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げんちゃんの発達障害プロジェクト

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まわりが少し見えてきたげんちゃん 外づらが作れる?

 中学になって、少しは、変化がありましたが、げんちゃんと私はしょっちゅうバトルばっかりしてます。

 朝起きない、ということに始まり、なんでもやりっぱなし、こっちの話を聞こうとしない、こっちの気持ちをさかなでするような態度を平気でする・・・・・まあ、どこのうちにもありそうな中学生の男の子の生活。そう言ってしまえばそれまでですが、発達障害のげんちゃんにとっては、見過ごせないことばかり! ほんと疲れてしまう日々の連続です。
 中学生ショックは、少しげんちゃんのステージを上げているけれど、私に対するでたらめな態度は、なかなかかわらず、困り果てる日もしょっちゅうです。

 でも、先日学校見学をして、
あ、げんちゃん、外では、家よりちゃんとやれてるんだ・・・と思いました。少なくとも、峰くんほど、机の中がぐちゃぐちゃでもなかったし、先生に対しても、私に対するような態度ではありません。むしろあの学級崩壊したクラスでは、おとなしく、素直でいい子・・・そんな風に映るかもしれません。

 つまり、外づらと内づらを使い分けている、ということがわかりました。外づらとは、周りが見えてこなければ作れません。げんちゃんの悪くない場所はもう一つあって、それは絵画教室です。
「素直ないいお子さんですよ・・・」
「はあ?」

絵画教室の先生は、発達障害ゆえのげんちゃんの行動というのをあまり意識していないようです。小学生が他に5人ほどいるそのクラスでは、げんちゃんは、皆と和気あいあいしゃべりながら楽しそうにやっているのだとか。何でも、
「何でも知ってるお兄ちゃん」
ある小さい子は、げんちゃんのことをそう言ったのだそうです。先生によると、けっこううんちくをたれているらしい・・・
「はあ?」

先生には、発達障害のことも話してるし、問題があれば、それなりに報告してもらうようにお願いしているのですが・・・・

私は頭をかしげました。自分の好きなことをしているげんちゃん、しかも年下の子の中、俺が俺がの暴発状態か、と思いきや、まあまあの平常心でやれているんでしょうね~。

だいたい、お絵かきが好きだなんて、それさえも、はあ?という感じです。昔のブログを見て下さい。お絵かきが好き? はあ?はあ?ですよ。

 先日野球教室を見に行きました。高学年の小学生に交じっているげんちゃんは、けっこういい感じでした。小学校の頃は、どこかまわりに対して、我関せず的な空気がありましたが、なんとなく、周囲に対して、少し意識を動かしているようです。適度な距離感・・・ 

年齢差がちょうどよくて、げんちゃんは、それなりにまわりの子とコミュニケーションをとっているようです。おれがおれがの時期を通り越してしまえば、げんちゃんはちょっと受け身なタイプなのでしょうか。

げんちゃんは、自分が多少は年上なので、後片付けとか、そういうちょっとしたことを、先生にたくさん言いつけられます。率先して、というほど気づかないですが、言われたり気づいたりすれば、まあまあ率先してやっているようです。

小学校で、野球教室卒業させなくてよかったな…と思います。


でも、野球に関して言えば、いまだにルールも覚える気もないし・・・・なんというか、広げようとはしませんけどね・・・先日、野球観戦に無理矢理連れて行った時も、行く前に行きたくない、と言っていたし・・・帰ってからも、そう変化なしです。ディテールは、なんか、ずれてるなあ~と思うことで満たされている感じ。

それでも、どこか手応えは、数ヶ月前とはやはり違っています。

そろそろ、自主性を重んじて、みずから動くのを、少し待つ対応、見守る対応、そういうアプローチに変えていく時が来たな、と思います。


こんなこと思う日が来るとは・・・

by glow-gen | 2018-07-14 11:45 | まわりを読む | Comments(4)

恐るべき意識の力。ソーシャルだって改善するのだ!

   6年生生活も、あと1ヶ月になってきました。小学校は夢のように過ぎ去って行ったように感じます。夏休みにSさんの指導を受けて、意識ということを考えるようになって、げんちゃんは半年経ったわけですが、なんとなく、あの夏休みから、遠くに来たような気がします。

 意識なんて、まったくないようなところから、それが芽生えたところにはじまり、次は、意識がどこへ向かえば正しいのか・・・ということを、探し出す段階に入りました。

それまでは、自分がどう感じるか、ということさえ、まったくつかめてなかった。それが、やっと、つかもうとするようになった。(意識の発動)そして、次は、自分は、どうしたいのか、どうすべきなのか、ということを考える段階に向かうのです。(意識の方向性)

 これは、人間なら、ごくあたりまえのことで、日常で普通にやってる、基本的な部分です。
しかし、意識障害である発達障害のわが子たちは、その人間の人間たる初歩的な部分に欠けを生じているということが、よくわかります。

 何かが、できるようになった、と喜んでいても、本質的に何もかわっていない、と感じ苦しんでいたのは、げんちゃんの実態が、いつもつかみどころがなく、できたことのひとつひとつが、どこかばらばらで、彼自身の中になめらかに組み込まれていかないと、感じたかからではないでしょうか。
 言い換えると、必死で彼にかかわりあっているのに、彼の人格に触れることができないでいたのではないか、と思います。それほどに、意識とは、人格のコアな部分と深く関係するものなのではないか、と思います。

 では、今では、げんちゃんはどう成長していったか、というと、げんちゃんという、一人の人格が、少しずつ水面に浮かび出てきたようなイメージを持ちます。

 連休中に来てくれた、明るくおしゃべり好きの男の子と仲良くなって、楽しそうに話しました。ちゃんとあいづちを打ったり、質問に答えたりしていました。その様子を見て、私は、ほんとに成長したな~と感じました。彼が帰った後、質問してみました。

「○君はどうだった?」
と私
「○君は、いい子だね。でも~。おしゃべりな子だね。」
「どうしてそう思ったの?」
「二人で外に出ているときに、探検みたいで楽しかったけど、○君が、みんなが心配するから帰ろう、って言ったから。」
「へ~・・○君は、まわりの人のことを考えてくれたんだね。げんちゃんは、もっと自分のこともしゃべりたかったんじゃない?」
「うん。でも、○君が、たくさんしゃべりたいんだな、と思ってがまんした。」
「へ~~。げんちゃん、すごいね。そういうのが、相手に対する思いやりって、言うんだよ。○君は、うれしかったと思うよ。」

なんでもない会話のようですが、これは、げんちゃんの成長そのものなのです。自分がどう感じたか、ということを、しっかり把握して、次なる的確な行動を自分で選んだということなのです。意識が表面に現れている証拠です。


先日、普通クラスの先生から、うれしい報告をいただきました。
 クラスで、ドッジボール大会をしたそうです。げんちゃんは、しっかり参加して、自分が予備の選手になったとき、一生懸命チームを応援していたそうです。
なんせ、6年になって、前半は、昼休みは、みなと遊ぼうともせず、支援クラスに行って、一人で遊んでいたげんちゃんです。先生が、なんとか、げんちゃんを参加させようと、いろんなゲームを主催すれども、
「ぼく、いい・・・」
と、すげなく、断り、自分の気に入ったことだけしていました。あるときから、昼休みは、普通クラスにとどまるようになったものの、相変わらず、われ関せず、でした。
なのに、さっきの応援です。
段階を踏みながら、確実に進歩していることがわかります。

ソーシャルは、皆が悩むところです。でも、意識がしっかり表に出てきて、自分というものをつかんでくると、他人というものも、より深く捕らえられるようになるのでしょう。その結果、まわりのことも、少しずつ把握できるようになる。
 ”おれが、おれが”、と、落ち着かない、うっとおしい段階が、長く続いていたげんちゃんです。しかし、そのころは、一見、自分というものを強く主張しているようでいて、実は、自分のことを、何も感じ取れず、把握できていなかった・・・ということなのかもしれません。

なかなか奥が深く、私も、把握しきれているわけではないですが、意識開発は、Sさんの言うように、進化のスピードを底上げするものかもしれませんね。

そして、昨日は、うれしい報告を聞きました。勉強を教えてくださるK先生が、

「絶対できない、と思った、算数の問題を、すすすっとやっちゃったんですよ~。おそるべし、意識のスイッチ!」
(難問というわけではありませんよ~。普通の問題です・・・汗)

へ~・・と思いました。IQが低いのではない・・・意識が入っていないだけ。つまり、車が壊れているのではない。アクセルを踏んでいないだけだ・・・
そういう側面があるのかもしれません。(げんちゃんの車は、まったく壊れてないとは思えないですが・・・汗)

まだ、意識のスイッチは、入らないことも多いから、今からやっと、という感じではあるけれど、自分で失敗して、自分で修正をかけていけるステージにそろそろ入ったのかな~と思うようになりました。

マイナスをあげればきりがないけれど、よいところだけを拾えば、ちょっと先が見えてくるような気がします~。



 

 

by glow-gen | 2018-02-17 01:15 | 意識のこと | Comments(11)

普通クラスで友達がいない。

先生と面談をしてきました。普通クラスの担任の先生は、とても親切で素敵な男性の先生で、学校でもママたちの評判が抜群です。忙しいのに、まめに、連絡帳でげんちゃんの様子をお知らせくださり、ほんとに1学期は、ありがたかったです。

 3か月の伸びは、先生も認めるところで、単元テストのできは、去年まで、テストを受けることさえむつかしかった子とは信じられないようでした。が、しかし、全部が全部、ハッピーハッピーとはいかず、いびつなげんちゃんの学校生活の様子が浮かび上がってきました。

まず、視覚処理に大部分を頼るげんちゃんは、ノートは、けっこう書けるようになり、少しはましな授業レスポンスになっているようですが、たとえば、口頭だけで指示するような課題は、あいかわらずだめで、何をしていいのかわからず、ぼ~っとしていることがよくあるようです。
 
 昔から、処理スピードというのも、なかなか早くならず、スピーディーでハイレベルな6年生の課題は、時間内にこなせないことも多々あるようです。

次に、大きな問題は、げんちゃんが普通クラスの子と、ほとんど話をしない、という点です。4年生の時は、私がクラスに見学に行ったとき、
「ぼくね~・・・」
と楽しそうに、一方的にではあるけれど、隣の女の子に話しかけていました。その頃は、逆に友達との距離感がつかめず、一部の子ではあるけれど、おれがおれが、といううっとおしいガキでした。それなのに、少し進化してくると、普通クラスでは、だんまりを決め込んでいるようです。

たとえば、こんなエピソードを話されていました。
英語の授業の時に、みんな教室をうろうろして、ばったりぶつかった友達に課題のフレーズを質問する、という内容だったそうです。げんちゃんは、うろうろするだけで、決して誰にも話しかけようとはしなかったそうです。先生やクラスメートも、げんちゃんを仲間に入れようと努力したりするときもあるのですが、
「ぼく、いい!」
とか言って、自分の世界にいるようなとこがあるそうです。

そして昼休みは、うってかわってさっさと支援クラスに行って、そこではホームグランドと思うのか、年下の一部の子に、ちょっかいを出してるそうです。最近げんちゃんが支援に行かないので、主に学校の様子は普通クラスの先生に聞くような感じですが、親切な支援の先生が、今回初めて、色んな成長してないげんちゃんの様子を教えて下さいました。

げんちゃんを見てると、そこそこ友達ともうまくやれるんじゃないかな、と思うのですが、集団になると、まったく輪に入っていこうとしないようです。

同級生コンプレックスのようにも見えます。家に遊びにくる子もあまりいないし、数人いる子も、すべて年下です。

なぜ?
というと、
「興味ないから。」
と言いました。まわりに自分から働きかけていくことがありません。もし、どの子かが、フレンドリーに我が家に遊びに来てくれれば、たぶん普通にレスポンス良く遊べると思うのですが。
学校では、なんとなくいびつです。コンプレックスなのか・・自分の世界の中で完結しているのか、私もよくわかりません。

ただ、野球の練習など見に行ってみると、特に孤立しているわけではなさそうで、ゲーム中、必要なレスポンスはしているし、浮いてる、というわけでもなさそうです。小さい子が多いクラスだからね~・・

一言でいうと、周りを邪魔してもいないけど、かかわろうともしてない。いじけているわけでもないけれど、関心もない。でも、やることは最低限やってる。
K先生の所の1年生のお子さんに優しくできたり、親しくなると、けっこう優しいし、相手に合わせたりできるのに、この集団での彼の行動は何なんだろう、と思います。好かれもしないけど、とくに嫌われることもない、からいいのかな~・・・
そのことを本人が気にしてないのなら、しばらくほっといてもいいのかな~、と思いつつ、様子を見てます。げんちゃんは、どう感じて、どうしたいのか。そのあたりを表現しないのでよくわかりません。たんたんと自分の世界で生きているようにも見えますが、支援に戻ったとき、下の子を、どこか下に見て、ちょっかいをかけているとこを見ると、やっぱり心配です。


もう一つの問題は、生活全般、まだ自立するには、しょうしょう意識をもっていくところが足りない感じです。

たとえば、学校の机の中はぐちゃぐちゃ、とか、なんでもかんでもやりっぱなし、とか。・・・上学年になってくると、少しこだわってくるようなことが、まだまだ優先順位の下の方に置かれている感じです。鉛筆で書いて、間違うと、消さずに平気でその上に書いて、ぐちゃぐちゃなプリントを提出したり・・・というのも、プリントを仕上げることが優先順位の上にきて、相手にわかる文字で・・・ということはまったく眼中にない。少し学年を下げると、そういう子はざらにいますから、まだまだ総じて、下の学年の感覚なんでしょうね。

それでも、その日のスケジュールを説明すると、、そこそこ段取りよく準備して、K先生のとこに行ったり、帰ったら、今度は、これを入れ替えて、ここに行く・・・みたいな段取りを、昔よりずっとこなせるようになってることは、明らかです。


げんちゃんの問題は、訓練できるところと、友達関係のように、忍耐して待つ、ということしかできない部分と、まだらになっています。

見守る必要がある部分が多くなっていて、まわりが、優しく説明したりして、納得すると先へ行く、そんな感じです。

げんちゃんの素地は、もっとフレンドリー、と思っている私です。

でも、その部分がいい形で現れるためには、もっともっとたくさんの時間と、乗り越えなければいけない山があるようです。

一人のがっつり知的な障害を持つ子を、ここまでもってくるにあたって、彼のメンタルに、たくさんついてきてしまってるチリやほこり、傷といった負の遺産を、少しずつ整理する必要があるんだろうな~・・・と感じてます。

今の、いびつさを受け入れて、少しずつ良い方に発酵させる、こちらの懐の深さがいるんだろうな~、と感じています。少し遠目にげんちゃんを見るようにしなければね、と自分に言い聞かせているこの頃です。




by glow-gen | 2017-07-27 00:34 | Comments(5)

支援クラスのお友達とママたちが遊びに来ました

    少し頭が良くなったな~、と思っても、なかなか一筋縄ではいかないげんちゃんです。ちょっと進化すると、すぐその気になって、これも当然できるよね~、と思ってしまうと、突然が~んとアッパーカウンターをくらいます。
 先日は、支援クラスの2年生のA君とBちゃんが我が家へ遊びに来ました。
 とにかく、友達と遊ぶのは、楽しみでしかたないげんちゃんは、何日も前から大喜びでにこにこしてます。日曜日当日が来たら、30分も前から外に出たり、家に入ったりして待ってました。
 いざ、二人がおかあさんといっしょに遊びに来たら、みんな大喜びであばれまわって遊んでます。今はまっている100均のビービー弾というおもちゃのピストルで壁をねらったり、応接チェアの上で飛び回ったり・・元気炸裂です。

 まあ、少しぐらいの羽目外しも、今日は無礼講。毎日がんばってるげんちゃんのガス抜きになったらいいな~と思います。

でも、げんちゃんをよくよく見ると、自分が二つも上なのに、気に入ったおもちゃを貸さない、とか、自分より、できないことの多い下級生に、すごく手厳しくあたったり、4年のお兄ちゃんと言うには、ちょっと見劣りしまくりです。

 う~ん。小さい子相手に、いばったり、命令したりすることがかっこわるい、と、どうして感じないのかな~。自分の快、不快が、そのまま友達行動に表現されてしまっています。

 4年の普通クラスでは、相当持ち上げてもらっているくせに、自分は、まったく下の子を持ち上げるなんてこと、想像すらできないんでしょうね。

「げんちゃん、あんた、4年3組では、みんなから、いつもヨイショしてもらってるんだよ。支援クラスの子だから、やりたいことさせてあげよう、ってみんなが、少しずつがまんしてるの。(なんせ、クラスでは、うっとおしい。)それなのに、あんたは、何なの。小さい子のおもてなしもできないの?」

「べつに、いいじゃん!」
と、げんちゃん。

ふん、どうせ意味わかってないでしょ。

 もしかしたら、少しはかわいげのある、お兄ちゃんらしいげんちゃんが見られるかな、と思っていたけど、やっぱりそう簡単にはいきませんね。

 話はかわって、二人のおかあさんといっぱい交流しました。A君のママは、仕事をもっているので、放課後は、子どものデイケアに預けているそうです。少し、二人のお友達に、消しゴムで数を教えてみました。Bちゃんは、けっこういけましたが、A君の方は、10までの消しゴムの数も数えることが難しかったです。10までの数唱はできても、物と数えるカウントがずれてしまうし、数えた物を、別によける知恵が働きません。あ、げんちゃんも、昔はこうだったよな~・・・二人とも、幼い感じはするものの、会話はちゃんと咬むし、可愛い子たちでした。

 ママに、色々取り組んだら、どんどんよくなるよ~と、言いましたが、
「げんママさんは、よくやるよね~。絶対まねできないな~。」

と笑って言われました。私の取り組みを、よくがんばってるね~。と、何の含みもなく、言ってくれる、やさしいママたちでした。でも、じゃあ、自分もやるぞ、とはならないようでした。なんだか、不思議だな~と思いました。マッサージをレクチャーしました。A君には、まず、10まで数えながら、カウントにあわせて、ジャンプするのをやってみて。とお願いしました。多動が強い子なので、げんちゃんが飲んでた抑肝散もすすめてみました。

 改善のための努力って、決して子どものためではないと、私は、考えてます。我が子の能力が改善されなければ、一番困るのは、私だからです。子どもが困れば、私も困る。そう、私は、私のためにやってます。今までげんちゃんのためにやる、なんてこと、ただの一度も考えたことはありません。やってると、おもしろいし、私のためで、それが、ひいては、げんちゃんの将来も明るくする、って思っています。時々、それは、親のエゴでしょ、とか、言われたりすることがありましたが、え?そりゃそうでしょ。何言ってんの? って感じです。

 子どものためじゃない。ママ、自分のためにやろうよ! と、ちょっとあおってみました。

 さて、ところで、子ども達が帰って、おもむろに、げんちゃんの前に、消しゴムドーナツをどかっとおいて、
「数えてごらん!」(にっこり)
といざないました。
ななな~んと、げんちゃん、指さしだけ、別に取り分けず、数えたものが最後わかんなくなって、「あれ?」と、撃沈!!

 ママは、リングにノックアウトしました。は~~。こいつは、油断も隙もありゃしない。顔が鬼のようになって、
「数えたのはとりわけなさ~い!」
とシャウトしたのでした。 あ~あ。どうして、こうも、何事も確実性にかけるのでしょうね。先日やった時はできたというのに・・・・やれやれ。


 
by glow-gen | 2015-12-18 20:44 | 障害児の親 | Comments(19)

発達障害と固有覚。こだわり行動

げんちゃんは、4年生になって、また、手触りが変化してます。彼なりに、新しい環境の中でがんばっているのでしょう。

 でも、げんちゃんの伸びとはうらはらに、どうしてもてこずっている部分があります。少し複雑化してきた、いわゆる”こだわり行動”です。
自閉症スペクトラムのこだわり行動は、よく知られています。

 小さな時は、その出方は、単純でした。朝起きるとき、パパが、
「よし、パパの方が早く起きるぞ~」
などと、誰かが、げんちゃんを起こすためにパフォーマンスしよう物なら、すごい形相で、我先にと居間に起きていきます。機関車トーマスのおもちゃの置き方とかそういうのも、なんか、きちがいじみた固執の仕方をしてました。

 もう忘れかけているけど、たくさんあったように思います。そして、こだわり行動をこっちが無理に抑制するような瞬間があると、まるで、暴れ狂う動物みたいに手がつけられない。

 今は、一見そういうのが落ち着いているように見えます。

 しかし、よく観察すると、まったくそうではなくて、日々の生活の中に、しっかり依然として存在しています。

 たとえば、朝早く学校に行きたがるのもそうだと思います。食事もせずに飛び出して行きます。あとから追っかけていくと、もう見えないくらい遠くに行ってる。思い詰めたように一点を見つめて走っていく。なぜそこまで、学校に早く行くことにこだわるのか。理由を聞いても、納得のいく回答は得られません。そして、送り出すおばあちゃんでは、まったく止められません。

 また、支援クラスの下級生H君が大好きで、朝彼が来るのを待ち伏せします。本人は、よかれと思ってやってるようだけど、H君にとっては、うっとおしくていやがられてます。

 ランドセルに、水筒を入れ込むのだ、と言い張り、ぎゅうぎゅうになっても、水筒をランドセルにいれようとします。

 シールを壁に貼りたいと言い張り、止めるのも聞かず、暴走したこともあります。それが、日曜日の教会だったので、奇異に映りました。牧師さんの教壇の見えるところにべったりはりました。だめだと叱られても、今度は、別の所に貼る。とうとう、牧師先生が根負けして、冷蔵庫に貼らせてくれて、やっと一件落着です。彼にとっては、子どもの頃から行ってる教会は、我が家の延長らしく、こだわり行動も、まともに出るようです。

 これらは、ただの悪い子スイッチのように見えますが、よく観察すると、まぎれもなく、こだわり行動です。

 その証拠に、たとえば、そのことに関して30分こんこんと言い聞かせて、その最中は、神妙に「わかった~」とか冷静に聞いていたとしても、終わった瞬間、びゅんと、同じ事をする、そういう感じです。

 なんか、理性ではない。といった感じなのです。


 色んなことが高度に進化し、お困りごとも随分昔より減ってきているのに、何か、ベースの部分に存在するやっかいな体の問題が横たわっている気がして、どうしたものか考えておりました。

 意識レベルを、あげていく段階に入っているのに、体が言うことをきかない。
 今、まさに、げんちゃんが直面している問題のような気がしてなりません。

こういう問題こそ、時々、相談にのっていただく、淡路島のはいちゃんこと灰谷先生がもっとも、得意とするとこかも・・・と思って、相談させていただきました。


 さすがです。やはり私の読みは的中です。灰谷先生は、もともとブレインジムのインストラクターで、げんちゃんのプロジェクトを始めて間もない頃に、福岡に招致させていただき、セミナーを受けました。詳細は、ブレインジムの項目に書いているので、興味がある方は読んで下さい。


 灰谷先生は、その後、たくさんの勉強をなさって、脳と体についてのことは、豊富な知識を持たれています。

げんちゃんが、なぜ、意識レベルを上げようとしても、なかなか体がじゃまして、本人のモチベーションと乖離したような行動が出てくるのか。きっと良い答えがあるに違いありません。


ずいぶん、普通っぽいとこが多くなってきているのに、あるつぼにはまったとき、本人でも、どうしようもないような行動が出るのが、不思議なのです。

進化してる、と思い、先走っているけど、何か、取りこぼしてる、体の機能というか、原始反射的な何かがあるよな~、と感じるのです。

灰谷先生のアドバイスはなるほど、と思いました。

実は、げんちゃんは、先日から、学研の先生のところで、今一歩、突き抜けない、意識を上げるために、問題行動を省みたり、将来の自分のセルフイメージなどをテーマにして、作文を書かされています。ときに、まるで反省文のようですが、これが、けっこう効果をあげてる感触もあります。

でも、もう一つです。

そのことをお伝えしたら、言葉につむいで確認することもとてもよいことですが、相手の立場になったり、ということは、まず第一に、自分と他人の区別が明確についてなくてはなりません。

それをつかさどるところは、固有覚と言って体の動きや、感覚を脳に伝える役割をするところなのだそうです。そこが、しっかり育っていなくて、自分、相手、といってもなかなかうまく進めないのだとか・・・

なるほどね~・・・

じゃあ、どうすればよい・・というのは、まだ、よくわかっていないので、わかったらお知らせしますね。

しかし、ともすると、体のことを忘れて、教育!という発想になりがちな私ですが、やっぱり、ステップバックして、もう一度、落としてしまっていることをさらっていくべきだ、と、痛感してます。

そして、そろそろ、プリント学習などを、教えるのは、親じゃ反発もあり、難しくなってきてるので、私は、それ以外の外堀をうめる方にまわろうかな、と考えています。
 学研の先生、学校の支援の先生がたに、しっかりアウトソーシングして、私は、もっと、別のカリキュラムをやるといいな、と思い、プログラムを日々考え中のげんママです。


 
by glow-gen | 2015-04-14 20:20 | ブレインジム | Comments(14)

発達障害、能力アップの先に来る憂い!

 げんちゃんと、日曜日、登山に行ってきました。1年の夏以来。頂上まで40分くらいの険しい山です。とは言っても、登山が趣味の方には、なんてことのない400メートルくらいの山ですが、めったに登山なんかしない私には、気合い入れて上る山です。
 げんちゃんは、最初少し息を荒げてましたが、さっさと頂上まで登りました。私の方が、えっちらおっちら、げんちゃんに立ち止まって待ってもらったりして・・・
登山は、体幹にも、体力つけるにも、実に良いです。おまけに言うと、山の空気は、メンタルなものを開放する力もあるような気がします。発達育児には、もってこいです。立体的な、視力を養うのにもいいだろうし・・・

 さっさか登るげんちゃんを見ながら、ほんと色んなことが伸びたよね・・・と思います。土曜日は、スイミングにいつものように行って、50メートルを何度も往復しました。げんちゃんは、まだ、変なフォームではあるけど、25メートル難なく泳ぎます。

 学習も、支援クラスでは、とてもできるらしいです。(普通クラスでは下ですが。)つまり、ひとつひとつの駒は、相当に高くなっていると言ってもよいでしょう。

 でも、賢くなったげんちゃんは、すさまじい問題をはらむ、これぞ、発達障害児というようなガキになってます。
ため息・・・・

 こういうステージが来るんだな~、とげんママは毎日げんなりしてます。
たぶん、今のステージがスタートになってる、発達障害児のというのも、クラスにはいるだろうな~と思います。なんか、一見普通っぽく見えるけど、クラスで問題をおこしまくり、勉強もいまいちできない。

 一般にグレーゾーンの子とか、先生たちに呼ばれている子かもしれません。まさに、げんちゃんはそれです。げんちゃんの以前の状態も、先生方は、ある程度ご存知で、伸びてることもよく理解していただいてます。しかし、普通の子と言うには、あまりにも、変です。
 げんちゃんは、自分の能力が伸びた分、支援クラスや普通クラスで、ハンディキャップをもらってる分、ゆうゆうと自分の好きなことを好きなようにしまくっているようにも見えます。今、自分が今何がしたいか・・・それが彼には、もっとも大切なことのようです。ホームスクールの日、学研の日、げんちゃんは、一生懸命やってますが、別にやりたいわけでもありません。
 たがをはずす、ときめた、おばあちゃんの家や、学校では、なんだか、自分の価値観で、どんどんことを進めるような感じです。

 「おかたづけしなさい・・・かたづけないと、じゃまで、みんなが通れないよ」
とあるところで、大人に言われた時の会話です。
「え~。(と顔をしかめるげんちゃん)、それなら、かたづければいいじゃん。」

つまり、じゃまと思う人がかたづければいいじゃん、と言ってます。

 小さい子と平気ではりあい、ブーイングされたりもします。
朝、なぜか、早く学校に行くのが好きなげんちゃんは、まだ来てはいけない時刻に、家を飛び出し、学校に行ってしまいます。先生に注意されても、まったく意にかいさず、出て行くのです。
「学校のルールなんだよ。やめて! なぜそんなことをするの?」
と、私がしかると、
「だって、みんながびっくりするから。・・・学校に来てる子もいるよ!」

と言ってのけて、また次の日もあらためません。私は、早朝に出勤して、おばあちゃんちから彼は出るので、おばあちゃんの言うことなど、まったく聞かないのです。
宿題も、やる気はありません。
私がたださせるだけです。宿題をしないと先生が、がっかりするし、学校のルールなんだよ、なんて言っても、
「H先生は、また明日までやってきなさい、と言うからいい!」

と、平然としてます。

もう、ママが、がんがん言って、上から抑え込むようなやり方が、通用しなくなってますね~。
彼は、げんちゃんワールドをひたすら、満喫したいというのが、優先順位の最優先になってるようで、それが、社会とは、かなりずれていて、まわりとはかけ離れた価値観だということを、本人は、意に介さない様子です。・・・すべてがそうです。賢くなった分、やらなきゃいけないかな・・・・と、自分できめているところは、すっとやります。これも、なんだか、ずるがしこい感じです。うまく言えないけど。

 能力が低かったころにおさらばして、何でも、自分の好きなようにしていいでしょう!と開き直ってるような感じにも、見えたりします。もちろん、能力が、普通の子なみになったとは言い難いのですが。
 う~ん、一言でいえば、つまり、賢くなった分、自我と自己主張の塊のようなガキができあがったようです。

 脳の状態について、考察してみれば、今の段階は、どうなのでしょう。一つ一つの能力は、できてきた。しかしそれを、どのように使って人間として生きていくか・・・・そこの、前頭葉の賢い働きが、完全欠落しているようです。

 彼は、扱いにくい小悪魔のように、また、ぱちぱちと飛び跳ねる火の粉のように、周りを、つかれさせながら日々を送っているようです。

 信じられないような、へりくつをこねて、信じられないような、起承転結をつけて、それでも、とりあえずは、進化し、一つ一つは、伸ばしていきながら・・・

 このステージになったら、どのようにすればいいのかな~・・・と思うげんママです。やれやれ

 ひとつ言えることは、げんちゃんが、言われて何でもするのではなく、自分で気づいて、自分からするということが必要なのだと思います。ソーシャルにしても、私が、これはだめだ、と言うのではなく、自分が、現場で、手痛い目にあって、感じ取ることが必要ではないかと思います。少なくとも、痛い思いを現場でふんで、初めて、大人が、それを理論的に解説して、彼の心に教訓的な思いを刻んでやる。そんな感じです。

 もう、親の出るところではなく、いよいよ、社会にさらしていくところになっているのだと思います。
ある意味、ここからが、本番で、もっとも、手に負えないようなところなのかもしれないです。

 ふらふら歩いてる~。筋力がないんだ~。絵が描けないんだ~・・・みたいな、こんな時期は、今から考えれば、まだかわいいものだったのかもしれない、とさえ思えます。一つ一つができてきているということは、決してゴールではなく、ここからが、新たな始まりなのだな~、と感じるげんママです。

 だから、このステージが、思春期と重なったりしてくると、もっと手に負えなくなるのだと思います。とにかく、くよくよ悩んでいてもはじまらないので、研究し分析し、新たなる戦略をたてて、乗り越えていかないといけません。また、忍耐して、彼の色々な気付きを見守って待つことも必要なのだと思います。

 とにかく、わが子である以上、放り出すわけにはいきません。難儀なこっちゃ!

by glow-gen | 2014-10-27 20:13 | 発達障害改善の段階 | Comments(27)

発達障害児はなぜ理解が悪いのか?ゆうゆうさんのコメント

 前回のブログで、げんママは、げんちゃんが、色んなことが伸びたといっても、その一つ一つから、さらに、次の展開にすっと上昇していかないジレンマをしたためました。
 世に言う秀才は、一を言って10を知る。そういう子供に教えるのは、立て板に水のごとく、ストレスフリーです。

 しかし、げんちゃんに教えるのは、上り坂の手押し車みたいに、一から1十まで、おしあげないといけないような感じなのです。

 ゆうゆうさんが、私のもんもんとする気持ちに、コメントを書いてくださいました。前回のブログといっしょに読んでくださると、なんか、ちょっとげんちゃんたち側の目線で考えることができます。

 それに、ちょうど、昨日から、図書館で見つけた、七田真先生の「右脳の神秘」 という本を読み始めたこともあって、ゆうゆうさんのコメントから考え出すことがずいぶん前向きになりました。げんちゃんに対して、期待する気持ちが再びアップしてきてます。この本は、鈴木先生の原点のような考えがよく説明されていると思います。左脳人間に対しての右脳教育・・・という観点で書かれてますが、右脳を理解する上で、かなり助けになりますよ。初版は10年以上前ですが、十分読むに値しますよ。

では、ゆうゆうさん記

お疲れ様です。げんママさんのお気持ちはわかりますが、げんちゃんは良く頑張っていると思います。世の中左脳の人が多いからそちらが常識になっていますが、右脳の人が増えて右脳の考え方の方が常識になったとしたらすごく大変だと思います。だって身体に組み込まれてますものね。十進法とか。今さら三進法になってもついつい今までの常識が出てくると思います。右脳の私達は社会化するために自分の中の常識になっている前提を一つ一つ壊して全く違うものを組み直していかないといけません。時間かかるし、辛い作業です。

私は未だにクロスクロール苦手だし、息子とのキャッチボールもできません。ピアノ弾くのは指がつるし、ボールが自分に近づいてくると隕石が迫ってくるような恐怖感です。でもげんちゃんは頑張りました。すごいですよ~。坂道で疲れたなぁと思っていた時、黙って手を引く優しさだってあります。(ゴールデンウィークにげんちゃんは、ゆうゆうさんと公園の山道をお散歩しました。げんママ)Eちゃんへの対応は自分だって動き回りたいの我慢してるのに…という怒りからかもしれません。それもあまり誉められたことではありませんが。一つ一つこういう時はこうするものだと覚えていくしかない部分もあります。

親にしてみればやきもきするし、焦れったいですけれど。左脳の方がツルツルした鉄球なら凹凸がある私達は金平糖かもしれません。でも金平糖だって丸いですよ?えっと、算数を諦めなさいとか言いたいわけではないです。ただどうしても時間はかかるし、凹凸は出やすいし、社会性を身につけるには毎回覚えていく地道な作業がいります。金平糖は鉄球にはなれませんが、凹凸を削って近づくことはできます。

右脳の人は点をつないで一本の線を作っています。立体的ではありませんがカラフルな線です。直線的な線ではなく数珠つなぎなので、自由自在に曲げれます。いきなりパッと点が離れて変わった形の立体を作るかもしれません。長くなったら竜巻みたいな渦になるかもしれません。でもそれも立体といえます。
 どちらも違っていて素晴らしいです。
 
 右脳の私達は基本的に飲み込みが悪いです。舌先で何度も丹念になぞるようにして物事を受け入れていき、そしてその過程で疑問にぶつかります。ぶつかったら納得するまで探求せずにいられません。

そして、その探求の中で小さな綻びに気づき、自分でも思いもかけぬ答えにたどり着いたりするのです。
 どうして飲み込みが悪いのか。私もずいぶん悩んだのですが、身体に組み込まれたものが違うので、左脳の人のように響かないからだと感じています。
 学業や集団生活での対応は形状にあたるので、これは変えられます。
 はじめのうち、2つの物事を同時に考えることが苦手です。頭がこんがらがる感じがします。
 なので、算数も簡単な一桁算をどうにかクリアしても、同じ一桁算でも繰り上がりがあるともうわからなくなります。

10の桁と1の桁を同時に考えないといけないからです。
 二桁計算になるともっと更に混乱します。なので、一桁ずつ考えて処理できるひっ算が一番わかりやすかったりするのです。
 数の概念がなかなか身につかないので数字とかを想像するのも難しいです。なので、暗算がすらすらできるようになるのも時間がかかります。
 右脳の世界が数学の子はこの限りではありませんが。
 これ、実は対人関係にも関わっています。一対一の付き合いは気にしないといけない対象が一人なので、安心して心も解れ余裕を持って行動できます。


細かな心配りもできるので、親友といえる存在を獲得することができます。
 集団になると気にしないといけない対象が増えます。2つのことを同時に考えることが難しいのに、もっとたくさんのことを同時に考えないといけない…かなりピリピリした状況になると思います。
 この状態にEちゃんの行動が入ると、「これ以上ややこしくしないで」と怒ってしまうのかもしれません。
 これは具体的に言い聞かせた方が良いと思います。
「Eちゃんに優しくしなさい」という言い方だとわからないと思います。

「Eちゃんが授業中に席を立ったら、どうしたの?と優しく聞いてあげましょう」と具体的に言わないと最初は行動に移せないです。
 毎回長々と偉そうに書いてごめんなさい。
えっと、体操とかにも焦点を当てて強化するのはすごく良い感じです。

げんママ記
私のコメントをさしはさむのも必要ないと思いますが、もともと右脳で生きている赤ちゃんが、左脳にかたよっていく過程で、右脳を忘れないように、と右脳教育をすることよりも、左脳ができてこない右脳の子供たちに左脳を教育する方がずいぶん大変なことなんですね。
 
 そして右脳のわが子たちでも、右脳の話を読んでいくと、まだまだその能力も、うまく発揮できてないようで
す。そうすると、やっぱり、すべてにおいて、能力開発は、つらいものになりやすいんでしょうかね。げんちゃんが、そんなに努力して今を獲得しているなんて、たしかにそうなんだけど、そのレベルは、ママたちがかんがえている以上ですね。

 ゆうゆうさんありがとうございました。また、珠玉のアドバイスよろしくお願いします。それにしても、たとえが、いつもすごいです。金平糖か~!

by glow-gen | 2013-05-26 03:43 | ゆうゆうさんの手記 | Comments(11)

げんちゃんのモラトリアム。脳の苦悩

年明け、3学期を迎えました。
 考えてみれば、4月の入学式では、教室にちゃんと座って授業を聞いてられるのかしら?という心配に始まり、ランドセル空っぽ帰宅事件なんかもおこしてくれました。
でも、あれからさすがに、9ヶ月経った今では、学校生活をそこそここなしているげんちゃんです。

 インクジェットのインクリサイクルを持たせて、収集ボックスに出しといてね、と言えば、忘れずに出してきたりするようになってます。言いつけを覚えておく、実行する、みたいな芸当は、4月段階ではかなり難しかったです。
 たぶん、良い伸びを見せてるゲンちゃんなのだと思います。

 しかし、同級生の成長を間近に見ることがあると、やっぱり、げんちゃんは、同級生からはほど遠いところにいるようです。同級生は、限りなく2年生レベルに近づいて、なんとなく、言うこともやることも断然大人っぽくなっています。

 げんちゃんは、今やっと、1年生の初期みたいな感じです。学習で言えば、まさにそのあたりです。ひとけた足し算の考え方、二桁足し算の考え方・・・そういうものが多少は前よりつきつつあります。字も、鉛筆のコントロールが、やっと1年生をこなす上で必要なとこまできたかな、と思われます。会話も相手に呼応します。

 でも、やっぱり、げんちゃんは他の子と違います。

 細かいことを言えばきりがありませんが、一言で言えば、極端に幼いです。他の子が、何人かよって、ゲームをするとすると、だれかが、しきりに入って、じゃんけんの音頭をとったり、全体を見て、ルールの調整をしたりしてますが、ま、そういうことはできません。

 自分がやりたくなかったりすると、そういうゲームからも、身をおきます。やりたくないけど、ま、つきあうか、という調整はできないようです。

そして、自分が負けたら、またすぐにツボにはまって変な行動に出ることも、いまだあります。

 とにかく、周りの状況を見て、自分が何をするのか、把握するのはきわめて苦手です。

 宿題もわりとよくするようになりました。勉強する習慣もついてきてます。でも、自分で、宿題しなきゃ、とあせることはありません。しなさいと言えば、きげんが良いときは、素直に取り組みます。

 なんだろうな~・・・調教した動物君みたいに、やらせるととりあえずする。けっこう理解もしてる。でも、自分で状況を判断して取り組みはじめることはないです。

 でも、能力はやっぱり進歩しています。彼の今までの赤ちゃんぽいとこに加えて、やけに反抗的な部分も出てきてます。色んな能力が、伸びたり伸び悩んだりしているかんじで、互いにせめぎ合っているような気がします。

 その現れは、口元のチックになって出ているようです。さらに、おもらしが、ここ1ヶ月最高にひどいです。尿意がないのか、しょっちゅうトイレにいかせても、すぐにパンツをぬらしています。学校で二日続けてパンツを借りて帰ってきました。

 泌尿器科に行ったけど、表面的な検査では異常なし。これは、自律神経のトラブルなのかな、と思っています。私への反抗も前より強いです。

 おばあちゃんは、少し心配して、無理させすぎているのでは?と言ったりします。

 でも、私は、それらの徴候を大きく伸びる前のモラトリアムだと思っています。げんちゃんは、昔おしゃべりの能力が伸びる頃、さかんにどもりが出ました。ある時すっと治りました。
それと同じだとふんでいます。
 学校の学友たちから、色々意地悪されると感じているようです。でも、聞いてみると、だいたい、げんちゃんの言動などに最初の原因があったりしてます。でも、学校に行くのはいやじゃないようです。今までは、あまり学友の悪口を言わなかったのが、少し言うようになったのは、まわりが、前より見えてきてるからだと思っています。

 今、げんちゃんの脳は、噴火してるような状態なのかもしれません。生みの苦しみを味わっているのでしょう。
 できるだけ、げんちゃんのやりたい遊びをさせて、やさしく接するようにした方がいいな・・・と思います。でも、ぬかりなく、しっかり脳に働きかけることはしなければ、とも思います。

 がみがみ口うるさくなりたくないと思いつつ、ついなりがちなので、気をつけましょう。ママも忍耐の時期かもな~。ママは水をやることはできるけど、育てさせることはできないからね。

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七田の60日間お絵かきドリル、うまいとは言えないし、でたらめだよ、と思うときもあるけど、それらしくまねているのは、以前にはまったくなかったことかも。上の絵は、調子が良いとき、下は、やる気無いとき。できが相当日によって違います。書かせてほめたら、ちょっと間をおいて、でたらめなのを、さっと書き方を教えてさらっともう一度流します。それも、もしかしたら必要ないのかもしれないけど。
 今20日目に入りました。絵の能力も、かなり伸びた項目です。


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by glow-gen | 2013-01-21 11:37 | 脳への考察 | Comments(14)



中学2年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
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げんちゃんママの紹介
中学2年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学2年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて8年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
IQは80台に改善

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