げんちゃんの発達障害プロジェクト

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だる~い夏休み。足踏み状態かな~・・・

 夏休みはどんどん過ぎていきます。げんちゃんに、少しは自分で考えて進める勉強法をしいているものだから、なかなか夏休み帳も終わりません。指示された図を見て、問題文にもどって、少し複雑な文を読み解きながら、今度は、大問のおおもとの問いを、もう一度確認する・・・・理科や社会でよくあるこういう問題は、目の前の問題文だけをじっと見つめて止まっていたりします。

 ぼ~っとしながら、頭からシャワーを振りかけてもらうような勉強法から、普通の子がする、自分で考えながら学習する、というやりかたに変えることは、一見、そこで止まってしまったようないらだちを覚えます。
 足踏みしながら思うのは、発達育児でもっともいやなのは、子どもがぜんぜんかわっていってない、と感じる瞬間なのだと思い知ります。

 お盆までには、すっかり宿題のある程度を終えて、後半は、2学期のテストに向けてなにかしら準備を始めたいと思っていたけれど、げんちゃんの能力は、そういうレベルにないということを思い知ります。そもそも、中学の学習なんて、この子にはあっているのか・・・そんな基本的な疑問さえ浮かんでくるありさまです。

 数学について語るなら、げんちゃんは、小学3年生くらいのところをやっていた方が、しっくりいくような気さえします。いや、時間の問題もまともにできないのではないだろうか・・・
 
 それでも、げんちゃんは、一人で、問題を解くスタイルは確率しました。(つまり、横についてなくても、とりあえず、自分で取り組んでいます。内容はほめたものではないけれど。)
ここまでを、20分でやってきなさい、と言うと、私がタイムアップを告げるまでは、問題を解いています。20分で切ると、後半は白紙。そこからは、少し手を貸して、やったところの○つけと、まちがったとこと、できてないところをいっしょにやります。そうしないと、問題集は、永遠に終わらない感じです。
いわば、”上からシャワー”の勉強から、”考えて自分でやるスタイル”へ移行するための入門版です。・・・・・

「今は、時間がかかってもしかたないよ。」
とS先生が言いました。

「確かにそうだけど、かけ過ぎるのもまずいですね~。・・・夏休み帳だけで、夏休みが終わりそうです~・・・かねあいはほんとに難しいです・・」

げんちゃんは、夏休み、またS先生の指導を受けました。かれによると、今度は、意識の深いところをゆさぶっていくカリキュラムだそうですが・・・、
残念ながら、劇的な変化はすぐには現れないようで、やれやれ・・・期待薄の夏休みだな~という感じです。

私の気持ちも、だんだん、トーンダウン・・・夏休みだけで、いっきに行こう、なんて思っていると、ほんと疲れるから、やめたやめた・・・期待なんてしない方がいいみたい。

S先生は、笑いながら

「あきらめてるくらいが、ちょうどいいよ。」
だって・・・

 言われなくても、だんだんそういう気持ちになってます。だいたい、中学を3年間でしあげて、普通に高校にやろうなんて、げんちゃんの能力だったら、ちょっと無理だよな~。中学3年で間に合わなければ、そこから高校浪人でもすりゃあいいか~・・・ホームスクールでもなんでもいいから、げんちゃんに必要な体験や学習を、1年くらいはだぶらせてやらせりゃいいか・・・

 それから、ある程度、自分で学ぶ力をつけてから、全寮制の例の学校に入れたらいいよね。

 今までの夏休みの中では、私のやる気はほんとにマックス低いです。なんなんでしょ!

げんちゃんが、少しずつ自分の足で歩こうとしている兆しはあるものの、ここで急いでも、それが早くならない、というか、このポイントは、ずいぶん時間がかかるな~と察してしまったのでしょうね。

でも、しっかりここで時間をかければ、次は、けっこういいステージにいきそうな予感もします。


そうこうしていると、7月末に、くもんの先生から電話があって、突然げんちゃんは破門になってしまいました。

いつもからみあっている、ちょっとお行儀の悪い小学1年生がうるさいく言ってくるというので、彼をたたいたそうです。先生も、色々がんばってきたけれど、今後私は指導できそうもない。ということでした。
 それならそれで、トラブルをおこした時に連絡すべきだろうに・・・と思いますが、考えてみれば、それはきっかけで先生の気持ちが固まっただけで、それまでも、げんちゃんの、目にあまる態度が積み重なっていたのでしょう。
 でも、直前に、勉強は伸びてきてます、と報告を受けてたので、???です。


数日私も、考えていましたが、だんだん、この経験は、げんちゃんにとって、今ベストなタイミングかも・・・と思えてきました。
私が怒っていては、もったいない・・・ということで、
先生に電話をして、ちょっとした協力をお願いしました。長くなるので次に書きます。

by glow-gen | 2018-08-09 13:29 | Comments(8)

普通の通知表を初めてもらった

  げんちゃんは、通知表をもらってきました。げんちゃんのように、支援クラスに所属していても、普通クラスの授業に出ていて、テストも受けていれば、一応、普通の子と同じ評価基準でジャッジしてもらえるらしく、初めて、普通の子と同じ通知表をつけてもらいました。

 全部、1だろうな~。英語は、3~4くらいもらえるかな・・・と思っていたら、英語と美術だけ3,あとは、2をもらっていました。横に、いくつかの評価内容があって、やる気を評価する項目があり、それは全教科Bをつけてもらってました。あとは、ほとんどC(ABC評価でAが最も高い)、評価の部分には、提出物、ノート、そう言うところも入っているようです。

 また、生活面は、他人への思いやりとか、ソーシャルをおもわせるところは、Bでした。(何か思いやったことなどあるのかしら??) 家庭科の生活面の基本スキルがある、というのもBで、笑っちゃいました。 なんか、げんちゃんは、学校では、必死でかっこつけてるのかもしれませんね~。

 それにしても、テストだけなく、生徒の色んなところをチェックしないといけないから、先生方は大変ですね~。

提出物をなんとか出して、ノートもけっこうとっているようなので、1を免れたのでしょうね。は~・・・・温情・・・(お姉ちゃんによると、提出物出して、ちゃんと授業聞いていれば1はつかないんだよ、とのことでした。真偽のほどは知りませんが。)
ロボママさんによると、評価は絶対評価で、テストだけではなく、もろもろを加味するらしいです。おかげで、もらった方は、オブラートにくるんでもらったような感触ですね。

 それにしても、英語の3はわかるものの、美術の3は何なんでしょう??

レタリングをやってましたが、げんちゃんの作品は、ひどいな~、と思いました。テストも悪いし・・・でも、うれしいです。

 内申書も、公的な評価も、私はあまり気にしてないけど、通知表をもらってみれば、総合的にありがたいことだと思いました。なんせ、普通の評価基準で初めて評価されたわけです。


 でも、げんちゃんの中身は、決して予断を許さない状態です。しょっちゅう幽体離脱しているし、普通と言うには、あまりにもひどいな~と感じます。

昨日は、いっしょに夏休み帳の数学をやりました。小学校の基本問題のところをやってみました。20分の10,という分数の約分を10でやらずに、2で割っていたり、突然、138,139と数えて、次に200と言ってみたり、今までできてたのに、突然分数のかけ算で通分をしてみたり、もう、ばかじゃないの? ということが続出。

 数学以外も、まったく問題を読まずに、指定された場所を見ることもなく、思いつきで理科の問題を答えたり、・・・・

 ひどい有様でした。結局、朝から夕方まで、だらだら、低いパフォーマンスで、私にあきれ果てられながらやって、できたページは、なんと、正味4ページ・・・うそでしょ!

 パフォーマンスが悪い時は、完全にすべて、”おかしい!” ”狂ってる!”

そんな感触です。

 夜になって、
「げんちゃん、今日、あなた何時間勉強してたの?  それで、やれたのは何ページ?」
私は、疲れ果てて、げんちゃんにやったとこを見せます。

さっさと集中すれば、午前中だけで、しっかり片付けられたはずです。そうすれば、もっと有意義な一日がおくれたはず。
大切な一日に、ばかばかしい色をつけて、捨て去ってしまったような気分です。


たまたまS先生が少し家に来ていて、曰く、

「まあ、精神疾患みたいなものかもしれないね・・・」

と言いました。加えて、
「ぼ~っと空を飛んでいるような感じなんですよ。ほら、自分の中にもどっておいで、と言っても、え?なんで?こっちがいごこちがいいんだよ・・・そんな感じでしょうね。」
そして、げんちゃんに声をかけました。
「げんちゃん、君は、ずっと支援クラスでいいの? 障害者として生きていくの? そんなことでは普通の人として、社会に出られないよ。」

S先生は、そういうきつい言葉でげんちゃんの意識をゆさぶろうとしますが、げんちゃんは、あいかわらず、とんちんかんなことばかり言ってます。
なるほど、げんちゃんは多重人格のようです。幽体離脱している時は、すべてをリセットして、何も入っていないかのようです。教えたこともすべて飛んでいます。


そういう子を日々相手にしていると、こっちは、気が狂いそうになるときがしょっちゅうです。


あまりに、パフォーマンスの差がありすぎます。
学校では、学習意欲があり、今後に期待できる、と言うコメントをもらっていましたが、私には甘えも出まくるので、最低の行動様式が飛び出します。

 げんちゃんは、確かにがんばっていると思います。

「ぼくは、普通クラスに行きたい。普通クラスの子より、もっと伸びたい。」

そういうことをよく言います。でも、それをクリアするためには、ちょっとがんばった、くらいでは話になりません。まわりに、げんちゃんのようなスタートの子が、まったく問題なくなって、普通の社会でばりばり活躍している人なんて、まだ会ったことがありません。

 つまり、げんちゃんが行きたいステージは、少しくらいの努力では到達できない、パイオニア的なことだと思っています。

私はそう思ってやっているのに、げんちゃんは、なんか、それをぜんぜんつかんでいません。

私は、オリンピックに出るんだから、これくらいがんばらないと、と思っていても、げんちゃんは、地区大会の予選通過くらいに受けとって、ちょっとできたら、これで自分は、できた、とすぐに思ってしまうところがあります。

そんなげんちゃんに、S先生も、私も、あまりほめてちやほやすることはありません。あくまでも、げんちゃんが行きたいステージの基準の今このステージをクリアできたね、というほめ方をします。
 
 どの子もそういうことをするわけではない、とS先生は言っていました。げんちゃんが、鈍感ですぐに、これでいいんだ、と思ってしまいがちなので、最初に、だめなところを突きつけて、それで叱咤激励する、という方法をとります。

 げんちゃんは、前は、地区予選さえも、めざそうとしてないようなところがあったので、(めざしても、戦略ゼロだったかな)これからは、自分が、オリンピックか全国大会めざしている、ってことをしっかり握らなくてはならないと思います。

 少しくらいがんばったって、そんなんじゃおいつかない。ブルドーザーのようにすごい馬力を出さねばならないのです。次は、そこをしっかりつかんで、自分の意識コントロールができるところを目指していくのだと思います。しょっちゅう、幽体離脱して、お空に浮遊していては絶対不可能なことです。


 この夏は、そこをしっかり把握して,自分に負荷をかけてもらいたいと思っています。



 


by glow-gen | 2018-07-24 16:45 | Comments(6)

絵を描くことは、自分の思いを表現すること

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太陽 八木重吉
太陽をひとつふところへいれていたい
てのひらへのせてみたり
ころがしてみたり
腹がたったら投げつけたりしたい
まるくなって
あかくなって落ちていくのをみていたら
太陽がひとつほしくなった

この詩が気に入ったげんちゃん

テストでお疲れだったのは、げんちゃんだけではなく、私も、ちょっと頭を使いすぎていたようです。がんばったので、何か大きな収穫があって当然、そう思い込んでいるところがあったのかもしれません。
 しかし、この1週間、げんちゃんは、いいとこなしでした。

 明日までに、理科のテストのやり直しを書いて提出、というのに、いっこうに、テスト問題を持ち帰ってきません。日々の生活の段取りの中でも、あぜんとすることは続きます。集中してやればいいのに、だらだらと、意識をとばした学習をやります。とどめは、今週の食パン切です。6枚に切るのよ、と、毎週のようにやっているのに、げんちゃんときたら、真っ二つに切って、とうとう4つ切りにしてしまいました。

 ため息をつきつつ、あきれつつ、S先生にぶつぶつつぶやいていました。
G「げんちゃんは、たとえば、多動でちょっとうっとおしいようなお子さんより、おとなしくて、障害の程度が軽いように感じていたけど、意識障害という点で見れば、そういうお子さんより、かなり重症な子だったんですね。」

S「そうです。例えは悪いけれど、認知症の老人が、ぼ~っと座っているような感じで、見ていても見えていない、聞こえていても聞いていない、ひがな一日、意識のない世界に住んでいるのに似ていたね。」

G「仕事で出会う発達障害のお子さんや、コメントをいただくママのお子さんとか、自分はこう思っている、こうしたい。とけっこう主張する子に出会います。そういう子を見ると、なんか、すごいな~と思ってしまう。」

S「げんちゃんは、自分がどう感じているとか、どうしたいのか、とか、自分の内部にある感覚さえ、しっかりつかめていないから、そういう意見はなかなか出てこない。」

G「先日、オクラ入りの納豆を食卓に出したら、げんちゃんが、「ぼくは、こういう食べ方は好きではないから、納豆とってくる。」と冷蔵庫に走りました。パパと二人で感動しましたからね~。」

S「その程度のことでも、感動の対象になるわけだよね・・・
自分の感情さえつかめていないのだから、人の立場になれるわけもない。」

G「なるほど~。なんか、人格のない動物のようでした。
でも、それが、やっと、意識というものが、感情の外に出てくるときが出現してきて、時には、感情支配を凌駕して、しっかりと意識を表面にあらわす場面も出てきたように思います。

 そういうときは、人格と人格で交われる感じがします。勉強の仕方も、意識をしっかり入れて、目的意識をもって、問題を見ているときがある。まあ、認知症の人が、親戚が訪ねてきた時だけ、シャキッとするような感じです。入っているときは短くて、スイッチがオフになったのを、つい気づかずにいってしまう。」

S「わかりますよ~。食パンが切れないというのもね、彼は、ただ切る、ということだけしかつかんでいないんです。しっかり意識が入っていれば、6枚に切る、とつかめるけれど、ぼんやり、「切る」、ということしかつかんでいないから、平気で4枚に切っちゃう。
 でも、だからといって、切れないのか、というと、意識がはいっていれば、また次の時は、切れたりする。」

G「安定性がないですよね。」

S「今のげんちゃんのおもしろいのは、がっつり発達障害、というひどい状態にいるげんちゃんと、グレーゾーンのげんちゃんと、かなり普通、というげんちゃんが、時間差で、出てくるんです。」

G「確かに、・・・もうふりまわされまくりですよ。」

S「そして、げんちゃんのもう一つおもしろいのは、たとえは悪いけれど、卵から出てくるひよこみたいなところがあることだね。
 卵が、少し割れて、普通なら、そこをつついて、さらに、卵を割って、ひよこが出てくるけれど、げんちゃんは、そとから相当見えているのに、つつこうとしない。
 とうとう最後は、体が大きくなってしまって、自然と割れるしまつ。今までそれを繰り返してきてなんとか、今のところにきている。
 もう、できるときだよ。出ておいで、というのに、まだ、意識を入れない自分に逃げようとするんだよ。」

G「確かに、私たちは、そこを、ほんとに口惜しく感じる。」

S「できないわけではない、ちょっとつつく気持ちがあれば早く出てこれるのに、シャットアウトするんだよね。何かがおこっても、自分とは関係ない、と切り捨ててしまう。結局考えられるのに、考えない・・・まさにそこ・・・」

G「でも、絵画教室の絵は、伸びましたよね。」

S「げんちゃんは、絵が好きみたいだね。自分がどうしたい、とか、どう感じるとか、絵で表現できてきたのだから、それを言葉に表現できると一番いいね~。」

G「絵って、そういうことなんですか~。
私は、昔、三角さえ、ぜんぜん描けない子が、絵がうまくなって絵描きになる、ということがありますか?と、療育関係者に聞いたことがあったんです。
 相手は、答えられなかったです。
 子供の可能性の、もっともありえないようなことがおこることがあるのか? と聞きたかったのです。
 こんな知的障害の子に、必死でトレーニングする意味があるのか、と暗に聞きたかったのかもしれませんね。

 でも、今なら言えますよ。あり、です。算数障害のげんちゃんが、数学者になる、ということは、ちょっと考えにくいけど、絵と同じ理由をつければ、ありうるってことになります。」

注 げんちゃんは、絵を描くために、何年も訓練させた歴史があります。この絵は、ほんとに意識をしっかり入れていることを感じます。
・・・・・・・・・・・・・・

 私は、ほんとこの一週間、あれこれ思いつつ、もんもんと、行きつ戻りつのげんちゃんを見つめていました。ぼ~っと雨だれを見つめているみたいに・・・
 だから、ブログもなんとなく、書けなくて・・・・

そう思っていたら、今日になって、げんちゃんが、うれしそうに絵を持ってきました。国語の時間に、詩を読んで書いたようです。
親指の向きは変ですが、確かに、彼の絵は、変化してきたのかもです。S先生の言葉を借りれば、自分の意思をもって、自分を表現できてきたのかもしれませんね。

そろそろ、動くかな~。


by glow-gen | 2018-06-28 02:07 | Comments(13)

本人のモチベーションが上がると、意識レベルが上がる

  げんちゃんは、意識を深い扉の後ろにしまいこもうとしていましたが、前のステージにもどってしまったわけではないことを確認しました。

それは、
 「ねえ、今日体操服洗う?」
体育があった日、げんちゃんの持ち帰った体操服を見て聞きました。
すると、げんちゃんは、

「明日、体育がないんだったら洗って。でも明日体育があるんなら洗わない。」
と答えたのです。

私は、お~~!と感動の声をあげてしまいました。発達障害児にとって、こういう発言こそは、きらきら光る宝石のようです。

「現在」というものしか、存在しないかのごとく、意識が広がっていない、と思ってがっかりしてましたが、やはり、彼の意識には奥行きや幅が、生まれつつあるようです。

さて、次に、かばんの中を見てみたら、プリント類は、とりあえずファイルの中にまとめてあって、その中に、期末試験の範囲表がはいっていました。
それとともに、テスト勉強の計画がたてられるように、スケジュール用紙があります。

なんと、それに、げんちゃんの字で書いてあるではありませんか。

曜日の下の枠に、教科書P5~41 次の日の同じわくに、ワークP1~7、などなど・・・・・表の3分の1くらい、どこをやるか、範囲表から拾って書いてありました。

どう考えてもやれそうにない計画で、わかって書いているか不明ではありますが、もっともらしい学習予定が書き込んであることがすごいことです。・・・・ 


「これ、げんちゃんが自分で書いたの?」
「うん、そうだよ。」
げんちゃんは、すまして言います。ほんとかな~・・・

昨日まで、「テスト?? はあ、それで?」
 という感じだったげんちゃんが、学校で、テストのオリエンテーションがあったとたん、テストがあるから、用意しなけりゃいけない。
そんな態度になっているのです。できるできないは、別として・・・

そして、また次に、自主学習ノートを見てびっくり。
げんちゃんは、前日は最悪の状態だったので、3分の1ページ、白紙で学校に行ったのです。
でも、なんと、そこに、漢字が書き込んでありますよ~。びっくり!
聞くと、朝、学校でやったんだとか。 びっくりしました。私は、何一つ言ってません。


トリプルでびっくりした一日でした。おそるべき意識の力です。あれだけ、ぼ~っとして、何も把握していないようなげんちゃんと思っていたけれど、彼の内部では、意識が出たり入ったり、揺れ動いていたのでしょうね。
意識を出すことができれば、方向性も少しついてきているし、どこに出すべきかも、少しは把握できるようになってきているのでしょうかね~。

その日、野球からもどって、時間がおしていることを伝えたら、げんちゃんは、さっさと机につきました。
う~ん。テストモードになってるかも・・・

「一人でできるの?」

と私。
先日、私に対して、すごくふてぶてしかったので、私は、わざとらしく、突き放して聞きました。
「いや、できない、手伝って下さい。」(お~お~・・・かわいいこと。毎日がこうだと、ほんとストレスないんだけどね~)

その言葉には、先日のなめた態度の謝罪が、もりこまれていた様子です。

まあ、それからは、あと3時間くらい、時間がほしい! と思いました。普通の子を教えるような、ストレスの少なさ。(この日、数学がやれなかったのも一因だったと思う)


げんちゃんが寝入って、考えてみました。げんちゃんの今の状態について。

どうもげんちゃんは、マイナスとプラスの大きな振りの中で、もがいているようです。

意識が、完全に、自己を制御できていないげんちゃんは、”自我、わがまま、感覚、感情”・・・・・そういう意識よりも低次のものに、自分が振り回されて、意識がどっか行っちゃうんだろうな、と。

 
でも、”やりたくない”、というマイナスが、げんちゃんを振り回していたのに、こんどは、学校での刺激が、今度はぱっと、プラスにチェンジさせた。

心を動かす、ということの重要性がよくわかります。
残念ながら、このプラスが持続するとは思いませんが、モチベーションさえあれば、げんちゃんのプラスが出やすいということは、ほんとによくわかりました。

最初の定期試験(中間はありませんでした。)どうなることでしょうね~。
 

by glow-gen | 2018-05-31 20:09 | Comments(5)

精神的パンクちょっと手前でやめましょ

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ゴールデンウィークも、今日までになりました。あー・・・明日から、げんちゃんも、本格的な中学校生活になるんだな~・・・と、少し憂鬱です。
4月は、家庭訪問があったりして、まだまだお祭り気分のカリキュラムでした。

先週は、家庭訪問のため昼までだったので、昼からは、K先生のところに勉強に行かせていました。が、げんちゃんは、そのすべてにおいて、”ひどい”状態だったようです。
 中学生ショックがおこってるので、その刺激で、ばりっと学習に気合が入るかな、と、私もK先生も思っていたのですが、意に反して、さっぱりです。K先生は、あきれて、毎日メンタルなことをせっせと指導して、そうしてるうちに、所定時間は終わり、学習なんてほとんどできない、というありさまでした。


 けっこう先週まで良かった感じなのに・・・・
S先生が、げんちゃんの心を見られて、

S「ああ、空っぽだよ・・・・何にもない空白。オーバーロードだね。」

と言われました。私も、たぶん、そんなことだろうな~と思って、少し手を緩めるのがいいな、と感じました。何を言っても響かない、何をやらせようとしても、身が入らない・・・・

圧をがんがんかけて、飛び出すのをひたすら待っていたけれど、
ま、当然かもしれません。

ということで、ゴールデンウィークは、過去初めて、K先生のところをすべてキャンセルしました。休日でない日の公文も休み、スケジュールは、初日のピアノの発表会だけです。このタイミングでゴールデンウィークが来るなんて、やっぱり、げんちゃんの行く手は、神様スケジュールだよね。なんて、言いながら(笑)

10時間以上朝寝させ、すっきりして起きてきたら、最低限学校の宿題を1時間程度やる。それさえも、やらなくてもいいかな、と思ったけど、げんちゃんはやる、と言うので、ならば、ということでやりました。


意識低下している状態でやる学習なら、何時間やらせても、今のげんちゃんには、ぜんぜん効果のない学習です。短時間でも、意識が入った状態を強いる。今の学習方法は、それが目標です。

なんとまあ、そんなかっこいいことを言えるようになったわけですよ。だって、意識低下だろうが何だろうが、とにかく、鼓舞しながらやる。まるで、イルカに芸を教え込むようなありさまで、とにかく、抜け殻のような意識のないげんちゃんに、刺激を与え続ける、というようなトレーニングを続けてきたのですもの。この目標設定の変化は、たぶん、すごいことなのだと思います。


それでも、私としては、なんとなく、あせりはあります。手をゆるめることはあまりなかったので、今まで。

S「げんちゃんの場合、本来の価値認識がまだできていないから、普通の基準というものが、ママが考えているほどとらえられていないんだよ。」
とSさんが言います。支援クラスにいても、ママが、そうしたから、くらいに感じている部分もある。とにかく立ち位置を正確に把握して、普通の基準にまだ遠い自分とのギャップを埋めるためにがんばっていくべきなのだけれど、彼は、こっちがのぞむほどには捉えられていない。

「外側だけを磨くのではなく、中を磨いていかないと、伸びていかないよ。表面的な学習とかだけをやっても、なかなか効率は上がらない。内面からのベクトルと、外側からのベクトル両方が必要なんだよね。」

「外側からのベクトルが、内面に働きかけるのは、経験であり、五感である。実際には、ただ、言葉で説明するだけではなく、文字を書き、図を書く。
げんちゃんの立ち位置も、ちゃんと図で示してあげるんだよ。」

と言って、階段のような図を書いて、真ん中に直線を書きました。
「ほかの子は、この辺にいる。でも、げんちゃんは、ここ。」
そう言って、真ん中の線より数段下の段を示しました。
「君は、意識を入れてがんばると、ほかの子と同じところに行けるよ。そしてがんばれば、このマイナスを、反対側のプラスまで持っていける可能性があるんだよ。君はどこに行きたいの?」

こんな感じです。何かできたことがあったら、
「この場所にいる君が、これは、ここまでできたよね。それって、普通の人をこえるエネルギーがあるってこただよね。」
そんな風に鼓舞する。

立ち位置をわかってほしいから、図を書いて、こういう会話をたくさんする。だからばんばろうね・・・と。確かに図で表してやると、げんちゃんの目は、時々ぱっと見開く。

でも、そろそろ、ここらで、手を緩めるときが来ました。げんちゃんは、昔から、本当に上手に意識を抜くので、圧は、とても強く強くかける必要がありましたよね。(皆が同じわけではないと思いますが。ある意味、彼は、かなり打たれ強く、鈍感です。)

さて、どう出るかな・・・・いや、ほんとに、何か出てくるのか・・・・

果たして、・・・・後半の木曜日、げんちゃんとホームセンターに行くと、彼に初めてのことがおこりました。

「これ、やりたい。買ってもいい?」
そう言って、手に取ったのは、塩水で動くというクモのプラモデルでした。難易度は、10歳以上。まあまあです。春休みに、S先生に簡単なプラモデルを与えられて、めんどくさそうにしぶしぶ取り組んでいたげんちゃんが、なんと、初めて製作物に興味を示し、自ら買いたいという。へ~~~。新しい動きです。工作をまったくしないげんちゃんに、工作をぽつりぽつりと訓練し始めたのは、4年生の半ばから。たまに、知り合いのお姉さんに手ほどきしてもらいました。あれから、上手にセロテープも扱えるようになってるし、はさみも上手になりました。でも、自分から何かを作るなんて、ほとんどないし、あっても、ごくまれに、幼児なみでしたよね~。お菓子で作る、お弁当だとか、ハンバーグセットだとか、そういう工作キッドも食いついて、いくつか仕上げた時期はあったけど、自分から買いたいということはありませんでした。私がちらつかせたり、ちょっとした演出をしていました。

それが、今回、彼にしてはかなりレベルの高いキッドを買ってきて、取説を必死で見ながやっています。確かに、最後は難しくて、工程のミスもあって、パパに仕上げてもらったのですが、半分以上はがんばりました。

これは、新しい兆しになるのでしょうか。せっかちなげんママも、あせらず、待つしかないのでしょうね~・・・

by glow-gen | 2018-05-06 02:09 | Comments(17)

どもりが治る瞬間。どもりのからくり

げんちゃんの
「はい、」「わかった」「うん」
というのは、かすみのように実態がないことが多いです。意識が入らない聴覚処理は、吹き抜けるそよ風のように、何も残りません。たった今、

「今日は、○○先生はかぜでお休み。かわりにT先生が朝,来ますよ。」

と言った直後に
「○○先生は来るの?」
ときかれたのには、あきれます。

「鍵は持って行きなさいね。」「はいわかった。」
と言って、数秒後、ふと見ると、鍵がそのまま、とか、・・・こんなすさまじい抜けは日々の生活にちりばめられています。意識なく聞いているのは見え見えです。

また、こんなことがありました。

げんちゃんが、家に一人でいるとき、おばあちゃんのところにいた私は、げんちゃんに電話をかけました。

ママ「今からこっちに来なさいね。家には鍵をおいてないから、そのまま鍵はせずに、出てきていいよ。すぐに、お父さんが帰るから大丈夫。
 げんちゃんは、電気を消して、ちゃんと窓も閉めて、かばんを確認して持ってきなさいよ。」

げん「うん、わかった。」
ママ「わかったんだったら言ってみて。」

するとげんちゃんは、絞り出すように、いつものどもり調子で、えっちらおっちらとしゃべります。

げん「あの~・・ぼ、ぼくは~、か、鍵もかけないで~、行く。え~っと~・・・電気とか~、かばんとか~、・・・持っていく・・」
ママ「やれやれ)鍵はかけないけれど、どうなるの?」
げん「・・・・」
ママ「誰が鍵しめるの?」
げん「・・・・」

もちろん、げんちゃんが出てくるのと入れ替わりに帰る、パパがしめてくれるのです。
しばらくトライさせて、ため息まじりに、もう一度言います。でも、げんちゃんからも

「えっと~・・・もう一回言って~・・・」
という言葉が、最近は出てきたりします。以前なら、いらいらする沈黙があるだけです

「もう一度言うよ。もう、絶対に聞き逃さないでよ。二度と言わないよ。」
リピートします。

げんちゃんは、どもりも強くなって、やがて、チックも出てきているかんじです。

電話口では、げんちゃんは、テレビを気にしながら会話しているのか、意識は低く、適当に聞いてるようです。

いらいらしながら、待ってみます。たどたどしい、未完成品みたいな文章が、げんちゃんの口から絞り出され、ひどく、ぎこちない。

 どもりも絶好調に達しているその時、テレビをけさせて、落ちつかせて間をおいて、またトライさせると、げんちゃんの口からすっと、流ちょうな文章が飛び出しました。

「お父さんが来るから、ぼくは、そのまま家を出て~・・・電気を消して、かばんをもって、お母さんの所に行く」

今までのたどたどしいセリフと、語調も、聞きやすさも、文章の組み立ても、まったく別ものです。
口調もリズムも完璧です!

私は、歓喜して、げんちゃんに花丸をあげました。

それはたぶん、水面下に沈んでいたことが浮かび上がる瞬間と言っていいでしょう。その時彼の意識と言葉は、最高のパートナーシップを結んだかのようです!

記念すべき出来事に感じられました。時々、すらすら話すことがないわけではありません。しかし、こういう追い詰められたような状況で、何度も回答を求められている場面では、意識レベルはどんどん下がって、やればやるほどできなることがほとんどでした。

今までは、できないときは、いつもできないままだったのです。

しかし、できないところから、あざやかに、転身し、言葉が紡ぎ出される瞬間を始めてみました。彼が、意識を入れて、自分を調整し、私がインプットした言葉を水面からあざやかに取り出した。そんな感じです。

どもりも、結局、意識と言葉のずれによっておこっているのだと思います。
頭の中から取りだそうとしているのに、取り出せなくて、言葉だけが空回りして、どもりが出てくるんではないか・・・

げんちゃんは、1年生の時、突然どもりやちっくが出始めました。周りは、ママがストレスをかけているからだ、とか、私に言うこともありました。でも、私は、そうは思わなかったです。頭が、必死に何かを始めようと頑張って、その結果、未完成のようなものが出てくる。その試行錯誤がチックやどもりになるんだろうな、くらいに感じていました。だから、それらが出るというのは、ちゃんと、脳に変化がおこっているのだ。そういう外からの刺激がなければ、改善はない。

意識をもって、しっかり、今まで入力されたものを取り出す作業がスムーズになれば、どもりも改善するんだと思います。つまり、どもりは、意識がしっかり働いていないことで、上手に話したいことに、焦点があたらず、言葉だけが先走りするような現象なんだと思います。

意識がしっかり入ってくれば、どもりもチックも改善するな~・・・と踏んでいます




by glow-gen | 2018-04-30 01:04 | Comments(5)

まわりのことを自分のこととしてとらえる。卒業式その2

  ここ2週間は、ホームスクールは中止。毎日学校に通いました。毎日卒業式の練習をこなしたのでしょう。げんちゃんの卒業式のセレモニーの様子は、非のうちどころがありませんでした。証書を壇上で渡されて、見事なお辞儀をし、決められた方法で席にもどっていきました。全員壇上に上がり、歌ったりメッセージを言ったり、げんちゃんを含め、どの子も、小学校の入学時からは、遠い遠いところにきています。
 
 前の日に
「げんちゃん、明日は卒業式だけど、寂しい?」と聞きました。
「べつに~。」
発達障害に気づいた幼児の時から感じていたけれど、げんちゃんの心が、どこか、ロボットのように硬く冷たく感じます。

クラスにもどって、一人ずつ、前でコメントを発表します。
「僕は、このクラスで、色んなことを経験したけれど、終わってみて、このクラスになれてほんとによかったと思います。みんなが、ほかの人のことも思えたし、楽しかったです。中学に行っても、よろしくお願いします。」

「僕は、違う中学に行くけれど、またどこかで会ったら声かけてください。よろしくお願いします。」

次々に発せられるクラスメートからのコメントは、ハートの通った大人の味がしました。もちろん、色んな子がいるので、一言、恥ずかし気に言って終わりの子もいます。みんなが同じ成長スピードではないと思うけれど、げんちゃんの課題を見せつけられるようでもありました。

「あ、・・・おめでとうございます・・・」
げんちゃんは、前に出ると、おもむろにそういうと、止まってしまいました。

なぜ言葉が続かないのか、・・・
私にはわかります。卒業式に、クラス全員が共有している気持ちを共有してないのだな、と思います。卒業式というイベントに向けて、何週間も練習したり備えて来たので、それなりに卒業式の重みを感じてはいるげんちゃん、しかし、他の子ほどの思い入れもありません。先生に促されて、
「ありがとうございました。」
と締めくくりましたが、私は感じます。何がありがとう、なのかもつかんでいないのだろうな・・・と。


先生の最後の送る言葉は、ほんとに示唆に富んでいました。げんちゃんが、どうして、気持ちを共有できないのか、言葉にしてもらったかのようでした。

「このクラスは、ほんとに素晴らしかったと思う。それはね、このクラスの子たちは、こういう子が多かったからだと思うよ。」
そう言うと、先生は、黒板に、ある文字を書きました。

他人事(ひとごと)と、自分事(じぶんごと)

「みんな、自分のことは、だれでも考えると思うけど、人のことは、考えない人もいるよね。でも、このクラスは、人のことを自分事、って考えてくれた人が多かったように思います。だから、この一年間を通じて、とてもいいクラスになったと思う。・・・・」

先生は、それから、クラスのみなでもりあげた、いくつかのエピソードを話してくれました。

若い先生なのに、とても素敵な話をされるな~と、思いつつ、私は、ふと気づきました。そうか~。げんちゃんに全く欠落しているのは、自分事の範囲なんだ、と。自分の興味のあること以外は、すべて他人事。だから、連帯感も薄いし、寂しいという感覚もわかない。


家に帰って、げんちゃんに、
「今日の、○○先生の言葉は、とても素晴らしかったけど、覚えてる?言ってみて。」
と聞くと、しんみょうに聞いていたように見えたげんちゃんだけど、まったく答えられませんでした。何か言わなくちゃと思ったのか、最後には、
「中学でがんばって・・・とか~。」
と、適当におもいつくことを答えました。まあ、その場にあった答えを、なんとかでっちあげてくることも、今まではできなかったことで、進歩と言えるかもしれませんが、普通の子なら、心にぐっとくる内容さえ、把握してないげんちゃんに唖然とします。


私はしかたなく、げんちゃんの足りない、”自分事”、について、先生の言葉に注釈を入れて、話してやりました。そしてそのあと、こんな会話をしました。

「げんちゃんは、6年のこのクラスが楽しかった?」
「うん。楽しかった。」
「それはなぜと思う? げんちゃんは、隣に座った子に、色々助けられたよね。」
「うん。」
「それは、隣の子が、げんちゃんのことを自分事、として考えてくれたからだと思うよ。 でもさ~、げんちゃんはどうだった。僕興味ない! とかよく言ってたね。」
「あ、うん。・・・・」
「もし、隣の子が、同じように、げんちゃんのことを他人事と思って知らん顔してたら、どうだろう。げんちゃんのこと助けてはくれなかったんじゃない?」
「うん。そうだね。」
「じゃあ、げんちゃんは、その子にどうすればいいんだっけ。」
「あ、・・・・・(しばらくの間)感謝する。」
「だよね。でも、それだけでいいの?」

そこから先は、何度かやりとりがかわされなければ、自分も、ほかの子のことを自分事としてとらえなければならない、という回答にいきつきませんでした。

 隣の子がしてくれる親切も、その子がやりたいからやった、くらいにしかとらえられてないげんちゃん、おとなしくしていて、周りを妨害するベクトルさえ出さなければ、それでいい、なんか、そんなげんちゃんです。かつて、自分の好きなようにふるまって、周りに迷惑をかけていたことを考えれば、げんちゃんが立っている場所は、大きなマイナス地点からプラスマイナス0、に近くなってきたと言えるのかもしれません。

 しかし、そこから先に行けなければ、げんちゃんは、やはり、発達障害というエリアに立っているわけで、私が望んでいるところではありません。
卒業式という人生の大きなイベントの、このやり取りの中で、げんちゃんは、少し心が動いたように思いました。やはり、卒業式という心動かす大きなイベントの効果はあったのかもしれません。


そして、ここは、発達障害の子の、もっともコアな部分でもあります。意識、興味のベクトルを、あらゆる方向に出して、周りにいる人、また、周りで起きる事象を、自分事としていくこと、ベクトルさえ出ていなかった以前の状態から、今は、とりあえず意識のベクトルを出そうと思えば出せる。
 だから、どこに出していくのか、ということに焦点を写す段階になってきたのでしょう。自分の好きなことだけにベクトルを出していくのではだめなのです。

 イメージするのは、太陽の絵です。中心から、放射状にたくさんの線が出ています。おれがおれが、という、自分のための線でもありません。出すべき場所、人、時間へと、自由自在にたくさんの線が出て、(意識が出て)正しく情報をとってきて、正しく感じる。


 卒業式を通して、大きな気づきと目標をもらいました。


先生方や、自分事としてげんちゃんをフォローしてくれた学友たちに、再度感謝した一日でした。



by glow-gen | 2018-03-17 16:04 | Comments(9)

卒業式目前・・・感謝感謝感謝!・・・うるうる・・・

   小学校生活も、残すとこわずかになってしまいました。なんか、じ~んとしてきます。げんちゃんは、S先生曰く、真の反抗期も混じってきたようで、私に対する生意気な態度も、日に日に増してくるようです。
 かわいげがないので、最近は距離をおいています。私が、帰ったそうそう、なめたまねをしてきたので、
「あ、そう。じゃあ、今から、あなたとは話さないから。」
と言って、知らん顔してると、
「ごめんなさい!」
とふてぶてしく言ってきました。私にほったらかされたらマズイ、という気はあるんでしょうね~。

リコーダー事件

最後のイベントで、合奏をすることになったげんちゃんたち。ずいぶん前から、リコーダーを持ち帰り、自主的に、指運び表をコピって、ドレミファ・・・と練習してました。ちょっと前まで、彼は、リコーダーが大嫌い。リコーダー練習を拒否して困ります、と連絡帳に書かれたのは、4年か5年だったろうか・・・・

ピアノと同じ要領だとおもうけれど、横が縦になると、まるで別物なのがげんちゃんたちです。
とはいえ、家に持ち帰り、自分で取りくんでいたの驚きです。
 しかし、できはひどいもので、今回のむつかしい曲までいけるのかどうか。ドレミファ・・・と指運び表を見て、順番に弾くのがやっとのようでした。この調子だったら、楽譜までは無理だ、と私は判断したので、げんちゃんに、

「あんた、ぜんぜんできてないから、明日は吹かないでよね。変な音出すとみんなの迷惑だから。」

と言いました。
 さて、しかし、当日見てびっくり。なんと最前列・・・こりゃできないのばれるわ! とあせりました。
 でも、ふたを開けてみて、またまたびっくり。隣の子とさしてかわらず指が動いているではありませんか・・・・
なんなんだあ~・・・いまだになぞです。

 理科の授業も見ました。数か月前、ノートの最初と最後だけ書いて、友達の発表もぜんぜん聞いてないげんちゃんでした。今回は、ずいぶんましになってるように見えました。少なくとも、遠目には違和感はありません。友達の発表も、視線は持って行ってないけれど、まあまあ聞いているようでした。
聞く力は、前より上がったようです。ノートは、良くとっています。

 テストが返されました。周りの子の多くは100点でした。げんちゃんも90点取ってました。次に、まとめのプリントをやりました。ほかの子は、テストをしまって、その課題に移りましたが、やりっぱなしげんちゃんは、テストはそのままで、次の課題に取り組んでました。机の上は、雑然としてます。

 家でも、やりっぱなしをなかなか治せないでいるのですが、学校でも同じでした。まとめプリントをやってる様子は、集中してましたが、わからないところで止まり、を繰り返し、時間は早い子の倍はかかってました。たぶん、普段のテストも、制限時間ぎりぎりで、なんとか出せてるんじゃないかな、と思いました。

先生に面談していただきました。

「げんちゃんは、してもらって、ちゃんとありがとうと言ってますか?」

と私がたずねたのに対し、
普通クラスの先生が面白いことをおっしゃってました。

「隣の子が、とても親切な子で、よくお世話をしてるので、げんちゃんに、”こんなやさしい同級生はいないよ。げんちゃんよかったね。”と言ったんです。すると、げんちゃんは、”え?もっと親切な子がいるよ。”と平然と言うだけでした。」

まあ、あきれた。げんちゃんは、色々してもらっても、まったくそのことの意味を理解できないようで、当たり前みたいにスルーしているということがわかりました。

「先生、この子たちは、物事の関連性をつかむのがとても苦手です。その話し方だと、同級生が親切かどうか、という話で終わってしまう可能性があります。自分とのかかわりまでは、いきつかないのです。だから、げんちゃんに、ありがとう、と言わなきゃいけないんだよ。という、オチのところまでを話してもらっていいですか?」


とお願いしました。
言葉かけは、なかなかむつかしいです。普通の子でも、しっかり本質のことまで、言い及んで指導した方が理解されやすいです。大人の私たちは、経験で行間を埋めていけますが、子供たちは、発達の子でなくても、大人のようにはいかないです。言葉かけは、具体的なノウハウにまとめられるといいな~と思います。
 S先生に質問攻めして、「こんな時の言葉かけ100選」、みたいなの、作れるといいな~・・・笑

こういう言葉の足りなさは、くもんの先生にもよくあって、う~ん。もう一声~、と思っちゃいますね。もちろん、自分でもあるし・・・できそうで、なかなかむつかしいとこです。

 この言葉かけこそ、発達障害の本質を治す大事なポイントです。


 でも、6年生も、とても素敵な先生方にお世話になって、感謝の言葉しかありません。先生方とお別れするのもとても寂しいです。

しかし、げんちゃんは、卒業するの寂しい?なんて聞いても、
「べつに~。」
気のない返事をしてます。なんかね、この子不感症? と思います。感情の機微がないのかよ! って感じ。だからこそ、たんたんと、言われるままに、色んなことをこなして来たんだろうね、と思いはするけれど、疲れます。

 共感、とか、同情とか、感謝とか・・・人間的な心の起伏が、ほんとに平坦だな、と感じます。自分の感情さえ、手中に収められない子だったので、しかたのないことなんだろうな、と思いますが、そばにいる人間にしたら、つまらないことこの上ない・・・いろんな体験をして、その時に感じる気持ちを、言葉にリンクさせていく、ということを、たくさんやらないといけないのでしょうね。

 卒業ということも、良い経験として、感情がリンクするように、言葉かけしなくてはならないですね。せっかくなんだから・・・

しかし、ママの言うことなど、聞かない・・・と決め込んでいる面があるので、やっかいです。K先生とS先生にまかせようかな・・・ということで、卒業式の日、先生を呼んで、ささやかですが感謝のランチ会を設けました。げんちゃんのお祝いだけでなく、感謝会。

食事会もただするのではなく、意味や意義をわからせたりすることが大事だよね~と思います。やはり、ここも言葉かけ命、って感じだな・・・

ほんと、たくさんの方のお世話になって、ここまできたげんちゃんと私です。

あらためて、ブログを読んでくださる皆様にも、心から感謝感謝でございます!

 




by glow-gen | 2018-03-03 01:44 | Comments(14)

中学校の説明会に行ってきました。

  昨日は、中学校の説明会でした。親子で並んで、体育館のイスに鎮座し、先生方のお話を、2時間近く聞いていました。たくさんのプリントももらって、つきあわせながらお話を聞いていました。
 げんちゃんは、長時間でしたが、けっこう、先生方の話に意識を向けていたように思いました。そういえば、低学年の時、こういうシチュエーションは、超苦手でしたね。入学式は、座っておれた~と、感動したものです。でも、先生の指示のただの1つも聞けませんでしたね。げんちゃんに、ためしに、プリント類を持たせて、先生が話しているプリントを、私にわたしてちょうだい、なんて、言っておくと、時々はすっと渡してくれたりしました。

 しばらく、学校見学に行ってないけど、この調子だったら、以前よりは、ましになっているのかもな~と思いました。

 そういえば、クラスの担任の先生が、
「全体指示は、なかなか入りませんね、全体に指示したあと、げんちゃんに、もう一度言わなければなりません。」
と、おっしゃっておられました。
 私は、は~、とため息を漏らしましたが、K先生は、
「ていうことは、指示してやれば、ちゃんとやり始める、ってことじゃないですか。すご~い・・・進歩してますね。」
と言われました。なるほど、以前は、指示してやっても、なかなかのことが多かったですよね。確かに!

 そして、先生の連絡帳に、

色々できてきているので、私も、わかっているか、確認するのをつい忘れます。
と書いてありました。なんか、ちゃんと把握できるような子になったと、錯覚する・・・・そういうことなんでしょうから、やはり、すごく伸びているんでしょうね。


 伸びているといえば、くもんの先生が、確認テストをしてみたそうです。7月入門時の国語は、5年生のものをやりました。その時、時間切れで、35点でした。このたびは、6年生の国語で85点をとったそうです。(簡単目の6年プリントですが・・・)

 驚いておられました。
「すごい伸びです・・・」

算数は、ぼちぼち、6年生の算数12点だったそうです(もちろん時間切れ、ほとんど計算です。)・・・・算数はともかく、国語は、テストなれした部分も大きいのかも知れません。なんせ、テストデビューから、わずか1~2年ですからね・・・くもんの良いところは、ある能力については、数値化して、現状を把握できることもあるのだと思います。

 話しもどって、中学校は、新たに、支援クラスができていました。帰りに教頭先生とお話しました。ホームスクールできるのかしら?と思って聞いてみましたが、
「何でも、6年生からの申し送りに書いておいて下さい。・・・」
とにこにこして言われました。先生方も、人事は、直前3日前くらいしかわからず、誰が担任をするのか決まってからのことのようです。

 まわりを見渡すと、大人っぽい6年生もたくさんいましたが、まだまだ幼さの残る子も多く、中学もなんとかなりそう・・・と、力が抜けました。

 なんか、神様の声がして、
「げんちゃんが、この学校に行くので、この学校を祝福する・・・」

と言われたような気がしました。創世記39章の言葉が与えられました。ヨセフは、大変な厳しい状況に追い込まれたけれど、「主がヨセフとともにおられたので、その家を祝福された。」という、聖書を知っている人なら誰でも、知っているような有名な箇所が浮かびました。

へ~・・・そうか~・・・まあ、困難はあるけれど、主のご計画を楽しみに待つ気持ちになりました。のんきすぎ・・?


by glow-gen | 2018-02-01 16:33 | Comments(13)

発達障害の子にくもん(公文)教室は合うのか

  げんちゃんは、去年の7月から、くもんに通ってます。もともとくもんに入れる気なんて、毛頭なかったのですが、いつも勉強をになってくれるK先生がお休みの時、仕事で帰りが遅いママは、何もできず、代わりの先生をしていただけないかと、くもんの門をたたいたのがきっかけでした。

 でも、教室自体に入る気はありませんでした。でも、ついでに紹介されたくもん教室のやりかたは、ちょっと前のげんちゃんなら、無理だなと思えましたが、少しは落ち着いてきたげんちゃんには、いいように思えました。そして、そもそも集団でうける塾なんて、げんちゃんには、無理だったので、くもんは新しい挑戦でした。

 げんちゃんが、くもんに入ったので、くもんは、発達障害の子にいい・・・と思われるかもしれませんが、くもんこそ、発達の子にとっては、はじめる時期や、取り入れ方を考えないと、すごく酷なことになるのではないか、と思っています。

 今回は、くもんについて私が考えるところを書いてみたいと思います。

くもんの教材は、すごく特徴的です。算数は、見てる限りにおいては、ほとんど計算ばかりです。文章題はほとんど見たことはありません。(少しはあるのでしょうか・・・)とにかく、学研の教材などのように、学校でやるプリントに似たものではありません。算数は、計算に特化して、基礎から、それこそ、細かく段階をつけて、一歩一歩進めるように工夫された反復が続きます。

 計算に関しては、ほんとに工夫の仕方がすごいな、と思えるほどしっかりしています。げんちゃんは、今、分数を何枚もやってますが、苦手な約分も、最初は、ひたすら、全部、2で割りましょう・・・となっていて、負担はありません。自分で、自由自在に約分できるところにたどりつくまで、ひたすら、指定したもので割る練習が入ったりします。ですから、無理のないステップ方式です。でも、その量たるや大量です。小さなプリントなので、普通の子なら、1枚やるのに、たいして時間はかかりません。細かいステップに分かれて登っていけるので、先生がいちいち教えなくても、こなしていってると、仕組みがだんだんわかってくるようなからくりになっています。

 しかし、このプリントも、げんちゃんのように、そもそも数の実感のついていないような子だと、まさに、感覚がなく、ひたすらパターンになってしまうと感じます。

 数字が実体として感じられている子は、そこからの広がりとして、算数がプリントともに広がるかもしれませんが、もし、実体物のトレーニングなしに、ひたすらこれを最初にやらされてしまうと、あとになって、恐ろしいことになる、と、私は感じます。

 げんちゃんは、しくみや理論的な部分を、プリントの流れからつかんでこれない子です。あらゆるパターンの算数、あらゆるパターンの実体物、経験、そういう多角的な入力によってしか、本来の算数の能力がついていかない子なので、くもんだけにたよった算数学習は、ほんとに恐ろしいことになってしまうと思っています。

 げんちゃんは、ほんとに、気の遠くなるような努力とプラクティスと、経験と体験を、積み重ねてきて、やっと、算数の門から入れたようなステージにいます。そして、門から先は、無理やり猛スピードで、その道を突っ走ってます。普通の子なら、もっとじっくり踏みしめて進めるところを、ひたすら、転がすように進んでいるような感じです。
 だから、植物にたとえるなら、根がひょろひょろして今にも枯れそうな植物に似ています。それを承知で、先へ転がしています。それゆえ、げんちゃんに与えるミッションは、そのひょろひょろした根を、あとからあとから追っかけて育てていくことでもあります。タフな反復計算練習は、その役目をしています。でも、間違っても、それだけでは、太くならないのも知っています。げんちゃんは、ついこの頃、また、20までのドッツの足し算をひたすらやったりしたし、大きな食パンをことあるごとに切ったり、積み木で数を再現したり・・・・いまだにやっています。

 また、簡単な文章題を絵にして、説明しながら解かせる、とか、そうかと思えば、まだ少し難しいようでも、あえて6年の今習っているところの学習をする、とか、もう、難易度もパターンも、あらゆるものを、あらゆる角度から入力することを心掛けています。

 あくまでも、くもんは、その中の一つにすぎません。ただ、系統だっているし、反復練習ということで、ざっくりできてきたところに関しては、そこを太くしっかりしていくことに一役かってはくれています。
 もちろん国語も、同じようなイメージです。

発達障害の子は、多角的にできるようになってはじめて、一つの大きな「できる」が完成します。かなり、パターン化した、くもんの学習だけを選んで能力開発をしようとすると、とても危険だと思います。

 そこをわかって、利用するのであれば、くもんは、とても素晴らしい教材であり教室だと思います

 また、その子にあったステージを上手に選べば、くもんのプリントは、一人学習の習慣に採用しやすいです。ママの手を離れて、自分でやる、ということに離陸しはじるときに、とても用いやすいです。げんちゃんも、まだ相当不完全ではあれど、多数に交じって、一人で学習して帰ってくるようになりました。(宿題を出すとき、先週終わったプリントが無造作に交じっていたり、全部やってないのに、すぐ先生に持っていってしまったり・・・宿題も、ずいぶん減らしてもらってます。とまあ、まだ、人並とは言えないのですが・・)

ある程度積み重ねてきて、ちょっと離陸できるようになったときに、一つの方法として、くもん教室を採用するのはいいのではないかな~と思います。

どの教材も、これで完璧、ということが、ほんとにむつかしい子たちです。あらゆる角度からの入力が原則だからです。

 教材研究は、おもしろいです。自分の手中にたくさんの教材のレパートリーがあると、げんちゃんのその時々に応じて、うまく利用できます。でも、前日に、教材を組んで、翌日の学習計画を立てるのは、ほんとに、時間がかかってしまいますね~・・・。ついつい寝不足になる日々です。

by glow-gen | 2018-01-25 01:32 | Comments(27)



中学1年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
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中学1年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学1年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて7年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
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