げんちゃんの発達障害プロジェクト

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げんちゃんタイプは、ここで、みんなで一気に圧をかける・・・・らしい。

  げんちゃんの横柄さがあまりにも際立っていたので、とうとう、真昼間、家から追い出してしまいました。
水筒と帽子をおしつけて、しばらく帰ってこなくていいから!
 1時間くらいどこをほっつき歩いていたのかわかりませんが、最後はおばあちゃんとこに行ったみたいです。おばあちゃんにも、根回ししていたので、帰されてきて

「ただいま~。」
何の悪びれる風でもないので、
「何してんの! あなた、なんで外に追い出されたかわかってるの? 今まで何考えてたの?」
私も、かなり強い口調です。
「え~?別に、何にも~・・・」
はあ? てめえには、心ってものはないのか?
タイムリーに、S先生が来ていたので、ちょっと座りなさい・・・とばかりに、さんざんしごかれたげんちゃん。自分のおかしさを、ふたりに、こんこんとさとされ、ある時は、S先生が、すごい剣幕でしかりとばしました。
 S先生は、ほんとに、計算されています。私が言うと、援護射撃のように、トーンを落として、一言合いの手を入れたり、また彼が言うと、私がそれに付け加えたり、げんちゃんは、S先生に正座させられ、(正座ってのも、場合によっては、とても効果があるそうです。)
最初は、ふてぶてしかったのが、少しは神妙な顔をしてます。それでも、泣き崩れるわけでもなく、ほんと、げんちゃんって、どこまで強いのかね~。

S先生があきれるくらいだから・・・・

 すごく厳しすぎるように思われるかもしれませんが、とにかく、手を抜かず、ここは、しっかり圧をかけなくてはいけない、というのは、S先生、私、意見の相違はありません。
げんちゃんは、今、暗いトンネルの中を、行ったり来たりして、あともう一歩がんばれば、光の中に飛び出すのに、それを行きおしみしているのだそうです。私は、直感的に、ここは圧をゆるめてはいけない、と感じましたが、S先生は、それを的確に言葉にしてくれました。

意識が出てきて、やっと、自分というものをとらえだした結果、自分自信を前面に押し出したい、という強い思いが出てきて、感情にふりまわされている・・・らしいです。意識と感情のせめぎあいで、ことごとく、感情が勝利、というところでしょう。ここで、感情になだれ込んでしまうと、低きに安住してしまうから、今は、絶対に圧を弱めたらだめだ。

げんちゃんの場合、少しでも、安全地帯を見つけると、迷うことなく、そこに入り込み、絶対に出てこない。彼の場合、ぎゅうぎゅうに圧をかけて、とにかく、光に押し出さなければならない!
今は、境界線をくずしてしまう甘い大人は、いない方がいい。とにかく、全員力を合わせて、げんちゃんを押し上げる。

S先生のアドバイスは、すぐに納得できました。聞くまでもなく、私は、手を緩める気はありません。
ほんと、私としては、ちょっと泣けよ! かわいくな~い! 感情があるのか、おまえは・・・

1時間くらい格闘して、K先生の学習の時間が来たので、彼は、遅れて行きました。
もう、こっちからの報告は彼女に行ってます。あとはよろしく・・・てな感じです。K先生は、了解済み。勉強はそっちのけで、もう一度、げんちゃんにいろんな形で圧をかけます。しかるわけではありません。今度は、静かに、しっかりたくさんの方向から、げんちゃんがどうすべきなのか、自分はどうしたいのか・・・・しっかり指導しました。

「あなた、どうするの?もう中学校1年生だよ。今は、お母さんをはじめ、周りの人たちが、あなたを助けてくれているけど、中学出たら、そうはいかないよ。自分で歩いていくんだよ。それができなければ、福祉のお世話になって生きていくんだよ。お母さんやお父さんみたいに、自分で働いて、ちゃんと生活して、なんてできないよ。わかってる?・・・・せっかく、がんばってきたのに、ばからしいじゃない。・・・げんちゃんは、もう、できる力をつけているんだよ。好き勝手やってる場合じゃないでしょ。 え?」

きれいごとは、だれも言いません。もう、げんちゃんは、今までの場所にいてはいけない。ということを、真剣にわからせます。

まあ、こんな風だから、勉強なんて、ここ1週間、ほとんど進みませんよね~。まだ、宿題終われないから~。


さて、昨日の今日、S先生は

「昨日はよかったね。たまたま、ママと私が一緒に、彼にかわるがわる圧をかけられたからね。今は、とにかく、みんなで一気に圧をかけるのがいいんだよ。ちょうど、願った通りにできたね。」

と言いました。私も、K先生も半信半疑・・・・おそるおそる、K先生の個人指導に行かせました。

げんちゃんは、昨日S先生の前では、なんか、わかったのかわからなかったのか・・・・というような表情でしたが、なんと、今日は、すっきりしたようになって、彼にしては、朝から抜群の集中力でした。
しかも、嫌いな数学を積極的にやったそうです。途中K先生から電話がかかってきました。

「げんちゃん、話していると、自分から、お母さんにきちんと謝りたい、と言うんです。だから電話しました。」

ほう!私は電話をかわりました。”キチントアヤマリタイ!” なんて、かつて聞いたこともないセリフ・・・
「あの・・・ごめんなさい。」
「ほう!君は、何をあやまっているのかわかっているのかしら?」
「はいはい、わかったわかった、とか言ったから。」
「ん?それだけ・・・・?」
それから、また、追い出された時のことを最初から検証してみました。少しずれていたとこもあったけど、あ~、そこそこ納得したんだ、とわかりました。
「あのね、考えられるのに、考えようとしなかったよね。その感覚わかる?」
「あ、うん。めんどくさかったから・・・」
「だよね。意識入れる感覚わかるんでしょ。」
「あ~。少し。思うってことでしょ。」
「ほう! そうだよ、思うこと。今まで思わなかったよね。なんでもめんどくさいから、思うってことを捨ててたよね。でも、できるでしょ。」
「うん。まあ・・・ちょっとは・・・」
「げんちゃん、あなたは、今までのげんちゃんじゃないんだよ。もう、できるの。ちゃんと考えられるようになってるの。だけど、考えない、すぐに、昔のげんちゃんに逃げるでしょ。だから、叱ったの。
外に出されても、考えるのがめんどくさかったんでしょ。普通じゃないよ。普通はなんで、追い出されたのか、一生懸命考えるわけ・・・思うの! それが、正常な人間!」
「うん。」
「うんじゃない。わかったとか、うんとかじゃなくて、自分の言葉でしゃべって!」

まあ、こんな風に、しっかりだめおしです。

今日は、ことごとく、上がったな、と感じました。こういう日は、勉強はそこそこ・・・ちょっと気分転換。げんちゃんを、車で5分のゴルフの打ちっぱなしに、連れて行ってみました。
ほんと、アメとムチ・・・動と静・・・冷と温・・・・というか・・・・こっちも、体当たりです。

また、明日から、落ちるかもですが、ぴくっとした、新しい峰です。

追記
正座について、S先生が教えてくださいました。
ただ、正座して反省しなさい、とほっとくのも効果あるらしいですよ。感情の波がおさまったら、今度は自分を見つめようとして、意識が働きやすいのだとか・・・


by glow-gen | 2018-08-30 01:18 | 思春期 | Comments(11)

自己中炸裂、パパもびっくり

げんちゃんに勉強を教えていると、ほんとに疲弊することが多いです。せいぜい、夏休み帳くらいですが、それさえも、・・・
数学をやろうとしたとたん、とんでもないことをやってくるので、
「いやいや、そうじゃなくて・・・」
としゃべり始めるやいなや。
「あ~はいはい。わかったわかった!」
と私をせき止めて、今度は、さらにでたらめをはじめました。私に介入させないようにするのか、自分が上の立場でことを進めようと、マウンティングのようなことをしているのか、まあ、どちらとも正解でしょう。

あほらしくて、そのまま放置すれば、でたらめをやって、適当にノートを埋めて、よしとします。まあ、こういう態度、くもんでも炸裂したんでしょ。たぶん。

私は、ほんと疲れます。しばらく、こてんぱんにしてみますが、へともないようです。
パパがめずらしくやってきて、げんちゃんに言います。

「おまえなあ、いいかげんにしろよ。人に教えてもらわないとやってけないんだろ!」

端で公平に見てても、げんちゃんの横柄さは目にあまるようです。

あとから、パパが、言いました。

「ほんとげんちゃんって、ずるがしこいな! あれじゃ、教える人はみな、疲弊するよ。くもんの先生もよくがんばってくれたと思うよ。まともな人間なら、みな同じことするぜ。人を見て、狡猾に態度変えるし・・・」
「あら、たまにはいいこと言うわね。」

「それに、あいつ、ばかじゃないぜ、これだけずるがしこいことをするんだから。自分がいやなことは、上手にさけて、ずるがしこく立ち回って、好きなことだけをかいつまんでやってるんだよ。
その好きなことだって、浅いもんだよ。なんたって、頭使わないんだから。」

K先生も、
「げんちゃんを教えるには、ほんとメンタル強くないとできません。疲弊しますから。負けない強さがいります。」
と言います。もちろん私もそう思います。

「げんちゃんって、今の延長じゃ、社会になんて出られやしないわよね!」
とパパに言うと、パパはうなづきます。
「うん、そりゃ無理だよ。世間はそう甘くないから。」

確かに、無理だよね~。残りの夏休みは、作業所とか、そういうところの見学をしてもいいかもね、と思いました。ずるがしこいことばっかりして、誤魔化したり、ずるするとかいうことばかりにエネルギーを使いつづけるんだったら、やがて、社会から放り出されて、福祉のお世話になるしかありません。
だって、すでにできるとこに来ているのに、逃げるのならば、ちゃんとした大人にはなれいでしょう。


「げんちゃん、今度、近くの作業所の見学に行きましょうよ。あなたはどう思っているのか知りませんけど、今の状態じゃ、普通に学校行って、就職して、普通に働くなんて無理だと思いますよ。今の社会はありがたいことに、そういう人をちゃんと受け入れてくださるしくみがあるの。高校も、げんちゃんみたいな子を集めて教えてくれるところもあるし・・・
切り替えていきましょう。」
 先日会った支援学校の友達も、知り合いの作業所でがんばっている友だちのお子さんも、げんちゃんみたいな横柄さはないです。能力と人間性は別です。げんちゃんより、ずっと謙虚でした。
 そういうところでサポートしてもらうのだって、人間性は養わなければだめです。

ぼすっと、それだけ言うと、気持ちを切り替えることにしました。
 もちろん、あきらめているわけではなく、ヤツが、今のようなずるがしこい手づるに走っても、みんながなんとかしてくれる、なんていう甘い考えを封じ込めるために、みんないっしょに開き直る必要があるのです。ポーズだけでは、かれは、見抜いてきます。

「いやだ!がんばる。」
あいかわらず、そういうことを言ってきますが、行動の伴わないレスポンスは、オオカミ少年みたいに、空をまってます。
新しく加わって下さったユリ先生に対しても、なめています。K先生が本音を聞き出すと
「あの先生は、抜いていてもわからないから・・・・。」

そういうことを言っていたようです。一生懸命してくれる人に対して考えることではありません。とにかく、考えないですべてをやりこなそうとします。頭を使うことを、極力さけます。もちろん、勉強もします。しかし、それはあくまでも自分のスタイルでするだけで、絶対に変えたくはないのでしょう。

「別にいいよ。普通クラスに行ってほしいとか、そういうことは、別に期待しないから。ただね。人間としてちゃんとしたことをさせますよ。そこだけは、ちゃんとしつけます。そうしないと、作業所でもやっていけませんからね!将来犯罪者になったら、家族みんな迷惑です!」

ここまできつい言葉で、心を揺さぶっても、ほんのちょっとしか揺れない彼の心ですからしかたがない!
S先生いわく
「圧がかからないと、げんちゃんの心には入らない。危機感を感じたときだけ、心が動くんだ。」

げんちゃんは、相手を見て、態度を変える要領の良さも持っています。普通クラスでは、上手に自分を出さずに、おりこうにすることもできます。
でも、ここなら大丈夫と踏むと、感情優位の行動を出してきます。

げんちゃんは、私たちの中に、普通になってほしい。そのためには、何でもやってあげます・・・・っていう弱みを見ていることでしょう。その弱みがあるから、何でも許される。どこまでも伴走してくれる、そう思っているに違いありません。そういうところを感じ取る要領の良さだけは、彼はそなえています。


そこを突き崩さねばなりりません。
彼はすでに、新しく突き進む力を持っています。考える力もあります。今は甘えと逃げで、穴に逃げ込んでいるようなものです。

自分の心にある、ずるい心に、さよなら、って言うだけなのに。

さあ、どう出るんでしょうね。


ほんとに、げんちゃんという素材は、やっかいきわまりないです。


by glow-gen | 2018-08-27 20:33 | 思春期 | Comments(19)

思春期、自己中心的ということが、わからない。

くもんをやめさせられたことについて、げんちゃんはどう感じているのか。ということを書いておきたいと思います。普通のお子さんなら、ショックを受けるでしょう。げんちゃんのあるクラスメートなどは、6年生の時、担任に、ちょっと叱られただけで、しばらくの間、家でずいぶん気落ちしてしまって、保護者会の時に、お母さんが先生に相談したくらいでした。
 そういう子が、比較的繊細な方だとすると、げんちゃんはその対極にいるようです。

さんざん、くもんのことについて、おーげさに彼をいじっておりましたが・・・・
「そんなことだから、くもんをやめさせられたのよ!」

げんちゃんは、たいしてこたえている様子はなく、
「ぼくは、あまりどうも思わない。」
などと言っていました。げんちゃんに対して、私がもっとも違和感を覚える点は、こういうところで、普通の人が感じる普通の感情の欠落にぞっとします。
7月でやめさせられたわけですが、次のくもんの日に、彼は、平気で教室に行ってしまうのではないか、と心配になったくらいです。朝特に何も指示せずに、仕事に行ったら、げんちゃんは、くもんにはいかなかった様子だったので、それくらいの思慮深さは備えてたいたか、とほっとしました。

「行かないよ。わかってるよ。」
「でも、くもんをやめさせられても、別になんとも思わないのでしょ。」
と私
「いやあ、少しは気になるよ。」
しばらくすると、そう答えるようになりましたが、
「くもんの先生は、かなり、がんばってげんちゃんに教えてくださっていたよね。横について、マンツーマンで教えてくれたでしょ。ほかの子は、そんなことしたかしら?
一生懸命、げんちゃんのためにがんばってきたのに、げんちゃんときたら、とんでもない態度で、先生に失礼ばかりしていたでしょ。先生は、すっかりうんざりしてしまったのよ。

つまり、あんたは自己中! 人のことはどうでもいいんでしょ。」

このくもんの体験は、今の時期、げんちゃんにはタイムリーでした。なんせ、今まで、世間のシビアなしうち、ってものをまったく感じず、守られ、はぐくまれ来たげんちゃんは、そういうことは、すべて、当たり前、という横柄な考えを当然のごとく所持してしまっているのです。

自分のやりたいこと、自分中心の考えや感覚、それが、人生のすべて、というげんちゃんにとって、初めて体験する、世間のルールです。

何度も、いじって、K先生にもマインドマップを展開していただきました。げんちゃんは、くもんの件で、違和感を感じているものの、それを苦にしている様子はなく、例のごとく、受け流してしまおうとしていたようです。(やっぱりね~)でも、私やK先生から何度もいじられ、説明し、マインドマップで、本人も、心を整理した結果、やっと、
「僕は、ふざけすぎた。僕は、先生を友達と思ってしまった。」
なんていう、言葉が出てきました。
しかし、それも、意識の深い部分、感覚をともなった部分で、しっかり感じているのかどうか、は、ちょっと不明だと思っています。腑に落ちるというとこまでは、行ってないのかもしれません。
ほんとに、厄介なことです。

少しは、意識が出てきてはいますが、それゆえに、トップダウンでいろいろさせることもむつかしくなってきています。加えて、自分のやりたいことはやってみようかな、という行動が出ますが、やりたくないことは、やらないという身勝手も出現しています。自分は、成長したい、賢くなりたい、普通クラスに行きたい。そういう思いはあるものの、戦略はなく、ただそれは、夢想にすぎないレベルです。そこを現実化するために、自分は、何をがんばらなければならないか、自分の何を変えなくてはならないか・・・ということは、まだ目を向けません。

げんちゃんの鈍感さは、
「自分は、できないかもしれないけれど、努力はしている。」
と、勝手に自分を納得させるには十分で、ただやるポーズを作るだけでは、やっても意味がないということには、思い至らないようです。あいかわらず、何も考えずにだらだらとやる学習、ただ、なんかでっちあげていれば、勉強した気分になる・・・という自分の悪しきスタイルは、なおす気もないようです。

結局、夏休みは、かろうじて、数学以外の宿題をクリアした、と言う結果で終わっています。

それだって、みんなのサポートがあってこそのこと。パフォーマンスの悪いことを続けていたので、生活のすべてが中途半端に終わっています。

くつをそろえる、とか、カギをちゃんともとの場所におく、とか、先生にオーダーされたことを、家でちゃんとそろえる、とか、そういう小さなことも、まったく気をつけようとする気もないげんちゃん。まずは、そういうところを、しっかりしようと、と意識してみることからでしょ、と思いますが、今日も、カギをなくしました。

そのくせ、偉そうに上から目線だし、勘違いしまくっているし・・・・
いやほんと、これでぶっちぎるなら、もう私も、これ以上あなたにやってあげることはなさそうね・・・そんな感じです。
自分がやったことのつけは、自分で払う・・・そうやって、感じていくしかないのかもしれません。ところが、それさえも、まともに感じる力がないような気がするげんちゃん。今回のくもんのような経験は、もっとするべきなんじゃないか、と思います。

もう、あまり下駄をはかせてやって、まもってやるばかりでは、ダメな時期に入っているんだと思います。
私は、バトルしながらも、どこか、引いてます。2学期からの成績も、もう最悪になってしまっても仕方のないことだと思います。自分ではいあがってきてほしいと思うばかりです。意識が出てきたから、3歳の反抗期になったような感じなのかもしれませんね~・・・私としては、離れた距離をとりつつも、自分の好きなことだけ、自己中世界に行こうとするのは、しっかり、シャットアウトしています。いつまで、この中途半端な時期は続くのでしょうね。とんだ夏休みでした・・・

by glow-gen | 2018-08-27 00:58 | 思春期 | Comments(11)

発達障害の思春期の難しさ、くもんをやめさせられた 

  くもんのことを書きます。くもん教室での1年は、げんちゃんにたくさんの学びをもたらしました。さらに、私にも、大きな気づきを与えてくれました。

まず、くもんの先生は、げんちゃんを導こうと、多大な努力をしてくださいました。でも、生徒と友達になるようにして、生徒の気持ちの近くによりそい、指導していく、という彼女のやりかたは、げんちゃんには完全に失敗でした。

 入ってからすぐに、げんちゃんは、先生を大好きになりました。なんせ、先生は、げんちゃんの話をとても面白がって聞いてくれるので、げんちゃんは、くもんでは、自分の世界観に暴走していました。先生の顔を見ると、いきなりニタニタと顔をほころばせ、饒舌にしゃべります。たまには、知的な話もするげんちゃん。(たとえば、科学まんがから得たうんちくだとか、テレビのちょっとした博識な知識とか)先生も、相槌を打つ価値はあると思うこともあったでしょう。

勉強は、2年の内容から始めているのに、ぱっとせず、なかなかくもんのルールに従えず、子供さんが帰った時間帯では、マンツー指導もしてくださってました。
大好きな先生。自分の世界観を、全面的に許してくれる先生。厳しく指導しない先生。

彼にとって、好条件がそろってしまったくもん。げんちゃんは、先生の前では、まるでラリってしまったようなありさまだったようです。いつもにたにた。先生を見るなり、
好きな女友達を前にしたように、ちょっとした興奮状態に入ってしまいました。

発達障害の子は、自分の世界観の中に、ここちよくひたらせていると、だんだん暴走します。発達のお子さんの、自分の世界に入り込んでしまっている、意味のない会話は無視する。そして、ちゃんと、こっちの世界に降りてこさせて、意味のある会話をさせる。思考をさせる・・・・これが、指導の中心だと思っています。
しかし、くもんの先生は、そこを失敗してしまいました。

私やK先生だったら、
「それはいいから、こっちのことをしましょ!」
そう遮断される場面でも、延々とげんちゃんは自分の世界にひたれました。最初にそれをゆるしてしまったものだから、彼の中で、くもんの先生のポジションは決まってしまいました。決まってしまうと、なかなか書き換わりません。

発達障害の人が、ストーカーに陥ってしまった話を思い出しました。なんとなく想像できます。しっかり拒否されなければ、受け入れられている、と勘違いする・・・
初めは、そこまで拒否されてなくて、少し相手にしてくれた。そうすると、この子も、自分を受け入れてくれてるんだ、と勘違いする。勘違いすれば、それはなかなか書き換わらず、相手が、強い姿勢に出ても、まだわからない。

残念ですが、くもんの先生は、完全にげんちゃんのマイナス面を増幅してしまったようです。

はじめ、ホームスクールを頼んだことがありました。その時の様子は、カリキュラムのほとんどは進まず、話を聞けば、そこは、指導するとこでしょう、というところで、先生はにこにこ笑っていたようでした。

S先生は、
「そういう指導は、プラマイ0ではなく、完全マイナスだよ。」
と私に言っていましたが、こういうことだったのでしょう。

しかし、くもんの教材や計算問題など、彼に必要な内容も多く、先生自身も、あれこれ、ほんとにがんばってくださっていたので、やめさせるのは惜しく、続けさせていました。

結果的に、げんちゃんは、くもんで、ある程度学力を伸ばすことができました。しかし、Sさんが心配した問題は、結局、先生の方から結論を出すというところにいたったわけです。


こうやって分析してみると、納得です。それでも結論から言うと、やはり、くもんのおかげでいろんなところを伸ばしてもらいました。
そして、今回、げんちゃんのかかえる、発達障害の本質的な問題も明確にあぶりだされたわけです。

私は、先生にお電話をしました。そして、今書いたようなことを、文句とかではなく、ぶっちゃけて検証させていただきました。

「私、しからないといけないんでしょうけど、できないんですよね~・・・すみません。」

と言われていました。でも、ほかにも先生は面白いことを言っていました。先生の知っているげんちゃんは、ちょっとラリっているげんちゃんしかいないのだとか・・・私は、そういうげんちゃんは、むしろ、たまにしか知らないので、びっくりです。げんちゃんは、まだまだ、相手次第ででたらめな面が炸裂することがわかります。

「先生、いきなりやめさせられたのは、母親としては、いろいろ違うんじゃないかな~という面はあるんですが、結果的に、げんちゃんにはとてもよかったです。彼は、いつも、多くの人の愛の中で、いろいろしてもらっていて、それがあたりまえと思って、おおちゃくになっています。
 世の中では、ちゃんとルールを守らなければ、すっぱり切られて当然なんだ、ということを教えるのに、タイムリーでした。感謝しています。

 ところで、お願いなんですが、このことをしっかり使って、彼を教育したいので、くもん教室には行かない方が私もいいと思うんですよ。ただ、くもんの英語教材はとても良い教材なので、やめるんじゃなくて、教室は行かないけれど、教材だけ続けさせていただくってのはどうでしょう?」

先生は快く了解してくださいました。結局、げんちゃんが自主的にお休みする、という形をとらせていただいて、教材だけもらうことにしました。くもんの英語の教材は、なかなかすぐれています。

「そしてもう一つお願いなんですが、2~3か月して、私が、げんちゃんが成長したな、と思った時に、もう一度行かせてくださいませんか。失礼な言い方になるかもしれないけれど、げんちゃんにとって、自分の世界観に入らせてしまう先生のもとでも、ちゃんと、意識をもって、すべきことをしっかりやれるようになったか、確認したいんですよ。
もしそれができるようになっていたら、発達障害の本質的なところが、少し改善したということですから、すごいことなんですよ。

これは、思春期、好きな女の子に対してのソーシャルにも通じるものがあります。ちょっと波長があって、自分の世界観を受け入れてくれる、と思えた相手に対して暴走してしまう可能性を、今回の課題に重ね合わせることができるのです。
今後しっかり治しておかなければ、大きな問題に発展する可能性があると思っています。確認したいんです。
もし、また今回と同じだったら、また、やめさせてもらったらいいです。ものすごく、手厳しくぴっしゃりと。」

このお願いは受け入れられました。彼女も、げんちゃんを伸ばしてあげたい、という思いはあるのです。感謝なことです。
さて、復活するのは何か月あとになることでしょう。

いや、なかなか、思春期になったら難しいですよ。正しい生き方ができるように、ここで大きくかじ取りをしなければ、将来、犯罪者になる可能性だって、精神病患者になる可能性だって、普通のお子さんより、はらんでいると感じています。実際、S先生のクライアントさんは、大人の発達障害の、かなりシビアな方もいらして、心療内科、精神病院をてんてんとしていたり、攻撃性の強い方なら、犯罪を犯す一歩手前の発想をする方、いろいろ話を聞きます。
 意識をつかめないで、自分中心の感性そのままいけば、大きなマイナスエネルギーのとりこになってしまう、と、げんちゃんは、S先生に口を酸っぱくして、言われています。

 げんちゃんの思春期を伴走しながら、確かに、発達障害の子供たちの将来は、大きなプラスか大きなマイナスか、と、S先生が言う意味をかみしめています。
絶対負けずに、絶対プラスにもっていこうと思います。母親の愛という原動力です。





by glow-gen | 2018-08-21 11:36 | くもん(公文教室) | Comments(15)

意識が出てくると、次はどうなる・・・

  お盆休みも終わり、夏の終焉がそろそろちらつき始めます。お盆休みは、実家に帰って、同窓会に出席したりして、あっというまに終わりました。仕事にもどれば、山積みの仕事があって、すっかりブログを更新するのが遅くなってしまいました。

 10日も立てば、げんちゃん育児については、まったく違う視点や展開になっています。この度もやはりそうです。
げんちゃんのけだるい夏休みは、さらに、だるいものになっています。

 夏休みに、S先生の指導を受けたげんちゃんは、だんだん、意識が表面に現れてくるようになって、自分がどう考えるか、とか、どう感じるか、なんてことを、少しつかめるようになってきているように思います。

 夏休みに入った頃は、できないなりに少しは、自分で夏休み帳と格闘してみたりしていたような気がしますが、今度は、自分の意識が出てきたものだから、やりたくないことはやりたくない・・・やりたいことは、積極的に取り組む。なんか、こういうめりはりが明確になってきました。

 以前なら、やりたくなくても、その気持ちさえ、ぼんやりしていて、私に言われれば、なんとなくやる・・・そんな芸当ができてたような気がしますが、次のステージは、私に言われても、自分の心がいやであればいやだ、と拒否感を全面に出すようになっています。

 あれこれ勉強道具をたずさえて、お盆に実家に帰ったものの、夏休み帳を進められる雰囲気ではなく、理科の研究発表をとりあえずやらせるにとどまりました。

 研究発表は、「花火のしくみ」。
これは、自分がやりたい、と言い出したことで、精力的にとはいかないけれど、私にうながされれば、調べた資料をせっせと写すくらいはやりました。もちろん、ある程度内容を作ってやって、その軌道に乗せてやる感じです。
 それでも、実家近くで行われた花火大会を、調べた直後に見に行ったせいで、実際の感想や考察を入れて、とても良いしあがりになりました。

 普通のお子さんは、こういうことを、たいして親の手を借りずにやるのだとしたら、たいしたものだな、と思いました。でも、考えてみたら、私も中学の時、母親に、植物採集をほとんどやってもらった気がします。中学くらいまでは、やはり、母親力、父親力を発揮した方が、子どもの学力は伸びやすいのでしょうね。

 私は中学の同窓会に行ってみて、進学校とはかけ離れたところに行った同級生が、話してみたらすごく賢かったり、気が利いていたりして、まさに、地頭と学校の成績は比例しないことをいつも感じます。それに、エリートコースを歩んだ友達が、幸せかというと、そうとも言えないし、げんちゃんが過ごしている中学という時代は、ほんとに、人生のちょっとしたパーツにすぎないのだな、と思います。

 それでも、やはり、大切なパーツであることは間違いなく、げんちゃんは、ここできちんと、学力や正しい生き方の基礎を作る必要があるのです。こうやって、数十年後、同級生たちに会って、お互いの来し方を、しみじみ語り合えるような一人前の大人になっていることが、今のげんちゃんの目標なのです。
 げんちゃんが、自分の人生を振り返って、他人の人生も見渡して、人間が生きるということをちゃんと考察することができるようになる。私はそこをいつも見つめています。しかし、今の彼からは、その姿は、あまりぴんときません。

なんせ、今朝も、
「(飼っている)亀にえさをやって!」
と頼んだら、げんちゃんは、昨日水替えをしたばかりだったので、
「え~、エサやったら、また水が汚れるよ!」
と真顔で言っていました。
「あのな~。あんたの言ってることは、”台所汚れるから、今日はご飯食べない”。それと同じだよ!」
 思わず叫んでしまいました。人の普通の感情や発想が、まだまだ抜け落ちて、不思議な”おごり”だけ全面に出てきたりするげんちゃんに、遠い日の同窓会で、げんちゃんがしみじみ語っている姿なんて、イメージができません。

 また、学習に関してしたためると、数学に対しての拒否感はほんとにひどいままで、とうとう、夏休み帳の数学が、ほとんど進まなくなってしまいました。考えればわかるところも、やりたくない、の一点張りのようです。しかたないので、数学は、母親の私がしない方がいい、ということになりました。

 しかし、成長の負の副産物が出てくるときは、成長もしているわけで、興味を持ったことは、新しいトライをすることもあります。昔はやろうとしなかった、100均のミニチュアのレゴを取説通り組み立ててみたり、家庭科の手芸の作品をまじめにとりくんでみたり、好きな本を見つけて、読んでみたり、クラッシック音楽にはまって部屋中に響かせてみたり・・
 


S先生が解説してくれて、納得しました。

「げんちゃんは、意識の奥の方が、やっと少し出てきたんだよね。意識は出てきたものの、感情にすっかり支配されてしまっている。意識が感情を支配しなくてはいけないのに、それができていないんだ。」

「なるほど・・そんな状態で大人になれば、ほんとに怖いですね~。」
「その通り。」
「そういえば、頭悪い、と、私が怒っても、頭悪いよ~。何か~?みたいな開き直りをし始めたんですよ。」
「適当に誤魔化して、うまくやれる、と、変な自信だけついているんだよ。
だから、こてんぱんに、そういう変な自信は突き崩してやらないといけないんだよ。僕に叱られる時は、真っ先に人目を気にしているから、人目があるところで
逆にしっかり怒ったりね。」

「なるほどね・・・私も、あ、そう。じゃあ、あとは自分でやんなさいね。と突き放しています。
そうすると、やるべきことはなかなか進まないけれど・・・・。」

「そのスタンスは間違っていないよ。今はそのへんの微調整がいるね。」

Sさんはそう言うと、たまにやってきて、色々げんちゃんにかかわってくれたりします。


そういうわけで、今は、かなり、彼から距離をおいている私です。絵の宿題は、絵画教室が担ってくれているし、学習も後半は、他人にできるだけ丸投げし、あつかいにくくやっかいな、思春期の男の子の母親に多少近いようなスタンス、になっているのかもしれません。まだまだ本人は幼稚で似て非なるものですが。

まあ、それも、夏休みだからできる芸当で、新学期が始まれば、がっつりかかわらなければ、学校生活はまともにいかないでしょうから、どうしたものでしょうね。

くもんをやめさせられた経験も、こういう中でおこったことで、ほんとにタイムリーだったと感じます。そろそろ世間の冷たい風も知らなければ、勘違いしたまま、突き進んで行きかねないです。



 

by glow-gen | 2018-08-18 12:27 | 意識のこと | Comments(8)

だる~い夏休み。足踏み状態かな~・・・

 夏休みはどんどん過ぎていきます。げんちゃんに、少しは自分で考えて進める勉強法をしいているものだから、なかなか夏休み帳も終わりません。指示された図を見て、問題文にもどって、少し複雑な文を読み解きながら、今度は、大問のおおもとの問いを、もう一度確認する・・・・理科や社会でよくあるこういう問題は、目の前の問題文だけをじっと見つめて止まっていたりします。

 ぼ~っとしながら、頭からシャワーを振りかけてもらうような勉強法から、普通の子がする、自分で考えながら学習する、というやりかたに変えることは、一見、そこで止まってしまったようないらだちを覚えます。
 足踏みしながら思うのは、発達育児でもっともいやなのは、子どもがぜんぜんかわっていってない、と感じる瞬間なのだと思い知ります。

 お盆までには、すっかり宿題のある程度を終えて、後半は、2学期のテストに向けてなにかしら準備を始めたいと思っていたけれど、げんちゃんの能力は、そういうレベルにないということを思い知ります。そもそも、中学の学習なんて、この子にはあっているのか・・・そんな基本的な疑問さえ浮かんでくるありさまです。

 数学について語るなら、げんちゃんは、小学3年生くらいのところをやっていた方が、しっくりいくような気さえします。いや、時間の問題もまともにできないのではないだろうか・・・
 
 それでも、げんちゃんは、一人で、問題を解くスタイルは確率しました。(つまり、横についてなくても、とりあえず、自分で取り組んでいます。内容はほめたものではないけれど。)
ここまでを、20分でやってきなさい、と言うと、私がタイムアップを告げるまでは、問題を解いています。20分で切ると、後半は白紙。そこからは、少し手を貸して、やったところの○つけと、まちがったとこと、できてないところをいっしょにやります。そうしないと、問題集は、永遠に終わらない感じです。
いわば、”上からシャワー”の勉強から、”考えて自分でやるスタイル”へ移行するための入門版です。・・・・・

「今は、時間がかかってもしかたないよ。」
とS先生が言いました。

「確かにそうだけど、かけ過ぎるのもまずいですね~。・・・夏休み帳だけで、夏休みが終わりそうです~・・・かねあいはほんとに難しいです・・」

げんちゃんは、夏休み、またS先生の指導を受けました。かれによると、今度は、意識の深いところをゆさぶっていくカリキュラムだそうですが・・・、
残念ながら、劇的な変化はすぐには現れないようで、やれやれ・・・期待薄の夏休みだな~という感じです。

私の気持ちも、だんだん、トーンダウン・・・夏休みだけで、いっきに行こう、なんて思っていると、ほんと疲れるから、やめたやめた・・・期待なんてしない方がいいみたい。

S先生は、笑いながら

「あきらめてるくらいが、ちょうどいいよ。」
だって・・・

 言われなくても、だんだんそういう気持ちになってます。だいたい、中学を3年間でしあげて、普通に高校にやろうなんて、げんちゃんの能力だったら、ちょっと無理だよな~。中学3年で間に合わなければ、そこから高校浪人でもすりゃあいいか~・・・ホームスクールでもなんでもいいから、げんちゃんに必要な体験や学習を、1年くらいはだぶらせてやらせりゃいいか・・・

 それから、ある程度、自分で学ぶ力をつけてから、全寮制の例の学校に入れたらいいよね。

 今までの夏休みの中では、私のやる気はほんとにマックス低いです。なんなんでしょ!

げんちゃんが、少しずつ自分の足で歩こうとしている兆しはあるものの、ここで急いでも、それが早くならない、というか、このポイントは、ずいぶん時間がかかるな~と察してしまったのでしょうね。

でも、しっかりここで時間をかければ、次は、けっこういいステージにいきそうな予感もします。


そうこうしていると、7月末に、くもんの先生から電話があって、突然げんちゃんは破門になってしまいました。

いつもからみあっている、ちょっとお行儀の悪い小学1年生がうるさいく言ってくるというので、彼をたたいたそうです。先生も、色々がんばってきたけれど、今後私は指導できそうもない。ということでした。
 それならそれで、トラブルをおこした時に連絡すべきだろうに・・・と思いますが、考えてみれば、それはきっかけで先生の気持ちが固まっただけで、それまでも、げんちゃんの、目にあまる態度が積み重なっていたのでしょう。
 でも、直前に、勉強は伸びてきてます、と報告を受けてたので、???です。


数日私も、考えていましたが、だんだん、この経験は、げんちゃんにとって、今ベストなタイミングかも・・・と思えてきました。
私が怒っていては、もったいない・・・ということで、
先生に電話をして、ちょっとした協力をお願いしました。長くなるので次に書きます。

by glow-gen | 2018-08-09 13:29 | Comments(8)

ほめる育児はいいのだけれど・・・

 中1になって、新しくげんちゃんを週一教えて下さるユリ先生が、先日夏休み帳の数学と国語をさせてくださいました。
 2時間ちょっとの間にげんちゃんがこなしたのは、数学の計算1ページ、国語の1ページでした。
終わって先生からの報告をお聞きすると、げんちゃんの計算能力は、5月の最初に、先生が当惑してどうなることか、と心配した時からすると、ずいぶん進歩して、希望の持てるものだったようです。

「げんちゃん、がんばりましたよ~。」

と、先生は嬉しそうに、げんちゃんをほめてくださいました。先生は、週に1度しかげんちゃんを教えないので、1週間たつと、まるでステージがかわっているげんちゃんに、毎回、ちょっとした感動を覚えるのだとか・・・今回も、先週と違う手ごたえを感じたらしく、とても喜んでくださいました。

ん?
「先生、確かに、げんちゃんは、そこそこ集中してやったのだろうと思うし、2ページ頑張ったと思うのですが、普通のお子さんなら、この時間に、たったこれだけしかできていない、というのは、手放しで喜べることではないんですよね~。先生、今日の各論をほめることで終わると大変です。げんちゃんは、それで自分は、普通の子と同じ目標を達成したと勘違いします。」

「なるほど・・・」

その後、熱心な彼女は、私の言い分をよく聞いてくださって、その意味を納得してくださいました。

つまり、

 先生方に、この子たちの指導をお願いすると、まずは、取り組んだ課題を、集中してやれた、とか、先日の状態より改善している、とか、学習が伸びた、とか、報告を受けます。その日の課題のできがよければ、よくやった。達成したね、と言う感じです。
小学校の5年生くらいまでは、これでよかったと思います。

でも、今のげんちゃんには、その指導ではちょっと危険です。

 たとえば、ある成績の悪い落ちこぼれ君が、進学校を目指すと意識改革されたとしましょう。その子は、まずは、小学校の学習の落としてしまっているところをステップバックしてやる必要がある。彼は、今までできてなかった小学校の課題に果敢に取り組み、それを理解することができました。
 さて、彼についていた先生はどうはげますでしょう。

「すごいね~。すばらしいね。がんばったね。」

それで、終わるでしょうか。たぶん、

「さあ、がんばった。小学校のところはわかったとして、さっさと次に行かないと、みんなは、中学の課題をがんがんやってるからね。」

あるいは、
「よくがんばった。この調子で行けば、中学の課題においつくことも可能だよ。でも、進学校に行くには、おいつくだけでもだめだね。皆をぶっちぎりにする必要がある。さらに、がんばっていこう!」
そうは言わないでしょうか。

次につながるほめかたで、どんどん先にすすめていくのではないでしょうか。

げんちゃんの学習は、病人にたとえるなら、昔は寝たきり状態でした。

横で看護する方は、とにかく、口に食べ物を運び、食べてくれたら、喜びほめる・・・その繰り返し・・・

でも、今では、げんちゃんは、ベッドを置きだし、リハビリ室にやってきました。自立歩行をするために・・・・
「歩けたね~・・・すごいよ。」
それだけでは、げんちゃんは、リハビリ室をハイスピードで突き抜けることはできないでしょう。げんちゃんの最終目標は、競技場で走ること。ほかの選手は、すでに、グランド練習をしています。

・・・今日のリハビリはよかったよ。すごいね~・・・で終われば、絶対に、競技に出る選手にまではなれない。
 そうです。げんちゃんがトライしているところは、リハビリ室にいる人が、陸上選手権に出るようなものなのです!(いえ、優勝するくらいのことかもしれません!)
  自分で目標設定して、その目標に対して、今自分はどこにいる、という客観的判断をするなんて類のことが、最もむつかしいげんちゃんたちにとって、常に、その到達点と、自分の立ち位置を提示させる必要があります。
 
 普通クラスの夏休み帳を、がんばったと褒められた。
”僕は、普通クラスの子とかわりがない”・・・平気でそういう勘違いをしてしまうげんちゃんです。自分の立ち位置をちゃんと意識できるほめ方でなければなりません。
 そして当然、大いにほめることも必要です。

「今日は、ほんとに計算がんばったね。前よりずいぶんできてるね。がんばればやれるってことがわかった?
 でも、普通は、この時間で、もっとたくさんやれるんだよね。げんちゃんはこれだけ頑張れたんだから、これからは、もっと早くできるように工夫していけば、皆に追いついて、抜かしていくのも夢じゃないよ~。今日は、とてもよかったと思うよ。ご苦労さん。」

 どの先生も、まずは、頼まれた課題をがんばれば、ほめる、というのをやります。当たり前のことですが、リハビリ室に来れたげんちゃんには、彼が掲げている最終目標を見せてあげながら叱咤激励しなければなりません。

 多くの知的障害のお子さんのトレーニングは、どうしても、大きな目標を与えられず、こなせばほめる・・・といったものになりがちだと感じます。知的障害なのに、よくがんばったね・・・こういうスタンスしかないことが多いのです。

しかし、げんちゃんは、そこを目標にはしていません。げんちゃんも、今まで、大変な日々をがんばってきたのも、彼なりに、なりたい自分があるからなのです。

ちなみに、学校でも、よくほめられます。支援クラスの子なのに、ほんとにがんばっているよ。というほめかたであるのがわかります。

先日、学校の親子面談に行った時もよくほめられました。(親子面談は残念でした。どちらを対象にしているか、お互い焦点がぼけてしまいました。特別な意図がなければ、親子面談はやめたほうがいいですよ。笑)  
 げんちゃんは、確かにがんばっているし、学校でがんばっているポーズを作ることもうまくなっているげんちゃんです。手放しでほめられていると、げんちゃんは、自分が普通クラスに行ける能力がついてきているのに、お母さんや先生が、支援クラスに入れてしまっているんだ・・・と、ついつい勘違いしてしまうように思います。

 あくまでも、支援クラスなのに、がんばっているね。という意味合いだ、ということは、まだまだげんちゃんには、くみ取れない領域です。


だから、今のげんちゃんに対しては、その場その場だけのほめ方は注意しなければなりません。

リハビリ室に来たら、今度は、自立歩行を目標にしています。自立歩行ができれば、今度は競技練習です。
げんちゃんがチャレンジしているところは、はるかかなた・・・げんちゃんには、障害を乗り越えて、一人の人間として、自立した豊かな人生を送っていくという、大きな目標があるのです。
げんちゃんは、神様からそのチャレンジを受けています。

その成功を、心から信じる人間でなければ、そこまで彼を持っていくことはとうてい無理です。

げんちゃんを応援してくださる先生方には、そこをお伝えする必要があります。

ずっとブログを読んでくださっていたというユリ先生、げんちゃんの手ごわさ、大変さ、いやというほど味わっておられるようです。感謝です。

追記
しかし、げんちゃんとは反対の、繊細で、悔んだり落ち込んだり、普通の子以上に、自分の立ち位置にこだわって、くよくよしてしまうようなお子さんのタイプなら、原則は同じでも、各論はもう少し、ソフトなアプローチを工夫しなければならないかもしれません。
 






by glow-gen | 2018-08-03 01:29 | ほめるということ | Comments(10)



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中学1年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学1年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
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1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
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 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
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