げんちゃんの発達障害プロジェクト

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どもりが治る瞬間。どもりのからくり

げんちゃんの
「はい、」「わかった」「うん」
というのは、かすみのように実態がないことが多いです。意識が入らない聴覚処理は、吹き抜けるそよ風のように、何も残りません。たった今、

「今日は、○○先生はかぜでお休み。かわりにT先生が朝,来ますよ。」

と言った直後に
「○○先生は来るの?」
ときかれたのには、あきれます。

「鍵は持って行きなさいね。」「はいわかった。」
と言って、数秒後、ふと見ると、鍵がそのまま、とか、・・・こんなすさまじい抜けは日々の生活にちりばめられています。意識なく聞いているのは見え見えです。

また、こんなことがありました。

げんちゃんが、家に一人でいるとき、おばあちゃんのところにいた私は、げんちゃんに電話をかけました。

ママ「今からこっちに来なさいね。家には鍵をおいてないから、そのまま鍵はせずに、出てきていいよ。すぐに、お父さんが帰るから大丈夫。
 げんちゃんは、電気を消して、ちゃんと窓も閉めて、かばんを確認して持ってきなさいよ。」

げん「うん、わかった。」
ママ「わかったんだったら言ってみて。」

するとげんちゃんは、絞り出すように、いつものどもり調子で、えっちらおっちらとしゃべります。

げん「あの~・・ぼ、ぼくは~、か、鍵もかけないで~、行く。え~っと~・・・電気とか~、かばんとか~、・・・持っていく・・」
ママ「やれやれ)鍵はかけないけれど、どうなるの?」
げん「・・・・」
ママ「誰が鍵しめるの?」
げん「・・・・」

もちろん、げんちゃんが出てくるのと入れ替わりに帰る、パパがしめてくれるのです。
しばらくトライさせて、ため息まじりに、もう一度言います。でも、げんちゃんからも

「えっと~・・・もう一回言って~・・・」
という言葉が、最近は出てきたりします。以前なら、いらいらする沈黙があるだけです

「もう一度言うよ。もう、絶対に聞き逃さないでよ。二度と言わないよ。」
リピートします。

げんちゃんは、どもりも強くなって、やがて、チックも出てきているかんじです。

電話口では、げんちゃんは、テレビを気にしながら会話しているのか、意識は低く、適当に聞いてるようです。

いらいらしながら、待ってみます。たどたどしい、未完成品みたいな文章が、げんちゃんの口から絞り出され、ひどく、ぎこちない。

 どもりも絶好調に達しているその時、テレビをけさせて、落ちつかせて間をおいて、またトライさせると、げんちゃんの口からすっと、流ちょうな文章が飛び出しました。

「お父さんが来るから、ぼくは、そのまま家を出て~・・・電気を消して、かばんをもって、お母さんの所に行く」

今までのたどたどしいセリフと、語調も、聞きやすさも、文章の組み立ても、まったく別ものです。
口調もリズムも完璧です!

私は、歓喜して、げんちゃんに花丸をあげました。

それはたぶん、水面下に沈んでいたことが浮かび上がる瞬間と言っていいでしょう。その時彼の意識と言葉は、最高のパートナーシップを結んだかのようです!

記念すべき出来事に感じられました。時々、すらすら話すことがないわけではありません。しかし、こういう追い詰められたような状況で、何度も回答を求められている場面では、意識レベルはどんどん下がって、やればやるほどできなることがほとんどでした。

今までは、できないときは、いつもできないままだったのです。

しかし、できないところから、あざやかに、転身し、言葉が紡ぎ出される瞬間を始めてみました。彼が、意識を入れて、自分を調整し、私がインプットした言葉を水面からあざやかに取り出した。そんな感じです。

どもりも、結局、意識と言葉のずれによっておこっているのだと思います。
頭の中から取りだそうとしているのに、取り出せなくて、言葉だけが空回りして、どもりが出てくるんではないか・・・

げんちゃんは、1年生の時、突然どもりやちっくが出始めました。周りは、ママがストレスをかけているからだ、とか、私に言うこともありました。でも、私は、そうは思わなかったです。頭が、必死に何かを始めようと頑張って、その結果、未完成のようなものが出てくる。その試行錯誤がチックやどもりになるんだろうな、くらいに感じていました。だから、それらが出るというのは、ちゃんと、脳に変化がおこっているのだ。そういう外からの刺激がなければ、改善はない。

意識をもって、しっかり、今まで入力されたものを取り出す作業がスムーズになれば、どもりも改善するんだと思います。つまり、どもりは、意識がしっかり働いていないことで、上手に話したいことに、焦点があたらず、言葉だけが先走りするような現象なんだと思います。

意識がしっかり入ってくれば、どもりもチックも改善するな~・・・と踏んでいます




by glow-gen | 2018-04-30 01:04 | Comments(5)

げんちゃんの中学生ショック

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つい先日のくもんのプリント、抜きまくってる様子が下と比べれば一目瞭然
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意識レベルが、よりクリアにならなければ、小さい字をしっかり書くことはできないという(S先生)中学の支援クラスは、のっけから、ばりばり意識レベルが高かったようです。


 中学に入ってからのげんちゃんは、毎日変わっています。私は、少しくらいげんちゃんがかわってきても、あ、そうなの? 程度にしか思わず、はい、次に行きましょうか~、となってますが、そういう私でも、中学になってからのげんちゃんの変化が伝わってきます。
げんちゃんの変化は、今までで最も激しい物だと感じています。なぜなら、彼自身が、少しずつ動き始めたように感じるからです。もちろん、兆し程度ではあるのだけど・・

 げんちゃんは、入学式から二日目に中学の洗礼ともいえる「国算社理」、のテストを受けました。午前中みっちり使って、4教科のテストは、普通の子達でも結構大変です。

 このテストの様子を見て、支援クラスのカリキュラムを決めましょう、と言われて、春休みをかけてがんばってきた私たちですが、げんちゃんの様子は、最初の国語でことつきたようです。本人も、おぼろげながらではあるけれど、それが、自分の運命を少しは左右するのかな?と感じたのか、がんばったようではありました。しかし、難しいのと、長時間なのとで、国語をやって意識レベルはとんでしまったようでした。

 先生は、それを受けて、全部支援クラスで、とおっしゃったのですが、私の提案を聞き、国算だけ、支援クラス、ということになりました。さらに、私は、普通クラスでやっている進み方で、算国をお願いします、と支援の先生に頼んで、それもオーケーされました。前回のプレゼン他、その根拠になるげんちゃんの状況をつぶさに説明しました。

 初めての支援の算数の時間、げんちゃんは、先生に、小学校の計算をチェックされました。計算プリントを自力でやったのです。
そのプリントを見てびっくりしました。
げんちゃんの、字は、かつて見たことのないような美しい字でした。くもんで、あれほど注意しても、かきなぐった汚い字しか書かないのに、うそのように整った字。しかも、げんちゃんにしては高い正答率・・・(もちろん難しい問題ではないけれど。)

 げんちゃんは、私が考えているほどではないけれど、自分の今おかれている状況をある程度把握して、その状況に、必死で自分を合わせようとしていることが受け取れました。
 あいかわらず、私には反抗的ではあるのですが、その態度も、少しずつ変化してきました。

 私は、ふと、げんちゃんのかばんの中から、書きかけの作文をみつけてびっくりしました。


”中学になって、こんなルームがあったのかと思いました。(移動教室のことを言ってるのでしょうか。)中学校は、とても広いグランドと頭をつかう毎日です。小学校の時とルールは変わりました。制服は、気温によっては暑苦しい時もあり、すずしい時などさまざまです。黒一色の学校服を6日間毎日着るのは、ちょっと大変ですが・・・”

 げんちゃんは、こんなこと思っていたんだ、と、みんなでびっくりしました。何を考えているのやら・・・・いまいちつかめないげんちゃんですが、自分の気持ちを自分でしっかり把握出来るようになり始めたのかな、と思いました。しかも、正しい状況判断です。


 そして、毎日、日課表は、自分で後ろにある黒板の日課の書き込みをうつして帰らねばならないルールです。支援の先生のノートに書いてくださっていますが、げんちゃんには、基本教えないようにして、忘れたときは、かなり手厳しい演出をしたうえでそれを明かしています。しっかり書いて帰る確率は、8割というところでしょうか。だんだんできるようになった、というより、しっかりできた日があるかと思うと、すべて抜けてしまう日が突然現れたりします。げんちゃんの意識レベルが安定しないのがよくわかります。

 意識のオンとオフで、その日のスケジュール管理は、天と地ほどの差があり、できるようになった・・・なんて、表現は、的確かどうかわからなくなります。

 しかし、少なくとも、げんちゃんが、何事も、「しっかり気合入れないとやばい!」 と、自分に圧力をかけているときは、6年生では見られなかった山が出てくるのは確かです。

 給食当番になり、小学校の白い帽子から、中学は三角巾にかわったようです。げんちゃんは、自分から聞いてきました。

「これって、どうやってはめるの?」

たぶん、へんてこりんにやって、友達に指摘されたのでしょう。自分で、そんなこと聞いてくることもなかったげんちゃんが、自分でできるようになりたい、と感じたのでしょう。結び方を教えました。この調子なら、いっきに蝶結びまでいけるかもしれません。

 普通の子ならば、気にもとめないような進歩です。そういうだれでもできるようなことが、彼はできなかったし、そこへ焦点を合わせることもなかったわけです。

 今まで決して変わらなかった部分、自ら、脳を起動させる、と言う、意識の部分が動き始めた。それがはっきりわかるようになりました。

 中学生ショックという言葉があるそうです。小学校といろんなことが変わりすぎて、ついていけない子供さんが出てくることを、先生方がそう言ったりするそうですが、げんちゃんは、いい意味で、それなんですね、と支援の先生が言われました。
 彼は、中学になり、幸いなことに、ベストなカリキュラムを用意されたようです。彼は、ある程度、普通クラスでがんがん刺激を受ける必要があります。しかし、算数と国語を普通クラスで受けるには、タイムパフォーマンスが悪すぎます。ですから、そこだけ、マンツーの指導をしていだだくのは、もっとも良い考えだと思います。

 入学式前とあと、げんちゃんの中で大きな変革がおこっています。

 日々の生活は、意識の状態いかんで、上がったりどんと下がったり、こちらも振り回される毎日ですが、まあ、振幅を繰り返しながら、右肩あがりになっていくんではないかと期待しています。あいかわらず、めんどくさいことはさける、逃げる、でも、自分は認められたい・・・そういうずるい心が、突き抜けるのをよしとしないげんちゃんですが、そこも、日々、いろんな状況が彼をからめとっていくのではないか、と期待するしかありません。ずるい気持ちが逃げ込める場所をすべてつぶして、自分に向き合って、自分を追い込んでいくところまで、(まだ、そこは遠い先のようですが)しっかり駒を進めていかねばなりません。ステージは、ほぼ整いつつある。あとは、げんちゃんが突き進むだけ・・・でも、そこが、なかなかいかない・・・そういう状況だといえるでしょう。

by glow-gen | 2018-04-25 00:25 | 中学入学 | Comments(18)

中学入学 その4 先生へお願いする指導のポイント

まずは、前回の記事の続きで、先生にしたためてお願いした、具体的な指導のしかたについて、書いてみたいと思います。

1,まずは、指示を出すとき

 以前一度指示した内容であれば、すぐに、回答を与えずに、できるだけ思い出させる。

先生「○○○は、どうだったっけ?」
げん「・・・・・?」
先生「×××の時間に言ったよね。」
(その時に先生に時間の余裕があれば、いくつかのヒントを与えて、必死で思い出させる。)
先生「△△について、どうすればいいか、君に言っておいたはずだよね・・・」
etc

それでも、指示した内容が分からない場合の声かけ。

先生「しっかり意識を入れて、聞いておかなきゃだめだよね。」
げん「うん・・・」
先生「じゃあ、もう一度だけしか、絶対に教えないからね。注意して聞かなければもう知らないからね」
先生「・・・・・・・・(回答を言う)」
そして、その後は、必ず自分の言葉で理解したことを言わせる。ただ、わかった、はい、でわかったと思ってしまうと、あとで、失敗がおこります。

発達障害のコアな障害の部分は、意識の障害で、普通の人は、意識をオートマティック車のように、自然と入れられるけれど、この子たちは、マニュアル車みたいなもので、自分で気をつけていなければできません。でも、自分でコントロールして、普通の子のように意識を入れることができていけば、意識の高い子になっていくと思いますので、上記のような、意識を喚起するような、声かけをお願いします。

2,自分を良く見せよう、自分がわからないこと、失敗したことを、誤魔化そうとしているとき、

 「大丈夫だよ、落ち着いて、できないことは、はずかしくないよ。しっかり考えて、できるようになればいいんだよ。」

 「時間がかかっても、しっかり考えて。できるようになるからね。」

 とにかく落ち着かせて、軌道修正させるのが良い。


 今は、げんちゃんの場合、意識を入れる時間が短く、コントロールもうまくないので、いきなり、回答を言われると、意識を駆使して考えるチャンスがなく、そのまま意識に残らず、何度聞いても、失敗する、ということがおこりやすい。そしてまた、あせった時も、正しい意識の方向性が失われやすい。

 「落ち着かせる」、「少しヒントを与える」、「ちょっとしたしかけで、危機感を与える、」という行為が、心を動かすのに役立ち、意識を入れて考えるきっかけを作る。
学習に関しては、授業全般は、”メリハリ” を作ることで、意識を動かし易くなる。
たとえば、よくある知的障害児教育のように、ひたすらゆっくりする、とか、だらだら同じパターンをやらせる、というのは、意識が抜けた状態を作りやすく、タイムパフォーマンスが悪い。

 たとえば教えたあと、小テストをすることを告げて、学習させたりするのも、パフォーマンスがよくなりやすい。違う内容を、短いタームでローテーションするのも、変化があり、意識が落ちにくい。

以上


やれやれ、意識の障害が発達障害、ということをSさんに聞いてから、ほんとに、私はいろんなことが見えるようになりました。意識を抜いたときは、課題を多少下げようが、うまくいかず、そのため、周りからは、ひたすらわかってない、と理解されてしまい、どんどん課題を落とされていく、という間違った判断をされやすい、ということもわかりました。
 今のげんちゃんは、昔より、ずいぶん進化しているのに、なんだか、ちっとも進化していないようなげんちゃんが現れるのは、意識レベルゆえのことなのです。

くもんで、ひたすら新しいプリントをやることはできても、つまらない、”やり直し” になると、とたん、出来なくなってしまうのも、同じようなことで、できないのではなく、意識が落ちた結果だな、と思います。混乱した先生は、例によって、げんちゃんに対してのレベルを、いっそ1年生まで落としてみようか、とうなってしまうわけです。

そして、さらには、私のアドバイスや指示も、「つまらないこと」の一つと考えているげんちゃんは、何度繰り返しても、こっちのアドバイスがすり抜けるのも、よくわかります。


 中学に入った緊張感は、多少げんちゃんに圧をかけて、意識が入るタイミングを増やしたけれど、まだまだ、自分の立ち位置を、正確には把握してないと見えて、上手に意識を抜いてくるさまが、私やまわりのK先生、S先生は口惜しくてしかたありません。突き抜けないげんちゃんを前に、ひどいいらだちを感じながら、それでも、あきらめず、戦っている日々です。

by glow-gen | 2018-04-20 23:52 | 中学入学 | Comments(10)

中学の入学式その3 先生へのレポート (支援のいる子の希望調査)

 卒業式の翌日、クラス担任の先生と支援の先生と3人で面談がありました。事前に書込む、支援クラスの調査票を詳細に書き込み、それだけでは指導の仕方の、具体的なやりかたが、ちょっとわかりにくいな~、と思ったので、ポイントをさらに、レポート用紙に簡単に書き込んでいきました。は~、なんか、春は事務仕事にも追われますよね・・・

 私は、ざっと今までの経緯と、今の課題、当面の目標と、将来的な目標をお話ししました。

 さらには、今、学校でしかできないこと、つまり、学校でやっていただきたいポイントもお願いしました。終わってみれば、1時間以上たっていました。ほんと、パワーポイントでプレゼンするくらいの内容だよな~・・・と思いつつ、おつきあいくださった先生方にも感謝です。

 先生に提出した書類の書式は、ほんとにすぐれていて、支援クラスの子でなくても、子育ては、時々、立ち止まって、こんな風にフィードバックするといいのかもな、と思います。普通クラスに所属する発達ママの友達に、写メとって送ってあげてしまうほど、まとまっています。
 
 私なりの書き方ですが、今どきは、こういうのも、お金出して書いてあげるバイトもあると聞いたので、参考になるかもです。

生活面 (衣服の脱着、排せつ、食事、お手伝い、買い物)

 日常生活全般は一人でこなせる。電車バスなども、指導すれば一人で利用できる。買い物はできるが、計算が苦手なので、その場で概算に手間取る。言いつけや、お手伝いは、できるが、意識とんでしまうことが多く(いわゆる注意欠陥)複雑なことだと、忠実にこなせない時も多い。指示したあとに、内容の確認作業をおこなうと、スムーズにいきやすい。

学習面(コミュニケーション、運動、読み、書き、計算、態度など)

 6年では、簡単な単元テストなら、普通にこなせるようになった。点数も、平均点数から、そこそこの点をとってきていた。
 算数の学習障害は苦労していて、なんとか、小学校6年間の内容を履修させているが、まだ反復の必要がある。

意識がしっかり入った時は、ある程度、いろんなことが理解できるが、ぼ~っとなりやすく、そういうときは、関連性の理解がなかなかむつかしくなる。学習のできふできが、意識レベル(気合が入っているときと、ぬけているとき)によって、上下するので、習熟程度を判断するのが難しい時がある。

行動面 (集団参加、気になる行動)
 集団行動を乱すことはほとんどない。ただ、わかっているようで、普通の子と、理解がずれていることがある。
そのため、整合性のない行動をとることがある。その時は、理屈がわかるように、細かくだんどりや、理由を説明してやる。そうすると納得できる。でも、現状は、経験とフィードバックを積むことで、ステップアップしている。

余暇活動 (楽しく活動、自由な時間の過ごし方、興味、関心の広がり)

 興味の極端なかたよりは、比較的少ない。でも、初めてのこと、面倒くさいように感じることはスルーしやすい。
とはいえ、背中をおしてやると、あまりこだわりなく取り組める。
科学漫画、歴史漫画などおいておくと、よく見ている。
ゲームはほとんど与えていない。
スケートボード、自転車で移動するのが好き。
最近は、有名なピアノ曲に、譜読みを書くのにはまっている。ピアノの自動演奏を聴くのが好き。
ピアノ、野球、サッカー、体操、英語を小学校まで習っていた。(英語と、サッカーは卒業と同時にやめた)
陶芸を体験させたら、もっとやりたいと言っている。

3年後をイメージして、

 5歳で障害が発覚して、たくさんの努力と、研究をして、発達障害の改善に取り組んできた。今は、グレーゾーンの領域に入ってきたのかな、という感触がある。
中学3年で、自分で自分の生活全般を、営めるようになる。テスト勉強などは、自分で計画して、取り組めるようになる。目標をたてて、それを達成するための手段を自分で考えられるようになる。自立できるようになって、キリスト教主義の○○高校に行かせることを、一つの目標にすえている。

その他 (担任や学校に希望すること)
 今の課題は、まず、しっかり自分の立ち位置をつかむということ。そのため、”できる”というところから、自分が、どれだけ離れているのか、把握させてほしい。その上で、キャッチアップするためには、自分が何をすべきなのか、しっかり認識させてほしい。それを明確にさせた上で、具体的な課題を取り組ませてほしい。何のために、課題をやるのか、しっかりわからせるのは、意識が入り学習効率をあげやすい。

 少しついてきた能力ゆえに、人と同じに見せかける、とか、できないことを上手にごまかす、という態度が出てきている。そうではなく、自分ができるようになることに、全エネルギーを使うように指導してほしい。

 そのために、あなたをまるごと受け入れますよ~、というような、よくある支援の子への指導者の態度ではなく、りんとした態度で、普通の基準を意識させる指導のしかたをしてほしい。
ぼ~っとして失敗することが多いので、失敗しないように、ただやってあげる、というのではなく、失敗の原因、理由を考えさせるようなやりとりをしてほしい。(詳細別紙)最終的には、失敗を自分でバックアップできるのを目標としてほしい。

この書式には、この欄の他に、一週間の家庭でのスケジュールを書き込むようになっていま。

先生方にお願いする、指導のポイントは、抽象的に書いてもぴんとこないだろうと思ったので、簡単に別紙に書いてお渡ししました。

やはり、具体性を持たせた指導をお願いするのは大事だと思われます。その部分だけ、次の記事に書きたいと思います。

げんちゃんは、支援クラスには所属してますが、能力の目標は、普通クラスに照準を合わせています。普通クラスの先生は、英語の年配の男性教諭でしたが、熱心に聞いて下さり、ほんと頭が下がりました。支援の先生も初めての支援クラスらしく、それはほんとにありがたいかもしれません。

 ベテランでわかっている、ということで、疑問の残る従来の支援教育を、激しくちらつかせる方もおられます。
文中に書いたように、はじめから、人格もトラブルも、いっしょくたんにしてしまっている、幼稚園の先生的な雰囲気の方だと、今のげんちゃんは、ステージを下げてしまうと思われます。
でも、さすが中学、そういった雰囲気ではなさそうです。

続く


書いていて、思ったのですが、簡潔に今の状況を言葉にできること、今後の当面目標をどこにさだめるのかわかっていること、それが、戦略を的確に立てられるための第一歩なのかもしれませんね。
 この学年初めのレポート、みんな書くといいかもですね。

追伸 レポートの中で、意識が飛びやすい、と書いたら、先生から、病的に意識不明になるのか、と質問があったので、そこについては、意識が飛ぶ(注意欠陥)としっかり入れたほうがいいかもですね。



by glow-gen | 2018-04-18 12:38 | 中学入学 | Comments(24)

中学の入学式 その2

げんちゃんは、いつも、私に口答え・・・いえ、口答えできればいいですが、「はい」、「わかった」、「わかったわかった」、せいぜいこういう単純な言葉の抑揚を変えて、「うるさい」という感情を私にぶつけてきてましたが、私に言ってもらわなければ、何事もさっぱりまともにできないわけで・・・
 でも、入学式の緊張した雰囲気は少しは、やばい! と彼に思わせたようです。

 普通クラスのすべての日程が終わると、少し離れた教室まで、下校する他のお子さんを尻目に、げんちゃんだけ行きます。支援クラスです。先日から電話でコンタクトしていたベテランの女性のN先生が来られました。そして、もう一つの小学校から、身長が同じくらいのひょろっとしたおとなしそうな男の子が入ってきました。B君です。げんちゃんは、きりっと上手に挨拶して、全員の顔合わせの儀式をこなしました。そのあとに、家族も全部含めて写真をとってもらいました。親まで入れてもらえるのは、支援クラスの特権です。笑

 「こんにちは、Bさんは、クラブに入るの?」

 私が初対面の彼にたずねると、彼は、目をあわせないまま、美術部に入りたいと答えました。理由は、絵を描くのが好きというわけでもないけれど、運動が苦手だから、だそうです。
たぶん、高学年になって、ちょっとついていけなくなって、支援クラスに移籍したグレーゾーンの子なのかな~、と思って彼を見ました。視線は、少しよわよわしく、座る姿勢も、前かがみで、あきらかに、げんちゃんの方が、体幹はしっかりしてそうでした。でも、入部の動機までしっかり話せるんだから、げんちゃんより、スタートはずっと上のお子さんなんだろうな~・・・・と感じました。

 でも、今までは、支援クラスの同級生はいなかったし、やたら小さな子といっしょで、げんちゃんにとっては、もう物足りなくなっていたので、良い友達になってくれたらな~、と思いました。

 家に帰って、げんちゃんは、前日までとはうってかわって、ほんとによく話を聞きました。(後日を知ってる今となったら、微妙にこの日だけだったけど・・・)

「ねえ、しっかり先生の話を聞かないとやばいよ~。明日は何の用意するんだっけ?」

 私は、全部質問形式にして、オチがあれば、その外堀からせめるような声かけをします。彼に対して、少し距離をおきたいし、ストレートに、これしなさい、あれしなさい、という声かけは、今のげんちゃんにはタブーです。意識を入れたら、彼の水面下に沈んでいる物が浮かび上がるのに、最初から答えを教えると、あいかわらず、ぽかんと口をあけて、上から落ちてくるのを待っている意識レベルに入って出てこないからです。

げんちゃんは、明日の用意を、たくさんもらったプリントの中から探し出し、80%くらいの成功率でそろえました。う~ん、意識はいると違うんだよね。
クラブ紹介とか、オリエンテーションとかで、さして用意するものはありませんが、それでも、何かと色々提出物など指示があります。

さて、この日は、入学式が終わって、小学校に向かいました。事務的な用があったのと、小学校でお世話になった先生にご挨拶をしようと思ったからです。
小学校は、明日の入学式の準備でばたばたしていました。でも、げんちゃんと私を見つけた過去の担任の先生方が、駆け寄ってこられて、ほんとに喜んで下さいました。なんか、心が熱くなりました。6年生の担任の先生も、げんちゃんの昔を知っている低学年の頃の先生も、もう、今年は、転任されてしまったと聞いて、寂寞の思いです。
 
 小学校の風景は、ことさらなつかしく、胸にせまってきました。今までは、何気に見ていたその建物も、もはや、よそよそしく距離を感じます。 人生の駒が、一つ進んだ瞬間は、なんて、心にささるものなのでしょうね~・・・そして、随分遅れてしまって、教会に行き、待っていてくださった牧師先生夫妻や教会員の方にも祝っていただきました。

 げんちゃんに対し、やさしく、いつもおだやか、・・・とはかけ離れたママのために、げんちゃんと私のことをよく祈ってくださるみなさんのおかげで、なんとか、持ちこたえているような私たちです。げんちゃんの育児は、決して一人では無理だな、とあらためて思う入学式でした。薫風の中、まるで嵐の前の静けさ・・・・これから、何が待ち受けているのでしょうね。

 次の日は、担任の先生方とミーティングが待っています。それにしても、事前に何度も電話がかかり、授業に入る前に、ミーティングのアポが入り、皮肉なことに、中学の4月のスタートは、過去一番不安のないスタートです。なんせ、小学校では、4月の終わりの家庭訪問までは、新学期のほんのちょっとの顔あわせしかなく、連絡帳も持って帰らなかったりと、不安な毎日が恒例になっていましたものね~・・・

そして、次の日は、中学の担任お二人とミーティング・・・また、次に書きますね~。

by glow-gen | 2018-04-16 20:00 | 中学入学 | Comments(7)

中学の入学式 その1

 入学式のことを書こうと思いつつ、なかなか時間がなかったのですが、書いておかねば・・・と、眠い目をこすりつつPCに向かってます。ほんと、毎日更新したいくらい、日々いろいろなことがおこります。だいたいが、そういう気持ちの日々ですが、振り返れば、なんか、そう毎日書くことがない、というように感じた時期がありました。いつだったかな~・・・5年くらいの時だったような・・・がっつりの時代から、少し、まともになってきたころなのかな・・・・

 まあしかし、そういう書くことがない、なんていうときは、発達育児をやってるとレアなのです。それにしても確かに今は、激変期です。

 げんちゃんのステージを簡単にまとめると、4年が終わるくらいまでは、意識もほんとに朦朧として、とにかく、動物を調教するような感じで、一つ一つのすかすかの能力を上げることに血道をあげていました。

 絵がまったく描けない、とか、体がふらふらしてる、とか、・・・もう、あげればきりがない。今となっては、げんちゃんのできていたことは、”息することと、排泄すること、食べること、移動すること、それと少々”、そういいたくなるようなげんちゃんでした。

 しかも、いろいろさせてはいても、げんちゃんは、魂の抜けた亡霊みたいに、自分の意見も何もない、意識ゼロの人間だったように感じます。多くのトレーニングを重ね続けているのに、彼のトラブルの本質がかわらない。

 しかし、5年くらいになってきて、特に、ここ6年生の後半になってきて、意識が出現してきた。意識がスパッと入れば、目つきがかわる。勉強も、レベルを落とした簡単なものなら、自主的に一人で取り組むようになってきた。でも、幼児期のいやいやのような、私や家族への反抗が生まれてきた。

 自我が好き勝手な方向に芽生えてきて、向上していくのをずっと妨げていました。もう目の前に、一つ上のステージが見えているのに、そこは、今までよりけっこう高いところなのに、彼は、逃げ回っていた。

 だから、意識の行く先が低くて危なっかしいことかぎりなし。意識が低きに流れ込むのを防ぐために、下を完全封鎖して(まわりには、やたら厳しく映ったことでしょうね~)、上に飛び出せるように、ばんばん圧力をかけてました。

 前回のブロブでもそういうことだったわけです。過剰に演出して、突き放し、一方向にしか行けないように道を開けて・・・。
 それでもげんちゃんは、打たれ強い。小さなころから、少しのことでは、へこたれることや逃げることを絶対に許さなかったし、彼の持ち前の強さもあるのでしょう。まわりにささえられ、ママの仕事の時には、ガス抜きをしながら、げんちゃんは、強く育った。でも、彼なりに上手に逃げることも覚えていったし、打たれ強さゆえに、とてつもない圧力への耐性も備えた。

そして、このステージにきたら、その逃げのスキルは、意識が入れられるのに、上手に抜く、チャレンジをさける、という行動となり(本人が意識的にやってるわけじゃないんだろうけど)、ほんとに手をやくことにりました。

 しかし、入学式、げんちゃんに大変革がおこりました。k先生をはじめ、私たちが、疲弊するほど、ずっと彼に訴え続けてきたこと、げんちゃんが、人間として自立し向上して、やがては支援クラスや知的障害というハンディキャップから決別するためには、やるっきゃないんだよ!前に突き進むしかないんだよ。ということ。それをどかんと自分なりに感じ取ったようです。

 その日、小学校という彼の生活すべてが終わった。そして、すべてのサンクチュアリ(保護区といいましょうか・・・)が剥奪(はくだつ)された。げんちゃんは、詰えりに手を通し、慣れないベルトを四苦八苦してしめた時から、もう、自分が甘えられるところはなくなった、と本能的に感じたのでしょう。それは理屈じゃなかった。
 そう、確かに変わらなければならない!

 その日、げんちゃんは、教室で、卒業式の日とはぜんぜん違う目をしていました。先生の説明を聞きながら、メモ帳を出すことはできなかったけれど、意識を入れて聞いていました。意識を入れた時間は、今までになく長く、普通の子と同じとは、まったく言い難いけれど、卒業式の、あの日の教室のげんちゃんとは決別していました。

 普通クラスの先生は、中年の英語の先生で、直感的に、素晴らしい先生にあたったことを悟りました。そして、その素敵な先生が、生徒に語った言葉は、今げんちゃんに必要なことすべてでした。

 小さいことを重ねることが、とんでもないところに行くただ一つの道だ。
 自分ができると思ったことはできるし、できないと思ったことはできない。

げんちゃんは、逃げることから目をそむけ、できる、と信じて、小さいことを死に物狂いで重ねていかねばならない・・・なんか、神様から、ずどんと降ってきたようなずっしり感。私は、しっかり受け止めました!
 
 そして、
自分が誇れるのは、世界チャンピオンになったことじゃなく、何度負けても立ち上がってきたことだ。

 これから、私とげんちゃんの3年間に、神様与えた言葉だと、直感しました!

こういう天の演出にはしびれます! 行くぞ~!げんちゃん!!
レッツゴー!  (続く・・・ははは・・・苦笑)



追伸。いきなりつきぬけた~と行かないので、大丈夫です、ちなみに・・・とほほ・・・
 

by glow-gen | 2018-04-15 01:39 | 学習用ソフトを使って | Comments(11)

自分勝手な基準を設ける。

げんちゃんの公文の先生と話をしました。

私「もう一人で、くもんのやりかたをこなしてますか?」
一人で、プリントを5枚やって、提出したあとは、間違いをすべて自分で訂正して先生に見てもらう。それを繰り返して完成すれば、宿題をもらって帰ってくる。

先生「う~ん。自分で訂正する、というのはできません。何度言っても、一つやりなおせばすぐに持ってきて、最後は、とうとう、いやになって、だらだらとなり、私が横についています。」

先生「ミスもすごくて、国語なら主語を二つ書いたり、そう難しくもない文を読み飛ばしたり。普通のお子さんは、少しずつ積み上げていって、精度があがるのですが、げんちゃんの場合は、何度やっても、クオリティーはまったく上がりません。こういうクオリティーの低いことを延々と繰り返すことに意味があるのか、私も悩みます。
いっそ、1年生の問題に落としてみようか、とさえ思うときがあります。」

先生「先日は、暑い暑い、と言いだして、いつも締め切りのカーテンまで、全部開けて行ってました。こんなこと、1年生でもしないことよ!と叱りました。」

まったく、今のげんちゃんの現実です。くもんの先生は、少しなめられているようにも思いますが、やれやれです。げんちゃんは、なんとなく、出来ることも増えている。でも、そのクオリティーはいっこうに上がらない。とくに、学習は、意識を入れることを極力抜いて、自分のやりかたを勝手に肯定し、暴走しています。人の言うことも聞きません。

昨日は、事情があって、ある場所から一人で電車で帰らせました。初めてのことです。げんちゃんは、意識さえ入れれば色んなことができると私はふんでます。でも、ふてぶてしく抜いてくる。

私「ここから、自分で切符買って一人で帰りなさい。」
げん「え?無理だよ。」
私「できるよ。わからなかったら、駅員さんでも、誰でも聞きなさいよ。無人駅じゃあるまいし。じゃね・・・」

こいつは、心底びびらせないと、意識が入らない、と思った私は、あえて、突き放します。

げん「どうやって、切符買うの?」
私「路線図で調べなさいよ。値段書いてあるから。ここは○○駅、あんたは、どこまで乗るわけ?」
げん「△△・・」
私「わかってんじゃん。んじゃね・・・」
げん「え~無理だよ!」
げん「目ついてるでしょ。見なさいよ。まず○○駅をさがしなさい。」
何分もかかって、やっと当駅をさがしました。そこから△△駅は、つながったラインにあるのに、路線図全部から自分の帰る駅をさがしています。

私「あのさ、ここから30分くらいのとこだよ。この駅からつながっている線上で捜すんでしょ。」
げんちゃんは、ずいぶん時間がかかって探しだし、券売機に向かいます。

げん「370円だから、いくらいれるの?」
私「知らないよ。自分で考えなさいよ。」
げん「・・・」
小銭を必死で集めて、丁度を入れました。

私「あんた、算数苦手とか言ってたけど、算数じゃないから。生活だから。わかったでしょ。できなきゃ切符も買えないのよ。あたし急ぐから、それで乗って帰ってね。じゃね。」
げん「おかあさん!わかんないよ!」
私「駅員さんに聞きなさい。口ついてるんでしょ。」

結局、改札までついて行って、乗る線を教えましたが、私は、急がなきゃいけないということで、終始私はぶすっとしてました。やっと離れて、私が目的地に向かっていると、スマホに電話がかかってきます。
げん「あの~、○△行きってあるんだけど、これに乗っていいの?」
私「いいよ。早く乗らないと、もう出るよ。」
げん「あ~~、あ~、わかった~。」

そうとうあせっていたみたいです。やりゃできるじゃん。普段は、私の話など、まったく聞く気もなく、横柄な態度ですが、こういうシチュエーションでは、私にたよってきますよね~。
それゆえに、あたしになめたまねしたら、突き放すよ・・・こう言うときは、めいっぱい見せつけます。でも、帰って聞くと、電車の中で、路線図を見つけて、始終見つめて、到着駅で折り損なわないようにしていたそうです。そんなこと別に教えたこともなかったですが。
 できるんだよね~・・・

しかし、慣れた先生、慣れた環境・・・げんちゃんは、ふてぶてしく自分を押し通そうとしているように見えます。私の話が始まれば、「聞かない」と、心にふたをする。大切なことを、疲弊するほどがんばって伝えても、伝えようとする真意をくみ取ろうともしない。それどころか、簡単な指示さえ心で聞くことはない。電話だったりすれば、受話器さえ離してます。

げんちゃんの課題は、わかってます。
げんちゃんは、障害児としての基準、支援クラスの子が、これができたら、とりあえず、ほめてあげなきゃ・・・という基準には、ある程度到達し始めました。
たとえば、自分から勉強に取り組む、とか、一人でちょっとしたおつかいできる、とか、友達と問題おこさず遊べる・・・とか、なんとなくだったら、集団の中にもとけ込んでいる、とか・・・

今までなら、そういう基準がベースだから、そこを、まあまあクリアしてくれば褒められた。

 でも、それは普通の基準ではありません。あげればきりがないですが、たとえるなら、普通クラスに移行できた~なんて言ったって、ハンデつきで、普通クラスの基準ではジャッジされてない、とか。

しかし、本人は、それをまったくわかっていない。私が、世の常識をさとし、人の心の動きを伝え、普通の人の考えること、やるべきこと、こえていく基準を伝えても、彼は、まったく聞く耳を持ちません。

 あくまでも、自分がこだわるのは、げんちゃんの基準であり、話しにならないずれた基準です。くもんなら、やれば二重丸。そのクオリティーは彼の知るところでない、といった感じです。
 そのくせ、その基準を満たしている自分は、ちゃんとできている、と思っているようです。思ってなくても、少なくとも、それでいいと思っている。

「ぼくはいい!」 「僕は無理だから。」「ぼくの考えでは。」

そういうことをよく言うようになったげんちゃんです。

確かに自分から取り組んではいる、くもんの宿題を、私は横目に見ながら、いらいらします。

激しく乱れた字、何度やってもタイムパフォーマンスの悪い取り組み方。あとから思い出すこともできないような復習のしかた。ありえないミス。もう何度も何度もアドバイスしても、同じことが繰り返されていると、うんざりします。

私「ねえ、定規使おうよ。字汚くて、毎回間違うじゃない。」

げん「あー、はいはい。」

私「あのさ~。ここちょっと見て。」

ありえないとこで間違ってる。
げん「ちっ!」
げんちゃんは、勉強道具をもって、逃げるように場所を変えます。何を言っても、クオリティーの低い学習をただひたすらでっちあげることをやめません。どっと疲れます。


私「明日は、入学式の練習に行きなさいね~。」
げん「いややし~!」
私「あんたは、支援クラスでは、そこそこ出来る方になってきたから、いいんじゃない。(いやみたっぷりに言ってます)
 先生もほめてくれるよ。でもまあ、普通の基準ではまったく話しにならないから、支援のプログラムには参加しなきゃ。」
げん「いやだ!」

私「あ、そ。でもね、そろそろ普通の子の基準に達するようにがんばらないと、ずっとこのまんまだよね~。」

げん「うるさい」

どこまでわかっているのか、微妙なところもあるのですが、ほんとたちが悪いです。
自分が決めた低い基準で行動を決めて、プライドだけは普通のところ。私の言うことは、はなから無視。聞いてわからない、じゃなくて、聞こうとしない。心に入れようとしない。強固な自我を感じます。

そろそろ、自分かってな基準を捨てて、普通の正しい基準に入れ替えていかないと、普通の世界で生きていくのは無理だし、ご迷惑はなはだしいというものです。
世の中の当たり前の基準や規範・・・・それらを持って、自分を高めていけるかどうか、それとも、普通ではない、特別枠をはめられて、制限のかかった中で生きていくのか、あなた自身が選択するんだよ。と、思います。

明日は、入学式。そういう基準をしっかり求めて指導してくださるように、先生にお願いしなくてはならないです。今のステージ、やたらにほめたり、ちやほやしたりするのは、ほんとにすべてを台無しにしてしまうでしょうね。私は、ちょっと離れたところで、しっかり舵を取らねばなりませんね~。

自分勝手な基準を、普通の基準にさしかえてほしいです。











by glow-gen | 2018-04-09 15:38 | くもん(公文教室) | Comments(43)

新しい出発。子離れしましょ。

  ご無沙汰です~・・・
怒涛のような4月です。浪人していたお姉ちゃんが、無事志望校に受かり、一人暮らしの部屋に引っ越しました。県内なので、高速をとばしていけば、日帰りできます。初めての一人暮らし、何度か往復して、家財道具をそろえ、100円ショップに通い詰めて、収納用品や、優れモノグッズを集め、動線を配慮した、すっきり整理整頓された部屋を完成させました。

 この娘ときたら、お片付けの習慣がなく、ほんと汚部屋浪人生活をしていたので、一人暮らしをきっかけに、収納や片づけのノウハウをなんとかものにしてほしいと、私ががんばってセッティングしました。片づけなさいよ! と叱咤激励しても、まったく埒が上がらなかった今までを振り返り、やはり、片づけのノウハウは、ちゃんと教えねばならないのだな、と、さとった私です。

 げんちゃんからまったく離れて、娘の新しい新居で、二泊お泊りしながら、思ったのですが、ほんと、今まで、こんな風に、娘にかかりっきりになるのって、げんちゃんの発達が発覚してからこのかたほとんどなかったな~!

 テレビもない部屋で、片づけのポイントを彼女に話したり、たわいもない女子会をしたりしていると、いかに、今まで、私は、げんちゃんの呪縛にかかっていたのね・・・と思う次第です。
 私が家を空けたら、げんちゃんは、朝さっと起きて、それなりに朝の身支度をして、その日の予定にとりかかったそうです。

パパが、
「ちゃんと、自分から起きて動いていたよ。」
と教えてくれました。言いつけておいたいくつかのことには、あいかわらず抜けもあったけど、私がいなければ、それなりに意識入れようとするのね、とわかりました。

この私のげんちゃんへの距離感は、この数日間絶妙でした。


私が、今直面している問題は、げんちゃんの意識の方向性のまずさです。

何度も書いたように、げんちゃんは、夏くらいから、どんどん意識が出てきました。それで、自我もおまけについてきて、

”ズルする。” ”自分の都合の良いように解釈する。” ”やりたくないことには、意識を動かさない。” ”興味のないことは、自分と関係ない、と決めつける。”
”自分をよく見せるために、その場かぎりの言い訳をする。” ”都合の悪いことはごまかす。”

とくに、私の前では、甘えも手伝い、こういう行動が鼻につきます。

これらの負の行動は、ある意味、意識を使えるようになったがためのものですが、副産物というには、あまりにも、大きなパーセントをしめてきていて、私も持て余してしまうありさまです。自分の立ち位置を把握できているのなら、なぜ、まっすぐに取り組まないの?逃げるの? あなたに選択肢はないんじゃない? そういうことを言い続けてもうへきえきしている私です。

 具体的に言えば、きりがないです。

 学習中、あいかわらず、やりたくないオーラを全身にまとい、うざい受け答えで、こちらの言うことを聞き流す。

 あるいは、野球をやっているくせに、外野も内野もショートもさっぱり意味不明。しかも、知らないことに、何も疑問ももたず、知る必要性も感じない。少しでも、これは何?と、意識を向ければ、だんだん、わかってくるはずなのに、まるで、我関せずを貫き通している。

 S先生に組み立てるように、と言われた簡単なプラモデルは、少し細かい作業があると思うと、すぐに放棄する。しかも、「ぼくは、こういうの苦手だから、」と言い訳のおまけつき。

支援クラスはいやだ。僕は、普通にやっていける、と、認めてほしいけれど、それに必要な自分のレベルアップには二の足を踏む。そのかわり、普通の子に多少おいついてはいないけど、ごまかせる、と勘違いしている。

 やれば少しは出来るのに、生活全般のやりっ放しを、それでいいと決めつけている。

 もちろん、悪いところばかりではありません。意識が入れば、学習中の効率も上がっているし、もともとの性質は、素直で優しいところがあると思います。

でも、あふれ出した自我に、平気で自分を支配させているような最近のげんちゃんです。自分に、限界を初めからもうけてしまう・・・という、もとからある傾向は、ここへきて、げんちゃんの性質を決定づけるほどふくらんできています。


 生物的な思春期に、幼児期の自我の芽生えがかぶってきて、このままだと、こいつは、どこへ向かっていくのだろう、という危機感さえ感じます。


 我が家は、春の入学ラッシュで、物いりは相当なもので、学資保険はあっというまに消えます。なんか、げんちゃんに、我が家がどれほど家計をふりまわされているか・・・考えると、すべてやってもらっていることはあたりまえ、と思っているげんちゃんに頭きます。
自分の好き勝手な方向性に舵をとっているげんちゃんは、人間としてどうなのよ、という感じです。

 お姉ちゃんのことで、距離的にげんちゃんと離れると、不思議なことに、私の中で、すとんと、何かが変化しました。

ありゃ、これは、子離れというのかしら・・・・


 3月、なんとか、中学から普通でいけるようにがんばらせようと、躍起になっていた自分に気付きました。でも、そうそう簡単にいきそうにない。それに、私が、あれこれおお膳立てして、下駄をはかせてやるのもばかばかしくなってきました。げんちゃんが、少しでもよく見えるように、とか、中学ついていけるように・・・とか、本来、げんちゃん自身が、もっと感じないといけない思いを、本人ではなく、私の方がにぎっていた・・・
 なるほど、こういうすけべ心をげんちゃんが感じ取って、私に丸投げしてきていたのかもしれません。そろそろ自分で立っていこうよ。

 もういいや。距離を置こう。ここからは、ある程度、指導はするけど、今までのようにいたれりつくせりするのはやめよう・・・・と思いました。

そうこうしていると、中学の支援の先生から電話がありました。

「入学式の予行練習に来て下さい・・・」
「は?」

なるほど、入学式をこなせるように、げんちゃんだけ取り出して練習をさせようというのね。その必要はないと思いますが、サポートありきの支援体勢なのかもですね。

げんちゃんのプライドをずたぼろにする作戦もいいかもしれませんね。これからは、今までとは、方針をかえようかな・・・・と思い始めています。
 自分のつけを、しっかり中学ではらってもらいましょうかね~。
 私は、時々お姉のところに泊まりに行こうかな・・・

 


by glow-gen | 2018-04-06 12:46 | 意識のこと | Comments(10)



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中学1年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学1年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
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 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
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