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げんちゃんの発達障害プロジェクト

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発達障害、思春期、多方面からずれを指摘する。野球教室その2

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前回の記事の続きです。野球のマンツー指導。この日は、結構寒かった・・・


 さて、次の日曜日、8時半、グランドのあいた時間を先生が予約してくださったようです。げんちゃんを早朝におこします。
 日曜なので、げんちゃんは、ぐだぐだ起きてなんとかしたくして行きました。
予定を入れていたパパにも、予定を変更してもらい、いっしょに見に行くようにしました。(最近は、げんちゃんだけでなく、パパも教育している私です。笑)

げんちゃんを、いっしょに車でなんぞ連れて行けば、また甘ったれて、勘違いしそうなので、寒空に一人、自転車で向かわせます。この日は、久しぶりに寒かったので、厳しい指導にはほんと最適だ!

あとからついて、グランドに行くと、先生は、びしっとちょっとこわもてです。

 私たちは、げんちゃんから見えないところに場所をかまえて、遠目で見ていました。準備、ランニング、キャッチボール、ノック、バッティング練習・・・
遠くでやっているのが見えます。時々先生のカツを入れる声が聞こえます。

「何やっているんだ!。さっき言っただろう。なぜ聞いてないんだ・・・」

ふふふふふ・・・・これだこれだ、これだよ。げんちゃんには、これくらいしないと、意識が目覚めない。ぼけ~っと気持ちを止めているのが、覚醒すると、自ら、目の前にあることを捉えようとし始める。いい感じ。

1時間の指導はあっという間に終わりました。

かたずけをさせます。げんちゃんに指導した、道具のかたずけは、へいぜんと落ちが出ます。そこで、また指導されました。

終わると、ベンチに座らせて、先生とマンツーでフィードバックをさせられています。

「なぜ、後片付けで、キャッチャーセットをちゃんと入れてなかったのか?」
「あ、ああ・・・ちょっと~忘れてしまって~・・・ (あれこれあれこれ・・・・言い訳にもならないような言い訳・・・)」(言い訳ができるようになったのは、確かにすごいと思う。)
「言い訳をするな! 聞いてないんだろう。人が何回説明しても、しっかり聞こうとする思いで聞いてないだろうが!」

そうそうそう。げんちゃんは、聞こう、という思いを出せば、もうしっかり聞けるステージに来ています。それでも、その思いを出さない。とにかく、思いを先に進める、とか、思いをしっかり出して、取り組む、とかいうことを、めんどくさがる。

夫に言わせると、
「げんちゃんは、できることでも、少しでも面倒と感じれば、やろうとしない。いや、思いを引っ込める。最近では、思いを出さない方法を、しっかり考えている。前は、めんどくさいからなんとなく、できない・・・やりたくない・・・だったのが、最近では確信犯だね。」


私は、その意味がよくわかる。その傾向は、学習に顕著で、ちょっとでもめんどくさいと、ただ写す、とか、ただ、AだったらB、みたいな単純なことに無理やりもっていって、途中の複雑なステップや考え方を無視して平気でいる。
そしてそこを指摘すれば、
「え~・・・わからないよ~。だったら、どういうこと?あ、だったら○○すればいいんだね。」

と、本質とはずれた、適当なことに落として、それだけをやろうとする。

その技は、相当に高度になり、巧妙になっている。
私も、夫も見抜いているので、表面上まじめにやっていたとしても、だまされないけれど、たぶん、ちょっとかかわる人であれば、ほとんど騙されるに違いない。

こんなことで、げんちゃんが、うまくやっていける、と勘違いすれば、彼と言う人間は、どんどん人として最低なところに、落ちて行くと思う。

ほんと、げんちゃんと言う子は、ある意味、どでかい器の持ち主だと思う。良い方にむかえば、余分な雑音がはいらず、突き抜けるだろうが、悪い方に行けば、ほんとにとんでもない。そして、そちらに行きやすい。

 野球の先生は、私たちが危機感をいだく、彼のずるさに、猛烈にアタックしてくれている。

「今の時代、誰でも、お前を怒ってくれないんだぞ。今こうやって、怒られているうちに、ちゃんとやらないと、社会に出てどうするんだ。そんなんでやっていけるか?・・・・」

まるで、昭和のがんこおやじ、みたいにげんちゃんを叱ってくれている。ほんとにありがたいことです。


「自分を飾るな! 甘えるな!・・・」
そうだそうだ~・・・横で聞いていてほんと、お値段以上の指導だわ!と思っちゃいました。

ちょっとの叱責で、すぐに心に響いて、逆に、くよくよ、過剰に反応する子もいますが、げんちゃんは、これくらい圧をかけて、やっとなんぼ。・・・しかも、これさえ、時間がたてば、すぐにはねのけて来るから、家に帰っても、油断なく指導がいります。

この日、帰ると、げんちゃんは、意識入りまくり。

「お母さん。僕は、どうやったらいいかな。えっと~・・・」
まあ、こんな感じで、私の指導がどんどん入りました。

残念ながら、昼からは、意識を出すのに疲れてしまったらしく、ドか~んと落ちて、最悪の学習風景になってしまいましたけどね。

まあ、それほど、気持ちを出して、”捉えよう、思いを一つ進めよう。”とするのが、彼らにとって、とても疲れることなのだ、ということなのでしょう。

しかし、あらゆる方面から、自分のずるさ,甘え、ずれ、そういうものを強く指摘される必要がある今です。げんちゃんは、昔と違い、思い(意志、意識・・・言い方はいろいろですが。)が.やっと表面に出てきて、ピノキオから人になったのだから。

また、ぼ~っと目の前のことだけを捉えて、思い付きで生きていく、楽なピノキオにもどろうとするのを、阻止しないといけません。
自分との戦いに勝っていかないといけないと思います。


by glow-gen | 2020-01-26 12:30 | 野球教室 | Comments(6)

野球教室をやめようと思ったけど 野球教室その1

発達育児は、させたいことがてんこ盛りで、はっきり言って24時間では足りない感じ。

何度も、やめようと思っては、ずるずる続けてきた野球教室は、そろそろ終わりにしないとね~。と思い立って、まずは、げんちゃんから先生に退会したい、と言わせました。
 すると、先生から電話がかかってきて、また引き留められてしまいました。ちょっと前に、先生は、私に言われて、げんちゃんの指導をかえてきていたようです。

そうやって、やっと体制がいい感じになった、と思ったので、せめて3月まで続けてほしい、と言われました。

そして、先生は言います。

「もしかしたら、最近、僕も、げんちゃんに厳しいし、子供たちにも、げんちゃんへのあたりを変えてもいらうように指導していたので、げんちゃんが、野球がつまらないと思ったのではないか、と思いました。」

今までは、小学生の子供たちも、げんちゃんが何かできなくても、まあ、げんちゃんだからしょうがないか、みたいな空気があったらしいです。でも、先生がそれではげんちゃんのためにならないから、できてないことはしっかり言ってあげるように指導したんだそうです。それによって、周りもげんちゃんにきびしくなくなったんだとか。・・・・ 


ま、ブログを前から読んでいただいてる人はおわかりかもしれませんが、そんなことで、げんちゃんは傷ついたりするようなたまじゃない。
むしろ、私は、先生が変えてきたことさえ、感じていないんじゃないかと思います。そういう、すさまじい鈍感さ、思いを出さず、平気で何事もスルーして平気でいられるのが、げんちゃんという子のやっかいなところなので・・・
 まあ、もし気づいていたとしても、その瞬間が終われば、すっと捨て去って、平気で次に行く

 ほんと、先生は、この図太い発達君をわかっちゃいないな~・・・私はまた例によって説明します。

「そうではないんですよ。げんちゃんは、たぶん、野球はあまり興味がないんでしょうね。
だからぜんぜん気持ちを入れない。どんなに先生が、心をこめて厳しい指導をしてくださっても、家に帰れば、さっさと切り替えてしまうんです。ですから、せっかくしてくださった指導も、まったく身にならず、こちらの方が申し訳ないんです。
 しっかりげんちゃんに認識させようと思えば、教室で指導されたことを、私が把握して、もう一度家で検証すれば、多少は入るかもしれませんが、大勢の子がいる中で、げんちゃんだけ、毎回報告していただくわけにもいきませんし・・・。

 そうなると、スケジュールが、ぎりぎりの今、吸収しようとしない野球に、時間をさくのは、あまりにタイムロスが大きいということになるのです。
 普通とは全然違うげんちゃんなので、先生の好意や努力を、平気ではねかえして平然としているんですよ。ほんとに申し訳ない限りです。」

先生は、今までの経験や思いに立って、自分がげんちゃんを指導してきたことが、げんちゃんには、まったく馬耳東風だったことを知って、ショックを受けていました。(多くの普通の人たちが陥るところです。)

でも、先生はひるみませんでした。

「あの、これから、ノートを持たせてください。いちいち指導したことを書かせます。場合によっては、フィールドから外に出させて、書くことによって、意識させます。子供たちにも協力してもらって・・・」

まあ、ほんとによい先生ですね~。ここの教室はサッカーといい、野球といい、指導者にはずれがないかんじ・・・(両方同じ経営なのです。)

もう、そこまで言って下さってる先生を前に、私はやめる、とは言えませんでした~。結局私は、先生の熱意に負けてしまいました。

「ノートはいいですね。持ち帰って私もわかるし、本人も、意識が入りやすくなるでしょう。しかし、それでも、やはりまだ弱いでしょうね。

 どうでしょう。一度、マンツーで日曜日に、徹底的にしごいてもらうというのは・・・
先生がいつも指導しているいろんなことを、もっと心に入るように、マンツーでげんちゃんに指導することによって、集団の日がさらに意識に落ちるようになると思うのですよ。それをしないと、かなり厳しくやっていただいても、つながりが結べず、げんちゃんには、すべて滑り落ちてしまうと思います。」

先生は、真剣に聞いてくださっておりましたが、、教室のマンツー指導システム(そういうのがあるのです。)を使って、次の日曜の早朝から1時間のレッスンをしていただくことになりました。
ほんっとにこいつは、どれだけお金がかかるというのか! 将来もととれよ! 笑

げんちゃんには、

「あなた、野球の時抜いているでしょう。わかってんのよ。・・・何年たっても、打順を考えることさえしない。行ったら、ただ適当になんとなく参加している。

このまま野球をやめてしまえば、何年間も野球に行ったことが、まったく身にならず、いつものように、お金も時間も、先生方の手間も、すべてどぶに捨てることになるのよ。

ですから、日曜日、あなたのために、先生が指導に来て下さることになりました。先生は、あまりにあなたが抜きまくるので、おこっていらっしゃいますよ。中学生なのに、小学生よりまったく何もできないって・・・日曜日げんちゃんがちゃんとできないなら、すぐにやめさせるって、かんかんよ!」

またまたそんな演出をかけながら、日々、マンツーレッスンに向けて、気持ちを作らせるように、いろいろ声掛けしていきました。続く・・・




by glow-gen | 2020-01-26 11:39 | 野球教室 | Comments(0)

発達障害の研修会の一般・・・

先日、ある発達障害の勉強会に行きました。学校を通して案内が来たので、まあ、一般的な話も聞いてみるかな、という思いと、そこへげんちゃんも参加させて、自分の立ち位置というものを、しっかり現実感をもって、つかませようとするのが目的です。

 げんちゃんはいやがりましたが、
「お母さんは、あなたを改善させて、障害児なんて呼ばなくていいように、こういう会に参加してがんばっているのよ。あなたもしっかり自分をとらえてがんばらないと、向上していかないから、行ってしっかり学びなさい!」
わざとらしく、演出をかける私。

 支援の友のゆうすけ君のママは、
「そうやっていやがっても、行くとこがげんちゃんだよね~。うちだったら無理だわ!」
と、ちなみに言っておりました。なるほど

 会には、小学生から高校生のママたちが20人ばかり来ていました。講師は、放課後デーを主催している発達の専門家でした。

最初のうちは、障害者枠の就職について話されました。

障害者を雇用する会社側が、どういうことを、こちら側に求めるか、という話を、グラフなどを用いてしてくださいました。

4時間以上働ける体力。
休む時は連絡できる。
家族が支援してくれている。
素直さ
清潔感
身づくろいがしっかりしている。

etc...

講師は言っておりました。
「ですから、これに見合ったようになるように、ある程度体力もつけないといけません。規則正しい生活習慣もつけてあげなくてはならない・・・・etc」

私は聞いていて、なんだか違和感を覚えました。

「就業するための枠にもっていくための教育? 育児とは・・・・?」

それから後半では、こういう話もしておられました。
「子供を叱ってもだめです。叱ってもわからないのですから、叱って言うのではなく、ダメなことをしているときは、まずそれを無視する。かなえてあげない・・・。それを繰り返すことで、やがてできてくることも多いです。そして、良かったら、ほめてあげる。ほめることができない、という人もよく聞くのですが、・・・・」(最後忘れた・・・)

ま、とにかく、よくある”ほめる”すなわち報酬回路の万能論・・・


なんだか、レベル低いな~って思ってしまいました。(ほんとにすみません。)

漠然とほめる、ということを発信するのは、とても危険だということをあまり認識していないんだな~、と思いました。彼自身は、具体的にほめたり、いろいろきっとノウハウを持っていらっしゃると思うのですが、それを発信するときは、漠然と”ほめる”・・・ではだめです。”ほめる”は、ほんとに”叱る”と同じように、細かく考えて、ケース、ステージ、その子の性質や年齢ごとに、注意深くやらないと、とんでもないことになります。

少なくとも、げんちゃんに、そういう漠然としたほめかたをされてしまうと、せっかく上げてきたものが、平気で急降下していきます。ほめられた、イコール全部できた。みたいなこともしょっちゅう。ほめてなくても、厳しくしてないだけで、勘違いしたりするから、ほんとにおそろしい・・・・

正しい常識感がつかない、ということが、発達障害のもっともやっかいなことなのですから、ただ漠然と、ちょっとできたから、ただほめる、というのでは、彼らに正しい基準を教えることはできません。

そこをしっかり掘り下げて説明しておかないと、発達ママたちは混乱すると思います。


「子供をほめられない自分は、だめなんだ。子供をもっと受け入れないと・・・」

そういう呪縛に苦しむことも、ほめる、という神話からなる弊害かもしれませんし、いろんな人からサポートしてもらってなんぼの子供たちが、思春期、まったくまわりと対等だととらえてしまって、横柄さをふりまく原因にもなりかねません。

子供の年齢もまちまちのママたち。ざっくり、同じアドバイスというのは、ほんとに怖いな~。と思いました。

少なくとも、この年齢では、どういうことを目標にして、とか、こういうステージでは、どういう問題があるから・・・・とか、ある程度の大きいくくりでもいいから、きちんと分けて考えないと、
「怒ってもわからないのですから・・・」

という、あまりにステレオタイプな大きなくくりは、ほんとに意味不明だな。と思いました。


それに、発達育児の”そもそもの目標は何か、”という部分がない。ただ、就業者に求められるのがこれだから、こうしましょう・・・・・とか、おこってもだめだからこうしましょう。とか言う、各論のパーツ拾いだけのことしか真ん中にない育児というのは、なんとあぶなっかしいものかな、と思いました。

しかし、一般的には、どうもこのレベルのように思います。


そこに集まったお母さんたちが、間違った捉え方をしなければいいけどな~と思いつつ会場をあとにしました。

私は、思います。発達育児のコアなところは何か。

障害児も普通の人もない。とにかく、この世に神様から生を受けた以上。神様の前に、正しい生き方をすることを教えていかねがなりません。
人として、自分を生かし、周りを生かす生き方をしていける人間に育てあげることが目標です。人として生まれた以上、日々精進し、努力を積み重ねていくことがあたりまえ。また、悪いことは悪いし、良いことは良い。それをしっかり教えて、愛のある子に育てていかねばなりません。障害でたくさんのことがなかなか困難で、周りの人に助けてもらうのなら、謙虚に感謝して、自分はどうやって、それにこたえていくか、考えることができる人間に育てなくてはなりません。

しかし、なかなかそれが難しい。だから、どうやって、そこへ歩み寄っていったらいいのか。・・・・・そこのコアな部分がない。

大事なことはとてもシンプルなのに、そこが抜けている。

叱ってもしょうがないから叱らずに・・・・と言っても、真剣に子供に向き合っていたら、しかり飛ばさずにいられない時もある。それは、親も人間だからしかたない。親だけが義務をおって、我慢しましょうということではない。親も、命かけて頑張るから、お前も自分の分は精一杯やれ!

互いに別の人格なのだから・・・・互いに、ベストをつくそう!そういうことだと思う。

とてもシンプルなのに、そこがない。
一般的な勉強会というのは、どこに行っても、けっこうそういう感じだな、とまたまた今回も確認するにいたりました。
(講師の先生は、決して悪い先生ではなく、ほんとに、障害児教育に真摯に取り組んでおられる良い先生でした・・・・誤解のないように書いておかねばね・・・)

さて、げんちゃんは、どうかというと、自分の進路について、はじめて、やばいと、現実感を感じたようです。なんせ、のっけから、障害児枠で就職・・・なんて、決定打を聞かされたわけですから。(40分ほどで解放してやったら、隣の図書室でいつになくしっかり勉強しておりましたわ!)セミナーは、そういう意味では成功だったかもしれません。(ま、それも、2日くらいしか、もたなかったかな~。とほほ・・・)

by glow-gen | 2020-01-18 04:19 | 発達障害をとりまく社会 | Comments(11)

好きなことだけがんばる、は、ほめない。

好きなことだけがんばる、は、ほめない。_a0184225_00095562.jpg
げんちゃんは、12月から絵画教室を復活しました。
まだまだ、好きなことを復活させるに早いと、Sさんに言われていたげんちゃん。今は、苦手なことを、心からがんばって克服することを経験させていく必要があるげんちゃんです。

好きなことをがんばって達成する達成感と、好きでもないことを、なんとか克服して、達成する達成感とは、まったくレベルが違います。

後者の方が、より難しく、到達した時の意味も、喜びも、格段に上です。

しかし、そんな今のステージで、好きなことを与えるのは、そこへ逃げ込み、たやすい達成感で自分をごまかす可能性がある。絵画教室は、もう少しげんちゃんが、自分をコントロールできるようになるまでは、危ないかもしれない。声掛けなど、かなりわかっている先生であれば、そうでもないけど、なんせ、普通の子を教えるのしか慣れておられない先生だし・・

Sさんに言われていたのに、絵画の先生に電話した際に、つい、まだ復活できません、と言いそびれ、流れでなんとなく復活させてしまったげんママでした。(実は・・・)

絵画そのものは、げんちゃんに、悪いわけでもないし、立体(透視図)が不自然にしか描けないげんちゃんには、やはり、絵画はやらせたい項目でもあります。しかし、げんちゃんの思い一つで、絵画が吉となるかもしれないし、凶となるかもしれません。
私的には、ちょっとしたかけ。

げんちゃんが、復活して初めて描いた絵は、2020年のカレンダーでした。

持ち帰ってちょっとびっくりしました。下手、というか、あまりに陳腐で凡庸、まるで一応テーマに沿って書きました~という、よくある感じの絵ではありませんか~。

げんちゃんの絵は、決して上手とかいうレベルにはないけれど、下手であっても、どこかユニークなげんちゃんらしい感性が持ち味だったのに、まるで平凡な絵の下手さです。
あらら、どうしちゃったの?

干支のねずみは、のっぺり平坦。構図も、遊びがなく、ただねずみとチーズを並べただけ。しいて言うなら、かろうじて、2020という文字の書き方が、丁寧。

私は、あわててSさんに見せました。

Sさんは、その絵を真剣にながめていましたが、ふっと、笑顔になって、

「合宿の効果が表れているね。」
と言いました。
「この何の切れもないこの絵で、成長なんですか?」

よくよく聞いてみると、なるほどと思いました。

「ねずみの配置ですよ。秩序正しく、まっすぐ、並行に並べている。
これぞ、まさに、げんちゃんが周りを見始めて、秩序に対して意識を働かせ始めた証拠です。外に向かって意識が動いてきているのがわかります。」

なるほど、特別絵が得意でもない普通の人は、とかく、この絵のような、インパクトの少ない配置をしていきやすいです。だから、きちんと描けてはいるけれど、つまらない絵になってしまうことが多い。

げんちゃんは、つまり人並になってきた、ってことなわけなんですね~。何か納得。

「さらに言うなら、全体に立体感がなく、のっぺりしているのに、真ん中にあるチーズだけ、しっかり立体感がある。これも、目的意識が多少芽生えてきていることがわかります。」

いつも、Sさんの絵の解釈は、不思議ですが、納得します。その時はそんなもんかな、と思っていても、あとから、たしかに~ということが多いです。


確かに、どまんなかのチーズだけ、やけに見事です。

「このステージが、もう一つ二つ進めば、全体にもっと立体感が出てきて、しかも、またさらに、ユニークな構図になっていきますよ。芸術家のスランプってのも、こういう感じで起こっていくんですよ。なんか、まわりが以前より見えてくることで、かえって、絵が平凡になってしまうようなことです。あれに似てます。
でも、心配しなくてもいいですよ。そこを乗り越えれば、今度は、もっと良い絵になってくるから。」


 なんか、芸術家にたとえられるのも、ちょっと上げすぎとは思いますが、実は、私も、見た瞬間に、妙に凡庸な絵になっているカレンダーが、もしかしたら、普通っぽい感性に近づいたげんちゃんを示唆しているのかもな~と感まし。ですから、Sさんが説明してくれたとき、ずばっと、私の感覚を言葉にしてもらったようで、納得しました。

真ん中のチーズだけ、妙に気が利いているのも、確かにおもしろいです。

絵は、ほんとに見る人が見れば、子供の状態をよく表しているものなんですね。


これを持ち帰ったげんちゃんは、ちょっとほこらしげに、
「ぼくがんばったよ~。気持ち入れてやったもん。」
などと言うので、

「あのね、好きなことに、気持ち入れてがんばるのは、当たり前のことよ。そうではなくて、自分が苦手なことに、気持ちを入れて、がんばってみることこそ、大切なことだから。勉強に気持ち入れられたらすごいけど。」

私は、すぐに、げんちゃんが勘違いするし、すぐにのぼせるので、にこりともせずに、慎重に言葉を選びます。

確かに、Sさんが絵画をまだ早いと.言ったのは、わかるような気がします。楽しいから一生懸命になる。楽しくなかったら、一生懸命にしなくてもいい。そういう価値基準が平気で生まれる気配を感じました。

「げんちゃん、絵画だけしかがんばらないのなら、やめさせるから。好きなことだけ一生懸命するのは、別になんということもないことだから。普通の人は、どんなことでも、やらなきゃいけないことは、がんばります。あなたも、やらなきゃいけないことをしっかりがんばっていかないとね。まずは勉強や、言われたことをきちんとがんばる。」

はたから見たら、鬼の母親に映るのかもしれませんね~。好きなことをさせるのは、今は早いなんてね。
お子さんによったら、好きなことを突破口にしていく方が良い場合もあるでしょうからね。

でも、げんちゃんに対する処方箋は、確かに、絵画は今、ちょっと微妙なカードかもしれません。絵画を上手に使うには、なかなかしたたかな演出や言葉かけがあるようです。気を抜けません。

好きなことだけがんばる、は、ほめない。_a0184225_01465189.jpg
ちなみに去年のカレンダー。立体感はやっぱりないけど、構図はユニークです。確かに、2019という数字も、我流でふぞろいです。こうして比べたら、やっぱり、今年は、常識感あふれる絵といえるのかもしれない。・・・



by glow-gen | 2020-01-16 00:12 | お絵描き工作 | Comments(8)

発達障害のコアな部分の改善がおこってきたのかな?

 年末のSさんとの合宿以来、少し変わったな~と思いまいしたが、それは日に日に明らかになってきました。
 少し良かった、と思われる日があったら、次の日は、どかんと落ちて、はげしく揺れ動き、一つ階段を上がった、と確信にいたるには、かなりのジグザグの時を経ないといけないげんちゃんなので、少しくらい、良いきざしがあっても、そう簡単にはいかないだろうな、と思っていました。

 期待は抑え気味にと思っていた矢先、K先生が、
「今日はひどかったです。のらりくらり、生返事をして、最後にはちょっと突っかかってくるような感じで、まだまだですね。」
と報告してきました。
やれやれ、やっぱり、いつものパターンか。と思って次の日、げんちゃんは、見事に復活してきました。ばりばり、というわけではないけれど、今までなら、翌日復活することはありません。

 それにこんなこともありました。
 げんちゃんが、学校帰りの荷物など、たくさん横において勉強していたら、先生の、小学生のお子さんが、いっしょに勉強することになったようです。
げんちゃんは、
「あ、ごめんね。じゃまだったね。」
と言って、彼女のために、自分の荷物をぱっとよけたそうです。

普通の子には、あたりまえのことですが、げんちゃん、こういうことは、なかなかできませんでした。すっと思いやりを示すことがなかったわけではないけれど、言葉と行動が、すっきり相手に表現されるのは難しかったです。

それから、今日になって、キッチンの食品ストックから、誰も手をつけず、ずっとほっていた、「即席タピオカミルクセット」を、げんちゃんが出してきました。
「お母さん。これ、おばあちゃんに持っていっていいい? おばあちゃん、タピオカ飲んだことないんだって。」
と言いました。

ひょえ~・・・おばあちゃんに対して、血の通った会話など、過去ほとんどなかったげんちゃんです。げんちゃんにとって、おばあちゃんは、自分より下で、ただ、利用する相手、と言う感じで、私も頭を痛めていました。彼女に対しても、最近血の通った言葉がちらほら出てきていましたが、彼女がいないところで、こんな思いやりって、けっこうすごくない?

木の人形ピノキオが、人に変身したようです。少しずつ少しずつ変化してきたのでしょうが、やはり、合宿後、げんちゃんの手触りは完全に変化しています。

勉強は、理解力があがっていますが、まだまだえっちらおっちらです。まだまだ、ががが~っと一気に登ってはいけません。でも、数学の分数の入った文字式が、自力で正解できるものが出現したり、ちょっとびっくりしました。一人で宿題をすることもでき始めています。まあ、全部、短時間でというわけではないけれど、前なら、一人ほっといたら、何にも進んでいませんでした。

生活面では、私が、遅く家に帰ると、食器が洗ってあったりすることが多くなりました。お風呂と食器は、自分からやろう、と決めたのでしょうか。

ま、長続きするものなのか、模様眺めです。

でも、やっと、普通の親子の温かい時間・・・・木の人形だったげんちゃんとは、過ごせなかった甘い時間が生まれています。意識が表面に出てきたげんちゃんは、人格と人格のつながりというものができてきたようです。普通の子なら、小学校低学年でかわしたような、ごく普通の心の交流です。

ぼくは、こう思う・・・。これは、そうしたらいいんじゃない? え?そこまで言わなくても・・・げんちゃんの口から、こんな言葉が飛び出すなんて。

まあ、今はじまったばかり・・・って感じなので、少しずつ少しずつ・・・ではあるけれど。かわりつつあるようです。こうなると、げんちゃんかわいいです。
たぶん、またひえ~ってなるのでしょうけど、今日はほめときましょう。笑

by glow-gen | 2020-01-12 18:50 | 発達障害改善の段階 | Comments(14)

意識障害が改善すると、勉強も伸びてきそうだ。

 
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しちだの小学校2年生の算数が旬です。掛け算九九は、いらないかな~とか思いつつも、すいすい書けるとこもないとおもしろくない。しちだは、普通の問題が少ない。与えられた言葉を使って、引き算の問題を作りなさい、なんていう問題は、けっこう苦戦します。算数の言語がなかったりします。むしくい算も、まったくできないわけではないけど、けっこう苦戦。段階を追って考えていく思考に慣れていないことがよくわかる。やっていくごとに、こなれていくげんちゃんがいます。まあ、小学校2年生でこれを、すらすらやれる子は、けっこう秀才だと思う。

 年明けからげんちゃんは、けっこう変わったな~と思います。
実家に数日もどっていた時は、げんちゃん、上手に抜こうとしていたので、多少学習させたとき、ちょっとした修羅場になりました。
 でも、なんせ、恰好だけは、ばり~っとしているので、私の母は、

「げんちゃん、こんなにがんばっているのに、お母さんひどいね。」
って感じで、私が非難されました。

 確かに、のんびりしているいとこたちと比べたら、私にがみがみ言われているげんちゃんが、不憫に思われるのもしかたありませんよね~。
私が逆の立場でも思うかも・・

げんちゃんに声掛けせず、放置すれば、意識レベルが落ちて、大変なことになる、なんてこと、普通は理解されませんからしかたないですね。

ヒステリックになってるわけではなくて、けっこう冷静にがみがみ言ってたりするんですが、そうは見えないか・・・

 お正月、げんちゃん、合宿から帰ってきて、なんとか、かわっていける手応えがあります。今を逃がしていつ引っ張りあげるの~。私の気持ちです。

 実家でのげんちゃんを、私は見抜いていました。そこでは、母という援軍がいるので、上手に抜ける。・・・・そんなげんちゃんの思い。自覚はしていないかもしれないけれど。
そして、ほんのちょっとがんばって、英語の宿題を予定のところまで終わらせて、自由時間といけばいいのに、ポーズだけに専念するげんちゃん。

ここでげんちゃんの思うつぼにすると、ここからあと、横柄に火がつくので、そうはさせません。

徹底的に、気持ちを入れてとらえることに指揮をとりました。外野がうっとおしいですが、気にしてはいられません。

我が家は、チームげんちゃんが、皆ある程度同じスタンスをとってくれるのですが、もし、これが、私だけ悪者になって、まわりに逃げ場を作る家族がいると、ほんとに大変だろうな~と思います。私が必死でやっても、上手にそちらに逃げ込むから、成長は難しいです。ほんと、家族をはじめ、チームの認識を、ある程度は一致させるのは大切だな、と思います。
 
 実家から帰る時、車の中で、暗算の問題を振って見ました。
今までなら、やるふりだけして、適当に答えます。家に帰る頃には、私があきらめて、やめています。
しかし、今回のドライブ中、げんちゃんは、振った暗算を、必死で答えています。あきれることもしばしばで、つい怒っちゃったりしてても、放棄せずまあ、がんばってる。

家に帰ってから、昨日今日も、午前中、けっこう意識を入れて勉強しています。残念ながら、脳のシナプスは、まだまだすかすかで、つないだことがないとこばかりだから、すらすらとはいきません。はあ? と言うことが続出ですが、確かに意識を入れています。先月までは、こういう状態は、まれに、1週間に1回出るかな、くらいの状態が、結構持続できています。

学校の数学の問題はオミットして、しちだの2年生の算数をやらせています。自分でやると、げんちゃんのつながっていないシナプスがよくわかる。しちだの問題は、すべてこっています。簡単な問題でも、ひとひねりあります。

”4つの池に20匹ずつの魚がいて、1週間でメス3匹、オス2匹、それぞれの池で増えます。4週間後に、全部の魚は何匹になるでしょう。”

げんちゃんは、すぐに、問題をただひたすら読みかえすだけというサイクルにはいろうとします。図をなぜ書かないのかしら?と思うけれど、事象をイメージ化してとらえるということが苦手なんでしょうね。物事はすべて空間認知なのかもしれません。そもそもそこがだめなげんちゃんは、言語を空間でとらえてないのだと思います。

でも、声をかけると絵を描き始めます。(そうそう、やはり、ある程度の絵の能力は、すべてに先んじているような気がします。)
そうすると、20×4=80 という最初の魚の数を計算しました。そして次は、1週間で増える魚も書きました。
しかし、このあたりから、自分が何をやっているのかわからなくなります。
すでに、4つの池で増えた魚を算出しているにもかかわらず、また4をかけてみたり、4週間と、4つの池と、数字が同じだから混乱して、さっきまでわかっていたことも、なかったことになる。

やれやれ。
そして、私が、え?と表情をこわばらせると、ばたばたと消す。隠滅する・・・・おもしろいほど、げんちゃんにしみついた習慣です。
「え?どこが違うの?わかりたいよ~」

こういうことになってほしいのですが、まだいきなりそこへは行けません。

でも、一つ一つ、私が指摘すると、自ら修正して、答えを出します。昔より、教えていてずっと楽しいです。ただ、時間はかかります。2年のしちだプリント5ページで3時間近くかってました。

ふたけたの100マスの引き算もやりました。
昔なら、100個の暗算なんて。お互いのエネルギー消耗がこわくて、できませんでしたが、えっちらやりました。95点・・・おそ~い!

とにかく、勉強のスタミナがついているのです。一人で放置しても、考えています。う~ん。いい傾向だ! 

たしかに、げんちゃんのモチベーションはあがっております!

by glow-gen | 2020-01-04 21:02 | 算数の学習障害 | Comments(12)

勉強ができない発達障児、げんちゃんの学習法は変えられるか?

  あけおめです。今年もよろしくお願いします。
のっけから、さっそく発達育児・・・

げんちゃんは、突然そうなったというわけではないけれど、少しは、自分の状態に危機感をもってくるようになっています。

「勉強は、どうせわからないから、適当にやっておけ~。」とか
「めんどくさいから、力を入れずに、いきあたりばったり、思いついたことを、神妙にしていれば、なんとかこの場をしのげる。」

こう言語化ができているとは思えないけれど、結局こういう気持ちが根底にある状態で、げんちゃんは勉強をやっています。

中学になり、月日を重ねるごとに、その根底はかえずに、ひたすら、表面を作り、まるで、真剣に勉強しているかのごとく装うことだけ、研ぎ澄まされてきました。
根底が逃げなので、まれに、意識が入って、何かをつかんだとしても、また次には、それを平気で捨て去ります。不毛な作業を、まわりで教える私たちに強いて、自分は、それを何ほどにも思わない。

世の中では、それを傲慢と言うのだと思います。そのくせ、彼は、障害児という枠で生きたくはない。がんばりたい・・・などと、平気で思う。

その矛盾を矛盾とも捉えていない。

 私たちは、全精力をかたむけて、その傲慢さと戦ってきました。おかげで、少しずつ、彼の鉄壁の防御がくずれ、今の自分ではいけない、と少しずつ少しずつ思い始めています。(ただ思うということでは、昔からそうであったかもしれませんが、行動に落とそうとする思い方ということでは、やっと始まったばかり)でも、なかなか、各論になるとできません。どうやることが、一生懸命勉強しているということなのか、どうやることが、普通の人の意識の動かし方なのか・・・

朝から、かっこうだけは勉強していますが、自分のやっていることが、いかに狂っているか、と言うことを自覚していく過程は、私にもげんちゃんにも、壮絶な戦いといっていいでしょう。

一つの英文の問題を解かせると、まるででたらめなことをします。今までやってきた積み重ねの上に、絶対出てこないようなでたらめをつむいでくるのは、その積み重ねをすべて捨てさるのと、そもそも何も把握せず、平気でわかった気になって、その時だけをしのいできたからです。

これが続くならば、ほんとに不毛です。

aとanの使い分けすら、まるで初めて。usという、もう何度も何度も出てきて、こちらさえ、当然わかっていると思う言葉さえ、わかっていませんでした。
驚くことに、そんな状態で問題をやっていても、ただ、ドリルが埋まれば、何の気持ち悪さも感じないげんちゃんです。
勉強とは、ドリルを埋めること。彼は、埋まればそれで、何の疑問も、気持ち悪ささえありません。

 問題に限らず、げんちゃんの生活全般は、すべて目的が狂っています。もしくは目的がありません。ただ、いきあたりばったりの行動があるだけ。ちゃんとできているように見えるのは、教え込んでルーティンになっているから・・・

おおむね、げんちゃんと言う子はこんな感じです。

でも成長しています。横から声をかけ、表面だけのとらえかたを修正し、たとえば、aとanがわからなければ、1年の教科書を見なさい、と言ってほっておく。そうすると、30分後には、その意味を自分でなんとか探り出してくるようになっています。

膨大な時間をかけ、そのように、たった1ページの問題をする。何ページのこのかっこの答えは、○○だ、ということが勉強ではない。このような時は、こういうことなんだ、と、普遍性をつかむことが勉強である、と、意識の使い方を一から修正している。そのツールに勉強を使っている、と言う感じです。

以前は、やろうとしてもできませんでしたが、やっと、そのようなトライができるようになってきたようです。

ただ、そこに費やする時間は膨大です。3時間かけて、たった1ページしかできてない・・・、外側から見るとそうなります。
3学期からは、学校の勉強の量と、こっちがやりたい勉強の質のもうれつなギャップをどうしたらいいものか・・・

ちょっと悩むとこです。

先は長い! 改善してくればくるほど、げんちゃんの意識障害の重症度を実感します。まことにおそろしい! 笑

by glow-gen | 2020-01-02 13:16 | 発達障害改善プログラム | Comments(17)



中学2年の息子。5歳で、発達障害発覚、改善に取り組むママの格闘と改善ノウハウの記録。
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げんちゃんママの紹介
中学2年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学2年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて8年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
IQは80台に改善
げんちゃんは、かなり図太く、心が動きにくいタイプ。少々の圧ははねかえしてくるので、大変です。<

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