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げんちゃんの発達障害プロジェクト

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つながりを考えたりするのは、とても疲れる。発達障害のげんちゃん

 げんちゃんは、3月のSさんとの合宿でフルに心を使ったようで、すっかりくたびれています。げんちゃんのような子は、新しい心の動きを経験したり、今までスルーしてることに、、価値観をおいて、”思いを抱く”、なんてことをすると、ぐったり疲れてしまうのだそうです。関連性を考えたりすることも同じだそうです。

 表面的な自分中心な気持ちだけ動かすのであれば、そう疲れず、いつもの慣れた道を歩むごとくなのだけれど、正しい思いを学び実行すると、新しい初めての道にチャレンジするような状態になるのだと思います。脳のシナプスだって、使っていない新しい道を使うので、苦しいのだと思います。

 だから、げんちゃんの、合宿翌日のマインドマップは、へとへとでまったく出力できませんでした。K先生が担当してくださったのですが、ささいなことも、絞り出すような感じで、疲れ方が半端なく、勉強にまでエネルギーが残っていないようでした。

 でも、学校の春休みの宿題は膨大で、普通のお子さんだって、必死でやらなくちゃ終わらなそうです。
「宿題はもうあきらめて。今は、心が優先。」
Sさんに言われているけれど、やっぱり、宿題、未提出、ってのは、にっぽんのお母さんには、ちょっとしんどいですね~。

 K先生のところから帰ると、げんちゃんは、玄関先から、気持ちを切り替えます。きつくてパンクしそうだから、完全に抜くのです。靴は、玄関で飛びまくり、泥棒が入ったようなリビングになっても、ぜんぜん平気。そもそも、目の前の自分のやりたいこと以外は、まるで、闇の中で見えないんじゃんないか、とさえ思います。

 家で、ここまで気持ちを抜いてしまうなら、意味がない。だって、そこを今訓練しているのだから。私はため息が出ます。そしてあれこれ指導します。頭が剥げそう!

 そして、今日またK先生のところで、マインドマップ。先生が電話で私に報告します。

K「信じられないです。げんちゃんの考えていること。ずれまくってます。」

「やっぱり・・・」

K「特にお母さんに対する横柄な考え方は、自分が間違っているなんてみじんも思ってないようです。お母さんが、死んでもお墓まいりなんか行かないよ。挙句の果てにこんな言ってはならないことまで平気で出てくるんです。げんちゃんの本質から出てくるものではないとしても、何を言っていいか、悪いか、そんなことさえ、わかっていません。」

「でしょう・・・発達障害の子がみなそうとは言わないけれど、心の欠落はほんとにひどいですよね~。発達障害、なんて、名前がうそくさい。心の欠落症とでも名前替えしてほしい・・・そうすれば、どう取り組めばいいか、もっと見えてくる。」

K「一つ一つ考えを、つぶしていって、正しい考えに導いています。コンプレックスどころか、自分が一番正しくて、一番えらいと思っているんじゃないかとあきれますよ。」

 知人の父親が亡くなった時に、発達障害の息子さんが、お葬式にも出なかったことを思い出します。なんて、ひどい、と思うけれど、お父さんを惜しむ心が全く芽生えないんだと思います。自分の心の深い部分がとらえられないできてしまったその彼は、何を感じるべきなのか、何をすべきなのか、まったくつながらないのでしょう。私たちは、ひどい、と思うけれど、感じないものは感じない・・・

 げんちゃんも、たぶん、何もしなければ、同じような路線の人間になるんだろうと思います。たくさん、そういう人に関係してきているSさんは、何もしない時のげんちゃんの行く末も、はっきりわかるのでしょうね。今、ここでふんばらないと、社会に出すどころか、ドロップアウトして、家族みんなに迷惑をかけるような生き方になってしまう、とわかっているのでしょう。

 逃げ場を用意してはだめ、というのもしかりです。

 今げんちゃんは、母親が口うるさく指導して、うっとおしく思っても、どこかに逃げて、自分を肯定することはできません。K先生に指導され、Sさんに指導される。毎日K先生と情報を共有して、絶対にダメなことはダメだ、と教え込んでいく。そこに向き合うことは、本人的には、すごくエネルギーを使って逃げたいけれど、逃げれば、自分の人生はだいなしになる。少しがんばれば、ちゃんと突き抜けられる。どこに行っても、同じ価値観でげんちゃんに迫ることが大事だと思っています。

 ところで、野球教室を3月でやめようと思っていました。見に行くと、げんちゃんは、ここは完全に抜く場所、と決めていたのです。先生と何度もお話させていただいて、少し厳しく抜かないように圧をかけたり、本来の能力を出すように指導してもらって、気持ちを入れて臨むのであれば、やる意味があるけれど・・・ということをお伝えしました。

 小学校チームの教室は、げんちゃんにとって、上手く活用できれば実になるけれど、圧をかけず、上手に抜く場所にしているなら、成長の糧にはなりません。いまや、気持ちを入れることができるようになってきているのだから、周りの圧のかけ方次第で、明暗が分かれるのです。

 しばらくして、先生がお電話くださいました。まったく新しいやりかたをげんちゃんにやってみる、とチャレンジを宣言してくださいました。それで、続けさせることにしました。私も、これからは、できるだけ見に行って、野球教室のあと、その日のできごと、先生の指導を検証をしてやろうと思います。うまく活用できるとまったく違うげんちゃんの野球教室になるでしょう。Sさんも、時々は行って下さることになりました。
 たぶん、この野球教室の若い先生も、げんちゃんに取り組むと、育っていくんだろうね。K先生のように。この子たちに逃げずに格闘すると、親も教師も育っていきます。皮肉なことに・・・笑

それが、この子たちの神様からの、一つの役割なのかも~・・・

まったく勉強は進みませんが、げんちゃんの心を総ざらい、そんな感じの春休みになってます。

by glow-gen | 2019-03-29 19:48 | 思春期 | Comments(24)

自己中につながる、メンタリティー

 げんちゃんの1年生生活は終わりました。通知表ももらってきました。2がほとんどで、美術となんかが、3だったような・・・・
通知表の点数もあまり興味がなくて、あまり覚えていないですが。まあ、1はつけないんだな~というのが、感想です。

 とにかく、げんちゃんの心の成長をテーマに後半はやってきたけれど、彼の心が、まだまだ人になりきっていないような部分が多くて、勉強どころではない・・・そういう感じが続いています。

 春休みになると、Sさんと1年生最後の合宿にいきました。大分から佐賀と、今回は電車やバスを使って行ったようです。電車やバスをアレンジする、まあ、そういうことをやらせてもなんとかなるというところに、やっとなってきたのでしょうね。
げんちゃんに言わせると、
「楽しいことをS先生が横から消してくる感じ。」
らしいので、一見楽しい父子旅行に見える合宿も、的確に、言葉かけしながら、げんちゃんの心をゆさぶっているSさんなんでしょう。
合宿の効果は、すぐ現れることもあるけれど、1か月くらいしてじわじわっと、ということもあります。でもとにかく、次のステージには上がります。

 帰ってきて気合が入っている部分もあって、朝真っ先に起きて、合宿の下着を洗濯機で洗っていました。がしかし、洗濯機に入れてあるほかの洗濯物は、取り出して床に放り投げていて、自分の少量の下着2~3枚と靴下のみ、洗濯機のボタンを押して洗っていました。普通はいっしょに洗うだろうし、入っていたものが洗い終わったものと勘違いしたのなら、他のがたまって、いっしょに洗う、というのが、世の中の常識でしょうに・・・

 洗濯機のイロハ・・・一言聞いてくれれば、と思いましたが、「おれはできるんだ。」なのか、自分の下着以外には、まったく興味がなく広がらないのか、お母さんを驚かせよう、なのか、お母さんなんか無視、なのか、私には理解不能です。

私は、寝坊してげんちゃんより遅く起きてしまいました。完全遅刻! 
「どうして起こしてくれないの?」
げんちゃんは、私の立ち位置にはたてません。
「はあ?」
仕事やばい! とばたばたしている横で、
「ねえねえ、これは何?」
と言って、ひきっぱなしのふとんをさします。いつも、そう注意されているものだから、鬼の首をとったがのごとく、私を非難している模様。

「あのね~。あなたが声かけてくれないから、お母さんは寝坊しちゃったの! お母さん仕事あることがわかっているんだから、普通は、声かけてくれるものだよ。自分が、目覚ましとめちゃってるんでしょ! 私は、ぜんぜん時間がなくて困っているんだから、今日は、あなたが布団を上げてちょうだい! 」

 いらいらします。こっちの立ち位置に立てないげんちゃんは、「合宿行って、俺ちゃんとできるよ。」となっているみたいです。朝は、洗濯だけ、意識が入っていたのでしょうか。ほかは、旅行バックも居間の真ん中に広げまくり、ほったらかし。上着も、チェアの足元にほ

ったり投げています。

 なんか、ちぐはぐちぐはぐ。仕事に遅れるとばたばたしている私のことも、そんなことは知ったこっちゃない。自分のことだけ。こっちが、余裕がなくばたばたしているときは、げんちゃんって、何にも役に立たない、どころか、ほんとにうっとおしい。

こういう状況になると、げんちゃんの自己中が、クローズアップされます。パートナーが発達障害という方の一部は、こういうタイプのストレスって、かなりあるんだろうな、と、思いをはせました。

 もう身長も私を追い越しているげんちゃん。期待してもだめよね、とわかっていても、ほんとにいらいらする。日々、たくさんやることがある私が、どれだけ、気持ちをさいて、あなたにかかわっているか。時には、わかってほしい、そういう気持ちがあると、ほんとに、つらいものがありますね~。小さな子供だったらあきらめもつくけど、こんなにでかくなってるのに、なんなのこれは!
 そういう気持ちになるのは、ほんと自然なことだと思います。
 だから、なんとしてでも、この自己中につながるげんちゃんの障害を、しっかりなおしていきたい、と思います。


昨日K先生と話しました。K先生曰く

げんちゃんは、まるで、幼稚園児みたいな感覚のところが多いですよね~。いや、幼稚園児は、ある感覚があるけど未熟なだけで、それがだんだん年数とともに育つけれど、げんちゃんは、そもそもない。そんな部分も多いですよね。」

ほんと、勉強どころじゃないし、たとえ、なんとか、外側は作ってみても、これじゃあ、社会に出て何にも使えない。まずは、人間にしなくっちゃね。そんな感じです。

げんちゃんは、まだまだ、自分の気持ちを表面的なところでしかとらえられていなくて、コアなところは、自分でもわからない。なんとなくとらえて、これはやならくちゃいけないことだから・・・と表面だけつくろってみる。どうもそういうところにいるように思います。

心のしんの部分で、腑におちていない。いろんなことが腑に落ちてくるとこまでもっていくのが、今からのステージなのかな~と思います。


腑に落ちていないところで、とりあえず、表面だけをつくろったり、おりこうさんにしてみたりしているところで、褒められたりすると、直行でずるい人間になってしまう・・・・そういえば、Sさんは、そんなことを言っていました。今は、無責任にほめるのは、タブーというのは、そういうことなんだ、となんか、ちょっと腑に落ちました。




by glow-gen | 2019-03-28 14:27 | Comments(2)

発達障害の意識障害の重症度・・・げんちゃんは重症だ~!

  げんちゃんの気持ちは、前向きになってきている、と感じるけれど、じゃあ、前向きなことがすぐさまたくさんできるか、というと、そこはほんとにこれからスタート時点に立ったばかり、という感じです。

表現は、変だけど、わけわからず暴走していたピノキオを、とりあえずおじいさんのところに持ってきた・・・なんか、そういう感じです。
まだまだ、勉強なんかに鋭く気持ちが向かうなんてことも無理だし、当たり前の常識感さえ、ほんとにやっとスタート時点みたいです。

私のピノキオ君は、とりあえず、悪い商人からやっとこっちに戻ってきたけれど、まだまだ人間にはなっていません。そんなピノキオ君が、前向きに、学習にバリバリ取り組むなんて無理なのはしょうがない。まずは最低限人間になんなきゃね。

先日、学校からもらった学習プリントが宿題なのかどうか、げんちゃんは、初めておそるおそる友達に聞いたようです。
「これは、宿題なの?」
友達が 「そうだよ、」と答えたそうです。どきどきした、と言っていました。

じゃあ、宿題なんだったら、それを優先してする、というところ欠落していました。げんちゃんは、帰ってきて、好きなチャレンジタッチの英語だけ熱心にやっていました。

夜になって、私が宿題に気づいて、あわててさせるはめになりました。時間が押していてあせる私と、途中から、完全意識ぬいてくるげんちゃんと、かみあわない気持ち。

それでも、無理にやらせたら、最後は、主客転倒の横柄ぶり。あいかわらず疲れ果てました。げんちゃんの目標は、とりあえず上にあるものの、げんちゃんの各論は、悲惨! 目的意識はでたらめ。 どういう目的で、今何をやるの?? ここは、ほんとに0出発といったところです。

 そして、げんちゃんの感覚のずれは、ほんとに私たちが考える以上で、今日もK先生のマインドマップによると、げんちゃんが、人間ではなく、ほんとに心がずれたピノキオ君だとわかります。

K先生によると、

普通クラスのお子さんに、今回、思いきって話しかけただけで、もう、自分は、友達と話している、という認識になっているようです。
あきれたことに、なぜ、普通クラスの子は、げんちゃんに話しかけてこないのか、という問いも、
「自分がちゃんとできているから。言わなくてもいい、とみんなが思っている。」

こんな珍回答さえ出てきたようです。コンプレックスもあるようですが、それと共存して、自分はえらい、という、信じられないような自己肯定感も共存しているようです。

「少し肯定されたり、ほめられたりするだけで、げんちゃんは、それ以外のところが消えてしまう。すべてができていると勘違いしてしまう。だから、今は、絵画は休ませたほうがいい。」

とS先生に言われて、半信半疑ながら、今だけ絵画を休んでいるげんちゃんですが、K先生のマインドマップから、なるほど、まんざら、うそでもないんだ、と納得がいく次第です。
げんちゃんの認知のずれは、私たちが考えている以上で、毎日、日々起こることを、細かく細かく検証して、説明を加えてやらないと、げんちゃんは、人間になれないピノキオ君のままなんだ、とびっくりします。

 あげればきりがありません。

 いろんなことがあります。たとえば、プリントが散乱していて、げんちゃんに、トレーを渡して、まとめて入れるようにと指示した時も、げんちゃんは、私の指示でとんとんと、テーブルで端をそろえる動作をしたものの、ふとトレーに入れた状態を見たら、なんと、紙が四方八方に飛び出したまんま・・・ということもありました。

トレーにきれいに入るようにまとめる、という目的意識が働かないのでしょう。私にやるように指示されて、そろえる動作だけ、素直にやったのでしょうが、何が目的かつなげていない。きれいに入れるためにやってる行為だととらえれば、はみ出て入れば、ちょっと気持ち悪くなるんじゃないかと思いますが、彼は、そんなことはどうでもいいのでしょう。
彼がやったことは、目的のない無駄な行為でした。

 日常生活には、そういうことがちりばめられていて、ささいなことで、あぜんとさせられる日々なのです。どこまで、一から十まで教えてやらないといけないのでしょうか。あれだけ、いろいろやってきたけれど、この子は、ほんとにまだ人間とはいえないな~・・と感じます。木のピノキオ・・・つくづくそう思います。

こんなこともありました。5歳の女の子が我が家に来た時、げんちゃんは、まったくその子を無視していました。あれこれお兄ちゃんらしいことをさせるのに、いちいちすべて指示してやるしかない。その子に心をぜんぜんかけない。もちろん意地悪もしない。とにかく、どうでもいい・・・そんな感じです。

K先生はそのことを、また検証します。

「え~・・・別に~、小さい子なんて興味ないし。どうでもいい。」

げんちゃんは、めんどくさそうに言います。

あきれたK先生は、
「じゃあ、あなたに対しても、私やまわりの大人たちが同じことをしましょうか! それってどう思うの?」

なんてことを、一つ一つ教えていく・・・なんとまあ、げんちゃんの重症ぶりはどれほどのものなのでしょう! 心のないピノキオ君。いや、Sさんいわく、心がないのではなく、殻の中に入っているような感じなのだとか・・・・確かに、意識ががんと入った時は、多少は、人らしくなりますよね~。でも、なんか、いまいち入っていない時は特に、マインドマップをすればするほど、げんちゃんの不感症は、ここまでひどいのか、と、私もK先生も、あぜんとするばかりです。

S先生が、
「勉強どころじゃないよ。まずは、心を成長させないと・・・まだまだ、勉強まではいきつかないね。」
なんて、おっしゃいますが、ほんとだな~と納得します。かといって、勉強も、すべてほっとくわけにもいかず、少しずつ少しずつ、様子を見ながら進めるという感じです。
中学あと2年間で、どこまで伸びるか、私たちの挑戦は、ほんと、エベレスト登頂みたいな気がします~・・・

ほんと、最近つくづく思います。

 げんちゃんほど意識障害のひどい子は(気持ちを働かせることができにくい。どうしたいという思いさえ持ちにくい。)、そうそういないんじゃないかな~。きっとげんちゃんが改善するんだったら、多くの発達障害のお子さんは、ほとんどの子が、もっともっとスピーディーに伸ばせるんじゃないか、って、感じてしまいます。
 すべての起動力である”思い”がそもそもないのですから、笛吹けど踊らず・・・なのです。

 発達障害を意識障害のレベルで見ると、幼児期多動であばれている子の方が、あの頃、蝋人形のように、ただぼ~っとして何も思いのないげんちゃんより、ずいぶん軽い、ということもありうる、と気づくようになりました。
 僕はこうしたい。たったそれだけのことも、言えなかったげんちゃん。

 だから、お子さんが暴れて困っているようなママも、決してあきらめないでほしいな、と思います。案外、げんちゃんなんかより、ずっと早く改善できることもあると感じます。
 
 最近どの発達の子を見ても、うん、げんちゃんより、意識(気持ち、意志)が外に出てる。すごいな~、なんて思うことばかりです。

by glow-gen | 2019-03-22 20:19 | 認知のゆがみに対して | Comments(4)

感情に振り回されず、心の深いところでとらえる

げんちゃんは、成長(自分自身というものが、初めて出てきた)と同時に一気にやってきた、3歳児と思春期の反抗期みたいなのが噴出して、ほんとに苦しい日々を送っていました。(6年生から?)
でも、そのピークは去り、落ち着き始めていました。そのため、私は、ぐっと新しいステージに行くかな~と期待するのですが、ちょっとしたことで、また再燃し、なんとか、マイナスからまたゼロ点にもどす、という感じのことを繰り返していました。もどかしく、長丁場を覚悟する日々でした。

 では、次のステージとは何なのか。
私なりに思うに、げんちゃん自信が、生活にしても、学習にしても、自ら努力していきたい、闇へ向かうのではなく、光に向かいたい、と明確な意思を持てることだと感じました。自分の意志というものを、ぼんやりでも持てるようになってきたのに、感情だけに振り回されているげんちゃんが、感情に振り回されず、正しい価値観を握ろうとすることだと言えるかもしれません。

 普通の子は、そこまで明確なプラスの意志を持たずとも、なんとなくでも、周りに合わせ、能力の数十パーセントも上手に使えば、そこそこ周りと足並みをそろえて紛れて生きていけるのかもしれませんが、この子たちが突き抜けるには、徹底したプラスの意識を持たねばならない、と私は確信しています。そもそも適当に上手になんていう言葉がもっとも合わない子です。プラスかマイナスか、明暗がはっきりしている。雑念なく、ひたすら目標に向かってピュアに努力していく、という本人の意識なくしては、決して障害を克服することはできないし、突き抜けて、彼がもらった豊かな才能(必ずあると信じています。)は花開くことは難しい。

 げんちゃんは真摯に、生活でも学習でもなんでも、当たり前のことをこつこつ努力してこなせるようがんばる必要があるのです。でも、そのために心をしっかり動かすためには、なかなかきついことだし、疲れるし、というので、逃げてしまうげんちゃんなのです。昔から、ちょっとでもめんどくさい、と思えることはことごとく、気持ちが抜け出してしまうげんちゃんです。そして抜け出してしまえば、記憶さえもあやうい・・・プラスへむかうどころか、自分が落ちて行ってることさえ認識できないでいる。

 でも、マインドマップが旬と感じて、勉強そっちのけで、毎日取り組み続け、その中でげんちゃんが、登って行っている感触が出てきました。
 げんちゃんが、マインドマップから、手伝ってもらいながら書いた作文は、日々、どんどん前向きなエネルギーが加わってきました。

げんちゃんが、学校の一日をふり帰った作文

社会、英語、体育では、ちゃんとしないと、と思った。だから、振り返った時、すっと言葉が出た。よく思い出すことができた。授業の風景が浮かんだ。国語と数学はいまいちわからなかった。
わからないときは、ふーってぬけていく感じがする。
だから勉強をすることができない。振り返りをしても、授業の風景が浮かんでこない。学校の先生の話も内容まではわからない。
振り返りがきちんとできた時は、 「きちんとする。」と思った時だ。
この気持ちを持てばできる。失敗もしなくなるし、できることも増えて、自信がつく。

そしてまた二日後 マインドマップで、少しずつたどたどしく、こちらでつなげながら・・・

朝は残念だった。おきれなかったから。
原因は昨夜ゆっくりしすぎたことだと思う。
やるべきことをさっさとやればよかった。
僕は、今日、学校で、問題を読むということを心掛けた。(実は、英語のドリルは、読まずに、適当に答えを書いていたことが発覚し、前日指導!)
いつもより授業がわかったように思う。
家庭科の時間、刺し子を作ろうとしたけれど、わからず、黒板の説明を読んでなんとかしようとした。しかし難しく、困っていたらR君が教えてくれた。わからなかったけれどうれしかった。頑張ろうとすると誰かが見ていてくれる。がんばることは大事だと思う。
ほかの授業でも気持ちが入ってきている。気持ちがはいればできる。

また今日、げんちゃんは、今までにない前向きな目をして、前向きな発言をして、K先生を感動させたのだとか。私が夜家に帰った時も、一人で、苦手なリコーダーの練習をしていてびっくりしました。


 げんちゃんは、今自分の心を見つめるときなんでしょうね。そして、やっと手を貸すと見つめられるようになってきたようです。ただぼ~っと目の前におこる事象を見るともなしにたたずむ、というのではなく、心でつかもうとして見る。そういう心の働きが動き始めているのでしょうか。・・・逃げ込むところを封鎖して、コツコツと下から支え続け・・・あともうひとふんばり!
光明が見えてきたのでしょうか・・・・

そうだったらいいな~と思います。


 

by glow-gen | 2019-03-20 00:45 | 思春期 | Comments(8)

マインドマップの旬が来た。心のセルフコントロールに向けて

 
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 げんちゃんは、あるところを行ったり来たり、自己葛藤の中を生きているようですが、止まっているわけではなく、内部で発酵するように、いろんなところが成長しているようです。
 自分の心を言葉にするのも苦手なので、すぐにこっちが把握できるわけではありません。でも、久しぶりに、げんちゃんの気持ちをマインドマップを使って吐き出させてみました。

 その日は一日中、学校でクラスマッチがあったようです。とても寒く、外にい続けるのはとてもつらかったようです。げんちゃんは、疲れ果てたようで、そのあと続いて野球教室に行ったけれど、もぬけの殻のようで、自分の打順も、練習の意図もさっぱりつかまず、ぼけ~っとすごしていました。

 まあ、普通の子でも、疲れてやる気のないモードになることはあるだろうけど、ここまで抜けることはないよな~、とあきれました。

マインドマップの真ん中に、クラスマッチと書いて、少しずつ聞き出します。
G「寒かったんだ。」
「そうね~。ほんと今日は寒かったね。一日中グランドだったんだね。」
G「そうだよ~!家庭科室の横に行った。」
「え?なんで?」
G「普通クラスの子の真似をしたんだよ。」
「はあ? 寒くて家庭科室に入ったの?」
G「違うよ。外だよ!」
「はあ? 家庭科室の陰に入ったの?風よけに。クラスの子がそうするのを見て、げんちゃんも真似したの?」
G「そうだよ。」
「へ~。やるじゃん。優勝したんだって?」
G「そう。あ!女子に、雑魚って言ってた。」
「ん? つまり、男子は優勝して、女子はできなかったから、男子が女子にザコって言ったの?」
G「そう。へんなこと言うよね~。笑」
「ほんとに。ひどいこと言うね。げんちゃんも言ったの?」
G「言わないよ。」
「だよね。げんちゃんしゃべんないもんね。昨日はしゃべった?」
G「いや~っ。」
「バレーのサーブ入ったの?」
G「うん。いや~。入らなかったかな。風が強かったから。」
「流されちゃったの?惜しかったね。」
G「あ~、そうそう、先生がみんなに怒られてた。」
「○○先生? なんで?」
G「宿題を出さないって、聞いていたのに、突然明日自学を出すって言ったから。・・・じじい死ね~。とか言われてた。」(やれやれ、先生たいへん)
「え~ひどい!」
G「で、先生が、しかたないな。じゃあ今日は宿題なしだよ。って最後は言った。」

マインドマップは時々していましたが、久々にやってみると、最初は、乗り気じゃなさそうに重たい口でしたが、途中からどんどん出てきます。こちらが引き出してやらないといけないけれど、きっかけを作ると、楽しそうに出てくるのでびっくりしました。こんなところも進歩しているんだな。と思いました。

つまり、なんでもぶつ切りのげんちゃんですが、点でとらえたものをつなげる力も上がってきているということでしょう。

私が合いの手を入れて、必要とあらば、つなげてあげる。直感的に、マインドマップは今が旬と感じました。そのあと、出てきた素材をつなげて、私が作文を作ってあげました。今までは、最初から作文を書かせたりして、大変時間がかかってしまうことが多かったのですが、マインドマップで出力させることをメインにして、それをこっちが文につなげて、それをげんちゃんが聞きながら書き、読ませる、というのは、ストレスなく、作文練習になり、また、自分の心を自分で整理することにもなる、と思いました。

さっそく、K先生に翌日から取り組んでもらい、支援の先生にも作ったマインドマップも見せて、今こそ、心を出力するのに期が熟している、とお伝えしました。

4月はじめ、支援の先生が、この子は、自分の簡単な自己紹介、(名前以外のちょっとしたスピーチ)さえできない、自分の気持ちをぜんぜん言えない、と心配していたことを思い出します。成長しているな、と感じます。

また、K先生のマインドマップでは、普通クラスの子と話さないのは、自分ができないことが多いので、話すのがこわい、と感じていることもわかりました。平然としているげんちゃんですが、心の底をのぞけば、普通クラスに友達なんていらない、とは、思っていないようです。

マインドマップを毎日毎日やることで、げんちゃんのもんもんとしたステージは、少し抜け出しやすくなるといいな~と思います。




by glow-gen | 2019-03-15 19:23 | 発音障害、言葉が出ない | Comments(9)

発達障害、本丸決戦か・・・

 さて、いろんな能力があがっているだけに、げんちゃんの本質的な問題があぶりだされてくるようです。

げんちゃんの朝は、ほんとに戦いです。夜10時に寝ているのに、7時に起こすことはほんとに大変です。7時前から起こし始めて、7時30分に起きればましな方で、毎朝、私はくたくたぼろぼろです。

なんとか起きてきたげんちゃんに、
「ねえ、げんちゃん、靴下そこにおいてあるのを使ってね。」
と言いました。
うん、と返事したのに、しばらく見ていたら、げんちゃんは、引き出しから新しい靴下を出して持ってきました。

 やれやれ、また、聞いていない・・・・そうです。げんちゃんは、いまだにこういうことが日常茶飯事。どんなことにしても、聞いて理解したと思ったらとんでもない、そんなことのオンパレードです。なまじ、しっかり聞いているように見えるだけに、深刻です。

げんちゃんは、学生服を着始めます。先にズボンをはいて、きっちりベルトを締めます。それから、おもむろに、トップスを着ます。見ていると、トップスの下をズボンに入れるため、きっちりしめたベルトをまた外し始めます。

なんてこった!  これはもう4月から同じことが続いています。

先にトップスを着れば、ズボンのチャックもベルトも、一回でうまいことセッティングできるというのに、何度言っても、げんちゃんはこの手順に何の疑問も持たないようです。

「何やってんの。一度締めたベルトをまた外すの? 着る順番を考えたら、ベルトをしめるのは一回ですむでしょう。」

私はうんざりします。

 さらに、パジャマをたたんでチェストに入れる、という行為をいやいやながらします。これはもう何度も何度も繰り返しさせてきたので、言えばとりあえずやります。しかし、やりたくないという意思表示をしながら、めちゃくちゃにやって、私が見ていなければ、チェストに押し込むだけ、ということになります。

「きちんと始末しないと、部屋にまき散らしたら、みんな迷惑だよ。」
「また着るんだから別にいいじゃん。」

横柄な態度で開き直る。

 つまり何が言いたいか、って、げんちゃんは、何事もできないわけではなく、そこに価値感をおかなければ、「また着るんだから、別にいいじゃん!」
というふてぶてしさで、まったくやろうとしないわけです。自分が価値をそこにおかなければ、気持ちを入れることを完全放棄する、ということなのです。

寝巻のことはほんの一部で、たいしたことじゃないかもしれませんが、この発想法が、すべてにわたって支配するのです。

 ”必要ない”、なんて、とんでもない! 普通の社会で必要なたくさんのことも、げんちゃんは、独自の世界観で必要ない、と決める。

普通のお子さんなら、やりたくないな~。自分的には価値が薄いな~と思うことでも、まわりを見て、必要なことだと気づけば、しぶしぶでも、それなりの行動に出ることでしょう。
しかし、発達障害で、しかも、鈍感力が半端ないげんちゃんの場合、”必要ない”、”いやだ”、”めんどくさい”、というフィルターがかかってしまったことは、どこまでいっても、気持ちなど入れない。
 気持ちを入れないから、驚くような低いパフォーマンスでいってしまうのです。

 英語だって、数学だって、学習という名のものなら、昔からフィルターかけっぱなしなので、脳の回路はめったに開きません。

 でも、価値を認識した、または、好きだと思った絵画やピアノは、当然のごとく、さっさと開花させる。能力が一気にのびたわけではなくて、フィルターをはずしただけ、なんだと思います。別に開花したわけでもなくて、そこに価値をおいたから、当然出てくる・・・・そういうことなんだと思います。


逆に、逃げ場を作って、
「こんなもん、する必要ないさ。」とか、「無理だよ。」
とか、勝手に決めてしまったものは、なかなかフィルターはとれません。いくら、テストで必要だから、とか、いろいろ理由付けしてみても、わがままなげんちゃんの脳の回路はシャットアウトしたままです。普通の子だってそういう部分はあるものの、げんちゃんは、自分で気づいてない深いところでそれをやってしまう。


げんちゃんが、独自の世界観でフィルター掛けがなされたものは、ほんとに手ごわいです。

 昨日2年生の七田の算数をさせてみたら、え? というできなさでびっくりしました。これがこの子の実力?、とつい思ってしまいますが、能力とは別のところの原因だと思っています。

 彼が作ったわがままなフィルターををはずすことができれば、絵画のような出力がなされると信じます。たくさんの、血のにじむような取り組みのもと、もうほとんどの能力はある程度スタンバイできたのです。

 げんちゃんの障害を、知能指数で表すのは違うように感じます。フィルターをかけていたので、すっかりさびついている能力もあるものの、心のフィルターをとることができれば、IQさえうそのように伸びる。

絵画がいい証拠・・・・

 しかし、おいそれと、フィルターがとれるわけでもなくて、本人のずるがしこさだけ、成長させているようです。Sさんのクライアントの中でも、群を抜いて、動かない心・・・・そんな感じなんじゃないかな、と思います。Sさんが、重症の意識障害という意味がよくわかる・・・

 先日、支援学校に行っているT君が家に来た時に、げんちゃんとは本質が違うと感じました。彼は、何事も気持ちは入れている。学習にしても、生活のことにしても、それらが必要なことも、素直に受け入れているし、努力することが当たり前と思っています。でも、いろんな脳力がそなわっていないので、なかなかできないのです。

 T君は、今まで私がげんちゃんにしてきた多くのトレーニングさえすれば、伸びていく。そう感じました。げんちゃんより、彼を伸ばす方がきっと建設的でストレスが少ないだろうな、と思いました。

 気持ちを入れればできるようになるのに、一切シャットアウトして、ずるく逃げる心の状態、あるいは意識の状態。これぞまさに、げんちゃんの本質的な問題で、大きな壁となって私たちの前に立ちはだかっています。
 げんちゃんは、知的障害ではなく、精神障害だということが、ひしひしと感じられる日々です。

 げんちゃんが、ひどく心を動かさない、と決めてしまった日は、げんちゃんの目は、まるで、精神疾患者が、薬でぼ~っとしているような目に見えます。たとえば、自分のまわりに蚊が飛び交っていて、足や手をかまれそうなのに、目の前の小さな視野に、蚊が飛び込んできた時だけ、突然げんちゃんは目がさめてぱちんとたたく。でも、蚊がまた視野から消えれば、蚊などまったくいないかのごとく心に幕をおろす。

げんちゃんは、そういう感じです。

 蚊を追えないのではなく、認識しようとしない・・・・げんちゃんのトラブルの本質は、なんとも恐ろしいな~と思います。そしてこの部分さえ、改善できれば、げんちゃんは、真っ黒いカードがドミノ式に全部ひっくりかえって白にかわるように、大きな成長を遂げるのではないか、と感じます。

Sさんによると、げんちゃんの根底にある、”逃げ”の心が、マイナスに流れる心が、わがままなスイッチを作っているそうです。




by glow-gen | 2019-03-14 17:47 | 意識のこと | Comments(4)

発達障害の思春期は薬漬け?

  げんちゃん育児をしてきて、たくさんの苦労はありますが、思春期の苦労というのは、けっこう大変だな、と思います。
昔は、ほとほと何もできないげんちゃんを見て、発達障害とは、知的な遅れ・・・つまり、俗に言う、頭が悪いくらいに思っていたのですが、そうではなくて、精神の障害なんだな~と認識させられています。

 子供の性格にもよるのでしょうが、げんちゃんのように、自分の好き勝手な世界観でまわりを見て、感謝の気持ちもよくわからない、自分の立ち位置もあまりよくわかっていない、そのくせ、自分の都合の良い解釈で横柄な態度になる。ほんとやれやれです。
 普通のお子さんでも、思春期は大変なのに、まわりが見えない、感じることができない。感じても、捨て去る。こういうマイナスがくっついているげんちゃんは、時々、モンスターみたいです。

てなことを、年上の発達にかかわるお仕事をされている友達にぼやくと、ちょっと衝撃的なことを言われました。

「そうですよね~。発達障害のお子さんは、思春期あばれたり、とんでもない言動に困ることが多くて、ほとんどのお子さんが、どんどん薬が増えてくるんですよ。」

え?薬・・・彼女は、佐賀県でお仕事をされている方で、佐賀県は、早期に発達障害のお子さんに薬を使うらしく、彼女はそれに、疑問を感じているそうです。

 薬なんて、考えたこともなかったので、ほんとにびっくりしました。でも、確かに、一般的になされるように、基準を落としまくる教育・・・
 社会的モラルさえ、基準を落として育てる教育をほどこしていくと、発達障害のお子さんは、自我の爆発する思春期になって、薬をがんがん飲ませないといけないくらい、大荒れする子もたくさんいる、ってことなんでしょうか。

わたしの周りの発達障害のママ友には、薬の使用を育児の中心に据えているようなタイプはいないので、そういうスタンダードがあることに、ちょっとびっくりしてしまいました。

いや、もしかしたら、私がやってきたことの方が少数派なのでしょうか・・・・

でも、もう一人の友人の発達ママも、ある親の会に参加したら、グループラインは、いつも薬の話題で、どの薬がどう効いた・・・・そのようなことばっかりで、ついていけなかった、と言っていました。

この話は、私にとって衝撃的だったのですが、考えてみれば、発達障害が精神障害なのであれば、薬も当然なのかもしれませんよね。

 だって、日本では、精神疾患の主な治療法は、薬物療法ですからね。精神科や心療内科にかかる人の多くは、ほとんどが薬にたよっています。病気によって薬で緩解する方もいるとは思いますが、私が医療現場で見る限りでは、薬漬けで、精神疾患からさっさと抜け出てくる人を見たことがありません。真の原因療法でないかぎり、薬は、せいぜい対症療法で、なかなか完治には結びつかないと感じます。

今までの日本の精神医療が、精神疾患に大きな成果をあげていないことを、私は見てきました。

 それゆえに、医療に過剰な期待はないのです。私は、薬で発達障害が治るとは思わなかったし、それによる、弊害の方が気になったので、薬を飲ませようと考えたことがありませんでしたが、世の中は、いかに、薬で発達障害を改善させよう、もしくは、まわりにかける迷惑を減らそうとしているのだな、ということを知りました。
 逆に、げんちゃんの発達障害がわかった時に、一番縁のないのは病院だな、とさえ思った私でしたから、私の常識は、一般からすれば、ずいぶんずれていたのかもしれませんね~。

 多くの、薬を増やしている発達のお子さんのことを思うと、げんちゃんは、これでもましな思春期を乗り越えようとしているのかもしれませんね。
上がったり下がったりと振り回されて、私一人では、なかなか対処できていませんから、私は、偉そうなことはまったく言えません。

S先生は、発達のお子さんだけではなく、独自の方法で、パニック障害など、多くのクライアントさんを治した経験を持つようです。薬の話をすると、そもそも、医学界は、精神疾患の本当の原因をわかっちゃいないからな~・・・薬を使うくらいしかできないんだよね。と、ため息交じりにつぶやきます。

医療現場にいる私もついうなづいてしまいます。げんちゃんを病院に連れて行くのなんて、時間の無駄とさえ、平気で思っているふしがあります。・・・就学時診断名をもらうときだけ、とりあえず、お医者様の力を借りましたけど。

もちろん、独自にいろいろ取り組んで成果をあげている医療機関もあると思いますから、すべてではありません。また、改善を中心にすえて、薬も上手に使うママも知っていますから、それは上手にやってるな~と思います。薬を徹底非難するわけではなく、薬こそ、発達の改善法だ、という考え方には違和感を覚えます。

でもとにかく、発達障害の思春期、大変な思いをしている発達ママたちにエールを送りたい気持ちになりました。







by glow-gen | 2019-03-07 20:11 | Comments(5)

発達障害のわが子を褒める時、とくに思春期?

  「ほめること」、がげんちゃんの弊害になる、と前回のブログで書いたのですが、私も、最初は、よくわかっていなくて混乱していました。
でも、最近少しわかるようになってきました。

 たとえば、げんちゃんは、最近、トルコ行進曲をざっくり全部弾けるようになりました。それは、私もうれしいし、ちょっとした達成感があります。でも、よくよく考えれば、ざっくり弾ける、というところまで、1年もかかったわけで、普通の子なら半年もいらないかもしれません。
 でも、私たちは、げんちゃんが、あまりに何にもできなかった子なので、
「すご~い。そんな曲、普通クラスの子だって、そうそう弾けないよ。」
なんて、感動をこめて言ってしまうのです。

 私たちの心の中には、げんちゃんは、普通の子のようにはいかないけれど、げんちゃんにしては上出来だよ。という気持ちがあります。もし、知的な障害のない全盲の子がいて、1年かけてなんとか弾いた、ということになれば、その子は、同じようにほめられても、「普通に目の見える子は、すぐに弾けるかもしれないけれど、なんとか、1年かかって弾けるとこまできたんだな。」と、前提条件を入れて、受け取るんではないか、と思います。

だから、なんの前提もなく、ただ、すごいね~、とほめればいいのです。

しかし、げんちゃんにそのようなほめ方をすると、げんちゃんは、素直に、ぼくは、普通の子と同じような条件でできている、ほめられる以上、そうなんだ、と疑問なしに思い込むようなのです。

発達障害のお子さんでも、自分の立ち位置をしっかりつかめているお子さんなら、ぜんぜん、配慮なしに、ほめてもいいのかもしれません。

しかし、自分の立ち位置を把握することがとても苦手な子だったら、前提なしのほめ方は危ないというわけです。

知り合いに、6年生になるかいじくん(仮名)という発達障害のお子さんがいます。その子は、げんちゃんより、まだまだ幼い感じのお子さんですが、彼はよく、お友達と衝突します。

そんな時、家族に、お友達が悪い! という風に怒って話すそうです。彼をよく見ていると、支援クラスで、いろいろサポートしながら交流級に行っているのですが、どうも、自分は、その子たちと対等という立場でいるようです。
あらゆる場面で、級友にサポートされてなんぼのもんなのですが、まるで、そういうことは眼中にないようです。

そろそろ思春期に入り、立ち位置がシビアに求められてくる時期に入ろうかとしているのに、いまだに、周囲の大人たちは、かいじ君に対して、幼児に言うようにほめたり叱ったりしていました。

「かいじ、すご~い、できたやん!」

これでは、かいじくんは、自分の立ち位置をなかなかつかめません。

げんちゃんのことで、ピアノの先生におもしろいことを聞きました。

音符を書いたりする記述の宿題があるのですが、げんちゃんはやらない時も多いので叱ると、翌回はしてくるそうです。しかし、そこで、ほめると、次の回はやってこないそうです。

なるほどね~と思います。

こういう場合のほめ方も、

「ちゃんとできるじゃない。げんちゃんやればできるんだよ~。よくがんばった。でもね、一回くらいやってきたって、普通の子と同じではないよ。普通のお友達は、毎回ちゃんとやってくるよ。げんちゃんも、毎回ちゃんとできないとね。」

そして、前回のリズムうちも、こうほめればよかったかもしれません。

「ちゃんとできたね~。普通は、小学校2~3年生になればできるようになるんだけど、げんちゃんは、中1でやっとできるようになったね。げんちゃんだって、がんばれば、少しおそいけれど、ちゃんとできるようになるんだよね。ほかのことも同じだよ。普通より遅いけど、がんばればできてくる。」


げんちゃんがしっかり普通の世界でも、がんばってやっていけるようになることを目指している限り、基準は、普通の基準である、ということなのでしょう。

そのことを自分でつかめないかぎり、基準のない無責任なほめ方はとても危険であるということなのでしょうね。


また、できているのに、自分を過少に評価してしまい、自信が出ないという子にも、基準をしっかり与えてほめれば、自分の立ち位置がわかるのかもしれませんね~・・・


とにかく、ほめる育児というのは、間違いではないけれど、ただ、もちあげて無責任にほめる、というのではなく、その子ががんばったことを認めてあげて、次の目標を据えられるようなほめ方が大事なんだと思います。

まあ、げんちゃんを育てていなければ、そういうことも、掘り下げて考えることはなかったでしょうね~。


当のげんちゃんは、あいかわらず、発酵中なのかもしれません。
中一が終わりに近づいて、振り返れば、やはり、相当伸びたことは確かなようです。それに見合う心の成長がぐんとおこることを期待したいです。


by glow-gen | 2019-03-04 13:26 | ほめるということ | Comments(10)

発達障害、やみくもにほめる育児は危ないこともある。

ほめる育児・・・というのは、推奨される育児のもっとも代表格だと思います。
がしかし、発達障害のわが子げんちゃんの場合、今は、それが恐ろしい結果を生みます。

いや、たぶん、発達障害のお子さんの場合、やみくもに褒める育児はほんとに危険だな、と、発達育児をやってきてつくづく思うようになりました。

最近げんちゃんは、いろんなことに気持ちを入れることができるようになっています。だから、良いパフォーマンスも出て、ときに目を見張る成長を見せるときがあります。
その顕著な例はお絵かき教室、ピアノ教室です。

この二つは、彼の中では二大好きなことになってきたようで、さかな君ほどの食いつき方はできないものの、それなりの気持ちの入れ方ができるようで、先生方にとっては、レッスンの中で、一度くらいはほめることが出現するようです。

お絵かき教室では、
「色の使い方がいいね。」
まあ、そんな感じでほめてくださるのかもしれません。今日は、ピアノレッスンに数十分つきあったのですが、符を見て、リズムを打つ宿題がみごとにこなせて、
「お~、すごいじゃん。お母さん、すごくないですか。メトロノームにもあってる!」
先生が嬉しそうに言いました。

なんせ、今までは、なんでこんなにできないの?というくらい、どんくさいリズムうちだったので、私も、思わずほめてしまいました。
ピアノの前にあった体操でも、げんちゃんは、ほめられた。

ところが、こういうことがあったあとは、ほんとにがらがらと落ちます。
家に帰って、学習をしたのですが、たいしてやってもないのに、完全抜きまくり、しかも、荷物をぐちゃぐちゃにぶちまけていたり、CDをがんがんかけたままおばあちゃんのところに出かけていたり、まあなんというか、ここまで抜くか、というご乱行でした。

「げんちゃん、こういうのおかしいよね・・K先生に写真撮って送りますね。」
私は、がみがみ言いたくないので、実力行使。

私がそういうと、怒って、スマホを取り上げて投げました。
「うるさい!やめろ!べつにいいじゃん!」
「あ、そう。いいことなら、先生に送っても別にはずかしいことじゃないからいいでしょ。」
そう平然と言うと、私は、顔色一つかえず、さっさとまたスマホをとって送ります。
げんちゃんは、普通の分別のある子のように、やたらいっちょまえです。
「わかったよ!」
そう、たんかを切ると、あろうことか、夜自転車でプチ家出しました。やれやれ。あほか・・・
 しばらくして帰ってきても、ふてぶてしい。
「なにやっとんの。」
私は、家の外でほっとこうかと思ったけど、とりあえず入れて、しらっとした顔で、さらにたたみかけて、その日やらかしている、相当あほなとんちんかんな行動を、静かに一つ一つ説明しました。まあ、いちいち書きませんが、普通のお子さんなら絶対にしないような、ずれた行動がこの日もてんこもり。(そっち行ったついでにいっしょにやってくれば、一回で終わるのに、・・・とか、まあそういう、整合性のない行動のたぐいです。)

自分は、できてるんだ、くらいに思いあがっているげんちゃんには、たんたんと自分の現実をつきつけてあげなくては、上ったまんまになります。l
まあ、こういう格闘を続けて、げんちゃんは、少し勢いが減退し、自分のわがままベクトルが通用しないということを、しぶしぶ認めるところに追い込まれたようです。

まったくもう、反抗期が少し落ち着いたと思ったら、ほめられるとぶりかえす、そんな感じです。

どうも、100ちゃんとできないことがあって、そのうちの一つがちょっとよくなったよ、と褒めてるだけなのに、げんちゃんは、自分のすべてが肯定された・・・そんな風に感じるようです。
絵の先生、ピアノの先生、体操の先生、みんなおれを認めてくれるだろう。おかしいのはお母さんだぜ・・・

どうもこういうメンタルに、すぐに陥ってしまうようです。コツコツと、彼のずれた行動を修正し、自分の立ち位置をしっかりつかむように指導してきているのに、肯定感むき出しで褒められたりすると、すぐに昇り詰める。そのたびに、また一からこつこつ、それを引き下ろす・・・・ほんと、今は、お願いだからほめないで・・・そんな感じです。

そういえば、実家に帰った時、私が、コツコツと指導している横で、母が、
「げんちゃん、大丈夫だよ~。お母さんはそんなこと言うけど、げんちゃんは、よくがんばってるよ~・・・。お母さんの言うことは気にしなくていいから。」

と無責任に声をかけ、そのあと、高慢のきわみに駆け上りましたもんね~・・・

普通の子なら、そこまで勘違いしないのに、世間は俺を認めてくれてる・・・なんか、そこまで行くか、って感じです。

ピアノの先生は、もともと厳しいので、しっかり電話でわけを説明し、協力してもらうようにお願いしました。でも、絵画の先生は、そこまでの連帯感は結んでないし、無理かな、と思ったので、
先週は休ませました。今、それをされると、あともうちょっとというとこで、がらがらとくずれそうな感じです。

げんちゃんと日々長く接している私たち家族、姑、支援の先生をはじめ、K先生やS先生は、実感として、なんとなくわかるのですが、週一くらいの接し方だと、げんちゃん特有のあやうさがわからず、どうしても、伸びてるところ一点を見て、ごく普通にほめて、げんちゃんをのぼせさせてしまう。

たぶん、障害児という目で、つい見ている先生も同じことをしてしまいがちなんでしょうね~。この子たちを指導するには、ほんとに、高い指導力がいる、ほんとにそう思います。とりあえず、何かが教えられるから、という理由だけで、安易に先生を選べないところがありますよね~。

もちろん、その子その子で、合う先生のタイプも違います。げんちゃんは、”どんな時でもほめて伸ばす・・的先生”は、はタブーです。もちろん、ぜんぜんオーケーの子もいますけどね~・・・

メンタルがほとほと鈍感で強いげんちゃんは、もうしばらくは、できたことがあっても、軽く流してほしい。
突き抜けたら、メタ認知できるようになったら、ほめられても、けなされても、黙々とがんばれる子になることを期待してます。

追記
 子供さんがまだ幼く、とにかく、ほめてのせて、いろんな能力を伸ばす時期は、ほめることはそう危険じゃないと思いますし、自信がなくて、引きこもるようなお子さんも、できたとこをしっかりほめるのはいいと思います。
 タイプの見極め、これは大切です。

次の記事に続く・・・


by glow-gen | 2019-03-03 01:33 | ほめるということ | Comments(7)



中学2年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
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中学2年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学2年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて8年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
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