げんちゃんの発達障害プロジェクト

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算数の学習障害、図形や文章題の教え方 その2



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細かく分解して、ステップをビジュアル化してやるんだそうです。これは、算数に限ったことではないのかもしれません。


先日、K先生がお休みの時、私が算数を(台形の面積で撃沈した・・・)おしえていて、どつぼにはまったことを、S先生に話すと、またまた、算数に関して、すごいアドバイスをくださいました。あまりに、すごくて、自分だけで持っておくには、もったいないので、まとめてみます。

G「ふえ~・・・台形の面積やってたんですが、上底たす下底、÷2、というのだけ、適当に使った、でたらめの式書いてました。何度も、意味を図形におこして説明してるし、時間をかけて、自分でやらせたこともあるのに、まったく、考えようとしません。なんですか?
文章題も、同じような感じです。」

S「文章題は、あらかじめ、図を書いたりしてあげたものを見せて、やる方がいいよね。まだ、自分でそこまでもっていくのは、時間的なロスが大きいでしょうね。」
(アユミンさんが、言っていたのと同じことを言ったので、ちょっとびっくり。)

S「そしてね、たとえば、図そのものとか、文章題から抽出した、パーツパーツは、別のタイミングで、それだけを訓練した方がいいんだよ。」

G「つまり、文章題は、ある意味、総合力、最終頂上だから、そこに行くまでの、たくさんのパーツを、それぞれ、取り出して、まだまだやらなきゃいけない、ということなんですね。」

S「そういうこと。」

G「いきなり、土台部分をとびぬかして、総合的なものを求めてもむつかしいわけだ。」
S「文章題を、こっちで、図やメモなどに落としてやっても、量が満ちてくれば、やがて、そこそこできてきます。だから、しつこく、普通の子にやるようなことをさせなくてもいい。
 図形は図形で、取り出してやる、とかすればいいけど、いきなり描くことも、意外とむつかしいから、ドローンなんかを使って、それと同じ効果のトレーニングをふめばいいです。
とにかく、細かく分解してやろうね~。」

G「ところで、げんちゃん、スケートボードがすごくうまくなっているんだけど。あれって、バランス感覚ですか?」
S「そうだよ。バランス感覚は、割り算に関係しますよ。体の重心の分け方がわかってくると、割り算ができてきます。」
G「え、そうなの? 確かに、去年は、割り算に、まだ難儀してましたね。・・・へ~、びっくりするな~。」

Sさんは、ほんとに、よくわかっていると思います。分解、といえば、分数も上の写真のように、ステップを細かくやらせていました。私などは、そこまでステップを区切って書けば、逆に頭の中でする訓練にならない、と思っていましたが、そういうものでもないようです。

 さて、げんちゃんの久々のヒットが出ました。

 先日、げんちゃんに、口頭諮問してました。
G「300たす40は?」
げんちゃんは、こういう問題を、ヒアリングだけで質問すると、平気で、700とか言ってきます。今回はどうでしょう。

げん「う~ん。340!」
G「お~!正解。じゃあ、、400たす、30は?
げん「430!」

それから、げんちゃんは、私を見下したように
「あのね ”I have a pen!”ってこと!」

そういうと、ピコ太郎の真似をして、歌います。え、どういうこと? 私は、まったくわからずぶぜんとしてました。いっしょにいたママが、

「そうね。ただくっつければいい、ということだね・・・ははは・・・」

なるほど、げんちゃんは、計算のコツを、大好きな、ピコ太郎の、"Ihave a pen." にたとえたのです。

う~ん。げんちゃんの、時々現れるこういうインテリジェンス、好きですね~。これも、立派な”広がり”ってやつですね。私が気づいていないだけで、げんちゃんの世界は、どんどん広がりを持ってきているのかもしれませんね~。期待したいところです



by glow-gen | 2018-01-30 23:05 | 算数の学習障害 | Comments(4)

算数の学習障害 げんちゃんは、どうして算数の文章題ができないのか?

 げんちゃんは、鳥がヒナにエサを口まで運んでやるように、1から10まで、せっせと、問題を解いてやって説明してるだけの日々が続いていました。ヒナなら、全力でエサを欲しがるから、まだましです。げんちゃんは、うなだれて弱弱しいヒナといった具合でした。

 それでも今では、気が向けば口を開けて、変なところを見ながら、口をパクパクさせているくらいにはなっています。

 そこから、一気に行ってほしいと思うのですが、とくに、算数になると、行きつもどりつを激しく繰り返し、空を打つような虚しさがあります。

 計算障害もさることながら、文章題に取り組むときの、独特な彼の思考停止状態は、果てしなく遠くにいるようなげんちゃんを感じます。身もだえするほどです。

 アユミンさんのコメントは、その隔たりを超えていく1本の矢のようです。コピペさせていただきました。

アユミンさん記

 低学年の頃、勉強について行けたということはないです。授業中は頭はメルヘンの世界に行っていました。公文は面倒見の良い姉が一緒だったので、なんとか通えていました。先生とのコミュケーションは姉がとってくれていたのかも?実はもうあまり覚えていません。

 図形、関数、証明等については、私の場合ですけれど、まず図や表を描くことが、ハードルが高いのです。これらの勉強をする時って絶対書けって言われますよね。
不器用で空間認知能力がないので、大人になった今でも定規があっても、まっすぐ線を引くことが難しかったりします。
(わかりますう~!げんちゃんも、なかなかでした。)

絵も描けないので、図や表をかけと言われる時点で拒否反応を起こしますし、書いていることを前提で説明が始まるので、スタートラインにも立てない感じです。

(げんママ : う~ん、そうなんですね、💦 げんちゃんに、どうして図を描かないの? とか、メモしないの? とか、詰問してたよね~、図を描けばわかるでしょう、と不思議でした。そこを端折ってできるわけがない・・・と。貴重なアドバイスです! ありがとう!)

なので、図や表をあらかじめ書いたものを、プリントで配ってくれてそこからなん度も説明してくれたほうが、子供時代の私にはわかりやすかったです。
書かないとわからないでしょ、とも言われますが記憶や暗記の仕方が人より独特で、私の場合は右手の第1関節を意識して、覚えたいことを頭で思い浮かべながら眼球を動かすという方法で、漢字などもこの方法で覚えています。

(げんママ :図や表は、こっちでどんどん描いてやった方がいい、とどこおれば、さっさと進めてやった方がいいのですね~。つい、やってごらん、と時間をロスしてます。その積み重ねが大量になれば、やがて、本人から動き出すものなのかもですね。少しは図なども描くようになってますから。)

あとは、げんママ様が実体験の必要性を以前も仰っていましたが、私の子供時代はとにかく、身体で感じ取れる感覚が鈍かったです。時間はもちろん、今日の気温は〇〇℃くらいだな、これは重いな〇〇kgぐらいかな、家から学校は○○mぐらいだな、このコップは〇〇ccぐらい水が入るだろうな等のことを考えたこともない有様でした。

(お~、つまり、意識してなかったということなんでしょう。だから、これは、何グラムだと思う?とか何メートルかな~? とか、言葉かけが重要なんですよね。時間も、そう!)
こういう感覚がわからないから、文章題が求めていることがわからなかったのだと思います。
あと、三角形の角度の合計は180°は知識としてわかっても、角度の概念がどうしてもわかりませんでした。
体育で、右手を斜め上に45°挙げるとか言われても、??でしたね。
働いてからも、ベッドギャッチアップ60°まで可とか指示がでると冷や汗が出たのですが、それ用の巨大な分度器を使っているうちに、角度の概念がやっと身体に染み付きました。もっと早くやっていれば、図形の問題はもう少しなんとかなったと思います。

(げんちゃんもまったく同じだと思う・・・先日K先生が、体重計に乗せて重さを説明したらしい・・・ひたすらプリント学習をつんでも、効率が悪いのは、こういうことで、すごく注意しなければならないポイントなのでしょう。)

次に、実体験をつむことの他に、ロボママさんは、こういうことも言い添えられてました。

ロボママさん記(編集させていただきました)

算数で使われている用語には「独特な言葉」が多い。特殊な言い回しが多くて、日常生活で体験していない。

例えば、対称軸の問題で「点Cに対応する点はどれですか?」という問題がありますが、日常生活で使う対応の意味と算数で使う対応の意味は明らかに違いますよね。

一般の子も数字と言葉を結びつけた体験をしていないので、数字に普段から興味のないような子は、文章題が苦手な子がいます。そういう場合は、ひたすら文章題を解いて、数字と言葉を結びつけて考えるトレーニングをしていけば、だんだん慣れて解けるようになるようです。
 しかし、発達凸凹の子は、特に言葉だけ得意だったり、数字だけ得意だったりして、認知に偏りがあるため、ただ文章題だけ解いても出来るようにはなりません。実体験と文章題を解くということの両方をやっていかなければ、なかなか解けるようにならないと思います。

でも、そこに向かうための学びの一つ一つは、同時に、他のことを成し遂げる下地にもなるので、本人の成長には大きな意味のあることだと思います。
(算数だけのことにとどまらないのですね。私もそう思います)

げんママ記
普通のお子さんは、幼少期に経験からどんどん理論的なものを習得していけるのでしょうが、げんちゃんは無理だったのでしょうね。でも、脳が、改善していって、少しは学べるようになる。そうなると、幼児期に帰って追体験しなければならない。遅ればせながら習得する、と考えれば、実態物による経験が今でも必要だ、ということは、当然のことかもしれません。。なかなかやっかいですが、これも、3歳児育児と思えばいいのかもしれません。

算数の言い回しに関しては、これも、感覚があってこそ学べるものなので、遅れてきちんと入れる必要があるというわけなのでしょう。

とにかく、根気勝負! ということですね~。げんちゃんは、算数嫌いオ~ラで全身を包んで、私の根気の前に仁王立ちしておりますが・・・・。

お二人ともありがとうございます。


by glow-gen | 2018-01-30 05:00 | 算数の学習障害 | Comments(6)

発達障害、話しているのは、会話ではなく対話・・・・

 げんちゃんを、K先生やくもんの先生にあずけて、自分が学習などにかかわらないと、一見伸びて、いい感じになった、と思ってしまうのですが、少しでもかかわると、ほんとに、ぞっとすることが多いです。

  今日も、K先生がレッスンできなくて、午前中仕事を休んで私が教えました。チャレンジタッチの算数をやりました。図形の面積や体積をやっていったのですが、そこでまた私は呆然としてしまいました。台形の面積を出すのに、げんちゃんは、まったく無意味な式を書きました。上底+下底、というのと、÷2,というのだけ、どこかに残っているのでしょう。すすすっと、わかったかのごとく式にしたものは、それを使ったでたらめのもので、彼が、台形の面積の出し方の意味など、決して考えることはない、ということがわかります。

 もちろん、自分でもうろ覚えだったと思ったようで、ちょっと頭をかしげるのですが、図を書こうとか、そういう意識は毛頭生まれてこないようです。しかたがないので、私が誘導してやると、彼は、また、理解するというのではなく、私の言葉尻からつかんだことをでっちあげようとするだけです。

「台形は、二つの形をこうやって合わせて、平行四辺形にするんだよね・・・」

 説明してごらん、と言っても、げんちゃんの口からは何も出てきません。ひたすら、沈黙するか、私の言葉尻を覚えて、そこだけを言ってその場逃れをしようとします。もう、何度も何度も繰り返し説明してきたことだし、プリントを続けていると、すらすらできることもあります。つまり、わかっているのかな、と思える答えも出てくるので、そこがやっかいなところです。 
 結局、彼は、自分の言葉を使って、何一つ説明もできないし、ちゃんと理解もできていないようです。悲惨な格闘劇を続けていくうちに、え?もしかして、面積、ってことの意味がわかってないの? 感覚がないのかも・・・・・もしかして、そこまでさかのぼって、わかってないのかも・・・・という、恐ろしい現実にぶち当たりました。

 そして、彼と格闘していて思うのは、げんちゃんは、会話ができない、ということです。日々会話しているようなことは、会話ではなく、単なる対話です。
ママ「昨日のK先生の教室どうだった?」
G「・・・・・」
ママ「がんばれた?」
G「うん、がんばれた。」
ママ「そう、よかったね。先生が、げんちゃんが、国語の問題を解くときに、○○・・・・・・・・×× だったと言ってたよ。その宿題プリントって、どんなのだったの?」
G「・・・・え~っと。普通・・・かな。」
ママ「普通って、文章と漢字?」
G「・・・かな? あ、お母さん、今日、電気がつけっぱなしだったよ~。」
ママ(ふ~・・・疲れる・・・文章になるのは、その程度の会話かい・・・)

 彼のは、会話じゃなくて、対話だよ、とS先生が解説してくれました。一見、会話が成立しているようで、ただの意思表示にすぎないやりとりです。ある意味、意思表示にもなっていない。だから、げんちゃんと会話するのは、ほんとにしんどくて、話題を簡単な浅い内容に落とすだけ落として会話している自分がいます。何か、彼から聞き出そうとすれば、つまり、インタビューすれば、そこには沈黙しかなく、こっちが、会話のリードを根ほり葉ほりしていくことになります。げんちゃんと話すと疲れる・・・・結果的に、私は疲弊します。

 友達ともうまく話が咬むように見えますが、相づちや、一言の返しでしかありません。良く観察すれば、げんちゃんが、意味のあることを言ってることは、まれです。たまに自分の興味のあることを言うときに、たどたどしく、長い話をしますが、それさえ、普通の子にすれば、短いセンテンスにすぎません。

 マインドマップも、ほんとに、行き詰まる時はめいっぱい行き詰まりますし、できても、単語がぼつっ、ぼつっと出てくるにすぎません。「そう、げんちゃんは、○○って思うんだ・・・」とか、つなぎの言葉を入れてやって、会話を埋めてやる必要があります。とうてい、普通のお子さんの、中身のある、なめらかな会話など、遠いかなたです。連絡事項とか、簡単な意思表示とか、そういうものならできるでしょう。それを会話と思いこんで暮らしてきた、そういう言い方もできます。この子たちを自閉症スペクトラムと読んだりするのは、よくわかります。言葉があっても、ほんとに限局された広がりしかありません。

 先の、台形の問題だって、言葉として、意味をつかむこともなく、ただなんとなく、宙を舞う言葉を、しずくのように集めて、理解したというのとすりかえている、なんか、そんな感じです。なんとも、恐ろしいことだ、と、凍り付くような気持ちになりました。色んなところが伸びているのは確かですが、恐ろしいほどの深い淵が横たわっていることを感じます。くもんのプリントを一生懸命やってるげんちゃんですが、単なるプリント学習では、見えてこない、げんちゃんの闇。

この闇を前に、途方にくれる私です。

by glow-gen | 2018-01-26 19:44 | 説明する、会話する力 | Comments(15)

発達障害の子にくもん(公文)教室は合うのか

  げんちゃんは、去年の7月から、くもんに通ってます。もともとくもんに入れる気なんて、毛頭なかったのですが、いつも勉強をになってくれるK先生がお休みの時、仕事で帰りが遅いママは、何もできず、代わりの先生をしていただけないかと、くもんの門をたたいたのがきっかけでした。

 でも、教室自体に入る気はありませんでした。でも、ついでに紹介されたくもん教室のやりかたは、ちょっと前のげんちゃんなら、無理だなと思えましたが、少しは落ち着いてきたげんちゃんには、いいように思えました。そして、そもそも集団でうける塾なんて、げんちゃんには、無理だったので、くもんは新しい挑戦でした。

 げんちゃんが、くもんに入ったので、くもんは、発達障害の子にいい・・・と思われるかもしれませんが、くもんこそ、発達の子にとっては、はじめる時期や、取り入れ方を考えないと、すごく酷なことになるのではないか、と思っています。

 今回は、くもんについて私が考えるところを書いてみたいと思います。

くもんの教材は、すごく特徴的です。算数は、見てる限りにおいては、ほとんど計算ばかりです。文章題はほとんど見たことはありません。(少しはあるのでしょうか・・・)とにかく、学研の教材などのように、学校でやるプリントに似たものではありません。算数は、計算に特化して、基礎から、それこそ、細かく段階をつけて、一歩一歩進めるように工夫された反復が続きます。

 計算に関しては、ほんとに工夫の仕方がすごいな、と思えるほどしっかりしています。げんちゃんは、今、分数を何枚もやってますが、苦手な約分も、最初は、ひたすら、全部、2で割りましょう・・・となっていて、負担はありません。自分で、自由自在に約分できるところにたどりつくまで、ひたすら、指定したもので割る練習が入ったりします。ですから、無理のないステップ方式です。でも、その量たるや大量です。小さなプリントなので、普通の子なら、1枚やるのに、たいして時間はかかりません。細かいステップに分かれて登っていけるので、先生がいちいち教えなくても、こなしていってると、仕組みがだんだんわかってくるようなからくりになっています。

 しかし、このプリントも、げんちゃんのように、そもそも数の実感のついていないような子だと、まさに、感覚がなく、ひたすらパターンになってしまうと感じます。

 数字が実体として感じられている子は、そこからの広がりとして、算数がプリントともに広がるかもしれませんが、もし、実体物のトレーニングなしに、ひたすらこれを最初にやらされてしまうと、あとになって、恐ろしいことになる、と、私は感じます。

 げんちゃんは、しくみや理論的な部分を、プリントの流れからつかんでこれない子です。あらゆるパターンの算数、あらゆるパターンの実体物、経験、そういう多角的な入力によってしか、本来の算数の能力がついていかない子なので、くもんだけにたよった算数学習は、ほんとに恐ろしいことになってしまうと思っています。

 げんちゃんは、ほんとに、気の遠くなるような努力とプラクティスと、経験と体験を、積み重ねてきて、やっと、算数の門から入れたようなステージにいます。そして、門から先は、無理やり猛スピードで、その道を突っ走ってます。普通の子なら、もっとじっくり踏みしめて進めるところを、ひたすら、転がすように進んでいるような感じです。
 だから、植物にたとえるなら、根がひょろひょろして今にも枯れそうな植物に似ています。それを承知で、先へ転がしています。それゆえ、げんちゃんに与えるミッションは、そのひょろひょろした根を、あとからあとから追っかけて育てていくことでもあります。タフな反復計算練習は、その役目をしています。でも、間違っても、それだけでは、太くならないのも知っています。げんちゃんは、ついこの頃、また、20までのドッツの足し算をひたすらやったりしたし、大きな食パンをことあるごとに切ったり、積み木で数を再現したり・・・・いまだにやっています。

 また、簡単な文章題を絵にして、説明しながら解かせる、とか、そうかと思えば、まだ少し難しいようでも、あえて6年の今習っているところの学習をする、とか、もう、難易度もパターンも、あらゆるものを、あらゆる角度から入力することを心掛けています。

 あくまでも、くもんは、その中の一つにすぎません。ただ、系統だっているし、反復練習ということで、ざっくりできてきたところに関しては、そこを太くしっかりしていくことに一役かってはくれています。
 もちろん国語も、同じようなイメージです。

発達障害の子は、多角的にできるようになってはじめて、一つの大きな「できる」が完成します。かなり、パターン化した、くもんの学習だけを選んで能力開発をしようとすると、とても危険だと思います。

 そこをわかって、利用するのであれば、くもんは、とても素晴らしい教材であり教室だと思います

 また、その子にあったステージを上手に選べば、くもんのプリントは、一人学習の習慣に採用しやすいです。ママの手を離れて、自分でやる、ということに離陸しはじるときに、とても用いやすいです。げんちゃんも、まだ相当不完全ではあれど、多数に交じって、一人で学習して帰ってくるようになりました。(宿題を出すとき、先週終わったプリントが無造作に交じっていたり、全部やってないのに、すぐ先生に持っていってしまったり・・・宿題も、ずいぶん減らしてもらってます。とまあ、まだ、人並とは言えないのですが・・)

ある程度積み重ねてきて、ちょっと離陸できるようになったときに、一つの方法として、くもん教室を採用するのはいいのではないかな~と思います。

どの教材も、これで完璧、ということが、ほんとにむつかしい子たちです。あらゆる角度からの入力が原則だからです。

 教材研究は、おもしろいです。自分の手中にたくさんの教材のレパートリーがあると、げんちゃんのその時々に応じて、うまく利用できます。でも、前日に、教材を組んで、翌日の学習計画を立てるのは、ほんとに、時間がかかってしまいますね~・・・。ついつい寝不足になる日々です。

by glow-gen | 2018-01-25 01:32 | Comments(27)

野球合宿のミラクル。会話のずれをなおす

げんちゃんが野球の合宿から帰ってきました。そして、びっくりしたことがありました。
なんと、げんちゃんは、「最優秀打撃賞」というのをとったというのです。賞状を無造作に私にくれました。びっくりして、先生に聞いたところ、試合中ではなく、バッティング練習の際に、もっともたくさんヒットしたのだそうです。いつもの先生ではなく、別の先生がバスの引率に来られていて、彼は、げんちゃんのトラブルは把握していないようでした。

先生「とても上手でしたよ。体幹がしっかりしてないと、バッティングはむつかしいです。」

え~~。それはないでしょ~・・・目が点です。なんせ、100人くらい参加してます。もちろん、小さい子の初心者のクラスにいるので、6年生は、少ないかもですが、たとえ、1~2年生だけの中にいたとしても、げんちゃんが、1番なんてありえないでしょう・・・

 試合中のバッティングではないので、まあ、そうだよな・・・とは思うけど、それにしても、すごいじゃん!

先生に、かいつまんでげんちゃんのことを話し、最近すごく伸びていて、集中力が出てきた・・とお伝えすると。

「野球は集中力です。集中力が出てきたので、ぽんとよくなったのかもですね。」
と言っておられました。

まあ、よくわかりませんが、卒業前に、げんちゃんの自信につながるできごとが起こってよかったよかった、という感じです。でも、体幹できたとは、到底思えないんですけど・・・こんど検証しに練習見に行ってみよ。

 最近、あれっ?、という出来事が一つ二つおこってました。

げんちゃんは、学校で卒業に向けて、演奏会があるのか、リコーダーを学校にもっていってます。ある日、げんちゃんは、おもむろに、音楽の教科書を出して、指と音符の相関表のところを見て、自ら練習してました。え~? 私はびっくりしました。だって、げんちゃんは、リコーダーが苦手で、今までやる気なんてぜんぜんなかったです。ピアノをやっていても、ピアノは、横に進むけど、リコーダーはたて。そうなると、もう、応用がきかないらしく、クラスの底でした。
 支援クラスで特別に特訓されていた時代もありますが、嫌がって、怒っていたようです。

 ある日をさかいに、彼は、ちょくちょく練習するようになって、(まあ、練習のしかたは難あれど・・・)音楽のない日も、ちゃんと、リコーダーを持参するのを忘れず、(リコーダーに意識が入っている!)さらにある日、使い方を教えたこともないコピー機と格闘して、指のページをコピーしました。そして次の日は、何を考えたのか、またコピーして、さらに、いる部分を切り取りました。そして、使ってない新しいノートを取り出して、貼り付けました。(ちょっと難ありでしたけど・・・)

 お~・・・何がおこった? びっくりびっくり・・・・


 またある日、げんちゃんは、昼間に洗面所で、髪を洗ってました。風呂場から、シャンプーリンスを持ってきて・・・しかも、ブローなんてめったにしてやったこともないのに、自分から、ドライヤーを出してきて、ブローしてました。

 なんせ、これまでの人生、彼は、自分から自主的に髪を洗うなんて行為は出てきません。風呂に入るとき、髪洗いなさいよ、と言って、しぶしぶやってました。

 
 これって、自分が不快だから、髪が洗いたい・・と思って、自ら行動したようです。自分が何をしたいのか、ということを明確につかんできた、ということなのでしょう。

 まさに、意識の方向性が出てきたのでしょうね。

 
 しかし、そういうことの裏腹で、前回の記事と同様に、げんちゃんとずれた会話もしましたよ~。
くもんで女の子とよくある会話をしたみたいです。

げんちゃん「俺って天才!」(英語のプリントしながら)

さくらちゃん「はいはい、あんた英語得意なんでしょ・・(こばかにしながら)」

げんちゃん「さくらちゃんは、ちょっとかわいくないな~。」
さくらちゃん「別に可愛くなくていいもん。ちゃんじゃなくて、さんと言ってよ!」

くもんの先生が、普通によくある男の子と女の子の軽口をいいかんじでかわしてました。と伝えてくれたので、げんちゃんに聞いたら、

げんちゃん「もう、さくらちゃん、性格がかわいくないんだよな~・・(うれしそうに)さんと呼べとか言うしさ。」
ママ「 さくらちゃんじゃなくて、さくらさんと呼べって言ったの?」
げんちゃん「違うよ。さんと呼べ、って言ったんだよ。」
ママ「ニックネームが”さん”なの?」

げんちゃん「違うよ、さくらちゃんだよ!(偉そうに)」

ママ 「さくらちゃんって名前で、さんと呼べ、っていうのは、さくらさんと呼べって意味だと思うよ。」

げんちゃん「違うよ。さんと呼べって言ったんだ。」

前回同様の押し問答・・・

げんちゃんは、友達デビューもいまいち、足りないし、相手のセリフの広がりがつけられないし、しばらく、こういうことの修正をしまくりながら暮らしていくのでしょうね。でも、彼の意識世界が広がりつつあるので、言葉の世界も広げられる足がかりができたのでしょう。良い傾向です。


by glow-gen | 2018-01-22 01:16 | 意識のこと | Comments(8)

穴だらけでも、どんどん進歩しているげんちゃんのようです。自主性が出てきてる

 
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イントロだけ、気まぐれにとっているようなときも多かったけど、けっこうノートはとってくるようになりました。数年前に、げんちゃんがしっかりノートとってくるなんて、考えられないことでした。

今週は、いつも勉強を教えて下さるK先生一家が、インフルエンザにかかってしまい、げんちゃんは、ホームスクール返上で学校に行ったり、家に帰ってきてから、くもんの先生に一日見てもらったり、かなりスケジュール変更された一週間でした。

おまけに、今日明日と野球の合宿だったので、金曜、遅いママの帰りを待たず、くもんに行ったあとは、一人でおばあちゃんのところから、家に帰って、合宿の準備をしておく・・・なんてメニューも盛り込まれていて、あわただしかったと思います。

 まるで、むつかしい中学受験を控えた学友みたいに、げんちゃんは忙しいです。忙しさだけなら、中学受験する同級生より、まさっているかも、と思うくらいです。少なくとも、浪人生のお姉ちゃんより、なんか、緊張感があるような・・・

 (あ、お姉ちゃんのセンター終わりました。結果は、やれやれ、どうなることやらです・・・)

 さて、この一週間を振り返ると、げんちゃんは、変化しはじめたところから、その変化に一区切りつけた、という感じです。英語で言うなら、現在完了形で、変化しました。と書くべきところのようです。
学校から、おばあちゃんの所に帰ってから、くもんに行ったあとは、一人で、自宅に帰り、私が帰るまで一、留守番するのが、当たり前になりました。電話で、ピアノ弾いときなさいよ~。なんて、私が言うと、少しはやっています。合宿の用意も、私が帰るまでに、多少はしていました。半年前から、おばあちゃんにお膳立てしてもらいながら、一日のスケジュールをこなす、ということを、少しずつ卒業しようとがんばってましたが、やっと、まあまあ軌道にのってきました。

 ふと気づけば、学校のノートもけっこうぎっちり書いてくるようになってます。あの苦手な算数さえ、きっちり写しているではありませんか。とはいえ、先生によると、”一生懸命ノートはとっていますが、指示は、まだまだ抜けている”ようで、聴覚処理は、一気にはいかないようです。・・・ノートの字もそれなりに、きれいになってます。

 また、くもん教室でも、だいぶ浮かなくなったようで、熱心に周りと同化してるときも多くなってきたようです。一回15枚というプリント学習は、なかなかすらっとこなせないようで、先生の手を煩わせることも多いみたいですが、少なくとも、7月入門した時とは別人だそうです。

 くもんの先生は、K先生のかわりにたまに個人レッスンを請け負ってくれるのですが、くもんしかやったことないから、とやんわり、一線をひかれてしまうので、K先生のようなわけにはいきません。くもんのプリントと宿題をやってくだされば御の字くらいの気持ちであずけています。前回ワンポイントリリーフをお願いしたときは、げんちゃんの意識レベルがどんと落ちて困ったのですが、今回は、そういうこともなく、げんちゃんの意識は、安定して年末より一段階上に行ったと感じます。

 今日は合宿でげんちゃんはいません。げんちゃんに、少し自主性が生まれてきたので、合宿が、どう作用してくるか、少し期待します。s先生の言う、意識をつかんだら、次は、その方向性をつかんでいく、という、その段階が現れ始めたのだと思います。あまりがみがみ言わず、少し自分で伸びあがるのを見守っているのがいい時期だな、と感じます。

 しかし、彼のすべては、抜けだらけで、決して安心できないところも、多いのも事実です。合宿の準備をさせていると、げんちゃんの判断力や認識力に、え? と思うことが出現します。たとえば、練習用のくつに関して、バスの中で、はく履物をカバンに入れて持ってくる、ということになってました。つまり、スペアの靴が1足いるわけです。

「バスを汚さないように、移動中のバス内ではく靴と、グランド用の靴がいるよ。」
と、私。すると、げんちゃんは、くつを二足持ってきました。そして、なんと、その二足をカバンに入れようとするのです。
「え?じゃあ、げんちゃんは、何履いて合宿に行くの?」
私が言うと、

「お母さん、グランド用と、バス用がいるんだよ。」
げんちゃんは、言い張ります。
「いや、だからさー。この二つをカバンに入れたら、あなたは、何の靴をはいて合宿に行くの?って聞いてるでしょ。」
押し問答のように続きます。

さいごまでぴんとこないようで、とうとう、わかるように説明するはめになりました。説明すると、あー・・・と納得しますが、ちょっと、あんたおかしいんじゃないの?
と言いたくなります。言葉を文字通りとってしまう、発達障害ならではのずれでしょう。 こういうのは、なかなかすぐには改善しないのでしょう。
つまり、こういうささいなことでも、大きく食い違うわけですから、日ごろの会話で、げんちゃんが、こっちの思うところを、しっかりとらえてないことが、容易に想像されます。

そうはいっても、5年生の時点で、宿泊研修の用意が、まったくできなかったことを考えると、確実に進歩しているわけで、そのうち、できるだろうと楽観視しているけれど。


合宿の出発式ではげんちゃんのまだまだのところを発見しました。小さい子のクラスに入っているげんちゃんは、最年長だから、ということで、出発の挨拶をさせられました。その時、げんちゃんのたたずまいは、なんか、上半身が少しふらふらしてました。下半身の安定はあるものの、腹筋に力が入ってないというか、腕をぶらぶらさせたり、なんか、安定感がないのです。しかも、何を言おうか考えると、目がきょろきょろ動きます。低学年の子でも、皆に向かってひとこと挨拶するときは、目は見据えているし、もっとかりっとします。

見るからに変とかじゃないけど、6年生の子を隣においたら、明らかに、しまりがない、というかなんというか・・・
まあ、しゃべるとき、どうしても、視線がうろうろするのは、まだまだ治っていないとは思っていましたが、こうやって改めて見てみると、ほんと、まだまだ体も課題が山積です。

げんちゃんの挨拶は
「試合で勝つぞ! いってきま~す。」
でした。とくに変な感じではなかったかもしれませんが、3~4年生の雰囲気でした。
・・それにしても、打順はちゃんとわかるのかしら・・捕ったらどこに投げるのか、判断できるのだろうか・・・不安の残る野球ですが、いやともいわず、せっせと、なんでもとりあえず、こなしてくるところは、げんちゃんのタフさで、普通の子でも、かなわないとこかもな~・・・と思います。


まあでも、明日までのママのパラダイス、充実させましょ~・・・にこにこ・・

by glow-gen | 2018-01-21 01:16 | 思春期自主性 | Comments(3)

親が勉強を教えるむつかしさ。頭が悪い

げんちゃんに勉強を教えるのは、ほんとにストレスフルです。

あ、今日の記事は愚痴です・・・すんません。

 とくに週末は、少しむつかしめの問題が宿題に出るので、私のストレスはほんとにひどいものになります。わが子の頭の悪さを、うんざりするほど目のあたりにするので、つい声を荒げてしまう場面が多いです。なんで、こんなにげんちゃんは、頭が悪いのかな~・・・IQの高いお子さんがほんとうらやましいです~・・・。 

 算数ももちろんひどいですが、国語もひどいものです。簡単な選択問題は、けっこう答えられていますが、いざ記述になるとすごいです。

 まあ、よくある言い回しがまったくできないので、すさまじく、聞いてていらいらする文章になります。というか、文章にならない。たとえば、”何と何の関係はどういうものだ”、なんていうのは、”何の関係”と一つになってしまうし、(関係なんだから、一つじゃありえないでしょ)・・・、”何が多いほど、何はどうなる”・・・”なんていうのは、”何の多いから・・”とか、””ここからわかることは、何々だということです。”なんて言い回しは、そもそも無理。誘導しながら文をつづらせようとしても、言葉は言ってるけど、まったく意味不明で、聞いてる方はいらいらがピークになるようなしまつです。結局、今日は、何した。どうなった。ということの羅列のような稚拙な文章しか書けません。

 ほんと、算数地獄は、時間の多くをなめつくし、国語までも被害甚大になっている、と私はぞっとします。頭が悪いと、ほんとに、すべてにおいて、空回りです。やれやれ。

 意識障害と頭が悪いのは、別ものなんだな、とやっとわかってきた感じです。発達障害って、頭が良いと、アスペルガーみたいになって、頭が悪いとげんちゃんみたいになるのね・・・と、私は最近思うのだけど、中学の学習になったら、どうなるのでしょうね。算数は、ある程度のところで、切り捨てたほうが、彼にとってはいいのかもですね。少なくとも、こんなむつかしめの宿題なんて、やるのは、どうなのかな~と思います。タイムロスがはなはだしいです。

 とにかく、土日は、私がしかたなく教えてますが、ほんとによくないな~と思います。私は、もう、いっさい学習にはかかわらない方がいいように思います。

 頭の悪い子を教えるのは、昔から苦手だったよな~。大学時代、打ってもまったくひびかない中学生の家庭教師をしていたことがあるのですが、ほんとに、熱心さだけが空回りしてました。そのあと、頭の良い子の家庭教師にかわったとたん、すごく楽しかったのを覚えてます。打てば響く、っていいな~、と。今は、たぶんかなり上手になってますが、自分の子は別ですよ。ほんと苦手です。ましてや、最近げんちゃんは伸びたと思っているだけに、ショックが大きいです。ほんとかわいそうになるくらい頭が悪い。やれやれ。とにかく、

 互いに、よくないので、高い英語スクールをやめて、その予算で、土日も誰かにたのみたいな、と思います。中学に向けて、土日をどうにかしなければ・・・

ほんと、ママが教えるのって、限界があるよ。
私は、読書に付き合ったり、お料理させたり、オセロの相手したり、そういうことに特化してやった方がいいと思う。ほんと。
互いのトラウマになりますね~・・・もう絶対私はやらない! 彼が寝た後、ほんと決心しました。やめたやめた・・
でも、K先生のように、彼のメンタルから、甘やかせず、しっかり負荷をかけてくれる先生は、一朝一夕にはできませんよね~。くもんの先生は、いきなり、げんちゃん落ちてしまったし・・・今、彼に必要なレベルとやりかたで、教えて下さるようになるまでは、ほんとに、相当ミーティングを繰り返す必要があります。私が、いらっとせずに、根気よく、げんちゃんを教えられたら、一番いいのかもですが・・・他人は教えられても、息子は無理・・・困ったものです。

ママが主体で、勉強を見てやっている発達ママって、ほんとにすごいと思います。まさに修行です。

ちなみに、Sさんに、聞いてみましえた。
「こういう言い回しのパターンを教え込んだ方がいいのかな~?」

Sさんは、言い回しのパターンを教えていくことより、一つ一つの関係性をわからせていけば、だんだん言い回しもバリエーションが出てきます。と言ってました。やはり、こういうのも、紙の上だけで教えてもだめだということなのかな、・・・でも、彼は、時々は、こういう問題からもやる方がいいよ、と言って、中学受験の問題集を一冊くれました。たくさんの広がりをもたせる、という意味で、今日の宿題のようなものも、いいということのようです。
 ま、しかし、私は無理や~・・・吐きそう・・・

それに、ほんと、もっと読書や作文、時間をとらねば、とあせります。

愚痴記事でした~

by glow-gen | 2018-01-13 22:41 | 障害児の親 | Comments(31)

一度できたことが、できなくなる。発達障害の苦しみの理由

 なぜ、自閉症のお子さんをはじめ、発達障害のお子さんの、一生懸命できるようになったことが、しばらくやらなかったりすると、またできなくなっているのでしょう。
この点について、ほんとにすとんと落ちる説明を聞いたので、しっかりしたためておきたいと思います。

5年生の自閉症のママであるチンジンさんと、電話で話していたことに端を発します。

T「どうしてK(息子さん)の、一度できるようになったことが、しばらくすると、またできなくなったりするんだろう。」

G「確かに、発達障害の改善に取り組んでいるママは、この問題に、いつも悩まされるよね。げんちゃんも、たとえば、計算を必死に何か月、いや、何年も取り組んで、まあまあできるようになった、と思って、次の課題にうつって、またもどってやらせてみると、またできなくなってる。衝撃を受けることがしょっちゅうだよね~。

 だから、私は、方法論としては、色塗りにたとえて、一つをしっかり塗って、次に行くのではなく、少し塗って次、また少し塗って次。そして、ある程度を薄く塗ったら、またもどって塗り重ねる、そういうやりかたをするしかない、と、体験から学んではいたんだけどね。

 でも、それはやりかたであって、なぜそうなるのか、というのは、私も、明確に説明できない。
 何でなんだろうね。」

T「Kを見ていると、できなくなる時って、パターンが変わった時なんだよね。」

G「ほう! そうなんだ。
 一つのことができる、というとき、ある段取りの中でできていたり、順序が決まったパターンの中でできていたりするのかもしれないね。できる、ということも、ある条件付だったりするのかもしれないのか。なるほど。確かに、げんちゃんの場合でいえば、計算を教えてできるようになっても、ちょっとパターンをかえるとできないから、そういうことも同じなのかな。」

G「なんか、すごく、操作性の悪さの中で、”できる”が存在しているように感じるね。」

二人で、会話しながら、結局いきづまって、私は、Sさんに聞いてみました。
 すると、彼は、見事に説明してくださいました。

S「できた、と周りが思う能力は、例えると一本の細い塔なんですよ。一本の細い塔が上に上に成長していっているようなものです。高い塔が建ったので、周りは、わーすごーい、高い塔が建った、と思うわけです。できるようになった、と周りは、勘違いするわけです。でも、それは、間違いなんです。

言い方を変えると、今までできたのに、というのは、ある一つのラインで、できたにすぎないのです。ですから、実際は、ものすごくもろいもので、確実ではないんです。すぐに倒れる細い塔なんです。」

G「それは、どういうことですか? 」

S 「普通の子の”出来た”は、もっと太いがっしりした塔なんです。げんちゃんの計算ならば、必死で100マスを教え込んだ、なんとか、とりあえず、20までの計算をプリント学習によって教え込んだ、細い塔。他の子は、20までの数の認識を、あらゆる角度から、たくさんの方向性で入ってる太い塔。そういうことです。」

G「あ、なんとなく、わかるかも・・・」

S 「だから、できなくなっていたら、もう一度、もとの位置にもどって、細い一本のもろい塔ではなく、土台のがっしりとしたいろんな広がりをもった、どっしりした塔にすることが大事でなんです。」

G「”もろい”、というのは、なんとなくよくわかります。では太いものに変える、ってどういうことなのかなあ?」

S「太いものにするってことは、つまり、横の領域を作り、、まわりをもっと工夫するということですよ。もとにもどって、同じ、細い塔の作り方を踏襲(とうしゅう)するのではなく、接点をかえて土台をしっかりするということなんです。」

G「たとえば?」

S「絵を描く、ということで説明してみるとね。右端から描いてみて、とか、この色とこの色だけ使ってとか、枠線を書かずに塗ってみて、とか、あらゆる”描ける”を訓練し、できるようになるってことなんです。あらゆるパターンで描くことができるようになった時、土台がしっかりする。ほんとの”描ける”に近づくんです。」

G「つまり、クレヨンを一つつかんで、左から、きれいな線を描けるから、この子は絵が描ける、と思ってしまってるだけで、実際は、ダイナミックにしっかり塗れなかったり、右からは描けなかったり、例えばですが、本当の描けるではないんですね。」


S「そういうこと。」

G「ほんとの”描ける”、とは、あらゆるパターンの”描ける”、が束になっている、ということですね。そういう観点で言うと、発達障害児の細い塔の”描ける”は、もろくて、すぐに、”描けなく”なっちゃう、ということなんですね。」

S「まあ、そういうことかな。」

なるほどな~・・・すごい! 今までの、私のばらばらとした気づきを、ほんとに、すっきりとした言葉に落としてもらった気分です。

少し難しい説明のようですが、私は、ほんとにすとんと落ちました。彼の言うのは、ほんとに、学会発表ものだ、と思います。
つまり、こうです。

げんちゃんが、20までの計算を、百マスをして、積み木をして、あらゆる方向で教えて、わかるようになった、と思っても、またすぐできなくなってしまう。100マスのスピードも、一定以上上がるどころか、下がってしまう。それは、プリント上で、100マス計算がなんとなくできる、ということに特化してできるようになっただけで、(つまり、細い塔)
 彼の量感覚や、空間認識、ありとあらゆる、計算の下にあるる土台部分ができてなかったりするからなんだということでしょう。普通の子は、数に体験や、感覚や、あらゆる横軸をくっつけて捉えているのに、げんちゃんは、ママが教え込んだある数本の道しかついていない。

数の理解には、数とつながる限りなくたくさんの接点が入り混じって、それをささえているってことなのでしょうね。

だから、私が、算数地獄に、発狂しそうなくらい苦しんできて、あらゆることをやっても、そう簡単には、細い塔は大きくできなかったのでしょう。
「算数を教えて算数ができるようにはならない、」と、私が言ったのも、まさに当たらずとも遠からずなんでしょう。

一本の細い塔のたもとにもどって、今度は、まったく違う切り口と接点で、幾重にも入れていく。そうして、かなりのものが蓄積していったとき、はじめて、塔が太くなり、ふと気付くと、ほんとの”できる”にたどりついている。そういうことなのでしょうね。

 つまり、できなくなった、と思ったことは、もともと、本当にできていなかった、と、受け止めれば、ショックも少ないのかもしれません。次は、どの切り口で入れていくか。次の段階だね。と考えればいい。次の切り口、次の接点・・・と、やっていけば、一番最初より、よりスムーズにいくことがわかる。確かに、経験的に、それは感じてきたことでもあります。

 多くの人は、そこで、あきらめるのかもしれないけど、タフな発達ママは、あきらめず、手をかえ品をかえ、やっていく。

そうして、いくつもの接点が出来て、理解が進むと、その子の世界も広がりが出てきて、意識の世界が動き出す・・・・Sさんの言葉は、いつも含蓄に富みます。


S「そして、できなくなったとき、そのことを、一度シンプルにしてあげるんです。」
G「?? シンプルにね~」

 わかったような、わからないような・・・・でも、げんちゃんの算数でいえば、そこまでもどるの? というところにもどってあげる、ということなのかもしれません。


 できなくなった~・・・と打ちのめされるママ・・・・太い塔にしていきましょう。あきらめず、したたかに・・・






by glow-gen | 2018-01-11 21:00 | できたことができなくなる | Comments(17)

心が動くと意識が働く。聞こえていても聞いてない。

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あまりに汚い字だったから、あえて大学ノートを用意したら、意識入って書いた、まともに近い字。これはほめました

とうとう、冬休みが終わりです。げんちゃんは、冬休みに入るときに、まったく宿題を把握せず、メモもなく、宿題がどこかもわかりませんでした。
やれやれ、こういうところを支援してほしいのにな~・・・と思いますが、先生方も忙しいのでしょう。しかたないので、ランドセルに入っていた、冬休みドリル他チェックして、たぶん、これが宿題なんじゃないかな~と、思うところを、コツコツととり組みました。

 宿題をしなければならない、という意識も、こっちがうながさなければ浮かんでこないようで、ま、いつものごとく、こっちがスケジュールを立てて、させるというお決まりのパターンでした。

ほんとに、いつになったら、学校からのデューティーを、把握して、自分から整えていけるのでしょう。意識障害とは、ほんとにやっかいです。

 ある事件がありました。立て続けに3つ、私が激怒することが続きました。

 ある晩、げんちゃんの髪をドライヤーで乾かしてあげようと、居間でおこったできごとです。
私「ドライヤーを使うときはね、エアコンとほかほかカーペットと、ヒーター、いっしょに使うと、電気のブレーカーが落ちるからだめなんだよ。こうやって、ヒーターは消して、ドライヤーを使うんだよ。」

と私はげんちゃんに言って、ヒーターを切りました。
「うん。」
げんちゃんは、返事をしました。そして、私が、げんちゃんの髪を乾かそうとしたその時、げんちゃんは、ヒーターをそばに寄せると、おもむろにスイッチを入れました。


そして、その翌朝のことです。げんちゃんは、一人でいとこの家に遊びに行くことになりました。仕事場まで連れて行って、そこからタクシーに乗せる予定です。
私「今日は、タクシーに乗るから、いつものウエストバックに携帯やカギは入れないよ。お財布入らないから、こっちのバックに全部入れておくからね。今日は、こっちのバックを持っていくんだよ。」
げんちゃんは、また「うん。」
と返事をしました。そして、それから数秒あと、おもむろに、いつものウエストバックをもって、出ていきました。

さらに、でかけた車の中で、その日の段取りを言って、
私「領収書もらっておいてくれる?」
とタクシーの領収書のことを言いました。すると、また、「うん」と返事をしたげんちゃん。さすがに私はあきれて、

私「あんた、何の領収書かわかるわけ?」

げんちゃんは、きょとんとして、何も答えません・
私「何の領収書をもらうのかわからないのに、うん、と返事したわけ? いったい何の領収書だよ!」

げんちゃんは、またしどろもどろのことを言ってました。とにかく、人の話など、ちょっとした雑音にすぎないのでしょう。声だけ通りすぎて、何も意識を動かさない。反射のように、返事だけすることを覚えてしまっています。ただぼ~っと、ひたすらぼ~っと、げんちゃんは認知症の症状と何らかわりがないように感じます。


いとこのおねえちゃんといっしょに宿題をする、というのが、訪問の半分の理由です。前日に、げんちゃんが一人でできそうな、理社のワークブックをもたせて、やり方も指示しました。もしもの時のために、くもんの宿題も入れていましたが、げんちゃんには、くれぐれも、学校の宿題を先にやるように言いました。どっちを先にするべきか、彼に質問すると、自分でも宿題と言ってました。


さて、おねえちゃんところから帰ったげんちゃんは、なんと、学校の宿題はぜんぜんやらずに、くもんのやりやすい宿題だけやっていました。(一部)

もう、ここで、完全私の怒りはピークに達しました。

「おまえ~ いいかげんにしろよ! 意識いれろって言ってんじゃね~か! 」

まあ、ここからは、お見苦しいので書きませんが、私の怒りは、火山の噴火のようでした。
とにかく、久々にすさまじい激怒! げんちゃんが泣こうがわめこうが、怒りの静まりようがありません。

なんせ、げんちゃんが、意識を入れる、ということができ始めたことを、私は察知してますから、その状態で、完全抜いてきているヤツを許すわけにはいきません。なめとんのか!
どれほど、こっちが一生懸命やってるのか、貴様わかってるのか! 


翌日になって、冷ややかな視線をげんちゃんに向けて、K先生がお休みなので、午前中だけ休みをとって、私が勉強を見ました。昨日の余韻もばりばりです。げんちゃんへの視線も冷たいものがあります。
「ちゃんとやれよ! ちゃんとやらないんだったら、私は、見放すからね。」

さて、げんちゃんに算数を教えました。計算用紙に書きなぐったりするげんちゃんに、あえて、大学ノートの計算用紙をあたえ、細い罫線の間に、計算をさせたりしたら、なんと、げんちゃんの字は、意識がピシッと入って、きれいになっています。
「意識入れないさい。考えることを放棄しない! 〇〇××▽▽・・・・・・・・」
いろいろ説明したあとには、すぐに、
「今なんて言ったの? うんうん、返事したって、だまされないからね。言ってごらん!!」
私は、げんちゃんが意識を入れて、人の話を聞くこと要求しました。
私が説明したら、すぐ、自分の言葉で理解できたことを言わせる。すぐしどろもどろになるので、最低限リピートしてやります。意識を抜いて聞いていたら、もう、そこで終わりです。あいかわらずの算数地獄ですが、久々に教えてみると、ずいぶん進歩してます。
 げんちゃんは、昨日の今日で、いい感じの緊張感がみなぎってます。

そして、昼からがすごかった。自分でくもんに行って、くもんでのしあがりも、過去最高(人並というわけではないけど)夜は、一人でおばあちゃんのところからかえって、私が帰る前に、一人でピアノを練習しておく、という課題をこなしていました。しかも、いつもつけっぱなしにする、ピアノの部屋の電気も消していました。くつも、きれいに玄関にそろえていました。
きれいな字、学習への集中、自分で取り組む姿勢・・・まるで別人です。

あ、突き抜けた! そんな感触がした日でした。博多発、東京行の新幹線が、広島あたりから、呉(同県です)に進んだくらいの進歩ですが、進歩したな、と感じた一瞬でした。
意識入れば、違うのがこの子たちです。ほんと


もう一つ、こんなことも気づきます。
親戚のおねえちゃんとこで宿題をしなかった件について、めずらしくパパが
「んじゃあさ~。学校の宿題だけ持たせればよかったやん。」
と、すっとんきょうに私に言いました。その瞬間です。決して、なめらかに、意見を言ったりできない、げんちゃんが、すごく饒舌に言葉を発しました。
「そうだよ~・・・○○おばちゃんも、少し子供の好きなようにさせなさい、って言ったでしょ。」

実家に帰った時、妹が、私を非難した言葉をちゃんと把握していて、げんちゃんは、上手に結びつけてきたのです。(妹は、げんちゃん教育を、いつも全否定してきます。やれやれ)

つまり、興味がない会話は聞かず、耳にふたしているくせに、自分に都合の良い話なら、ぱっと入ってきて理解できる、ということです。会話どうしを結びつけて、的確な自分の意見など言えないと思っているけれど、それは、自分の興味のないことで、意識がびんびんに働く領域に関しては、つながりを見いだせている、と私はふんでいます。少し苦しいけれど、意識のスイッチを入れ続けることができれば、げんちゃんはかわる。私は今、そう思っています。だから、生返事でかためられた、認知症のようなげんちゃんには耐えられない。
意識を持続的に保つのは、並大抵のことではありません。意識のスイッチを入れるには、自分の都合の良いことに、ぱっとスイッチが入った時のように、心がぐいっと動かないといけないんでしょうね。

Sさんは、げんちゃんにこういう声掛けをしているのが、今更のようになるほどと思います。
「げんちゃん、頭で考えない、心で考えるんだよ。」
心を動かせってことなんだろうね。意識の発動には、心が動くことが必要なんでしょうね。なるほど、実態物で問題を再現するときは、確かに心も動きやすいよね。
ほんと毎日が格闘です。








 

by glow-gen | 2018-01-08 01:22 | 意識のこと | Comments(25)



中学1年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
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中学1年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学1年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて7年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
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