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げんちゃんの発達障害プロジェクト

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発達障害とは意識の障害・・・げんちゃんの心

  意識、意識と、S先生に教えられて、なるほど~と思ってはいるのですが、じゃあ、し~っかり、自分がわかっているか言うと、やはり、そこまで附に落ちることばかりではありません。げんちゃんのステージが進んできて、あ、そういうこと、と、すとんと落ちることも多いです。

 前回アップした、ベートーベンの「月光」に描いた挿絵を、S先生が見て言いました。

「げんちゃんは、やっと意識が出てきて、ふと見ると、周りは真っ暗。僕ってなんなんだろう・・・・と、不安や葛藤の中にいるんだよ。でも、やっと、そこに、月が差してきて、光が出てきた。だから、本人も、なんとかなるだろう、って感じ始めているね。」

「え~・・・そんなもんなんですか~? こんな絵で、そこまでわかるんですか~?」

S先生の言うことは、いつも不思議です。でも、そう言われてみると、1学期、げんちゃんは、国語のカリキュラムで詩を書きました。自分を”さめ”にたとえて、

”闇の帝王”とか、”暗闇をうろつく”・・・とか、物騒な言葉だけが並んでいました。その時も、Sさんは、
「げんちゃんの今の心だよ。」

と言っていたけど、私は、よくわかりませんでした。

でも、月夜の絵の彼のコメントを聞くと、なるほど、その時からすると、げんちゃんの心は一歩進んでいるんだな、ということがわかります。

真っ暗闇だったのが、光が差して、そっちに向かえばいいんだな・・・・となったのでしょうか。

この絵を描いたのは、数週間前です。今は、月夜も、ほのかに明るい、日本昔話みたいな柔らかさを帯びているのでしょうか。それとも、夜明け近くなのでしょうか。


今度はどんな絵、どんな詩を書くのでしょう・・・またまた台風。げんちゃんの意識、心・・・私たちにもわからないし、本人さえも、よくわかっていないようですが、Sさんは、鏡のように写し出して見えるようです。

Sさんいわく、「 意識の力でわかるんだよ。」

不思議な人です。意識とは何なんでしょうね。何層にもなっていて、感情に近いような。外側の意識もあるそうな。げんちゃんが出さなきゃいけないのは、もっとも深い部分にある本意識、というものらしいですが・・・・・

「西洋医学では、心イコール脳・・・くらいなところで終わっているから、精神疾患も、発達障害も、なかなか治らないんだよ。」
とSさんは言いますが、ほんと、人間とは、物質で終わらないものだと、私も思います。私はクリスチャンなので、げんちゃんを創られた大きな力を信じています。聖書では、

「神は土地のチリで人を創り、その鼻から命の息をふきこまれた。」
と、書いてあります。おとぎ話のようですが、実際人は、死ぬと、土と同じ元素に戻ります。死体を見たことがありますが、ほんと、何かが抜けてしまって、物質になってしまったような感じを受けます。

 この抜けていく何か・・・・そこに通じる物が、その人の深いところの意識なのでしょうか。
なんとも哲学的です。

げんちゃんがいなかったら、こんなに人について、思いをはせることも少なかったかもしれません。おもしろいな、と思います。

さて、この月光の絵を描いてから、数週間。げんちゃんの心は、まだまだ混乱の中にあるようです。

自己葛藤を、人におかまいなく外に出すものだから、周りとの軋轢が生じるそうで、そこに反抗期の要素も加わり、げんちゃんは、ずっと、あつかいにくく、突き抜けない手ざわりに、私は、苦しんでいたのでしょう。

でも、10月になって、げんちゃんはまた一つ、なんか上がったな、と感じます。

それゆえに、先日、久しぶりに見に行った野球教室で、今までとまったくかわらず、ぼんやりしているげんちゃんを見て、あ、これはいけない、と思いました。
そうです。彼のステージはどんどんかわっていっているのに、発達障害児として、漫然と昔のステージの扱いを受けている。すぐさま、先生におねがいしました。

「先生、ずいぶん、げんちゃんはステージが上がっています。普通の基準で、できないことは、しっかり厳しく指導してください。そうでないと、完全に彼は、抜いていますから、まずいです。」

発達障害の子を教えるチャンスは、今では指導者にとって、多くあるでしょうから、この際、げんちゃんをネタに、若い先生に色々教えてあげるのはいいかも、と思って、せっせと、げんちゃんの指導の仕方、声かけ、お話させていただきました。

若い彼はいい先生ですね。謙虚に耳を傾けて下さいました。しかし、野球はノーマークでした。今度から、ちょっと野球には足げく行って、げんちゃんに圧をかけるようにしようと思います。


良い教室でも、げんちゃんが抜いてしまえば、行く意味がない。今はそんな感じです。





by glow-gen | 2018-10-05 18:40 | 意識のこと | Comments(3)

初めての定期テスト、中盤戦

  今日はテスト最終日。教科は、保健体育、社会、数学です。

 けっこう勢いづいていたげんちゃんは、テストの結果はともかくとして、中学生っぽい”テスト生活”になっていたので、期待しましたが、そうは問屋は下ろしませんでした。

とうとう昨日の放課後、力尽きて、もぬけの空になってしまったようです。残念!

二日間は、たまたま私がどっぷりかかわれたのですが、最後の日は、さすがに仕事があって無理。
げんちゃんは、昼ころ帰ってくると、おばあちゃんの家でご飯を食べて、1時すぎには、そのまま一人家に帰りました。2時にK先生のところに行くようになっていたのに、なんと、家で、4時過ぎまでごろごろしていたようです。

「2時には行きなさい、って行ってたでしょ。家で何やってたの?」

「いやあ、適当・・・」

4時過ぎに先生のところに行ったけれど、先生曰く、

「ひどいです。やる気まったくなし。社会をやっていたのですが、経度と緯度という言葉さえ、まともに出てきません。ここ数週間で一番ひどいかもです!」

やれやれ、終わったな。

「幽体離脱でしょ。 ウルトラマンか・・・」

ということで、げんちゃんのテストは昨日で終わりました。笑
げんちゃんの定期試験に過剰な期待を持っていると、私もいらいらしますが、あまり期待してなかったので、なるほどな~と思うだけです。

8時頃帰ったので、げんちゃんに、
「今日あった、技術家庭のテストは、何が出た?」とか、
「理科はどんな問題だった? 」
とか、聞いたのですが、はあ~・・・・何も出てきません。やれやれ・・・

もしかしたら、昨日の朝の時点ですでに終わっていたのかも知れませんね。

でも、明日の保健体育は、少しはしていないと、と思い、まとめてあげたノートを出してみたけど、げんちゃんは、
「ねむ~い。無理!」
と言うと、お風呂も入らずに、9時前にふとんに倒れ込むように、寝てしまいました。

私も、おかげで、昨日は、10時に寝れて、気分爽快です。もしや、復活してるかも、と思って、朝起こしてみましたが、いつもの時間になっても、ふとんにしがみついていました。当然、何もできず、彼は学校に行きました。テスト戦、中盤戦は、これにて終わり、ということでしょうか。

今日帰ってきたら、げんちゃんは、どんな気持ちになっているのでしょう。人並みに、終わった開放感とか、達成感とか、試験の反省とか、普通の子ども達が試験後に持つ、普通の感情をちゃんと持てるのでしょうか。これからは、終盤戦です。ここも意外と大事です。

 幽体離脱してしまったのは、しかたがないとしても、テスト戦を初めて戦ってみた感想とか、反省点とか、少しはフィードバックできて、自分なりに”考える”ことができれば、成長です。とにかく、”考える” ということを、ことごとく放棄するげんちゃんです。終盤戦できっちり意識を入れられるか、週末の勝負です。


 でも、考えてみれば、結果はどうあれ、この戦いに、とりあえず参戦できたことは、記念すべきことなのかもしれません。
 

by glow-gen | 2018-06-15 15:33 | 定期試験 | Comments(9)

テストに前向きに取り組み始めた

  日曜は何やかんや言って、一日中勉強していたげんちゃんです。朝は、教会では、指示していた、直前英語テストをやりました。社会もしてね、というのを、すっかり忘れ去って、終わったらのんびりしてましたけど・・・
「社会やりって、言ってたでしょ!」
とイエローカードを出すと、
「あ~。英語に集中したら忘れてた。」
と言いました。うそではないのでしょうが、やはり、一つやると、もう一つは抜けますね。英語の答案もひどかったけど・・

技術教科を平気で、学校におきっぱなしにしていたので、先週
「美術の教科書を持って帰ってきてね。」
と言いつけたら、忘れずに、持って帰ったのは偉かったのですが、プリント集は持ってこず、文字通り、教科書だけ・・確かに、教科書を持って帰れ、とは言ったけど、その前に、理由も全部話しています。脈絡から、想像できそうなものですが・・・

「あのね~。私はどうして、教科書を持って帰ってきて、って言ったかわかる?」
「あ~。テスト勉強があるから。」
「だよね。だったら、教科書だけでいいの?」
「・・・だめ。ファイルもいる。・・・でも、教科書持って帰れって、言ったから・・・」
「なぜ、お母さんが、教科書を持って帰りなさい、と言ったのか、理由を考えるの。言われた意味を、いつも考えなさい。意味を考えれば、ファイルも持って帰ることができたはずだよ。頭の中をすりぬけるような感じで聞かないで、心でしっかり聞くと、意味が自然と考えられるから。」

発達障害の子が、言葉通りのことしか受け取れない、というのは、やはり、意識の障害によるもの、と、感じます。

まずは、言われた通り、教科書を持って帰ったのは偉かったと言うべきなのかもしれませんが、世の基準は、そんなものではすまないのでやっかいです。


さて、昨日の展開ですが、げんちゃんは、机を離れて、眠い、と言って寝室に行きました。私は、しばらくほったらかして見ていました。このまま寝続けるならそうしなさい・・・・テストに対する思いは、あの時点で微妙に吹っ切れた私です。げんちゃんが、自分ではい上がってくるのを待つ気分。

すると、20分くらい経って、部屋から出てきました。
一人で机について、さっき途中になっていた、理科の直前問題集をもくもくとやっています。

ふ~ん。やっぱり、合宿前後でなんかかわってる・・・・・
まるで、普通の中学生のような取り組み方です。

「わかんないんだったら、教えてあげてもいいけど・・・一人でやりたいんだったらそれでもいいし・・・教えてほしいときは、ちゃんとした礼儀をもって頼んでね。」

しばらくして、
「教えて下さい。」

かわいいやつ。笑

それから、英語の綴りをやっていたら、やはり、あり得ないくらい覚えません。さっきやったじゃない。なぜ? 血圧が上がりそう・・・
夕方になって、外食をしました。なんせ、家事なんてやる暇ないですよね。この子にかかりっきりになってたから。

お好み焼きが食べたい! パパのリクエストででかけました。

さて、ここで、げんちゃんは、またかわってました。

「普通の中学生は、試験前、時間がないから、どこ行くときにも、直前対策ブックは持っていく!」
と私。

げんちゃんは、チャレンジタッチの付録の「暗記対策ブック」を持って出かけました。お~~・・・!
車の中で、私は質問していきました。

「12の綴りは?  イエローの綴りは?・・・」

昔のげんちゃんなら、
「もういいから!」

車の中で、追い打ち勉強なんてもってのほかです。でも、真剣に考えて一生懸命答えています。さらに、お好み焼きが焼けるのを待つ間も、綴りの勉強をいやがりません。

これは意識がかわっている。そういえば、テストに向けて、どうしても逃げてるげんちゃんに危機感を感じての合宿だったけど、完全にそこがふっきれている。

結局、帰ってからも、夜遅くまでやりました。もう、テストはどうでもいいと思って、やりたいようにやりました。

やっぱり、かわったみたいです。げんちゃん。
合宿は、一つのきっかけになっているんでしょうね。翌朝

「昨日は、よくがんばったんじゃない。いいと思うよ。でも、テストまで、もう時間が足りないから、意識をフルに入れないとね。」

たんたんと褒めさせていただきました 笑



by glow-gen | 2018-06-11 14:40 | 定期試験 | Comments(4)

S先生との合宿

  S先生の一泊二日の研修は、どのようなものであったか、・・・
私も、すべて把握はできませんが、簡単に聞いたところだけ書いてみます。

 S先生の家は近くて、家族つきあいしている関係で、彼の家で研修しても、日常の延長なので、心が動かないらしく、わざわざ、隣の佐賀県に一泊して研修することになりました。

 遠方から来られるクライアントさんなら、先生のおうち周辺でも大丈夫なんでしょうけどね~。

げんちゃんは、彼といっしょにドライブをして、佐賀に向かいました。朝、家に迎えに来た段階から、指導が始まります。
私は、あまりに起きないげんちゃんをほったらかして、仕事に出ていきました。

そのあとげんちゃんは、自分で起きて、食事をとって、やってきたS先生に、あとかたづけをはじめ、色々と指導されたようです。

遠出の研修は、傍目には、お父さんとの一泊旅行に見えるかもしれません。食事するとか、移動する、とかいうちょっとした時間すべて、S先生のするどい指導がはいるようです。
計算された、彼のマジシャンのような声かけと表情で、げんちゃんは象使いに動かされる象になったかのごとくなんでしょう。

 佐賀で陶芸体験をしたそうです。
ただすればいいというものでもないらしく、陶芸を指導してくれる陶芸家には、事前にコンセプトをしっかり伝えて、S先生の指導の邪魔をしないように、お願いしたようです。

「この子は、発達障害で、僕が、こうやって連れてきて、研修をしているところなんです。」

S先生は、わざと、行く先々で、げんちゃんに聞こえるようにこう言います。なぜなら、げんちゃんは、自分が、発達障害で、普通クラスのお友達とくらべて、いろいろできないことがある、としっかり認識する必要があるのです。
 どうも、こっちが考えているほど、げんちゃんは、自分の立ち位置を、まだわかっていないようです。それゆえに、努力していこう、という思いより、なんとかなるさ・・・・という感覚の方が強くなったりしているそうです。そのため、まだまだ態度に、逃げがあります。

外に対して、S先生は、しっかり立ち位置を伝えることで、げんちゃんの認識をクリアにする目的があるようです。

「いつも、お世話になっている お父さんとお母さんに、湯飲みを作るんだよ。」
S先生は、げんちゃんに、陶芸の目的をしっかり伝えます。ろくろを前にして、げんちゃんの目的意識がクリアな時は、粘土はきれいにまわりますが、時に、自分の世界に入ってしまうと、いきなり、粘土がぐねっと、非対称にうねります。

動画を見せてもらった時は、なるほど~と思いました。そうなると、すかさず、S先生の言葉が入ります。

「げんちゃん、何やっとるのかね。今、何してるんだっけ?」

そうすると、またげんちゃんの目がきりっとなります。

そんな風にして、射的体験(景品を銃でねらう)とか、カッターボート漕ぎとかやったそうです。

「カッターボートを漕がせると、やっぱり、まっすぐ行かないんだよね。くるくる回っちゃったりしてね。こういうところが、線をちゃんとまっすぐひけないとか、そういう空間認識の部分なんだよね。自分が意識してやっていることが、すぐに、カッターの動きとして出てくるから、声をかけながら、意識に働きかけていくんだよね。」

陶芸も、射的も、カッターボートも、自分の意識と外の世界とをつなげていくのにいいのだそうです。

「旅館では、ちゃんと、服もたたんでいたよ。」
げんちゃんは、家では、やりっぱなしですが、内外の区別ができるようになったのでしょう。


佐賀のある駅から、一人で、ある駅まで乗り継いで行く、というカリキュラムに挑戦したそうです。しかし、電車を前に、たじろいで、電車をのがしてしまったようです。

できても、べた褒めはしません。

褒めるということは、この子たちにとっては、確認作業です。当然できることを、ただやってのけた、そういうあっさりしたほめ方で、表情も、努めてめりはりをつけるそうです。
この子たちは、褒めすぎれば、すぐに勘違いするし、ほめないと、自分のした行動の良い点もわからなくなるのです。


褒める育児、というのが、よくもてはやされますが、この子たちにとって、褒めるのは、目的に行くための途中における確認作業。私たちは、ほんとに高い所をめざしているのだから、

「障害児なのにすごいじゃない!」

こういうスタンスはありません。素晴らしい資質をもらってきているはずだから、ちゃんと、それを捜していこう、挑戦していこう・・・・S先生のこのスタンスは、ほんとの意味で、げんちゃんを、一人の人間として、ちゃんと対等に扱っていることにつながると思います。

そういう、絶対的な価値観をげんちゃんに対して持っているS先生に、げんちゃんは、どこか威厳を感じ取っているようです。でも、いつもよくしてもらっているので、ところどころで、
「何じゃ、その態度・・・」
と言うのが出てきて、時々がつんとやられています。


げんちゃんの体験は、一見家族旅行で見られるようなところもあるので、家で、そういう体験学習をさせるときは、子どもに、今何をやっているのか、という目的意識を喚起する言葉かけをすると、一見遊びのようなことも、トレーニングにつながります。

「普通の子は、目的を与えてやる、でも発達の子は、目的意識を与えてあげる。」
のだそうです。なるほどな~と思います。げんちゃんは、やってるそばから、自分が何をやろうとしているのか、というのが飛んでしまうのです。言い得て妙です。


 たとえば、陶芸体験では、適当に自分の世界観でやっていたら、目的意識は生まれません。きちんと目的にそったことからそれないように、意識喚起しながらやれば、意識レベルは保たれやすくなります。

陶芸家は、観光で来る人の、陶芸体験と思っているので、最初に、言っておかないと、げんちゃんが、適当にへんな物を作ってしまっても、
「いいよいいよ。自分の好きなようにしていいんだよ。それも個性だから・・・」

なんて、ヨイショしてしまうので、先生は、しっかり最初に釘をささせてもらったようですね。


ちょっと、混乱してほしくないところとして、その子がどこのステージにいるかと言うことも大事だと思います。

げんちゃんの小さい頃のように、ひたすら何もできない時は、何でもいいから、外から働きかけをして、一つ一つの能力を伸ばさなければなりませんから、べた褒めしてでも、とにかく取り組ませる、というステージもあります。何にもくいつかないようなステージならば、おだてても、べた褒めしても、とにかく、やらせなければ話になりませんからね~。

でも、そういう中でも、眠っている意識に働きかける言葉かけは大事です。なぜ? どうして? どうやって?・・・答えが返ってこなくても、体験の中で問いかけていく必要があります。

げんちゃんは、一つ一つの駒が、ある程度そろってきたので、やっと今度は、取り組み方のクオリティーを言うようになり、意識を伴ってやるというレベルになってきているゆえの合宿プログラムだと思います。

多くのカリキュラムは、かつて私ががんばったてきたように、外側からのアプローチでした。でも、Sさんの言われるように、意識の内面からかえていくような発想は、確かに、有効で外側からのアプローチに加えることで、良い結果を生むと感じています。


by glow-gen | 2018-06-08 19:28 | 意識のこと | Comments(10)

逃げる、意識を消す

先日、プラスとマイナスを、消しゴムを使うことで表現して、意識をしっかり数式にもっていことができる、と書きましたが、げんちゃんは、またやらなくなり、意識が飛んでしまった状態に後退してしまいました。消しゴムを使って正負を考えるのは、意識を入れないとできないことで、めんどうくさいのです。

GW明けは、確かに意識がかわってきたな、と感じました。なぜかというと、自分の言葉で、自分が感じることをほんの一言でも、言おうとすることがあったからです。
私が、げんちゃんのことを指導していると、
「ぼくは、がんばっているんだ!」
と言ったこともありました。たったそれだけでも、げんちゃんにとっては、過去なかったことです。考えてみれば、彼とのやりとりは、私が、彼を指導する、彼から帰ってくる言葉は

「うん、わかった~。」
「はい」
「は~い」
「はいはい」
「わかったわかった。」

それだけ。普通のお子さんなら、
「それって、こういうことなんだろ。わかってるよ。」
自分の体の中に、私からの言葉が入って、それが彼なりの経験や感覚の部分と交わって、彼の言葉で加工されて帰ってくる、というピンポン玉のようなやりとりがあります。でも、げんちゃんは、こちらからの言葉は、彼の表面からただ跳ね返ってくる。そんな感じです。
彼が、興味のあることは、少しかわります。すらすらと理論的なことが言える、というわけではありませんが、ちょっとは彼の中に入って、それから彼の言葉にかえられて出てくることもあります。
しかし、学習をさせる、となると、彼の心は能面のように無表情になるのです。とくに数学はひどいです。

日曜日、虚しい格闘をした翌日は、先日のブログのような快挙もほんとちょっと出たわけですが、また、彼は、殻の中にひきこもり、

-3-4=と言う問題になると、「マイナスとマイナスはプラスなんだよ!」
と言って、-3-4=+7 とか言い出したりしてました。もうどれだけ、加減をやったと思うのか・・
9-(-3)=6
というのもありました。吐き気をもよおしたくなるような気持ちをおさえて、最初の式の-3の-は、3につくよね~。じゃあ-(-3)の前のマイナスはどの数字につくの?
と聞けば、なんと、その前にある9をさしてみたり、いわば、でたらめです。

これは、わかっていないとかではなく、でたらめなのです。その場で、でっち上げるマイルール。とにかく、やりたくない、逃げたい、ただそれだけの気持ちに裏打ちされた表現です。
やっと、意識が出てきて、おこっている事象を、深く意識で受け止められるスタートに来たのに、げんちゃんは、また雲隠れする月のように、その意識を閉ざしてしまいました。

生活でも、同じです。
社会のノートをとってきてましたが、行もあけず、ひにちも書いてないので、注意したら、行をあけることしか覚えていない。それで、強調してまた指導した翌日、げんちゃんは、また、行だけしか開けていなかったです。前日に、あれほど、日にちを書くよ、と、何度も繰り返して、そのことでバトルしたのに、帰ってきてみれば、そのバトルさえ覚えていないような状態です。

宿題のプリントを渡されても、白紙の紙を渡されたかのごとく、何も見もしないし、把握もしない・・・

「ちぇっ!日曜日の宿題多いな~。半日はかかりそう。」
もしかしたら、教室で、宿題プリントをもらったお子さんの口からこういう言葉がとびかったかもしれません。でも、げんちゃんの口からは、こんな普通の会話は決して聞くことはできません。彼は、そのプリントにほんの少しの気持ちも向けないし、もらったことさえ覚えていないありさまなのだから。

運動会の疲れも、もう終わっているはずです。幽体離脱ではなく、意識を、硬い鉄の扉の後ろに、かくしてしまって、出てくることを拒んでいます。

確かに伸びている彼は、ぼ~っと抜けているようには見せず、ちゃんと考えるふりもするし、ごまかすことにかけては、意識をびんびんに出します。この狡猾さがあるということは、君は、できるんじゃないか~!と私は叫びたい。もちろん、自分の狡猾さにげんちゃんは気づいてはないのでしょうけど。

K先生と私は、げんちゃんが、もっと正負の計算をずっとできるようになっているのも知っているし、今更のようなあほな失敗をし続けるげんちゃんが、わからないのでそうなってしまうわけではないことも知っています。ただ、逃げているのです。

その証拠に、ここんとこ、少し言葉にして出てきたと思った、自分のおもいを伝える会話なども、まったくなくなってしまいました。
ただ、私のいらいらと、疲弊だけが蓄積していきます。来月はテストです。もう、そこに何の期待もすることができません。彼の心が鉄の扉の内側に逃げ込んだからです。抽象的な文章になりましたが、発達障害のげんちゃんの育児が、ほんとにつかれるのは、精神病患者のように、こちらに対して蝋人形のようになるからです。意識を入れずに、表面でこちらに合対してくる。こちらの言葉も、表面ではねかえして、決して意味も考えないし、深く考えることも絶対ない。自分の、わけのわからないマイルールだけ適当に駆使して、適当にやりすごしていく・・・


もう耐えられない、と思って、S先生に相談しました。
「逃げてるね。学校で何かバカにされることがあったかな。まあ、でも、その場では、圧力を感じても、すぐに流してしまってるよね。げんちゃんの意識障害は、ほんとにひどいから、立てこもってる感じだね。定期試験なんて、この調子じゃ、ママだけががんばってる、そんな感じになるね。」

やはり、思った通り…ため息

週末、急遽、S先生と1泊の合宿に行くことになりました。このままじゃ、大変なことになる・・・私も感じたからです。意識を鉄の扉の中から出してこないとだめだ・・・
ほんとに、この障害は厄介です。ただ、何かができるようになった、とかいうことだけでは、何も変わらないのです。いろんなことができるようになってるげんちゃんですが、ほんとに、この子は、何もかわっていない・・・そう落胆する今日でした。






by glow-gen | 2018-05-30 01:07 | 意識のこと | Comments(14)

げんちゃんが逃げ込める場所 くもんの先生とのミーティング

意識が出てきたげんちゃん。そのせいで、理解力も上がりました。意識さえ入れれば、考えようとするので、当然、いろんなことが理解できるようになるのです。

 しかし、ずっとずっと、彼は、逃げていました。意識を入れずに、ただ作業みたいに学習に向かう方が、意識を入れてやるよりも、ずっと楽だからです。そのために、そんなことでは、君の未来は、低いところにしか行けないよ・・・と将来図を見せて、がんばるように促してきました。また、やれば、大きな可能性が花開くとも・・・

 ハードなスケジュールを、上手にこなし、適当に意識を抜く。かたや、くもんに行けてるんだし、普通クラスにも、行けるはずの自分だし・・・・と、げんちゃんは、上手な言い訳を自分にし続けてきたように思います。
 そのステージはほんとに長い。中学になって、もうすこしで、突き抜けるんじゃないかな~と思われてきて、周りからかける圧も、ずいぶん上げていきました。

K先生と私は、不思議なセラピストのS先生に、たまにアドバイスを受けながら、とにかく、頑張って自分の未来を切り開こうね、とか、がんばって成果が出ると、とても楽しいよね、とか、そういう
意識の方向性に道をつけようと躍起になっていました。

それでも、なかなかいかない・・・

K先生は、げんちゃんに手厳しく圧力をかけ、メンタルなことをしっかり指導しようとするので、
「おも~い!」

とか、言うようになりました。さらに、しんどい~、とも。 ほんとに、突き抜けるのをいやがっているのでしょう。確かにきついのかもしれません。

でも、くもんには喜々として行きます。適当に抜いてやってても許されるくもんは、どうも、げんちゃんのぬるま湯的な場所になっていると判断しました。ぬいてやっても、ある程度はできるし、許される。しかも、普通の子たちと席を並べて、自分は、これでいい、と感じることもできる。(もちろん、7月は、意識が少し入っても、低いレベルが彼の精一杯だったのですが)

ちょっとまずいぞ・・・と、感じてきました。

「公文の先生は、おこんないんだよ~・・・」
とか、ある時、げんちゃんは、年下の子に話しているのを耳にしました。

私は、くもんの先生とミーティングをしました。長いミーティングでした。先生は、良い先生です。げんちゃんに愛情をかけてくださり、伸ばしたいと思っておられます。
でも、彼女は、やはり、げんちゃんの導き方をちょっと誤ってしまったと感じていました。

最初、彼女は、げんちゃんのすべてをまずは、受け入れて・・・とおっしゃって、げんちゃんの話をとりあえず、全部聞いてやるようにしました。まず、そうしなければ、げんちゃんの本当の姿がわからない、と言われていました。親の前で、いい子にしていても、ほんとは違う子もいる・・・子供の隠れた本質を、上手に隠さず、自分の前で出してくれれば、問題点がわかる。自分の前で、猫かぶって問題点が見えなくなるのが問題なのだ、と言っていました。


 そのため、げんちゃんが、自分の世界に入って、無意味な話をするのも、上手にあいづちを打ってやりました。
(Sさん曰く、その場の流れに関係ない、一人世界の一方的な話は、意識がなく、相手にしてはいけないそうです。それは、ただの空白、止めてあげて、周りの流れにそった意識の入った会話を出すようにしむけないとならないと言われ、納得します。)
 そのために、げんちゃんは、喜々としてくもんに通いました。しかし、教室での態度は、集中力にかけ、絶対できるはずの問題でも、ぼろぼろ間違える始末です。くもんの先生は、そういうげんちゃんをいつも見るので、げんちゃんの実力が相当低いと判断し、私のげんちゃんへの評価は、親の欲目と感じているようでした。

「お母さんの言われることもわかるのですが、親やサポートする人がいない時の子供が、その子の本当の実力だと思います。」

と先生が言いました。どのレベルのプリントをやっても、クオリティーが低く、ほんとのげんちゃんの学力はどこにあるのだろうか、とも言われました。いっそ1年のプリントまで落としてやらせてみようか、と、言われたので、私は、反論しました。

「先生、それは、違います。たとえ、1年生の問題にまで落としても、げんちゃんは確実にはできません。問題点がそこにないからです。げんちゃんが、先生のときは、あきらかに、意識をぬいてくる、というところにポイントがあるので、一度先生と、げんちゃんの今の関係を断ってもらわなければ、げんちゃんは、できるようにならないのです。先生が大好きなげんちゃんは、先生の顔を見るだけで、大笑いして、英語の挿絵が面白い、と言っては、こっそり落書きする。
でも教室崩壊まではさせない。彼は、ある意味賢いのですよ。適当に、周りを読んで、そこそこおりこうさんにしているでしょう。でも、完全に抜いて、できる問題もできない。」

「先生、一度、ほんとに手厳しく対応してください。先生との関係を一度しっかり切って作り直さなければ、げんちゃんの逃げ場になるのです。」

私も、ストレートに伝えました。つまり、先生がなめられてしまっているのだ、ということを、伝えるのは、少し勇気のいることですが、私の目的は、げんちゃんを改善させること。先生も、ほんとにそう思ってくれているので、互いに議論は白熱します。良い先生だと思います。普通なら、そういうめんどくさいガキは、やめてください。と言われてもしかたのないところです。

結局、今までのげんちゃんの言動に、たくさんの解説をして、わかってもらいました。
「やってみましょう!」

「先生の今までの成功体験を突き崩すわけではありません。しかし、モチベーションが低く、意識低下している子の指導の仕方は、もっと有効な方法が見いだせると思いますよ。げんちゃんが成功すれば、・・・」

「なんか、50過ぎて、げんママとげんちゃんに出会って、私の指導者としての人生は、大きく揺さぶられてますよね~。」
「そうかもですね。発達障害の子供たちを、きちんと指導できる先生は、どんな子でも、最高の指導ができます。先生チャレンジしてみてください。私はとにかく、げんちゃんをよくしたいのです。そのためには、なりふりかまっていないのです。どうか、先生協力してください。きっと先生のこれからにも、益になります。先生を見込んでのことです。感謝しています。」 


げんちゃんの今は、ほんとに、飛躍のための大きなためだと感じています。意識を入れない状態で、楽に逃げ込める場所は、本当に危険です。たとえ、それが、今までは、良かった場所であっても、すでに、変化しているのです。

そう考えると、7月にくもんに入門した時とは、げんちゃんはずいぶん遠くに来ていることを感じます。

by glow-gen | 2018-05-04 01:43 | 公文教室 | Comments(9)

中学の入学式 その2

げんちゃんは、いつも、私に口答え・・・いえ、口答えできればいいですが、「はい」、「わかった」、「わかったわかった」、せいぜいこういう単純な言葉の抑揚を変えて、「うるさい」という感情を私にぶつけてきてましたが、私に言ってもらわなければ、何事もさっぱりまともにできないわけで・・・
 でも、入学式の緊張した雰囲気は少しは、やばい! と彼に思わせたようです。

 普通クラスのすべての日程が終わると、少し離れた教室まで、下校する他のお子さんを尻目に、げんちゃんだけ行きます。支援クラスです。先日から電話でコンタクトしていたベテランの女性のN先生が来られました。そして、もう一つの小学校から、身長が同じくらいのひょろっとしたおとなしそうな男の子が入ってきました。B君です。げんちゃんは、きりっと上手に挨拶して、全員の顔合わせの儀式をこなしました。そのあとに、家族も全部含めて写真をとってもらいました。親まで入れてもらえるのは、支援クラスの特権です。笑

 「こんにちは、Bさんは、クラブに入るの?」

 私が初対面の彼にたずねると、彼は、目をあわせないまま、美術部に入りたいと答えました。理由は、絵を描くのが好きというわけでもないけれど、運動が苦手だから、だそうです。
たぶん、高学年になって、ちょっとついていけなくなって、支援クラスに移籍したグレーゾーンの子なのかな~、と思って彼を見ました。視線は、少しよわよわしく、座る姿勢も、前かがみで、あきらかに、げんちゃんの方が、体幹はしっかりしてそうでした。でも、入部の動機までしっかり話せるんだから、げんちゃんより、スタートはずっと上のお子さんなんだろうな~・・・・と感じました。

 でも、今までは、支援クラスの同級生はいなかったし、やたら小さな子といっしょで、げんちゃんにとっては、もう物足りなくなっていたので、良い友達になってくれたらな~、と思いました。

 家に帰って、げんちゃんは、前日までとはうってかわって、ほんとによく話を聞きました。(後日を知ってる今となったら、微妙にこの日だけだったけど・・・)

「ねえ、しっかり先生の話を聞かないとやばいよ~。明日は何の用意するんだっけ?」

 私は、全部質問形式にして、オチがあれば、その外堀からせめるような声かけをします。彼に対して、少し距離をおきたいし、ストレートに、これしなさい、あれしなさい、という声かけは、今のげんちゃんにはタブーです。意識を入れたら、彼の水面下に沈んでいる物が浮かび上がるのに、最初から答えを教えると、あいかわらず、ぽかんと口をあけて、上から落ちてくるのを待っている意識レベルに入って出てこないからです。

げんちゃんは、明日の用意を、たくさんもらったプリントの中から探し出し、80%くらいの成功率でそろえました。う~ん、意識はいると違うんだよね。
クラブ紹介とか、オリエンテーションとかで、さして用意するものはありませんが、それでも、何かと色々提出物など指示があります。

さて、この日は、入学式が終わって、小学校に向かいました。事務的な用があったのと、小学校でお世話になった先生にご挨拶をしようと思ったからです。
小学校は、明日の入学式の準備でばたばたしていました。でも、げんちゃんと私を見つけた過去の担任の先生方が、駆け寄ってこられて、ほんとに喜んで下さいました。なんか、心が熱くなりました。6年生の担任の先生も、げんちゃんの昔を知っている低学年の頃の先生も、もう、今年は、転任されてしまったと聞いて、寂寞の思いです。
 
 小学校の風景は、ことさらなつかしく、胸にせまってきました。今までは、何気に見ていたその建物も、もはや、よそよそしく距離を感じます。 人生の駒が、一つ進んだ瞬間は、なんて、心にささるものなのでしょうね~・・・そして、随分遅れてしまって、教会に行き、待っていてくださった牧師先生夫妻や教会員の方にも祝っていただきました。

 げんちゃんに対し、やさしく、いつもおだやか、・・・とはかけ離れたママのために、げんちゃんと私のことをよく祈ってくださるみなさんのおかげで、なんとか、持ちこたえているような私たちです。げんちゃんの育児は、決して一人では無理だな、とあらためて思う入学式でした。薫風の中、まるで嵐の前の静けさ・・・・これから、何が待ち受けているのでしょうね。

 次の日は、担任の先生方とミーティングが待っています。それにしても、事前に何度も電話がかかり、授業に入る前に、ミーティングのアポが入り、皮肉なことに、中学の4月のスタートは、過去一番不安のないスタートです。なんせ、小学校では、4月の終わりの家庭訪問までは、新学期のほんのちょっとの顔あわせしかなく、連絡帳も持って帰らなかったりと、不安な毎日が恒例になっていましたものね~・・・

そして、次の日は、中学の担任お二人とミーティング・・・また、次に書きますね~。

by glow-gen | 2018-04-16 20:00 | 中学入学 | Comments(7)

中学の入学式 その1

 入学式のことを書こうと思いつつ、なかなか時間がなかったのですが、書いておかねば・・・と、眠い目をこすりつつPCに向かってます。ほんと、毎日更新したいくらい、日々いろいろなことがおこります。だいたいが、そういう気持ちの日々ですが、振り返れば、なんか、そう毎日書くことがない、というように感じた時期がありました。いつだったかな~・・・5年くらいの時だったような・・・がっつりの時代から、少し、まともになってきたころなのかな・・・・

 まあしかし、そういう書くことがない、なんていうときは、発達育児をやってるとレアなのです。それにしても確かに今は、激変期です。

 げんちゃんのステージを簡単にまとめると、4年が終わるくらいまでは、意識もほんとに朦朧として、とにかく、動物を調教するような感じで、一つ一つのすかすかの能力を上げることに血道をあげていました。

 絵がまったく描けない、とか、体がふらふらしてる、とか、・・・もう、あげればきりがない。今となっては、げんちゃんのできていたことは、”息することと、排泄すること、食べること、移動すること、それと少々”、そういいたくなるようなげんちゃんでした。

 しかも、いろいろさせてはいても、げんちゃんは、魂の抜けた亡霊みたいに、自分の意見も何もない、意識ゼロの人間だったように感じます。多くのトレーニングを重ね続けているのに、彼のトラブルの本質がかわらない。

 しかし、5年くらいになってきて、特に、ここ6年生の後半になってきて、意識が出現してきた。意識がスパッと入れば、目つきがかわる。勉強も、レベルを落とした簡単なものなら、自主的に一人で取り組むようになってきた。でも、幼児期のいやいやのような、私や家族への反抗が生まれてきた。

 自我が好き勝手な方向に芽生えてきて、向上していくのをずっと妨げていました。もう目の前に、一つ上のステージが見えているのに、そこは、今までよりけっこう高いところなのに、彼は、逃げ回っていた。

 だから、意識の行く先が低くて危なっかしいことかぎりなし。意識が低きに流れ込むのを防ぐために、下を完全封鎖して(まわりには、やたら厳しく映ったことでしょうね~)、上に飛び出せるように、ばんばん圧力をかけてました。

 前回のブロブでもそういうことだったわけです。過剰に演出して、突き放し、一方向にしか行けないように道を開けて・・・。
 それでもげんちゃんは、打たれ強い。小さなころから、少しのことでは、へこたれることや逃げることを絶対に許さなかったし、彼の持ち前の強さもあるのでしょう。まわりにささえられ、ママの仕事の時には、ガス抜きをしながら、げんちゃんは、強く育った。でも、彼なりに上手に逃げることも覚えていったし、打たれ強さゆえに、とてつもない圧力への耐性も備えた。

そして、このステージにきたら、その逃げのスキルは、意識が入れられるのに、上手に抜く、チャレンジをさける、という行動となり(本人が意識的にやってるわけじゃないんだろうけど)、ほんとに手をやくことにりました。

 しかし、入学式、げんちゃんに大変革がおこりました。k先生をはじめ、私たちが、疲弊するほど、ずっと彼に訴え続けてきたこと、げんちゃんが、人間として自立し向上して、やがては支援クラスや知的障害というハンディキャップから決別するためには、やるっきゃないんだよ!前に突き進むしかないんだよ。ということ。それをどかんと自分なりに感じ取ったようです。

 その日、小学校という彼の生活すべてが終わった。そして、すべてのサンクチュアリ(保護区といいましょうか・・・)が剥奪(はくだつ)された。げんちゃんは、詰えりに手を通し、慣れないベルトを四苦八苦してしめた時から、もう、自分が甘えられるところはなくなった、と本能的に感じたのでしょう。それは理屈じゃなかった。
 そう、確かに変わらなければならない!

 その日、げんちゃんは、教室で、卒業式の日とはぜんぜん違う目をしていました。先生の説明を聞きながら、メモ帳を出すことはできなかったけれど、意識を入れて聞いていました。意識を入れた時間は、今までになく長く、普通の子と同じとは、まったく言い難いけれど、卒業式の、あの日の教室のげんちゃんとは決別していました。

 普通クラスの先生は、中年の英語の先生で、直感的に、素晴らしい先生にあたったことを悟りました。そして、その素敵な先生が、生徒に語った言葉は、今げんちゃんに必要なことすべてでした。

 小さいことを重ねることが、とんでもないところに行くただ一つの道だ。
 自分ができると思ったことはできるし、できないと思ったことはできない。

げんちゃんは、逃げることから目をそむけ、できる、と信じて、小さいことを死に物狂いで重ねていかねばならない・・・なんか、神様から、ずどんと降ってきたようなずっしり感。私は、しっかり受け止めました!
 
 そして、
自分が誇れるのは、世界チャンピオンになったことじゃなく、何度負けても立ち上がってきたことだ。

 これから、私とげんちゃんの3年間に、神様与えた言葉だと、直感しました!

こういう天の演出にはしびれます! 行くぞ~!げんちゃん!!
レッツゴー!  (続く・・・ははは・・・苦笑)



追伸。いきなりつきぬけた~と行かないので、大丈夫です、ちなみに・・・とほほ・・・
 

by glow-gen | 2018-04-15 01:39 | 学習用ソフトを使って | Comments(11)

まわりのことを自分のこととしてとらえる。卒業式その2

  ここ2週間は、ホームスクールは中止。毎日学校に通いました。毎日卒業式の練習をこなしたのでしょう。げんちゃんの卒業式のセレモニーの様子は、非のうちどころがありませんでした。証書を壇上で渡されて、見事なお辞儀をし、決められた方法で席にもどっていきました。全員壇上に上がり、歌ったりメッセージを言ったり、げんちゃんを含め、どの子も、小学校の入学時からは、遠い遠いところにきています。
 
 前の日に
「げんちゃん、明日は卒業式だけど、寂しい?」と聞きました。
「べつに~。」
発達障害に気づいた幼児の時から感じていたけれど、げんちゃんの心が、どこか、ロボットのように硬く冷たく感じます。

クラスにもどって、一人ずつ、前でコメントを発表します。
「僕は、このクラスで、色んなことを経験したけれど、終わってみて、このクラスになれてほんとによかったと思います。みんなが、ほかの人のことも思えたし、楽しかったです。中学に行っても、よろしくお願いします。」

「僕は、違う中学に行くけれど、またどこかで会ったら声かけてください。よろしくお願いします。」

次々に発せられるクラスメートからのコメントは、ハートの通った大人の味がしました。もちろん、色んな子がいるので、一言、恥ずかし気に言って終わりの子もいます。みんなが同じ成長スピードではないと思うけれど、げんちゃんの課題を見せつけられるようでもありました。

「あ、・・・おめでとうございます・・・」
げんちゃんは、前に出ると、おもむろにそういうと、止まってしまいました。

なぜ言葉が続かないのか、・・・
私にはわかります。卒業式に、クラス全員が共有している気持ちを共有してないのだな、と思います。卒業式というイベントに向けて、何週間も練習したり備えて来たので、それなりに卒業式の重みを感じてはいるげんちゃん、しかし、他の子ほどの思い入れもありません。先生に促されて、
「ありがとうございました。」
と締めくくりましたが、私は感じます。何がありがとう、なのかもつかんでいないのだろうな・・・と。


先生の最後の送る言葉は、ほんとに示唆に富んでいました。げんちゃんが、どうして、気持ちを共有できないのか、言葉にしてもらったかのようでした。

「このクラスは、ほんとに素晴らしかったと思う。それはね、このクラスの子たちは、こういう子が多かったからだと思うよ。」
そう言うと、先生は、黒板に、ある文字を書きました。

他人事(ひとごと)と、自分事(じぶんごと)

「みんな、自分のことは、だれでも考えると思うけど、人のことは、考えない人もいるよね。でも、このクラスは、人のことを自分事、って考えてくれた人が多かったように思います。だから、この一年間を通じて、とてもいいクラスになったと思う。・・・・」

先生は、それから、クラスのみなでもりあげた、いくつかのエピソードを話してくれました。

若い先生なのに、とても素敵な話をされるな~と、思いつつ、私は、ふと気づきました。そうか~。げんちゃんに全く欠落しているのは、自分事の範囲なんだ、と。自分の興味のあること以外は、すべて他人事。だから、連帯感も薄いし、寂しいという感覚もわかない。


家に帰って、げんちゃんに、
「今日の、○○先生の言葉は、とても素晴らしかったけど、覚えてる?言ってみて。」
と聞くと、しんみょうに聞いていたように見えたげんちゃんだけど、まったく答えられませんでした。何か言わなくちゃと思ったのか、最後には、
「中学でがんばって・・・とか~。」
と、適当におもいつくことを答えました。まあ、その場にあった答えを、なんとかでっちあげてくることも、今まではできなかったことで、進歩と言えるかもしれませんが、普通の子なら、心にぐっとくる内容さえ、把握してないげんちゃんに唖然とします。


私はしかたなく、げんちゃんの足りない、”自分事”、について、先生の言葉に注釈を入れて、話してやりました。そしてそのあと、こんな会話をしました。

「げんちゃんは、6年のこのクラスが楽しかった?」
「うん。楽しかった。」
「それはなぜと思う? げんちゃんは、隣に座った子に、色々助けられたよね。」
「うん。」
「それは、隣の子が、げんちゃんのことを自分事、として考えてくれたからだと思うよ。 でもさ~、げんちゃんはどうだった。僕興味ない! とかよく言ってたね。」
「あ、うん。・・・・」
「もし、隣の子が、同じように、げんちゃんのことを他人事と思って知らん顔してたら、どうだろう。げんちゃんのこと助けてはくれなかったんじゃない?」
「うん。そうだね。」
「じゃあ、げんちゃんは、その子にどうすればいいんだっけ。」
「あ、・・・・・(しばらくの間)感謝する。」
「だよね。でも、それだけでいいの?」

そこから先は、何度かやりとりがかわされなければ、自分も、ほかの子のことを自分事としてとらえなければならない、という回答にいきつきませんでした。

 隣の子がしてくれる親切も、その子がやりたいからやった、くらいにしかとらえられてないげんちゃん、おとなしくしていて、周りを妨害するベクトルさえ出さなければ、それでいい、なんか、そんなげんちゃんです。かつて、自分の好きなようにふるまって、周りに迷惑をかけていたことを考えれば、げんちゃんが立っている場所は、大きなマイナス地点からプラスマイナス0、に近くなってきたと言えるのかもしれません。

 しかし、そこから先に行けなければ、げんちゃんは、やはり、発達障害というエリアに立っているわけで、私が望んでいるところではありません。
卒業式という人生の大きなイベントの、このやり取りの中で、げんちゃんは、少し心が動いたように思いました。やはり、卒業式という心動かす大きなイベントの効果はあったのかもしれません。


そして、ここは、発達障害の子の、もっともコアな部分でもあります。意識、興味のベクトルを、あらゆる方向に出して、周りにいる人、また、周りで起きる事象を、自分事としていくこと、ベクトルさえ出ていなかった以前の状態から、今は、とりあえず意識のベクトルを出そうと思えば出せる。
 だから、どこに出していくのか、ということに焦点を写す段階になってきたのでしょう。自分の好きなことだけにベクトルを出していくのではだめなのです。

 イメージするのは、太陽の絵です。中心から、放射状にたくさんの線が出ています。おれがおれが、という、自分のための線でもありません。出すべき場所、人、時間へと、自由自在にたくさんの線が出て、(意識が出て)正しく情報をとってきて、正しく感じる。


 卒業式を通して、大きな気づきと目標をもらいました。


先生方や、自分事としてげんちゃんをフォローしてくれた学友たちに、再度感謝した一日でした。



by glow-gen | 2018-03-17 16:04 | Comments(9)

野球合宿のミラクル。会話のずれをなおす

げんちゃんが野球の合宿から帰ってきました。そして、びっくりしたことがありました。
なんと、げんちゃんは、「最優秀打撃賞」というのをとったというのです。賞状を無造作に私にくれました。びっくりして、先生に聞いたところ、試合中ではなく、バッティング練習の際に、もっともたくさんヒットしたのだそうです。いつもの先生ではなく、別の先生がバスの引率に来られていて、彼は、げんちゃんのトラブルは把握していないようでした。

先生「とても上手でしたよ。体幹がしっかりしてないと、バッティングはむつかしいです。」

え~~。それはないでしょ~・・・目が点です。なんせ、100人くらい参加してます。もちろん、小さい子の初心者のクラスにいるので、6年生は、少ないかもですが、たとえ、1~2年生だけの中にいたとしても、げんちゃんが、1番なんてありえないでしょう・・・

 試合中のバッティングではないので、まあ、そうだよな・・・とは思うけど、それにしても、すごいじゃん!

先生に、かいつまんでげんちゃんのことを話し、最近すごく伸びていて、集中力が出てきた・・とお伝えすると。

「野球は集中力です。集中力が出てきたので、ぽんとよくなったのかもですね。」
と言っておられました。

まあ、よくわかりませんが、卒業前に、げんちゃんの自信につながるできごとが起こってよかったよかった、という感じです。でも、体幹できたとは、到底思えないんですけど・・・こんど検証しに練習見に行ってみよ。

 最近、あれっ?、という出来事が一つ二つおこってました。

げんちゃんは、学校で卒業に向けて、演奏会があるのか、リコーダーを学校にもっていってます。ある日、げんちゃんは、おもむろに、音楽の教科書を出して、指と音符の相関表のところを見て、自ら練習してました。え~? 私はびっくりしました。だって、げんちゃんは、リコーダーが苦手で、今までやる気なんてぜんぜんなかったです。ピアノをやっていても、ピアノは、横に進むけど、リコーダーはたて。そうなると、もう、応用がきかないらしく、クラスの底でした。
 支援クラスで特別に特訓されていた時代もありますが、嫌がって、怒っていたようです。

 ある日をさかいに、彼は、ちょくちょく練習するようになって、(まあ、練習のしかたは難あれど・・・)音楽のない日も、ちゃんと、リコーダーを持参するのを忘れず、(リコーダーに意識が入っている!)さらにある日、使い方を教えたこともないコピー機と格闘して、指のページをコピーしました。そして次の日は、何を考えたのか、またコピーして、さらに、いる部分を切り取りました。そして、使ってない新しいノートを取り出して、貼り付けました。(ちょっと難ありでしたけど・・・)

 お~・・・何がおこった? びっくりびっくり・・・・


 またある日、げんちゃんは、昼間に洗面所で、髪を洗ってました。風呂場から、シャンプーリンスを持ってきて・・・しかも、ブローなんてめったにしてやったこともないのに、自分から、ドライヤーを出してきて、ブローしてました。

 なんせ、これまでの人生、彼は、自分から自主的に髪を洗うなんて行為は出てきません。風呂に入るとき、髪洗いなさいよ、と言って、しぶしぶやってました。

 
 これって、自分が不快だから、髪が洗いたい・・と思って、自ら行動したようです。自分が何をしたいのか、ということを明確につかんできた、ということなのでしょう。

 まさに、意識の方向性が出てきたのでしょうね。

 
 しかし、そういうことの裏腹で、前回の記事と同様に、げんちゃんとずれた会話もしましたよ~。
くもんで女の子とよくある会話をしたみたいです。

げんちゃん「俺って天才!」(英語のプリントしながら)

さくらちゃん「はいはい、あんた英語得意なんでしょ・・(こばかにしながら)」

げんちゃん「さくらちゃんは、ちょっとかわいくないな~。」
さくらちゃん「別に可愛くなくていいもん。ちゃんじゃなくて、さんと言ってよ!」

くもんの先生が、普通によくある男の子と女の子の軽口をいいかんじでかわしてました。と伝えてくれたので、げんちゃんに聞いたら、

げんちゃん「もう、さくらちゃん、性格がかわいくないんだよな~・・(うれしそうに)さんと呼べとか言うしさ。」
ママ「 さくらちゃんじゃなくて、さくらさんと呼べって言ったの?」
げんちゃん「違うよ。さんと呼べ、って言ったんだよ。」
ママ「ニックネームが”さん”なの?」

げんちゃん「違うよ、さくらちゃんだよ!(偉そうに)」

ママ 「さくらちゃんって名前で、さんと呼べ、っていうのは、さくらさんと呼べって意味だと思うよ。」

げんちゃん「違うよ。さんと呼べって言ったんだ。」

前回同様の押し問答・・・

げんちゃんは、友達デビューもいまいち、足りないし、相手のセリフの広がりがつけられないし、しばらく、こういうことの修正をしまくりながら暮らしていくのでしょうね。でも、彼の意識世界が広がりつつあるので、言葉の世界も広げられる足がかりができたのでしょう。良い傾向です。


by glow-gen | 2018-01-22 01:16 | 意識のこと | Comments(8)



中学2年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
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げんちゃんママの紹介
中学2年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学2年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて8年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
IQは80台に改善

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