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げんちゃんの発達障害プロジェクト

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げんちゃんの朝・・向上心

連休明け、げんちゃんは、変わったな~と思いました。6年生のころから、突き抜けないげんちゃんに業を煮やしていた私は、あの手この手で頑張ってきました。

結局、自己意識が出て、表面上何かをがんばってやっているように見えても、根底でげんちゃんの負のオーラは相当強く渦巻いていた。

 まあ、ステップアップしても、結局、マイナス10がマイナス9になり、まいなす8になる。そんな感じでしょうか。海の底でひとつづつ階段を上がっていても、陸地からは、ぜんぜん見えてこない。そういうイメージです。
 でも、GW終盤から、いろんなことが安定しだして、学校が始まっても、それがめちゃくちゃ崩れ落ちることが少なくなっています。あ~、やっと、げんちゃんが、初めて水面に現れた!

  私がこんなブログを書くのは、めずらしいかもです。げんちゃんのマイナスの気持ち、やりたくないとか、どうでもいい、とか、逃げたい、とか、そんなものは、どうも完全に底を打ったようです。
やっとプラスの気持ちの量が、マイナスの量を凌駕した瞬間です。今までげんちゃんのマイナスの気持ちは大きすぎて、少々のプラスじゃ埋めきれなかったのでしょう。

 4月からこっち、私の方もいろいろありました。なんせ、PTAが動き出し、4月は、全部の先生と新旧PTAメンバーの晩餐会みたいなのがありました。先生方の雰囲気は結構よくて、この学校は、先生方も、仲が良いんだな~と思いました。それって大事です。担任も含めて、いろんな先生とお話しさせていただいて、最後に、ひな壇に上がり、自己紹介をしました。

この際だから、げんちゃんのことをみんなに知ってもらおうと思って、言いました。

「中2にいるげんちゃんは、発達障害で、それがわかってから、改善のためにいろいろ取り組んできました。息子は学習障害があるので、小学校は先生方の協力で、週に1~2回学校を休ませていただいて、ホームスクールをさせてもらってました。私が勉強を教えてきました。学校とホームスクールのコラボでけっこう伸びてくれて、今は、数学と国語を支援クラスで教えてもらってますが、なんとか普通クラスで勉強しています。中学でも、小学校同様先生方に大変お世話になっていて、ほんとに感謝しております。その感謝もこめて、今年はPTAに挑戦することになりました。みなさん、いろいろご指導お願いします。」

まあこんな感じで挨拶したので、PTAのメンバーも、先生方も、周知徹底(笑)。教育ママと、発達障害の息子、かな? がんばっとるな~、とは思ってくださったことでしょう。おかげで今年は、1学期の導入はスムーズです。家庭訪問の前に、担任の社会の先生ともたくさんおしゃべりできました。ゆったりとした話がわかる先生。安心しました。どの先生も、好意的に応対してくださるのを感じます。
PTAは大変だけど、目に見えない恩恵も受けますね。
しかし、PTAの会合は、夜始まって、10時まであるので、げんちゃんほったらかしの日も月に1~2度出てきます。それでなくても、かかわれる日は少ないです。げんちゃんのために空けている日にPTA。ちょっとつらいです。

しかし、PTAもやってみるものですね~。前向きな方が多くて、すっかり打ち解けて、ママ友が少し増えました。それに、10時に会合が終わっても、先生方の数人はいつも残っているのでびっくり。大変なんだな~と思います。PTAの任期は2年。果たしてどうなることやら、という感じですが、げんちゃんが、やっと少し突き抜けてくれた感があるので救われます。

何が突き抜けたか。やはり、向上心でしょう。昔からなくはないけれど、げんちゃんの障害をはねのけるほどのモチベーションはなく、ひたすら、なんとなくやらされているだけのげんちゃんでした。ほんとに、向上したい、という思いが、逃げる気持ちに少しだけ勝ってきたようです。自己葛藤が少しずつ終焉に近づいたと考えてもいいのでしょうか。まだまだ油断は禁物ですが、彼の中のマイナスは、勢いを弱めているように思います。いつもかつもいいというのではありませんが、GW前は、そういう瞬間はほんとにレアでした。

1年生の3学期、自己意識をずいぶん出してきたげんちゃんは、それが初めての経験で、混乱と混とんの中にいました。ほんと、それに収集をつけることが、最優先で、勉強にエネルギーなんてまわす余裕がありませんでした。自分がどう感じる、どう思う、ということを経験しただけで、ものすごい消耗。もともと自己意識が封じ込められていたげんちゃんにとって、自分の思いを感じるということは、まるで、幼子のように、すべてが新世界だったのではないかと思います。その思いが、どういうことなのか、どんな言葉と結びつけたらいいのか。まるで、”レナードの朝”をほうふつとさせる感じだったのだと思います。(レナードの朝は、長年昏睡状態だった主人公が、一時、目覚める、感動の映画なんですが)

 そして、ここんところ、少しずつ、げんちゃんの感情を表す言葉は増えていき、GW明けは、たどたどしい、すべてが初体験のような初々しい質問がぽろっと飛び出している。
「S先生が、人を助けるために、ガラスを割って飛び込んでいって、大けがをした話をしてたでしょ。僕も、覚悟を決めて突き破りたいんだ!」
(これは、Sさんが若い時、暴行をうけている人を助けた時の逸話です。すごいですね~)
「このままの自分はいやだから変えたい。どうすればいいの?」

げんちゃん語録は、日を追うごとに、増えて行ってます。
もちろん、抜けるときは抜けます。ひどい時もある。しかし、私が追い詰めたりすると、
「ちょっと待って、向こうにいって立て直してくる。」
「意識を入れるって、どうやればいいの?」

今まで聞いたこともないような会話が成り立っているではありませんか。

良い出力だけをつなげれば、お~!と思いますよね。ま、実際は、そんなに極端に一気にというわけではありませんが、私への反抗はとてもゆるやかになり、私を身方と感じているのがわかります。それに、なんといっても、あれだけ朝起きれないのが起きれるようになっている。

Sさんが、朝起きれるようになったらかわる。僕にたいして、好意的な気持ちが出てきたら変わるサインだね。
と前々から言っていたことを思い出します。以前は、Sさんに対しても反抗していましたが、Sさんを尊敬するような発言も飛び出します。

さあ、学習がひとまず二の次、と言っていたのはもう終わり、GW明けからは、ほんとに、新しいモードでしっかり学習に取り組ませ始めました。まさに、げんちゃんの朝。そんな感じです。

by glow-gen | 2019-05-12 01:47 | 思春期自主性 | Comments(8)

げんちゃんの心の変化・・・中2になりました

 
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登校日の雑巾にチャレンジ、頭を使うこと、というのがテーマ?
2枚作りました。
まだまだこれから、という感じ。蝶結びもできるようになったかな。やっと

中2になりました~。今日は、野球の合宿です。
「あ~、合宿か~。僕は合宿の全部がいやだ~。」

げんちゃんは、すごいことを言います。何がすごいって、今までのげんちゃんなら、「は~いやだな~。」
とだらっと口走るだけで、主張にはなっていなかったのです。それが、きびっと、自分の気持ちを言えるなんてすごいことです。普通の子ならあたりまえなんですが、げんちゃんが、自分の心を、きっちり言葉で主張することは、ほとんどありませんから。成長している証拠です。逆にこの程度でも、すごいと感じるほど、げんちゃんは、自分自身がいつもあいまいだった、ということです。

「僕は、こんな食べ方はいやだから、冷蔵庫に納豆とってくる。」
とある食卓で、オクラ納豆に向かって言ったのを、家族が聞いて感嘆したのが6年生ですから、げんちゃんの状態がどうだったのか、推して知るべし、という感じです。

さて、ふとんの中で、パパに、合宿はいやだ、と主張したので、

「いやなの? だったら、明日休む?」
と私は優しく聞きました。確かに、春休みは、マインドマップをはじめ、心をずいぶん追い込んだようなところがあるし、そのあとに、少しだけとは言え、学習にエネルギーをしぼらせた日が続きました。

私の問いに、げんちゃんは、
「いや、いいから。」
と怒ったように言うと、がばっと布団をかぶって寝てしまいました。確かに、合宿はいやかもしれないけれど、逃げたくはない・・・そんな空気が伝わってきます。


マイナスにいろどられていたげんちゃんの心は、それなりに成長してきているようです。

私は、今年から、PTAの役員になりました。どなたかが推薦してくださったらしく、何度も頼まれて、引き受けることにしました。なんせ、いつも、学校にお世話になっている身。会合の時間など聞いてみたら、少し融通が利くようだったので、やってみようと思いました。

そういうわけで、令和元年、私も、はじめてのPTA、げんちゃんも、本丸決戦の佳境に入ったような感じです。

しかし、現実には、仕事終わって、夕方PTAの初めての会合に行って、10時頃に帰宅して、げんちゃんの合宿の用意となると、けっこうきつい。
 今まで、こういう仕事、誰かがやってくれていたのね・・・と思います。仕事と発達障害児をかかえて、なかなか、PTA役員というのはむつかしいけれど、げんちゃんの成長も後押ししているとすると、げんちゃんは、成長していないと思っていても、やはり、成長しているのだろうな、と感じます。

PTAの役員会に出てみると、公立中学校というところもずいぶん大変で、ほんとにかぎられたぎりぎりの予算の中で、先生方も生徒もよくがんばっているんだな、とわかりました。

 学級崩壊しているげんちゃんの教室に行ったときに、個人ロッカーが小学校の時より小さく、荷物スペースがほんとになくて、部屋中、散らかりまくっていたことを話しました。こんな汚い教室だったら、学級崩壊なんてとめられない・・・・なんとか、壁に個人用にフックくらいはつけてもらえないのかな~・・・と言うと、みなさん、ほんと子供たちの身になって聞いて下さいました。そういう予算も、教育委員会に通すらしいです。
 なかなかめんどくさい・・・・腕に覚えのあるパパたちが、窓下に人数分フックをつけていく、なんてことはできないものかな~。フックくらないら、少し寄付を募ったりできるのではないかしら。私は、そんなことをぼんやり考えてしまいました。
 パソコンも、買い替えられず、公のものはずいぶん遅く、仕事がしにくい、とか、パイプ椅子が足りないとか、今まで全然知らなかったことを知りました。

 新旧役員は、感じのいいママパパたちで、それなりによかったです。げんちゃんのことがなければ、PTAなんて逃げ回っていたでしょうから、人生でげんちゃんゆえにもらった経験は計り知れず、出会いも計り知れず、発達育児は大変だけでもないようです。


さあ、合宿の話にもどりますが、私が帰るまで、げんちゃんなりに用意をしていました。できは、75点くらいかな~。まあ、そこそこできるようになってますよね。
 しかし、集合場所にげんちゃんは思いっきり水筒を忘れました。ちゃんとカバンの横においておいてやったのに、やはり、注意欠陥。頭の中で、思いをめぐらしながら朝の用意をする、という点では、課題だらけです。あわててペットボトルを買いに走りました。

集合場所では、あいかわらず、すべてに無関心。そんな顔です。
昨日K先生と合宿の目当て、というのを予習したようですが、お友達への関心はまったくない、という顔でがっかりします。

「げんちゃん、昨日の目当てを思い出して。みんなあなたより年下だから、まずは、子供たちを見ましょう。げんちゃんがしてあげることはないか、考えましょう。」

私は、列に近づいて行って声かけします。うるさい、あっち行って、と言わないげんちゃん。やはり、気持ちは、ずいぶんプラスになってきている感触がします。

野球の先生に、一言
「むやみに褒めないでくださいね。すぐに、自分はみなと同じようにできてる、と思い始めてしまうげんちゃんです。」
お願いしました。先生は、
「先日から、げんちゃんへの指導をかえてみてます。了解です。」

実際、数日前の練習では、練習前に、かなり練習のシュミレーション、目当てをしたので、さっそく、少しは効果があったようです。

手をふってバスが出発しました。成長を手に帰ってこれるとうれしいけどな~・・・


by glow-gen | 2019-04-06 17:29 | 思春期 | Comments(6)

自己中につながる、メンタリティー

 げんちゃんの1年生生活は終わりました。通知表ももらってきました。2がほとんどで、美術となんかが、3だったような・・・・
通知表の点数もあまり興味がなくて、あまり覚えていないですが。まあ、1はつけないんだな~というのが、感想です。

 とにかく、げんちゃんの心の成長をテーマに後半はやってきたけれど、彼の心が、まだまだ人になりきっていないような部分が多くて、勉強どころではない・・・そういう感じが続いています。

 春休みになると、Sさんと1年生最後の合宿にいきました。大分から佐賀と、今回は電車やバスを使って行ったようです。電車やバスをアレンジする、まあ、そういうことをやらせてもなんとかなるというところに、やっとなってきたのでしょうね。
げんちゃんに言わせると、
「楽しいことをS先生が横から消してくる感じ。」
らしいので、一見楽しい父子旅行に見える合宿も、的確に、言葉かけしながら、げんちゃんの心をゆさぶっているSさんなんでしょう。
合宿の効果は、すぐ現れることもあるけれど、1か月くらいしてじわじわっと、ということもあります。でもとにかく、次のステージには上がります。

 帰ってきて気合が入っている部分もあって、朝真っ先に起きて、合宿の下着を洗濯機で洗っていました。がしかし、洗濯機に入れてあるほかの洗濯物は、取り出して床に放り投げていて、自分の少量の下着2~3枚と靴下のみ、洗濯機のボタンを押して洗っていました。普通はいっしょに洗うだろうし、入っていたものが洗い終わったものと勘違いしたのなら、他のがたまって、いっしょに洗う、というのが、世の中の常識でしょうに・・・

 洗濯機のイロハ・・・一言聞いてくれれば、と思いましたが、「おれはできるんだ。」なのか、自分の下着以外には、まったく興味がなく広がらないのか、お母さんを驚かせよう、なのか、お母さんなんか無視、なのか、私には理解不能です。

私は、寝坊してげんちゃんより遅く起きてしまいました。完全遅刻! 
「どうして起こしてくれないの?」
げんちゃんは、私の立ち位置にはたてません。
「はあ?」
仕事やばい! とばたばたしている横で、
「ねえねえ、これは何?」
と言って、ひきっぱなしのふとんをさします。いつも、そう注意されているものだから、鬼の首をとったがのごとく、私を非難している模様。

「あのね~。あなたが声かけてくれないから、お母さんは寝坊しちゃったの! お母さん仕事あることがわかっているんだから、普通は、声かけてくれるものだよ。自分が、目覚ましとめちゃってるんでしょ! 私は、ぜんぜん時間がなくて困っているんだから、今日は、あなたが布団を上げてちょうだい! 」

 いらいらします。こっちの立ち位置に立てないげんちゃんは、「合宿行って、俺ちゃんとできるよ。」となっているみたいです。朝は、洗濯だけ、意識が入っていたのでしょうか。ほかは、旅行バックも居間の真ん中に広げまくり、ほったらかし。上着も、チェアの足元にほ

ったり投げています。

 なんか、ちぐはぐちぐはぐ。仕事に遅れるとばたばたしている私のことも、そんなことは知ったこっちゃない。自分のことだけ。こっちが、余裕がなくばたばたしているときは、げんちゃんって、何にも役に立たない、どころか、ほんとにうっとおしい。

こういう状況になると、げんちゃんの自己中が、クローズアップされます。パートナーが発達障害という方の一部は、こういうタイプのストレスって、かなりあるんだろうな、と、思いをはせました。

 もう身長も私を追い越しているげんちゃん。期待してもだめよね、とわかっていても、ほんとにいらいらする。日々、たくさんやることがある私が、どれだけ、気持ちをさいて、あなたにかかわっているか。時には、わかってほしい、そういう気持ちがあると、ほんとに、つらいものがありますね~。小さな子供だったらあきらめもつくけど、こんなにでかくなってるのに、なんなのこれは!
 そういう気持ちになるのは、ほんと自然なことだと思います。
 だから、なんとしてでも、この自己中につながるげんちゃんの障害を、しっかりなおしていきたい、と思います。


昨日K先生と話しました。K先生曰く

げんちゃんは、まるで、幼稚園児みたいな感覚のところが多いですよね~。いや、幼稚園児は、ある感覚があるけど未熟なだけで、それがだんだん年数とともに育つけれど、げんちゃんは、そもそもない。そんな部分も多いですよね。」

ほんと、勉強どころじゃないし、たとえ、なんとか、外側は作ってみても、これじゃあ、社会に出て何にも使えない。まずは、人間にしなくっちゃね。そんな感じです。

げんちゃんは、まだまだ、自分の気持ちを表面的なところでしかとらえられていなくて、コアなところは、自分でもわからない。なんとなくとらえて、これはやならくちゃいけないことだから・・・と表面だけつくろってみる。どうもそういうところにいるように思います。

心のしんの部分で、腑におちていない。いろんなことが腑に落ちてくるとこまでもっていくのが、今からのステージなのかな~と思います。


腑に落ちていないところで、とりあえず、表面だけをつくろったり、おりこうさんにしてみたりしているところで、褒められたりすると、直行でずるい人間になってしまう・・・・そういえば、Sさんは、そんなことを言っていました。今は、無責任にほめるのは、タブーというのは、そういうことなんだ、となんか、ちょっと腑に落ちました。




by glow-gen | 2019-03-28 14:27 | Comments(2)

感情に振り回されず、心の深いところでとらえる

げんちゃんは、成長(自分自身というものが、初めて出てきた)と同時に一気にやってきた、3歳児と思春期の反抗期みたいなのが噴出して、ほんとに苦しい日々を送っていました。(6年生から?)
でも、そのピークは去り、落ち着き始めていました。そのため、私は、ぐっと新しいステージに行くかな~と期待するのですが、ちょっとしたことで、また再燃し、なんとか、マイナスからまたゼロ点にもどす、という感じのことを繰り返していました。もどかしく、長丁場を覚悟する日々でした。

 では、次のステージとは何なのか。
私なりに思うに、げんちゃん自信が、生活にしても、学習にしても、自ら努力していきたい、闇へ向かうのではなく、光に向かいたい、と明確な意思を持てることだと感じました。自分の意志というものを、ぼんやりでも持てるようになってきたのに、感情だけに振り回されているげんちゃんが、感情に振り回されず、正しい価値観を握ろうとすることだと言えるかもしれません。

 普通の子は、そこまで明確なプラスの意志を持たずとも、なんとなくでも、周りに合わせ、能力の数十パーセントも上手に使えば、そこそこ周りと足並みをそろえて紛れて生きていけるのかもしれませんが、この子たちが突き抜けるには、徹底したプラスの意識を持たねばならない、と私は確信しています。そもそも適当に上手になんていう言葉がもっとも合わない子です。プラスかマイナスか、明暗がはっきりしている。雑念なく、ひたすら目標に向かってピュアに努力していく、という本人の意識なくしては、決して障害を克服することはできないし、突き抜けて、彼がもらった豊かな才能(必ずあると信じています。)は花開くことは難しい。

 げんちゃんは真摯に、生活でも学習でもなんでも、当たり前のことをこつこつ努力してこなせるようがんばる必要があるのです。でも、そのために心をしっかり動かすためには、なかなかきついことだし、疲れるし、というので、逃げてしまうげんちゃんなのです。昔から、ちょっとでもめんどくさい、と思えることはことごとく、気持ちが抜け出してしまうげんちゃんです。そして抜け出してしまえば、記憶さえもあやうい・・・プラスへむかうどころか、自分が落ちて行ってることさえ認識できないでいる。

 でも、マインドマップが旬と感じて、勉強そっちのけで、毎日取り組み続け、その中でげんちゃんが、登って行っている感触が出てきました。
 げんちゃんが、マインドマップから、手伝ってもらいながら書いた作文は、日々、どんどん前向きなエネルギーが加わってきました。

げんちゃんが、学校の一日をふり帰った作文

社会、英語、体育では、ちゃんとしないと、と思った。だから、振り返った時、すっと言葉が出た。よく思い出すことができた。授業の風景が浮かんだ。国語と数学はいまいちわからなかった。
わからないときは、ふーってぬけていく感じがする。
だから勉強をすることができない。振り返りをしても、授業の風景が浮かんでこない。学校の先生の話も内容まではわからない。
振り返りがきちんとできた時は、 「きちんとする。」と思った時だ。
この気持ちを持てばできる。失敗もしなくなるし、できることも増えて、自信がつく。

そしてまた二日後 マインドマップで、少しずつたどたどしく、こちらでつなげながら・・・

朝は残念だった。おきれなかったから。
原因は昨夜ゆっくりしすぎたことだと思う。
やるべきことをさっさとやればよかった。
僕は、今日、学校で、問題を読むということを心掛けた。(実は、英語のドリルは、読まずに、適当に答えを書いていたことが発覚し、前日指導!)
いつもより授業がわかったように思う。
家庭科の時間、刺し子を作ろうとしたけれど、わからず、黒板の説明を読んでなんとかしようとした。しかし難しく、困っていたらR君が教えてくれた。わからなかったけれどうれしかった。頑張ろうとすると誰かが見ていてくれる。がんばることは大事だと思う。
ほかの授業でも気持ちが入ってきている。気持ちがはいればできる。

また今日、げんちゃんは、今までにない前向きな目をして、前向きな発言をして、K先生を感動させたのだとか。私が夜家に帰った時も、一人で、苦手なリコーダーの練習をしていてびっくりしました。


 げんちゃんは、今自分の心を見つめるときなんでしょうね。そして、やっと手を貸すと見つめられるようになってきたようです。ただぼ~っと目の前におこる事象を見るともなしにたたずむ、というのではなく、心でつかもうとして見る。そういう心の働きが動き始めているのでしょうか。・・・逃げ込むところを封鎖して、コツコツと下から支え続け・・・あともうひとふんばり!
光明が見えてきたのでしょうか・・・・

そうだったらいいな~と思います。


 

by glow-gen | 2019-03-20 00:45 | 思春期 | Comments(8)

発達障害の思春期は薬漬け?

  げんちゃん育児をしてきて、たくさんの苦労はありますが、思春期の苦労というのは、けっこう大変だな、と思います。
昔は、ほとほと何もできないげんちゃんを見て、発達障害とは、知的な遅れ・・・つまり、俗に言う、頭が悪いくらいに思っていたのですが、そうではなくて、精神の障害なんだな~と認識させられています。

 子供の性格にもよるのでしょうが、げんちゃんのように、自分の好き勝手な世界観でまわりを見て、感謝の気持ちもよくわからない、自分の立ち位置もあまりよくわかっていない、そのくせ、自分の都合の良い解釈で横柄な態度になる。ほんとやれやれです。
 普通のお子さんでも、思春期は大変なのに、まわりが見えない、感じることができない。感じても、捨て去る。こういうマイナスがくっついているげんちゃんは、時々、モンスターみたいです。

てなことを、年上の発達にかかわるお仕事をされている友達にぼやくと、ちょっと衝撃的なことを言われました。

「そうですよね~。発達障害のお子さんは、思春期あばれたり、とんでもない言動に困ることが多くて、ほとんどのお子さんが、どんどん薬が増えてくるんですよ。」

え?薬・・・彼女は、佐賀県でお仕事をされている方で、佐賀県は、早期に発達障害のお子さんに薬を使うらしく、彼女はそれに、疑問を感じているそうです。

 薬なんて、考えたこともなかったので、ほんとにびっくりしました。でも、確かに、一般的になされるように、基準を落としまくる教育・・・
 社会的モラルさえ、基準を落として育てる教育をほどこしていくと、発達障害のお子さんは、自我の爆発する思春期になって、薬をがんがん飲ませないといけないくらい、大荒れする子もたくさんいる、ってことなんでしょうか。

わたしの周りの発達障害のママ友には、薬の使用を育児の中心に据えているようなタイプはいないので、そういうスタンダードがあることに、ちょっとびっくりしてしまいました。

いや、もしかしたら、私がやってきたことの方が少数派なのでしょうか・・・・

でも、もう一人の友人の発達ママも、ある親の会に参加したら、グループラインは、いつも薬の話題で、どの薬がどう効いた・・・・そのようなことばっかりで、ついていけなかった、と言っていました。

この話は、私にとって衝撃的だったのですが、考えてみれば、発達障害が精神障害なのであれば、薬も当然なのかもしれませんよね。

 だって、日本では、精神疾患の主な治療法は、薬物療法ですからね。精神科や心療内科にかかる人の多くは、ほとんどが薬にたよっています。病気によって薬で緩解する方もいるとは思いますが、私が医療現場で見る限りでは、薬漬けで、精神疾患からさっさと抜け出てくる人を見たことがありません。真の原因療法でないかぎり、薬は、せいぜい対症療法で、なかなか完治には結びつかないと感じます。

今までの日本の精神医療が、精神疾患に大きな成果をあげていないことを、私は見てきました。

 それゆえに、医療に過剰な期待はないのです。私は、薬で発達障害が治るとは思わなかったし、それによる、弊害の方が気になったので、薬を飲ませようと考えたことがありませんでしたが、世の中は、いかに、薬で発達障害を改善させよう、もしくは、まわりにかける迷惑を減らそうとしているのだな、ということを知りました。
 逆に、げんちゃんの発達障害がわかった時に、一番縁のないのは病院だな、とさえ思った私でしたから、私の常識は、一般からすれば、ずいぶんずれていたのかもしれませんね~。

 多くの、薬を増やしている発達のお子さんのことを思うと、げんちゃんは、これでもましな思春期を乗り越えようとしているのかもしれませんね。
上がったり下がったりと振り回されて、私一人では、なかなか対処できていませんから、私は、偉そうなことはまったく言えません。

S先生は、発達のお子さんだけではなく、独自の方法で、パニック障害など、多くのクライアントさんを治した経験を持つようです。薬の話をすると、そもそも、医学界は、精神疾患の本当の原因をわかっちゃいないからな~・・・薬を使うくらいしかできないんだよね。と、ため息交じりにつぶやきます。

医療現場にいる私もついうなづいてしまいます。げんちゃんを病院に連れて行くのなんて、時間の無駄とさえ、平気で思っているふしがあります。・・・就学時診断名をもらうときだけ、とりあえず、お医者様の力を借りましたけど。

もちろん、独自にいろいろ取り組んで成果をあげている医療機関もあると思いますから、すべてではありません。また、改善を中心にすえて、薬も上手に使うママも知っていますから、それは上手にやってるな~と思います。薬を徹底非難するわけではなく、薬こそ、発達の改善法だ、という考え方には違和感を覚えます。

でもとにかく、発達障害の思春期、大変な思いをしている発達ママたちにエールを送りたい気持ちになりました。







by glow-gen | 2019-03-07 20:11 | Comments(5)

発達障害のわが子を褒める時、とくに思春期?

  「ほめること」、がげんちゃんの弊害になる、と前回のブログで書いたのですが、私も、最初は、よくわかっていなくて混乱していました。
でも、最近少しわかるようになってきました。

 たとえば、げんちゃんは、最近、トルコ行進曲をざっくり全部弾けるようになりました。それは、私もうれしいし、ちょっとした達成感があります。でも、よくよく考えれば、ざっくり弾ける、というところまで、1年もかかったわけで、普通の子なら半年もいらないかもしれません。
 でも、私たちは、げんちゃんが、あまりに何にもできなかった子なので、
「すご~い。そんな曲、普通クラスの子だって、そうそう弾けないよ。」
なんて、感動をこめて言ってしまうのです。

 私たちの心の中には、げんちゃんは、普通の子のようにはいかないけれど、げんちゃんにしては上出来だよ。という気持ちがあります。もし、知的な障害のない全盲の子がいて、1年かけてなんとか弾いた、ということになれば、その子は、同じようにほめられても、「普通に目の見える子は、すぐに弾けるかもしれないけれど、なんとか、1年かかって弾けるとこまできたんだな。」と、前提条件を入れて、受け取るんではないか、と思います。

だから、なんの前提もなく、ただ、すごいね~、とほめればいいのです。

しかし、げんちゃんにそのようなほめ方をすると、げんちゃんは、素直に、ぼくは、普通の子と同じような条件でできている、ほめられる以上、そうなんだ、と疑問なしに思い込むようなのです。

発達障害のお子さんでも、自分の立ち位置をしっかりつかめているお子さんなら、ぜんぜん、配慮なしに、ほめてもいいのかもしれません。

しかし、自分の立ち位置を把握することがとても苦手な子だったら、前提なしのほめ方は危ないというわけです。

知り合いに、6年生になるかいじくん(仮名)という発達障害のお子さんがいます。その子は、げんちゃんより、まだまだ幼い感じのお子さんですが、彼はよく、お友達と衝突します。

そんな時、家族に、お友達が悪い! という風に怒って話すそうです。彼をよく見ていると、支援クラスで、いろいろサポートしながら交流級に行っているのですが、どうも、自分は、その子たちと対等という立場でいるようです。
あらゆる場面で、級友にサポートされてなんぼのもんなのですが、まるで、そういうことは眼中にないようです。

そろそろ思春期に入り、立ち位置がシビアに求められてくる時期に入ろうかとしているのに、いまだに、周囲の大人たちは、かいじ君に対して、幼児に言うようにほめたり叱ったりしていました。

「かいじ、すご~い、できたやん!」

これでは、かいじくんは、自分の立ち位置をなかなかつかめません。

げんちゃんのことで、ピアノの先生におもしろいことを聞きました。

音符を書いたりする記述の宿題があるのですが、げんちゃんはやらない時も多いので叱ると、翌回はしてくるそうです。しかし、そこで、ほめると、次の回はやってこないそうです。

なるほどね~と思います。

こういう場合のほめ方も、

「ちゃんとできるじゃない。げんちゃんやればできるんだよ~。よくがんばった。でもね、一回くらいやってきたって、普通の子と同じではないよ。普通のお友達は、毎回ちゃんとやってくるよ。げんちゃんも、毎回ちゃんとできないとね。」

そして、前回のリズムうちも、こうほめればよかったかもしれません。

「ちゃんとできたね~。普通は、小学校2~3年生になればできるようになるんだけど、げんちゃんは、中1でやっとできるようになったね。げんちゃんだって、がんばれば、少しおそいけれど、ちゃんとできるようになるんだよね。ほかのことも同じだよ。普通より遅いけど、がんばればできてくる。」


げんちゃんがしっかり普通の世界でも、がんばってやっていけるようになることを目指している限り、基準は、普通の基準である、ということなのでしょう。

そのことを自分でつかめないかぎり、基準のない無責任なほめ方はとても危険であるということなのでしょうね。


また、できているのに、自分を過少に評価してしまい、自信が出ないという子にも、基準をしっかり与えてほめれば、自分の立ち位置がわかるのかもしれませんね~・・・


とにかく、ほめる育児というのは、間違いではないけれど、ただ、もちあげて無責任にほめる、というのではなく、その子ががんばったことを認めてあげて、次の目標を据えられるようなほめ方が大事なんだと思います。

まあ、げんちゃんを育てていなければ、そういうことも、掘り下げて考えることはなかったでしょうね~。


当のげんちゃんは、あいかわらず、発酵中なのかもしれません。
中一が終わりに近づいて、振り返れば、やはり、相当伸びたことは確かなようです。それに見合う心の成長がぐんとおこることを期待したいです。


by glow-gen | 2019-03-04 13:26 | ほめるということ | Comments(10)

いやなことはやりたくない。意識の改善と思春期がかぶった

  げんちゃんは、自分の気持ちを、前より少しは、自分の手中に収めることができるようになってます。そうすると、いやなことに対して、けっこう上手に逃げたり、抵抗したりするのも、より確信犯的です。さらにさらに・・・

やらなきゃいけないこと、勉強に限らず、生活全般でも、げんちゃんは上手にずるをします。もともと、自分にとって関係ない、とか、捉えたくない、とか思えば、平気で自分の戸を閉めてしまうふてぶてしさがあるげんちゃんです。しかも、人から少しくらい、圧をかけられても、それを気にする閾値が、普通の子より高いげんちゃん。(鈍感ってことですが) 平気で、独自路線を突き進みやすい。
 ”ずる”と言っても、普通の子のように狡猾に計算するというより、野生の感で、逃げる穴をすっと見つけて、そこになだれこんでいく感じです。Sさんのかなり怖い叱咤激励も、他の子の70パーセントくらいの持続性になっちゃう。平気で、なかったことにしたりする。

 だから、そこを、しっかり矯めるために、私やK先生は、勉強の進ちょくどころではない、という価値観で日々格闘しています。

気持ちを入れれば、けっこういろんなことをやれるようになってるだけに、彼の”ずる”や”逃げ”がげんちゃんの前面を覆う時と、そこそこ前向きになっている時で、ものごとのパフォーマンスは、天と地ほど分かれてしまいます。もちろん、プラスの方は、めったに出ませんから、すごいエネルギーのマイナスに立ち向かうことが多く、みんなへとへとです。

先日大きなできごとがありました。K先生と学習する日、げんちゃんは、自主性を放棄し、適当にやっていました。それで、K先生に指導されると、さらに、悪くなって、そこをまた指導されると、

「先生がそんなこと言うからだよ!」
と食って掛かったようです。先生も、しばらくほっといて、最後には、やっとプラスにもっていってその日はおわりました。しかし、あとになって、とんでもないことが発覚しました。
なんと、げんちゃんは、帰りに、玄関にあった先生のサンダルを持ち出し、道路に放り投げる、という暴挙に出ていたのです。

 あとで先生が気づいて連絡してくださったので、私はすかさず、、

「あのさ~、そういうことって、犯罪だから!」
と、そっちの方向で指導しました。

それでも、げんちゃんは、翌日まだ、
「先生が悪いから、僕はそうした。」
・・・的な言い訳に終始し、先生のところに行くのを家でしぶってごろごろしていたらしく、先生が電話をかけてくださったようです。

「今日は来ないの? あ、そう。じゃあ勝手にすれば~。でもね。こっちも勝手にするからね。昨日の玄関くつのこと、警察に電話します。」

先生はぶちっと電話を切りました。げんちゃんの慌てたこと、慌てたこと。何度も電話をかけてきたそうですが、先生は一切取り合わない。すると、げんちゃんは、とるものとりあえず、駆けつけてきたようです。
まだまだかわいいげんちゃん。先生のところにやってくると、そわそわ、おろおろ。やっと、白旗かかげたようです。

先生は、そこからげんちゃんに手厳しく、げんちゃんの態度、考え方、すべて、修正するべく、対応してくださったようです。長年げんちゃんにあたって、げんちゃんの手ごわさを百も承知の先生。なんか、先生も成長したな~と思ってしまいました。


 警察は大袈裟ですが、げんちゃんはそれくらい印象深くやんないと、自分が悪い、ということをしっかり心に落とせないこともわかっているのでしょう。先生の2年生のお子さんにまで、

「げんちゃん、そんなことしたら、犯罪だよ。中学になってそんなこともわからないの?」

なんて、だめおしされてました。笑

 そういう事件があったその翌日は、おかげで、げんちゃんの意識はそこそこ入ってよかったようです。でも、その事件一つで、全部がオーケーになるわけもなく、まだまだ逃げの気持ちの上に生活しているげんちゃんです。


 さて、そんな毎日の格闘の中で、昨日は、清塚信也さんのピアノコンサートの日を迎えました。
 しかも、その日は、朝から実力テストでした。20点とれるものがあれば、とりあえず〇くらいに考えるしかありません。4月の段階では、1時間目の国語で終わっちゃって、あとは、10点さえとれないような結果でしたから、5時間どこまで集中がもつか、というのが見どころなのかもしれません。でも、2学期までの範囲は、けっこうこっちががんばらせていたわけで、こういうげんちゃんの状況にあっても、そこまでのところは、少しは良いところが出るといいよな~・・・なんて、ささやかな希望をもってしまう親心。 そういう気持ちも、持たない方が、あとでがっかりしないか・・・・ははは


終わって、げんちゃんは、しきりに、
「首が疲れた~。きつかった~。」
を連発しています。それだけかい・・・

コンサートのことは、次に回します。

by glow-gen | 2019-02-02 17:13 | 思春期 | Comments(9)

学習をみてやらずほったらかす。

げんちゃんほったらかし週間3日目・・・
私は、用事で夜中に帰ることになりました。げんちゃんは、あいかわらず、朝まったく起きません。起きてもぼ~っとしてなかなか動かず、あきれ果てるばかり。ここもほっとこうと思うけれど、さすがに、声をかけて、少し急がせました。でも、きっと遅刻だろうな~・・・もう、毎日毎日朝のこのバトルは疲れ果てます。

 夕方、おばあちゃんから電話がかかってきました。
「今日は、げんちゃん、K先生の所に行かなくていいの?」

朝出がけに、私は、げんちゃんに、
「もし、K先生に勉強見てもらいたいんだったら、自分でお願いしなさい。やる気ないんだったら、行ってもしょうがないから。」

とすげなく言っていました。果たして、げんちゃんはK先生のところに行くのかな~。おばあちゃんによると、げんちゃんは、帰ってきて、くつろいでテレビを見ている様子。K先生のところに行く気配はないようです。(ちょっとがっかり。)

さて、夜になって、私が帰ると、げんちゃんはもう寝てました。気になって、自主学習ノートを見てみたら、宿題の2ページはぎっちり埋まっていました。ほう! 自分でやったんだ・・・内容は、理科と英語と漢字。

理科にいたっては、前の日にやったドリルの間違った問題をちくいち全部写して、回答と解説を写し書きしています。理解できているとは思えないけれど、とにかく、びっちり写しているのは、意識レベルとしては高かったかも。漢字も、小さな字でぎっちり。英語は単語をぎっちり。

う~ん。内容は間違っていたりしてるし、どこをやるべきか配慮したり、覚えるための工夫ををしながら書く、といった戦略があるとは思えないけれど、とにかく、自分で何とかノートを埋めたことは認めよう。しかも、いつものノートより、ぎっちり感たっぷり。

そもそも、ノートのレイアウトとか考えてないのが、逆に一生懸命感を醸し出したもよう。

自分で勉強するイコール、チャレンジタッチを、浅~く、タッチするだけ、とか、な~んも考えず、くもんの簡単なプリントをちゃちゃちゃっと、適当に埋める、的なことしかしなかったげんちゃんが、たった一人で、大学ノートびっちり、しかも3教科やる、なんて、やっぱり、初のことではないですか。


翌日パパに聞くと、げんちゃんは、おばあちゃんのところにある、自分の机(ほとんど使われてなかった)を、かたづけ、(まあ、上のものを下においた、くらいじゃないかと思うけど)、げんちゃんは、勉強していたらしい。

自宅に帰ってきたら、しばらくテレビを見ていたけれど、パパが、
「もう勉強しなくていいの?」

なんて、遠くから声をかけたら、また、勉強し始めたらしいです。


よくわからないけれど、ほったらかされる、ということに、どこかあせりを感じている、というより、なんか、一人でやることにちょっと喜びでも見いだしたのかな~・・・・

このまま、勝手にやらせていても、テストの点数が上がるような成果はなさそうだけど、勉強をするために、最も必要な、なぜ、こうなるのかな? とか、どういう風にやればいいのかな?、とか、どうして間違ったのかな? とかいう、げんちゃんにもっともかけている、”意識を作る原動力”が、ふいに、突然、なんかのきっかけで、生まれてくることもありうるのかな~。
 そんな意外性が、ひそんでいる臭いがします。


今のところ、まだまだそこまで行かず、スタイルだけを追求しているようですし、意外な副産物も、そうそう簡単に生まれるほど甘くはない感じはしますが・・・。。


でも、トップダウンでやっても、どうしても働いてこない、一番肝心なところが、動けばほんとにうれしいです。

とはいえ、何かが生まれるにしても、相当な時間がいりそうです!

たまたま回路がつながるまで、このままほっといて、じっと待つのも、あまりに効率が悪い感じがしますよね~。

そうだ、ここはパパに、かなり離れたポジションから、勉強のしかたや、やりかたの修正を、アドバイスしてもらうのがいいかもな~・・・パパは、今までぜんぜんかかわってこなかったので、隣のお兄さん的な位置にいて、げんちゃんの自立スタイルを乱さず、少し修正ができるかもしれませんね~・・・


まだまだ模様眺めです。。

by glow-gen | 2019-01-18 20:36 | 一人で学習する | Comments(12)

げんちゃんの、真の反抗期が始まったようです。

 
a0184225_23180178.jpg
あれほど、なかなか、しっくり切れなかったパンも、今日は楽々、短時間で人並に切りました。こういうのも、いろんなところの進歩の下支えしているのでしょうか。


ほんとにやきもきしながら、精神的にげんちゃんに振り回されてきたこのごろです。
私の言うことは聞きたくない、うざい・・・そういう態度が出てきて、なかなか思うようにならない。それでいて、本人にまかせていたらできるか、と言うと、とんでもない。私は、彼を見守ることもできず、かといって、指導しようとしても、つっぱねる。
 母親への多大な甘えをばねに、自分の心の迷い、もやもやと戦っているようなげんちゃんがいました。

 ”柔道の帯が結べない”、事件は、結局体育の先生が2回くらい教えたそうです。でもとどめは、体育のあとにあった支援クラスの授業で、支援の先生がまた教えて下さって、げんちゃんはすとんと納得できたようです。

「○○先生(支援の先生)は、ナイスだったよ~。いい仕事してくれた~。」
と、K先生に言ったそうです。なんじゃ、その上からの言い方・・・と、K先生は笑っていましたが、学校であったことを的確に伝え、自分の思いも伝えたことで、成長を感じたそうです。

 今週になって、げんちゃんは、家に帰るなり、チャレンジタッチをひらいて、自分の好きな所を好きなようにやり始めました。この日は、野球に行くので、野球に行く前に、宿題の自学ノートをやっていた方が、あとが楽です。
でも、私は、何も言わず見てました。今までなら、好きな漫画だったり、録画した好きな番組だったり、もっと自分の世界観にとじこもるようなことに走っていくのに、なんか、そこそこ建設的なことをしています。

 少し、行動が変わっていることに気付き、好きなようにさせて見てるだけ~に徹した私でした。
結局、自学ノートは、なかなか取り組もうとせず、夜になって、何度か声をかけた次第です。なかなかしません。でも、やろうという気もちは伝わってきます。数十分後なんとか取り組み始めました。さすがに、数学をやらせたので手伝いました。でも、案の定すぐに眠たくなって寝てしまいました。

 は~・・・・。
でも、なんか、今までと違います。今までは、ほったらかせば、マイナスの方向にも平気で行こうとするようなところがあったのに、ほったらかしても、とりあえず、プラスの選択をする。なんかそんな感じです。

あ~。げんちゃんは、やっとスタート時点に立てたんだな。そんな思いがよぎります。やっと、本当の反抗期なんだな。・・・・
私は、ふっと力が抜けました。
そう、私も子離れをしていこう! そんな気持ちが入ってきました。まだまだサポートはいりますが、やっとこさ、見守っておこう・・・という気持ちが無理せずにあふれてきます。
今までは、そうは言いながら、どこか、でもね、そうすると、ちょっとやばいんだよな~・・・という後ろ髪引かれるような危なっかしさがありました。
しかし、やっと、時が到来した。そんな感じです。

昨日は、K先生と、家に帰ったら、どういう過ごし方をするのか、そういうことをメモして話し合ったそうです。お風呂はいる、日課そろえる、寝る用意する。昔なら、シュミレーションしても、帰るなり、自分のやりたいことが優先されて、何一つできてない、そんなことばかりでした。でも、昨日は、ばりっとできたわけではないけれど、自分のやりたいことだけに気持ちを持って行かれずに、なんとか、一人でこなしたようです。おばあちゃんとこから、食事後一人で家に帰って、明日の用意をしたり、風呂に入ったり・・・・
もちろん、自分の好きなこともしはするけれど、それだけにはならなかったようです。

残念ながら、私が帰ってきた気配を感じると、無視するように、ふとんにもぐってしまったげんちゃん。ふ~ん、かわいくないな~・・・。私は、やさしく言葉をかけたけれど、すげなくあつかわれてしまいました。

ま、でも、普通の男の子の反抗期と思えば、やはり成長なんでしょう。

不思議なもので、私の気持ちがどっか吹っ切れると、げんちゃんの横柄さもあまり気になりません。ま、外で失敗して、矯められるしかないか。幸い、K先生やS先生がいてくれるし、学校の先生にも、ちょっと演出してもらうようにお願いにいきましょ。

私は今まで、げんちゃんが自分の行くべき方向、やるべきこと、もつべき思い・・・そういうものがふらふらして、定まりきらないでいるのを感じていたのでしょう。それで、手放したくてもなかなか手放せなかった。そういうことだったのでしょう。

やっと、よたよたとした足取りであっても、自分の行くべき方向性に舵切りができる、スタートに立ったげんちゃんのようです。

真の反抗期の幕開けでございま~す。
私は心の中で、緞帳(どんちょう)を上げるような気持ちになりました。

PS
と言っても、これは、しっかり叱らなくちゃ、というとこは、やっぱり、叱っておりますけどね。
普通は、泳がせているだけに、ここぞというときの、私の雷の一撃はすごいかもです~。汗


by glow-gen | 2018-12-07 19:52 | 思春期 | Comments(5)

心の中でもやもやしている思春期。反抗期の乗り越え方・・・?

 
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ショパンの革命を聴いてのインスピレーションらしい。
ショパンが祖国の一大事に、怒って、帰っているところ、らしい。
まるで抽象画。げんちゃんは、何でも抽象画になってしまうところがユニーク。暗い画面から、まだまだげんちゃんの心がもんもんとしているのがわかるようです。これは、絵画教室での絵。先生に、色遣いをほめられた。
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a0184225_17154000.jpg肖像画は、テレビの画面をとめて描いたらしい。大きい物を小さく写せたので、進化を感じます。昔にくらべて、破綻が少なくなってるよな~・・大好きなバッハ
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絵を描くことで、心が落ち着くならいいな、と思います。
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Sさんは、ユニークなことを言われます。「ベートーベンは、曲に、ぎらぎらした自我が感じられる・・・ 」確かに、彼は、出世欲が強かったみたいです。そう言うことも感じちゃうらしい。不思議。げんちゃんは、Sさんがおすすめするモーッツアルトとバッハが好きで、(すすめられたからではないですが)今は、バッハです。絵とバッハで、この時期を乗り切るのかも知れない。
昔は、スマホをわたすと、すぐにヒカキンを見ようとしたけれど、今は、すぐにバッハにいってくれるので、スマホを渡しやすくなりました。結局、ゲームはスルーしました。ありがとうバッハ様~・・笑

 げんちゃんは、表向き、良かったり悪かったりを繰り返しながら変態を遂げようとしているのでしょうか。げんちゃん自身は、心がもやもやもやもや、ほんとに苦しんでいるようです。

 げんちゃんは、もともと、自分がどう思うのか、どう考えるのか、というのを捉えることが難しかった子です。Sさんのおかげもあって、自分の意識というものがやっと外に出てきて、自分自身の人格の輪郭が、おぼろげながらでも、多少は浮き出てきたんだと思います。
 しかし、自分の人格とおつきあいするのは、まだまだ初心者。うまく言えないけれど、植物状態に近かった人が、めざめてきた当初みたいな感覚なのかな、と思います。

 感情、意識、思い、・・・・私もうまくつかめませんが、内面的に生まれたばかりの自己をもてあましているのでしょうか。
最初から、自分はこうだからこうしたい・・・。言葉にして上手に表現している発達障害の子も見かけます。

小学校の支援クラスでは、げんちゃんよりずっとクリアな感情表現を持っている子がたくさんいました。長いこと、私がげんちゃんに感じていた違和感のもとは、げんちゃん自身の自己が感じられないこと。今なら言葉にできる。

 げんちゃんは苦しんでいる。と言っても、外側だけを見てもよくわかりません。Sさんが、そう解説してくれるので、そんなもんかな、と思う私です。

 今体育で、柔道をやっています。げんちゃんは、
「柔道の帯の結び方がわからない。」
と言って、めずらしく、家で、保健体育の本を出しました。ちょうど、宿題をさせるのをばたばた、間に合うか間に合わないかの瀬戸際のときに、意識がとんで、急に保健体育の本をつかんだのです。(宿題は、とうぶんやめたほうがいいのかな~・・・、まだまだ、宿題をしなければ、なんていう気持ちが、希薄です。)

いつも、こういう感じで、何をやっても、こっちとタイミングがずれますよ。でも、あきらめて宿題をおいて話を聞いてみると、げんちゃんは、帯の結び方がわからないけれど、友達にも聞くことができないようです。

「友達に聞けばいいじゃない。悪いけど、どうするの?教えて、って言えばいいんだよ。」
私は言いました。
げんちゃんは、ある程度うっとおしさがなくなってからは、自分から普通クラスの子に働きかけることはなく、周りが、察してやってくれる、ということを繰り返していたのだと思います。だから、中学になって、そうそう親切な子も周りにいなくなると、どうしていいのかわからないんでしょうね。

ただの勉強なら、自分だけのことで、やれてなくても、おおっぴらに恥もかかないけれど、体育は、そうもいかない。
それを聞いた私ですが、あえてこっちから、どんどんお膳立てすることなく、アドバイスするにとどめています。人に聞けず、毎日本を見てるのもよし。私に教えてと頼むのも良し。どうするのでしょう。今日帰ったら、体育のことを振ってみましょう。

中学は、先生が寄ってきて、すべてやってくれる、なんてことがないのがいいです。他の教科でも、そういうちょっとした恥をかいてくれるのがいいな、と思っています。

そう思っていると、げんちゃんが言いたくなさそうにある日言いました。

「○○君は感じ悪い。僕に右と左わかる? と聞いてきたんだよ~。」
なるほど、げんちゃんをおおいにばかにしている発言のようです。
「そうなの?。で、げんちゃんはどうしたの?」
「もう!知らん顔した。・・・・先生に言いつけるといいんだよ。」
言ってるげんちゃんは興奮してます。どんな顔して、無視したのでしょうね。

「そういうときは、わかるよ。一応ね。と、明るく言っておけばいいのよ。」
あまり深入りせずに、聞き流しておいた方がいいと、私も軽く受け流してます。自分でせっかく考えているんだからね。(つい、色々言いたくなるんですけどね。)
体育にしても、ちょっと意地悪なお友達にしても、今は、とても刺激になってグッドだと思っています。げんちゃんの心が動くようです。私の力ではもう持って行けない部分。げんちゃんが感じ取って、変わっていかないと行けないんだと思います。

 いじめはいけないけれど、常にお膳立てした善意の中にだけいると、げんちゃんと言う子は、平然と、当たり前となり、心が動きません。少し意地悪言われるくらいが、今の彼にはあってる。ちょうどいいな、と思います。

少しずつ、私も、介入せずに見守る要領がつかめてくるといいな~と思います。まだまだ試行錯誤。私にしては、めずらしく確信がない・・

げんちゃんの好きなことだけをさせていると、親子関係はいいです。でも、学生として基本的なところをやらせようと思うと、摩擦がおこります。
私は、人間ができていないので、時々Sさんに、ヘルプミーしながらやっています。笑


しかし、げんちゃんの心は水面下で少しずつ変態しているのかもです。最近、げんちゃんは、自分で絵を描くことがあります。絵画教室で自信をつけたのもあるし、S先生によると、むかしより、自分の気持ちをはき出すことができはじめたので、絵がうまくなった、そうです。

あれだけ絵が描けないげんちゃんが、ほんとに、素敵な絵を描くので、私は、密かに、彼の絵のファンになっています。

by glow-gen | 2018-12-03 17:19 | 思春期 | Comments(14)



中学2年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
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中学2年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学2年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて8年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
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