げんちゃんの発達障害プロジェクト

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精神的パンクちょっと手前でやめましょ

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ゴールデンウィークも、今日までになりました。あー・・・明日から、げんちゃんも、本格的な中学校生活になるんだな~・・・と、少し憂鬱です。
4月は、家庭訪問があったりして、まだまだお祭り気分のカリキュラムでした。

先週は、家庭訪問のため昼までだったので、昼からは、K先生のところに勉強に行かせていました。が、げんちゃんは、そのすべてにおいて、”ひどい”状態だったようです。
 中学生ショックがおこってるので、その刺激で、ばりっと学習に気合が入るかな、と、私もK先生も思っていたのですが、意に反して、さっぱりです。K先生は、あきれて、毎日メンタルなことをせっせと指導して、そうしてるうちに、所定時間は終わり、学習なんてほとんどできない、というありさまでした。


 けっこう先週まで良かった感じなのに・・・・
S先生が、げんちゃんの心を見られて、

S「ああ、空っぽだよ・・・・何にもない空白。オーバーロードだね。」

と言われました。私も、たぶん、そんなことだろうな~と思って、少し手を緩めるのがいいな、と感じました。何を言っても響かない、何をやらせようとしても、身が入らない・・・・

圧をがんがんかけて、飛び出すのをひたすら待っていたけれど、
ま、当然かもしれません。

ということで、ゴールデンウィークは、過去初めて、K先生のところをすべてキャンセルしました。休日でない日の公文も休み、スケジュールは、初日のピアノの発表会だけです。このタイミングでゴールデンウィークが来るなんて、やっぱり、げんちゃんの行く手は、神様スケジュールだよね。なんて、言いながら(笑)

10時間以上朝寝させ、すっきりして起きてきたら、最低限学校の宿題を1時間程度やる。それさえも、やらなくてもいいかな、と思ったけど、げんちゃんはやる、と言うので、ならば、ということでやりました。


意識低下している状態でやる学習なら、何時間やらせても、今のげんちゃんには、ぜんぜん効果のない学習です。短時間でも、意識が入った状態を強いる。今の学習方法は、それが目標です。

なんとまあ、そんなかっこいいことを言えるようになったわけですよ。だって、意識低下だろうが何だろうが、とにかく、鼓舞しながらやる。まるで、イルカに芸を教え込むようなありさまで、とにかく、抜け殻のような意識のないげんちゃんに、刺激を与え続ける、というようなトレーニングを続けてきたのですもの。この目標設定の変化は、たぶん、すごいことなのだと思います。


それでも、私としては、なんとなく、あせりはあります。手をゆるめることはあまりなかったので、今まで。

S「げんちゃんの場合、本来の価値認識がまだできていないから、普通の基準というものが、ママが考えているほどとらえられていないんだよ。」
とSさんが言います。支援クラスにいても、ママが、そうしたから、くらいに感じている部分もある。とにかく立ち位置を正確に把握して、普通の基準にまだ遠い自分とのギャップを埋めるためにがんばっていくべきなのだけれど、彼は、こっちがのぞむほどには捉えられていない。

「外側だけを磨くのではなく、中を磨いていかないと、伸びていかないよ。表面的な学習とかだけをやっても、なかなか効率は上がらない。内面からのベクトルと、外側からのベクトル両方が必要なんだよね。」

「外側からのベクトルが、内面に働きかけるのは、経験であり、五感である。実際には、ただ、言葉で説明するだけではなく、文字を書き、図を書く。
げんちゃんの立ち位置も、ちゃんと図で示してあげるんだよ。」

と言って、階段のような図を書いて、真ん中に直線を書きました。
「ほかの子は、この辺にいる。でも、げんちゃんは、ここ。」
そう言って、真ん中の線より数段下の段を示しました。
「君は、意識を入れてがんばると、ほかの子と同じところに行けるよ。そしてがんばれば、このマイナスを、反対側のプラスまで持っていける可能性があるんだよ。君はどこに行きたいの?」

こんな感じです。何かできたことがあったら、
「この場所にいる君が、これは、ここまでできたよね。それって、普通の人をこえるエネルギーがあるってこただよね。」
そんな風に鼓舞する。

立ち位置をわかってほしいから、図を書いて、こういう会話をたくさんする。だからばんばろうね・・・と。確かに図で表してやると、げんちゃんの目は、時々ぱっと見開く。

でも、そろそろ、ここらで、手を緩めるときが来ました。げんちゃんは、昔から、本当に上手に意識を抜くので、圧は、とても強く強くかける必要がありましたよね。(皆が同じわけではないと思いますが。ある意味、彼は、かなり打たれ強く、鈍感です。)

さて、どう出るかな・・・・いや、ほんとに、何か出てくるのか・・・・

果たして、・・・・後半の木曜日、げんちゃんとホームセンターに行くと、彼に初めてのことがおこりました。

「これ、やりたい。買ってもいい?」
そう言って、手に取ったのは、塩水で動くというクモのプラモデルでした。難易度は、10歳以上。まあまあです。春休みに、S先生に簡単なプラモデルを与えられて、めんどくさそうにしぶしぶ取り組んでいたげんちゃんが、なんと、初めて製作物に興味を示し、自ら買いたいという。へ~~~。新しい動きです。工作をまったくしないげんちゃんに、工作をぽつりぽつりと訓練し始めたのは、4年生の半ばから。たまに、知り合いのお姉さんに手ほどきしてもらいました。あれから、上手にセロテープも扱えるようになってるし、はさみも上手になりました。でも、自分から何かを作るなんて、ほとんどないし、あっても、ごくまれに、幼児なみでしたよね~。お菓子で作る、お弁当だとか、ハンバーグセットだとか、そういう工作キッドも食いついて、いくつか仕上げた時期はあったけど、自分から買いたいということはありませんでした。私がちらつかせたり、ちょっとした演出をしていました。

それが、今回、彼にしてはかなりレベルの高いキッドを買ってきて、取説を必死で見ながやっています。確かに、最後は難しくて、工程のミスもあって、パパに仕上げてもらったのですが、半分以上はがんばりました。

これは、新しい兆しになるのでしょうか。せっかちなげんママも、あせらず、待つしかないのでしょうね~・・・

by glow-gen | 2018-05-06 02:09 | Trackback | Comments(17)

どもりが治る瞬間。どもりのからくり

げんちゃんの
「はい、」「わかった」「うん」
というのは、かすみのように実態がないことが多いです。意識が入らない聴覚処理は、吹き抜けるそよ風のように、何も残りません。たった今、

「今日は、○○先生はかぜでお休み。かわりにT先生が朝,来ますよ。」

と言った直後に
「○○先生は来るの?」
ときかれたのには、あきれます。

「鍵は持って行きなさいね。」「はいわかった。」
と言って、数秒後、ふと見ると、鍵がそのまま、とか、・・・こんなすさまじい抜けは日々の生活にちりばめられています。意識なく聞いているのは見え見えです。

また、こんなことがありました。

げんちゃんが、家に一人でいるとき、おばあちゃんのところにいた私は、げんちゃんに電話をかけました。

ママ「今からこっちに来なさいね。家には鍵をおいてないから、そのまま鍵はせずに、出てきていいよ。すぐに、お父さんが帰るから大丈夫。
 げんちゃんは、電気を消して、ちゃんと窓も閉めて、かばんを確認して持ってきなさいよ。」

げん「うん、わかった。」
ママ「わかったんだったら言ってみて。」

するとげんちゃんは、絞り出すように、いつものどもり調子で、えっちらおっちらとしゃべります。

げん「あの~・・ぼ、ぼくは~、か、鍵もかけないで~、行く。え~っと~・・・電気とか~、かばんとか~、・・・持っていく・・」
ママ「やれやれ)鍵はかけないけれど、どうなるの?」
げん「・・・・」
ママ「誰が鍵しめるの?」
げん「・・・・」

もちろん、げんちゃんが出てくるのと入れ替わりに帰る、パパがしめてくれるのです。
しばらくトライさせて、ため息まじりに、もう一度言います。でも、げんちゃんからも

「えっと~・・・もう一回言って~・・・」
という言葉が、最近は出てきたりします。以前なら、いらいらする沈黙があるだけです

「もう一度言うよ。もう、絶対に聞き逃さないでよ。二度と言わないよ。」
リピートします。

げんちゃんは、どもりも強くなって、やがて、チックも出てきているかんじです。

電話口では、げんちゃんは、テレビを気にしながら会話しているのか、意識は低く、適当に聞いてるようです。

いらいらしながら、待ってみます。たどたどしい、未完成品みたいな文章が、げんちゃんの口から絞り出され、ひどく、ぎこちない。

 どもりも絶好調に達しているその時、テレビをけさせて、落ちつかせて間をおいて、またトライさせると、げんちゃんの口からすっと、流ちょうな文章が飛び出しました。

「お父さんが来るから、ぼくは、そのまま家を出て~・・・電気を消して、かばんをもって、お母さんの所に行く」

今までのたどたどしいセリフと、語調も、聞きやすさも、文章の組み立ても、まったく別ものです。
口調もリズムも完璧です!

私は、歓喜して、げんちゃんに花丸をあげました。

それはたぶん、水面下に沈んでいたことが浮かび上がる瞬間と言っていいでしょう。その時彼の意識と言葉は、最高のパートナーシップを結んだかのようです!

記念すべき出来事に感じられました。時々、すらすら話すことがないわけではありません。しかし、こういう追い詰められたような状況で、何度も回答を求められている場面では、意識レベルはどんどん下がって、やればやるほどできなることがほとんどでした。

今までは、できないときは、いつもできないままだったのです。

しかし、できないところから、あざやかに、転身し、言葉が紡ぎ出される瞬間を始めてみました。彼が、意識を入れて、自分を調整し、私がインプットした言葉を水面からあざやかに取り出した。そんな感じです。

どもりも、結局、意識と言葉のずれによっておこっているのだと思います。
頭の中から取りだそうとしているのに、取り出せなくて、言葉だけが空回りして、どもりが出てくるんではないか・・・

げんちゃんは、1年生の時、突然どもりやちっくが出始めました。周りは、ママがストレスをかけているからだ、とか、私に言うこともありました。でも、私は、そうは思わなかったです。頭が、必死に何かを始めようと頑張って、その結果、未完成のようなものが出てくる。その試行錯誤がチックやどもりになるんだろうな、くらいに感じていました。だから、それらが出るというのは、ちゃんと、脳に変化がおこっているのだ。そういう外からの刺激がなければ、改善はない。

意識をもって、しっかり、今まで入力されたものを取り出す作業がスムーズになれば、どもりも改善するんだと思います。つまり、どもりは、意識がしっかり働いていないことで、上手に話したいことに、焦点があたらず、言葉だけが先走りするような現象なんだと思います。

意識がしっかり入ってくれば、どもりもチックも改善するな~・・・と踏んでいます




by glow-gen | 2018-04-30 01:04 | Trackback | Comments(5)

まわりのことを自分のこととしてとらえる。卒業式その2

  ここ2週間は、ホームスクールは中止。毎日学校に通いました。毎日卒業式の練習をこなしたのでしょう。げんちゃんの卒業式のセレモニーの様子は、非のうちどころがありませんでした。証書を壇上で渡されて、見事なお辞儀をし、決められた方法で席にもどっていきました。全員壇上に上がり、歌ったりメッセージを言ったり、げんちゃんを含め、どの子も、小学校の入学時からは、遠い遠いところにきています。
 
 前の日に
「げんちゃん、明日は卒業式だけど、寂しい?」と聞きました。
「べつに~。」
発達障害に気づいた幼児の時から感じていたけれど、げんちゃんの心が、どこか、ロボットのように硬く冷たく感じます。

クラスにもどって、一人ずつ、前でコメントを発表します。
「僕は、このクラスで、色んなことを経験したけれど、終わってみて、このクラスになれてほんとによかったと思います。みんなが、ほかの人のことも思えたし、楽しかったです。中学に行っても、よろしくお願いします。」

「僕は、違う中学に行くけれど、またどこかで会ったら声かけてください。よろしくお願いします。」

次々に発せられるクラスメートからのコメントは、ハートの通った大人の味がしました。もちろん、色んな子がいるので、一言、恥ずかし気に言って終わりの子もいます。みんなが同じ成長スピードではないと思うけれど、げんちゃんの課題を見せつけられるようでもありました。

「あ、・・・おめでとうございます・・・」
げんちゃんは、前に出ると、おもむろにそういうと、止まってしまいました。

なぜ言葉が続かないのか、・・・
私にはわかります。卒業式に、クラス全員が共有している気持ちを共有してないのだな、と思います。卒業式というイベントに向けて、何週間も練習したり備えて来たので、それなりに卒業式の重みを感じてはいるげんちゃん、しかし、他の子ほどの思い入れもありません。先生に促されて、
「ありがとうございました。」
と締めくくりましたが、私は感じます。何がありがとう、なのかもつかんでいないのだろうな・・・と。


先生の最後の送る言葉は、ほんとに示唆に富んでいました。げんちゃんが、どうして、気持ちを共有できないのか、言葉にしてもらったかのようでした。

「このクラスは、ほんとに素晴らしかったと思う。それはね、このクラスの子たちは、こういう子が多かったからだと思うよ。」
そう言うと、先生は、黒板に、ある文字を書きました。

他人事(ひとごと)と、自分事(じぶんごと)

「みんな、自分のことは、だれでも考えると思うけど、人のことは、考えない人もいるよね。でも、このクラスは、人のことを自分事、って考えてくれた人が多かったように思います。だから、この一年間を通じて、とてもいいクラスになったと思う。・・・・」

先生は、それから、クラスのみなでもりあげた、いくつかのエピソードを話してくれました。

若い先生なのに、とても素敵な話をされるな~と、思いつつ、私は、ふと気づきました。そうか~。げんちゃんに全く欠落しているのは、自分事の範囲なんだ、と。自分の興味のあること以外は、すべて他人事。だから、連帯感も薄いし、寂しいという感覚もわかない。


家に帰って、げんちゃんに、
「今日の、○○先生の言葉は、とても素晴らしかったけど、覚えてる?言ってみて。」
と聞くと、しんみょうに聞いていたように見えたげんちゃんだけど、まったく答えられませんでした。何か言わなくちゃと思ったのか、最後には、
「中学でがんばって・・・とか~。」
と、適当におもいつくことを答えました。まあ、その場にあった答えを、なんとかでっちあげてくることも、今まではできなかったことで、進歩と言えるかもしれませんが、普通の子なら、心にぐっとくる内容さえ、把握してないげんちゃんに唖然とします。


私はしかたなく、げんちゃんの足りない、”自分事”、について、先生の言葉に注釈を入れて、話してやりました。そしてそのあと、こんな会話をしました。

「げんちゃんは、6年のこのクラスが楽しかった?」
「うん。楽しかった。」
「それはなぜと思う? げんちゃんは、隣に座った子に、色々助けられたよね。」
「うん。」
「それは、隣の子が、げんちゃんのことを自分事、として考えてくれたからだと思うよ。 でもさ~、げんちゃんはどうだった。僕興味ない! とかよく言ってたね。」
「あ、うん。・・・・」
「もし、隣の子が、同じように、げんちゃんのことを他人事と思って知らん顔してたら、どうだろう。げんちゃんのこと助けてはくれなかったんじゃない?」
「うん。そうだね。」
「じゃあ、げんちゃんは、その子にどうすればいいんだっけ。」
「あ、・・・・・(しばらくの間)感謝する。」
「だよね。でも、それだけでいいの?」

そこから先は、何度かやりとりがかわされなければ、自分も、ほかの子のことを自分事としてとらえなければならない、という回答にいきつきませんでした。

 隣の子がしてくれる親切も、その子がやりたいからやった、くらいにしかとらえられてないげんちゃん、おとなしくしていて、周りを妨害するベクトルさえ出さなければ、それでいい、なんか、そんなげんちゃんです。かつて、自分の好きなようにふるまって、周りに迷惑をかけていたことを考えれば、げんちゃんが立っている場所は、大きなマイナス地点からプラスマイナス0、に近くなってきたと言えるのかもしれません。

 しかし、そこから先に行けなければ、げんちゃんは、やはり、発達障害というエリアに立っているわけで、私が望んでいるところではありません。
卒業式という人生の大きなイベントの、このやり取りの中で、げんちゃんは、少し心が動いたように思いました。やはり、卒業式という心動かす大きなイベントの効果はあったのかもしれません。


そして、ここは、発達障害の子の、もっともコアな部分でもあります。意識、興味のベクトルを、あらゆる方向に出して、周りにいる人、また、周りで起きる事象を、自分事としていくこと、ベクトルさえ出ていなかった以前の状態から、今は、とりあえず意識のベクトルを出そうと思えば出せる。
 だから、どこに出していくのか、ということに焦点を写す段階になってきたのでしょう。自分の好きなことだけにベクトルを出していくのではだめなのです。

 イメージするのは、太陽の絵です。中心から、放射状にたくさんの線が出ています。おれがおれが、という、自分のための線でもありません。出すべき場所、人、時間へと、自由自在にたくさんの線が出て、(意識が出て)正しく情報をとってきて、正しく感じる。


 卒業式を通して、大きな気づきと目標をもらいました。


先生方や、自分事としてげんちゃんをフォローしてくれた学友たちに、再度感謝した一日でした。



by glow-gen | 2018-03-17 16:04 | Trackback | Comments(9)

卒業式目前・・・感謝感謝感謝!・・・うるうる・・・

   小学校生活も、残すとこわずかになってしまいました。なんか、じ~んとしてきます。げんちゃんは、S先生曰く、真の反抗期も混じってきたようで、私に対する生意気な態度も、日に日に増してくるようです。
 かわいげがないので、最近は距離をおいています。私が、帰ったそうそう、なめたまねをしてきたので、
「あ、そう。じゃあ、今から、あなたとは話さないから。」
と言って、知らん顔してると、
「ごめんなさい!」
とふてぶてしく言ってきました。私にほったらかされたらマズイ、という気はあるんでしょうね~。

リコーダー事件

最後のイベントで、合奏をすることになったげんちゃんたち。ずいぶん前から、リコーダーを持ち帰り、自主的に、指運び表をコピって、ドレミファ・・・と練習してました。ちょっと前まで、彼は、リコーダーが大嫌い。リコーダー練習を拒否して困ります、と連絡帳に書かれたのは、4年か5年だったろうか・・・・

ピアノと同じ要領だとおもうけれど、横が縦になると、まるで別物なのがげんちゃんたちです。
とはいえ、家に持ち帰り、自分で取りくんでいたの驚きです。
 しかし、できはひどいもので、今回のむつかしい曲までいけるのかどうか。ドレミファ・・・と指運び表を見て、順番に弾くのがやっとのようでした。この調子だったら、楽譜までは無理だ、と私は判断したので、げんちゃんに、

「あんた、ぜんぜんできてないから、明日は吹かないでよね。変な音出すとみんなの迷惑だから。」

と言いました。
 さて、しかし、当日見てびっくり。なんと最前列・・・こりゃできないのばれるわ! とあせりました。
 でも、ふたを開けてみて、またまたびっくり。隣の子とさしてかわらず指が動いているではありませんか・・・・
なんなんだあ~・・・いまだになぞです。

 理科の授業も見ました。数か月前、ノートの最初と最後だけ書いて、友達の発表もぜんぜん聞いてないげんちゃんでした。今回は、ずいぶんましになってるように見えました。少なくとも、遠目には違和感はありません。友達の発表も、視線は持って行ってないけれど、まあまあ聞いているようでした。
聞く力は、前より上がったようです。ノートは、良くとっています。

 テストが返されました。周りの子の多くは100点でした。げんちゃんも90点取ってました。次に、まとめのプリントをやりました。ほかの子は、テストをしまって、その課題に移りましたが、やりっぱなしげんちゃんは、テストはそのままで、次の課題に取り組んでました。机の上は、雑然としてます。

 家でも、やりっぱなしをなかなか治せないでいるのですが、学校でも同じでした。まとめプリントをやってる様子は、集中してましたが、わからないところで止まり、を繰り返し、時間は早い子の倍はかかってました。たぶん、普段のテストも、制限時間ぎりぎりで、なんとか出せてるんじゃないかな、と思いました。

先生に面談していただきました。

「げんちゃんは、してもらって、ちゃんとありがとうと言ってますか?」

と私がたずねたのに対し、
普通クラスの先生が面白いことをおっしゃってました。

「隣の子が、とても親切な子で、よくお世話をしてるので、げんちゃんに、”こんなやさしい同級生はいないよ。げんちゃんよかったね。”と言ったんです。すると、げんちゃんは、”え?もっと親切な子がいるよ。”と平然と言うだけでした。」

まあ、あきれた。げんちゃんは、色々してもらっても、まったくそのことの意味を理解できないようで、当たり前みたいにスルーしているということがわかりました。

「先生、この子たちは、物事の関連性をつかむのがとても苦手です。その話し方だと、同級生が親切かどうか、という話で終わってしまう可能性があります。自分とのかかわりまでは、いきつかないのです。だから、げんちゃんに、ありがとう、と言わなきゃいけないんだよ。という、オチのところまでを話してもらっていいですか?」


とお願いしました。
言葉かけは、なかなかむつかしいです。普通の子でも、しっかり本質のことまで、言い及んで指導した方が理解されやすいです。大人の私たちは、経験で行間を埋めていけますが、子供たちは、発達の子でなくても、大人のようにはいかないです。言葉かけは、具体的なノウハウにまとめられるといいな~と思います。
 S先生に質問攻めして、「こんな時の言葉かけ100選」、みたいなの、作れるといいな~・・・笑

こういう言葉の足りなさは、くもんの先生にもよくあって、う~ん。もう一声~、と思っちゃいますね。もちろん、自分でもあるし・・・できそうで、なかなかむつかしいとこです。

 この言葉かけこそ、発達障害の本質を治す大事なポイントです。


 でも、6年生も、とても素敵な先生方にお世話になって、感謝の言葉しかありません。先生方とお別れするのもとても寂しいです。

しかし、げんちゃんは、卒業するの寂しい?なんて聞いても、
「べつに~。」
気のない返事をしてます。なんかね、この子不感症? と思います。感情の機微がないのかよ! って感じ。だからこそ、たんたんと、言われるままに、色んなことをこなして来たんだろうね、と思いはするけれど、疲れます。

 共感、とか、同情とか、感謝とか・・・人間的な心の起伏が、ほんとに平坦だな、と感じます。自分の感情さえ、手中に収められない子だったので、しかたのないことなんだろうな、と思いますが、そばにいる人間にしたら、つまらないことこの上ない・・・いろんな体験をして、その時に感じる気持ちを、言葉にリンクさせていく、ということを、たくさんやらないといけないのでしょうね。

 卒業ということも、良い経験として、感情がリンクするように、言葉かけしなくてはならないですね。せっかくなんだから・・・

しかし、ママの言うことなど、聞かない・・・と決め込んでいる面があるので、やっかいです。K先生とS先生にまかせようかな・・・ということで、卒業式の日、先生を呼んで、ささやかですが感謝のランチ会を設けました。げんちゃんのお祝いだけでなく、感謝会。

食事会もただするのではなく、意味や意義をわからせたりすることが大事だよね~と思います。やはり、ここも言葉かけ命、って感じだな・・・

ほんと、たくさんの方のお世話になって、ここまできたげんちゃんと私です。

あらためて、ブログを読んでくださる皆様にも、心から感謝感謝でございます!

 




by glow-gen | 2018-03-03 01:44 | Trackback | Comments(14)

中学校の説明会に行ってきました。

  昨日は、中学校の説明会でした。親子で並んで、体育館のイスに鎮座し、先生方のお話を、2時間近く聞いていました。たくさんのプリントももらって、つきあわせながらお話を聞いていました。
 げんちゃんは、長時間でしたが、けっこう、先生方の話に意識を向けていたように思いました。そういえば、低学年の時、こういうシチュエーションは、超苦手でしたね。入学式は、座っておれた~と、感動したものです。でも、先生の指示のただの1つも聞けませんでしたね。げんちゃんに、ためしに、プリント類を持たせて、先生が話しているプリントを、私にわたしてちょうだい、なんて、言っておくと、時々はすっと渡してくれたりしました。

 しばらく、学校見学に行ってないけど、この調子だったら、以前よりは、ましになっているのかもな~と思いました。

 そういえば、クラスの担任の先生が、
「全体指示は、なかなか入りませんね、全体に指示したあと、げんちゃんに、もう一度言わなければなりません。」
と、おっしゃっておられました。
 私は、は~、とため息を漏らしましたが、K先生は、
「ていうことは、指示してやれば、ちゃんとやり始める、ってことじゃないですか。すご~い・・・進歩してますね。」
と言われました。なるほど、以前は、指示してやっても、なかなかのことが多かったですよね。確かに!

 そして、先生の連絡帳に、

色々できてきているので、私も、わかっているか、確認するのをつい忘れます。
と書いてありました。なんか、ちゃんと把握できるような子になったと、錯覚する・・・・そういうことなんでしょうから、やはり、すごく伸びているんでしょうね。


 伸びているといえば、くもんの先生が、確認テストをしてみたそうです。7月入門時の国語は、5年生のものをやりました。その時、時間切れで、35点でした。このたびは、6年生の国語で85点をとったそうです。(簡単目の6年プリントですが・・・)

 驚いておられました。
「すごい伸びです・・・」

算数は、ぼちぼち、6年生の算数12点だったそうです(もちろん時間切れ、ほとんど計算です。)・・・・算数はともかく、国語は、テストなれした部分も大きいのかも知れません。なんせ、テストデビューから、わずか1~2年ですからね・・・くもんの良いところは、ある能力については、数値化して、現状を把握できることもあるのだと思います。

 話しもどって、中学校は、新たに、支援クラスができていました。帰りに教頭先生とお話しました。ホームスクールできるのかしら?と思って聞いてみましたが、
「何でも、6年生からの申し送りに書いておいて下さい。・・・」
とにこにこして言われました。先生方も、人事は、直前3日前くらいしかわからず、誰が担任をするのか決まってからのことのようです。

 まわりを見渡すと、大人っぽい6年生もたくさんいましたが、まだまだ幼さの残る子も多く、中学もなんとかなりそう・・・と、力が抜けました。

 なんか、神様の声がして、
「げんちゃんが、この学校に行くので、この学校を祝福する・・・」

と言われたような気がしました。創世記39章の言葉が与えられました。ヨセフは、大変な厳しい状況に追い込まれたけれど、「主がヨセフとともにおられたので、その家を祝福された。」という、聖書を知っている人なら誰でも、知っているような有名な箇所が浮かびました。

へ~・・・そうか~・・・まあ、困難はあるけれど、主のご計画を楽しみに待つ気持ちになりました。のんきすぎ・・?


by glow-gen | 2018-02-01 16:33 | Trackback | Comments(13)

発達障害の子にくもん(公文)教室は合うのか

  げんちゃんは、去年の7月から、くもんに通ってます。もともとくもんに入れる気なんて、毛頭なかったのですが、いつも勉強をになってくれるK先生がお休みの時、仕事で帰りが遅いママは、何もできず、代わりの先生をしていただけないかと、くもんの門をたたいたのがきっかけでした。

 でも、教室自体に入る気はありませんでした。でも、ついでに紹介されたくもん教室のやりかたは、ちょっと前のげんちゃんなら、無理だなと思えましたが、少しは落ち着いてきたげんちゃんには、いいように思えました。そして、そもそも集団でうける塾なんて、げんちゃんには、無理だったので、くもんは新しい挑戦でした。

 げんちゃんが、くもんに入ったので、くもんは、発達障害の子にいい・・・と思われるかもしれませんが、くもんこそ、発達の子にとっては、はじめる時期や、取り入れ方を考えないと、すごく酷なことになるのではないか、と思っています。

 今回は、くもんについて私が考えるところを書いてみたいと思います。

くもんの教材は、すごく特徴的です。算数は、見てる限りにおいては、ほとんど計算ばかりです。文章題はほとんど見たことはありません。(少しはあるのでしょうか・・・)とにかく、学研の教材などのように、学校でやるプリントに似たものではありません。算数は、計算に特化して、基礎から、それこそ、細かく段階をつけて、一歩一歩進めるように工夫された反復が続きます。

 計算に関しては、ほんとに工夫の仕方がすごいな、と思えるほどしっかりしています。げんちゃんは、今、分数を何枚もやってますが、苦手な約分も、最初は、ひたすら、全部、2で割りましょう・・・となっていて、負担はありません。自分で、自由自在に約分できるところにたどりつくまで、ひたすら、指定したもので割る練習が入ったりします。ですから、無理のないステップ方式です。でも、その量たるや大量です。小さなプリントなので、普通の子なら、1枚やるのに、たいして時間はかかりません。細かいステップに分かれて登っていけるので、先生がいちいち教えなくても、こなしていってると、仕組みがだんだんわかってくるようなからくりになっています。

 しかし、このプリントも、げんちゃんのように、そもそも数の実感のついていないような子だと、まさに、感覚がなく、ひたすらパターンになってしまうと感じます。

 数字が実体として感じられている子は、そこからの広がりとして、算数がプリントともに広がるかもしれませんが、もし、実体物のトレーニングなしに、ひたすらこれを最初にやらされてしまうと、あとになって、恐ろしいことになる、と、私は感じます。

 げんちゃんは、しくみや理論的な部分を、プリントの流れからつかんでこれない子です。あらゆるパターンの算数、あらゆるパターンの実体物、経験、そういう多角的な入力によってしか、本来の算数の能力がついていかない子なので、くもんだけにたよった算数学習は、ほんとに恐ろしいことになってしまうと思っています。

 げんちゃんは、ほんとに、気の遠くなるような努力とプラクティスと、経験と体験を、積み重ねてきて、やっと、算数の門から入れたようなステージにいます。そして、門から先は、無理やり猛スピードで、その道を突っ走ってます。普通の子なら、もっとじっくり踏みしめて進めるところを、ひたすら、転がすように進んでいるような感じです。
 だから、植物にたとえるなら、根がひょろひょろして今にも枯れそうな植物に似ています。それを承知で、先へ転がしています。それゆえ、げんちゃんに与えるミッションは、そのひょろひょろした根を、あとからあとから追っかけて育てていくことでもあります。タフな反復計算練習は、その役目をしています。でも、間違っても、それだけでは、太くならないのも知っています。げんちゃんは、ついこの頃、また、20までのドッツの足し算をひたすらやったりしたし、大きな食パンをことあるごとに切ったり、積み木で数を再現したり・・・・いまだにやっています。

 また、簡単な文章題を絵にして、説明しながら解かせる、とか、そうかと思えば、まだ少し難しいようでも、あえて6年の今習っているところの学習をする、とか、もう、難易度もパターンも、あらゆるものを、あらゆる角度から入力することを心掛けています。

 あくまでも、くもんは、その中の一つにすぎません。ただ、系統だっているし、反復練習ということで、ざっくりできてきたところに関しては、そこを太くしっかりしていくことに一役かってはくれています。
 もちろん国語も、同じようなイメージです。

発達障害の子は、多角的にできるようになってはじめて、一つの大きな「できる」が完成します。かなり、パターン化した、くもんの学習だけを選んで能力開発をしようとすると、とても危険だと思います。

 そこをわかって、利用するのであれば、くもんは、とても素晴らしい教材であり教室だと思います

 また、その子にあったステージを上手に選べば、くもんのプリントは、一人学習の習慣に採用しやすいです。ママの手を離れて、自分でやる、ということに離陸しはじるときに、とても用いやすいです。げんちゃんも、まだ相当不完全ではあれど、多数に交じって、一人で学習して帰ってくるようになりました。(宿題を出すとき、先週終わったプリントが無造作に交じっていたり、全部やってないのに、すぐ先生に持っていってしまったり・・・宿題も、ずいぶん減らしてもらってます。とまあ、まだ、人並とは言えないのですが・・)

ある程度積み重ねてきて、ちょっと離陸できるようになったときに、一つの方法として、くもん教室を採用するのはいいのではないかな~と思います。

どの教材も、これで完璧、ということが、ほんとにむつかしい子たちです。あらゆる角度からの入力が原則だからです。

 教材研究は、おもしろいです。自分の手中にたくさんの教材のレパートリーがあると、げんちゃんのその時々に応じて、うまく利用できます。でも、前日に、教材を組んで、翌日の学習計画を立てるのは、ほんとに、時間がかかってしまいますね~・・・。ついつい寝不足になる日々です。

by glow-gen | 2018-01-25 01:32 | Trackback | Comments(27)

合宿の快挙。

げんちゃんの英語の発表会の緊張ぶりを、Sさんに話したら、
「それは、すごく進化したね~。いい傾向だ。」
と言われました。と同時に、こんなことも言われました。

 緊張しているというのは、まわりが見えてきたと言えるんだけど、彼の緊張が、普通の人たちの感じてる緊張とまったく同じか、というと、そうでもないかもしれませんね。普通、人前に出て、緊張するというのは、二つの要素があるんだよね。1つは、周りの人が自分をどう思うか、その評価が気になるという面で、もう一つは、ちゃんとできるか心配、という面です。
しかし、げんちゃんの緊張の原因は、自分が自分に持っているセルフイメージや、自分がこだわっている仕上がりに固執している面が強かったりするんだと思うな。イメージしているもの以外受け付けないような感じだね。

だから、正しいバランスのとれた”緊張”に導いてあげないといけない。そして、そこに至れば、次には、そういうものは必要ないのだ、という段階に乗せる必要がある。


 ???
まあ、いつものことだけど、私は、混乱します。げんちゃんは、自分というものを、客観的に外から観察する力に欠けます。そういう力がなくて緊張した、となると、確かに、我々の緊張のしかたとは、違うのかもしれませんね。

 さて、週末は、サッカーの合宿でした。前日の夜の私の帰りがとても遅いので、私は、げんちゃんに電話を入れました。
ママ「げんちゃん、お母さん帰り遅いんだけど、あなた何かしなきゃいけないよね~・・・」
G「合宿でしょ。わかってるよ。用意するんでしょ。・・・え? できるよ。」

 一応、ざっくりやってはいたけど、まだ入ってない物もあって、前日の用意はかかせません。
家に帰ると、げんちゃんなりに、しおりを見ながらやっていました。できは70点くらいでしょうか。

 さて、翌朝になって、私は、もう一度げんちゃんに、
「行く前にチェックした方がいいんじゃない?」
と声をかけます。げんちゃんは、朝の用意を終えると、荷物のところに言って、こう言いました。
「最終確認!」

ほう! 最終確認ですか。あんたから、そんな言葉が出るんだ・・・・ 
それから、げんちゃんは、またおもむろに、しおりを見ながらチェックしています。でも、”今日は、寒そうだから、上着を暖かい物にしよう”、とか、一歩先のつながりは思い至らないようです。とにかく、指定されたものが、なんか、入っていればオーケーといった段階です。
でも、先日の修学旅行の時よりも、またさらに、前進しているようです。

 考えてみれば、ほんとに、合宿がストレスフリーに近づいているママです。合宿は、一事が万事ストレス。ぼ~っとしている子に、一から十まで、手取足取り、すべての段取りを教えて、それでも、うまくいかないことだらけ・・・そういう合宿ライフから、やっと抜け出したげんちゃんです。苦節6年、ほんと長い道のりでした。

いやいや、明日帰るまでは油断ならん・・・と思うママでしたが、果たして、帰りはどうだったかというと、
初めて、げんちゃんは、二日目の練習で、ちゃんと違う服を着て、新しい靴下をはいて、もちろん、下着も、ちゃんと着替えて臨んだのでした。しかも、汚れ物は、ビニールにまとめてる。すごい!
 初の快挙でしょう。小学校卒業前に、かけこみセーフといった感じです。
 自分から広げたり、応用したりすることは、まだできなくても、とりあえず、言われたことを自分なりにこなす、ということはできはじめたようです。

帰りにコーチに色々お話を聞きました。

 げんちゃんは、チームで二番目に足が速い、と言ってました。うそでしょ・・・と思わずにいられません。なんせ、運動会は、いつも、びりです。
他の子がたまたま遅いのでしょうか。まあ、でも、いいや、そういうことにしときましょ。

「小さい子の面倒もよく見てくれるんですよ。」

へ~・・・・そうなの? そういえば、支援の先生が、支援クラスのイベントで、小さい子と二人組になって、ゲームをしたら、げんちゃんは、小さい子に、場面場面でゆずったりしていたらしい。
 
 ずいぶん、普通ぽくなってるげんちゃんのようです。このままどんどんどんどん突き進め~~。と願うばかりです。

反抗期始まって、色々あるけれど、げんちゃんに歌って上げようかな~。どんな時でも、君は神様に愛されている。もちろんママからも


by glow-gen | 2017-12-11 18:53 | Trackback | Comments(10)

自分の立ち位置を認識させる。 支援にいても内申はつくよ、と言われた

  げんちゃんのくそ生意気な言動に、日々行き場のない怒りが彷彿としていると、セラピストの先生にずばり言われました。

S「それはね。次のステージにいったってことだよ。昔は、何にも見えない、考えられない、というところから、少し自分や周囲が見えてきたんだろうね。
 自分は、できる、とか思い出した。だから、ちょっとほめてほしい、認めてほしい、が強くなってきてる。でも、実際には、とんちんかんで、まだまだ、出来ると言うところからはほど遠いわけで、こっちは、あれこれ言いたくなる。
 ま、そうすると、できると思ってきているげんちゃんは、反発する。まあ、そんな感じだよね。」

G「まったく、わかっちゃいないから、ついには、げんちゃんを侮辱するような言い方で追い込むしかないようになってしまうんです。
 だから、君は支援クラスで、支援してもらわなきゃだめなんでしょ。何が、普通クラスよ? みんなが支援の子だって、配慮してくれるだけじゃない・・・とか。
 こういう言い方って、コンプレックスを助長していって、良くないとは思うけど、自分の現実がまったく見えていないので、どうしても、そういう言い方をせざる得なくなるのよね。」

S「将来、君は、障害者枠で就職するつもりかい? とか、でしょ・・・」

G「そうそう、もっときつくせまってるかも。 コンプレックス相当植え付けてるよね。」

S「コンプレックスは、適度に必要だよ。それがないと、ここぞと言うときに歯止めにならないからね。自分の立ち位置が認識しにくい子たちだから、コンプレックスなく、自分を肯定しすぎたら、暴走してしまって、自分は悪くないと思う。
 シビアな現実は、しっかりつきつけてあげないといけないよね。

G「なるほど・・・私も、まずは、現実をありのままに認識させることは、大事だとは思っていたのだけど・・・」

S「ただね。言葉を補わなければいけないね。ママが、そんなことを言うのは、げんちゃんをバカにするためじゃないよ。ちゃんと、現実を認識して、がんばってほしいからなんだよ。がんばっていけば、普通の子だって超えていける可能性があるんだからね。・・・と。」

S「次の段階は、自分の立ち位置が把握できることと、どこへ向かっていけばいいのか、方向性をつかむっていうステージだね~。できるだけ、今のステージを短期間で駆け抜けていきたいね。

落ち着いて、方向性を示すように言葉をかけてあげるといい。」

なるほど、わかったようなわからないような・・・・でも、次のステップに入ったということは確かで、新たな、副産物が出てきたと言う訳なのでしょう。

 先日、中学校に電話しました。教頭先生に、かいつまんで、げんちゃんの今までの経緯をお話して、ホームスクールのこと、支援クラスに籍はおくけど、普通クラスで、普通にテストなども受けたいこと。でも、激しい意識障害があるので、担任の先生に、配慮してもらえるのかどうか・・など。内申がつくかどうか、高校は不利になってほしくないこと。など

 すると、教頭先生は、すこぶる感じよく、的確に答えて下さいました。私のホームスクールの話しを聞かれると、
「それはすごいですね。そんなことをする親御さんなんて、今まで見たこともありません。こちらが教えてほしいくらいです。」

とお世辞を言われました・・・そんなお世辞言えるなんて、頭が柔らかい方のようで、ホームスクールも否定はされませんでした。しかも、内申は、ちゃんとつきますよ、としっかり言われました。試験とか受けていけば、支援だろうが、ちゃんと内申点はつくのだそうです。

「ただね。ホームスクールだと、出席が少なくなるので、それが不利になるかもしれませんね。」
と言われたので、

「今時は、ネットなどで、出席扱いになるシステムなどもあるんですよ。」
と私が言うと、

「そういうの利用されたらいいんじゃないですか。」
とまでおっしゃいました。
 なんか、ちょっとびっくりでした。

とにかく、電話から受けた感触は、先生は、支援の必要な子どもたちのことを、ずいぶん考えておられるようで、どうにか、彼らが、うまく中学で生活できるように工夫したいとおもっていらっしゃるように感じました。

なんか、ちょっと拍子抜けした私です。
でも、電話でのやりとりで、ひとまず中学の心配もあまりなくなって、まあ、入学してみて考えよ・・・という感じになりました。

げんちゃんの次なるステージを、とにかくスピーディーに駆け抜けたい・・・・問題点は、すさまじく転がっていますが、やるっきゃない。
仕事で鋭気を養って、げんちゃんに体当たりして、ぼろぼろに敗北して、また立ち上がる・・・・なんか、哀愁の戦隊ヒーローみたい・・







 





by glow-gen | 2017-11-30 20:24 | Trackback | Comments(24)

脳を制御し、開発さえする意識の働き

  「意識をすることができるようになると、脳自体をコントロールすることができる。」
と、知り合いのセラピストの先生からお題を頂戴したげんママですが、わかったようなわからないような気持ちで、日々けっこうもんもんと過ごしていました。

ところが、今日、仕事していて、ふと、こんなことを考えました。

 例えば、脳こうそくで、同じ場所に同じような麻痺をおこしてしまった患者さんが、二人いるとします。一人は、病気だからしかたがないと、ぼちぼちリハビリしながら暮らしています。もう一人は、元気な頃を思い出して、もう一度、あの頃にもどりたい! と強い意志を持って、また、医者がなんと言おうと戻れると信じて、一生懸命、独自に考え、研究したハビリプログラムを、夜も日もおしんでこなし続けました。

さて、5年後、どちらの人がもとの生活に近いところへ、もどっていったでしょう。

そう、答えは簡単。なおると信じて、死に物狂いでリハビリした人でしょう。

この人が治った勝因は二つあります。一つは、彼は、治ると信じていたこと。もう一つは、心が行動をかえ、リハビリに必死にとりくんだことでしょう。

このことは、一般には、意識ではなく、意志と呼ばれる類のものかもしれません。でも、心が、脳を改善したわかりやすい例だといえるでしょう。人の脳は、自らの意志で作り変えることができるのです。

 そうか~。脳が、心の支配を受ける、というようなことを、彼が盛んに言っていたのは、こういうことかもしれない。

 ある日のげんちゃんを観察していました。最近では、げんちゃんの、ゼロに近い時間の感覚を改善していくためのトレーニングをやっています。寝るまでは何時間あるのか。その間に何と何をしないといけないのか。そのために、どういう時間配分で、何からやる・・・みたいなことを、少しずつ考えさせるように誘導しています。(まったく、彼は、それについてはゼロベースです。とほほ)
 その中で、たとえば、明日の理科に備えて、ちょっと家で予習した方がいいね、ということになったとします。時間は、ほとんどありません。チャレンジタッチでちょっとだけ予習することにしました。げんちゃんは、チャレンジタッチに手をのばします。そして、開いたとたん、タブレットが、今日のおすすめ学習を表示したとします。そのとたん、げんちゃんは、理科をやる、とい意識がぶっとんで、タッチが誘導した国語をやろうとしました。(チャレンジタッチは、発達障害のお供、とさえ言いたいくらい、必須アイテムです。)
 理科をやる、と、ひらいたその時までは、彼の意志ははっきりしていたのに、次の瞬間ふわっと、意識が飛んでしまいました。意識と脳の支配関係が逆転した瞬間です。

「あれ、君は何をしようと考えたのかな?」

意識を取り戻すための声掛けをします。げんちゃんは、しばらく、フリーズしましたが、あ・・・とつぶやいて、急いで理科に変えます。声掛けをしなければ、げんちゃんは、ふわふわと、地上から足が離れるようにして、意識の伴わない、目の前のことに吸い付けられて、飛んで行ったままだったでしょう。

脳こうそくの一人の患者さんが、なんとなく、リハビリをさせられているようなありさまに似ているように思います。

脳の上位に意識が来る、というのはこういうことなのかもしれません。


 げんちゃんたちのような子に、いつもつきまとう、このふらふら~っとした意識のない行動は、脳が制御されることを嫌って、好き勝手に発動しているような状態なのかもしれません。


 このふわふわした感じは、もう一つの場合にもおこります。彼が「ただいま~」と言って、帰ってきたとします。
なかなか顔が見えないので、
「いまどこ?」
と聞いたとします。げんちゃんは、答えます。
「家・・」

この時、げんちゃんは、玄関に入ってもたもたしていたとします。彼は、家に帰ってきたという認識はあるけど、しっかり、玄関にいる、という意識が薄い・・・
「今、家のどこにいるの?」
と聞いてあげます。
「あ、玄関だよ。」
と、げんちゃんは、玄関にいる自分をしっかり意識します。げんちゃんがちょっとした声掛けで、本来認識していなかったことに、意識が発動したのです。

もちろん、これはたとえで、げんちゃんの実際のエピソードではありませんが、似たようなことがありますよね。


 ただなんとなく、ふらふらした意識の中で、行動している状態では、行動の制御はむつかしいでしょう。時間の管理も、時間軸の感覚もないので、そのふらふら感はいっそうひどいものになります。

 私たちが、げんちゃんたちにストレスを感じるのは、この制御されていない脳の気まぐれさだったり、暴走状態だったりするのではないでしょうか。


意識とは、脳を制御する心の働きのようです。本来、人の人格とは、脳に支配されているものではなく、脳を支配下に置くものなのです。意識とは、その中枢部の心の働きのことを言うのかもしれません。
 だから、意識を変えていけば、つまり、脳の上位に意識をもっていくことができれば、脳の眠っていた能力を呼び覚ますことができるし、すでにある能力も、スムーズに使える、ってことではないでしょうか。
 IQさえ伸ばすのが可能かもしれない。

案外、難しくないのかもしれない・・・これを、彼に話すと、いいせんいってる・・と言われました。で、具体的な声掛けのこつを教えてもらいました。

 たとえば、夜のスケジュールを段取りするように促しているときに、彼は、日課表をそろえる、と言いながら、好きなことに熱中するばかりです。私は、「ねー。日課表はいいのかな~。」
と言いますが、なかなかです。セラピストの彼いわく、
 そういうときは、日課表をもってきてごらん、、と持ってこさせ、具体的に、明日は何があるのかな~と、時間表を見させて・・・しっかり準備して、気持ちよく授業を受けたいね。
と言うのだそうです。つまり、明日のことが身にせまってくるように、現実味を帯びるように、より具体的なイメージがわくようにもっていくのだそうです。

なるほどな~・・・彼らの制御されてない脳を制御するために、それより上位の意識、あるいは、心によりリアルに働きかけなくてはならないというわけです。彼の意識は、よりリアリティーや必要性を感じて、動き出し、暴走していた脳は、自由自在に整理されたり、覚醒されたりするのだそうです。


 わたしは、何度もくいついて、彼に質問しまくってましたが、なんとなく、わかってきたような気がします。これならできるかもしれない・・・。明るい光が見えてきた気になっています。


しかし、かたや、私は、連休中最悪の気分ですごしていました。なんせ、先日ウィスク検査の報告に行ってきて、げんちゃんのさんざんなIQ結果にぐれていました。笑。またそれは次に書くとしましょう。



 

by glow-gen | 2017-09-20 23:09 | Trackback | Comments(17)

6年生夏休み。支援のママ友に会いました。

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合宿出発朝。6年生なのに、一人小さい子のチームに入ってるげんちゃん。頭1つでかいのが彼。合宿中室長は4年の子だったそうです。まだ周りに配慮して、リーダーを務められるほどにはなってない。なんせ、「お母さん満塁って何?」とか言ってるので。笑い

支援クラスの3つ上のお子さんのママと、2つ下の子のママに久しぶりに会いました。先輩の方は、今は支援学校に行ってがんばっています。
「中学どうするの~?」
と聞かれました。彼女は、もっぱら、高校進学について悩んでいるところでした。
「けっこう伸びて、今はほとんど、支援クラスには行ってないのよ。中学は○○中学(みんなが行く公立中学)に行かせるつもりだよ。支援クラスもできるそうだし。」
と私が言うと、ママはびっくりされてました。

「げんちゃんすごいね~。」
と言われました。年下の子のママからは、
「げんちゃんが、目標だよね~。」
とも・・・

二人のお子さんといっしょだった時も、私はがつがつホームスクールだ何だと、がんばっていたので、最近のげんちゃんの様子を話すと、素直にびっくりされました。
中三の子の方も、聞くと、英検3級受かったと言ってました。彼は英語大好きで、ママも応援したのでしょう。支援学校では、生徒会長もやったそうです。なんか、とってもうれしく思いました。支援クラスで親しくなったママは、この二人くらいなのですが、たまに会うとうれしいです。げんちゃんの現実を聞くと、やれば、伸びる、という確信を持ったみたいです。

しかし、高校、就業・・・とせっぱ詰まっている中三のママは、やっぱり、たくさんの不安に悩んでいるのがわかります。障害枠の就職が有利な高校へ・・・そういう目線も持って高校のことを考えているようでもありました。

まだげんちゃんには、先の話なので、ひたすらそうなのか~・・思って聞いてました。
発達障害の子が入るのに良い学校は市内にもいくつかあるそうで、その枠は争奪戦らしいです。げんちゃんは、中学で伸びて、ミッションの私立・・・というのが私の筋書きなのだけど、だめなら、英語圏へ語学研修とかもいいな~・・・とか夢みたいなことを考えたりします。たぶん、3年先なので、好き勝手思い描けるんでしょうね。日本の枠の中で考えなくてもいいや、というのが結論にあって、だめなら、できるだけユニークな進路・・・と思います。まあ、これも、げんちゃんの能力がついた想定であって、ぜんぜんだめだと、やはり、どうサポートするか、という発想になるのかな、と思います。

でも、どっちにしても、みなと同じでなくてもいい。 と思います。

私が、小学校1年から週何日かホームスクールをやって、今のようなスタイルでげんちゃんを育てていることを友達の教師に話すと、ほんとにレアなケースだと笑われます。
「なかなかないんじゃない。」

と言われました。まず、学校がなかなか認めないかもしれないし、認めても、まず子どもがいやがるそうです。

なるほどな~と思います。学校の先生方は、すこぶる協力的だし、げんちゃんも別に平気そう。実際はなかなかそうはいかないのだそうです。そういえば、面談の時に、
「友達も作ってほしいし、そろそろホームスクールはやめて、学校に行かせた方がいいのでしょうかね~。」
と私が言うと、先生が、
「確かに、毎日学校に来れば、友達との距離ももっと縮まるでしょうが、今までげんちゃんが伸びてきたのは、ホームスクールのおかげ、というのは明らかなので、それも、考えものでしょう。」

と言われて、なんかうけてしまいました。なるほど、げんママとげんちゃんのスタイルは、なかなかないのかもしれませんね~。先生方にひたすら感謝。げんちゃんの鈍感力にも・・・

げんちゃんは、野球の合宿から帰ってきました。今回の合宿の用意は、まあ普通にできました。

「あ~、お母さんお風呂セットだけど、これでいい?」

「あ、それよりも、こっちの袋に入れといたら・・・」

私は、他のことをしながら、時々アドバイスする~。あ~・・・こういう日が来るのね。
げんちゃんが、1つに飛び抜けた才能は何もない、と言うけれど、タフで、どこでも、行かない、とは言わず、言われたら何でもチャレンジしてみるところは、最大の素晴らしいとこなんだろうな、と思います。合宿も、苦にすることもなく、さっさと行ってしまいました。

この夏のちょっとした変化。空いた時間に、自分で、近くの同級生の家に遊びに行って、K先生の時間までにさっさと帰ってくる。遅れる時は、K先生にキッズガラ携から電話を入れる。
皆、6年にもなると、けっこう塾だお習いごとで、なかなか遊べないのですが、1~2度遊んでいたようです。2学期は、クラスの仲間とももっとうち解けられるかもな~、と期待します。
そうこうするうちに、半分が終わりそうです。









by glow-gen | 2017-08-07 19:33 | Trackback | Comments(4)



小学校6年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
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中学1年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学1年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 昨年5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて7年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
IQは80台に改善

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