるような気がします。げんちゃんたちは、きっとそういうものをイメージできにくいのでしょう。

でも、ママと、そうやって検証したことを紙におこして壁にはりつけた次の日は、ばっちり日課表を書いて帰りました。また、できない日も出てくるので、完成というわけではないですけどね。

朝、学校に行って、連絡ノートを確認する、ということはできはじめているので、次は、メモを、自分から進んでとっていく、とか、付箋をはる、とかいう高度なスキルをものにできたらな、と思います。

 さらに、その時に、もう一つのことをしました。自分ができもしないのに、横柄な態度に出たので、そこも図式化です。その図は、上にアップしたので見て下さい。

私は上の図を見せながら厳しく言います。
「げんちゃんは、自分がここにいることをちゃんと知りなさい!まだ、何にもできていないの。あなたは、普通の子より、ずっと下にいるの。」

そう言って、階段の3段下をさしました。
「でもね、あなたの態度はここ!」
さらに私は、プラス3段目くらいのところに印を入れました。

「おかしいでしょ。自分は、いつも、誰かに助けてもらわなければ、連絡帳さえ写して来れないのに、態度だけ、ちゃんとできる子が、私に反抗してくるような態度とって! その子たちだって、今のげんちゃんみたいな、悪い態度はとらないよ!」

すると、げんちゃんは、はっとしたようになって、
「あ~、僕は、どうして 、こんな態度取っちゃうんだろう~。」
と言いました。

「そう、そういうこと! あなたは、今はまだできていないのだから、まわりの人のアドバイスをしっかり聞いて、がんばらなければならないのよね。それができていけば、逆に普通の人より、しっかりスケジュール管理もできてきます!」

自分の立ち位置をまだまだしっかり理解していないげんちゃんなんだな~と思います。がんばる、とか、しっかりやる、とか言葉だけがからまわりして、何も、分解できていかないんだということもわかります。

とにかく、この子たちは、普通の子以上に、ものごとをたくさんのステップに分解して、図説して、具体化して進めていかねばならないのでしょう。
でも、つながれば、何事もなかったようにできていく。発達障害育児育児は、根気を養われます。

by glow-gen | 2018-05-12 12:41 | 段取り力 | Comments(8)

意識の芽生えと、意識の方向性。発達障害の本質を改善する

  冬休みに、S先生と、二度目の合宿に行きました。
「もうイルカは必要ない。」
とS先生は言い、長崎のバイオパークに行ったり、ステンドグラス体験をしたりして帰ってきたようです。夏は、とにかく、意識の覚せい、をテーマに行った合宿でしたが、今度は、覚せいされてきた意識の、矛先をしっかりつかむ合宿だ、と先生は言いました。

とにかく、何年も前から知っている彼ですが、この夏から、まかせてみると、何一つ、はずさないたのもしさを感じています。

 もどってきたげんちゃんの変化はまだわかりませんが、勉強を見てくれたK先生は、少し成果現れてますね・・と言ってました。

帰って翌日、くもんの先生にK先生の代打で、勉強を見てもらいました。げんちゃんは、くもんの先生が、ほんとに大好きらしく、普通は見ないような態度になります。先生の顔が受けるんだ、とか言って、始終げらげら笑って、なかなか真顔で集中できません。決して、だめな先生とかではないのですが、げんちゃんは、たがが外れたような感じになるようです。

 さて、次の日、S先生が彼に会って、私に電話をかけてきました。

S「どうしたんですか? げんちゃん、せっかく意識を上げたのに、ひどいことになっている。くもんの先生に見てもらって、あっというまに、意識レベルが落ちている。」

G「昨日、くもんの先生が教えてる時に、職場から電話したら、横でずっとげらげら笑って、先生も困った様子でした。彼女に対して、いつも、変なげんちゃんになるので、相談しようと思ってました。 」

S「大好きな先生が家に来てくれて、げんちゃんは、舞い上がってしまってるんでしょう。それが、ずっと尾をひいている。意識を向上させるような指導をしないと、かえって、げんちゃんは落ちてしまいます。一度上がって落ちていくと、手がつけられなくなるんです。以前のレベルにもどるんならましなんだけど、ひどい状態になってしまうと、負の力が彼をとらえたり、精神疾患につながったりします。将来的なことだけど。
意識入らず、のんびりするんだったら、遊びの時にそうなる方がずっといい。それならしかたがない。しかし、今は、学習時に、そうなってはいけない。」

G「??・・・そうなんですか。あ、たとえば、能力だけは上がっているから、意識が抜けてしまうと、暴走するってことですか?」

S「そうです。感情や本能のところだけ、むき出しになってしまって、コントロールできなくなるんです。」
G「はあ・・・」

S「くもんの先生に、少しやりかたをかえていただくか、彼女に教えていただくのをしばらくひかえてもらった方がいいかもしれません。もう少し、上がった段階ならいいんだけど。」

 確かに、ずっとくもんの先生に対するげんちゃんの態度は気になっていました。くもんの先生は、まず、子どものそのままを受け入れる、というところから始めるんだ、とおっしゃってました。甘くて、子どもになめられるようなタイプではないけれど、げんちゃんの無駄話なども、そこそこ相手にしてやって、げんちゃんの好きな笑いのツボも、わかってやっているようでした。おかげで、げんちゃんは、くもんでは、クラスでは見せない、リラックス感をむき出しにして、友達にも、低学年のようなやんちゃぶりも見せていました。ここは、自分を出す場所、と決めたかのようでした。
 一人でやるのがくもんのスタイルなのに、遅く行くげんちゃんは、最後は、マンツー指導してもらっていたし、良く言えば、心を開いて、先生に本脳的な感情をむき出しにしていたような感じに見えました。

 子ども達には、自分は最後の砦でありたい、と公文の先生はおっしゃっていて、親や教師には壁を作っている子でも、自分にはSOSを出せるようにしてあげたいということを聞きました。しっかり矯めようとしてきた私のやりかたとは、少し違うようにも感じました。発達障害の子に対する認識の違いもありました。
 たとえば、げんちゃんのような子が、一見素直で可愛いように見えても、一度、自分の見方やこだわりに固執してしまうと、ものすごく暴走する危険性をはらみ、そういう条件が重なれば、普通の子より、犯罪などのリスクも大きい、心配をかかえる親の気持ちは、いきすぎなんじゃないかとか。教えるんじゃなく、自分で獲得していかなければ身につかないから、あまり手を出さない、とか。どんな子にも、可能性があるから、矯めるばかりじゃだめ、みたいな感じです。(上手に表現できないけれど) 
 だから、げんちゃんも、そのままで受け入れる、というとこから始める、という気持ちだったのかもしれません。
 もちろん、この考えは間違いではありません。でも、長年のくもんでの成功体験が、そのまま発達の子にあてはまるわけではない、というのも現実です。

 そのままの自分、イコール、意識の入らない低次の脳主体のげんちゃんなので、それを容認してしまうのだと思います。

 げんちゃんも、一生懸命意識を働かせようとするきつい状態より、ずっと楽なので、楽しいに決まっています。
それで、今回のようなことになったのでしょう。

 私は、すぐさま、くもんの先生に電話をして、私が理解できる範囲で話してみました。彼女は、S先生の言うことを、すぐに実感するにはいたらないけれど、確かに、げんちゃんへの指導の方向性に悩んでいたようでした。それで、私の話をもとに、もう一度目標設定をかえてトライしてみたい、とおっしゃってくださいました。

 くもんの先生のもとでのげんちゃんは、低次の脳を主体に動きながら、私たちがひたすら、1つ1つのことを教え込んでいくという、過去のそれと同じだったのでしょう。

 私は、このできごとで、確信するにいたりました。げんちゃんは、確かに1つ上のステージに行ったんだな、と。
意識の入らないげんちゃんの横によりそって、上から、ひたすら教える、という学習のやりかたをするぐらいなら、ドローンをやるとか、オセロをするとか、もっと能動的なことをさせる方がましだ、ということです。ぼ~っとしているげんちゃんの口に、ただひたすら、スプーンでえさを運ぶようなことは、もうやめた方がいいということです。

 げんちゃんの態度がいちいち気に障るので、少し冷ややかに見ていたのですが、そう、彼との距離を、少し離すのがいい、と確信しました。彼の意識は確かに動き始めている。自分で意識をつかむのを、遠目で応援する、という時期で、失敗や体験を通して、自分で捜していくげんちゃんが、これから歩き出すんだな、と思いました。

 「私、ちょっとわかったんですが、もう、昔のように、げんちゃんにかかわるのをやめました。距離おきますわ~。」

と私が言うと、S先生は、それでいい、と言う風に答えました。冬休みの、私の目標点がおぼろげに見えた気がしました。

 そして、うまく言えないけれど、意識障害である発達障害の子たちへの教育の仕方は、療育でよく言われるように、ただ褒める、とか、そのままを受け入れる、とか、そういう耳障りのいいことだけでは不完全であるということです。S先生が言うように、たとえば、褒める時も、
「よくできたね。それだけできるんだから、○○だってできるはずだよ。がんばろうね。」

というような言い方をすることが大事なんでしょう。自分の実像をつかめない子、本能や感情の部分でストレートに動きやすい子、次のこと、広がりをつかむことが難しい子、それゆえに、ただ、そのままを受け入れる、とか、ただ肯定してあげる、というのは、条件付で上手にやらないと、発達障害を治すことはできない。そういうことなのだと思います。


もちろん、げんちゃんが、グレーゾーンにやっとこさ近づいてきたので、こういうことが大切に感じられるわけで、もっと前のステージであれば、ただ、スプーンで口に運ぶこともいたしかたのないことですけどね。

 確かに、悩むことのステージがあがってきていることは確かです。冬休み、どんなげんちゃんが見られるのでしょう。


by glow-gen | 2017-12-30 01:16 | 意識のこと | Comments(12)

やさしい言葉で、はげまし、ゆっくり待つ。 何度も繰り返す。

 げんちゃんの意識の焦点が出力に向けて合わせられるように、色々取り組みを始めました。とは言っても、忙しい毎日の中で、何を優先してやるか、理想はあっても現実は企画倒れになることも多い毎日です。

そんなある日、脳梗塞で、高次脳機能障害になった60代の知り合いに、電話をすることがありました。私は、げんちゃんについて、

出力の焦点があわずに、なかなか持てる能力を出力できないこと。
覚えが悪いこと。
段取りが悪いこと。
わからなくても、質問もしないこと。
げんちゃんの悩みを話します。

私は、かねてから、彼女の症状が、げんちゃんととっても似ていることを聞いているので、たずねてみました。

「Iさんも、そういう症状って、理解できる?」
以前も、ブログで、彼女の発言を紹介したことがあるのですが、こんな風に言ってました。(もしかしたら、同じことを書いてるかもですが・・・)

「私も、いつも娘達に叱られてるのよ。お母さん、前に何回も言ったでしょ。どうしてわからないの? わからなかったら聞いてくれればいいじゃない・・・てね。でもね、聞いたときは、ちゃんと聞いてるのよ、瞬間、瞬間は、わかっても、記憶のページに残っていかないのよね。質問して、と言われても、質問することさえ思い浮かばないの。
 それに、叱られるとだめ。もう、わかりきってることも出てきませんよ。

 でも、やさしく何回も何回も教えてもらうと、覚えていけますよ。

だから、げんちゃんも、叱っちゃだめよ。大丈夫よ、大丈夫よ。あなたは大丈夫。ちゃんとわかるからね~って、・・・優しく教えてあげて。母は忍耐です。

 それから、私の主治医が言うのよ。私の同じ脳の場所をやられてしまった患者さんが、完全復帰してるらしいの。脳が、再生されない、というのは、昔の話。治っていくんです。とね。

ましてや、げんちゃんは子どもだよ。大丈夫ですよ。
 げんちゃんは、こういう状態をもって、勉強に果敢に挑戦してるなんて、ほんとにすごいことですよ。どれだけ大変なことか、わかってあげてね。 根性があるお子さんですよ。」

Iさんの話を聞くと、いつも納得します。 

しかし、げんちゃんが、母親だからといって、私を相手にすると、すぐになめた態度をとって私をおこらせてくるので、なかなかやさしくと言っても難しいときが多いです。とはいえ、原則、げんちゃんの頭は、静かに、やさしい声で、ゆっくりせかさず、学習させるのが、いいのだということは、よくわかりました。

いつもそうやって彼にのぞみたいけれど、どうしてどうして、母親に対しては、ヤツは、あーまで、勘違いした態度を取る。甘え、と言えばそれまでだけど、親子の難しさがつきまといます。

ホームスクールの初めは、儀式のように、げんちゃんが、むかつく態度をとって、修羅場に直行して、それをたてなおすのに、毎回何十分も時間を要する、あーいう無駄な時間が、ばかばかしい、ということも、自分の意識の中におさめてほしいな、と思います。

Iさんが言うような運びになるように、ママも考えなくちゃいけないけれど、げんちゃんも、もっと大人になってほしいです。
他人になら絶対しない態度、行動をしますからね~。

 まあ、しかし、いつも、彼女のおっしゃることは、深く頷くことばかりでした。


確かに、げんちゃんも素直になっていて、こっちもやさしく対応できる状況の時は、すごく出力もいいです。やさしく、待つ、励ます・・・できないといらいらしますが、テクニックとして、したたかにやっていかねばなりませんね。
 

by glow-gen | 2017-06-15 19:16 | Comments(19)

算数の学習障害 教え方研究 その2 幼少期

年中さんで、発達障害に気づいたげんちゃんですが、その時は、どれもこれも遅れまくっていました。でも、改善に取り組んでいった中で、凍りつくほど、絶対へんだ!と思ったことの一つが数の感覚です。おばあちゃんが、かろうじて、10までの数唱を入れてくれたのですが、何をやっても、数がわかりません。

通い始めて1年くらいたった療育センターの先生に、
「この子は、どんなことをやっても、数が入らないんです。どうしたらいいんですか?」
とたずねたときに、
「数は、1年生で習いますから・・・まだ、そんなにあせらなくても大丈夫ですよ。」
とにこやかに言われました。

 私は、何を言ってんだ。この人は~。といらっとしたのを覚えています。1年生になったらできだす感じがまるでしない。普通じゃない、おかしい!と感じて言ってるのに、何をのんきなことを・・・だめだ。こりゃ素人だ。
 それからの算数行脚(あんぎゃ)。

 結局、それから5~6年げんちゃんの数感覚をつけるために格闘してきたわけですが、ふりかえれば、反省すべきとこがたくさんあります。

 数が入らない子たちは、数の感覚がついていかないことが問題です。と言いながら、私は、わかっていたようで、実は今までわかっていなかったな~と思います。
こんなたとえをすると、少しぴんときていただけるかもしれません。

もし、ある人が、

「どうもありがとうございました。それをやってくれてとてもうれしいです。」

と、別の人に言ったとします。でも、言ってる本人は、”ありがとう”という時に、私たちが感じているありがとうの感覚を、同じように感じることが無理だったり、うれしいと発した時に、真のうれしいの感覚をわかっていなかったとしたらどうでしょう。そういう時には、そう言う。と教えられたので、なんとなく、あてずっぽで言ってるだけ、だとすると。

 うまく言えませんが、げんちゃんの算数はそれと同じような感覚なんじゃんないか・・・と、今では考えることができます。

 「ありがとう」を言うような場面を何度か体験していけば、普通は、言葉と、その感覚がリンクしていきます。でも、ありがとうの場面を何度経験しても、なかなかその感覚がピンとこなくて、なんとか、おぼろげに、こういうときに、ありがとうって、言うのかな~・・・と、とりあえず言ってる感覚。それが数でおこっているのではないのか。

 それならば、ありがとうの感覚をつけるために、手をかえ品をかえ、ありがとうの場面を、人の何倍も経験する必要がある。ありがとうの感覚がダイレクトにわからなくても、温かい温度感覚に置き換えたり、やさしい色に置き換えたりして入力する必要もあるかもしれません。


 げんちゃんの数の世界にそういうことがおこっているとしたら、げんちゃんの数と格闘してきた初期のころ、もっともっと数を体験させるということをやるべきだったんだろうと思います。

 2+3=  と何度も教える前に、ミカンを2つと3つ、さわらせて数えさせることの方が有効だったということです。式をとかせるよりも、ジャンプしながらカウントさせたり、ありとあらゆる実物の数のシャワーを浴びせることの方が有効だったのでは、と思うのです。

小学生の低学年の頃、多少は、そう思っていた私は、色んなことをやってはいたけど、いつまでも(今でも、)指を出して数えているげんちゃんの、その行為をやめさせて、頭で数をイメージさせようとしたりしていました。イメージの世界で数を認識して、出力できる回路を作りたくて、どんどん先へ先へ進めようと、日々あせっていました。


数は、体感覚にもかなりリンクしていて、指を折って数えるのと、1,2、3・・・と数える感覚が一致しなければ、まだ、抽象的な数を教えても入りにくいなど、数を教える以前の問題もたくさんかかわっています。1年生の時でも、上手に手拍子さえ打てないようなげんちゃんには、足し算も何もなかったのでしょう。あの頃は、数だけではなく、パズルもできない、何もかもできない時代だったので、数とリンクしているような他の能力すべて、ある程度あげていかないと、数の学習はむりだったことも回想することができます。

結局、3年か、4年前半あたりまで、数の勉強をさせていたものの、ざるで水をすくうような作業だった気がします。

怒り飛ばしながら、自己満足のようなプリントをさせるより、あの頃は、幼稚園児がするような具体物を使った、数の体験をひたすらさせた方がよかったんだろうな・・・と、反省をこめて感じています。

とにかく、ある時代までは、体をつくったり、別の基礎能力をあげるトレーニングと、ひたすら、大量に数を経験させることを積み上げること。これが、げんちゃんのような子の、処方箋なのではないか、と思います。そういうことを数年間、プリント学習をとりあえず減らしてでも、地道に取り組むこと。まずはそれからなんじゃないかな~と思います。

忍耐がいります。5くらいまでの数でも、目の前で具体物を使って、お話し作って作業させていくとわかりますが、あきれるほどできませんよね~。母親は、心が折れそうになると思います。だから、思い切って、誰かに頼んでもいいと思います。死ぬほど単調な、毎日毎日いろんなものを数えさせたり、せいぜいひとけたの物で作業させたり、そういうことをバリエーションを研究しながら、2年とか、3年繰り返すわけです。安曇野方式も、言ってしまえばそういうことになるのかもしれません。

 でも、それが、あとになって、プリント学習がやりやすくなる基礎になるのです。

さっきの話で言うと、ありがとうの場面を莫大に経験して、生きた「ありがとう」が言えるようになれば、次は、少し楽に進んでいくのです。


算数の学習障害について、反省をこめて、その改善のノウハウについて、今だから言える内容です。

もし、げんちゃんの昔と同じようなステージにいるお子さんがいたら、プリント学習は、さらっとふれながらも、体験型の学習を地道に地道に繰り返すことをお勧めします。

安曇野方式の算数を書いた以前の私の記事も参考にしてください。とにかく、子供さんが把握できる数の大きさから、たくさん体験させ、作業させる。カウントしながら体を動かすとか、体感覚もわすれずに、つけられる能力は、並行してどんどんつけていくことも忘れてはいけません。

 そういうステージをベースに持つと、いろんなことが進化しはじめたとき、算数も、やがて、次のステージに行けると思うのです。



 
by glow-gen | 2016-10-01 16:45 | 算数の学習障害 | Comments(11)

5年算数 おつりがわかる 

  
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写真アップして思ったけど、こんだけ、ごちゃごちゃさせたらまずいですね~。もっと品数はシンプルにやった方がいいですね。

 5年生の2学期、げんちゃんは元気に学校に行ってます。
ここ数日は算数まで全部普通クラスで受けているようです。毎日授業ノートをチェックしたら、ノートぜんぜんとってないときもあって、授業まともに聞いてんのかな~?と怪しいかんじではあります。
 でも、はた目には、まあまあクラス風景になじんで見えるのかもしれませんね。

 でも、げんちゃんを教えている手ごたえは、せいぜい数割前後くらいしか、授業についていってるとは思えないけど。
4年の前半は、すぐに、支援クラスに逃げ込んでいたから、
「普通クラスの方がおもしろい。支援で勉強するのはいやだ。」
なんて、言ってくるげんちゃんは、かなり進化しています。

 だけど、算数や、家庭科(お裁縫)なんかは、やっぱり、支援してもらう方が効率的だと思います。

 そして、ノートをとっていれば安心というものでもなくて、ノート取ってるときは、授業は聞いてなかったり、反対にノートとってない時は、まあまあ聞いてたりするのかもしれません。学校に見に行ってないので、謎です。笑

 恐ろしいことに、5年の2学期というのは、算数の内容が一気にレベルアップします。”最小公倍数”"最大公約数”!ですよ。やがて、分数の通分が出現してきて、あれよあれよと言う間に、中学生を意識するレベルに突入します。今までの四則計算、数の感覚などが、おいてけぼりの子供にとっては、発達障害児でなくても、苦戦をしいられる世界になります。

 当然、げんちゃんは、数のすべての世界がまだまだあやふやで、やってもやっても沈んでいく算数沼の中にいるもんで、5年二学期の算数世界は、恐ろしい獣道のような感じですね。やれやれ・・・こわいこわい!

 それでも、2年前くらいは、同級生と同じ単元なんか、教えるのもあほらしい、と思う子供だったので、とりあえず、同じ単元を教えようと、いどんでいるだけ、彼は進歩していると言えます。

 安曇野算数に出会って、あれから1年ちょっとたってます。げんママも、げんちゃんのような子供に教えるノウハウが、少しはアップしてきてます。いまだに加減乗除が油断も隙もならない、文章題もスタートしたばかり・・・そんなげんちゃんに取り組みながら、粘り強く、最小公倍数なんぞにも手を出してみているというわけです。

 K先生に、ヘキサゴンブロックや消しゴム、100玉そろばん、キューブ、たくさん預けているので、K先生も、具体物を勉強の中に取り入れてくださり、がんばってくださっております。

 げんちゃんの数の進歩について、少し書いてみます。

 まず、私が思うのは、げんちゃんは、実物世界と算数の世界がなかなかリンクしていかない、という特徴があるようです。

 夏休みにこんなことがありました。

 問題集を離れて、お買い物遊びをしまいした。値札をつけた商品を並べて、合計を計算します。お皿に、実際のお金をたくさん入れておいて、支払いをしてもらいます。350円という買い物がありました。げんちゃんは、お皿のお金を眺めます。1000円札が一枚、あえて、100円は1枚しか入れず、10円をたくさん入れておきました。

 350円の支払いにいどみます。100円が1枚しかないので、一瞬あれ?という顔をしました。どうするかな?と思ったら、なんと、10円玉を数えだしました。

どひゃ ̄ ̄・・(汗)
 でも、ぐっとがまんして見ていると、さすがに変と思ったのでしょう。手を止めて、じっと考えています。それから、次に1000円札を持ちました。でも、またおいてしまいました。

 「げんちゃん、1000円で買えるかな?」
と、私。げんちゃんはだまっています。なんかよくわからないようです。
やれやれ・・・

私が誘導して、1000円を払います。商品をもらいます。私は、1000円と350円の商品を、別々の同じ大きさのトレーに入れます。
「1000円と350円の商品、どっちが価値が高いですか?」

と言って、持ち上げます。げんちゃんは、1000円の方を指さします。私は、1000円が入ったトレーを高く持ち上げて、
「じゃあ、同じ価値にするには、350円のお皿にいくら入れたらいいかな?」

そう言って、財布から出してきた100円玉をひとつづつ入れます。350・・450・・・550・・・・・・1000円

650円入れた段階で、商品のお皿は1000円になりました。

「これで、同じ価値だね。だから、お店の人は、650円を返してあげて、同じ価値にするんだよ。」

「そう! それがおつりなんだよね。」

げんちゃんの顔がぱっと輝いて
「あ~、そういうこと~。」

だって・・・
 やれやれ。おまえ、わかってなかったんかい。引き算はわかっても、おつりの意味がわかってなかったなんてね。

でも、つながったようです。おつりの意味が5年生になってやっとぴしっとリンクしたなんて、絶望的・・・と、思いそうですが、そうではありません。

一つづつ、つながっていく時期を迎えたのだと思います。

 汗水たらしてやってきた机上の学びを、こうして、並行して具体的にリンクさせる。子供さんのステージごとに内容や難易度はかわりますが、算数が溝になっているお子さんには、ほんとに大事なことだと思います。

 またいつか、公倍数や公約数のげんママ流教え方を書いてみたいと思います。

 何年も何年もかかって、あらゆる取り組みをして、やっと今、リンクをさせ得る時期に来てるんだな、そう思います。この具体物のリンク作業は、ほんとに大切だと感じてます。

追記 
ちなみに、価値なんて言葉は、たまたまげんちゃんは理解してるようですが、意味不明だったら、別の言い方で教えた方がよいですね。

by glow-gen | 2016-09-05 20:30 | 安曇野方式算数 | Comments(18)

げんちゃんの塾の先生

 げんママは、毎日、げんちゃんプロジェクトにどっぷりつかりたいのですが、それも仕事があるのでなかなかできません。それで、週に1日、おねえちゃんが行っている塾の先生にお願いして、マンツーマン指導していただいています。教育学部出の、良い感じの青年です。でも、さすがに、げんちゃんは、つかみよく、ドリルや書き取りするわけもなく、いつも、
「今日は集中が20分しか続きませんでした。」
というようなお便りをいただきます。

 それで、先日お休みをとって、塾のレッスンに向かいました。
「先生、今日は参観日しますね。よろしく!」

 と言って、二人の後ろにスタンバイ。
げんちゃんは、最近やっと、手先を使う遊びにも食いつきだして、小さなはめこんでいくブロックで遊んでいます。そのブロックを出してげんちゃんはやり始めました。
先生は、にこにこして横についています。
 さすがに、それを、引っ張りおろして、ドリルさせたりはしないようです。つかみの良いものからさせる・・・オーケーです。

 しかし、げんちゃんは、その中のパーツの大小を間違えてしまったために、ある部分が、はめこめなくなってしまいました。ゲンちゃん悩んでいます。

「どうかな?どこが違うかな?」
「う~ん、難しい。」
「ほら、この辺どう?見てみて・・・何が違うかな?」
「え~?難しい!」
「げんちゃん、考えて!、先生教えないよ~。」
E先生は優しく、見つめています。

 かなり時間をかけて、げんちゃんは、ブロックを苦心しながらすすめていって、電車に見立てた形を作りました。
でも、その反動か、脱走しました。電車をもって、教室から外へトリップです。

 しばらく、放牧(笑)

・・・
 先生は、そろそろげんちゃんを、机につかせようとします。もちろん拒否。しかたないので、げんママは、用意したお手玉を持って、投げます。キャッチしたげんちゃん。
「さ、行こうよ、机もどって遊ぼう!」

 言うが早いか、ママは、ゲンちゃんを机にいざない、座ると同時に、1ページに動物の絵や、果物の絵が、ぞろぞろ描いてあるドリルを出して、
「さ~。この子たちを、3つにまとめて貨車に積むのよ~。はい、鉛筆で3づつ仲間にするよ~。」
げんちゃんの手に鉛筆をにぎらせ、その手を持ったママは、すごいスピードで、3つづつ囲んでいきます。次は、4つ。げんちゃんは、勢いに飲まれて、ママの手の下で手をママの動きに合わせます。

「はい次のページだよ。次は乗り物だ~。」
「え~タンクローリーと自転車は、いっしょにしたらだめだよ~。」

と趣旨の違うことを口走るげんちゃん。う~ん、まるとか、さんかくだけの図の方がよかったな~・・・とママは思うけど、そのまま無視して突っ走ります。10分ほどで、8ページ。ママが書いたのか、げんちゃんが書いたのか・・・と言われたら、ま、ママかもしれないけど、やり遂げました。

「お~~。すごいね。できちゃった。ばんざ~い。素晴らしい。これで、貨物列車は、満杯。今日は、鹿児島に運びましょう!」

 先生は、勢いに圧倒されて、横で目を点にして見てました。

 げんママは、先生に、笑いながら言います。

「先生、やりかた分かった? そうなの、早くなくちゃだめ。それと、いちいち待ってたらだめなの。わからないのを、ひたすら考えさせてもだめ。
 この子たちは、まだそこんとこのシナプスができてないからね。

 考えさせてて、自分で修正させたりするのは、まだ早いの。
そんなことをすると、本人の、失敗体験だけが強調されるのよ。だから、さっきのブロックも、さっと答えを導いて、どんどんやるのがいいんですよ。そして
何回も何回もやるんですよ。
 そしたらうっすら脳に回路ができてくるので、そこで、初めてちょっとだけ、考えさせてみたり、いわゆる”出力”をさせるんです。

 ”この子たちは、わからない子だから、ゆっくり教える”・・・

 というのは、完全なる誤解で、この子たちの脳こそ、スピードと反復で、どんどん入力するのがいいんです。
知的障害児は、ゆっくり。これは、大まちがい!

ふふふ・・・先生知らなかったでしょう!(笑)」


先生は、
「は~。そうなんだ。僕反対のことやってたんですね・・・。」

と言いました。

げんママは、すかさず、伊藤恭先生の「2歳児のさんすう」を先生に手渡しました。彼は、ぱらっとめくり、あの名文の序文に目をとめ、
「お~これは、読みたい・・」

と言いました。

 良い先生です。心が柔らかい若者です。
 げんママ、先生にノウハウを伝授しました。進学塾の先生に、教え方を伝授しに行くなんて、げんママくらいのものだよね~・・・(帰ってみんなの爆笑をかいましたが、ママはまじめなのです。)


「そのうち、先生が、脱サラして塾をひらくことになっても、先生大丈夫だよ。こういう塾は、福岡にはまだまだ足りないからね。

これは、才能教育なのよ。先生期待してるわよ!」

まあ、なかなかこういう子を的確に教えられる鈴木先生のような師はいないけど、こうやって進化してくださるありがたい先生もいらっしゃるので、げんちゃんは、また進歩するはずです。げんちゃんがんばれ!先生がんばれ!

 
 


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by glow-gen | 2012-06-14 20:34 | トレーニング法 | Comments(14)

一筋縄じゃいかないレッスン。塾の先生すみませ~ん。

  げんちゃんは、ママの教育システム、というか、ママが先生のときは、比較的うまく進行してる、と思っていましたけど、今日、家に帰ってちょっとあぜん。

 おばあちゃんが、たった1枚の、簡単な書き取りの宿題をさせようとして、四苦八苦してました。もちろん、途中で拒否。テレビに釘付け。まるでストライキ。

 塾の個人レッスンの先生からのお手紙は、途中で集中が切れて残念でした。またがんばらせます。というコメント。

 やれやれ、げんちゃん。まるで、あんたはピグモンみたいな怪獣だね。かわいいけど、やっぱり怪獣なの。

 眠くなりだしたげんちゃんに、あわてて、プリントをさせるママ。ママは、もうリズムがわかってきてるので、うまくやらせます。
だって、げんちゃん、脳がいやがってるんだもん。普通にさせてもできないよね。

「おらおら~、といいながら、やわらかいボールを投げます。キャッチしたげんちゃんに、すかさず、背を向け、いきなり振り向く。げんちゃんは、興奮気味にまたボールを投げ返す。イレギュラーなタイミングでまた投げる。だまし討ちにして、キャッチしにくくして、注意をひく。しばらく、げんちゃんはけたけた笑ってます。そこへ、
「さ、プリント、プリント!エッサホイサッサ・・」
みたいな
リズミカルな言葉を吐いて、机に導入。成功!

 ブレインジムのペースの4つのモーションをする。(詳細は前々のブログ参照してくださいませ。)水をがぶがぶ飲んだげんちゃん。ふ~ん。水足りなかったのね。すかさず、両手お絵書き帳を出し、ワルツを歌う。三角を描くようにうながし、ワルツに乗せる。


 これで準備オーケー。げんちゃん、さっさとやっちゃいました。

 もう眠いタイミングだったので、危機一髪で学校の宿題を仕上げたわけです。

 やれやれ。げんママ、猛獣使いみたいでしょう。おばあちゃんは、どうもなめられてるし、塾の先生は、「がんばらせます!」
ってやり方なんでしょうね。

 ピグモンには通用しないのよね。

 いわゆる秀才に通用するやり方は、ピグモンには通用しません。彼らは、エキサイティングなこと意外は受け付けないし、身体の声に素直なんでしょう。やりたくないことは、やりたくないわけ・・・


 お世話だけでも、ありがたく、教育係までは無理なおばあちゃんはともかくとして、塾の先生は、とっても素敵な先生だけど、やはり、猛獣使いではないんでしょうね。やれやれ、先生の苦労がしのばれますが、生徒も先生もちょっとかわいそう。げんママだって、同じよな、トレーナーだったから、先生のジレンマが伝わってきます。

 でもね、げんちゃんは、脳の特性が違うのです。彼らのは、やはり、右脳優位、と言いますか、感性脳です。身体と脳と、その場のエネルギーと一体化して、動いているんだと思うようになりました。

 普通の入力の仕方はつまらないんだと思います。ぱっとイメージで入ったり、リズムで入ったり、時に、秀才タイプの子供のような入力を拒否する時があります。まあ、たまに、まともな入力に耐えうるときもあるけど、学校が終わって、しばらくして、レッスンでしょ。ま、無理もないのです。左脳的な学習の連続に疲れちゃってるんでしょう。学校でも、けっこう緊張してるはずだし。

 身体を整えて、すこんと、すばやくリズミカルに入れていかなきゃいけないんだと思いますが、なかなか普通の先生はそういう理解は難しいのです。

 とても良い先生ですが、うーん。そこんとこ、どうしたらいいのかな?

 げんちゃんの布団の横で、添い寝して、ママが今日選んだ本は、大人が読んでもいいような、「チャーリーとチョコレート工場」の原作です。映画を見てるから、理解できるはず。と踏んで、すごい速さで早読みします。げんちゃんの目は生き生きして、眠気がふっとぶかのようです。時々、的を得た質問さえしてきます。
 こういうとこ見ると、げんちゃんは、捨てたものではありません。

 ま、塾も破門にされてもいっか・・という気になります。
今度、塾の先生に、ブレインジムと、感性脳のピグモンの入力法の伝授にでも行こうかな。彼は、とても前向きで素敵な先生です。げんちゃんで、能力開発について、いわゆる、進学塾の、根性系学習方法とは違った、ユニークな取り組みを学べば、彼の仕事の世界も広がるし、すぐれた指導者になるはずだもんね。
 
 彼が、そういうのいやじゃなければ、ま、怪我のこうみょうにもなるわけだし。でも、従来型の発想が好きなタイプだったら、げんちゃんをあずけるのも、気の毒だから、それも、打診したほうがいいかもですね。

 親ばかだけど、げんちゃんは、やっぱりおもしろいよ。

だって、
「ママ、あり地獄はね、ぐるぐるうずまきみたいに、ありを落として食べるんだよ~。」
って喜んで言ってました。自分の感性にぴんとくることは、げんちゃんは、するどく、キャッチするのです。宇宙人ピグモンの秘密は、なかなか凡人にはわからないもののようです。(笑) 先生すみません!一生懸命取り組んでくださって感謝しています。


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by glow-gen | 2012-05-08 23:54 | Comments(16)



中学2年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
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げんちゃんママの紹介
中学2年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学2年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて8年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
IQは80台に改善

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