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げんちゃんの発達障害プロジェクト

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げんちゃんも、それなりに努力している。思い

げんちゃんの期末の結果は、英語55 社会47点 理科37点 で、支援クラスオリジナルの国語算数は、60点と20点でした。
テスト前の準備時点で、抜いてしまうことも多かったのですが、英語50点越えは、げんちゃんの伸びでしょう。

何か月前か、げんちゃんが、突き抜けた~なんて感じた時がありましたが、あの時の峰が、時々訪れるようになっているように思います。気持ちが入っているときのげんちゃんの学習は、普通の子に近いような瞬間があります。

でも、目の前でいい感じに教えているときに、つい普通の子にするようにすらすら説明をしていたりすると、次の瞬間抜けていて、
「今なんて質問したの?」
と聞いても、まったく覚えてないことがまだまだ多いです。
げんちゃんのスイッチは、ほんとに、分刻みについたり消えたりしています。でも、外は普通にやっているようなスタイルも多くて、スイッチが切り替わる瞬間は、わからない時があります。

教える、そのあとは問題をさせる。入力のあとは出力、というのを短いタームでやるようにしていて、げんちゃんがスイッチを切ったときは、直前に教えたことも答えられなくなったり、信じられないような誤答をしたりします。

そういえば、以前、お友達のせいら君のお母さんが、
「せいら君は、げんちゃんほどスイッチのオンとオフの違いがわからない」。
と言っていたのを思い出します。

外側がそこそこ作れるようになってくると。抜けちゃって腑抜けになっている、という瞬間は、周りにはわかりにくいのかもしれません。つまり、あさ~い意識で、とりあえず、表面だけは、たんたんと繕う。そして、抜いていても、ルーティンなことなら、まあまあできる。


 なるほど、多くのグレーゾーン近くにいるのお子さんたちは、こういうステージにいるんじゃないかな、って思うようになりました。

外側がそこそこ作れると、周りから注意されることも少なくなるので、本人は、目的をしっかりつかむということをしないまま、外側だけを作ることを定着させていくのではないでしょうか。

「Sさんが、ここで止まってもらっては困る。」
というのは、そういうことなのかもしれません。

げんちゃんは、この頃、おばあちゃんに、

「正しい勉強法って、何なのかわからなくて困っているんだ!」

と言ったそうです。おばあちゃんに対して、まるで血の通った会話などしなかった子なので、この問いかけにはおばあちゃん感激! だったようです。

「おばあちゃんどうしたの?」
顔に傷を作っていたおばあちゃんに、帰ってくるなりげんちゃんが聞いたそうです。こういうことも、今まではなかったことでした。

調子のよい時は、げんちゃん、自分が変わりたい、という思いが強く出ています。大きな付箋に、「質問をする。」とか、「集中する」とか書いて、支援クラスの机に貼ったりしているようです。

と書くと、すごいことのようですが、外側止まりのげんちゃんであることが多いです。

「正しい勉強法は、質問する」

なぜ質問しなければいけないのか。何のためにそうする必要があるのか、といった本質をつかもうとせず、「正しい勉強は、とにかく質問するんだ。」と、単純なベクトルで結びつけてしまって、本質が抜け落ちているよなことが多いです。

どこまで行っても、げんちゃんという発達君は、意識の使い方がおかしいです。
でも、少しずつはかわっていっているようではあります。


by glow-gen | 2019-11-29 02:46 | 発達障害の原因を治す | Comments(12)

げんちゃんという発達障害児の思考パターンに切り込むには・・・・

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昔げんちゃんが並べた海辺の石、(こういうことやっただけで、感動してました。何もしない子だったからね~)加工してみました。たまにはこういうことも楽しいけれど・・・げんちゃんにエネルギーを吸い取られて終わってしまう日々・・・

  げんちゃんが、多少改善してくると、少しだけ,自分の思いを話してくれたり、多少は出力してくるようになってきます。そうすると、げんちゃんのあきれた状態が、明確に露呈してきます。

「千葉県は野菜の生産が多い、」というような社会科の問題があるとします。
げんちゃんが、答えられなかったので、
「大消費地東京が近くにあるから、野菜の生産が多い。」と教えました。
普通は、その時点で「な~るほど~。」となりますが、げんちゃんは、この二つの関連性を深く思考しようとしません。
私が、なぜ?と聞くと、
「え?気候が温暖だから・・・」

と答えて、平然としています。びっくりしてしまいます。

たぶん、つながりが腑に落ちなくても、まったく気に留めないのでしょう。不快だとは思わない。自分の想像の世界で、思いついたことをぱっと取り出して、納得するのでしょう。


こう書くと、ほんと、私のやっていることは、あきれるくらい不毛なことに見える人も多いでしょうね~。私も、自分があほじゃないかと思うことがあります。たぶん、げんちゃんに対する愛なくしては、このエネルギーは出ないと思います。
 
しかし、げんちゃんに、なぜなの? と問い詰めても、昔はフリーズするだけだったのですが、最近は、疑わしい時は、げんちゃんに、説明させることによって、まったく理解してないことが、あぶりだせるようになってきました。

 しかし、この確認作業は、膨大な時間がかかって、やらなきゃいけないことが、まったくこなせなくなります。そこが悩みです。ときに、たったちょっとのことで2時間を要したりしますから・・・

また、説明したり、出力に要するエネルギーは、げんちゃんにとっても、かなりハードらしく、途中から、意識がぬけて、自分が何を質問されているのかもわからなくなり、幽体離脱していくこともあるので、こちらのエネルギーたるや、すさまじいものがあります。

ほんとに、げんちゃんと言う子は、結び付けて考える思考の癖がまったくなく、学習にしても、生活のことにしても、何度やっても、同じところで間違い、パターンが変われば、また一からということがどれほど多いことか!


でも、私は、これは、知能が低い、というより、思考の癖、意識を使わない状態だと思っています。(くせそのものが、知能が低いことなのかもしれないけれど。)

意識障害であるげんちゃんにとって、つながりを考えるという思考パターンは、かなり恣意的にやらないとできないことで、疲れることなんでしょう。
疲れることなんて誰しもしたくないから、いつも慣れ親しんだ”あほな思考パターン”の中で暮らせるように、そこへ意識エネルギーのほとんどを費やす。

最近なら、外側だけ、普通の人と同じような行動をするようにがんばってみたり、こうやればクレームはこないんだな、なんて、技巧を凝らしたり。本質をとらえるところはスルーして、表面だけなんとかでっちあげようとする。

 そういうエネルギーや知恵があるのなら、なぜ、しっかりつながりをつかもうとしないのか? 意味を考えないのか? と思います。
自分の”思考のくせ”を、変えることに、全精力をつぎこめよ!
と私はあきれます。

上からシャワーの勉強で、エネルギー薄く、何でも人にさせまくっていくことが、そもそもげんちゃんにとって快適なのでしょう。それを死守することに、必死で力をそそいでいるようです。

私は、彼が死守する、その思考のくせを徹底的に破壊して、人としてまっとうな意識状態、思考のパターンに改善していこうとしているのです。ものすごいエネルギーだと思います。




by glow-gen | 2019-11-25 00:55 | 意識のこと | Comments(14)

伸びたようでも、中身はかわってない。ピアノ編

  期末テストが終わって、ほっとしていると、もう12月の声が聞こえます。

げんちゃんのテストは、数学と国語を支援のテストにかえましたが、数学はあいかわらず20点台でした。げんちゃんは、小学校低学年の七田の問題でも、すらすらというわけにはいかないので、当然かもです。
 でも、逃げてる気持ちをなくせば、もう20点くらいアップできるんじゃないかな、と、K先生も私も思っています。

 国語は60点台。量も内容も、げんちゃん向け。

 でも、びっくりしたのは、けっこう説明してやっていたのに、”支援クラスのテストに変えた”、という意味を、げんちゃんはほとんど把握していなかったことです。

 そもそも、げんちゃんにとって、テストというのは、まだまだ、普通の子ほど、特別視するものではないのかもしれません。なんとなく、スケジュールがやってきてこなした~、その程度の気持ちの入れ方なのでしょう。
 
 さて、12月になったら、ピアノの発表会があります。1年はゆうにかけてきて、なんとか弾けるようになった、モーッツアルトの「トルコ行進曲」を披露します。とりあえず、弾ける、というレベルになっています。練習してる動画を応援してくれている知り合い何人かに送ったら、すごく感動されてしまいました。

 そうですよね~。幼稚園で始めて、低学年の時でさえ、ピアノの前でまともに練習できたのは、10分程度だったように思います。先生には、リトミックのようなことでつないでもらっていましたっけ。
しばらくして、ピアノの先生から、

「ママ、今日は、なんと10分以上、ピアノ弾けました~。」
なんて、報告を受けていました。

その練習だって、私のエネルギーを最大限に消耗させ、スパルタ式に、無理やり、20分やらせるのが限度・・・・しかも、だらだらと、1時間座らせているうちの20分・・・・そんな感じでした。
 わ~。思い出すだに、痛い!

でも、6年生のいつだったか音楽にはまって、なんか、自分で練習するようになって、この曲を弾きたいと選んで、こつこつ先生と弾けるとこまできました。私もなんか、ちょっとほこらしい・・

発表会前になったので、久々に、私がついて練習させてみました。

すると、私のほこらしい気持ちも一変しました~。あれ、こりゃげんちゃんやばいぞ!

好きだという、げんちゃんのピアノさえ、勉強と同じです。ただ弾いているだけ・・・・ゲッ! 
自分のミスも把握しようとしないし、どうこの曲を味付けしようとか、そういう心の思いというのが、ぜんぜん響いてきません。1年間少しずつやってきたから、音符だけおっかけて弾くだけ。

S先生が、
「げんちゃんやばいよ。ここで止まるよ。外側だけ上手にポーズをつけて、なんとかでっちあげる。それを自分ができるようになったと思いこむ。中身はぜんぜん変わっていない。
もともと何にも感じにくく、心を動かさないのはぜんぜんかわらず、外側だけ、作ってきている。かなりやばい!・・・」

最近口を開けば、S先生が言うのですが、その意味がなんかわかります。

まるで、人形みたい・・・
「げんちゃん、そこ間違っているよ。ピアノの音聞いて!」
「えー? 間違ってないよ。先生これでいいって言ったもん。」

うわ、これだよ。上手に言えないけれど、げんちゃんは、あいかわらず、捉えようとしない。感じようとしない。でも、表面的なことだけなぞって、なんとなく、外側をでっちあげる。発表会の前になっても・・・
(試験前のげんちゃんと同じ意識パターンだよ!)

ピアノにさえ、それが出るんだね~・・・・うわ~、弾けるようになった~なんて、感慨にふけってる場合じゃないのかも・・・
精神疾患は治らず、それを補うように、本質のないマニュアルだけで動く人!

もっとげんちゃんの本質的なものをかえていかなくては・・・・

by glow-gen | 2019-11-22 19:59 | 思春期 | Comments(6)

発達障害のげんちゃんが、グレーゾーンの入り口にやっと立っているのかも・・・

日曜は、用があって、一日家を空けました。パパもお出かけ。
げんちゃんに、”洗濯物を干して、亀を洗う。さらに、散髪に行く。”というミッションを電話で指示しました。帰ると、洗濯物だけできていませんでした。

それで、帰ってやらせました。

 考えられないほど、どんくさいげんちゃんですが、洗濯物の干し方も以前やらせた時より、多少はましになっていました。
 テストが終わった週明けは、いろいろ提出物があります。今回、白地図帳を、たった一人で、土日にやってしまいました。

 なんか、スイッチ入った状態が続いているのかな~・・・なんて、ちょっとうれしかったです。

しかし、見ていると、どうも、ぬか喜びは危険だなと思いました。

今日げんちゃんは、学校が早く終わったらしく、3時に帰宅しました。私の職場に連絡があって、K先生のとこのスケジュールを尋ねられました。私は、先生に電話して、早い時間からできるようなら行きなさい、と指示しました。(いつもは6時前くらいになってしまいます。)


6時近くになって、いやな予感がしてK先生に電話してみました。すると、なんとげんちゃんは来ていないというではありませんか。驚きです。

げんちゃんは、4時過ぎ、電話がK先生とつながらなかったので、もう行かなくてもいい、お休みなんだ、と勝手に自己解釈したようです。ずいぶん遅くなって、K先生が電話をして、やっと勉強スタートとなりました。

 普通なら、4時に電話がつながらなかったら、K先生はいつもの6時前スタートと思っているはず、時間たってもう一度電話しよう、とか考えるはずですが、げんちゃんは、そこまでの考察を放棄しました。
 たぶん、いつもの好き勝手な自己都合判断。

 K先生のもとで、またもや絵におこして説明を受けたげんちゃんです。こんなこともわかってないの? 話にならない・・・と言う感じだったそうです。

表面はわかった気になっているけれど、目的とかつながりとか、そういうものを深くとらえようとしないげんちゃんは、だれもが当たり前のように把握している、前提条件とか言うものを、まったく把握しようとしないのです。
 できない、のではなく、しようとしない。まさにそれが問題なのですよ~。(悲鳴)

ずれているのに、表面だけ合わせている自分に気づけていません。表面だけなんとなく同じようなことをしているのが、がんばっている、と思い始めているようです。普通の人が、ちゃんとわかりたい、とか、意味を考える、とか、前後のこととつなげて考える、とか、相手の立ち位置を探ろうとする…とか、物事を考える上での当たり前の手づるをまったく使おうとしないのです。

 そういう思考法をやろうとしない! 今のげんちゃんなら、やろうとすれば、少しずつできてくるはずなのに・・・
一見できてきたな~と思っても、ある時、え~~? と驚愕する行動に出るのもそこなんだと思います。

ずるい!


一見外側だけ見よう見まね、野生のカンのようなもので、外側を作る。中身はすかすか、それゆえに、パターンが変われば、応用もできない。

 浅いところでやっていても、ずいぶん昔と比べたらできるのだから、普通の人の”気持ちを入れる”、という状態に持っていけば、どれほど伸びることでしょう。

 このステージで止まってはいけない、と思うげんママでした。

ある意味、げんちゃんは、グレーゾーンの人たちがいるところの、入り口あたりに来たのかもしれません。一見ちょっと普通に見えるけど、思考法が全然違う・・・そんな感じ。
そこでうっかり安住してしまいがちな、大きな踊り場だと思います。ここを抜けて上に行かねば、停滞してしまうのかもしれませんね。


 

by glow-gen | 2019-11-20 00:10 | 発達障害改善の段階 | Comments(2)

自主的にテスト勉強をして、自らマインドマップを書いた

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勝手に書き始めたマインドマップ。こういうことできるんだね。

期末試験が終わりました。脱力~・・・

げんちゃんは1日目が終わって、ひどい幽体離脱に陥りました。試験勉強のスタイルはとっているけど、魂はどっか、旅に出ているようなあんばいです。
お~い! お~い! 呼んでももどらない。

やれやれ、いまだにこれが出るか・・・・ 私はぼろぼろです・・・

”to+動詞の原形 
どんな風に使うんだったっけ?”

もちろん、な~んにも出てきません。そこそこわかってると思ったのに。それどころか、たった今、私が説明したことのリピートさえもできない。
ただだまりこんで、まとはずれの単語だけ、空を飛ぶ。

結局、
「私の時間を返してよ。」、夜になって、私のいらいらも最高潮! こいつってなんなんだ! 昼にやったことが、夜に思い出せない、どころか、何をやったのかも言えない。

吐きそうになるような真っ暗闇でした。英語でそこまでつっかえたので、同じ日にある美術も何も、ぜんぜんやれない。こっちも、やる気すらおきません。修羅場です。

気持ちが入ればできるのに、ここまで抜くか、おまえは! 逃げて逃げて、どこまで行くというのかよ~!

 そして、その翌日の虚脱感といったらないです。情けない思いでげんちゃんを送り出しました。

さて、試験2日目の放課後です。その日は、K先生も私も、時間がとれず、正午ごろ帰宅のげんちゃんを、夕方まで放置するしかありません。こういうことは初めて。どうしても二人とも都合がつかない。
  なんとか夕方になって、K先生の用事が終わったので、げんちゃんは、先生宅に行きました。
それまでの間、何していたか、K先生に尋ねられましたが、まったく勉強とはかけ離れたすごしかたをしてたようです。先生も、それを聞いて、すっかり気落ち。

 すると、げんちゃんは、昨日とは打って変わった様子で言ったそうです。

「ぼく、試験前には勉強しないといけない、ってことに気づいたんだ!」
その言い方は、まるですごい発明でもしたかのごとくだったようです。あんぐり!

「 今頃何言ってるの? あんたって、今頃そんなこと腑に落ちてるの?」(あるあるだけどね。)
K先生は、ほんとぽか~んとなってしまいました。
そして、さらにげんちゃんは、一人で、セルフマインドマップを書き始めたらしいです。(上写真)

”試験は、3日、24時間が3日・・・・普通の人たちは、勉強して準備しているけれど、自分は、遊んでいる。こんなことはありえない。”

こういう感じの展開だったそうですよ~。マインドマップを一人で書き始めたのも初のこと。これどういうこと??

次に、テスト用のプリントをやり始めたらしいです。(好きな社会)
口でつぶやきながら、覚えようと頑張っている模様です。K先生は、好きなようにさせてみたそうです。

さて、私が家に帰ると、その流れで、同じように、一人で社会をやっていました。

「ぼくね・・・家で考えたんだ、どういう風に勉強したら、いいかって。あの、・・・・」
なんか、彼にしては殊勝なことを言っています。げんママは、何の脈絡でスイッチオンになったのか、よくわからないけど、そのまま一人で勉強させました。

明日は、音楽と社会と体育。 まじに、意識入っているようです。2時間近く、げんちゃんは一人でそのパフォーマンスを続けて、やがて、力尽きて、風呂に入って寝ました。

あ~。期待しないでおこう! どうせ続かないんだからね。でも、まあ、初めての峰です。意識が入れば、ほんと、この子も、突き抜けるのかもしれないね。
いやいや、いつも期待するから肩透かし食うんだよね。たんたんと・・・


by glow-gen | 2019-11-16 17:36 | 定期試験 | Comments(3)

発達障害の子は、思春期頭がよくなることがある理由

げんママいちおし、オリラジの中田敦彦のユーチューブ大学は、最高!
げんちゃんに聞かせ始めました。彼は、伝えたい思いの奥に、ちゃんとした規範を持っている。プラスの思いを後押しするのに、すっごくいい~。
「お母さん知らないの、スティーブジョブズは、アイフォンの人だよ・・・」ぼそっとげんちゃん。彼の壁を突破して、心に入るかも。

 ついに、期末です。2週間で9教科を準備しろ、なんて、そりゃ無理だ。はっはっは・・・。泣笑!

げんちゃん、実技科目の授業プリントがけっこう未記入で、勉強できないので、二日前に、先生に聞きに行かせました。聞いて来ても、時間切れだろうけどね。

1学期までは、支援の先生にお手紙書いて、教科の先生にコピーをもらったりしていたのに、今回は、自分でメモを書き、教科担任のもとに聞きに行かせることができました。
小さなメモを首に下げさせて、書き込むように習慣づけを初めて早半年、最近や~っと、多少は使えるようになってきました。メモは書くけど、開かない・・・・という段階ですが。書くことで、意識に入りやすくなります。

 意識のオンとオフが、まだらに切り替わり、まだまだ安定性が少なすぎるげんちゃんですが、やはり、.理解力は、以前とは全く違います。

to+動詞の原形
 なんてものを、彼に理解させることができるのだろうか・・・・2年の最初ごろ、テキストを見ながら真っ暗な気持ちになっていたのですが、それなりに理解したのか、調子のいい時には、並べ替えの英作問題をすらすらやったりしています。

 何度も書きますが、発達障害とは、脳というハードの疾患ではなく、心、つまり意識の疾患です。すなわち、思春期、何かのきっかけで、意識がめざめて、学習に矛先がいけば、ぐんと、IQさえ上がっちゃう可能性があるということです。
 
 普通の人でも、気持ちが入らねば勉強も身につきませんが、そのレベルが、常識を越えてるレンジにいるのです。パソコンはあれど、キーがない感じ。

 つまり、げんちゃんのような発達障害は、意識の照準を自由にあやつれないので、能力の多くを眠らせたままになってしまう、ということなのだと思います。

 小学校3年生の時の漢字の練習を思い出すと、私はほんとに納得できます。3年生といえば、漢字もそこそこ難しくなり、量も増えます。少しは、書字も可能になってきたので、一生懸命げんちゃんに漢字を覚えさせようとしました。

 しかし、吐き気がするほど覚えません。夜なべをして、フラッシュカードを作って、(しかも見やすいように、茶色のゴシックで印刷したり)K先生とかわるがわる、フラッシュした上で、書かせて、読ませて・・・・それでも、まったくといっていいくらい、覚えません。悲鳴をあげました。今でもK先生と語り草になるほどです。

 あの頃のげんちゃんは、目力(めぢから)もまったくなく、ただぼんやり存在しているような感じで、意志も感じず、動物みたいでした。学校では、しょっちゅう問題を起こしていたころでした。

動物を調教するように、げんちゃんの上から、漢字のシャワーをふりかけ、とにかく、ひとかけらでもひっかからないかしら、というようなやり方しかできませんでした。

 思い出せば、目を血走らせてがんばってる私に、S先生は、
「先に意識をいじった方が早いですよ。心が大事です。」

と言っていたのですが、私は、
「心とか言ったって、できることできないと、話にならないでしょ! 心が大事なんて、わかっとるがな~。」 
と意味をわかってなかったです。

あの頃から、S先生にかかわってもらっていたら、もちょっと展開が早かったのかもしれませんね。
  
まあ、でも、あらゆる手立てをしたからこそ、S先生の言うことがしっくりくるわけで、がむしゃらに、やれるだけやってみる、というのも大事なことだな~と、後悔はありません。

そのころと比べると、げんちゃんは、ほんとに頭がよくなっております。

抜けるとあほですが、それが、げんちゃんの真の能力ではないということがわかります。
(できないと決められて、チャンスを与えられていない障害児のなんて多いこと!)

今回は、テスト中、どこまで、意識が入っているか。ここを見たいと思います。
なんせ、テストを受ける、という意味さえわからないげんちゃんだったので、テスト体制に多少でも自分を作ることができれば、成長なのではないかな、と思います。


by glow-gen | 2019-11-13 00:40 | 発達障害の原因を治す | Comments(6)

定期試験の準備、そろそろ自分でやってよね。

げんちゃんの特徴はすさまじい。

最近は、たまに意識を入れて勉強するので、そいいうときは、たとえば、自力で英作文が書けたり、こっちの説明をすらっと理解できたり、けっこう成長したな~、と思ったりします。

が、たとえば、ノートのページが次にいった瞬間に、ぱっとモードがかわり、今までやったことすべてがなくなってしまうようなことがおこるので、私の不快指数が頂点に達します!

普通なら、意識を入れて疲れると、ちょっと休憩して、また、そこそこ前のレベルにもどして再開、となるのに、げんちゃんの場合は、ドロップアウトして、さきほど捉えていたことからは、180度違うでたらめの点をつむ
いできたります。

普通じゃありえないです。

 そういうときは、心の奥からわかりたい、とか思うのではなく、ひたすら表面だけ。

彼の学習スタイルは、まるで、電話帳でも勉強しているような無意味なものになってしまいます。あさ~いところで、ただ写すだけ、とか、ただ埋めるだけ、とかいうことに、気持ちの表面だけを使う、と言った感じです。

 こんなことを続けていたんでは、なんとなく、表面だけは普通っぽくなっているかもしれないけれど、げんちゃんの中身はからっぽ。
そして、空っぽのげんちゃんは、時々、感情にまかせて、衝動的なことをやらかす。

 意識が入ったげんちゃんのできることが、相当高くなっているのに、落ちれば、認知症の老人みたいに、整合性のない行動や理解力になるのなら、こいつの総合力はやはり、その低きに合うわけで、何の使い物にもならない、ということになってしまいます。

 3日前にせまった定期試験とて、結局は、私が引っ張り上げるだけのことです。私がたいしてかかわらなければ、転落するのは目に見えていて、まるで私の試験でもあるかのようになっているのは、きわめてあほらしいな、と思います。

 それで、私はまったくやる気が失せていて、(前回もそうだったけど・・・)自分でやれよ、という気になってしまっています。
提出期限のあるドリルなども、ぜんぜん終わっていなくて、過去最高に私はやる気がない!

 自分で、範囲見て、プリントコピーしなさい。甘えないの。普通の子は、全部自分でやるんだからね。
げんちゃんに、相当厳しく自立をせまっています。まあ、無理だけど・・・

 こいつの逃げや甘えににことごとくうんざり! 心の中で、甘えんなよのリフレイン!

今考えれば、中一のテストは、私はことごとく、すばらしい資料を作り、げんちゃんにコツコツやらせていました。でももう、そういうステージじゃねーだろ! という気持ちです。

土曜日なのに、今日は誰も教える人がいなかったので、家庭科のドリルをやっておきなさい、と言い渡して仕事に行きました。げんちゃんは、ピアノのレッスンを受けて、そのあと、7ページの家庭科のドリルをまじめにやっていました。まあ、英語も言っておいたけど、案の定やれてない。

なるほど、教科書を読んで、そこからただ抜き出すような家庭科のドリルなら、げんちゃんやれるわけだ・・・。内容が簡単だから、気持ちを入れる気になったのか、浅い意識でさら~っとやれたのか。私にはよくわかりません。

 げんちゃんの治すべきは、この恐るべき意識障害です。学校の先生は、テストの結果で、げんちゃんががんばっているとか、落ちたとかジャッジするかもしれませんけど、チームげんちゃんが引っ張ってなんとか形をでっちあげているテストの動向など、何の手掛かりにもならないと思っています。
 だから、二年になって、ただペースを崩されてしまう定期試験など邪魔だな、と思うようになりました。とはいえ、げんちゃんが、普通のものさしをもつために、受けさせないわけにもいかない。


 もう、今回は、前回より、さらに知らん、という感じです。定期試験の悲惨な結果で、げんちゃんが、自分のあほさと、電話帳を覚えるようなバカげた勉強法を深く反省する気になればいい、と思います。

 

 

by glow-gen | 2019-11-10 01:53 | 思春期自主性 | Comments(4)

常識的な教育指導方法が、発達障害児をだめにすることがある

  PTAの会合に行くと、試験前でも、保護者は、子供のテストの内容などぜんぜん知らない人ばかりです。あたりまえですよね~。子供自身でみんなやってるわけですからね。塾を利用している子がいたとしても、つきっきりで母親が見てる子なんているはずもない。

 テストとは、なんぞや! 宿題とはなんぞや! テストの成績とはなんぞや!

今日は、K先生が、意識ぬけぬけのげんちゃんに、マインドマップをして教えたそうです。試験前の時間のない時に、そういうことをしないといけない最悪の状況だった様子。やれやれ・・・

「俺、今回は、テストめちゃ悪かったわ~・・・ぜんぜん勉強してなかったもんね。」

学生の間でかわされる、ごく普通の会話も、げんちゃんにとって遠い世界です。私たちが、テストを見て、
「なんじゃこりゃ~」って叫んだりするから、(ほんと、こっちサイドのエネルギーロスといったらない!)

そういう雰囲気を読んで、げんちゃんも、

「テスト悪かった~。」
なんて言うかもしれませんが、それはあくまで口先だけ、適当に追従しているにすぎません。

支援クラスのお友達の、性格がげんちゃんと正反対の、繊細なゆうすけ君は、テストの結果とか気にしそうです。彼は、とても劣等感が強くて、すぐひよってしまうようです。
 彼と対比するとげんちゃんと言う子がよくわかります。

げんちゃんには劣等感というのが、あるようであまりありません。それは、
「あ~そう。しかたないね。」「べ~つに~。」
という発言にも見て取れるように、自分というものを見つめる、ということがきわめて苦手で、自己を確認するということが、ほんとにできていないのです。何かがおこっても、めんどくさいと思って、ぶつっと切るので、自己考察のところに、つながりません。
 恐ろしいほどの強さに感じるくらいです。

自分というものが、まだないと言ってもいいのかもしれません。それゆえに、電信柱みたいに、自分を出すこともないので、集団の中で、とくに邪魔にもされず、ただ存在することができるようです。
 それに比べて、ゆうすけ君は、げんちゃんより、自分を捉えることができると思っています。そのために集団の中では、いずらくなったり、自分はだめだから、みんなとは一線を隔したい、とかいう感情が生まれてくるのだと思います。

 げんちゃんという子を把握できていないと、
「げんちゃんの気持ちを考えてあげて。」とか、「尊重して。」「聞いてあげて」

なんていう、教育現場で当たり前に使われる手段が、げんちゃんを、スポイルしてしまいます。。

発達障害でも、自分のことをけっこう確認することができるお子さんと、げんちゃんのように、まったくスルーしてしまう子では、指導のしかたが全く違うと思っています。
 ゆうすけ君になら、彼の気持ちを考えつつ、その方向性をぐいっとプラスの方向に向けてあげるような手法も用いれるでしょうけど、げんちゃんには、それは難しいと思っています。

先ほどのテストの結果の話ですが、げんちゃんに、

「テスト悪かったけど、次頑張ればいいよ。今度は、もっと気持ちを入れようね。」

なんて指導をすれば、おおごとです。だって、げんちゃんは、本気で悪かった~なんて、認識しているわけではなく、ただ口先でそれらしいことを言ってみてるだけなので、

”あ、そう。別になんということもないんだな。”
と、平気で思ってしまうのです。

「あなた、普通の子は、ぜんぜんお母さんに手伝ってもらってないのよ。それなのに、あなたより、みんな良い点数を取れるの。どれだけ、げんちゃんは、やる気ないの? 気持ち入れずに、適当にやってるから、勉強したこともぜんぜん答えられないのよ。成績が悪かったら、中学卒業しても、どっこも行くとこないからね。」

いちいち、強い口調で、現実をダメ押ししてやる必要があるのです。

そうしないと、テストの意味さえ捉えられず、さらに悪かったという大前提さえつかめずに、ポーズだけ作ることを覚える結果になるのです。


そこを押さえていない指導者を近づけるのは、ほんとに危険。こっちが必死で引っ張り上げたものを、一気に落としかねないです。そのため、学校の先生には、必死で説明し、げんちゃんを対等に扱うことがないように頼み込んでいく必要があります。気持ちを聞いてあげる、とか、寄り添うとかいうのは、それなりに、人格ができあがりつつある子にすることで、げんちゃんのように、まだあやふやな子には、ひたすら、こちらから、ベクトルを出して、枠を作ってやることに専念する必要があるのです。

極端な言い方をすれば、

「この場合は、こういう風に感じるべきで、げんちゃんは、まったくできてないよ!」
と、感じ方さえ、一から入力してやる。アウトプットを尊重したりする必要はないのです。せいぜいしたとしても、参考程度、で、それを主軸に展開してはいけないのです。

げんちゃんの取説は、かなり難しいと思っています。

そのため、残念ながら、いまだに絵画教室も復活できません。ピアノと体操の先生は、もともとかなり厳しいタイプで、げんちゃんを自分と同じ立ち位置にもっていったりしないので、細々と続けさせてもらっています。

PTAの勉強会などで、子供を尊重し、聞いてあげる。受け入れる。といった教育・・・そんな感じの講座があって、PTAの友達が、感動した~なんて言ってるのを聞いて、ふ~ん、なんてしらけている自分がいます。

そういう、誰にもあてはまるような指導要綱が、まったくはまらない、げんちゃんのような発達障害は、ほんとに気をつけないと、教育者にだめにされるということが、起こりうるということです。

まだまだ、ほんとに手が抜けないげんちゃんです。

by glow-gen | 2019-11-07 00:08 | ほめるということ | Comments(10)

発達障害の改善。ここからは、自分自身との戦い!

  
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意識がしっかり入ると、小学校4~5年くらいの作文が書けるげんちゃんです。この調子で2ページ書きました。

げんちゃんは、ずいぶん、学習への理解力が増し、単語や漢字も前よりずっと覚えやすくなっています。
まさに、IQは意識で変わる、というのを目の当たりにしています。

がしかし、それも、気持ちが入っている時だけの話で、突然フェードアウトして、なんじゃこりゃ~っていうことになっています。どうも、げんちゃんと言う子は、勝手に自分で自分を認めて、俺ってけっこうできた、なんて悦に入ったりするようです。そうなると、すぐに楽な方に、バンジージャンプで急降下するので、ほんとに腹だたしいです。
冗談抜きに、ほんとバンジーなんだよね・・・笑

意識を多少抜いても、昔よりパフォーマンスがましなものだから、私さえ気持ち入れてるかな、と騙されることが多いので、Sさんから警告を受けております。

「だめだめ、圧をかけないと・・・・げんちゃんって子は、上手に表面だけ作ることを覚えて、それでよしとしていくところがあるからね。」

そんなげんちゃんですが、最近は気持ちが入ると、昔にはなかった快挙を遂げます。

1、電話がかかった時に、メモをとった。
2、2階に用事をしに行って、降りてきた時に、「おまたせ~」と言った。
3、日帰りバス旅行から帰って、行程にそった、彼にしては見事な作文を書いた。(状況説明もしっかり、行先ごとに、段落を分けていた。上)
4、学校にでかけて、しばらくして、忘れ物に気づいて取りにもどった。


まあ、ぽつんぽつんと、今までなら絶対にできないことができたりしています。

と書くと、いつもできているように思われるかもしれませんが、気持ちが抜けてしまうと、まったくできないげんちゃんです。
作文が書けた、と喜んだ数日後、同じように書かせてみたら、何の前ふりもない、自分勝手な立ち位置で、読むほどに、気持ちが悪くなるような作文を書いたりね。もちろん汚字!


 でも、表面だけは、まじめに気持ち入れてやっているように見えて、作文が完成したりするものだから、(昔は抜けると、とん挫して書けなかった。)こっちは、まあ、できは悪いけど、がんばったかな、と勘違いしてしまうのです。 

ふと、そんなげんちゃんを見ながら私は思いました。
 
もしかしたら、げんちゃんは、スタート時点がとても低い発達障害児だけど、スタートが ”げんちゃんの今”くらいのお子さんもたくさんいるのかもしれない。

そうすると、意識の抜き方は、今のげんんちゃんにけっこう近いものがあって、はたでは、普通にやっているように見えるのかもしれない。そうすると、この子の限界って、このあたりなんだ、と決められてしまう。 なるほどな~。意識中心で見て行けば、発達障害の子供たちの見え方は、ずいぶん変わってくるのかもしれません。



Sさんは、鋭くつっこみます。

「だめだめだめ、抜いてますよ。完全に! そんなもんじゃない。げんちゃんは、もっとできるはずです。最近は、らく~に、流してやっていくコツをつかんできてるから。お母さんにでも、こうやったら、叱られない、とか学習しています。それって、すごく賢いってことなんですよ。その賢さを、正しい方向に向けてやらなくちゃ。頭打ちになりますよ!」」

そうか~・・・
確かに、げんちゃんと私が目指しているところは、障害の克服です。限界突破していくビッグチャレンジです。そんな余裕かました感じで、限界突破などできるはずはない。

 休みに、私はためしに、洗濯物をまたもや、たたませてみました。(洗濯物たたむのって、IQテストに匹敵するものがありますね~)
するとどうでしょう。げんちゃんの今があぶりだされるようでした。
 
 考えりゃわかるだろう、ということを考えないで、ぐちゃぐちゃ。私が手伝うと、その意味は把握しようとせず、形だけまねる。何枚たたませても、似たような状態で、学習してこない。注意すれば、はいわかった、と言うものの、それは表面だけ・・・・

 なるほどね。これか! 洗濯物は、現実にとてもわかりやすい。私は、げんちゃんの心のありようを、めちゃくちゃしかり飛ばしてしまいました。

意味をつかみなさい! なぜそうなるのか、言葉で説明しなさい! 自分のやりかたとお母さんのやりかたでは、どこに違いがあるのか、つかもうとしなさい! etc

げんちゃんのわかったというのは、普通の人のわかったとは、全く違う。あなたは、”わかる”ってことを勘違いしている。わかるとは、腑に落ちるということで、意味や理由をしっかり体に落としていることを言うのです。げんちゃんのように、なんとなく、マネができた、ということでは決してない。そういうことを、しつこいくらい指導です。

やれやれたった4枚の洗濯物で1時間ですよ~。

しかし、久々に徹底的に指導したので、そのあとの学習パフォーマンスの良いこと。(Sさんによれば、それさえも、ぜんぜんまだまだということらしいけど・・・)

Sさんすごいな! やつの中にある、余裕ってところをしっかりつかんでいたようです。(ここは圧をゆるめて、と言ったりするSさんが、とにかく圧圧圧・・・と言ってくる。潜在能力が上がっているということなのでしょうね。)

そう、これは限界突破だ! げんちゃんの今の甘い考えで、自分の限界を超えられるわけはない!

もっともっと真剣に、心から突き上げるエネルギーで、またやってきた定期試験を突き抜けてほしいね。

by glow-gen | 2019-11-04 14:49 | 思春期 | Comments(6)

発達障害の子に博多青松高校は合うのか? 見学してきました。

 

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吉塚のアクセスよさそうなとこにあります。隣は、県内屈指の進学校のグランドでした。
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おしゃれなロビーで、のんびり自学?

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中庭を囲む素敵なアメニティー ええな~・・

 先日は、福岡県立博多青松高校とやらへ、見学へ行かせていただきました。支援クラスのお母さんたちや有志の方で組織する地域のグループが主催する会だから、げんちゃんなんかも行ける学校なのかしら?~と、何の前知識もなく参加しましたが、なかなか良い学校でした。

 県立では数少ない定時制高校らしいです。定時制高校とはそもそも何かよくわかっておりませんが、4年で卒業しても、5年かかって卒業してもいいのだそうです。おのおの、個別に学習計画を立てるそうです。午前の部、昼の部、夜の部というのがあるから定時制なのか・・・3部になっており、どこを中心に受けるか決めて入学するそうです。
 制服もなく、校則もないんだって・・・・

 でも、建物は素敵でしたよ~。まるで小さな大学か、予備校みたいにオープンな作りで、しばりもゆる~い感じです。一人一人自由に個人尊重。でも、支援クラスがあるわけではなく、発達障害者の生徒割合も、一般的な学校とそう変わらないと言っていました。
 情報工学科もあり、プログラミングなどがやりたい子にもよさそうです。

 普通の高校より、芸術科目(音楽とか美術科とか)が、普通の高校より単位数が多く、数学や国語などにかわって、その単位をとれるものもあるようです。

 入試は、たまに定員割れしたりするらしいので、そんな時は比較的入りやすいのかもしれませんが、定員より多く入試する時は、落ちる人もいるような・・・・果たして、げんちゃんのような低成績児童が入れるものか? 試験は一期は、面接と作文 、二期は学力検査、面接らしいです。定員割れてたら入れると思いますが・・・がつがつ偏差値で入る学校とは一線を画す感じですが、けっこう優秀な大学にも行ってる卒業生がいるので、学生の成績はぴんきりなのかもしれませんね~。

先生の説明で面白かったこと。

「支援クラスに所属しているような子にはどういう支援をしていただけるのでしょうか。」

あるお母さんに、そう質問されて、
支援クラスというものが、特別あるわけではありませんが、その子が勉強しやすいように、個別対応で可能なことはやります。この学校に来られた発達障害のお子さんが、のびていけるタイプは、子供のころからちゃんと告知ができていて、それに対して、親子でがんばってこられたようなお子さんです。親御さんがこつこつやられてきたことを、ここでも延長していくような体制がご家庭でできているのであれば、入学は可能だと思います。」

まあ、こんな感じのことを言っていたように思います。
なんか、ちょっと納得してしまいました。そうだよな~・・・学校で全部やってくれ~ったって、無理だろうから、家でちゃんと流れができていることが大前提・・・そういうことなんでしょうね。

 ちなみに、支援クラスのおともだち、ゆうすけ君のママは、
 「うちは、無理だなー。まだまだ、自分でノートとったり、できないからね。」

といってました。 朝3時間、とりあえず、生活習慣をくずさないために、学校に行かせる。高校の内容についていけるのか、まだ未知数ですが、芸術科目で数学や化学を代用させて、午後からは、私が作ったげんちゃんメニューをやる。卒業まで5~6年くらいかける。

なんか、いいかもな~と思いました。何割かは不登校経験者みたいな説明がありました。優秀だけど不登校、そういう子もたくさんいるのかもしれません。

 まあ、でも、今どきは、こんな感じの、生徒に寄り添い、個々の個性を受け入れる学校というのが、新設校では主流なのかもしれません。でも、そういう学校って、基本ができている子にはいいけれど、げんちゃんのように、人間の真ん中の柱がまったくできていない子には、基準がなくてちょっと不安なところもあります。

 君の意見を聞くよ~。君の気持ちを尊重するよ~、という教育は、意見や気持ちが、しっかりある程度確立している子のためものであって、物事の善悪感さえ、ぼんやりしているようなげんちゃんには、こういう学校は、かなりくせをつかんだ上で、いいとこどりして、あとは、自分たちで組み立てる、っていう姿勢じゃないと危ないような気はします。

 ここも一つの選択肢として頭の隅においとこうと思いましたが、ま~、どこに行こうとも、まだまだ、私のエネルギーをつぎ込まねばならない子であることは確かなようです。

しかし、見学を終えて、ここって、私が行きたいよ・・・てか?
ここの情報科学科で、プログラミングとかならいたいな~・・・、これからはネットネイティブと呼ばれる人たちの独壇場になるだろうから、私も勉強したいな、って思っちゃいましたよ。私の時代には、決してなかったユニークで素敵な学校でしたよ~。
田舎の進学校で落ちこぼれて、四苦八苦していた私は、あの頃、私が行きたかったな~、って本気で思いました。はい!

さてさて、げんちゃんは、と言うと、またどか~んと落ちました。あ~あ!

長くなるので、また書きます。やれやれ。


by glow-gen | 2019-11-02 22:25 | 高校選び | Comments(11)



中学2年の息子。5歳で、発達障害発覚、改善に取り組むママの格闘と改善ノウハウの記録。
ピックアップ 


げんちゃんママの紹介
中学2年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学2年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて8年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
IQは80台に改善<

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