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げんちゃんの発達障害プロジェクト

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げんちゃんは、逃げてる、って感覚をつかんだ?

   げんちゃんのテストが終わりました。最終日の前日はほんとにひどかった~!

 さて、げんちゃんが逃げている・・・・よく私が言っているこのことについて、ちょっと書いてみたいと思います。

げんちゃんがずるする、逃げてる・・・こんなことを書くと、普通の感覚では、確信犯でそうやっているようなイメージがありますよね。でも、げんちゃんはそうではないのです。逃げてる! と私が指導しても、自分では、その”逃げてる”っていう認識がないと思います。もちろん自分がやってることが”ずる”だ、ということもよくわかっていません。

 週末に、英語の試験勉強をさせてみて、今まで出た助動詞やhave to~ をしっかりまとめて、意味や使い方の違いを勉強させました。 これは、過去も何度もやっています。さらに復習を重ねたので、げんちゃんもけっこうわかってきたんだな~という手ごたえがあります。
 ところが、試験前日にまったく同じパターンの問題をしたら、げんちゃんは、まったく習ったこともない、と言うレスポンスをしました。

ありえない!

 もう、今までも何度も何度もこのパターンに辟易です!私の時間を返せ!と言いたい。

げんちゃんの逃げとずる! げんちゃんは、意識をオンにせず、ただシャッターをおろして、表面だけ勉強するのです。彼のことをよく知らない人なら、

「あら、わからないのね。じゃあ、もう一遍おしえるわよ。」
となります。しかし、何度教えても、同じことです。げんちゃんのパフォーマンスは、本人が意識をオンするか、オフにしてしまうか、この二つにかかっていて、どう教えるかとか、そういうことではなくなっているのです。まだまだ能力がすべてにおいて低かった昔なら、それでも、根気よく、あらゆる方向から入力する必要があったかもしれません。意識を入れるということが、ほとんど奇跡的にしかできなかった時代なら。(Sさんによれば、そのころだって、逃げていた事に変わりがないようですが。)

 今は、シンプルに、がんばろう、わかろう、わかりたい! と本人が思えば意識が入ります。それが本人にとって、けっこうエネルギーのいることだから、やろうとしないだけなのです。とらえようとしないシャッターを下ろせば、本人的には楽な気がするのかもしれません。

「いいかげんにして! 月曜日にさんざんやって、げんちゃんわかっていたよね。」

「え~・・・」

するといつもの逃げパターンのすべてが出てきます。
1、適当なことをでっちあげて、その場をつくろう。回答はどんどんそれていく。
2、それも、私に見抜かれて手厳しくやられると、「わからんもん!」 と開き直る。
3、そんなことはありません。気持ち入れてやりなさい。と言えば、最後は「無理だから、僕には。」

となる。私は、げんちゃんの逃げは絶対許さない。すべて退路を断つ覚悟ですが、考えつくすべての逃げ通路に入り込むげんちゃん。ある意味、紙の真ん中に正解の丸があるとすると、その丸以外はすべてぬりつぶすくせに、小さな丸の中には絶対入ろうとしない、そういう行動パターンであきれます。

その日は、どうやっても、逃げまくる。しかたないので、一計を講じて、

「げんちゃん、そうやって、逃げてばかりいるんなら、・・・すっかりわかったことさえ思い出そうとしないのなら、それは精神病だから、精神病院に行きましょう。今は夜だから、○○病院の急患窓口しかないね。さあ、行こう!」

げんちゃんは、すっかり自分の世界観の中に逃げ込んでいたのが、びくんとしたのがわかりました。

「いやだ!」
げんちゃんの手を引きずります。もちろん、動かないので、私は車で外に出ていきました。
「お母さんは、とりあえず、受付してくるから。あとから、救急車が連れに来るようにしましょう!」

さて、しばらくしたら、げんちゃんから、おどおどと電話がかかってきました。
「ぼくは、精神病院はいやだから。」

心が動いている声です。

第一、そこで電話がかかってくることも、今までのげんちゃんだったらなかったでしょう。家に帰ってみたら、ぼ~っとして、好きなことをしていた、とか・・
私は、げんちゃんの電話を適当にあしらって切ると、またしばらくして電話。私は言います。

「げんちゃん、あなたがちゃんとまともなら、しっかり考えられるはずでしょう。さっきの問題だって。」

それからは、何度もげんちゃんから電話がかかり、彼は、一生懸命問題を考えている様子です。それでも、なかなからちがあかなくて、とうとう後の電話で、

「ぼくは、混乱するんだよ。つまりその~・・・お母さんが言おうとした意味ってどういうことなの?」

どもりどもり一生懸命です。こういう質問が出ることもすごいことです・・
「あのね、誰だって、そのあたりのことは難しいのよ。普通クラスの子だって。でもね、普通クラスの子は、自分ができるように、ノートに分類して書いたり、まとめたりするの。自分の頭でとらえやすいようにまとめていってるの。あなたは、そんなことしないでしょう!」」

するとげんちゃんは、電話の向こうで、あ~!と納得した声を出しました。(ほんとに心に入った時のげんちゃんの声。めったにないけど・・・)

「あ、普通クラスの勉強法はそうなんだ~。なるほど~!!」
電話の向こうで、必死で頭を駆使して、自分なりにノートにまとめようとしているようでした。


しばらくして家にもどってみると、稚拙ですが、私の教えたことが、自分なりにまとめてありました。(まあ、それらしく、くらいですが。)

それから、また、先ほどのことをしっかり指導していくと、ふと、

「あ~~!そうか~。ぼく、みんなが逃げてるって言う意味がわかった~! そういうことか~。」

と、言い出すではありませんか。顔はすっきりしています。
どうも、げんちゃんは、逃げてる意識状態と、逃げずにオンしている意識状態の違いを初めて感覚でとらえたようでした。結局、試験勉強はまったくできませんでしたが、オーバーな演出がたまたまはまってくれて、小さな穴から、初めてわずかな日か光がさしたかのようでした。鉄壁の扉に、わずかな亀裂が入ったとでもいうか・・・

そして、昨日今日、げんちゃんは、とても素直で前向きです。やっとやっと、次の新しい峰が出たようです。


ps
Sさんは、この日のことを話すと、ママが、追い込んで追い込んでがんばったから、やっとちょっと光がさしてきた。と言いました。

ところが、げんちゃんのお友達の中3の子が、やはり、とてつもなく逃げて、ママがSさんに相談したところ、
「彼は、トラウマとつながっているから、励まして、自信を持たせて、って言われたそうです。」

げんちゃんとは、真逆です・・逃げの根本はそれぞれ、子供さんによって微妙な場合があるんですね~。まあ、げんちゃんは、とにかく、追い込んで追い込んで、行き場をなくして、下からぼか~んと押し上げる、感じなのだそうです。私が、昔からげんちゃんにとってきた態度は、それなりに正解だったんだよ、なんて言われました。まあ、それならよかった。笑

しかし、げんちゃんには、トラウマ、ってもんがないのかな~・・・バランスボールみたいな子のようです。すぐにはねのけちゃいますよね・・・
姉は、げんちゃんのそういうとこ、とってもうらやましい、と言います。すさまじい鈍感力。これも、意識が外に出てきたら、繊細になるのでしょうか・・・・




by glow-gen | 2019-09-30 00:44 | Comments(6)

げんちゃんの心は、少しずつ、動いているのかもしれない。

  
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ひたすら、問題を写して答えを書く・・・これも、成長の現れなのか?

 中間テストです。5教科で、数学と国語は特に何もしない、と開き直れば、3教科だけなので、もっとやれたんじゃないかな~と思ったけれど、ほとんど準備不足で突入です。

 昨日は、家族3人で、意識を抜きまくったげんちゃんに圧をかけたら、けっこう復活したので、私は少し気分がいいです。昔なら、絶対に復活しなかったですからね~・・・
私への表立った反抗も、少しずつ収束してきていて、それなりにげんちゃんも、向上したいという思いが多少は形になっているように思います。
しかし、勉強が難しくなっているのと、意識を入れることが、彼にとってめちゃくちゃ疲れるらしく、なかなかすぐには、上に上がれないでいるげんちゃんのようです。

 単語を覚えさせていて気づくのですが、日本語の単語を言って、英単語を書かせるトレーニングをしていても、反対をやる、つまり、英語を言って、日本語の意味を言わせる、と、からっきしだめだったりするのであきれます。

 つまり、つながりをつけないげんちゃんは、思いを入れてやってないから、一方通行のそのままのことしか入っていないことがわかります。

日本語を言いながらそのまま日本語を書く、つづりを一つずつ口で唱えて英単語を書く、それを発音する。最後に、また日本語を言う。

 手間のかかることですが、書くこと、言うこと、それを自分が聞くこと・・・3つの動作をすることによって、なんとか気持ちが動いていくきっかけになる。げんちゃんにやらせることの多くは、普通の子にとって、膨大な無駄となることばかりです。それでも、それをやらせないと、気持ちの一片すら動かないのがげんちゃんです。

 今回の社会は日本の地理です。九州、中国、近畿。プリント何枚かにしぼって覚えさせるということをやりました。もともと社会は好きな方で、気持ちが入りやすいので、英語や数学よりやりやすい。
 それでも、意識が、がちっと入るときは少ないので、英語方式で、問題も写したうえで、答える、ということをさせてみました。ただつらつらと読んだだけでは、げんちゃんの心にひっかかりにくいのです。

 すると、げんちゃんは、それにはまりました。休憩もとらずに、社会の問題を写し答えを書く。それを1時間以上延々とやっています。(写真)

あまり、意識を使ってる感がないわりには、けっこう意識に残る・・・そんな感じなのでしょうね。普通考えたら、書き取りのれんしゅうじゃあるまいし、何の意味があるの? って思われるでしょうが、今のげんちゃんは、とても気に入ったみたいでした。

 昔は、板書だってすこぶる遅く、(いや、ちょっと写すことさえ、四苦八苦だった。)少しすれば疲れてしまっていたのに、5~6ページ一気にやってしまいました。まあ、そこについては激伸びでしょう。でも逆に、まだまだそういうレベルなんだろうな~と、ふと思いました。

 夕食の時間になったので、久しぶりにお好み焼き屋さんに行きました。げんちゃんはいつものやつを頼むのか、と思いきや、

「○○もんじゃ焼き」
と言います。福岡の我が家では、もんじゃ焼きは、ぜんぜん視界の外で、話題にしたことも、たのんだこともありません。それなのにげんちゃんは頼んで、焼き方に慣れず、四苦八苦して食べました。
(まあ、すごい不器用ぶり。)

帰ってきて、げんちゃんになぜ、もんじゃ焼きをたのんだの?って聞くと、
「なんか、食べてみようかな、って思った。」

と言いました。すぐにSさんに報告すると、Sさんは明るい声でこう言いました。

「いいですね~。げんちゃん、気持ちが動いてますね。昨日泣いたこともだし、新しく違うものにチャレンジしてみようという思いが出てきたこともだし・・・心に広がりが出てきた証拠です。」

もんじゃ焼きをたのむことが、そんな意味があったなんて、Sさんの解説を聞かないと、私も気づけません。あれ?なんで。げんちゃんらしくないな~とは思いましたが、そんな意味があったなんて・・・確かに、今までのげんちゃんより、少し心の言葉を感じます。

 げんちゃんなりに、一つずつ階段をあがっているのは確かなんだな、と感じます。地面を指先でたどって四つん這いで少しずつ進むように、ちょっとずつちょっとずつ、進んでいるような感じなのかな~・・・

 今日の試験は、まあ、無理だよね~。しかたないか、って気持ちになってます。げんちゃんにとってはオーバースペックなんだし・・・
 今、げんちゃんに必要な滋養を与える方が先だよね。中間試験が終わったら、新しい処方箋を書こう。そんな気持ちになっています。

by glow-gen | 2019-09-26 20:54 | 定期試験 | Comments(6)

げんちゃんの底にある”逃げ”と”ずる”  ばかじゃなくて、考えようとしない

 発達障害のお子さんがすべてそうなのか、よくわからないけれど、げんちゃんは、出力と言うものがとても少ない子です。激しく自分を主張することで、大変になっている子もいるけれど、外に自分を出してくれれば、その出方を矯めることができる。げんちゃんより一歩前にいます。
 でもげんちゃんは、ぜんまいじかけのロボットのように、こっちがねじをまけば、そのぶんだけは動くけれど、しばらくすると止まってしまうような子だと、Sさんは表現しました。
ほっておけば何も出てこないし、何も入っていかない。ただ、時の流れに身を任せて、漂うように生きて、時々、ぱっと衝動的に何かをやらかす。

 最近では、多少ましなICチップが埋め込まれて、ちょっと人間風なロボットになったような感じだとも言ってました。げんちゃんの恐ろしく重症なところは、こういうところなのだと感じます。  
 多少ましなICチップができてきたから、外側だけは、とてもやっているようにも見える。

 しかし、げんちゃんの根本の、本来ある彼の人間性というところから、もっとあふれてきてもいい思いや感受性や、がんばりたいという、きらきらした思いは、ほとんど出てくることはなく、頑丈な金庫の中に眠っているようだと感じます。

 今日は、私が久しぶりに英語を教えていました。外向きにはけっこうがんばっているものだから、少しはできてきているかも、と思い、英訳の問題をいくつか出して、一人でやらせていました。できた~と言うので、見てみてあぜん。主語動詞目的語・・・そういう何度も何度も繰り返し練習してきた構文すらも無視して、書きたいように書いている。
 6~7問出していたのだから、最初の2~3問で、わからない、と思えば、そのあたりで聞いてくれば、時間ロスくらいはなかったものの、でたらめを描き続けて時間が経ちまくったあとに、持ってきたので、またまた無意味な人生の時が切り取られ奪われてしまったようです。

できるときはできるのに、またこいつ捨てたな! ほんとに疲弊します。心の底に”逃げとずる”が居座り続け、そこの城はくずさないまま、あさ~いところでやる学習だけどんどん進めていくげんちゃんです。たった今説明したことさえ、まったく把握しようとせず、耳があるのかお前! と言いたくなるようなずれぶり。普通なら、この子は、バカだからもうしかたないね、とあきらめる教師や親の方があたりまえかもです。

 しかし、げんちゃんの問題点は、心をうごかさず、決して捉えようとしないことです。捉えようとすればでき始めるのです。
私は、紙を持ち出し、げんちゃんの逃げとずるをまたあぶりだします。

「わからない。もう一度教えて。」
といつものように言い出します。私は、紙に、
わからない、と言うのは、しっかり考えた人が言う言葉で、人の教えたことをしっかり聞こうとした人にだけ許される言葉だと説明します。
「あんたは、”逃げる””ずるする” これだよ。あなたにはわからないなんて言う資格はありませんよ。逃げてわかろうとしてないだけ。だから、これからはこう言いなさい。自分はずるくて逃げるので、お母さんの説明も無視しました。そう言いなさい。それが正しいことでしょ!」

「わかろうとしないだけ。考えようとしなだけよ。逃げとずるをやめてちょうだい!」

げんちゃんをとことん追い詰めます。
「普通はね、前にやったところと関係づけて考えるけど。」
げんちゃんは、前のページを開きます。

以前ならここから、さらにでたらめに走り、どんどん正解から遠ざかっていくという逃げの局地が始まるのですが、げんちゃんは、少し気持ちを入れたようです。

入れればやっぱりできる。ほかの子のようにはいかないけれど少なくとも、少しは意味のある時間が流れます。少しでも逃げやずるを感じれば、手厳しくあたります。

最近、げんちゃんを教えてくれるようになったパパ(またこれも相当格闘があって、育児参加となりましたけど・・・)や、前から時々担当してくれていたお姉ちゃんがやってきて、

「抜くなよ! できるだろ。ちゃんと考えれば。いいかげんにしろよ。」

あきれ果てて、疲れ果ててげんちゃんに言い放ちます。家族はげんちゃんのずるさや逃げが、ほんとによくわかっています。

とことん逃げ場をたって追い込んだら、げんちゃんじわっと涙が出てきます。

やれやれ、ピノキオが人間になったのか・・・・泣けてよかったね! なんせ、涙なんてあるの?というようなげんちゃんでしたから。小さいころから感情動かされて、泣いたのなんて見たことない。まあ、できれば、もっとおいおい泣けてくれば、成長できるのかもしれませんね。やっと涙がじわっと湿るくらいはでるようになったげんちゃんは、心もとりあえずは進化しているのでしょう。

 それほど、げんちゃんは、何もとらえず、感じず、つなげず、ただ存在しているだけのロボット。
げんちゃんが少しウルっとなったのを見て、

「涙出るんだ。よかったよかった。」

パパもお姉も同じ反応。同情などするはずもない。家族は、げんちゃんを教えることで受ける、すさまじいマイナスをよく知っています。なんせ、それほど、私たち家族はげんちゃんのてこでも動かないふてぶてしい心に疲弊しています。何度もやられている万引き犯が、少しくらいしおらしくしても、まったく心が動かないと同じ。それほど、げんちゃんという人間はすさまじいです。

まあ、でも、お仕事体験でもどこでも、げんちゃんはそうは見られません。前向きでがんばりやさん、と見られてしまう。それで、肯定されて、「自分は、今のままでもなんとかやっていける。自分の感覚や常識は、別段問題ない。」そう思い込む。きついことはやりたくない。心を動かしてやるのはきつい。浅いところで言われたようにやって、それでいいのだ。 げんちゃんの常識感が恐ろしい方向に固まりだしてきているので、それを突き崩すのに、ほんどにどれだけエネルギーがいることか・・・・

by glow-gen | 2019-09-23 17:10 | Comments(10)

中二のお仕事体験。職場のマッチングは、真剣にした方がいいかも

 
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私は仕事が忙しく、怒涛のようなこの1~2週間でした。

先週は、げんちゃんはお仕事体験でした。中学2年生になると、1週間ほど、地元の企業などに出向いて、社会人のまねごとをします。

 私は、けっこう楽しみにしていたのですよ~。厳しい社会の一端でも垣間見たら、げんちゃん少しは自分の甘さに気づいてくれるかな~と。

 しかし、先生方が彼に選定した先は、母校の小学校でした。それを聞いたときは、えっ!と動揺してしまいました。なれた場所。甘い場所。そんなとこで、中途半端に社会人体験したら、ますます勘違いするんじゃないの?げんちゃんの性質を熟知しているメンバー、私とK先生、S先生、みんなに危機感が走ります。ほんとにいや~な予感しかしません。

先生方にしてみれば、こういう子が、事業所に迷惑をかけたら申し訳ないってことかもしれませんが、ほんとやられた~って感じです。

障害児だからこそ、社会での自分の立ち位置を知る必要があるし、なかなか心が動きにくいげんちゃんにとって、慣れた小学校で、どうやって心を動かすというのか!


一つの救いは、小学校には、私の友人の先生が在留しているということでした。げんちゃんの担任だった先生は、2人しかおらず、友人の彼女も、げんちゃんのことはよく知っています。

 彼女に、すぐに電話をかけました。(ほんとこういうところが、げんちゃんのラッキーなところ!)

彼女は、しっかりした先生で、私の考えをしっかり受け止めてくださる。しかも、現在支援クラスや、ちょっと問題のあるお子さんのサポートの責任者になっていました。


「とにかく、障害児だからって、甘くしないでほしいの。担当の先生にくれぐれも、普通の基準で厳しく指導してもらうようにお願いしてもらえない? この子は、周りが、障害児だからというフィルターで接すれば、それを普通の基準と思ってしまうの。発達障害とは、心の障害だから、普通の感覚でものをとらえられないの。くれぐれも、社会の普通の基準でジャッジしてください。・・・云々・・・」

私があまりに心配して電話したものだから、とうとう、毎日ラインに写真付きで報告まで送ってくださいました。

幸い、学校の方針も、中学生は仕事体験に来たのだから、絶対にお客さんあつかいせず、厳しく導きましょう。ということで、少しは期待できるかな、と思って毎日見ていました。
げんちゃんは、日々、帰るとぐったり。勉強にはまったく身が入らないようでした。

それなりに、自分の動きをつかまないといけないので、けっこう精神をすり減らしていた模様です。  でも、帰ってくると、なんか横柄です。・・・

私はげんちゃんのメンタルがまったく読めません。これだけ疲れてきてるんだから、よくわかんないけど、収穫も大きいんじゃないかな~と期待したくなります。

お仕事体験とともに、中学は試験習慣に突入しています。せっかく、授業がなくて、試験範囲も早めに発表されているのに、ぜんぜんげんちゃんはやる気が出ないようです。

毎日、友人の先生からは、とても丁寧なレポートが送られてきました。友人だからというより、教師としての思いでやってくれたようです。

ほんとに助かりました。私の心配をよそに、それだけを見れば、げんちゃんはずいぶんがんばったように思いました。げんちゃんは、別段普通の子と比べて見劣りすることもなく、まあまあまぎれてやれていたようでした。

驚くことに、げんちゃんは小学校二年生に算数を教えていたらしいです。(ただチェックしただけと思います。)写真の顔もきりっとしています。初めは、小学生相手に、ただたじろぐばかりだったのが、後半になると、自分から声をかけたり、小学生の要望に応えてあげたり、けっこうよくやっていたようです。

算数の筆算のチェックをしていたげんちゃんの写真は、あっぱれとも思うものでした。(上の写真)


これは、もしかしたら吉と出るかも・・・私の取り越し苦労だったのかも・・・・だんだんそう感じてくるようになりました。

「げんちゃん、算数教えたらしいね。げんちゃんは、もう数学だってできるようになってるよ。あとは、気持ちだけだよ。がんばりなよ。」

そう言いながら、K先生も方程式をやらせてみたりしてみました。

でもなんか、疲れているのかぱっとしません。それどころか、な~んか横柄です。

Sさんが、学校に見に行ってくださいました。そして、帰ってくるなり、

「やれやれ、やはり、小学校は選択ミスだね。」

と言いました。Sさんが行くと、げんちゃんは、何しにきたの?という顔をしたようです。どうも、げんちゃんは、小学生に、げん先生と言われ持ち上げられて、すっかりいい気になってしまったようです。Sさんに言わせると、”自分に酔ってる”
げんちゃんは、すこぶるがんばっていましたが、それは、見栄を張るために最大限がんばっていたのだそうで、心から真摯な気持ちで取り組んだわけでもなんでもなかったのだそうです。

そういうがんばりは、いやな疲れをもたらすようで、家でやけに横柄だったのも、ただ外で見栄を張っていたので、そのリバウンドが出たもののようです。真摯にがんばっていれば、家では、「今日は大変だった。僕はもっと頑張らねば。自分はこうすればよかった。」的な、建設的な会話や反応が、疲れが落ち着けば出てくるはずだそうです。

ひたすら横柄、というのは、俺はやれる、という傲慢そのもの。ただ外側をつくろっただけのようです。最近では、ほ~んとに、外を繕うのがうまくなりました。これは成長とも言えますが、なぜに、能力を、マイナス方向へもっていくのか・・・・

友人の先生も私もK先生さえも、そんなことは読めません。しっかりした目つきで、小学生に向き合っていたげんちゃんは、よくがんばったな~、と誰もが思うでしょう。

でも、Sさんだけはだませない。

「せっかく上がってきたのに、また、ここから巻き直すのにしばらくかかるな!」
とぽそっと言いました。

私も半信半疑・・・でも、その後、ほんといいとこなしのげんちゃんでしたから、やっぱり、彼の言うことは正しいのだと思います。しかも、学校であったことなど、まったく言いません。ただ、つかれた~、を連発するだけ。確かに、表面だけつくろうことに全身全霊で取り組んだら、誰でもそういう反応になるのではないか、と思います。もっと、心の底からがんばってみたのなら、何かしら、すがすがしい、副産物が出てもいいはずです。

Sさんが解説しなければ、今回の記事は、がんばりました~となってるかもです。私さえ、げんちゃんの表面的なごまかしを見抜きにくくなってるのだから。
げんちゃんは、ずいぶん成長したのかもしれません。巧妙に表面だけ完成させていく。ほんとにこれはまずいことです。

発達障害は、心の底から、真摯な思いをもたなければ、絶対に突き抜けることはありません。謙虚さ、真摯に取り組む思い、向上しようとする態度。そこを手にするまでは、高みにのぼるスタート台には行けないのです。

本人意識はしていないにしても、ずるい自己を確立していこうとしているげんちゃん。何がなんでも阻止しないといけません。
 

by glow-gen | 2019-09-19 19:13 | 思春期 | Comments(17)

母親を無視して、改善なんてない! 偽性反抗期

 

 げんちゃんの悪あがきは、あいかわらず続いています。でも、徹底して逃げ場をふさぎ、私に絶対に服従させる、ということを強いているので、追い詰められたねずみが、部屋のすみで、あっちに逃げこっちに逃げ、ばたばたしているようなありさまのげんちゃんです。


 精神面では幼児(3歳児くらいの感覚さえあるんじゃないかと思います。)と何らかわらないげんちゃんがいます。常識感もモラルも、すべてにおいて破綻があるのに、一見そうは見えないものだから、ちょっとだけ彼に接する人は、意思を尊重したり、意見を聞いたりしてやりたくなるようです。


 この時期、普通のお子さんは、色々できてくるゆえに、反抗期が来るけど、げんちゃんたちのそれは、そもそもが違います。 

それを、普通の反抗期と同じような扱いで、自主性を重んじたり、好きに泳がせたりして失敗することが多いのではないか、と発達育児の思春期に入って、思うようになりました。


普通の子の反抗期と同じ大人扱いは、幼児に大金を持たせて買い物に行かせるようなもので、げんちゃんの暴走のスイッチを押してしまうだけになるのではないか。

 とにかく、3才児に、好き勝手させない、ということと同様、今のげんちゃんにとっては、自分がずれているということを自覚し、まわりの、特に私の指示をちゃんと聞いて行動することが、改善への近道だと感じます。

 

考えてみると、当の私自身がわかっていたつもりでいて、げんちゃんの感覚が、少しずれているだけ、と勘違いしているようなところがあったのかもしれません。つまり、これくらい感じるだろう。わかるだろう、と実際より、過信していた部分があったのかも、と思います。

 しかし、げんちゃんのいろんなことが、多少は改善してきた今、よく見れば、げんちゃんの常識感や感覚のずれ、というものは、少しなんてものではなく、100パーセント、まともなところがない、と言っても過言ではない、と思います。少なくとも、それくらいの、気持ちでとらえたほうが、真実に近い、ということでしょう。


 今更ながら、3歳児にもう一度、一から入れるように、げんちゃんにも、入れなおす必要がある。だから、すべて、細かいことにいたるまで、まずは、私に従う。確認をもらう。道をつけてもらう・・・・そういう覚悟をもってもらわないと、絶対に、それまくって突き進みつつある、人生の道が修正できない、ということなのです。


 今は、とても大切な時期だと思います。岐路に立っている、そんな気がする。ここで、間違った方向性に行かせてしまえば、げんちゃんは、社会に出すのは、とても危ない発達障害の大人になりかねません。


 私が、少し前から、臨戦態勢、と自分で感じていたのも、そういうことだったんだ、と、言葉にできるようになりました。 さて、前回のブログの直後、また私への横柄な態度が出たので、またがつんと圧をかけました。


朝起きて、やるべきこともぼ~っとやらずに、私が少しきつく言うと、あからさまにうざいような態度をとります。私はすかさず、げんちゃんに指導します。
「今の言い方は何? ちょっとここに座りなさい。・・・」
 言い方は悪いけど、まあ調教師と動物のような感じかも・・・・
調教師と動物の力関係が正しくつかなければ、絶対に動物の調教はできません。


子供と親、子供と先生・・・ある意味すべてそうではないかな~と思います。この大切な時に、げんちゃんが指導権を握るなら、絶対に成功はない。横柄な態度は、ことごとくつぶす必要がある。


「何してるの、さっさとここに座りなさい!」


最初は、ぐずぐずしていたけれど、私が絶対に許さないので、げんちゃんは、ふてぶてしく私の前に座ります。
私への態度、そして朝起きないこと、起きても、何をすべきかまったく考えようとしないこと、・・・etc(朝から、ほんと疲れる!)

たんたんと指導します。
時間が押してきて、学校に出かける時間になりました。
げんちゃんは、日ごろは、時間など、あってないようなものなのに、ぱっと時計を見ます。(ほらやっぱり、こういう場面では見れるんじゃん!)

「お母さん、学校遅れるから!」
げんちゃんは、立ち上がり、私を振り切ります。
「いつ、立ち上がっていいって言った? 座りなさい。」
「え~。遅刻する。」(いつもより、とっても時間に忠実、普段からやれよ!)
「あ、そう。じゃあ、遅刻しなさい。げんちゃんが、しっかり私の言うことを聞かないんだったら、学校なんて行っても仕方ないから。あなたが、でたらめの人間になって、学校だけ行ったって、なんの役にもたたないでしょう。座りなさい。」
「え~?・・・・・」
「あなたが、一番しないといけないのは、私の言うことをしっかり聞いて、ちゃんと実行することよ。それができないんだったら、学校へは行かなくていいから。」


こういうときは根気比べみたいな感じなのかもです。とにかく、私としては、学校遅刻しようが休もうがそんなことどうでもいい。げんちゃんが、服従しない限り、てこでも動かない覚悟です。


 そういう押し問答をしばらく続けた後、やがて、げんちゃんは、少ししゅんとなって、私との力関係は、私に軍配があがり、げんちゃんが素直になっていきました。


「え?学校行きたいの?」
「うん。」
「あ、そう。あのね。いつも言ってるでしょ。自分はできていないし、できもしないくせに、いつも、自分勝手な方法で勝手なことをする。そのあとに待ってるのは、大失敗。 ちゃんと自分がずれてるって思って、指導してもらわないととんでもないことになるでしょ。私に横着な態度なんてとってる暇ないわけよ!あなたは。」
「あ・・うん、わかった。」
「先生には、自分がお母さんに横柄な態度とったから、指導されて、遅刻したって言いなさいね。」


 まあ、こういうことがあって、学校に出したあとは、先生に電話かけて、手短に、厳しく叱ってもらうようにお願いしました。遅刻は、身から出たさび。
「お母さんの指導をちゃんと聞かないから、そういうことになるでしょ。」
先生にはそう言ってもらったら、仕上がり・・・・。

まあ、たぶん、そこまで、ぴた~っとくる指導はしてもらってないと思うけど、とりあえず、軽くスルーしてもらっては台無しになる。どういう指導を先生がしたのかわかりませんが、その日帰ってきたら、かなり、やりやすくなっていました。

 悪あがきもずいぶん、収束しているようには感じました。このできごとのあと、波はあれど、げんちゃんは、私への横柄な態度を収束させてきてます。まあ、しかし、鉄壁のげんちゃん。油断は禁物です。このままするっとはいかないよな~・・・


by glow-gen | 2019-09-13 00:49 | 思春期 | Comments(10)

発達障害のげんちゃんの逃げ方・・・時間軸編

  げんちゃんは、まだまだ低レベルといっても、進化しているのも確かです。しかし、その進化を最も感じられるのが、逃げ方だったりするので、苦笑してしまいます。
前回のブログの翌日は、私の徹底抗戦が効いたようで、げんちゃん、けっこうばりっと、Tシャツをたたみましたから、やっぱり、どんだけ逃げてんだよ~って感じです。
まあ、これが、完了形に、なんないとこが、悲しいけど。また、抜くからねー。

 前回分析してみた逃げ方の他にも、いろんな手口があるのですが、”時間軸での逃げ”、というのを書きたいと思います。

たとえば、私がげんちゃんを教えている時に、電話があり、げんちゃんに
「この問題をしておいてね。」

と言いつけて、離席したとします。つい長話をしてもどってきたら、なんとげんちゃんは、数学の方程式をな~んにもやっていません。
「え~、わからなかったから~。」
と言ってのける。え~! あれだけやったじゃない。正解できなくても何かできるでしょう! いつもの無駄な空白が生まれます。私は、激怒して、マインドマップでお説教です。

 げんちゃんにできたこと。

 わからないのなら、
前のページを見て同じような問題を見てみる。
教科書を見る。
解答集を見て考える。
自分ができる他の教科でもいいから、取り組む
それでも、何やっていいか途方に暮れるんだったら、せめて、計算をするための線でも引けよ~~!

君の人生は、空白であふれているぞ!
私は、できるだけ、げんちゃんが理解できるように書いて、さらに話します。

しかし、当のげんちゃんときたら、最初ちょっとの間、私の指導を聴いているふりをしたけれど、次の瞬間、

「あ、線をひくよ! ほら!」

と言って、そそくさと、数学の回答のための線をひき始めました。そうです。このやりくちこそ、必殺時間軸逃げ!

 この前の時点なら、彼の行為は正解でした。(とはいえ、線をひくなんて、選択肢の中でも最低だけど!)しかし、今となっては、正解は変遷しているのです。私の話をしっかり聞くことこそ、今すべきことです。でもげんちゃんは、時間軸をもどして”今”から逃げる。

それで私もまた、今度は、細長い時間軸の棒線を描いて、げんちゃんに指導しました。
「いーい! お母さんが電話しているこの時間帯にすることは、さっき書いたことでしょ。数学を解くためのことをやるわけ! でも、今は、時は過ぎ、何をするのが一番正しいの? 」
棒線をしきります。
「お母さんの言うことを聞くことでしょ。それなのにあなたは、話を聞くことから逃げて、今度は、前の時間ですべきことを始めた! それはね。今から逃げることになるのよ。ずるくて、なんておバカさん。!」

とにかく、書いて書いて書きまくる・・・・ビジュアル化しなければ、せっかくの説教さえ、げんちゃんには、素通りです。
さらに、げんちゃんのした、線をひく行為というのも、ビジュアル化が必要です。

私は、紙の真ん中に線を引き、上はプラス、下はマイナスに分けました。
私が電話中にすべきだったことを、レベルわけします。

紙の一番下に書き入れた丸は、何にもしていないげんちゃんです。
そして、その上にくっついている程度の高さの丸は、答案に線をひくという行為。

そして、プラスマイナスゼロ地点の丸は、とりあえず、問題をちゃんとするという行動です。

げんちゃんは、そういう風にビジュアルに比較すると、自分の行為が、少しは捉えられるようです。

「ではね。このプラスの領域に入るのは何?」

げんちゃんはだんまりを決め込んでいます。まだまだそういうことは出てこないのでしょう。

「あのね、プラスなのは、ちゃんと問題をやっていて、それが正しく正解なこと。そかも、さらにたくさんやれていれば、もっと高いところの丸だよ。」

「あなたが、話を聞くということから逃げてやった”線を引く”っていう行動は、どれくらいレベルが低いかってこともよくわかるでしょ。」


疲れます。(Sさんに言わせると、時間場の捉え方が、まだまだできていない、と言う表現になるようです。)

この”時間軸での逃げ”も今考えると、よく使うげんちゃんです。

げんちゃんといると、疲れる。という原因も、このあたりの巧妙な逃げ方に起因しているように思えてしかたありません。



by glow-gen | 2019-09-06 23:51 | 思春期 | Comments(12)

げんちゃんの本質は、自分の好き勝手したい・・・逃げの本性

げんちゃんの横柄さが炸裂していた今週でした。
少し成長したので、心に自分へのちょっとした万能感が出てる、とSさんは言いました。

成長する、万能感が出る、私たちの指導がなかなか通らない。それから、がつ~んとすることがおこり、収束する。そうすると、一つ上がったな、と確実に思える状態になる。(もともとが、ほんとにレベルが低いので、上がったといっても~って感じではありますが・・・・)

振り返ってみると、確かにこのサイクルのように思います。前と同じ場所のように感じますが、らせん階段の一つ上なのかもです。

 「お母さんに指導されなくても、ほかに先生たちがやってくれるからいい。」
理論的にしゃべれるわけではないげんちゃんが、どうもこういう風にとれることを言ったので、土曜日、体操もピアノも休ませました。今回の逃げ場は、体操、ピアノ、おばあちゃん、になっているようです。(実は、たまたま二つがお休みだったので、うまいことそれを利用しただけなんですが。 ほんとに演出はとても大事!)

「げんちゃん、ピアノも体操も、K先生も、お母さんが働いてお金を出しているから行けているの。私への態度が悪いから、今日は先生方に、行かせませんと言ってます。」
げんちゃんは、ちょっとびっくりしたみたいでした。私のがんとした態度に少しひるんだのがわかりました。それでも、まだなんとなく強い態度です。

なんか、ここんとこ、この子って、勉強どころじゃないな~という気持ちが強く、根本的なげんちゃんの問題の方がやばい・・・・と感じます。

昼から、洗濯物を干させ、取り入れた洗濯物を全部たたませてみました。私は、その行為で、げんちゃんの逃げの問題点が、あぶりだされたのがわかりました。

げんちゃんは、最初いやいや取り組みます。それでも、逃げられない気迫を感じたのか、しぶしぶたたみます。そのうち、ちょっと気持ちが入ってきました。しかし、その手つきと言うと、ありえない不器用さです。ちゃんと考えりゃわかるだろう! って感じ。遠目に見ながら、言葉で指示し続けます。普通なら、”そうなれば、こう考えてこうするよね。”ということがことごとくできない・・・・そのうち、げんちゃんは、
「あ、自転車入れてくる。」
と言って、外に飛び出そうとしました。

これぞ、第一段階の「逃げ」
何か、一見必要なことのように見えることに、矛先をかえて逃げます。

私は、ひっつかまえて、こっぴどく叱ります。

それからまた、しばらく取り組んでいます。いやいややっているのが伝わります。やがて、今度は、洗濯物の中に、濡れている靴下が紛れ込んでいたので、そそくさと二階に干しに行きました。すると、何分経っても降りてきません。

次なる逃げは、これか~。また、私はこっぴどく叱り、戻ってくるように言いました。
「あなた、逃げる気? いつもの逃げはこれだよ。今日は、絶対逃げさせないからね。ちゃんと最後までやりなさい!」

さて、こうなると、次は、私の指示に対して、
「そーねー、そーねー」と、無意味な言葉を連発して、聞いているふりを続けました。

第三の逃げでしょう。

私は、その行為を、ことごとくつぶします。まさに、さしでやつに勝負するようなかんじです。まあ、この時の私のすごみ方はちょっとしたものがあったかも。

さて、ここからげんちゃんは、どうしたかと言うと、何度も教えたシャツのたたみ方を、完全に無視し、我流で適当にやりはじめました。それも、”できないからしかたない”、と言うふてぶてしさのスパイスをきかせて。さっきまでそこそこできていたのに・・・。
まあ、往生際が悪く、すっとぼける・・・そういう言う感じですね。

「あんた、逃げようったって、絶対そうはさせないからね!」
ちゃちゃちゃっとやったら、30分程度でやれてしまうことを、ついに1時間もねばったげんちゃん。

次はどうきたか、というと、テーブルにつっぷしました。
「ふ~・・。疲れた~・・・」

逃げはクライマックスです。これもいつものパターン。自分の好きなようにやる、というのも通り越し、完全に抜いた! もう支離滅裂にやりだして、その場をしのぎます。
意識飛ばしてすっとぼけて、てんででたらめ。

学習と違うのは、作業であり、簡単なこと。それ自体には、学習ほどストレスはありません。

とことん逃げる気のようです。さまざまな逃げ道を探し、あらゆる方向に流れます。逃げのパターンがなんて把握しやすい!

やっているという枠には存在していますが、枠があるだけで、中身は好き勝手し放題。と言えます。
私は、絶対に譲らず、げんちゃんに最後まで、洗濯物をたたませました。

逃げるげんちゃんに、私は、声をかけます。
「はい、いつものあなたの逃げのパターンよ! 最初は、違うことに逃げる。自転車、それから・・・・・うんぬんかんぬん・・」
そして最後に、その逃げパターンを、具体的に図説してやって、つきつけてやりました。すると、げんちゃんは、少し心を動かしたようです。しかし、今度は、

「つかれた~、つかれた~、」を連発して、机に突っ伏しました。

そう、私に言わせれば、げんちゃん。あなたが逃げるから、つかれた~になるだけで、最初から、こっちに気持ちを向けてがんばれば、もっと短時間で終わるし、内容も濃く有意義なことになる。
「げんちゃんが、逃げるから、疲れるんでしょ。逃げずに最初からがんばって取り組んでいたら、ちゃっちゃと終わっていたでしょ。疲れませんよ。自分が逃げてるからそうなるだけでしょ。」

私は冷たくく言い放ちました。

ほんと、洗濯物をたたむという行為は、あぶりだしに最高でした。

しかし、面白いように学習から逃げるパターンと同じで、ちょっとびっくりしました。
そして、すべてが終わった後、私は、今日の”逃げ”をしつこいくらい、紙に図説しながら説明してやりました。テーマが洗濯物なんだから、最後まで、絶対逃げることを許しませんでした。
げんちゃんは、もう、逃げることから卒業できるステージに入っています。周りのこともやっと捉えることができ始めている。それでも、まったく心にまで入れようとせず捨てる。外面は受け入れているように装って、コアな部分では逃げる。徹底的に指導しました。

この格闘の末、げんちゃんは、やっとあきらめたのか、ここんとこの横柄ぶりをやっと収束させました。

私は、げんちゃんがすでに克服できるステージであるにもかかわらず、ずるく逃げていることがほんとに口惜しいです。まだまだこことはすぐには決別できないでしょうが、絶対に負けるわけにはいきません。しかし、とっても疲れてしまいました。


by glow-gen | 2019-09-02 02:04 | 自己中心 | Comments(12)



中学2年の息子。5歳で、発達障害発覚、改善に取り組むママの格闘と改善ノウハウの記録。
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げんちゃんママの紹介
中学2年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学2年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて8年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
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