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げんちゃんの発達障害プロジェクト

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発達障害とは意識の障害・・・げんちゃんの心

  意識、意識と、S先生に教えられて、なるほど~と思ってはいるのですが、じゃあ、し~っかり、自分がわかっているか言うと、やはり、そこまで附に落ちることばかりではありません。げんちゃんのステージが進んできて、あ、そういうこと、と、すとんと落ちることも多いです。

 前回アップした、ベートーベンの「月光」に描いた挿絵を、S先生が見て言いました。

「げんちゃんは、やっと意識が出てきて、ふと見ると、周りは真っ暗。僕ってなんなんだろう・・・・と、不安や葛藤の中にいるんだよ。でも、やっと、そこに、月が差してきて、光が出てきた。だから、本人も、なんとかなるだろう、って感じ始めているね。」

「え~・・・そんなもんなんですか~? こんな絵で、そこまでわかるんですか~?」

S先生の言うことは、いつも不思議です。でも、そう言われてみると、1学期、げんちゃんは、国語のカリキュラムで詩を書きました。自分を”さめ”にたとえて、

”闇の帝王”とか、”暗闇をうろつく”・・・とか、物騒な言葉だけが並んでいました。その時も、Sさんは、
「げんちゃんの今の心だよ。」

と言っていたけど、私は、よくわかりませんでした。

でも、月夜の絵の彼のコメントを聞くと、なるほど、その時からすると、げんちゃんの心は一歩進んでいるんだな、ということがわかります。

真っ暗闇だったのが、光が差して、そっちに向かえばいいんだな・・・・となったのでしょうか。

この絵を描いたのは、数週間前です。今は、月夜も、ほのかに明るい、日本昔話みたいな柔らかさを帯びているのでしょうか。それとも、夜明け近くなのでしょうか。


今度はどんな絵、どんな詩を書くのでしょう・・・またまた台風。げんちゃんの意識、心・・・私たちにもわからないし、本人さえも、よくわかっていないようですが、Sさんは、鏡のように写し出して見えるようです。

Sさんいわく、「 意識の力でわかるんだよ。」

不思議な人です。意識とは何なんでしょうね。何層にもなっていて、感情に近いような。外側の意識もあるそうな。げんちゃんが出さなきゃいけないのは、もっとも深い部分にある本意識、というものらしいですが・・・・・

「西洋医学では、心イコール脳・・・くらいなところで終わっているから、精神疾患も、発達障害も、なかなか治らないんだよ。」
とSさんは言いますが、ほんと、人間とは、物質で終わらないものだと、私も思います。私はクリスチャンなので、げんちゃんを創られた大きな力を信じています。聖書では、

「神は土地のチリで人を創り、その鼻から命の息をふきこまれた。」
と、書いてあります。おとぎ話のようですが、実際人は、死ぬと、土と同じ元素に戻ります。死体を見たことがありますが、ほんと、何かが抜けてしまって、物質になってしまったような感じを受けます。

 この抜けていく何か・・・・そこに通じる物が、その人の深いところの意識なのでしょうか。
なんとも哲学的です。

げんちゃんがいなかったら、こんなに人について、思いをはせることも少なかったかもしれません。おもしろいな、と思います。

さて、この月光の絵を描いてから、数週間。げんちゃんの心は、まだまだ混乱の中にあるようです。

自己葛藤を、人におかまいなく外に出すものだから、周りとの軋轢が生じるそうで、そこに反抗期の要素も加わり、げんちゃんは、ずっと、あつかいにくく、突き抜けない手ざわりに、私は、苦しんでいたのでしょう。

でも、10月になって、げんちゃんはまた一つ、なんか上がったな、と感じます。

それゆえに、先日、久しぶりに見に行った野球教室で、今までとまったくかわらず、ぼんやりしているげんちゃんを見て、あ、これはいけない、と思いました。
そうです。彼のステージはどんどんかわっていっているのに、発達障害児として、漫然と昔のステージの扱いを受けている。すぐさま、先生におねがいしました。

「先生、ずいぶん、げんちゃんはステージが上がっています。普通の基準で、できないことは、しっかり厳しく指導してください。そうでないと、完全に彼は、抜いていますから、まずいです。」

発達障害の子を教えるチャンスは、今では指導者にとって、多くあるでしょうから、この際、げんちゃんをネタに、若い先生に色々教えてあげるのはいいかも、と思って、せっせと、げんちゃんの指導の仕方、声かけ、お話させていただきました。

若い彼はいい先生ですね。謙虚に耳を傾けて下さいました。しかし、野球はノーマークでした。今度から、ちょっと野球には足げく行って、げんちゃんに圧をかけるようにしようと思います。


良い教室でも、げんちゃんが抜いてしまえば、行く意味がない。今はそんな感じです。





by glow-gen | 2018-10-05 18:40 | 意識のこと | Comments(3)

発達障害の思春期を乗り越えるには・・・

  げんちゃんは、今日二泊三日の宿泊研修に出かけました。出かけるまでに、先週末から、色いろドラマがありました。
先週末げんちゃんは、持って帰るべき宿泊のしおりを持って帰りませんでした。週末に荷物の用意をする、と予定表にあって、しおりを持って帰る、と書いてあったのですが、いつものことながらできませんでした。
しかも、週末の宿題プリントも、持ち帰るのを忘れています。

あいかわらず、いっちょ前の態度で私に向かってくるげんちゃんに対して、自分がいかに普通とずれているか、わからせるのには良い機会だ、と思いました。
「げんちゃん、来週は何があるの?」
「はあ?」
宿泊研修という答えを導くのに、数回質問を重ねる必要がありました。それほど、げんちゃんの中には来週の予定もだんどりもありません。
「そう、宿泊研修だよね。・・・じゃあ、週末は何をしないといけないの?」

また数回の質問をかさねて、”研修の用意”、という回答が出てくると、そこからしおりを忘れた、ということにつなげていきます。

「しかも、週末はいつも何をするの?」

さらに、週末課題プリントを忘れている、というところも、すぐには気づけません。そういうことを、自分の失敗として認識するためには、いまだに、いくつかの質問を用意する必要があります。
やっと、その二つのペナルティーに気づけたげんちゃんは、今度は、
「あ~、はいはい。忘れてるね。」
とふてぶてしく言います。

「じゃあ、どうするの?」
と私。
「取りに行けばいいんでしょ!」
げんちゃんは、なかなか態度を変えません。私は、彼を追い込むために、質問を続けていきます。

「ふ~ん、取りに行くの? じゃあ、いつ取りに行くの?」
「取りに行ける日だよ・・・」

何の具体性もないげんちゃん。だんだん勢いが失速していきます。。
「取りに行ける日っていつなの?」
「はあ?」
もちろん、何も考えていません。

私はすかさず静かに言います。

「あのさ。普通の子はね、来週宿泊研修があるな、って考えて、それなら、しおりがいるな。って気づくわけ。週末プリントももらってなかったら、あれ?毎週宿題が出るけど、どうなってるの?って思う。とにかく、いつも、次は何する?来週は何がある? って、普通クラスの子ども達は、自分の心に質問しながら生きているのよ。そういう風にするから、いろんなことに気付けるんだよ。

 でもね、げんちゃんは、まったくそういうことができてないでしょ。」

げんちゃんは完全失速しておとなしくなってます。

「だから、支援クラスにいるわけなの。げんちゃんは。わかる?
あなたは、普通の子たちとは、相当ずれてるの。それはわかる?」

「・・・・・」

「このずれているところを直さないと、げんちゃんは、普通の人たちと同じところで働いたり、社会で活躍したり、できないよ。
今、ずれているげんちゃんが、普通クラスで勉強できているのはなぜだかわかる?」

「・・・・・」
「そう。お母さんや、先生方が、みんなで手伝ってくれているからです!」

「あ・・・うん。」

「じゃあ、その手伝ってくれている人、お母さんに対して、生意気な態度をとったり、私の言うことを無視したりすることは、どういうことかしら?」

「・・・・あ~・・・・・よく・・ないね・・・」

げんちゃんの意識がこっちに寄り添ってくるのがわかります。

ちょうど、土曜日に、ユリ先生が、
「げんちゃん、2学期普通クラスはどう? ついていけてるの?」

みたいな質問をしたときに、
「ま~。そうだね。僕は、靴がそろえられるようになったからね・・・」

みたいなことを言ったそうです。確かに、げんちゃんは、最近、くつをそろえることを、意識しはじめて、やろうと決心したらしく、毎回そろえるようになりました。しかし、そういう努力は、1000上っていかなけりゃいけない階段の数段にすぎません。

ユリ先生は、それに対して、
「それだけできても、普通クラスには行けないよ。」ということを教え、彼の認識のずれを修正するようにお話したようです。

その話からも、げんちゃんの自分の立ち位置の誤認がよくわかります。

げんちゃんの横柄さは、自分の立ち位置が、普通の子より、ちょっとだけ下、もしくは、けっこう同じ、と思っていることに由来するのだということがわかりました。まだまだずっと下にいるのに、どうも認識していないようです。

日曜日に、しおりや宿題プリントを学校に取りに行きましたが、(小学校はぜったい開いてなかったけど、中学校は、誰か先生がいますよね~。中学がブラック企業というのはよくわかる。)その時も、段取りなんて上の空、車に乗ったら、好きなモーッツアルトのCDをかけることだけに気持ちがいって、今から何しに行こうとしているのか、ついたらどうするのか、とか、シュミレーションすることなど、考えもしない、という感じです。

また、そこをせっついて、彼のずれを指摘します・・・・げんちゃんは、めずらしくしゅんとなって、CDを消しました。


この週末のできごとは、けっこう手応えを感じました。げんちゃんは、意識が出てきて、まずは、感情という外側の意識がどかんと動き、この2週間私は、ほんとに手を焼いたんだな、と思いました。それが炸裂したら、今度は、自覚する、っていうコアな意識が動き始める。Sさんによればそうらしいです。

 そのためには、やはり、自分の立ち位置をしっかり把握する必要があるのだと思います。

現状を、きれい事抜きに、ちゃんと把握することこそ、思春期超難しい発達障害の子ども達が必要とすることなんじゃないかな、と、改めて思います。
現状をしっかりつかんで、その先に希望を与え、努力することの意味を教え、まわりに感謝するということまで引き上げる・・・・・

ほんの少し、階段を上ったように感じた週末でした。さて、研修旅行から帰ったげんちゃんはどうなっているのでしょう。



by glow-gen | 2018-09-13 15:13 | Comments(21)

中学1年1学期を終えて、今の課題

 一学期終わりました。入学するときは、ほんとに心配したけれど、なんとか学校生活に慣れ、支援クラスの先生のサポートもあって、無事に離陸した一学期でした。

 期末テストの結果を見ると、英語だけ89点でしたが、(平均点が85点だそうです。)あとは、ほとんど30点以下。これからの課題が見えます。
でもそれだって、今までは、やっとオープン参加で欄外・・・みたいな世界だったわけですから、ちゃんと進歩しています。

 期末テストの低点数は、まったくできない、のではなく、時間内に半分しかこなせなかった結果で、勉強して書けたところは、半分くらいは合っていたもよう。つまり、よたよたと、普通のレベルに近づこうと、なんとか、がんばってみた。げんちゃんにしたらそんな感触だったかな、と思います。

 げんちゃんは、もともと学習する力が弱く、小学校の情緒のクラスでも、げんちゃんより、勉強ができるお子さんはたくさんいたと思います。漢字もなかなか覚えない、算数はもってのほか・・・国語力も、他よりましだけど、作文なんてぜんぜん書けませんし、読解力も平均をはるかに下回ります。
 そういう子が、一歩一歩駒を進めて、やっと、普通の子ととりあえず、同じ競技に参加できるようになったんだと思っています。

 中2になるころは、最下位あたりから、真ん中くらいに来れるのをめざそうと思います。でも、まあ、成績はあせらずともいいかな、と思います。ほんと、成績を気にする世界にやっとなってくれたことをお祝いするのが妥当だと思います。

 そして、最近のげんちゃんの戦うべき相手は、はっきりしています。”考えない” という行動パターン、意識パターンを、変える・・・・つまり、自分の障害の本質的なところと戦うということです。
 わりと好きな社会理科は、その訓練をするのにちょうどいいです。

 完成度高くお勉強した単元でも、テスト形式で何問か一人で取り組ませてみると、質問が何行にわたるようなところ、図や、条件などが、一件めんどくさそうに見えるところ、そういうところは、たとえ、似たような問題を過去に何回かやっていても、考えるのをやめます。わからないところは飛ばしなさい、と教えると、何の躊躇もなくスルーします。

 彼がやったプリントは、どこにもアンダーラインもなければ、メモや自分で描いた図もありません。ぱっと質問を読んで、なんとなく答える。そういうパターンは、けっこう上手に埋めています。

 ずっとそういう風にやってきたげんちゃんです。小学校のテストは、そういうやりかたでも、半分以上とれますが、中学の問題はそうはいきません。

 私は、常に、考えることを要求しています。好きなことでさえ、げんちゃんは、深く探求したり、考えたりするのは苦手です。そのあたりは、一部でも学習能力がきわめて高い発達障害のお子さんとは、特徴を異にしていて、どのベクトルも、短く、きわめたものがありません。
 一つでも、長いベクトルが出て、この分野なら極め方がわかる、というお子さんなら、ジャンルを広げることができれば、そのベクトルは、げんちゃんたちより伸びやすいのではないか、と思います。
 対して、げんちゃんは、多少ベクトルが出るジャンルは広がりやすいけれど、自分の力では、長さを稼ぐことができないようです。
 要するに、今は、そのベクトルの長さを、しっかり伸ばすような目標設定が良いと考えています。言い換えれば、自分で伸ばしていけるようにすると言うことだと思います。
 一つ一つの基礎能力が、ある程度ついてきた今からは、やりかたを変えていく必要があると思います。

一人で、問題に取り組ませ、問題の答え合わせをしたあとは、間違えたところ、スルーしたところにもどり、

 「この問題は、どういう実験なの?」
「大事なポイントに線をひいてみて。」
「だから、それはどういうこと?」

細かく、焦点をあわせていきます。あくまでも、私は、考えさせるためのヒントを与えるだけで、すぐに、間違いの理由を教えたり、答えに導いたりすることはしません。
たまに、どうしてもわからず、私が、また一から説明するときでさえ、お手軽に教えてもらえる、という感触は与えないように、

「これって、一回やったっけ? いつ? 同じ問題は、テストに出てたっけ?」
など、かなりもったいをつけて、げんちゃんに食い下がるようなスタイルです。

熱くて、疲れていて、・・・・パフォーマンスを下げるコンディションの時は、ほんとに進みません。そう言うときは、できれば、一度リセットする方がいい、と思うこともあります。でも、そういうコンディションでも、普通の子は、ある程度考えることができます。だから、そこに近づく必要はあるのです。

げんちゃんは、昔より、忍耐して、考えようとがんばる時も増えているように思います。

 つらくても、ここは、乗り越えなければならないと思っています。3~5問の問題でも、時間がかかります。げんちゃんは、自分で考える、というのは、とっても疲れるようです。
それでも、えっちらおっちら、少しずつ自分の足で歩いていかなければなりませんし、それができるときに来ています。

 たとえるなら、ベッドで寝ている病人の横で、至れり尽くせりしていた介護は終わり、(小学校5年くらいまでは、まさに、これのみ・・だったように思います。)今は、リハビリ室で回復をめざすようなものです。その時の介助は、横でアドバイスし、はげましますが、決して肩代わりしてやってあげる、ということはありません。そんなたとえがぴったりです。

 彼の拒否感が最も強い数学をやっているとき、こんなことがありました。

げんちゃんの逃げの気持ちがピークに達していたので、私は厳しく対応しました。ほんとに、日々格闘してます。私も、さしで勝負・・・そんな感じです。
普通なら、げんちゃんは、そこで、終わり。怒られても、叱咤激励されても、何にも心が動かないように見えました。

 でも、その時は、げんちゃんは違う反応をしました。くやしそうに、じわ~と涙を浮かべたのです。普通のお子さんならあたりまえのようなことだけど、いつもげんちゃんは、幽体離脱して、言い訳や逃げを並べ立てるだけで終わりでした。

 悔しかったのでしょうか・・・・だったら、大きな進歩です。

 次の日のことを、支援の先生があるとき教えて下さいました。

「次の日、げんちゃんは、朝から、しょんぼりしてましたよ~。私は、連絡帳でことの顛末を読んでいたので、ここで、やさしくして甘えさせるより、見守って乗り越えてもらう方がいいかな、と思って見守りました。そしたら、もくもくと、数学をがんばったんです。・・やる気が感じられました。」

 もし、先生のおっしゃる通りなら、やはり、げんちゃんの心で、何か化学変化がおこりつつあるのでしょうか・・・いや、ただの先生の思いこみなのでしょうか。

 数学は、普通の子ほどできるというわけではないけれど、げんちゃんは、ちゃんと取り組めるようになっていると感じます。でも、ほんとに、自分で心にふたをしてしまって逃げ込む先をつくってしまっています。それゆえに、わかるところもわからなくなるのです。ここから先は、私が楽しく教えてあげる、とか、教えるノウハウがどうだ、とかいうステージではなく、自分が心のふたをねじあけて、先に進めないと行けないのです。

 ここまで来て、それでも、これを乗り越えないというなら、社会に出ても、似たようなパターンにおちいると思っています。やりたくないことはさける、乗り越えない・・・社会に出れば、いやなことでも、がっつり取り組まないといけないことはヤマほどあります。言い訳をしながら生きていく自分になってしまうのは見えています。

 なんとか突き抜けて、自分に”自信”という素敵なプレゼントを渡したらいいと思います。

私が寄り添って、してあげ続けても何も進みません。自分をかえていくんだ、という思いでぶっちぎっていかなくてはなりません。
たとえ親子でも、げんちゃんの今の課題は、応援はできても、私が肩代わりすることができません。信じて待つ方も忍耐です・・・


by glow-gen | 2018-07-21 15:46 | 発達障害改善の段階 | Comments(12)

まわりが少し見えてきたげんちゃん 外づらが作れる?

 中学になって、少しは、変化がありましたが、げんちゃんと私はしょっちゅうバトルばっかりしてます。

 朝起きない、ということに始まり、なんでもやりっぱなし、こっちの話を聞こうとしない、こっちの気持ちをさかなでするような態度を平気でする・・・・・まあ、どこのうちにもありそうな中学生の男の子の生活。そう言ってしまえばそれまでですが、発達障害のげんちゃんにとっては、見過ごせないことばかり! ほんと疲れてしまう日々の連続です。
 中学生ショックは、少しげんちゃんのステージを上げているけれど、私に対するでたらめな態度は、なかなかかわらず、困り果てる日もしょっちゅうです。

 でも、先日学校見学をして、
あ、げんちゃん、外では、家よりちゃんとやれてるんだ・・・と思いました。少なくとも、峰くんほど、机の中がぐちゃぐちゃでもなかったし、先生に対しても、私に対するような態度ではありません。むしろあの学級崩壊したクラスでは、おとなしく、素直でいい子・・・そんな風に映るかもしれません。

 つまり、外づらと内づらを使い分けている、ということがわかりました。外づらとは、周りが見えてこなければ作れません。げんちゃんの悪くない場所はもう一つあって、それは絵画教室です。
「素直ないいお子さんですよ・・・」
「はあ?」

絵画教室の先生は、発達障害ゆえのげんちゃんの行動というのをあまり意識していないようです。小学生が他に5人ほどいるそのクラスでは、げんちゃんは、皆と和気あいあいしゃべりながら楽しそうにやっているのだとか。何でも、
「何でも知ってるお兄ちゃん」
ある小さい子は、げんちゃんのことをそう言ったのだそうです。先生によると、けっこううんちくをたれているらしい・・・
「はあ?」

先生には、発達障害のことも話してるし、問題があれば、それなりに報告してもらうようにお願いしているのですが・・・・

私は頭をかしげました。自分の好きなことをしているげんちゃん、しかも年下の子の中、俺が俺がの暴発状態か、と思いきや、まあまあの平常心でやれているんでしょうね~。

だいたい、お絵かきが好きだなんて、それさえも、はあ?という感じです。昔のブログを見て下さい。お絵かきが好き? はあ?はあ?ですよ。

 先日野球教室を見に行きました。高学年の小学生に交じっているげんちゃんは、けっこういい感じでした。小学校の頃は、どこかまわりに対して、我関せず的な空気がありましたが、なんとなく、周囲に対して、少し意識を動かしているようです。適度な距離感・・・ 

年齢差がちょうどよくて、げんちゃんは、それなりにまわりの子とコミュニケーションをとっているようです。おれがおれがの時期を通り越してしまえば、げんちゃんはちょっと受け身なタイプなのでしょうか。

げんちゃんは、自分が多少は年上なので、後片付けとか、そういうちょっとしたことを、先生にたくさん言いつけられます。率先して、というほど気づかないですが、言われたり気づいたりすれば、まあまあ率先してやっているようです。

小学校で、野球教室卒業させなくてよかったな…と思います。


でも、野球に関して言えば、いまだにルールも覚える気もないし・・・・なんというか、広げようとはしませんけどね・・・先日、野球観戦に無理矢理連れて行った時も、行く前に行きたくない、と言っていたし・・・帰ってからも、そう変化なしです。ディテールは、なんか、ずれてるなあ~と思うことで満たされている感じ。

それでも、どこか手応えは、数ヶ月前とはやはり違っています。

そろそろ、自主性を重んじて、みずから動くのを、少し待つ対応、見守る対応、そういうアプローチに変えていく時が来たな、と思います。


こんなこと思う日が来るとは・・・

by glow-gen | 2018-07-14 11:45 | まわりを読む | Comments(4)

自分の頭で考える。意識を入れる。

 7月になってしまいました。毎年、あっという間に夏休みが来て、それが終わると、あっというまに、学年が終了してしまいます。

お~~・・・人生はなんとスピーディー・・・・自分の昔のブログを読むことなんてめったにないのですが、ふと、3年生のブログを読んでみたら、おもしろいことが書いてありました。自分の記事のくせに、人が書いた文章のように、なるほどな~と、感心してしまいました。笑

その時その時に、真剣に向き合っているけれど、それが過ぎたら、もうその時のことをすっかり忘れ去っています。

自分の記事ですが、最後にちょっと貼り付けてみます。

先日、学校見学と張り切っていたのですが、福岡は台風が来て、休校になりました。そして、たくさんの宿題が出ました。

国語、数学、英語のドリル、平均6~8ページ。しかも、大学ノート4ページの自主学習です。

え~、普通の子でも、これは、一日中かかるんじゃないの? と思われるような内容です。寝坊のげんちゃんは、10時頃起きてきて、自主的に始めました。一人ほったらかしていると、英語のドリルをやっています。遠目に見ていると、ものすごくタイムパフォーマンスが悪くて、1時間かかって、2ページもすすんでいない模様です。ほ~っ(ため息)、どうしたら、こんなに時間がかかるのか、さっぱり意味がわかりません。

別段、きょときょとしている風でもなく、遊んでいるわけでもないようです。ぼけ~っと問題を見つめているのでしょうか・・・・

私は、しかたなく、彼の横に座った物の、よくある、親子の小競り合いです。

「急いでやろうよ。どこのページ見たら、わかるんだっけ? ぼけっとしないで・・・」
「わからない時は、聞こうよ。質問しようよ。」


せかす私に、いらつくげんちゃん。なんか、日々の修羅場に持ち込みそうだったので、思い切って、私は、用事をすましに外出しました。
どうせ、帰っても、ほとんど何もできてないんだろうな~・・・もしかしたら、テレビとかつけてるかも・・・


1時間ちょっとして、家に帰ると、居間は静まりかえっています。げんちゃんは、私がでかけた時と同じ様子で、問題集に取り組んでいました。国語の問題集の4ページくらいが終わっています。

そのあとも、私とげんちゃんは、つかず離れずしながら、げんちゃんは、もくもくと宿題をこなします。要所要所見てやらないとだめですが、ぴっちり横につかなくても、なんとか進んでいきます。

そんな風にしながら、ついに、夜の11時近くなって、宿題が終わりました。(数学は減らしました)

げんちゃん、確かに、次のステージに行ったんだな~、と思いました。4月のげんちゃんなら、こうはいかないでしょうね。まず、中1の問題集は、横にぴったりつかないと、仕上げられなかったと思います。(数学は微妙ですが・・・)

自ら考える、意識を入れた学習をする。げんちゃんのテーマは、完全にそこにかわってきていることを察知した私でした。

ひたすら、口にえさを運ぶような学習の仕方からは、もう、決別したんだな~、と思いました。今日から突然かわったとかではなく、青が、青に近い紫になって、やがて赤に近い紫になる。そして、はっと気付いたら、赤になってる・・・・・いつも、変化はそんな感じです。


でも、かわってみれば、ステージは、がらりと違っている。学習の目標の立て方、やり方、少しずつ、自分の頭で考えることをさせていくことが出来はじめてるんだな、と思いました。
昔のブログはこれ・・

からの抜粋です。


ステージ1,まったく箸にも棒にもかからない状態。トリプルバツ(××× 泣) この時は、本人、よりつきもしないし、そこへ視線すら落とさず、さわらず・・・(泣)

ステージ2,やりたがらないけど、無理矢理させる。ため息!やりきれんな~(こっちがほとんどかたがわりして誘導するような感じ)(ダブルバツ ×× 泣)
ステージ3,しない、興味ない、でも、無理にさせると、ちょっとはひっかかる?~(バツ ×)でも、こっちがストレス!

ステージ4,させると、いやがるけれど、少しはとり組もうとする。ほとんどこっちの独り相撲 
     トリプル三角 △△△
ステージ5,させると、いやそうだけどやる。へたくそ。 超時間がかかって、少しやるのがやっ     と ダブル三角△△
ステージ6,これぞ、今のステージ。あまりできないけど、取り組んでいける。手伝えば、まあまあの時間でできる。三角△

ステージ7,クリア~~。 とりあえず、自分一人でさっさとやれる。
ステージ8,お~、得意分野と言わずとも、自分から、楽しんでやりたがるようになったのね。
        そこにはまったりすると、ぬきんでたりもするのです。 ◎ 二重丸!


はたと、色がかわった瞬間を感じるのは、ステージ5あたりから6に行きかけたあたりからなんでしょうか。・・・・・

ということは、ここを重ねていけば、一人でこれから、げんちゃんは、やっと自分の頭で考えていくようになるんじゃないかな~・・・・そう思いたいです。なんせ、これは、本質にも関わる部分だし、そうは甘くはない。

相当時間はかかるだろうけどね・・・・

by glow-gen | 2018-07-05 18:46 | 一人で学習する | Comments(8)

意識が芽生えると自我も芽生える・・・

  今週になって、げんちゃんは少しかわりつつあるような気がするけれど、やはり、新しいステージでもがき苦しんでいるように見えます。

 そして私は、今げんちゃんがどこのステージにいて、どこを目指すべきなのか、昔は、どういうところにいて、何が問題だったのか・・・そういうことが、だんだんクリアにわかってきたような気がします。敵が本当に理解できれば、まだ戦略がたってなくても、勝利が自分の手にある。そうだったらいいな、と願います。

 S先生に、「げんちゃんの障害の本質は、意識障害だよ。」
という言葉をもらってから、げんちゃんへの見方がかわりました。

 8月に、今考えれば、圧倒的な対象物を前に、感じている自分を自覚する、ということだったように思いますが、イルカを使った合宿をしていただきました。
 それだけがきっかけではないと思うけれど、動物のように人格を持ってなかったげんちゃんは、人格を持った6年生の男の子になってきたようです。
 もちろん、卒業式で感じるはずの普通の感情を、まだ持てなかったり、普通の6年生と比べると、まだ遠くにいるけれど、げんちゃんは、自分がどう感じるか、どうしたいのか、そういうことをつかんでくるようになりました。

 昔、動物のようだ、と感じていた頃は、たとえ、彼が何かしたい、と訴えたとしても、それは、理性ではなく、衝動であり本能であり、せいぜいひとにぎりの意識のかけらが、偏ってちょこっと出ているだけのものだったと思います。自分の好きなことだけに出る、きわめて閉鎖的な意識。

 でも、それが、殻を突き破って、やっと私にわかるところに出てきた、という感じでしょうか。

具体的に言えば、
「僕は算数は苦手だな。」
とか、「ぼくも気持ちわかる。」(算数が苦手な子のコメントを読んで)
こんな、ごく当たり前の、自己を意識したつぶやきが出てくるようになっているのです。

 しかし、意識が出てきたけれど、どこへ向かうべきかがわからない。

たとえば、普通の子は、物心つく3歳くらいから、反抗期のようなものがありますね。
自我が初めて出てくる。
 2歳と同じように、いやいやをして泣いても、3歳くらいからは、はっきりとした意思や意識が働いている。親の出方次第で、してやったり、ということもあるし、矯められて、次からは、しっかり行動を修正したりもします。

今までは、行動のすべてが、反射であり、本能的な反応からおこることだったのが、その子らしい意思や理解が加わってくるのです。



しかし、げんちゃんは、意識がある程度表に出始めたのは、ほんとにここんとこなのではないでしょうか。だとすると、3歳児のように矯めるのは大変です。自分の自我が初めて芽生えて、自分がやりたいと願うことは、親が願うことと対立する。

 意識レベルは3歳児なら、親は大変です。

だから、多くの親は、そこで、つい、放置してしまうのではないか、と思います。私もまた、そうしようかという気持ちにもなります。でも、ことの意味がわかると、そうではない、ということがわかります。


私が、これは危険だ、と感じていたことは、そういうことだったのだ、と、やっと私は理解しました。


3歳から意識が芽生えてきた普通のお子さんは、それからの成長の中で、まわりに意識をめぐらせ、その中で、たくさんのことを学習し、時に矯められたり、ほめられたりして、12歳という年齢に達しています。でもげんちゃんは、今、意識がほんとに覚せいしてきたばかり。その時間のギャップを埋めるのは大変です。

 好き勝手な方向に行ってしまえば、修正は大変なことになってしまうのではないかと思います。

 今は、まだゼロ点、どうにかしてプラスに持っていかなければならない。そう思います。

 だから、ただ、普通に反抗期が来たというだけのお子さんとは、話が違う訳なのです。


 発達障害のとくにグレーゾーンの子は、げんちゃんと同じようなステージの子がたくさんいるような気がします。意識がある程度でてきてるけれど、それが、自分勝手な方向性に向けてどんどん走り出してしまっている子。もはや、親のコントロールが難しく、親は、しかたなく、ある程度好きなようにさせるしかない。

 ハッピーな子は、そこから、色んなことにぶち当たり、なんとか修正し、社会適応していくかもしれません。でも、一部の子は、マイナスな方向に行って、さらに、2次被害とかが加わってしまって、深刻な状態になってしまう。


 そうならないように、ほんとに、今、しっかりと方向性をつけなければいけない、と気が引き締まる思いです。


 

by glow-gen | 2018-03-23 20:21 | 意識のこと | Comments(6)

悪魔と天使? 人格の破綻??

 ある日、私は、外に出ていて、留守番をするげんちゃんに電話しました。
「ねえ、げんちゃん。おうちを出るときに、食べた食器洗っておいてね。」
「うん。わかった。」
「それから、エアコンと電気は、ちゃんと消して。」
「わかってる。」
「あ、それと、お母さんのポーチ持ってきてくれる?忘れたから。」
「え?どれ?」
「いつも鞄に入れている丸いやつだよ。テーブルの上にあるでしょ。」
「あ、これね。」
「わかった。自分のバックもってくるのはわかってるよね。で、全部で、何して出てくるか、言ってごらん。」
「え?あー・・・ポーチ持ってくる。食器洗って、電気とか消す。」
「自分の鞄忘れないでよ。」
「わかった。」

彼は、そのあと、一人、家の鍵をしめて、私のいる場所に来ました。

「食器洗ってくれた?」
「うん。」
「電気は?」
「消したよ。はいポーチ持ってきた。」
「ありがと。すごい。ちゃんとできたね。」

げんちゃんは、全部こなしてきたということでした。私は、ほんと、進歩したな、と思いました。半年前じゃ、これはなかったんじゃないだろうか・・・・
 
さて、家に帰ってみると、食器はまったく洗われていませんでした。流しに運んでいたので、それを、洗ったと解釈したのでしょうか。そして、通路の電気は、付けっぱなし・・・本人は消したつもりなのか、見過ごしてしまったのか。でも、私のポーチは確かに持ってきてくれた・・・

 なんで、食器を洗ったと言ったのか・・・適当に、その場をつくろったのか、それとも、別の理由があるのか・・・

 げんちゃんは、確かにどんどん進化しているけれど、なんだか、彼の魔物も外に飛び出してきているようないやな手触りのこの頃。よくわからないけれど、私は、この頃、げんちゃんの進化の喜びを、打ち消してくる新しい魔物を感じています。
 
 チャレンジタッチをやらせていたら、英語の綴りの問題がありました.
soccer, pencil,tennis,・・・・
ローマ字読みしたんじゃ書けない特殊な綴り。げんちゃんは、なんとなくではあるけれど、英語教室で英語にふれてきたし、公文でも、何度も書いてます。でも、ことごとく、できません。初めて英語をする子向けに、選択になっていて、パーツを選ぶだけ。げんちゃんにとっては、決して初めてのものでもなく、幾度となく読んで書いているのです。

 私は、解説を入れようとします。
「うるさいな~。そのうちわかる!」
え? くもんの先生がそう言うのでしょうか。確かに、普通の子なら、大量に、同じパターンをこなせば、法則が見えてきます。でも、もうあなたはすでに、何度も書いている・・

 げんちゃんは、学習をするとき、頭を空っぽにして、運動神経でこなすようにやっている。意識がまるで入らずにやっているから、法則も考えないし、つながりも見いださない。この問題のあとでさえ、間違えたことから何もフィードバックすることもない。
 確かに、ある時代までは、ぽかんと口を開けたげんちゃんに、必死で食物を運ぶように、いたれりつくせりして、勉強入力していく、というような状態が続いたけれど、まだ、それを続けようとしているのか。ここへ来ても・・・。

 げんちゃんが、どこまで理解しているか、とか、そういうことは、ほんとに見えにくいです。とくに算数などは、意識が入らなければ、すべては無になり、学習したことの一端さえも、見えてこなくなる。それは、わかってないのではなく、どの扉も開けようとしないだけ。

 もはや、車のエンジンに故障はなく、ガソリンも満タンなのに、破壊された車と同等の機能しかない状態。だから、周りの人は、げんちゃんの機能不全をなんとかしなくちゃ、と思うのだけど、実は、まったく違う。

 そして、機能不全を治していく方が、もしかしたら簡単なのかも知れません。故障がないのに(もちろん、ゼロではないけど・・・)動かない車って、どこか、精神を病んだ人のようでもあります。どこにも病気がないのに、動けず寝たきりになってる。

 色んな機能が改善しているゆえに、なんだか、げんちゃんが、狂人のように感じる時があります。
何なんだろうな~。最近の私のこの行き詰まり感。(まあ、いつも行き詰まっているのかもしれませんが・・・)

意識を入れられる時というものを、経験したので、逆に、入ってない状態が、恐ろしく感じるのかな~。ブログ書いていて、自分でも、よく分析できません。私の期待感が大きくなってきたから、そう感じるだけなのか・・・
 そういえば、今日は、K先生のところに行って、聞かれても、日にちも答えられず、卒業式と書き入れたカレンダーを見ても、わからず。まるで、幽霊のよう・・今までだって、そういう日は、たくさんあったけれど・・・・まだそこに居続けるの?

 SさんにSOSを出すと、

彼も、なんと、同じような感触をもっているようでした。
「今は、まだ大きくマイナスに行ってないからいいけど、今後マイナスに行けば、大変なことになるよね。プラスかマイナスか、どっちかに向かっていく。絶対にマイナスに向かって行かないようにしなくてはね。」

 上手に言えないけれど、動物のようだった彼が、やっと人格を持ち出して、顔を出してきた。悪魔と天使どちらも持つ人格。その悪魔の部分が、天使を駆逐してしまうかもしれない。天使が悪魔を凌駕すればいいけれど・・・

 すみません。うまくまだ言葉にできません。ただ、新しいステージを迎えていることは確かなんだよね・・・

 なんか、彼に学習をどう教えようか・・・と、いつも考えていたけれど、なんか、そういうことではないことが立ちはだかっている。そこが解決すれば、学習を教えることは、しごくスムーズにいくように思うのです。学習の教え方なんて、そう大きな問題ではなくなる・・・ちょっとの工夫でいいようになる、そんな気がしてる私です。

 精神を病んだ人を改善させるのに相通じるものを感じている私です・・・
変でしょうかね~・・・


 

 


by glow-gen | 2018-03-19 21:07 | 意識のこと | Comments(12)

意識の暴走、自分勝手な情報収集と情報判断 卒業式その1

毎日、幼虫が変態していくみたいに、げんちゃんは、日々、なんとなく変化しているようでもあります。いろんな気づきがありながら、忙しくて、なかなかブログに向かえませんでした。
とうとう、昨日は、卒業式でした。
 「とうとうげんちゃんは小学校から旅立つ」、と思うと、人生は、ところてんみたいに、先へ先へとしか転がっていかないことを思い知ります。

 げんちゃんみたいな子をさずかって、なすすべなく過ごしていっても、いつのまにか人生は先に進んでどこかにたどりついていくだろうし、私のようにがつがつやっても、やっぱり、どこかに押し進められていく、一時として止まっていることはないのだな、と感じました。

 普段は、同じような日々が連続してるので、あまり意識しないことですが、私たち人間は、激しい流れの中にいるのです。変えられないマクロの流れの中で、私たちは、たくさんの自分だけのミクロの流れを作っているのかな。私は、ここんとこ、その中で、格闘しながら、小さな波を作っていたのかもしれません。

 ここ10日間、私が格闘していたのは、げんちゃんが、まったく言うことを聞こうとしないということでした。特に、生活全般のことです。洋服を脱げば、ほっぽり。風呂に入れば、風呂場は散らかりまくり。水筒にお茶をつげば、まわりは水浸し。
 一つ一つ注意するけれど。「めんどうくさい!」とか、「もう、うるさいな~。」「別に、しなくていい。」・・・・
今までは、できなかった、というベースがあってやらなかった。でも、今は、やりたくない、やらない、という意識のもとでやらない。同じように見えても違う。

そして、今の状態はとても危険だということを、私は感じてました。

それと相対するように、今までやらなかったプラスの行動も目につくようになってきました。たとえば、3月に入ると、K先生のところでし残した宿題を、寝る前に、誰にうながされることもなく、みずから取り組んだり、今日のスケジュールを聞いて、
「じゃあ、カギは持っていくの?」
なんて、聞いてきたり。かつて、そういうことはなかったので、へ~・・・と見つめる私。でも、どこかずれていて、

夜、間に合わなかった宿題を一人で取り組んでいるときに、

「ねえねえ、わかんないんだったら、本見てごらん。」
なんて、わからず手元が止まっているげんちゃんに、私が声をかけると、
「あー。もう、うるさい。宿題全部やらなきゃいけないんだよ。そんな暇ないの!わかる?こっちが大事でしょ。」
とか、意味不明なことを言う。

「いやいや、だからさー、宿題なんのためにするの? げんちゃんがわかるようになるためじゃないの?適当にするより、きちんと理解しながらやる方がいいじゃない」

「あーもう、ぼくは、普通クラスに行きたいの!」

意識は出てきたけれど、なんか、自分勝手な判断と方向性にひたすら暴走し始めているような危うさに満ちています。バランスに欠いている発達障害の行動のもとにあるのは、自分の偏った方向性にだけ、意識のベクトルが出て、そこから、自分の切り取りたい情報だけ切り取ってくる。それをまた偏った組み立て方で組み立てて、結論を導きだすものだから、最終的な自己の行動決定は、普通からはかけ離れた身勝手なものになる。

今のげんちゃんは、まさに、そういう方程式が出来上がりそうな勢いです。

やれやれ困ったな~・・・
手を焼いているのは、私だけではなく、いつも勉強を教えてもらうK先生も同じようで、しょっちゅう激怒させられ、時間の多くを、お説教にあてる、というのも多くなってました。

もちろん、学習の理解や、集中は、以前とはくらべものにならないほど、良いパターンも出たりしてます。

今までの方法論ではなかなかうまくいかないのかもしれません。ましてや、私の言うことは、”聞かない”と、どこか決めているようなところがあって、親一人でも、きわめて乗り越えにくいところのような気もします。

そして、そんな中で卒業式を迎えました。卒業式の一連の非日常的な学校のカリキュラムの中で、げんちゃんは、ひとつのきっかけをつかんだようでした。
長くなるので、続きはまた次の記事にしたいと思います。

by glow-gen | 2018-03-17 10:46 | 意識のこと | Comments(2)

「のびのびと好きなようにさせる、見守る」、というリスク

   日曜日は、げんちゃんが、完全抜いてしまう日です。そこで完全に抜いてくるので、日曜はしょっちゅうバトルです。
げんちゃんのように、少し意識が出てきたステージになると、完全に意識を抜いてくる日があるのはまずいです。電流計にたとえれば、ウイークデーには、できるだけプラスに振ろうとがんばってる針が、日曜になると、どかんとマイナスに振ってしまう。週明け、プラスに振ろうとしても、しばらく調整期間みたいになってしまうようです。

 もともと、マイナスにどかーんと行っちゃってる意識だったので、プラスにキープするのは普通の人よりエネルギーがいるげんちゃんです。一度、マイナスにどか~んと行ってしまうと、再度プラスをキープするのが、さらにしんどくなるし、自分だけの勝手な価値観の世界に行ってしまって、しばらく戻って来れないような気がします。

 ですから、小出しに少しだけ、マイナスにふれるのはしかたないとしても、どか~んと行ったきりになるのはよくない。

そういう話をS先生としています。

 集中だってそう・・・・発達の子特有の、好きなことにだけ、没頭してしまうのも、制限付きの没頭にする。いわゆる、入りすぎない集中、いつでも切り替えられる、というところにいなければならないことを教えます。

 このセルフコントロールをしっかりつかめたら、ある時は、入りすぎてもいいし、マイナスにどかんと振ってもいいのだと思います。そうなれば、自分が、切り替えなきゃと思えば、すぐに、その状況からもどれます。

 そういうことを、考えてやっているげんママや、いつも勉強を教えてくれるK先生なのですが、実際には、げんちゃん育児は、傍目に子どもに余裕を与えないものに見えますよね。
 羽目外して、好きかってしたり、自分の世界に行こうとするのを止めたりしてるわけですからね。

「子どもは好きにさせなきゃ・・・・」

なんて、すぐに言ってくる、私の妹の気持ちもわかるというものです。


”子どもはのびのび遊ばせる、見守る・・・・”

こういうことは、とても大事だと思うのですが、発達の子には、ステレオタイプにそれをあてはめてしまうと、子どもを台無しにしてしまうこともあると思っています。


だから、厳しいようだけど、げんちゃんに好き勝手させない、意識を抜かせない、そういうところでふんばっています。

昨日の日曜は、私が家を留守にするので、げんちゃんに、ある課題を与えました。朝は、教会に行く。終わったら、携帯電話で散髪屋さんに電話をして、散髪に行く。3時になったらK先生のとこで宿題をする。

私がいないので、K先生が少し見てあげよう、ということになったのです。


げんちゃんは、順調に、散髪屋さんまでこなしたのですが、散髪屋さんの予約が2時50分しかとれなかったらしく、3時からのK先生のところには、大幅遅刻で行きました。

さあ、そこからです。げんちゃんは、遅れる、とK先生に連絡する所まではできませんでした。連絡どころか、K先生のところを遅れる意識さえ無かった様子。
とがめられたら、

「え~、散髪が2時50分からしかとれなかったんだよ~。」

と言い張っていたみたいです。やれやれ、そういうとこから教えないといけないげんちゃんです。そして、おそろしいことに、遅れると言う感覚もなかったようです。時間の感覚も、まだ、まだついてません。一人で予約して散髪に行けた、というところまでを、まずほめるべきなのか、・・・・確かに、昔は一人で、そういうことをやれと言ってもできなかったですからね~。普通というには、あまりにも変なげんちゃんです。

本来、本人はぬいてくる日曜日に、K先生へ行ったげんちゃん。もちろん仕上がりは、まったくだめだめだったようです。


意識を普通の人のように、常に働かせるのは、まだまだ時間がかかるようです。


by glow-gen | 2018-03-05 19:31 | 意識のこと | Comments(17)

やりたくないことはやりたくない。利己的なとらえ方をする

 最近、毎日げんちゃんとバトルしてます。
彼は、確かに意識が出てきて、自分が、どう感じているか、ということを、把握し始めました。意識のアンテナをまわりに建てて、今までやらなかったこともやり始めたりしています。

 しかし、アンテナはって、自分が捉えてくる情報は、かなり、自分勝手のものばかりです。意識の発動は始まったけれど、その深さも奥行きも、高さも、まだまだ十分ではなく、ひどく浅いもののようです。

 その結果、やりたくないことはやらない。とか、勝手に解釈して、(解釈というレベルにもいってないかも)自分勝手な判断に走る、とか、とてもしんどいステージになっています。

 でも反面、おもしろい行動もあらわれました。朝ぜんぜん起きられなかったげんちゃんが、6時にぱっと起きて、私に干渉されない2階にあがって、ショパンの幻想即興曲の楽譜に、譜読みの読み仮名を入れるようになりました。

 クラシカロイド、というNHKの番組の影響で、ショパンの幻想即興曲に興味を持ったらしく、1週間続けて、その楽譜に音符名を書き入れました。そんなの弾けるはずもない、と思うけれど、弾きたいと思ったのでしょうか。
 それにしては、ピアノに向かうことはぜんぜんありません。なんか、変ですが、自分の意識が向いたところには、さすが発達障害児! という集中力ではあります。

 ここから、ピアノの練習につながっていけば、と興味深く見守っています。悪いことではないですからね~。しかし、自分がやりたくないと思った勉強だったり、宿題だったりは、刃向かってばかりです。

もう知らん! とこっちも少し距離おくような気持ちです。

 S先生に言わせると、まあ、今はかなりきついステージだそうで、自分が出てきて、意識世界は、低学年の子のような感じになっているそうです。

素晴らしい意識の働きとは、感情をコントロールするものですが、げんちゃんは、感情といっしょに意識が暴走するような感じなのでしょうか・・・うまく説明できません。


 普通クラスでのテストも持ち帰り、見ると、100点の社会とか、70点の計算中心の算数とか、90点の国語とか、へ~と感心するような内容のものが入っていました。もちろん簡単な問題ですが、それでも、すごいことです。ほんと、彼の能力は、意識が入ったときは、かなり上がったようです。

 さて、このたび、支援クラスでの校外活動があって、げんちゃんも参加することになっていましたが、げんちゃんは、
「絶対に僕は行かない。」
と、言い張って、知らぬ間に、先生へのお便り帳に、勝手に、「ぼくは絶対行きません!」と書き込んでいるありさまでした。この書き込みは、たしかに、自分の意思表示ができるようになった証拠でもあり、うれしい一面もありますが、げんちゃんの勘違いした今の状態の反映でもあるな、と感じます。すべてのことに、バイアスがかかったとらえ方をしているような感触です


 なんか、自分は、人並みにできるようになってる、と、思いこんでいるところがあるのでは?と思います。そのくせ、コンプレックスもばりばりあります。結局、自分を冷静に客観的にとらえられていない。
 ママにおんぶにだっこのくせして、自分はできると勘違いしているような感じでしょうか。

 「支援クラスの校外学習は行きなさい。」
「いやだ。絶対いやだ。」
「あのね。あんた、普通クラスでやっていきたいのなら、ちゃんと宿題もやっていかなきゃね。先生のお話も、聞き逃さないようにして、クラスのみんなができることは、ちゃんとできなきゃね。
 支援クラスを、卒業できる、と思うのなら、ちゃんと支援の課題をこなしなさい。みんなに、げんちゃんは、もう普通クラスに行っても大丈夫って、言ってもらわないとだめでしょ。あんたが判断するんじゃないの。まわりのみんなが、げんちゃんは、普通クラスがいいよね、って判断するの。
 だから、行かないんだったら、みんなに、ちゃんとできないんだな~って思われるよ。」

 なんか、自分は、まだまだ不十分でありながら、自分はできる、これは、自分は、やらなくてもいい・・・とか、勝手に利己的な判断を下しています。もし、向上していこうとするなら、そういう利己的な判断で、いやなことをさけていくのではなく、前向きに、与えられた課題にチャレンジしていくべきです。それが、真の大人っぽさだし、意識の方向性として正しいです。

 扱いにくいので、つい、本人のやりたいようにさせてもいいか、と諦めてしまいそうになるのですが、いやなことから手っ取り早く逃げる、と言う行動は、許さない姿勢で臨んでいます。

 算数だって、支援のプログラムだって、自分の好き嫌いにかかわらず、感情をコントロールして、がんばってみる、という行為をげんちゃんに求めています。

 そこを突き抜けなくては、意識が出た物の、なんか、好き勝手な空間に広がり、好き勝手な方向に行ってしまうような危うさがあるのです。


 S先生曰く、
「 意識の広さ、深さ、高さ、奥行き・・・・意識の世界は広く、げんちゃんは、まだその浅いところでぱちゃぱちゃしているんだよ。
 とにかく、逃げをゆるさないで、ママ。
 ここで、逃げを許すと、自分勝手に判断して、ずれてしまってる大人になってしまうよ。大事なときなんだ。」

だそうです。

 あと1ヶ月ちょっとで、もっと高みにいけるのか、ここでしばらく足ふみをするのか、私にもわかりませんが、確かに、しんどいです。

 でも、こういうへんてこりんなベクトルが、マイナスの方にどんどん進んでいけば、ほんとご迷惑な大人になるんだろうな~と思います。親だけでは、このステージ、乗り越えるのは難儀なことだと思います。



by glow-gen | 2018-02-22 20:28 | 意識のこと | Comments(29)



中学2年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
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中学2年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学2年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて8年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
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