げんちゃんの発達障害プロジェクト

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今年もありがとうございました。発達育児のノウハウ、私の気づき

 
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げんちゃんたちは、立体を、正面の一面だけしかとらえてなかったりするらしいです。
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この本 算数図鑑(学研) は、算数を立体化して遊べる本です。絵本を読んでやるように、日ごろからふれさせるといいかも。
今年も最後・・・早いですね~。
 Sさんの存在は、今年ほんとに大きかったです。彼のアドバイスは、今までの誰とも違ってました。今まで出会った色んな先生や、発達にたずさわる方々も、皆、すばらしい気づきを与えて下さって、げんちゃんの血となり肉となっていますが、その総仕上げみたいなステージに、Sさんは位置しているのかもしれません。
  
 たぶん、彼は、どんな専門家とも違う知識と経験、そして感覚を持っていて、彼のアドバイスすることをうまく消化できないことはあっても、はずしていると思うことはまったくありませんでした。ただただ、毎回、驚嘆するばかり、といった感じです。

 彼は、小さな頃から、不思議な能力があって、その能力を人のために使う、ということで人生を模索してきた方のようです。医学でもとらえられない人の本質、心や意識、霊、そういう肉体の中に隠れ持っている要素について、しっかり把握されておられて、げんちゃんを全人格的に分析できているので、説得力があるようです。また、愛のある方で、私の育て方を非難されたりすることはまったくなく、たんたんと、アドバイスしてくださるので、ついたよってしまいます。彼のすばらしい分析やアドバイスは、できるだけ、ここにアップして、がんばっているママの参考になったらと思います。

 私自身、きっちり消化しているわけではないので、心もとないところもあって、不完全を、あらかじめ、お詫びしておきます。


 げんちゃんたちは、自分と他人、まわりの環境、自他という部分の境があいまいです。(これは、固有覚と呼ばれる感覚と考えてもいいかもですね。)
 発達障害や自閉症の症状がシビアな子ほど、それが弱いといえます。げんちゃんもしかりです。
 このことを、自分側から言うと、自分とはどういうものか、どう感じるのか、どうしたいのか、という意識もいまいちつかめてない、ということでもあります。つまり、境がわからないから、まわりの輪郭も、自分の輪郭もとらえられない、ということなのです。

 だから、外から自分を客観的に見て判断する、なんてことは遠い夢のような話ですね。

 最近、寒いのに、トレーナー一枚にジャンバーをはおっただけでK先生のところに飛び出していくことがありました。それも、Sさんに言わせたら、自分の熱い寒いの感覚さえ、微妙にしっかりつかんでいないそうです。そういわれたら、

「今日は寒いな~。なんか着るもんないの~?」
なんていう、当たり前の会話は、げんちゃんとの間でなされることはありませんでした。

当然、自分はどうしたいのか? なんてことが議論されるべくもない、ただ漠然と、自分がいる・・・そういう感じでしょうか。

自分を認識するために、自分と他人、自分と物体・・・自分を別の何かに対して、しっかりとらえる必要がある。(輪郭ってやつかな~)
つまり、相手や、物、それらを印象的に認識していくトレーニングが必須です。
水族館、動物園を合宿で使ったのも、そこで見るものは、物体としては、とてもインパクトが強いから、彼の意識に働きやすいのかもしれません。彼は、それらをげんちゃんに見せて、体験させて、その間、ずっと、彼がうまく感じることができるように、質問していったようです。

「動きは?色は? 大きさは?・・・・」

イルカに乗ったのは、まさに、大きなインパクトだったのでしょうか。

ものが自分とぼんやりつながっているような感覚から、しっかり物体や人を切り離す作業でしょうか。


 
また、図形の認識のことも言ってました。

立方体を見て、普通は、奥行きをはじめ、すべての面について意識できますが、彼らは、図の右側のように、表一面でしかとらえられません。あるお子さんは、平面図までは理解したけど、立体になると、とたんに理解できなくなったそうですが、こういう理由によるものかもしれません。

奥行きを感じ取ったり、違う方向からの見方について気づいたり、ということができません。

 だから、実体物をたくさんさわらせ、経験させて、気づかせていきます。算数を、紙の上で、ただの〇を並べて教えるよりも、実体物で教える方がいいのは、とにかく、感じ取る力を補うことに通じます。

 この一方的なとらえかたしかできない問題は、すべてにおよんでいて、ソーシャルでも、なんでも、彼らの世界は、平面であると考えれば、いくらか、発達障害のお子さんの世界が理解できるような気もします。

 私自身、ちょっとわかったようなわからないような・・・という状態なので、あまり伝わらないかもしれませんが、とにかく、彼らの世界を”平面から立体にする。”というのが、最近の私のキーワードでもあります。

平面でおぼえたこと、(すなわち言葉だけとか、数式だけとか・・・)それを、経験につなげ、感覚につなげる、そういうことがトレーニングのポイントなのではないか、と思います。

 平面から立体にうつしていくときは、言葉かけがほんとに大事です。自分の中にある、正方形が、実は立方体だったと気づくためには、橋渡しがいるのです。そっちの方が、つながる(気づく)のが早い。
だから、たとえば、図であれば、
「前から見たらどんな形? 動かしてみて、横から見たら?・・・幅は? 高さは?奥行きは?」
質問攻めのような形になるかもしれませんね。

 図形だったら、こんな本も役にたつかもしれません。いつも、折に触れて、絵本を読んでやるように、問いかけながら、いっしょに見てさわる。

 さて、こうしてみると、私たち母親が、子供が幼児の時に、たくさんふれさせ、声掛けし、体験させようとした、ごくありふれた小さな子の育児、まさに、それそのものではないか、と思います。

 げんちゃんは、6年生になったけど、3歳児の時に母親がするような働きかけを、6年生用にモディファイドしてしてあげればいいんじゃないか、ふと、そんな思いがよぎります。

 あ、そうか~・・・ そうむつかしいことではないよね。

発達育児、3歳児への働きかけを、アレンジしてずっとしてあげればいい・・・
なんか、大みそかに、私は、すごい発見をしました! こう考えれば、案外簡単なのかもしれません。
もちろん、なんでもしてあげるというのではありません。はたらきかけ、という点において、ふれさせ、きづかせ、体験させ、という点で、幼児に対してしてきたことに通じます。 そうか~・・・
 
なんか、大みそかに、天からふってきたような気付き。なんて、大げさでしょうか。
今年もほんとに、皆さま、お世話になりました。来年は、幼児への働きかけ、からピックアップしてげんちゃんにやってみる。
少し距離をおくといいつつ、かかわるときは、3歳児、なんて、矛盾していると思われるかもしれませんが、私の戦略は決まりました。

一年間、お世話になりました。来年も、また愛する子供のため、発達育児を楽しんでいきましょうね~

 

by glow-gen | 2017-12-31 22:10 | 発達障害改善プログラム | Comments(12)

意識の芽生えと、意識の方向性。発達障害の本質を改善する

  冬休みに、S先生と、二度目の合宿に行きました。
「もうイルカは必要ない。」
とS先生は言い、長崎のバイオパークに行ったり、ステンドグラス体験をしたりして帰ってきたようです。夏は、とにかく、意識の覚せい、をテーマに行った合宿でしたが、今度は、覚せいされてきた意識の、矛先をしっかりつかむ合宿だ、と先生は言いました。

とにかく、何年も前から知っている彼ですが、この夏から、まかせてみると、何一つ、はずさないたのもしさを感じています。

 もどってきたげんちゃんの変化はまだわかりませんが、勉強を見てくれたK先生は、少し成果現れてますね・・と言ってました。

帰って翌日、くもんの先生にK先生の代打で、勉強を見てもらいました。げんちゃんは、くもんの先生が、ほんとに大好きらしく、普通は見ないような態度になります。先生の顔が受けるんだ、とか言って、始終げらげら笑って、なかなか真顔で集中できません。決して、だめな先生とかではないのですが、げんちゃんは、たがが外れたような感じになるようです。

 さて、次の日、S先生が彼に会って、私に電話をかけてきました。

S「どうしたんですか? げんちゃん、せっかく意識を上げたのに、ひどいことになっている。くもんの先生に見てもらって、あっというまに、意識レベルが落ちている。」

G「昨日、くもんの先生が教えてる時に、職場から電話したら、横でずっとげらげら笑って、先生も困った様子でした。彼女に対して、いつも、変なげんちゃんになるので、相談しようと思ってました。 」

S「大好きな先生が家に来てくれて、げんちゃんは、舞い上がってしまってるんでしょう。それが、ずっと尾をひいている。意識を向上させるような指導をしないと、かえって、げんちゃんは落ちてしまいます。一度上がって落ちていくと、手がつけられなくなるんです。以前のレベルにもどるんならましなんだけど、ひどい状態になってしまうと、負の力が彼をとらえたり、精神疾患につながったりします。将来的なことだけど。
意識入らず、のんびりするんだったら、遊びの時にそうなる方がずっといい。それならしかたがない。しかし、今は、学習時に、そうなってはいけない。」

G「??・・・そうなんですか。あ、たとえば、能力だけは上がっているから、意識が抜けてしまうと、暴走するってことですか?」

S「そうです。感情や本能のところだけ、むき出しになってしまって、コントロールできなくなるんです。」
G「はあ・・・」

S「くもんの先生に、少しやりかたをかえていただくか、彼女に教えていただくのをしばらくひかえてもらった方がいいかもしれません。もう少し、上がった段階ならいいんだけど。」

 確かに、ずっとくもんの先生に対するげんちゃんの態度は気になっていました。くもんの先生は、まず、子どものそのままを受け入れる、というところから始めるんだ、とおっしゃってました。甘くて、子どもになめられるようなタイプではないけれど、げんちゃんの無駄話なども、そこそこ相手にしてやって、げんちゃんの好きな笑いのツボも、わかってやっているようでした。おかげで、げんちゃんは、くもんでは、クラスでは見せない、リラックス感をむき出しにして、友達にも、低学年のようなやんちゃぶりも見せていました。ここは、自分を出す場所、と決めたかのようでした。
 一人でやるのがくもんのスタイルなのに、遅く行くげんちゃんは、最後は、マンツー指導してもらっていたし、良く言えば、心を開いて、先生に本脳的な感情をむき出しにしていたような感じに見えました。

 子ども達には、自分は最後の砦でありたい、と公文の先生はおっしゃっていて、親や教師には壁を作っている子でも、自分にはSOSを出せるようにしてあげたいということを聞きました。しっかり矯めようとしてきた私のやりかたとは、少し違うようにも感じました。発達障害の子に対する認識の違いもありました。
 たとえば、げんちゃんのような子が、一見素直で可愛いように見えても、一度、自分の見方やこだわりに固執してしまうと、ものすごく暴走する危険性をはらみ、そういう条件が重なれば、普通の子より、犯罪などのリスクも大きい、心配をかかえる親の気持ちは、いきすぎなんじゃないかとか。教えるんじゃなく、自分で獲得していかなければ身につかないから、あまり手を出さない、とか。どんな子にも、可能性があるから、矯めるばかりじゃだめ、みたいな感じです。(上手に表現できないけれど) 
 だから、げんちゃんも、そのままで受け入れる、というとこから始める、という気持ちだったのかもしれません。
 もちろん、この考えは間違いではありません。でも、長年のくもんでの成功体験が、そのまま発達の子にあてはまるわけではない、というのも現実です。

 そのままの自分、イコール、意識の入らない低次の脳主体のげんちゃんなので、それを容認してしまうのだと思います。

 げんちゃんも、一生懸命意識を働かせようとするきつい状態より、ずっと楽なので、楽しいに決まっています。
それで、今回のようなことになったのでしょう。

 私は、すぐさま、くもんの先生に電話をして、私が理解できる範囲で話してみました。彼女は、S先生の言うことを、すぐに実感するにはいたらないけれど、確かに、げんちゃんへの指導の方向性に悩んでいたようでした。それで、私の話をもとに、もう一度目標設定をかえてトライしてみたい、とおっしゃってくださいました。

 くもんの先生のもとでのげんちゃんは、低次の脳を主体に動きながら、私たちがひたすら、1つ1つのことを教え込んでいくという、過去のそれと同じだったのでしょう。

 私は、このできごとで、確信するにいたりました。げんちゃんは、確かに1つ上のステージに行ったんだな、と。
意識の入らないげんちゃんの横によりそって、上から、ひたすら教える、という学習のやりかたをするぐらいなら、ドローンをやるとか、オセロをするとか、もっと能動的なことをさせる方がましだ、ということです。ぼ~っとしているげんちゃんの口に、ただひたすら、スプーンでえさを運ぶようなことは、もうやめた方がいいということです。

 げんちゃんの態度がいちいち気に障るので、少し冷ややかに見ていたのですが、そう、彼との距離を、少し離すのがいい、と確信しました。彼の意識は確かに動き始めている。自分で意識をつかむのを、遠目で応援する、という時期で、失敗や体験を通して、自分で捜していくげんちゃんが、これから歩き出すんだな、と思いました。

 「私、ちょっとわかったんですが、もう、昔のように、げんちゃんにかかわるのをやめました。距離おきますわ~。」

と私が言うと、S先生は、それでいい、と言う風に答えました。冬休みの、私の目標点がおぼろげに見えた気がしました。

 そして、うまく言えないけれど、意識障害である発達障害の子たちへの教育の仕方は、療育でよく言われるように、ただ褒める、とか、そのままを受け入れる、とか、そういう耳障りのいいことだけでは不完全であるということです。S先生が言うように、たとえば、褒める時も、
「よくできたね。それだけできるんだから、○○だってできるはずだよ。がんばろうね。」

というような言い方をすることが大事なんでしょう。自分の実像をつかめない子、本能や感情の部分でストレートに動きやすい子、次のこと、広がりをつかむことが難しい子、それゆえに、ただ、そのままを受け入れる、とか、ただ肯定してあげる、というのは、条件付で上手にやらないと、発達障害を治すことはできない。そういうことなのだと思います。


もちろん、げんちゃんが、グレーゾーンにやっとこさ近づいてきたので、こういうことが大切に感じられるわけで、もっと前のステージであれば、ただ、スプーンで口に運ぶこともいたしかたのないことですけどね。

 確かに、悩むことのステージがあがってきていることは確かです。冬休み、どんなげんちゃんが見られるのでしょう。


by glow-gen | 2017-12-30 01:16 | 意識のこと | Comments(12)

意識が出てきたから、1年生みたいな口のきき方になってきた。

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(全体にいきづまった感の今日この頃、げんちゃんの意識に働きかけたい! 具体的な体験的学習で心にゆさぶりをかける。そうすることによって、意識が広がりをもつといいな~と思います。これは、もちよりパーティーのため、大量のタマネギのカットをさせてます。まだまだ、包丁を持つ手は、危なっかしいです。)


 げんちゃんは、発達障害の本質を色濃く残しながらも、少しずつではあるけれど、伸びているところもあります。算数以外のテストは、普通に人並みの点をとってくるようになりました。進研ゼミのチャレンジタッチは、げんちゃんにとっての必須のアイテムで、これがなかったら、ホームスクールをしながらの理科社会のテストは苦労したと思われます。
 タブレットで、興味をひくような映像で、授業に出ていない時でも、わかりやすく講義をしてくれるので、楽しく理解することができます。
 ”てこ”は、6年生では、難しい理科の単元ですが、げんちゃんは、95点をとってきました。もちろん、簡単な復習テストではあるけれど、去年私は、
「6年で、てこを習う! こんなのわかるわけない!」
とおののいた記憶があるので、これは、素直に快挙としていいでしょう。

理科社会の高得点が、チャレンジのおかげであることがはっきりとわかるエピソードがあります。
学校でやってる内容と、理科のチャレンジの内容がずれていた今月は、いきなりテストが60点になっていました。げんちゃんは、理科社会が好きらしく、チャレンジの理科社会は、何も言わなくても一人でやっています。チャレンジタッチを4年の終わりから取り入れるまでは、NHKフォースクールのwebサイトから、単元の映像を捜してきて見せたりしてみたけれど、そうコンパクトにほしい映像があるわけでもなく、なかなか授業の穴埋めが難しかったです。

 考えてみれば、げんちゃんの学業が上がりだしたのは、理科社会が火付け役になっています。国語算数は、なかなかだったけれど、理科社会に興味を示して、そこが突破口になって、少しずつ全体が上がり出しました。

 くもんの先生も、こんなことを言ってました。
「くもんの英語、国語、算数。どれか1つでも、しっかり学習姿勢ができてくると、全体が上がり出すんですよね。」

 なるほど、全部が一気に上がるのではなく、その中の何かしらが牽引役になるようです。理科社会が、まず上がり、次は、国語が上がってきたげんちゃんです。
(だから、支援クラスで、国語と算数と、生活訓練しかやらない、なんていうのはナンセンスなんですよ!)

 しかし、残念ながら算数は、まったく気乗りがしないらしく、昔よりはましではあるけれど、行き詰まった感じがとれません。算数の学習障害に加えて、長年のトラウマも手伝って、算数が始まると同時に意識を飛ばしているのが見え見えのげんちゃんです。でもできないので、算数に、時間を多くさくので、ほんとひずみが大になってしまうげんちゃんです。

 そんな算数なので、もう私が教えるのは、ほんとに逆効果で、色々トライしてみたいやり方を研究してますが、げんちゃんの前では空回りします。しかも、げんちゃんは、私が何か言い出すと、
「はいはい、わかったわかった。」
とさもうざそうに言うので、こっちのメンタルも、ほんとにきついです。わかりもしないくせに、わかったような口聞くんじゃないよ! 普通の反抗期なら、ほっといても、ある程度、自分で軌道修正をするでしょうが、げんちゃんは、いらつくレスポンスをするだけで、自分では何も修正できないので、さらにいらつきます。

ここに関して、Sさんが、またなるほど、と思うことを言ってました。

「げんちゃんのは、普通に思春期に来る反抗ではないよ。ちょっと意識が目覚めてきたので、小学生1~2年生の子が言うような口調になってるだけだよね。だから、これが、ほんとの反抗期の状態にもっていかなければね・・・わかってないのに、わかったような気がしてるだけでね・・・」

なるほどね~。確かに、普通の6年生が通る反抗期にしては、おそまつそのものだよね~。

 何しろ、うるさいとか、わかったとか、うざそうに言うけれど、反論してくる内容が、あぜんとする理解のなさ。え?そこまでわかってないんかい、とあきれるばかりです。反論さえできない、ことがほとんどですが・・・

偉そうにするなら、せめて、もう少し理解しろよ。と言いたくなります。

 少し伸びて、また足ふみしてる・・・そんな感触のこのごろです。


by glow-gen | 2017-12-26 00:08 | チャレンジタッチ | Comments(17)

片付けられない、やりっぱなし、注意欠陥は意識障害

げんちゃんは、たぶん、意識が少し目覚めたのだと思いますが、彼の行動は、あいかわらず、すさまじい注意欠陥との戦いです。注意欠陥という言葉は、あまり好きではありません。医学の世界でよく見られるように、単純に症状だけ診断名にしたような類で、何の広がりも、すくいもない言い方だと思うからです。

 注意欠陥は、意識障害ゆえにおこるもので、時間軸がとらえられず、目の前の瞬間瞬間だけに意識が向いてしまう現象の結果にすぎません。それとともに、かたずけられない、やりっぱなし、という行動も、しつこいカビのように、ほんとにやっかいです。
 げんちゃんの行く先々で、持ち物や衣服が散乱します。靴もそろえることがなかなかできません。鍵も何度も無くしては、危ういところで出てきたことは、数知れません。

 何度言っても、同じことが繰り返されます。ずっと注意し続けると、たまに、できたりするものの、こっちが気をゆるめれば、また同じようになります。

 宿題も、あいかわらずです。
「今日の宿題はやったの?」
と日曜に聞くと、
「やったよ。」
と言うので?まさか。と思って調べたら、その前の日の宿題と混乱していたこともあります。連絡帳に宿題を書いてきても、ページが書き入れてない、とか、聞いても、どのプリントかわかってない。とか、もう、悲惨としか言いようのないありさまです。

 明日の日課をそろえても、さっきまで必死にやっていた宿題プリントを、平気で入れ忘れていたり、ということも、日常茶飯事です。

 「もう、こいつ、まともじゃね~! 」と絶叫したい日常です。

それから、あいかわらずの算数障害にも手をやいています。先日順列の単元で、20点というひどい点数をとってました。4つのうち2つのものを選ぶのは何通りありますか? とか、赤青黄の並べ方は何通りありますか? といったような問題です。何度か教えたのですが、そもそも意味がわからないようです。
人生で並べ方なんてことを一度も意識したことがないのでしょうね~|。
 計算もあいかわらずひどくて、今日訓練のために、駄菓子屋さんで500円分買う、という実践をやってみましたが、390円に40円をたすと、700円とか意味不明な暗算をしてました。桁どりが混乱するようです。何度か修正させながら買い物をしたら、500円分なのに、1時間近くかかってしまいました。

 こういう部分は、意識障害もあるけれど、本人が、そこに何の価値観も感じていない、ということも原因するんでしょうね。かたづけるの、めんどくさい。計算、やりたくない・・・だから、余計に厄介になる。

 先日は、初めて自分でバスに乗って、福岡市内から、郊外の我が家まで一人で帰らせました。さすがにはじめてだから、私が、バスに乗せてやるところまでやって、あとは、別れました。
そんな計算障害をかかえているので、最も心配なのは、バスに迷惑がかかるほど料金のところで、もたもとすることです。

 なんとか家についたときは、思ったとおり、1000円札をぽんと出したようです。運転手さんが両替しなさい、と言ってくれたようです。ちゃんと、小銭を用意していたのですが、クリアできなかったようです。まあ、でも、彼にとっては緊張する初めてのレッスンでした。

こういう、注意力をフルに働かせないとだめな体験は、意識をゆさぶるのに良いです。私とバスに乗れば、ぼ~っとしていても、なんとかなるけれど、一人なら、できるできないかまわず、とにかく、注意を向けて、頭を働かせる必要があります。

 たぶん、Sさんとの、夏のイルカ合宿も、こういう体験型の2泊3日だったんでしょうね。あえて、親から離し、普段とはまったく別の場所に切り取られて来て、彼の意識は、色んなものをおっかける。意識が目覚めて、いろんなことを意識せざる得ない。

 そして、次は、意識が動き出したら、正しく、認識することをしなくてはなりません。今は、意識は動き出したけど、周りの状況を正確にとらえることはむつかしいし、自分を客観的にとらえることもできていません。そこができれば、まわりのことに広げていける能力につながるのでしょうね。


by glow-gen | 2017-12-18 01:17 | 意識のこと | Comments(10)

合宿の快挙。

げんちゃんの英語の発表会の緊張ぶりを、Sさんに話したら、
「それは、すごく進化したね~。いい傾向だ。」
と言われました。と同時に、こんなことも言われました。

 緊張しているというのは、まわりが見えてきたと言えるんだけど、彼の緊張が、普通の人たちの感じてる緊張とまったく同じか、というと、そうでもないかもしれませんね。普通、人前に出て、緊張するというのは、二つの要素があるんだよね。1つは、周りの人が自分をどう思うか、その評価が気になるという面で、もう一つは、ちゃんとできるか心配、という面です。
しかし、げんちゃんの緊張の原因は、自分が自分に持っているセルフイメージや、自分がこだわっている仕上がりに固執している面が強かったりするんだと思うな。イメージしているもの以外受け付けないような感じだね。

だから、正しいバランスのとれた”緊張”に導いてあげないといけない。そして、そこに至れば、次には、そういうものは必要ないのだ、という段階に乗せる必要がある。


 ???
まあ、いつものことだけど、私は、混乱します。げんちゃんは、自分というものを、客観的に外から観察する力に欠けます。そういう力がなくて緊張した、となると、確かに、我々の緊張のしかたとは、違うのかもしれませんね。

 さて、週末は、サッカーの合宿でした。前日の夜の私の帰りがとても遅いので、私は、げんちゃんに電話を入れました。
ママ「げんちゃん、お母さん帰り遅いんだけど、あなた何かしなきゃいけないよね~・・・」
G「合宿でしょ。わかってるよ。用意するんでしょ。・・・え? できるよ。」

 一応、ざっくりやってはいたけど、まだ入ってない物もあって、前日の用意はかかせません。
家に帰ると、げんちゃんなりに、しおりを見ながらやっていました。できは70点くらいでしょうか。

 さて、翌朝になって、私は、もう一度げんちゃんに、
「行く前にチェックした方がいいんじゃない?」
と声をかけます。げんちゃんは、朝の用意を終えると、荷物のところに言って、こう言いました。
「最終確認!」

ほう! 最終確認ですか。あんたから、そんな言葉が出るんだ・・・・ 
それから、げんちゃんは、またおもむろに、しおりを見ながらチェックしています。でも、”今日は、寒そうだから、上着を暖かい物にしよう”、とか、一歩先のつながりは思い至らないようです。とにかく、指定されたものが、なんか、入っていればオーケーといった段階です。
でも、先日の修学旅行の時よりも、またさらに、前進しているようです。

 考えてみれば、ほんとに、合宿がストレスフリーに近づいているママです。合宿は、一事が万事ストレス。ぼ~っとしている子に、一から十まで、手取足取り、すべての段取りを教えて、それでも、うまくいかないことだらけ・・・そういう合宿ライフから、やっと抜け出したげんちゃんです。苦節6年、ほんと長い道のりでした。

いやいや、明日帰るまでは油断ならん・・・と思うママでしたが、果たして、帰りはどうだったかというと、
初めて、げんちゃんは、二日目の練習で、ちゃんと違う服を着て、新しい靴下をはいて、もちろん、下着も、ちゃんと着替えて臨んだのでした。しかも、汚れ物は、ビニールにまとめてる。すごい!
 初の快挙でしょう。小学校卒業前に、かけこみセーフといった感じです。
 自分から広げたり、応用したりすることは、まだできなくても、とりあえず、言われたことを自分なりにこなす、ということはできはじめたようです。

帰りにコーチに色々お話を聞きました。

 げんちゃんは、チームで二番目に足が速い、と言ってました。うそでしょ・・・と思わずにいられません。なんせ、運動会は、いつも、びりです。
他の子がたまたま遅いのでしょうか。まあ、でも、いいや、そういうことにしときましょ。

「小さい子の面倒もよく見てくれるんですよ。」

へ~・・・・そうなの? そういえば、支援の先生が、支援クラスのイベントで、小さい子と二人組になって、ゲームをしたら、げんちゃんは、小さい子に、場面場面でゆずったりしていたらしい。
 
 ずいぶん、普通ぽくなってるげんちゃんのようです。このままどんどんどんどん突き進め~~。と願うばかりです。

反抗期始まって、色々あるけれど、げんちゃんに歌って上げようかな~。どんな時でも、君は神様に愛されている。もちろんママからも


by glow-gen | 2017-12-11 18:53 | Comments(10)

げんママのまぼろし・・・

  先日は、げんちゃんの英語の発表会でした。大勢の人たちの前で、英語のリーディングを発表します。
今年は、いつもと違った様相でした。
まず、げんちゃんは、担当の先生に、
「今年は、僕は参加しない。」
と言っていたそうです。今まで、そんなことはなかったのに、なぜ、今年は、絶対参加しない、と言うのでしょう。
聞いてみると、

「あんなに緊張するものはない。僕は出ないよ。」
と言いました。結局出ることになって、ばたばたと、簡単な文章を与えられて、練習を開始しました。

10日前くらいからのスタートだったので、声かけすると、げんちゃんは、自分であせって練習してました。
目の前に発表会がある、でも、練習が不十分・・・こういう条件設定で、げんちゃんは、ちゃんと反応できるんだなあ・・と思いました。当日の直前の行動はおもしろかったです。運転席の私の様子など、まったく目に入らない、と言った感じで、車で会場につくまで、何度も何度も、後ろの席で練習してました。

「あ~、緊張する~。大丈夫かな~。」
と、つぶやいていました。会場に入ってからも、フレーズの書いたプリントを手放さず、ず~っとやってました。

もちろん、4年辺りから、発表会の前は、自分でちょっと復習する様子は見てましたが、今年は、ほんとに、普通の子の行動様式でした。大人のようなスーツとネクタイのいでたちで、ほとんどきょときょとすることもなく、目の前の課題に照準を合わせているげんちゃんは、なんか、普通の子でした。成長したな、と思いました。

ステージ横に呼ばれると、係の先生に、原稿を譜面台に出してほしい、とリクエストしたようで、たいして難しくもないリーディングを、カンニングペーパーを時々チラ見しながらスピーチしました。
「笑顔、ジェスチャー」・・・と、事前に練習したにもかかわらず、固い表情で、棒読みで終わってしまいました。

どう考えても、暗記できてただろうに、と思ったので、
「なぜ、見ながら発表したの? 小さい子でも、ほとんど見てなかったのに。覚えていたでしょうに。」
と私が言うと、

「間違ったらいやだから、おいてもらった。」

と言いました。自閉症の特徴なのか、今まで歩んだ中で、獲得してしまった負の遺産なのか、失敗を過度に恐れるげんちゃんがかいま見えます。
今年は、今までで一番周囲が見れるようになったのでしょうか。前で発表することははずかしくていやだ、とか、緊張するとか、まあ、普通と言えば普通のことが、身に迫って感じられるようになったのでしょうか。
 低学年の頃は、この子は舞台度胸がある、と思っていたのは、単に周りが見えてなかったのかもしれません。あの頃、一度だけ、スマイル賞をとったことがありました。小学生だけど、まるで3~4才児のような有様で、前に出て、なんか、人が見てくれるので、俺が俺が・・・に火がついただけだったのかもしれません。

 成長するにつれ、なんかちょっと人見知りのげんちゃんが見えてきます。でも、くもんでは、げんちゃんは、一人おちゃらけて、友達の笑いをとろうとしているらしく、私は、ちょっといびつなげんちゃんを感じたりしてますが、考えようによっては、TPOに合わせて、自分の出し方を変えられるようになったと言えるのかもしれません。

 げんちゃんが、少しずつ発酵していっているような、そんな気がした一日でした。

 
くもんの先生が、
「げんちゃんって、しゃべってると、まったく普通ですよね。普通だけど、学習障害がある。という感じにしか見えませんね。」

とおっしゃったことがあるのですが、表面的にさらっと見ていると、確かに、遠目にはそういう評価に近づいているのかな、と思います。


しかし、かぎりなく唖然とするエピソードにはことかかないし、学習障害もまだまだ深刻です。それに、なんか、やっぱり、どこか手触りがへんちくりんな所があるげんちゃんです。

発表会で見た、よその小さなお子さんの、なんと気の利いていることか。でも、げんちゃんは、ほんとに地道に、一歩ずつ確実に前に進んでいるのでしょう。その歩みは、あまりにもゆっくり。ちょっとずつちょっとずつ。

他の子の大きな足音で、かき消されるような小さなささやかな足音、でも、どんな時でも、きれいなリズムを刻み続けます。そんな、まぼろしがママの脳裏に、あざやかに浮かんできました。





by glow-gen | 2017-12-04 17:19 | 英語 | Comments(21)



中学1年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
ピックアップ 
 エジソンアインシュタイン協会詳細HP
ブレインジム 
灰谷先生リンク
安曇野式算数 矢ヶ崎先生詳細リンク
こども整体 頭蓋仙骨療法
げんちゃんママの紹介
中学1年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学1年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて7年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
IQは80台に改善

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天候と発達障害児
2年の夏休み
知能検査
体幹を鍛える
頭蓋骨と筋肉 頭蓋仙骨療法
発達障害改善の段階
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運動会
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会話力
高圧酸素療法
普通クラスでの様子
教室見学
指示通りに動くことができない
安曇野方式算数
身体能力、原始反射
マッサージ
連絡帳
学習用ソフトを使って
発音障害、言葉が出ない
思春期自主性
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お絵描き工作
指先能力
段取り力
ゲームとの付き合い方
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知能検査
意識のこと
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