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げんちゃんの発達障害プロジェクト

カテゴリ:意識のこと( 40 )

げんちゃんという発達障害児の思考パターンに切り込むには・・・・

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昔げんちゃんが並べた海辺の石、(こういうことやっただけで、感動してました。何もしない子だったからね~)加工してみました。たまにはこういうことも楽しいけれど・・・げんちゃんにエネルギーを吸い取られて終わってしまう日々・・・

  げんちゃんが、多少改善してくると、少しだけ,自分の思いを話してくれたり、多少は出力してくるようになってきます。そうすると、げんちゃんのあきれた状態が、明確に露呈してきます。

「千葉県は野菜の生産が多い、」というような社会科の問題があるとします。
げんちゃんが、答えられなかったので、
「大消費地東京が近くにあるから、野菜の生産が多い。」と教えました。
普通は、その時点で「な~るほど~。」となりますが、げんちゃんは、この二つの関連性を深く思考しようとしません。
私が、なぜ?と聞くと、
「え?気候が温暖だから・・・」

と答えて、平然としています。びっくりしてしまいます。

たぶん、つながりが腑に落ちなくても、まったく気に留めないのでしょう。不快だとは思わない。自分の想像の世界で、思いついたことをぱっと取り出して、納得するのでしょう。


こう書くと、ほんと、私のやっていることは、あきれるくらい不毛なことに見える人も多いでしょうね~。私も、自分があほじゃないかと思うことがあります。たぶん、げんちゃんに対する愛なくしては、このエネルギーは出ないと思います。
 
しかし、げんちゃんに、なぜなの? と問い詰めても、昔はフリーズするだけだったのですが、最近は、疑わしい時は、げんちゃんに、説明させることによって、まったく理解してないことが、あぶりだせるようになってきました。

 しかし、この確認作業は、膨大な時間がかかって、やらなきゃいけないことが、まったくこなせなくなります。そこが悩みです。ときに、たったちょっとのことで2時間を要したりしますから・・・

また、説明したり、出力に要するエネルギーは、げんちゃんにとっても、かなりハードらしく、途中から、意識がぬけて、自分が何を質問されているのかもわからなくなり、幽体離脱していくこともあるので、こちらのエネルギーたるや、すさまじいものがあります。

ほんとに、げんちゃんと言う子は、結び付けて考える思考の癖がまったくなく、学習にしても、生活のことにしても、何度やっても、同じところで間違い、パターンが変われば、また一からということがどれほど多いことか!


でも、私は、これは、知能が低い、というより、思考の癖、意識を使わない状態だと思っています。(くせそのものが、知能が低いことなのかもしれないけれど。)

意識障害であるげんちゃんにとって、つながりを考えるという思考パターンは、かなり恣意的にやらないとできないことで、疲れることなんでしょう。
疲れることなんて誰しもしたくないから、いつも慣れ親しんだ”あほな思考パターン”の中で暮らせるように、そこへ意識エネルギーのほとんどを費やす。

最近なら、外側だけ、普通の人と同じような行動をするようにがんばってみたり、こうやればクレームはこないんだな、なんて、技巧を凝らしたり。本質をとらえるところはスルーして、表面だけなんとかでっちあげようとする。

 そういうエネルギーや知恵があるのなら、なぜ、しっかりつながりをつかもうとしないのか? 意味を考えないのか? と思います。
自分の”思考のくせ”を、変えることに、全精力をつぎこめよ!
と私はあきれます。

上からシャワーの勉強で、エネルギー薄く、何でも人にさせまくっていくことが、そもそもげんちゃんにとって快適なのでしょう。それを死守することに、必死で力をそそいでいるようです。

私は、彼が死守する、その思考のくせを徹底的に破壊して、人としてまっとうな意識状態、思考のパターンに改善していこうとしているのです。ものすごいエネルギーだと思います。




by glow-gen | 2019-11-25 00:55 | 意識のこと | Comments(14)

自分の心を少し自覚し始めたげんちゃん

発達障害のコアな改善?



発達障害とは意識障害・・・・

 これは、不思議なメンタリストSさんに、いろいろ教えてもらって納得するに至りました。

げんちゃんは、意識障害がかなりひどい。
自分の世界観の中で、意識を眠らせて、時々自分の興味が働くところだけ、身勝手な意識のベクトルを出す。そういういう習性から、抜け出せないので、こっちは、ほんとにやりきれませんでした。

 さらに、外からいろいろ圧がかかっても、気にならない性格が災いして、なっかなか改善しない!
 それで、私たちは、ありとあらゆる働きかけをしてきたわけです。

 小学校の上学年になってくると、その状態に加えて、へんてこりんな反抗期らしきものがかぶってきたりして、手に負えない。・・・私のこの何年間は、ず~っとそれとの格闘でした。 

げんちゃんの特質をもっと端的にいえば、空っぽ人間です。動物の分部だけインプットされているけど、心はずれていて、表面に出てこない。
 親として、心の交流を感じることがほんとになかったです。

 私は、作業所などの障害者施設で、日がなぼ~っと宙を見て、魂がぬけたみたいになっている障害者の方を見たことがあります。ふと、興味のあることがよぎると、いっきに目の色をかえ、突然しゃべったり行動したりすることもありました。
 認知症のご老人にも、同様の雰囲気の方を見ます。

 げんちゃんは、もし、何もしなかったら、間違いなく、あんな感じの今が到来していたのではないか、と思っています。
 それほど、彼の人格は、つかむことさえできなかったし、こちらへからむことがなく、自己世界に生きていました。母親としては、それは、とてもつらいことです。

 でも、この頃や~っと、げんちゃんは、意識を外に出すことをちょこっと覚えてきたようです。ほんとに、浜辺のマテ貝の水管みたいに、ひょこっと出しては引っ込める。そして、めんどくさい時は、平気でずるして、砂の中に深く潜ろうとする、そういう感じではありますが。 

(ここで言ってる「意識を出す」とは、「思う」とか、「どういうことか捉えようとする」とか、「それって何だろう」とか「意味を考える」とか、そういう感触のことだと思いますが。)

 

意識が外に向かってくると、彼の人格というものも、少し垣間見えるようになってきて、たまにですが、多少はましな会話も到来してきました。
これは、Sさんに言わせれば、奇跡にも近い大きな一歩だといいます。

 去年は、確か、少し捉えよう、気持ちを動かすように後押しすると、すぐにぐったり疲れていました。無理無理その状態を続けさせようとこっちががんばったら、げんちゃんは、そのあと疲れすぎて、1週間くらい、幽体離脱してしまってました。いや、もっと長い期間かもしれない・・・・

 が、ここんとこは、意識の体力がついたというか、長持ちするようになってきています。

でも、残念ながら、意識をしっかり出すには、心からがんばるぞ~っていうモチベーションが必要なようで、そこに関しては、まだまだ逃げたい、楽したい、表面だけ適当にごまかしたい・・・・そういう負の心に逃げ込むげんちゃんです。それゆえに、できうるはずのことがまったくできない、ということがおこってきます。

 私への反抗は、ほんとになくなってきました。それって、たぶん、自分が少しずれているのかも? 少しは、人並のことができたほうがいいじゃないか?そううことを感じることが、少しでき始めてきたということなのではないか、と期待します。メタ認知へのかすかなきざしだとうれしいです。


今朝こんなことがありました。水泳のバックが下に放り投げられて、中にバスタオルが使ったままで入れてありました。
「げんちゃん。これどういうこと?」
私が注意すると、げんちゃんは、ぱっと取って、洗濯機の上のものほしにかけました。うちでは、洗いたてのバスタオルは、水泳のあと拭いて、汚れてなければ、一度はそのままかけてもいいよ、と言っています。
 しかし、そのバスタオルはもう2回目で、しかも、何日もほったらかしているものです。

 当然洗濯機の中に入れるべきものです。 
 
「何やってるの?このバスタオルは、二回使っているし、何日もほったらかしているものだよね。洗濯機に入れないといけないでしょ。」
すると、げんちゃんは、すっとぼけた顔して

「え~?そうなの~?」

とぽかんとした顔で言います。
あきれ果てましたが、私は、すぐさま、

「あなた、わかってるんでしょ。なぜそうわからないふりするの? 私に言われたら、あ、そうか~、この場合、洗濯機だ! って思ったんでしょ。
自分が気持ち抜いて、適当にやったってわかってるんでしょ! わかってるけど、知らんふりして逃げたんでしょ!」

すると、げんちゃんは、たじたじとして、苦笑いしてます。ほらやっぱり!


げんちゃんは、自分が何も考えないで行動した、という自覚があったようです。
今までと違うのは、自覚です。自分がずるした、スキップした、っていいう自覚です。オンとオフの違いをつかめるということなのです!

逃げずに、自分の思いをどんな時にもつかむこと。げんちゃんに今から仕掛けていかねばならないのはここだな~と思った私でした。          
                          

by glow-gen | 2019-10-28 01:00 | 意識のこと | Comments(6)

一見大変そうでも、改善させやすい発達障害もある。

 秋ですね~。日曜日、今日は、ついつい朝寝坊してしまいました。毎日夜遅く帰って、それからいろいろやってると、ついつい寝るのが夜中になってしまって、疲れがたまっていたのかな~、と思います。
 げんちゃんはやっと次のステージに行ったな、と思います。ピノキオがすこ~し人間になったような感じです。はじめ、木のひごをつなぎ合わせてできていたげんちゃんが、木に人間らしい丸みやへこみができてきて、次には、表面がやや柔らかさを帯びてきた。そんなことをず~っと繰り返していたようなげんちゃんです。進化はしているけど、まだまだ人形であることはかわりない。

ところが、やっと、一見、人形に見えるのだけど、げんちゃんはとりあえず人間の仲間に入った。ある境界線を越えてきた。そんな感じです。

 今まで多くの発達障害のお子さんに出会ってきました。ものすごく表面的には大変だけど、げんちゃんよりずっと意識が出ているな、というお子さんは多かったです。逆に、げんちゃんより、意識が外に出てない、と思うお子さんはほとんどいなかったです。50歩100歩というレベルの子でも、げんちゃんより出てない、という子はいなかった。

 人は、”思う”という行為を置き忘れてしまったら、人間とは言えない。まるでロボットか人形です。そこまで言うのが厳しかったら、重症の精神疾患だと言ってもいい。

げんちゃんもそうでした。一見素直でおりこうさん、と見えるときもあるけれど、深く彼を見て行けば、だれもがあぜんとするでしょう。

でも、最近やっと、げんちゃんは、まだらにでも、”思う”ということを握りはじめています。

発達育児を始めたころは、げんちゃんのできないことが多すぎて、発達障害とは、能力が低い、ということなのか、と勘違いしていました。もしかしたら、げんちゃんが、もともとできることが多い子供であれば、ある時期からのこの気づきは、もっと早いうちに手に入れていたかもしれません。
 あらゆることを努力して、基礎的な能力を伸ばしてきたのに、げんちゃんの発達障害の本質が何もかわらないので、ほんとに当惑してしまいました。
 それで、Sさんの登場となるわけですが・・・。

 ですから、逆に考えると、いろいろできないことに頭を悩ませる発達ママも、お子さんの意識が表れているレベルが、けっこう高いのなら、年齢とともに、環境や指導をうまくしてあげれば、問題がクリアされやすい、ということもできると思います。

 うちの職場に、小学校の時から、時々来ていた発達障害のぼうやがいました。
久しぶりに、先日やってきました。彼は18歳になっていて、今年大学生になるのをきっかけに留学を決めたそうでした。
彼は、小学校のころ多動で、いろんなことがありました。ママもしっかりした人で、子供さんを上手に導いていましたが、注意欠陥、多動、苦手な学習、といろいろ悩ましいことが多かったようです。そのころ、彼と話すと、
「え?それは何? 見せて? なぜ?・・・・・僕はいやだ・・・。え?ちゃんとやってくれるんですか?」

きぜわしいくらい、こっちのすることに反応して、しゃべります。そして、ある時は、大人がむっとするような、失礼な物言いをしたりする。これじゃ学校じゃ嫌われて、トラブルになるよな~、と私はお母さんに同情していました。

 そのころげんちゃんは、まだ幼児で、私は、このお子さんより、げんちゃんの方がおとなしく、聞き分けもあって、軽症なんじゃないかって、思いさえしていました。

今考えれば、自分の不理解を思い知ります。
その子は、多動でせわしなげで、つきあっていてほとほと疲れましたが、彼は、外に思いがたくさん出ていたのです。自分が納得できる納得できない、というような感覚で、外に働きかけていたのだと理解できます。

 その認知や、ベクトルの出し方が、とても常識外れだったりして、彼はいろんなところでぶつかって、家族ともども苦しい思いもしたのでしょうけど、ベクトルを出しながら、ぶつかっては修正を加えるということを続けて、人格のある程度確立する18歳になれば、それなりに矯められ、一人海外留学できるまでになったということができると思います。

 久しぶりに来た彼のお母さんにインタビューしたら、

「私は、あまり特別なことはしなかったのよ~。」

と言いますから、彼自身の学習能力の高さが、げんちゃんなんかより、はるかに高かったということがわかります。
お母さんは、中学を転校させて、彼にあった環境を整えてあげたり、彼から目を離すことなくサポートをしてきました。自分にできることをいつも模索していました。

でも、私がげんちゃんにやってきたような具体的な学習指導やサポートは、そこまでやってないようでした。でも、彼の成長を見ると、意識のベクトルが外に出ていれば、今状況は、悪いように見えても、先につながるものがしっかりあるということの証明だと思いました。

 ほんとに、げんちゃんの重症度は、ベクトルのかけらも心から出ていないとこでした。何か、感じられるようになっても、感じたものが何かを探ろうともせず、すっと捨て去るものだから、友達とのトラブルもある時期からまったくおこさないかわりに、成長の度合いがほんとに遅い。こっちの働きかけに対するパフォーマンスは恐ろしいほど低い。

私たちが何をやっても、心のコアなところには届かず、外側を必死でいじくることしかできないからそうなるわけで、私たちのストレスといったらない。おそろしい無駄の連続です。

 でも、ほんとに少し、げんちゃんから、ベクトルが出てきたようです。まだ産毛のような状態ですが、ゼロとプラスでは、絶対値が非常に小さくても、まるで別世界です。何もない、というのは恐ろしいことですから。

 久しぶりに朝寝してしまった私の中に、どこかに、わずかな安ど感があるのかもしれないな~と思う秋の日曜日です。
まあ、次なるショックの序章ともいえなくはないけれど・・・・笑



 

by glow-gen | 2019-10-06 14:18 | 意識のこと | Comments(12)

げんちゃんの心が少し外に向かっている。

げんちゃんのテストが帰ってきました。
数学11点、国語25点 社会38点、理科38点、
英語48点

 一般的には、まあ、ひどい点数なんでしょうね~。でも、私的には、下げ止まってる感があります。前日などは、説教とメンタル指導で終わって、まったく勉強してなかったり、表面だけ勉強するけど、まったく、気持ちがないげんちゃんだったり、私は後半もう投げてました。

 試験は、社会も理科も大問2~3問はやり残しています。でも、やったところは、けっこうきれいな字で、その正答率も、彼にしては高い。英語だって、30点くらいだろう、と思っていた割には取れてる。数学も今度こそは、0点だろうね、と思っていたら、まさかの二けた・・・・

 まあ、期待度が低いだけかもですが、思ったより悪くなかったです。
「ぼく、気持ち入れて、ちゃんとやったよ。最後まではできなかったけど・・・」
げんちゃんは、試験のあと帰ってきて、最初に言ってました。自分からそんなこと言ってくるんだ~と思いました。

 げんちゃんは、中間を境にして、少し気持ちが入るようになってきているようです。
「このテストの点数どう思うの?」
とげんちゃんに聞けば、
「え?べつに~。」
と言うかと思えば、
「悪いよね。」
そう言って、隠そうとしたりしました。でも、普通の子ほどしっかり気持ちに届いているかというと、それはまだまだで、あとで、何点だった?と聞けば、???となったりしてます。


 さて、先日支援の先生から、電話がかかってきました。聞くと、げんちゃんは、学校で今までと少し違った変化をしているようです。
支援クラスの隣のクラスでは、昼休みに卓球をやっているらしく、前からげんちゃんは行って遊ぶようになってました。そこで、げんちゃんは、ゆうすけ君にじゃれて、ゴムをとばして痛い思いをさせてしまったようです。そのゴムだって、無断で教室から持ち出したもの。
 それ以外にも、支援のほかの友達に、ちょっとしたいたずらをするようになったようです。そのため、先生に厳しく指導されました。

そうか~。指導されるようなことはいけないけれど、げんちゃんは、確かに意識の広がりが出てきているようです。

その昔、げんちゃんは、しょっちゅう周りにちょっかいをかけて、うっとおしかったことがありました。4年生くらいだったかな~。それが、だんだんまったくなくなって、そのうち、周りに何もベクトルを出さなくなって、たんたんと自分のテリトリーの中だけにいるようになってました。委縮するわけでもなく、周りの雰囲気を適当に読んで、なんとなく静かにそこにいる。そんなげんちゃんでした。最近自分を周りに表現しているのでしょうかね~。昔をちょっと思い出すけれど、指導をちゃんとすると、前より学習効果は早く、入りやすい。

 
気持ちが外にやっと向かいだしたのか・・・向かいだしたけど、そのやりかたは、稚拙で、まだまだ今生まれたばっかりって感じに見受けられますね。

その日、帰りが遅い私に、夜遅くげんちゃんから電話がかかってきました。
「あの・・・お、お、お母さん。(げんちゃんは、今もどもります。)今日学校でね、ぼくやってしまったんだ。」
「え?何を?」(まあ、ちょっとすっとぼけます。)
「え~・・・あの、隣のクラスで、ゆうすけ君にん、ゴム銃してしまったんだよ~。驚かそうと思って、つい・・・・。そして、ゆうすけ君に迷惑をかけてしまったんだよ~。  
 あの、ぼく、反省しているよ。・・・・」


どうしたんでしょうね~。こんなに素直に、私に報告してくるなんて。とってもかわいい! 初めてでしょう。先生にお母さんに言いなさい、と言われたようですが、わざわざ電話してくるとは・・・


Sさんに言わせると、ちょっと前からすると、自分の気持ちを100分の1くらいしか言えなかったのが、最近10分の1になったという感じだそうです。


あまりにも、スタートが低すぎて、普通の人は変化があまり見えないけれど、それがほんとなら、10倍なんて、これはすごいよ。



by glow-gen | 2019-10-05 01:48 | 意識のこと | Comments(6)

平気で悪あがきする、夏休みあけのげんちゃん

  なんか、最近仕事がほんとに忙しく、雑用に追われています。仕事、発達、雑用、PTA・・・家事(食事は姑にお願いしてはいるものの・・・)
毎日帰りが、10時過ぎなので、げんちゃんの起きてるところは、朝ちょっとだけしか接してない。そんな日も多いです。

 夏休み、けっこう好調の日もありましたが、またここんとこ停滞・・もちろん、いい日だって、突き抜けた~なんて感じる良い日は、せいぜい2~3パーセントで、あとは、まあ、60パーセントくらいのパフォーマンスなんですが。
 そこへきて、先週末からこっち、ひどいものです。連立方程式はまるではじめて、何十回もやった、wasの原形、be動詞なんて言葉も出てこない。表面上は、まじめに取り組んでいるけど、心は逃げ逃げ逃げ・・・・

 そうだね~。バンジージャンプにそなえ、多くのトレーナーが、筋力アップをはかったり、メンタルトレーニングしたり、ありとあらゆる手間をかけて選手を育て、よしいくぞ、とばかりに、ジャンプ台に向かわせたら、途中まで行って、
「あ、どうやってバンジーするんだったっけ?」
「どうやって、この階段上るのかな?」
「あ~、一生懸命やらなくちゃ。でも、その一生懸命っていうことが、僕はわからないんだ~!やろうとしてるんだけど~。」

「ぼくは、もともと向いていないんだよ。」

とか、、表面だけは一生懸命を装って、もう考えられる限りを尽くし、逃げる。そんなげんちゃんです。

ただ、俺はやる! がんばる。ただ、それだけのシンプルなことを、上手にうわべをつくろって、すり抜けていく。もう、ずっとそれが続いているのだけれど、ここへきて、そのやり方が、とても利口で手が込んできたような感じです。

バンジージャンプなら、そりゃ怖いでしょうけど、ただ、目の前にある課題に取り組むだけのげんちゃん。逃げる方が、エネルギーがいるというものです。

ある意味、げんちゃんは賢い・・・ここまで逃げの手口が使えるわけですもの!
コアな意識の中で、「勉強したくない。めんどくさいことはやらなくていい。学習とは、意識を抜いて、まわりに引っ張ってもらうもの。」
切り株のしつこい根のように、げんちゃんの”逃げ”は、げんちゃんの意識奥深くに埋め込まれているようです。

めんどくさいことから逃げても、なんとかなる。Sさんは、それを、げんちゃんの”悪あがき”と表現します。

「げんちゃんじゃない子なら、もっととっくに改善してるよ。ここまでやれば。」

Sさんが、いつもげんちゃんにあきれるのは、このすさまじい鈍感力と、めんどくさいことは、惜しげもなく切り捨てて平然としている断捨離感覚。そりゃあもうすごい。

言い換えると、しょうしょうのことでは心が動かない子。それがげんちゃんですから、ほんとにこっちは疲弊します。


ただシンプルに「がんばるぞ~」それだけでいいのに、

なんでかなー どうしてかな、とか、じやまな思いがあるので、すべてうまくいかないんだとか。
げんちゃんは、いつも、核心になるところをストレートにとらえず、どうたらこうたら、といったことに走る。

それで、自分で空回りして、外側だけうろうろ回って終わりになるのです。

数学だって、自分なりにあーだこーだ、と理屈をつける。人に教えられたら、素直に、その通り考えればいいのに、自分勝手なぱっと見感覚に固執したりする。


悪あがきする必要のないところで、あがいて、つながりを見いだせないくせに、あーでもない、こーでもないとやる。そして、その先はフリーズする。


Sさんが表現するげんちゃんは、おばかさんそのものです・・

こういう毎日が続きだすと、私もだんだんばかばかしくなって、どれだけ教えたって、本人がそれじゃあだめだ。とやる気を失います。

こういう日が巡ってくると、私への態度も、偉そうになります。


今日も忘れ物。もう知らん! と教えてやりませんでした。あまりに横柄なので、ばかばかしくなってしまいました。だけど、学校では、忘れても、そんなに恥をかかなかったようす。そしたら、それもすっかり流している。

ここんとこの気圧のせいはあるというのですが、それにしてもひどい。

不毛な1週間が流れています。自分で、やる気を出さなければ、一歩も先へは進めません。あきれ果てて、遠くから最小限の声掛けだけして、しれ~っと見ている私です。もう、救いようがない!

人は自らトライしようとしない人まで、救うことはできないよ。


by glow-gen | 2019-08-30 01:07 | 意識のこと | Comments(12)

空っぽのげんちゃん

  ある朝、げんちゃんは、なんか、ぼ~っとしています。今から何をすべきか、なんのために起きているか、いまいちつかもうとしていない。
私は、げんちゃんに用事を言いつけてみました。
「トイレのマットとタオルを替えてちょうだい。」

洗濯物が取り入れたままになっていて、その中に、洗いあがったトイレマットとタオルが見えています。

げんちゃんは、おもむろに、トイレマットを「これ?」 と目で合図して手に取りました。私がうなづくと、げんちゃんは、それを持ってトイレに行きました。(あいかわらず一つずつ? タオルは持っていかない。)

次の瞬間、げんちゃんは、1階のトイレから出てきて、ひいてあった古いマットを洗濯機に入れました。
 さて、次にげんちゃんは、さっぱり意味のわからない行動をとります。新しいマットを、古いマットのかわりに置くのではなく、二階のトイレに持っていってしまいました。私は、ちょっとしたショックを受けて、げんちゃんに、なぜそんなことをするの?、と、彼のおかしな行動を指摘しました。

 すると今度は、洗濯物の中から、新しいタオルを取り出して、一階のトイレに持っていきました。そして、しばらくして、私が一階のトイレに行ってみると、

敷物のなくなってしまった一階のトイレの床に、敷物の代わりに、新しいタオルが、二つ折にして敷いてあるではありませんか。びっくりです。げんちゃんは、なんか、ぼ~っと意識が抜けているようです。
は~っ💦 ただマットとタオルをさしかえるだけが、できないというのか?

私はちょっとしたパニックになりました。げんちゃんの行動の意味が、まったく見えません。

げんちゃんには、こういう、度肝を抜かれるような行動がよくあります。ぱっと見のげんちゃんからは想像できないような、ものすごいずれです。少しくらい勉強ができるようになっても、私が、げんちゃんが、重症の発達障害で、意識障害が激しすぎる、と失望するのはこういうところです。ぞっとします。

あまりにびっくりして、Sさんに電話してしまいました。すると、彼が、例によって、上手にげんちゃんという人間をうまく説明してくださいました。

「げんちゃんという子は、一番初めの、自分をちゃんと捉えるというところから、つまづいている。

現象の捉え方が、普通より、大きくずれているのに、少しずれている、くらいに周りからは思われやすい。だから、学校の先生にしても、それくらいはいいだろう、といって、捉え方のずれを、ざっくりと許してしまう。そのため、捉え方を吐き違いしてしまう。
げんちゃんにとっては、正しい方向にベクトルを向けようとすることだけでも、至難の業なんですよ。」

なんか、わかるような気がします。は~・・・こんな事件のあと、げんちゃんは、Sさんとの合宿に出かけました。今回は、宮崎のイルカランドを中心に、いろいろ旅をします。
夕べ電話しました。また、あのトイレマットとタオル事件の話をしました。

Sさん「げんちゃんといっしょにいて、よくわかりました。げんちゃんは、今までは、意識が抜けると、限りなく落ちてしまっていたけど、今は、底のとこまで落ちなくなりましたね。しかし、ある程度のところで、フリーズするんですよ。トイレのことは、彼なりになんかやろうとしたんでしょうが、がちがちでフリーズして、余分なことをあれこれ考えすぎた結果、へんてこりんな行動になったんでしょうね。
 だから、激しくとんちんかんだけど、多少救われる。シンプルに考えて、単純に動けばいいのに、まわりくどく、まわりくどく考えて動くから、とんでもない結果になるんですよ。」

「はあ・・・」

なんか、わかったようなわからないような・・・
「げんちゃんの、ああいう行動が出ると、もう、おとぼけなんてことを通り越して、背筋が凍ります。バカ、なんて言葉さえ、彼には上等すぎるとさえ思うくらいです。」
「ですね。バカなんていうのは、ある程度の範疇におさまっている場合であって、げんちゃんの場合は、そういう時は、言葉で言うなら”ふぬけ” 空っぽです。」

「そう! そうなんです。げんちゃんは、空っぽなんです。ほかの発達障害のお友達を見てきたけど、みんな空っぽではないです。何か、自分の発信なり、感性というものがあるのですよ!」

なんか、私のもやもやした思いが、言葉になりました。
げんちゃんは、空っぽ! げんちゃんの原点は、空っぽです。心が空っぽなんです。ほかのお子さんは、周りは空っぽ(能力がまるで低いとか・・・)でも、心には何らかのものがあると感じます。でも、げんちゃんは、外側だけでなく、真ん中が空っぽなんです!

心も少し何か埋まってきたと感じている今でも、しょっちゅう空っぽになるげんちゃんがいます。

「そんなときは、まったく角度を変えて、刺激しなくてはなりません。トイレのタオルのことは、もうすっとあきらめて、シャワーでも浴びなさい、とか、冬だったら、外に出て反省してきなさい、とか、リセットしないといけません。接点を変えると、ふっと我に返る、ということが起こったりしますから。そういう時は、水あび、外気にふれさせる、なんていうのは、一番いいですよ。

Sさんならではの、不思議な解説も、なんとなく納得がいきます。この空っぽのげんちゃんが、Sさんの手で、少しは変わって帰ってくるのを期待します。

私のつかのまの休息です。

追伸
Sさんいわく、空っぽというのは、人が目に見えるところが・・ということなだけで、げんちゃんは、人が見えない奥の深いところでは、空っぽではないんですけどね。まあ、普通の人には、空っぽに見えるでしょうね~・・・だそうな・・・・
 そう言われても、凡人の私には、あのモードになると、空っぽにしか見えないです。



 

by glow-gen | 2019-07-30 19:40 | 意識のこと | Comments(24)

つなげられないのではなく、つなげようとする思いが出てこない

   げんちゃんは、がんばりたい、やらなきゃいけない、という感情の部分でのやる気は出ています。だから、いやがりもせず、机につくし、何時間でもやらせれば勉強をします。
 でも、中身はあまりありません。

 本人、がんばっていることを認めてほしいと思っているようですが、S先生の言う、”奥にある意識”を全く出していないので、勉強の成果はぜんぜんあがりません。

 記憶とは、脳でするものではなく、コアな意識でするもの。意識のない表面だけの操作は、何ごともすとんと腑に落ちない・・・・らしいです。
げんちゃんが、何度やっても覚えないのは、意識をはたかせていないから。脳は、意識の下に従う機械のようなもので、記憶の仮置き場であり、記憶そのものではない。

このあたりのSさんの説明は、私はなかなかよくわかりませんが、げんちゃんが、コアな意識を使って勉強していない、ということだけは、はっきりわかります。
最近では、傍から見ると、一生懸命にやってるように見えます。

内容にかかわっていない人だったら、

「げんちゃんは、すごいね。ちゃんと自分で勉強している。」

と感心することでしょう。
中一のころは、げんちゃんの”やりたくない”、は、表面にむんむんに出ている時が多かったように思います。

でも、最近は、いやいややっている、ふてぶてしい態度は少なくなっています。


でも、学習を始めても、ときに普通の人の3倍4倍と時間を食います。それでいて、反復してみると、何も残っていないというのも多い。なまじ、やる気をもってやっているように見えたりするものだから、ほんとにストレスに感じます。

「感情と意識というものは違う。」

と、Sさんによく言われますが、げんちゃんは、感情の部分では、がんばりたい、というところが出たものの、いわゆる”意識”という部分では、まだぜんぜんのようです。


 Sさんが、げんちゃんのほんとに困ってしまう特徴を、ずばり言葉にしました。
”次につなげようする思いが働かない。”

なんて上手に表現するのでしょう。私が苦しんでいるところそのものです。

”次につなげられない。”
ではなく、そうする思いが働かない・・・・どのように結び付けたらいいのか、という思いが出てこない、ということなんです。

思いが出てこない、というのは、ほんとに厄介です。Sさんは、逆説的にこんなことを言いました。

次につなげる思いが出てこない。それとこれとは別、と平気で思える。平然と切ってしまえる。でもそれって、逆から見たら、執着がない、こだわらない、ということでもあるんですよ。ほんとに、なぜそこまで切ってしまえるのか、あきれるほど潔い。

なるほどな~と思います。げんちゃんが、登校拒否なんておこしようもないのも、(学校でいじめられていないのもあるけれど)繊細なお子さんが、悩むことで、ぜんぜん悩みもしないのも、すべてはこの厄介な性質によるもののようです。

その傾向は、学習の時に、最高にピークになるしまつ。2次元の学習というのは、そもそも、ぜんぜん臨場感がないので、深い意識をゆりおこすほどのエネルギーがわいてこず、心の奥底に隠し持っている、学習への拒否感が、最高の断捨離となって現れる模様です。

ここまで学習ができない子が、ピアノやリレーをこなせたのは、体を動かすことが要素に入っているからだ、とSさんは言います。


「気持ちがなくても、やむおえずでも行動をすることによって、眠っていた気持ちが前に出てくる。

でも、文字は動かないから、自分の感情も動きません。そうなれば、捉えることがまったくできなくなる。」

げんちゃんは、一見見た感じより、ほんとに学習ができません。それはこういうことによるのでしょうね。
げんちゃんの心を動かす学習法をするためには、平面を立体にすることだ、ともアドバイスされました。


たとえば、あらゆるたとえを使って説明する。何パターンも・・・・・そのどれかが、ぱっと心を動かせば、げんちゃんは、捉えたい、と思うこともある。

でもそんなことしていたら、どれだけ時間がかかることでしょうね~。
長い道のりだな~と思います。

by glow-gen | 2019-07-05 20:37 | 意識のこと | Comments(9)

激しく重症の意識障害 泣くことさえしない

げんちゃんは、ちょっと暗礁にのりあげています。
それは、もうずっと前からのことですが、げんちゃんが考えようとしない、ということです。
とくにひどいのは、数学、化学、ちょっとでも、理論的になるところは完全に逃げます。今回のテストも、問題が大量だったの理科は、書き込んでいたものの、理論的に考えるところ、しかも、化学式などが少しでもからむところは、すべてでたらめに埋める。埋めることが勉強だ、とさえ思っている節があります。

 テストは制限時間があるからしかたがない、と思うけれど、普段の学習をするときも、そのことは、ひどく影を落とします。

2Cu+O₂→2CuO ここをさんざんやって、2Mg+O₂ になったら、また一からです。つまり、気持ちをシャットアウトしてしかやろうとしないのがよくわかります。前にさんざんやったことも、おしげもなくゴミ箱に捨て去るのです。”ゴミ箱のげんちゃん” とあだ名をつけたくなるくらいです。

 げんちゃんが、ほかのお子さんと全く違うな~と思うのは、目の前で今やったことを、次につなげようとしないことです。とにかく、私が一つ持ち上げると、上りはするけれど、すぐに捨て去り、またそこから降ります。私が持ち上げ、げんちゃんが降りる。えんえんその繰り返しをやっているようです。

何もやらなければ、どんどん落ちる、という原則に従えば、げんちゃんは、私たちが持ち上げているから、落ちずに、現状維持・・・・1+1-1+1-1+1-1・・・・・
でも、学習面は、ちっとも伸びない・・・テストも、たいしてかわらず低空飛行・・・というのも、その原則を考えればなるほど~と言う感じです。

ほんとに情けなくなります。さきほどの化学の話で、Cuをやって、Mgをやって、次に、Agに来た時、(元素がかわるだけで、内容は一緒・・・なのに)、ヤツは、すべてをゴミ箱に捨てました。そして、何の脈絡もないことを突然やりだしました。 
 右と左の元素の数についてずいぶん説明もし、なんか、やれているような感じになってきたのに・・・

 こういう時の疲労感は半端ではありません。発達障害のお子さんでも、学習はある程度できるお子さんは、ほんとにうらやましいです~。

情けなかったのは、小学校1年生の時から、少しはピアノの前に座って練習をし、楽譜の宿題を続けてきたのに、音符の長さのテストは全滅でした。4分の4拍子の楽譜、どこに小節の区切り線が入りますか? という線を書き加える問題でした。テスト前に教えたし、とにかく、もう数えきれないほど、ピアノの時にやっています。

 ほんと、この子は、どうしようもない! もう、私のやれることは全部やった。もう無理かも・・・・学習をさせるたびに、かなりの絶望感がおしよせます。

でも、げんちゃんが、めんどくさそうだったら、心に平気で硬いふたをしてしまって、絶対に心を使おうとしないところを知っているので、ただバカだからできない、というのとは違う気がしてなりません。

Sさんが、げんちゃんは、今まであった人間の中では、めったにいない症状の子だね。というようなことを言いますが、何も感じないような心、目の前におこっていることを、過ぎ去ったらすぐに捨て去ってしまう、人格さえ危ういような人間だと感じます。
  ほかのSさんのクライアントさん幾人かは、げんちゃんなんかより、気持ちがしっかり出ている子ばかりだと感じます。少なくとも、支援学校に行っているクライアントさんよりも、げんちゃんの意識障害はひどい、と断言されました~・・・・(´;ω;`)
 げんちゃんが、治せるなら、だれでも、絶対あきらめるべきじゃない。笑
  しかし、それゆえに、ハードな訓練だって耐えられて、それさえ、大変とも感じず、ただ、ぼ~っと存在していたのかもしれません。
 眠れるげんちゃんの心は、実は、大物だとも・・・・なんせ、どんな圧でももろともしないからね・・・笑

 私はとてもびっくりしたことがあります。
それは、げんちゃんの好きなクラッシック番組さえ、翌日内容を聞くと、何に関してやっていた、と言うことの他には、何もしゃべれませんでした。

え・・・もしかして、この子は、好きなジャンルのことさえ、その場限りなのね・・・と恐ろしくなりました。

最近 映画 アラジンを見に行ったのですが、見た瞬間だけは、感想を聞けば、一言二言言っていたけれど、それもすぐに何もなくなり、内容さえたいして覚えていません。
この子の心はほんとに狂ってる・・・とあきれます。

そういえば、Sさんが、アラジンを勧めてくれて、見せたあとに、DVDが出たら買って何度も見せて、と言っていたのを思い出します。彼は、げんちゃんが、10回くらい見せなければ、心にはいっていかないことを知っていたのでしょうね~。


白昼夢を見る認知症の老人と、この子は何もかわらないんだな~と思います。こういう子に、そもそも学習なんて無理なのかもしれませんね。

逆に、それをやってきたのは、私とK先生の情熱以外に何物でもないんだな~と思います。

この異常な心の持ち主も、まったくかわってないわけではなく、最近、やっと泣くようになりました。赤ちゃんの頃から、泣かない子でした。ただぼ~っとフリーズするだけで、涙のひとかけらも出ないのです。

 私がついヒートアップしてしまっても、ただぼ~っとなるだけで、涙なんかないです。でも、ここ1か月くらい、ごくたまに、あまりに叱った時は、じわっと涙を流すことがあります。まあ、それも、数回で、同じシチュエーションになれれば、もうそれもなくなりましたけどね~。恐ろしく不感症の息子は、学習も、何の考えもなく、ぼ~っとやるだけなのでしょう。

ほんとに、ここを治すのは、もう私にはお手上げです。

夏休みに入ったら、S先生と合宿に行くことになりました。今度はまたイルカなど、彼の心にたくさんの仕掛けをして下さるみたいで、そこにかけるしかないか~と、半ばあきらめムードになっちゃいます~。



by glow-gen | 2019-07-01 00:23 | 意識のこと | Comments(8)

天才とバカは紙一重ということは、こういうこと?

  S先生は、いつもすごいことを言います。私はげんちゃんのこと以外にもよくいろんなことを質問します。
「脳は、仮置きの本箱みたいなものだよ。意識を働かせたときだけ、どこの本箱からどの本を取り出す、ということができるんだよ。げんちゃんは、意識を入れないから、取り出せないんだよね。本がないわけじゃない。」

こんな話をしているときに、天才の話になりました。私が中学のとき、学年に天才と思いたくなるような才女が2人いました。どうあがいても、彼女たちより良い成績をとることができないので、上を目指す友達は、3位を狙いました。1,2は不動の王座でかわれない・・・
そのうちの一人は、テニス部で、あまり勉強をしてる風でもないのに、軽く、2番。それに対して1番の子は、がり勉もするから1番。さらに、2番のその子は、なんか、性格はいたって普通、肩に力が入っていないようなありさまでした。

Sさんは、その話をすると、こんなことを言いました。

「IQ130以上の人は、脳に仮置きもせず、意識にいきなり入れちゃう人も多いです。そうすると、すごい天才能力ということになるよ。記憶は、最終的には、意識に入るんだよ。みんな脳だと思っているけど、あそこは、仮置き本棚。」

へ~。そうか~。意識を科学できているSさんしか言えないことだろうけど、私なんて、がんばって勉強していたけど、本棚に並べて、取り出せず撃沈してたんだろうね・・・
Sさんは、すごくおもしろいことを続けて発します。

「すらっと脳の本棚から取り出せる、とか、すすすっと意識に入れちゃう、とかいうのは、3つの影響を受けますよ」

1、こだわりがない。こうあらねばならない、とかいう小さな世界でとらえてしまう人は、吸収力がない
2、精神的な余裕がある
3、肉体的な余裕がある。

なるほどね~。自分の学生時代を考えたら、けっこうこだわりはない方だったけど、精神的にも、肉体的にも、確かに余裕がなかった。むしろ今の方が余裕があるくらいだよね~。私の成績がぱっとしなかったのもそういうことだったのね。なんて、妙に納得してしまいました。

IQの低いげんちゃんも、この天才談議に無関係ではありません。げんちゃんが、意識を一からしっかりものにできれば、いきなり、本棚スルーして、いきなり意識にインプットする世界だって夢じゃないかもしれませんよね。IQは、意識世界を知らない限界に満ちた判定基準なのかもです。意識、つまり心世界の方が大事なんでしょう。もし、げんちゃんが劇伸びしたら、楽しいよね~・・・

でも、そうやすやすとはいきません。意識を起こそうとすると、げんちゃんはすごく圧がかかるらしく、つらいからすぐに逃げてしまうのです。あ~あ!
さらに、圧は、自然世界からも来るそうで、気圧、気候でも、圧が増えることがあるそうな。

その圧をはねのける武器が一つあるらしいです。それは、謙虚な思考、感謝の気持ちなんだそうです。

う~ん。それが真実なら、そんなもの、ほんとに希薄すぎるげんちゃんの成功は、まだまだ遠い先だと言えますね。なんか、不思議なSさんの話は、不思議な真実味があっておもしろいです。

つまり、圧をはねのけるのは、プラスの気持ちから出るエネルギーってことなのかもしれませんね。
自分を創られた神を信じ、チャレンジが乗り越えられる、っていう強い思い、そういうものが必要だということなのかもしれませんね~。げんちゃんは、確かに、まだまだだな・・・・プラスどころか、ゼロにも来てない。笑

げんちゃんは、昔はぼ~っとしていただけだったけど、意識がちょいと出てきた今は、逃げるか立ち向かうか、の二者択一になっている模様です。立ち向かう・・・は、10パーセント程度。まあ、出てきただけでも御の字かもしれません。

この10パーセントは、2~3週間前にちょっと出ました。興奮して、突き抜けた~みたいなブログ書きましたっけ。
出たということはあるんだから、がんばってほしいです。天才もげんちゃんも、もしかしたら、紙一重・・・かも。

そういうことにしときましょう!

by glow-gen | 2019-06-18 17:37 | 意識のこと | Comments(5)

意識障害との闘い。思いが入らないと、IQも底なし沼

   げんちゃんの能力は上がっています。3月のSさんとの合宿の成果がじわじわと出てきている、とSさんは言います。
先週は、気持ちを入れる瞬間が出てきました。ちゃんと考えるスタイルがとれた時は、今までできなかったことが、すっとできたりすることもあります。

ここへきて、げんちゃんの時間の感覚が、こっちが考えている以上にないことがわかりました。いまだに、何時に学校についたのかもわからず、3時からK先生のところで学習、と決まっていても、3時ごろ、頼まれていた亀の水替え(カメを1匹飼っています。)を始めたりするげんちゃん。
時間を逆算して行動する、とか、この行為は何分かかる、とか、そういうシュミレーションは存在していないようです。

 11時50分になって、今から8時間寝たら何時に起きることになる?と聞いても、もちろんわかりません。なんせ、12時の8時間後は?と尋ねても、考えて変な答えをしたりする。(意識が入っているときは、できるようでもある・・・?)

朝早起きしても、自分の好きな本をぼけ~っと読んでるだけで、段取りがわからないようです。

そんな子に、急ぎなさい、と言っても、急げるはずもなく、あせらせると、ただ、部屋の真ん中に、つったってたり、うろうろしたりしています。

K先生が、時計をチェックしなさい!としつこく言えば、ひたすら、じ~っと時計を見ている。なんてこともありました。

普通の人は、自分の行動のふしぶしで時計を見て、時間を考えながら行動するのですが、
「どこで時間を見るの?」
とタイミングを聞いてきたのには、参りました。(聞いてくることは進歩ですが・・・)

時間の空間認知の弱さでしょうか。はたまた、意識のない植物のように生きてきたげんちゃんは、こういうことを考えることが、人生初という幼児のようです。

K先生が、時計を見るタイミングを表に書いてやりました。

朝、起きた。→ 時計
顔を洗った、洋服を着た→時計
ご飯を食べた→時計
学校に出発→時計
学校につく→時計
1時間目始まる→時計

・・・

こんな感じです。やれやれ、ロボットを人間にプログラムしていくような気の遠くなる作業。それでも、根気よくこういうことを、やってあげないといけないようです。希望があるのは、それが永遠に続くわけじゃなく、きっと、あるところからは、パターンが体に入って、ほかにも広がっていくと信じている点です。

しかし、こういう徒労感ばりばりの翌日に、最近のげんちゃんは、ぱっと、反対側のプラスにいっきに振ったりします。

げんちゃんは、これをマイノートに自分で写して、翌日、項目の横に、実際に時計を見た時刻を書き込んで帰ってきたではありませんか。

ほんとにびっくりしました。ある意味2段飛ばしくらいの進化です。その日は、朝から気合が入っていて、K先生のところに行った時点でも、プラスのエネルギーに満ち、白雪姫が眠りからさめたがのごとく、さえわたっていました。

私たちは大喜び。
「気持ちを入れるってどういうことかわかったでしょ。」
「う~ん。”思う”ってことかな?」

げんちゃんも、まんざらではなさそうです。

が、やはり、まったくこういう意識の入った行動は、続くわけはありません。翌日は、どかんと奈落の底に落ちました。
たった今言ったことさえつかまず、超簡単な宿題を前に、ぼ~っとフリーズし、1時間も浮遊しています。どう圧をかけても、のらりくらり、つかんでも逃げるどじょうのごとくです。

げんちゃんは、ごくまれに覚醒し、本来の能力をびしっと見せるかと思うと、ちょっとしたきっかけで、また意識を閉ざし、植物人間みたいに、何もつかまないげんちゃんになり、同じことを何度説明しても、何もひっかからなくなります。

げんちゃんは、知的障害というより、精神障害だ、と私は感じています。あるとき、数学をやっていて、前半の40分は、しっかり意識が入っていたので、普通の教え方ができていました。ところが、後半、休憩をして、戻ってきた時は、完全植物になっていた。英語をやっていましたが、isの過去形、と聞いても何も出てこない。もう、何十回も、何日もやってきたことで、昨日は、すすすっと出てきたことなのに。

いらついて圧をかければ、今度はでまかせを、どんどん言ってみるだけで、最後には、何を質問されたのかさえ飛んでいるというありさまです。

これというのも、やりたくない、めんどくさい、逃げたい・・・というげんちゃんの立ち向かわない性分が底にあるからで、意識が落ちてしまうと、しばらく、何をやっても、誰がやってもだめ。鉄のカーテンがしかれます。

伸びてきて、良いところが出る時が出てきたけれど、ちょっとしたきっかけで、このモードに入るげんちゃんは、天の岩戸に隠れる妖怪みたい! 
おそろしくずるい怪物を飼っているような気持ちです。
ちなみに、抜き始めると、療育手帳さえも、なかったことにするげんちゃんに、驚いてしまいます。


by glow-gen | 2019-05-02 16:42 | 意識のこと | Comments(5)



中学2年の息子。5歳で、発達障害発覚、改善に取り組むママの格闘と改善ノウハウの記録。
ピックアップ 


げんちゃんママの紹介
中学2年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学2年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて8年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
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