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げんちゃんの発達障害プロジェクト

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発達障害、外側を見て判断できない。

  げんちゃんを例えるなら、車の運転を例に出すといいかもしれません。
二人の人が、車を運転しています。一人は、行先もわかって、自分がそこへ移動している理由もつかんでいます。しかし、もう一人は、その人と同じ道を同じように走っていますが、行先もわからず、何のために移動しているのかもまったくつかんでいません。
 彼は道順と運転テクニックだけ、ものすごく訓練して、車を上手に走らせるようになりました。

 運転している車を外から見れば、二人はそうかわらないように見えます。運転していることについては、極端な違いはありません。

ところが、二人がちょっと道に迷えばどうなるか。目的も行先もわかっていない方は、あっというまにパニックになるか、とんでもない道を迷走してしまうでしょう。

 そうです。それがげんちゃんです。
 
 車を運転しているところだけに目が行く指導者や、げんちゃんとほんのちょっとしかかかわらない大人たちは、げんちゃんの本質と問題をとらえようとしません。
 それゆえに、上手に運転できているね。と励ましほめます。その運転技術が、前よりずっとよくなっていくものだから、君はほんとにがんばっているよ、と肯定感むき出しにげんちゃんに応対します。

 もしくは、そもそもこの子は、障害児なのだから、という区別意識が、どこかにある指導者やまわりの大人も同じです。げんちゃんへの違和感を感じたとしても、そもそも普通の子と違うのだから、彼が目的地がわからなくたって、運転しているのだから、この子にしては上できじゃない、とスルーします。 耳障りのいい言葉をげんちゃんに投げかけます。

 しかし私は、それらがげんちゃんに、はなはだしい勘違いを促すと感じています。私たちが必死で、目的をとらえ、意味を捉えさせようとがんばっているにもかかわらず、その圧から逃げる上等な口実になってしまいます。
 お母さん、僕はできるんだよ!

 さらに、げんちゃんの性質として、自分の立ち位置をほんとにとらえにくいということが挙げられます。前述の運転で説明すると、相手は、ただ、運転しているということだけを認めているのに、げんちゃんは、自分が普通の子と同じだと認められていると感じます。

 また彼は、自分というものを、いまだにしっかり捉えられていません。自分が捉えられていないのだから、周りのことなど捉えられるはずもなく、当然のように ”感謝” という気持ちが理解できません。だから、あらゆる場面で、”ありがとう”、と心から言うことはできません。教えられて、言葉ずらだけ言うだけです。
 それは、自分がおかれている立場、周りの愛や配慮、そういうものを一切感じ取ることができないということでもあります。漠然と自分が愛されていることを感じるかもしれませんが、それは、空気が暖かいくらいのことで、意識することもありません。

 げんちゃんは、自分自信の気持ちや状況さえ、行先のない運転のように、とらえどころがなく、いまだに、一瞬一瞬を動物のように生きているようです。

 目的や目標を、さらには、つながりと言うものをとらえるのがすこぶる苦手なげんちゃん。いや、正確に言うと、捉えようとしないげんちゃん。

今は、げんちゃんが意識をオンして、捉えようとすることを放棄しないように追い込んでいる・・・げんちゃんにとって、一番きついところかもしれませんが、そんなステージをすごしています。
そういう時に、

「運転ができてすごいね」

と褒められたりすることはほんとに危険です。勉強やお稽古事を教えられるからといって、むやみにだれにでもげんちゃんを預けるわけにはいかないし、会わせてほんのちょっとでも言葉かけされても危険な時さえあります。実際、遠方から来て、久しぶりに会った知り合いが、

「げんちゃん、成長したね~。すごい。見違えたよ! 今度僕たちは夏のキャンプをするから、参加しないかい?」
と、げんちゃんに対して、ほんとに対等な目線で言ってくれただけで、げんちゃんは舞い上がり、いきなり、その日一日、私に横柄にふるまう、というようなことがおきました。

 こんなことを考えると、よその障害を持ったお子さんに対しても、むやみな外交辞令はほんとにマイナスになることがあるので気をつけないとな~と思ってしまいます。その子がほんとに自立していけるようにと願うなら、ほんとにその子に必要な言葉かけがあるべきではないか、と感じるこの頃です。

最近時々習いに行かせている、知り合いの習字の先生に、今書いたようなことを力説しました。彼女は、げんちゃんは、習字の筋がいいとべた褒めしたりします。私が実際のげんちゃんの困ったところを話すと、

「え~、お母さんが高いところを目ざしすぎてるから、そう思うんだよ。げんちゃんは、将来なんとかなるよ~。」
と、よくある他人事をまくしたてられました。やれやれ。この手合いは多い!
しかし、指導者が真のげんちゃんの性質や心の状態を理解できなければ、ほんとに危険です。
親しい人なので、何度も電話で話し合いました。つい少し語調が強くなったりしてしまうのですが。失礼

「もし、ほんとに、げんちゃんのことを考えてくれるなら、むやみにほめることはやめて!。どこがどうよかったか、そして、それだけの力があるのだから、勉強だって君はできるんだよ。がんばりなさい。こういう風につなげてほしい。・・・」

 気の置けない知り合いなので、私も必死です。まあ、絵画の先生は、そこまで言える相手ではないので、休ませた、ということなのですが・・・さらに言えば、くもんは、教材だけもらっているのも、先生に会わせることが、危険すぎるから・・・笑

私が必要だと思うのは、行動の奥にある心をとらえて指導するということです。(とらえることは、難しい。だから、こちらの思いを、共有してもらえる柔軟さがあればいいかな。)
 決して普通の子には関係ないことではなく、指導する立場の周りの大人は、外側に騙されない、その子の心の状態つかもうとすることが大事なのかもしれません。ただほめればいいという、安易な指導は、おそまつそのものです。
 その子の心を成長させること。それこそが、”先生”なのかもしれませんね。永遠に私もげんちゃんと成長していかねばならないのだな、と感じます。

 

by glow-gen | 2019-05-29 10:02 | ほめるということ | Comments(8)

冷静な自己意識ではなく、感情を動かす。違いは見えにくい・・

 げんちゃんが、学習に対しても、少しずつ気持ちを入れようと頑張り始め、私にもあまり反抗的じゃなくなってきたのに、いきなり先週は、逃げと反抗の1週間でした。

もうわけわからん! 

しかし、げんちゃんの心の状態をSさんがしっかり説明してくれたので、なるほどと思いました。

 げんちゃんは、がんばろう、という気持ちがしっかり出てきたにもかかわらず、高まったモチベーションで安定した自己意識を働かせるのではなく、ただ感情を高揚させて空回りしていたのだそうです。

そういえば、学習中も、なんかがむしゃらにやるだけで、ちっとも吸収できない。目的からは離れてしまって、最後には、過呼吸みたいなおおげさな息をしたりしていました。まるで、自転車のマシーンをがんがん家の中でこぐようなもので、おそろしいくらい軸は回るけれど、一向に目的地にはつかないのといっしょです。

 また、スウェーデンリレーも、選ばれたということで、どこか天狗になってしまって、”ただ、かっこよく速く走らなければならない”、ということだけを握って、感情を高揚させていたようです。

 その証拠に、スウェーデンリレーの前の人たちが、どこからスタートしてどこでバトンを渡すか、そんなことはあきれるほどちんぷんかんぷんです。リレーの最中、まったく周囲の情報は自分の中に入れていないことがわかります。当然、自分が、何番でバトンを渡されたか、自分が抜かれたのか、抜かれなかったのか、把握するなんてできるはずもない。

 自分の状況把握はまったく広がりがないのに、実際走れば、バトンをもらうタイミングだとか、所定の場所にスタンバイすることだとか、入場門から出て行って、戻ってくるまで、いくつかのやらねばならないことがあるわけです。げんちゃんは、すっかりパニックになってしまったというわけです。

 リハーサルの日、げんちゃんは、家に帰ると極度の疲労と興奮状態。もちろん勉強なんてできるはずもなく、げんちゃんは、ふてぶてしく以前のように適当な言い逃れをして逃げる・・・・
ほんと、運動会が近づくにつれ、げんちゃんの態度の悪化は激しくなりました。

 Sさんは、げんちゃんの心を読んで、運動会の前々日の夜から翌日の朝まで、とにかく休ませてよく寝かせることを私に指示しました。私には、ただふてぶてしいだけに見えたのですが、心の奥底には、げんちゃんの空回りとパニックが横たわっていたようです。

 前日は、2時間ほど朝寝させて遅刻させて学校に行かせました。こうでもしないと、運動会までもたず、その後、何週間もマイナスに振って浮上できないかもしれない。げんちゃんの表面だけ見ても、よくわからないげんちゃんの心の中です。

 さて、なんとか調整して運動会に臨みました。雨で一日伸びたのもよかった。げんちゃんは、ひと呼吸おくことができました。

 当日、げんちゃんは、見事にリレーを走りました。よくよく見ると、バトンをもらう手の方向がおかしかったり、いろいろけちはつけられますが、普通クラスの子にぜんぜんひけをとるところはありません。幸い、前の人からバトンを渡され、なんとか、抜かされることもなく次につなぎました。動画にとってまわりに見せたら、だれもがちょっとした感動を口にしてくれるほど、普通の走りをしていたし、そこそこ速かった。

Sさんは、リレーの動画を見て、
「普通の人は、がんばったね~って、ほめそやすかもしれないね。でも、ほら、首がぜんぜん動いてないでしょ。まったく周りを見ていない。エネルギーの空ぶかしだね。」
と言いました。
 なるほど~。確かに、一心不乱。馬ににんじんぶら下げて走らせるような感じなんでしょう。にんじんだけ見つめているから、より、集中して全力疾走に見えるけど・・・・(笑)

 ちなみに、支援の唯一の友だちのゆうすけ君も、スウェーデンリレーのスターターを務めました。普通に走っていましたが、スピードがまったく足りず、すさまじく距離をおいてどんじりでバトンを渡しました。そのせいで、チームは最下位。ゆうすけ君は、その状況が見えたかどうかわかりませんが、繊細な彼は、運動会の間、しょっちゅうお母さんのところに行って愚痴をこぼしていたそうなので、げんちゃんより、周りを見ていたことは確かな気がします。

 もし、げんちゃんがゆうすけ君だったら、たぶん、自分がチームを最下位に導いてしまったこともあまり把握しなかったんじゃないか、と思われます。たとえ誰かが把握させたとしても、するっと通り抜けたんじゃないか、って想像します。

 もし、ゆうすけ君が、そういうことを気に病んだとしたら、ゆうすけ君の方が意識障害の程度はずっと軽いということができると思われます。外に見える状況だけで判断すれば、げんちゃんの方が、まるで普通の子のように見えるリレーでも、あとから彼らにインタビューしたら、たぶん、状況はまったく違ってくると思われます。

 そして驚くことに、げんちゃんは、あとで、リレーのことを聞いても、恐ろしいほど覚えていない。感情だけ爆発させてふっとんでしまったのでしょう。まるで、清塚さんのピアノコンサートでサイン会に出してしまった状況をほうふつとさせます。

ちょっと落ち着いてから、Sさんに
「君はむだな気持ちの動かしかたをしたね。周りにたいする気遣いが足りないよね。」
と言われていました。まさに、家の中で自転車を漕ぐような無駄な気持ちの使い方だというのでしょう。

一段階上がったとはいえ、次なるは、モチベーションを、どう正しく冷静にとらえて行動に移していくか、というのが、げんちゃんの課題なんでしょう。それが、よくわかった運動会でした。

そして、運動会後、むやみに、リレーをがんばったね、なんて、ほめられると、またふわふわ飛んでいっちゃうげんちゃん。それは気を付けるようにしなければならないげんちゃんでもあります。

 まあ、これは、げんちゃんの特殊事情かもしれません。ちなみにゆうすけ君には、ほめて励ます運動会後、になるのかもしれません。なんたって、ゆうすけ君は、周りに対してとても繊細に反応する対局のタイプなのです。

 ほんと、げんちゃんの心の様子は、細かく、ほんとに細かく、ちょっとずつ階段を上ります。決してどか~んと上にいってくれないのは、神様の意志なのかもしれませんね。こつこつ努力、人の歩みは、それが一番、ってことなのかもしれません。


by glow-gen | 2019-05-22 10:13 | 運動会 | Comments(14)

表面をつくろうことと、真に努力することは違う

   げんちゃんは、水面にやっと浮上してきたと書きましたが、ほ~んと、そこからぽ~んと行くことはなく、陸に上がった歩みも、まさに、一歩一歩補助がいりますよ~。やれやれ。

げんちゃんは、運動会でスウェーデンリレーの選手に選ばれました。50メートルの記録上位者から、10人近く、二つのリレーにエントリーさせられたようです。げんちゃんは、10人目くらいに入ったのでしょうか??
 でも、毎年、徒競走はビリばかり。なぜ選ばれているのか、不思議でしょうがありません。

 それに、げんちゃんは、リレーに選ばれていることにも、なんの感慨もないようです。私がそのことを知ったのは、学校からもらったプリントでした。

 もしかしたら、先生方は、げんちゃんには、いい経験になると思っていらっしゃるのかもしれませんが、げんちゃんは、リレーの意味も考えず、ただ、その時間がくれば、なんとなく走るだけになると思われます。ひどい場合は、失格にさえなるようなこともやりかねない。

 げんちゃんをせっかくリレーに出させてくださるなら、事前の演出が必要だし、的確な声掛けも大事です。

先生と話しました。
「あの、メンバーに選んでいただいたのは、うれしいことなんですが、本人に何の自覚もなくて走らせても、まわりに迷惑をかけるだけになると思います。直線だったら、少しは早かったのかもしれませんが、トラックリレーで、バトン渡しまであるスウェーデンリレー、しかも、150メートル。げんちゃんにはハードルが高いでしょう。

 本人にも、一度意志を確認していただけませんか。リレーの意味や責任を話していただいて、出たいのなら、事前に意味を教えて、練習をさせ、演出もしっかりしなくてはなりません。そうしないと、せっかく成長のチャンスがあっても、すべて無にしてしまいます。」
 
 2年目になる支援の先生です。

「この子は、心の障害です。普通の人と同じように感じられないっていうのが、そもそもの病態なんです。ただやらせるだけでは、何の効果も生みません。」

毎回のように、そこを力説してしまう私。どうしても、げんちゃんたちのような子は、精神面はある程度、自分たちと同じ、頭が悪いだけ、ととられてしまいがちです。

 そういう話し合いのあと、先生は、げんちゃんにスウェーデンリレーの出場の意志を訪ねてくれました。どうも、選出が決まった時は、自分の考えや気持ちを、その場で言えなかったげんちゃん。(まあ、言えるわけはないわな。どう感じるかさえ、あやふやなんだもの。)たどたどしく、
「あの~。スウェーデンリレー出てもいい。選手決めがあったとき、なんとなく、決まって、自分の気持ちは言えなかった。150メートルを走ることになっているけれど、距離が長くて走れない気がする。」

こういうことを主張したようです。これも、私が、あなた、150メートルなんて走れるの? どれだけの距離だかわかるの? 、なんて言っていたために、言えたことで、私の言葉がなければ、こんな気の利いたことは言えるわけはありません。なんたって、距離、時間、いまだに、つかめていないげんちゃんなのです。

 さて、ここから面白いことがおこりました。支援の先生が動いてくださって、スウェーデンリレーの距離の短いパートの子と変わってもらったようです。スウェーデンリレーというのは、後になる走者の距離が、伸びていく競技です。げんちゃんは、150から100にかわってもえたようです。

しかし、すでに、エントリーの締め切りは過ぎていました。そのあとでの変更は御法度だったようで、支援の先生は、みんなの前で、げんちゃんがかわったことの了解をとったようです。

あからさまに、げんちゃんが支援クラスであるということを口に出したかどうかわかりませんが、配慮してもらいたい、という内容だったようです。

誰が見ても、げんちゃんが支援クラスだということが、強調されるような場面。
げんちゃんは、恥ずかしい思いをしました。

これは、私的にはナイスな演出でした。このできごとで、あっというまに、スウェーデンリレーのインパクトは大きくなりました。

しかし、支援クラスにもどって、げんちゃんが恥ずかしがったので、先生は、渾身の力で、フォローに入ったようです。
「支援クラスって、恥ずかしいこと? そうじゃないよ。げんちゃんはがんばっているんだから、ぜんぜん恥ずかしくないんだよ。」


げんちゃんは、おもいっきりフォローされてしまったのです。げんちゃんは、そこでいっきに、自分の日ごろの取り組みを、ほめられた感じになりました。
 先生は今のげんちゃんのすべてを肯定してくれた・・・・どうも、理解の状況が一転してしまったようでした。あらら。

 げんちゃんの恥ずかしさは、表面をつくろっている、その化けの皮をはがれたような恥ずかしさ。真になりふりかまわずがんばっているのに、うまくいかない、という情けなさとは全く違うのです。なんせ、げんちゃんは、認められたい、という思いで、外側だけを飾ろうとしているのです。 モチベーションはあがったものの、それを正しく行動に移すのではなく、表面だけつくろうことで満足している。私は、考えてみたら、ずっとそこと戦ってる。

げんちゃんの場合は、そこで肯定するようなことを入れてはいけなかったのです。

 表面をいくらつくろって、心を入れずに、形だけがんばるスタイルをとっても、絶対に普通クラスレベルにはならないよ、と、そこはダメ押しの場面だったのに。

 まあ、なかなか、げんちゃんのステージをとらえて、的確な言葉かけをするのは、2年目の先生でも、難しいことを思い知ります。

すぐさま、また先生とノートでやりとりしました。

せっかくのナイスな演出のあと、フォローはいらなかったと思います。今げんちゃんが落ちいっていることは、意識を入れてがんばるのではなく、表面をつくろう、というスタイルです。それを肯定された、と感じてしまったようです。

まだまだ、そんなんじゃだめでしょ。支援クラスのあなたへの、特別配慮が恥ずかしいっていうんだったら、まずは心の底から頑張る気持ちを出すことが大事だよね。

 そこで止めておかなければいけなかった。げんちゃんは、まだそのステージにとどまって安住しようとしているのだから。

 一般的に、普通になされる対応が、あるときは、げんちゃんの命取りになります。ほんとに、こういう一言で、あっというまに、げんちゃんの状態が揺れ動くのを、何度経験したことか!

 さて、このスウェーデンリレーは、この事件を皮切に、今のげんちゃんがよくわかる展開になってきました。続きは長くなるので、また書こうと思いますが、毎日ドラマがあってます。

  いうわけで、前回のブログを書いてまた、私は日々やれやれの連続をすごしております。



by glow-gen | 2019-05-17 20:17 | Comments(6)

げんちゃんの朝・・向上心

連休明け、げんちゃんは、変わったな~と思いました。6年生のころから、突き抜けないげんちゃんに業を煮やしていた私は、あの手この手で頑張ってきました。

結局、自己意識が出て、表面上何かをがんばってやっているように見えても、根底でげんちゃんの負のオーラは相当強く渦巻いていた。

 まあ、ステップアップしても、結局、マイナス10がマイナス9になり、まいなす8になる。そんな感じでしょうか。海の底でひとつづつ階段を上がっていても、陸地からは、ぜんぜん見えてこない。そういうイメージです。
 でも、GW終盤から、いろんなことが安定しだして、学校が始まっても、それがめちゃくちゃ崩れ落ちることが少なくなっています。あ~、やっと、げんちゃんが、初めて水面に現れた!

  私がこんなブログを書くのは、めずらしいかもです。げんちゃんのマイナスの気持ち、やりたくないとか、どうでもいい、とか、逃げたい、とか、そんなものは、どうも完全に底を打ったようです。
やっとプラスの気持ちの量が、マイナスの量を凌駕した瞬間です。今までげんちゃんのマイナスの気持ちは大きすぎて、少々のプラスじゃ埋めきれなかったのでしょう。

 4月からこっち、私の方もいろいろありました。なんせ、PTAが動き出し、4月は、全部の先生と新旧PTAメンバーの晩餐会みたいなのがありました。先生方の雰囲気は結構よくて、この学校は、先生方も、仲が良いんだな~と思いました。それって大事です。担任も含めて、いろんな先生とお話しさせていただいて、最後に、ひな壇に上がり、自己紹介をしました。

この際だから、げんちゃんのことをみんなに知ってもらおうと思って、言いました。

「中2にいるげんちゃんは、発達障害で、それがわかってから、改善のためにいろいろ取り組んできました。息子は学習障害があるので、小学校は先生方の協力で、週に1~2回学校を休ませていただいて、ホームスクールをさせてもらってました。私が勉強を教えてきました。学校とホームスクールのコラボでけっこう伸びてくれて、今は、数学と国語を支援クラスで教えてもらってますが、なんとか普通クラスで勉強しています。中学でも、小学校同様先生方に大変お世話になっていて、ほんとに感謝しております。その感謝もこめて、今年はPTAに挑戦することになりました。みなさん、いろいろご指導お願いします。」

まあこんな感じで挨拶したので、PTAのメンバーも、先生方も、周知徹底(笑)。教育ママと、発達障害の息子、かな? がんばっとるな~、とは思ってくださったことでしょう。おかげで今年は、1学期の導入はスムーズです。家庭訪問の前に、担任の社会の先生ともたくさんおしゃべりできました。ゆったりとした話がわかる先生。安心しました。どの先生も、好意的に応対してくださるのを感じます。
PTAは大変だけど、目に見えない恩恵も受けますね。
しかし、PTAの会合は、夜始まって、10時まであるので、げんちゃんほったらかしの日も月に1~2度出てきます。それでなくても、かかわれる日は少ないです。げんちゃんのために空けている日にPTA。ちょっとつらいです。

しかし、PTAもやってみるものですね~。前向きな方が多くて、すっかり打ち解けて、ママ友が少し増えました。それに、10時に会合が終わっても、先生方の数人はいつも残っているのでびっくり。大変なんだな~と思います。PTAの任期は2年。果たしてどうなることやら、という感じですが、げんちゃんが、やっと少し突き抜けてくれた感があるので救われます。

何が突き抜けたか。やはり、向上心でしょう。昔からなくはないけれど、げんちゃんの障害をはねのけるほどのモチベーションはなく、ひたすら、なんとなくやらされているだけのげんちゃんでした。ほんとに、向上したい、という思いが、逃げる気持ちに少しだけ勝ってきたようです。自己葛藤が少しずつ終焉に近づいたと考えてもいいのでしょうか。まだまだ油断は禁物ですが、彼の中のマイナスは、勢いを弱めているように思います。いつもかつもいいというのではありませんが、GW前は、そういう瞬間はほんとにレアでした。

1年生の3学期、自己意識をずいぶん出してきたげんちゃんは、それが初めての経験で、混乱と混とんの中にいました。ほんと、それに収集をつけることが、最優先で、勉強にエネルギーなんてまわす余裕がありませんでした。自分がどう感じる、どう思う、ということを経験しただけで、ものすごい消耗。もともと自己意識が封じ込められていたげんちゃんにとって、自分の思いを感じるということは、まるで、幼子のように、すべてが新世界だったのではないかと思います。その思いが、どういうことなのか、どんな言葉と結びつけたらいいのか。まるで、”レナードの朝”をほうふつとさせる感じだったのだと思います。(レナードの朝は、長年昏睡状態だった主人公が、一時、目覚める、感動の映画なんですが)

 そして、ここんところ、少しずつ、げんちゃんの感情を表す言葉は増えていき、GW明けは、たどたどしい、すべてが初体験のような初々しい質問がぽろっと飛び出している。
「S先生が、人を助けるために、ガラスを割って飛び込んでいって、大けがをした話をしてたでしょ。僕も、覚悟を決めて突き破りたいんだ!」
(これは、Sさんが若い時、暴行をうけている人を助けた時の逸話です。すごいですね~)
「このままの自分はいやだから変えたい。どうすればいいの?」

げんちゃん語録は、日を追うごとに、増えて行ってます。
もちろん、抜けるときは抜けます。ひどい時もある。しかし、私が追い詰めたりすると、
「ちょっと待って、向こうにいって立て直してくる。」
「意識を入れるって、どうやればいいの?」

今まで聞いたこともないような会話が成り立っているではありませんか。

良い出力だけをつなげれば、お~!と思いますよね。ま、実際は、そんなに極端に一気にというわけではありませんが、私への反抗はとてもゆるやかになり、私を身方と感じているのがわかります。それに、なんといっても、あれだけ朝起きれないのが起きれるようになっている。

Sさんが、朝起きれるようになったらかわる。僕にたいして、好意的な気持ちが出てきたら変わるサインだね。
と前々から言っていたことを思い出します。以前は、Sさんに対しても反抗していましたが、Sさんを尊敬するような発言も飛び出します。

さあ、学習がひとまず二の次、と言っていたのはもう終わり、GW明けからは、ほんとに、新しいモードでしっかり学習に取り組ませ始めました。まさに、げんちゃんの朝。そんな感じです。

by glow-gen | 2019-05-12 01:47 | 思春期自主性 | Comments(8)

気持ちを入れた学習、絵画教室のペナルティー

GWもとうとう終盤です。K先生もお休みなので、私が必死で毎日げんちゃんの勉強を見ています。
げんちゃんは、最近、意識を入れた勉強を少しはできるようになりました。でも、それをするとずいぶん疲れるようで、ちょっと前は、意識を入れたら、次の数日だめだめ、みたいな感じでした。
 
 でも、GWに私が学習をやらせてみたところ、彼は、意識を入れる持続時間も、忍耐力も、ずいぶん上がったな~と感じました。
今日の英語の勉強はこんな風でした。問題を読ませて解かせようとしてますが、
主語もなく、適当に単語を並べたりするので、何度も、考えさせました。すると、やっぱり、四苦八苦しながらも、そこそこ修正できる時もある。

「あのね、主語と述語は、木でいうと幹だよ。そして、目的語、え~っとこれね、これは、最も太い枝。あとの、”昨日”とか、”駅で”なんていうのは、葉っぱだよね。前置詞は、葉っぱを付けるときに使うことが多いね。」
 
出てきた文の構造を図を描いて、本文に線を引いてやって、前置詞の説明したのですが、
「今なんの説明したの?」
と言うと、
「・・・え?あ~、was・・・え? あ、動詞・・いや・・」
いやいやいや・・・ちゃんと聞けよ。そしてあるときはただフリーズする。それでまた、主語と述語は、・・・と、一つに絞って言う私。そしてまた、

「今なんてった?」
と聞く。
しかし、げんちゃんは、たった今言ったことさえ、何も言えません。
やれやれ。聞く力がどれだけ弱いんよ!気持ち入れろよ!

今までのように、すぐに教えたりはしません。だって、どうせ聞いてない、もしくは、処理できてないから、私の労力はすべて無駄です。
「今なんてったの?」
これを繰り返している最近の学習です。げんちゃんが気持ちを抜いていれば、こっちがどれだけ工夫しようが、
「??」
となります。何回言わせるの? 疲れます。でも、根気よく、自分で言わせるようにしむけると、だんだん、少しは説明ができるようになり、そうなると、やっぱり、問題のできもよくなっています。

昔どの時点だったか、そういうことをやっても、ただ、フリーズして、どんどん意識低下がおこってくるだけで、まったく徒労に終わるばかりでした。そうなれば、もう、やっていても意味がなくて、ただ、AだったらB、みたいな単純なところに落として、上からシャワーであびせかけるしかない。げんちゃんは、ただ座ってやってるふりをするだけ、努力しているのはこっち。そんな感じになっていたことを思い出します。

でも、しつこくこうやって、自分の口で言わせながら学習を進めると、相当時間は食うけど、上からシャワーの学習とは違った吸収をするようです。自己意識が出ているので、やはり学習もかわってきたな、と感じます。

ほんと、ここ1週間くらいの感触なのですが。

今日は、絵の先生の展覧会に行きました。絵の先生にしばらくぶりにお会いしました。多くの作品を展示されていてびっくりしました。と同時に、コツコツ、デッサンを続けることで生まれる絵の力を感じました。げんちゃんも、何かを感じたような気がして声をかけます。

「げんちゃん。絵描きたくない? また教室に行きたい?」
げんちゃんは、しっかりした目で
「うん。やっぱりね・・」
と自分の意思を伝えました。
「そう。だったら、いやなことでも、しっかり取り組まないとね。なんでも、一生懸命プラスの気持ちで取り組むことができれば、絵画教室はまた行けますよ。だからしっかりがんばりなさいね。」
と、言いました。
げんちゃんは、絵画教室を休ませると告げた日、一瞬、いやな顔をしたけれど、その次の瞬間は、ぱっとそのことを捨て去り、何の執着もなく、一人で絵を描くこともありませんでした。
ここが、アスペルガーのようなお子さんとは違う点で、あっさりしたものです。

でも、個展に来たら、やっぱりやりたいな、と思えたのかな? 絵画教室をストップした意味が、少しつながったように思えました。

なんせ、すべての環境が、上から降ってきて、その中で、自分の気に入るところだけ、”やってやるよ。”というスタンスのげんちゃん。それでは、げんちゃんのためになりません。居心地の良い環境は、すべてシャットアウト。やるべきことをしっかり前向きに取り組むことを覚えなければなりません。少しくらいほめられたって、自分はまだまだ、努力しなければ、というスタンスを貫けるようにならねばなりません。そうなれば、絵画教室は解禁です。

でもまだまだ、少し褒められれば、苦しいことから逃げて、好きなとこだけ自己意識を出してくる身勝手なげんちゃんがいます。夏休みくらいまでは油断がならないと思っています。

絵画の先生は、お休みをお願いした時は、ちょっと怒っておられました。一般には、できるとこから伸ばせ、みたいな考え方が普通なのですからしかたありません。しかし、げんちゃんが、精神疾患と考えたら、まったく違う見解があります。楽しいこと、自分の世界観を肯定される場所。それは、自己意識が出たばかりのげんちゃんに、逃げ場を作ることになるのです。私は、そのことを、一生懸命話して、わかっていただきました。私とて、早く絵画をさせたいのはやまやま。せっかく、能力が花開いてきたのですからね~。

絵画教室を休ませる、となった日よりも、今日やっと、げんちゃんにそのペナルティーの効果を感じました。
それも、成長した証でしょう。

by glow-gen | 2019-05-05 00:43 | 絵画教室 | Comments(13)

常識も人としてのところも、すべて1からのげんちゃん

  げんちゃんは、長いトンネルの中で、一つ一つゆっくりステップを上がっています。あまりにも、鈍重に上がってくるものだから、周りは疲れ果てていますが。

 やろうと決めて、思いを入れることができると、これが、げんちゃんという人格なのかも、という彼がちらっと垣間見えます。でも、そんな瞬間はめったになく、普段ぼ~っとして、すべて他力本願、待ちのげんちゃんです。
 先日、実家に帰る車の中で、彼は、どういうきっかけなのか、気持ちがびしっと入っていました。

「僕はね、学校で一番かっこいい先生は、○○先生だと思うんだ~。」

げんちゃんは、自分の意見を饒舌に話しだしました。私はうれしくなって上手に相槌を打ちます。

「へ~・・・それって、ほかのクラスメートが言ったの?」
「まあ・・・それはそうだけど、僕もそう思う。」

げんちゃんは、イケメンというその先生を思い出しているのか、にやにやしていますが、自分の世界に入ってしまったげんちゃんではなく、ちょっぴり聡明な目をしています。
そのあとも、クラスの話や、自分の思いをささやかですが話します。やれやれ、普通の子なら、いつもこういう話をしながら、楽しくドライブをするだろうな~。私は、げんちゃんと人生で、初ではないだろうか。

「なんかしゃべって!」

とかさいそくしてみたり、

「ねえ、学校の友達と話した?」

とか、根ほり葉ほり聞き出して、やっとぽそっと一言二言話すだけのげんちゃん。なんてつまらない子供だろうか・・・と、ため息をついていました。発達のお子さんでも、饒舌に話す子もたくさんいますが、げんちゃんは、自分がどう感じるかさえ、つかめない蝋人形みたい。

 でも、ゴールデンウィークの最初の日曜日の数時間、げんちゃんはまるで普通の子みたいでした。(普通の中学生ではなく、小学生あるいは、幼児・・・といったところかも)

「僕は、精神病院に行くようになるかもしれないから、行かなくていいようにならないと・・・」
ほう!、初のメタ認知か・・・(自分を客観的に見る)まあ、この発言は、まったく自分のことをつかもうとしないげんちゃんに、危機感をあおるために、Sさんや私やK先生が、時々言ってることなのですが・・・今まで聞いたこともないような謙虚な発言! 

とにかく、素直だし、謙虚だし、こういうげんちゃんに変身するなら、なんて素敵!

でも、やっぱり、この一瞬でした。実家に帰ってしばらくすると、またぼ~っと抜けています。学習も、はなはだぶっとんで、私が叱ってしまうと、実家の母が、げんちゃんをすぐにかばうという、いつものパターン。こうなると、げんちゃんは、してやったりと、ますます助長する。

そそくさと、家に帰るようになってしまう私です。
帰って、パパに話すと、
「そこで、いっしょになって、げんちゃんを責めると効果あるんだけどね~。一方向の圧ではきかなくても、もう一方からかければ、効果ある。ヤツは抜いてるだけだから。やりゃできるってのに。」
パパも最近、げんちゃん育児に、多少は正しい考察ができるようになってきています。笑
そして、今日は、げんちゃんにあきれた事実が判明しました。

太閤秀吉が水を求めたという太閤水と名付けた井戸が、福岡の各地にあるのですが、一番近くにあるそれを見に行きました。(我が家のGWは、人ごみによりつきません。せいぜいこの程度の外出。)げんちゃんが、ある時、太閤水ってどこにあるの? と聞いてきたのです。

「ところで、げんちゃん、太閤水なんて誰におそわったの?」
とパパが訪ねます。
「え~っと、学校の先生で、社会を教えている先生。」
私は、は?とあきれます。だって、それは担任の先生ですもの。
「げんちゃん、担任の社会の先生に聞いた、と言えばすぐわかるでしょ!」
と私は、いらっとします。

が、そのあと、あきれた事実が発覚します。げんちゃんは、”担任”という言葉を知らなかったのです。え~~っ!

うそでしょ! 8年間、クラスに所属して、担任を知らない。夫婦で唖然とします。げんちゃんは、自分が聞きたいところ、見たいところ、それだけ一点を聞いて、見て、あとは、モザイクで隠されたような視野で暮らしていたというわけでしょう。彼の世界には担任も存在してないし、常識と言われるほとんどの世界が、モザイクの中!

「げんちゃん、担任を知らないなんて、おまえ、恥ずかしいぞ! 常識ってもんがないよ。担任ってのは・・・」

 説教されるのが私ではなく、パパだったので、げんちゃんは、神妙に聞いています。なるほど、私やK先生といった、いつものメンバーに言われるだけなら、自分は、常識がまったくない恥ずかしい人間だと言われても、聞く耳を持たないのでしょうが、今日は、さらにパパから、となったわけで、圧は、また別の方向からかかったわけです。みんなの言うことって本当かも、とちょっと動揺しています。おかげで、家に帰ってからの学習は、気持ちがはいっていましたよ!
 
なるほど、げんちゃんに逃げ場を作らないとは、こういうことでもあるのでしょう。実家の母一人のちょっとした発言でも、平気で逃げ場になります。


それにしても、げんちゃんは、ある意味、覚醒してきたものの、常識は一から、人としても一から・・・まるで、ロボットのソフトを一からプログラムしていくようです。
そして、最近のパパのささやかとはいえ参戦は、ほんとありがたい。。



by glow-gen | 2019-05-03 22:01 | 発達障害改善の段階 | Comments(8)

意識障害との闘い。思いが入らないと、IQも底なし沼

   げんちゃんの能力は上がっています。3月のSさんとの合宿の成果がじわじわと出てきている、とSさんは言います。
先週は、気持ちを入れる瞬間が出てきました。ちゃんと考えるスタイルがとれた時は、今までできなかったことが、すっとできたりすることもあります。

ここへきて、げんちゃんの時間の感覚が、こっちが考えている以上にないことがわかりました。いまだに、何時に学校についたのかもわからず、3時からK先生のところで学習、と決まっていても、3時ごろ、頼まれていた亀の水替え(カメを1匹飼っています。)を始めたりするげんちゃん。
時間を逆算して行動する、とか、この行為は何分かかる、とか、そういうシュミレーションは存在していないようです。

 11時50分になって、今から8時間寝たら何時に起きることになる?と聞いても、もちろんわかりません。なんせ、12時の8時間後は?と尋ねても、考えて変な答えをしたりする。(意識が入っているときは、できるようでもある・・・?)

朝早起きしても、自分の好きな本をぼけ~っと読んでるだけで、段取りがわからないようです。

そんな子に、急ぎなさい、と言っても、急げるはずもなく、あせらせると、ただ、部屋の真ん中に、つったってたり、うろうろしたりしています。

K先生が、時計をチェックしなさい!としつこく言えば、ひたすら、じ~っと時計を見ている。なんてこともありました。

普通の人は、自分の行動のふしぶしで時計を見て、時間を考えながら行動するのですが、
「どこで時間を見るの?」
とタイミングを聞いてきたのには、参りました。(聞いてくることは進歩ですが・・・)

時間の空間認知の弱さでしょうか。はたまた、意識のない植物のように生きてきたげんちゃんは、こういうことを考えることが、人生初という幼児のようです。

K先生が、時計を見るタイミングを表に書いてやりました。

朝、起きた。→ 時計
顔を洗った、洋服を着た→時計
ご飯を食べた→時計
学校に出発→時計
学校につく→時計
1時間目始まる→時計

・・・

こんな感じです。やれやれ、ロボットを人間にプログラムしていくような気の遠くなる作業。それでも、根気よくこういうことを、やってあげないといけないようです。希望があるのは、それが永遠に続くわけじゃなく、きっと、あるところからは、パターンが体に入って、ほかにも広がっていくと信じている点です。

しかし、こういう徒労感ばりばりの翌日に、最近のげんちゃんは、ぱっと、反対側のプラスにいっきに振ったりします。

げんちゃんは、これをマイノートに自分で写して、翌日、項目の横に、実際に時計を見た時刻を書き込んで帰ってきたではありませんか。

ほんとにびっくりしました。ある意味2段飛ばしくらいの進化です。その日は、朝から気合が入っていて、K先生のところに行った時点でも、プラスのエネルギーに満ち、白雪姫が眠りからさめたがのごとく、さえわたっていました。

私たちは大喜び。
「気持ちを入れるってどういうことかわかったでしょ。」
「う~ん。”思う”ってことかな?」

げんちゃんも、まんざらではなさそうです。

が、やはり、まったくこういう意識の入った行動は、続くわけはありません。翌日は、どかんと奈落の底に落ちました。
たった今言ったことさえつかまず、超簡単な宿題を前に、ぼ~っとフリーズし、1時間も浮遊しています。どう圧をかけても、のらりくらり、つかんでも逃げるどじょうのごとくです。

げんちゃんは、ごくまれに覚醒し、本来の能力をびしっと見せるかと思うと、ちょっとしたきっかけで、また意識を閉ざし、植物人間みたいに、何もつかまないげんちゃんになり、同じことを何度説明しても、何もひっかからなくなります。

げんちゃんは、知的障害というより、精神障害だ、と私は感じています。あるとき、数学をやっていて、前半の40分は、しっかり意識が入っていたので、普通の教え方ができていました。ところが、後半、休憩をして、戻ってきた時は、完全植物になっていた。英語をやっていましたが、isの過去形、と聞いても何も出てこない。もう、何十回も、何日もやってきたことで、昨日は、すすすっと出てきたことなのに。

いらついて圧をかければ、今度はでまかせを、どんどん言ってみるだけで、最後には、何を質問されたのかさえ飛んでいるというありさまです。

これというのも、やりたくない、めんどくさい、逃げたい・・・というげんちゃんの立ち向かわない性分が底にあるからで、意識が落ちてしまうと、しばらく、何をやっても、誰がやってもだめ。鉄のカーテンがしかれます。

伸びてきて、良いところが出る時が出てきたけれど、ちょっとしたきっかけで、このモードに入るげんちゃんは、天の岩戸に隠れる妖怪みたい! 
おそろしくずるい怪物を飼っているような気持ちです。
ちなみに、抜き始めると、療育手帳さえも、なかったことにするげんちゃんに、驚いてしまいます。


by glow-gen | 2019-05-02 16:42 | 意識のこと | Comments(5)



中学2年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
ピックアップ 


げんちゃんママの紹介
中学2年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学2年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて8年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
IQは80台に改善

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