げんちゃんの発達障害プロジェクト

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発達障害、好きなことだけをさせる。溝ではなく峰を伸ばす・・・・という誤解。

 げんちゃんのたどった様子を見ていて、私は、昔から疑問に思っていたことに、私なりのちょっとした回答を得ました。

それは、げんちゃんが、発達障害とわかった時、まわりからもよく言われたことです。

「へ~・・・でも、そういう子は、何かしら天才的な物を持っていて、何か一つのことに秀でていたりするんだよね。」

たぶん、発達ママたちは、一度くらいはそう言われたことがあるのではないでしょうか。

私は、まわりからの慰めとも思われるそういう言葉かけにちょっと戸惑いました。
だって、げんちゃんには、何一つ特徴的なすぐれた兆候は、なかったからです。

「絵が上手だったりするんでしょ。」

と言われたこともありましたが、残念ながら、げんちゃんは三角さえ描けませんでした。絵が下手なのではなく、描けないのです。もちろん、リズムも、音もとれませんから、手拍子さえできません。
音楽の才どころか、正常な聴覚さえあるのか疑わしいようなありさまでした。良いところといえば、おとなしく、にこにこしていたことでしょうか。それも、今となっては異常の現れだったようですが。おばあちゃんによると、絵本の読み聞かせも興味を示さなかったらしいですし。

さかな君が発達障害かどうかは知りませんが、彼は、小さなころから、際立って、他の子とは偏った興味を示し、お母さんは、それを、良しとして、どんどん応援して、すぐれた魚研究者になりました。ほかにも、そういう例はたくさんあって、溝を持ち上げるより、峰を伸ばすんだ、ということが示唆されていました。


 しかし、わが子を見ると、峰さえよくわからないし、たとえ低い峰があったとしても、それだけやらせていたら、何かとんでもないことになりそうな恐ろしさを感じました。

 結局私は、ひたすら、溝になっている能力を上げ、峰とはいえ低い能力も、おこたらず伸ばす。・・・・伸ばそうにも、つかめもしない項目も数限りなかったので、とりあえず、なんとかつまめるところを、必死でつまみあげてきた。その繰り返しを、毎日毎日あきもせず、あきらめもせず、積み重ねてきただけの育児でした。

 げんちゃんと、さかな君のような、それだけをさせてあげても、なんとかなる、という、尖った峰をもつお子さんと、どこが違うのかな、と、ずっと思っていました。峰ばかりどんどんやらせていくことで、大きなアドバンテージが生まれる子と、わが子のように、それだけやらせていたら、恐ろしいことになりそうな子の違い。

げんちゃんも、ある時期から、たとえば、電車に興味を持ったり、工作で、箱の一部を少し切っただけの同じデザインの、単純な駐車場とやらを、ずっと作り続けていた時期がありました。それなりに、彼の興味の偏りに従って、そればかり熱中するものがありました。しかし、そういう現象が出現しても、これだけやらせていてはだめ・・・と、私は直感的に感じていました。


 さかな君のようなはまり方とげんちゃんの違いはどこなのか。私は、かつて、ずっと疑問に思っていたのです。

げんちゃんが、何かにはまっているとき、それは、意識が抜けた自分の世界観に浸っていたのです。くるくるとらせんを書いて、らせん階段を上っていくのではなく、同じところをくるくる堂々巡りしているのです。彼が駐車場作りにはまっているときは、ひたすら、箱の同じ場所を数カ所カットして、線を同じ場所に引いて終わりです。どんなに誘導しても、それしかしません。同じループから出ることはないのです。

 しかし、さかな君たちに代表される行動はというと、最初は、タコにはじまりましたが、それを極めると、今度は、ほかの魚、やがて、現物を見てみたい、という興味にうつって、それはもう、次から次にらせん階段を上るように、進化していきました。彼の中には、明確な興味のターゲットがあり、行動も、そのターゲットに向けて、しっかりとした根拠があります。

そう、げんちゃんと彼の違い。
さかな君のような興味行動は、成長していって、より高いところ、または、広がったところにつながっていっていますが、げんちゃんの興味の先は、一点にとどまっていて、彼をある意味、安定した空虚な世界に閉じ込めているものだったのです。


私は、そのころ言葉では説明できませんでしたが、さかな君のママのようなことを、この子にしていたら、きっと恐ろしいことになる、と直感していたので、いつも、その世界から、引っ張り出して、他の物を見せようと躍起になりました。

でも、それは正しかったのです。その時彼は、自分の世界観の中にだけ存在していて、つながりを何にも持っていなかったのですから。そこで、とどまらせれば、彼の意識は、封じ込められていたでしょう。


 今回、げんちゃんはクラッシックに興味を示しました。でも、今回は少し違った。前々回のブログにしたためたように、彼のクラッシックへの働きかけは、風変わりだったけれど、それなりにパターンを変えてきました。目的意識が時々的外れになってしまったけれど、少し修正してやると、また、次の広がりにつながっていく感がありました。今でも、ほっとくと、同じループに陥りそうになりますが、言葉かけや、こちらの操作で、なんとか、らせんを上りそうな気配を感じます。

さかな君ほどのパンチはないものの、まあぼんやりと、多少は、自分の興味を自分で追及し、広げて高めていく、芽のようなものがかすかに見えた。


つまり、げんちゃんには、まったく峰がなかったわけではなく、その峰が出てくるまで、基本的な能力が、あまりにどれもこれも低かった、ということなのではないか、と思いました。もちろんIQだって、最初は、とても低かったし、聞く、見る、感じる、・・・人間の基本的な要素が、すべて胎児のように未熟だった。彼には、正しい入力も不可能だったし、ましてや、出力など、遠い夢。

 そんな闇の世界では、彼が神様にもらった、宝の箱の場所さえ、あるのかさえもわからないのは当然なんでしょう。

しかし、ある程度、すべての能力が満ちてきて、意識が解放されていくと、闇は照らされ、どの発達障害のお子さんにも与えられている、宝の箱の存在が、少し月明かりに照らされるように見え隠れした。そんな感じなのかもしれません。

 さかな君的な子は、ある程度、他の能力も初めからそなわり、一つのことを通して、苦手なことさえ、少しずつ押し上げる力がある。しかし、げんちゃんは、すべての能力が低すぎて、自力では、そういう行動はできなかった。でも、ある程度のとこまで持って行ってやると、さかな君のような、光った部分が開き出す。そういうことなのかもしれません。

げんちゃんに音楽の才能があるとか、そういうことはよくわからないし、世間で通用するような何かがあるのか、それは不明ですが、発達障害だからこその、宝の箱をやはりもっているような気がします。

私とげんちゃんは、そこに向かって旅をしているのかな。もっともっと探し、求め、努力を重ね、神に問い続け、絶対に神の箱を開けてみたいな~、と願います。

 

by glow-gen | 2018-10-06 17:25 | Comments(11)

意識が飛んでしまった時・・・中間テストが終わった

  テストが終わりました。

1学期を思わせるようなシナリオで、初日まではなんとか持ちました。
一日目聞いてみると、

「ぼく、社会は全部やったよ。」

と言います。内容も、少しは覚えています。1学期より進歩している手応え。
がしかし、初日を終えて帰ってきたら、幽霊モード(最近、意識がオフになった時の状態をこう呼んでる私)になっていて、昨日までやっていたことが、まったく入っていないようなありさまで、態度も悪く、やる気もない。
夜になって、まったく間に合わないから、直前追い込みをかけようと思ったけれど、

「え~、まだやるの~?」

とふてぶてしい・・・昨日までのげんちゃんはどこ?いう感じです。まさにジギルとハイド・・・彼の中間テストは、すでにここで終わってしまったのでしょうね。でも、いろいろあがってきてるだけに、私もやりきれなくて、切れてしまいます。翌朝も、その延長。
英語の単語を質問してみれば、すでにできるので、ノーマークだった単語さえ出てきません。

それに、もう一つ、私は、頭にきたことがありました。
 なんと、彼は、2週間日課を書き写してきてないことが発覚したのです。支援の先生のノートを見ながら、彼は日課をそろえていたようです。なぜ、書き写さなかったか。連絡ノートを、ある時から、バックのサイドポケットに入れたのを忘れ、ノートを探せなかったようです。

普通なら、ほかの紙に書くとか、家に帰って、代わりのノートを作るとか、対処法というものがある。しかし、彼は、そこで終わります。
「あ、ノートがない。書けない。」終わり

こんな感じです。S先生によると

「げんちゃんが、もっとも困難としている、接点を見出せない、ということだよね。一つの点が、次につながらないんだよ。彼の障害だよ。しかし、一つの点を、しっかりこなせるようになると、それが広がり始めるから、怒らず、接点を導いてあげて。」

こっちとしては、まだそんなとこに君はいるのかい? と嘆きたくなりますが、それは、私が、彼を高く評価しすぎているだけで、真のげんちゃんは、このステージにしかいないのでしょう。

「怒りたくなるだろうけど、怒っても何の効果もなくて、ママとの間に壁を作るから、ますます指導しにくくなる。それに幽霊モードの時は、周りとの間、さらには自分との間にも壁ができていて、周りのこともとらえられていないし、自分が何者か、自分が何を感じてるか、そういうこともわからない。」

「確かに。そうかもしれませんね。幽霊の時は、学習だって、どれだけレベルダウンして質問しても、どんどんひどい方へ行くだけで、やればやるほど修羅場になります。」

「そういうときは、壁をとってやらなければいけないよ。ママとの壁なら、いつかとっていけるかもしれないけれど、自分との間にできた壁が強固になると、いわゆる精神疾患に陥りますよ。

 おちついて考えてごらん。と、落ち着かせて、いろんな方向から意識にはたらきかけてあげないといけない。たとえを使った会話がいいね。

 母親のたまらない気持ちもわかるけれど、このモードに入ってしまったら、この子は障害児だからしかたない・・・くらいの期待しないスタンスでかかわってあげるしかない。」

Sさんの言葉は、いつも、的確で納得します。

「げんちゃんは、前のテストより、テストの意味をわかってきて、それなりに、緊張してがんばっていたんだよ。でも、台風来てたから、これも影響して、どかんと落ちた。台風の低気圧は、精神疾患の人もそうだけど、この子たちには、マイナスの波動を相当与えるからね。普通の人だって与えているんだけど、あまり気づいてないだけなんだよ。台風来てたから、影響してくるだろうな・・・と思ってたら、やはりね。」

「この子たちは、普通というのは無理なんだよ。大きなマイナスかプラスしかない。げんちゃんは、大きなマイナススタートだから、それを克服できれば、反対側の大きなプラスに行く、そういうものなんだよね。意識が出てない子が、そうそう出てくるものじゃない。でも、出てきたんだから、大きな可能性があるってことだよ。あまり先走らないで、じっくり、忍耐強く成長させなければならない。それは、ほんとに大変だよ。わかりますよ。
でも、だから、親も成長するんだよね。」

この子たちを成長させるには、高い意識レベルを持たせることをせねばならず、成功すれば、普通の子のレベルにはとどまらない、ということなんでしょうね。発達育児って、壮大なスケールですよね。

う~ん。テストが終わって、ぼろぼろになっている私に、S先生の言葉がしみいるようです。


by glow-gen | 2018-09-29 16:32 | Comments(9)

ひどいテスト、落ちこぼれとさえ呼ばれない。

 このたびもどってきた夏休み明けのテストは、あぜんとするひどい結果でした。社会6点、数学8点、英語22点、理科30点、国語40点 
もちろん、度数分布は、一番下・・・

社会も英語も、夏休みにしっかりやっていた内容だったし、少なくとも、最低30点くらいはとれる内容です。しかし、げんちゃんは、問題を見たら、すぐにフリーズしたのでしょう。普通の子とまったく違うところは、問題用紙に、まったくペンが入ってないところです。普通の子なら、読みながら、大事な語句にしるしをつけたりしないと、問題を解けないので、否が応でもペン入れしていくでしょう。

でも、げんちゃんは、心のあさ~いところで、字面を追い、あさ~いところで、答えを思い出そうとするだけなので、何も出てこないし、関連付けることもせず、う~ん、と考えるポーズだけをして、心の中に沈んでいる、たくさんの学習した内容を探しに行くことはしません。
たとえて言うなら、ぼ~っと心を空にして、表面だけの意識で、上から答えが降ってくるのを待つだけ・・・・そんな感じです。
普通の子なら、ただ、上から降ってくるのを待つということはしません。昨日これと似た問題をしたよな~。あれって、なんだったっけ、とか、○○は、××ってことだから、これもそうかな?
とか、自分の中に沈んでいる知識の沼を、あれこれほりおこすことをします。

げんちゃんの障害が、意識障害というのはよくわかります。

普段の学習でも、一人で問題をさせていると、同じようなことがおこるので、常に、横について、声掛けしたり、ちょっとした解説をしたり、「どの図を見るの?」なんて、注意喚起をしたりしなければ、学習時間は、ほとんど無駄な時間になります。

S先生いわく、
「げんちゃんは、危機意識がないんだよ。まだまだ自分はこの状態でなんとかなる、って思っているからね。」
と言います。S先生がどんなに心をゆさぶっていても、自分がこれでいいんだ、と、げんちゃんが思っている限り、進歩しません。”心の動かし方をかえなくては”、という強い思いを働かせないことには、ここから先は、なかなか進んでいかないようです。すでに、意識は出てきているのだし、それをしっかり働かせよう、そうせねば・・・と思う必要があるのです。

「学校の先生に、あまりほめないでほしい、と伝えないとね。」
とS先生が言います。

げんちゃんが、普通に社会に出て自立していくステージは、今のとこからほど遠いです。人より時間をかけて勉強して、すでにわかっている問題で、8点しか取れない、というげんちゃんは、はっきり言って、知的障害の何物でもない。心を働かせて、取り出していこう、という負荷をかけなければ、いつまでも、何も出力してきません。

何も行動を起こさず静かにしていれば、一見、普通に見えるから、周りからも、最初は普通の扱いをうけるでしょう。でも、世間に出れば、普通に見えるのに、中身はひどい、ということになれば、大きな圧力がかかってきます。・・・

私も、S先生も、みんな、ものすごい危機感を感じているのに、当の本人は、学校で適当に抜いて、なんとかやれると、勘違いしています。
宿泊研修でも、なんやかんや言いながら、誰かが、手を貸しているわけで、障害児としてのげんちゃんの立ち位置でサポートされている生活にすぎません。

本人は、それを勘違いしています。

学校の先生も、支援クラスの子にしてはがんばっているし、えらいね!という扱いになる。

でも、そうではないのです。ちゃんと自立した人間になるんだ、という視点があれば、”あれだけ、がんばっているのに、なんで、頑張っていない子より、ぜんぜんできないの? それは、もう一つ何かが足りないよね”・・・・私たちは、げんちゃんにそこを伝えているのです。

彼に足りないのは、自分への危機感です。ずっとずっと、そこをS先生もつついているのですが、学校で、なんとなく、ほめられたりするし、普通クラスの子にまぎれて生活しているし、これからも、そういう風に、適当にごまかして、普通でやっていける、と勘違いしています。

そのため
「ぼく、ばかでいいもん。」
とふんぞりかえるような口答えが出てきます。

いやいや、バカでいいもん、ってのは、まわりがサポートしてやっているからでしょ。このサポートは、やがてはずされるんだよ。ということをわかっていない。

「宿泊研修も、なんやかんや言って、まわりはやさしいですよね。もっと、シビアな目にあってくればよかったんだけど・・・」

K先生も、げんちゃんの甘えに対して愚痴ります。

テストの結果を前に、
「げんちゃん、あなた、周りの子より、だれより勉強しているよね。でも、学校でどんべだよ。この社会の問題見て、3大洋で一番大きいのは何? わかるよね」
「うん・・・太平洋」
「バカみたいな問題だよね。それが空欄。ほかもそんなとこばかりだよ。」
「だって、時間なかったんだよ。」
「は?一番最初の問題だよ。何言ってんの? 」
「・・・・・・・」
「いつも、ぼけ~っとして、気持ちを入れず、やったふりだけする勉強のしかたをかえないと、何回勉強したってどべだよ。テストの時間の問題じゃないよ。テストの時間に、合わせる気もなく、自分のやりかたをかえようとしないげんちゃんの問題だよ!」

中間テストの準備も、だんだんあほらしくなってきます。どうせ、やってやったって、意識をとばして、上から降ってくるのをぼ~っと待つだけのテストなら、何の結果も出せるはずがない!

ほんと、こういう子を持った親の、口惜しい気持ちったらありゃしない。言ったってせんないけど、一生懸命伴走してやった、こっちの身にもなってよ、という感じ。ほんと、げんちゃんって、何もかもできない子! あなたに、何かできることがあったっけ・・・子供のころのぼけ~っとして、目もあわないげんちゃんがよみがえります。・・・ぶぜんとしていると、げんちゃんがぽつり・

「・・・・だから・・ぼくは、やりかたを少しかえようと思っているんだよ・・・」
「勉強の仕方をかえるの? どうかえるかイメージできるわけ?」
「うん。まあ・・・」

少しは、自分の今までの状態と、新しく踏み出さなければならない状態の違いを把握できてきたのでしょうか。私たちが言う意味が、昔よりは多少理解できてきているのでしょうか。このテスト結果は、1学期よりも、彼の心を動かしているのでしょうか。

「自分がこれではいけない、自分を変えるんだ、という内部からの思いがなければ、ここから先は、なかなかいかないよ。」
とS先生が言います。私も、ほんとにそれがよくわかります。恵まれた環境にいすぎるげんちゃん、すぐに逃げる、というずるい気持ちが出てきて、楽な方楽な方に逃げていきます。勉強をするポーズを作ったり、がんばっている、と自分を納得させる演出はしますが、彼のコアな部分は、ほんとに頑固で動きません。

いろいろかわってきた変化を感じますが、それが、学校生活や実生活に反映されるのは、まだまだのようですね~。疲れます。

by glow-gen | 2018-09-25 22:47 | Comments(7)

発達障害の思春期を乗り越えるには・・・

  げんちゃんは、今日二泊三日の宿泊研修に出かけました。出かけるまでに、先週末から、色いろドラマがありました。
先週末げんちゃんは、持って帰るべき宿泊のしおりを持って帰りませんでした。週末に荷物の用意をする、と予定表にあって、しおりを持って帰る、と書いてあったのですが、いつものことながらできませんでした。
しかも、週末の宿題プリントも、持ち帰るのを忘れています。

あいかわらず、いっちょ前の態度で私に向かってくるげんちゃんに対して、自分がいかに普通とずれているか、わからせるのには良い機会だ、と思いました。
「げんちゃん、来週は何があるの?」
「はあ?」
宿泊研修という答えを導くのに、数回質問を重ねる必要がありました。それほど、げんちゃんの中には来週の予定もだんどりもありません。
「そう、宿泊研修だよね。・・・じゃあ、週末は何をしないといけないの?」

また数回の質問をかさねて、”研修の用意”、という回答が出てくると、そこからしおりを忘れた、ということにつなげていきます。

「しかも、週末はいつも何をするの?」

さらに、週末課題プリントを忘れている、というところも、すぐには気づけません。そういうことを、自分の失敗として認識するためには、いまだに、いくつかの質問を用意する必要があります。
やっと、その二つのペナルティーに気づけたげんちゃんは、今度は、
「あ~、はいはい。忘れてるね。」
とふてぶてしく言います。

「じゃあ、どうするの?」
と私。
「取りに行けばいいんでしょ!」
げんちゃんは、なかなか態度を変えません。私は、彼を追い込むために、質問を続けていきます。

「ふ~ん、取りに行くの? じゃあ、いつ取りに行くの?」
「取りに行ける日だよ・・・」

何の具体性もないげんちゃん。だんだん勢いが失速していきます。。
「取りに行ける日っていつなの?」
「はあ?」
もちろん、何も考えていません。

私はすかさず静かに言います。

「あのさ。普通の子はね、来週宿泊研修があるな、って考えて、それなら、しおりがいるな。って気づくわけ。週末プリントももらってなかったら、あれ?毎週宿題が出るけど、どうなってるの?って思う。とにかく、いつも、次は何する?来週は何がある? って、普通クラスの子ども達は、自分の心に質問しながら生きているのよ。そういう風にするから、いろんなことに気付けるんだよ。

 でもね、げんちゃんは、まったくそういうことができてないでしょ。」

げんちゃんは完全失速しておとなしくなってます。

「だから、支援クラスにいるわけなの。げんちゃんは。わかる?
あなたは、普通の子たちとは、相当ずれてるの。それはわかる?」

「・・・・・」

「このずれているところを直さないと、げんちゃんは、普通の人たちと同じところで働いたり、社会で活躍したり、できないよ。
今、ずれているげんちゃんが、普通クラスで勉強できているのはなぜだかわかる?」

「・・・・・」
「そう。お母さんや、先生方が、みんなで手伝ってくれているからです!」

「あ・・・うん。」

「じゃあ、その手伝ってくれている人、お母さんに対して、生意気な態度をとったり、私の言うことを無視したりすることは、どういうことかしら?」

「・・・・あ~・・・・・よく・・ないね・・・」

げんちゃんの意識がこっちに寄り添ってくるのがわかります。

ちょうど、土曜日に、ユリ先生が、
「げんちゃん、2学期普通クラスはどう? ついていけてるの?」

みたいな質問をしたときに、
「ま~。そうだね。僕は、靴がそろえられるようになったからね・・・」

みたいなことを言ったそうです。確かに、げんちゃんは、最近、くつをそろえることを、意識しはじめて、やろうと決心したらしく、毎回そろえるようになりました。しかし、そういう努力は、1000上っていかなけりゃいけない階段の数段にすぎません。

ユリ先生は、それに対して、
「それだけできても、普通クラスには行けないよ。」ということを教え、彼の認識のずれを修正するようにお話したようです。

その話からも、げんちゃんの自分の立ち位置の誤認がよくわかります。

げんちゃんの横柄さは、自分の立ち位置が、普通の子より、ちょっとだけ下、もしくは、けっこう同じ、と思っていることに由来するのだということがわかりました。まだまだずっと下にいるのに、どうも認識していないようです。

日曜日に、しおりや宿題プリントを学校に取りに行きましたが、(小学校はぜったい開いてなかったけど、中学校は、誰か先生がいますよね~。中学がブラック企業というのはよくわかる。)その時も、段取りなんて上の空、車に乗ったら、好きなモーッツアルトのCDをかけることだけに気持ちがいって、今から何しに行こうとしているのか、ついたらどうするのか、とか、シュミレーションすることなど、考えもしない、という感じです。

また、そこをせっついて、彼のずれを指摘します・・・・げんちゃんは、めずらしくしゅんとなって、CDを消しました。


この週末のできごとは、けっこう手応えを感じました。げんちゃんは、意識が出てきて、まずは、感情という外側の意識がどかんと動き、この2週間私は、ほんとに手を焼いたんだな、と思いました。それが炸裂したら、今度は、自覚する、っていうコアな意識が動き始める。Sさんによればそうらしいです。

 そのためには、やはり、自分の立ち位置をしっかり把握する必要があるのだと思います。

現状を、きれい事抜きに、ちゃんと把握することこそ、思春期超難しい発達障害の子ども達が必要とすることなんじゃないかな、と、改めて思います。
現状をしっかりつかんで、その先に希望を与え、努力することの意味を教え、まわりに感謝するということまで引き上げる・・・・・

ほんの少し、階段を上ったように感じた週末でした。さて、研修旅行から帰ったげんちゃんはどうなっているのでしょう。



by glow-gen | 2018-09-13 15:13 | Comments(21)

げんちゃんの性格・・・・人格ってものが、やっと現れてきたのか?

 先週 あんまり、げんちゃんの態度が自己中心的で、私は、もてあましていました。私が帰っても、お帰りとも言わず、すれちがいざまに、
「じゃま!」
と言い放つ。

今度催される絵画教室の展覧会について、げんちゃんは、何も把握してこず、今日教室に行って来たら、聞いてくると言う流れだったのですが、報告もありません。
げんちゃんときたら、相変わらず、何も考えていないようです。

「はあ?月謝なら渡したけど!・・」
なんか文句あるか・・・みたいな態度です。いやいやいや、朝、あれだけ、すったもんだしたでしょうに・・・(月謝も、2週間忘れているしまつ。)

「はあ?、これ? どうぞ!」
最初からけんかごしに、今日描いたスケッチをこっちに投げますが、展覧会の話はどうなったんじゃ~・・・

とにかく、態度はでかい。自分は、一点の間違いもない、いつも、腹が立つのは、そういうスタンスです。
とにかく、自分一人では何一つできないくせに、人を見下してくる態度・・・どうして、そこまで図々しくなれるのか、不思議・・・・(学校では、よそ行きを作っているらしいので、成長はあるけど・・・)

その他にも、自己中炸裂というできごとが、もろもろあって、ついに、姉が怒ってしまいました。

「あんたね~。何考えてるの? 自分が何もできないくせに、なに、その態度!」

げんちゃんの腕をにぎりしめ、一触即発・・・・まあ、よくある、家族劇だと思うのですが、ここからが、普通の子と違うのです。1時間くらい、家族ですったもんだして、げんちゃんに一つ一つ説明して、指導しました。私もお姉ちゃんもくったくた。

しかし、また敗北。当のげんちゃんは、まるで妖怪です。心をみじんだに動かす気配はなく、涼しい顔です。そう、くもんを辞めさせられた時も、家を真昼間追い出された時も、どんなことがあっても、彼は、ずるく、するっと通り抜けます
「はあ?知らん知らん・・・え~。別に~。」

知らん知らん・・・・というのは、げんちゃんの逃げるときのいつもの口癖です。完全にスイッチを切り、すっとかわします。まわりは疲弊します。

S先生は、

「そうですよ。げんちゃんは、ほんとに図太いですから、大変ですよ。発達障害のお子さんがみなそうではありませんよ。げんちゃんは特別です。とにかく、どんなことも、自分に不利になることは、するっと通り抜けて、シャットアウトします。上手に逃げる。自分が間違っていても、自分が正しいとした方が、自分の立ち位置を常にキープできるから。
 自分を否定されると、すっと立ち位置を変えて、逃げる。

 僕も、げんちゃんと合宿をするときは、大変なエネルギーを使います。」
と言ってました。

私はため息をつきつつ・・・

「ほんとに、げんちゃんはずるがしこいですね。自分が有利になる話とかだったら、すっと入り口をあけて、ぱっとつかみます。でも、そうでなければ、するするとのれんになって、よける。
 いろいろ説教して、あなたはどう考えているの? と最後に聞くと。けろっとして、
別に何も思わないけど・・と平然と言い切る。 尊敬すらしたくなるほど強いんだよね~・・・」

Sさんはそれに対して答えます。

「最後に、どう思う?って聞かれて、何も答えない方が、めんどくさくならない・・・自分が有利に立てる・・・そういう先読みもできるんですよ。自分じゃわかっていないようだけど。
つまり、そこまでできるのは、かしこい。ばかじゃないってことなんだよね。ばかじゃ、そこまで狡猾によめてないからね。本人の自覚あるなしにかかわらず、それができているわけだ。

今は、モンスターの皮をかぶっている、と考えたほうがいいね。
 とにかく、都合の良いことをつないで、自分の世界観を創っていくから、今のステージは、ほんとに大事なんだよ。しっかり、マイナスを矯めるように指導できないと、自分の世界観が確立してしまうよ。

家族については、どうせそういいながら、俺の面倒みるんだろ、そういうスタンスでいる。だから、ぜんぜん説教も入っていかないんだね。
(俺の面倒を見てくれるんだよ、じゃなく、見るんだろ?と思っているらしい。)

げんちゃんへの圧のかけかたは、ほんとに難しいよ。やさしい言葉で、なめられるように言えば、しっかりなめてきて、自分の世界観をどんどん広げていく。

 逆に言えば、その分、逆転していけば、大物にもなる可能性もあるんだけど。(そう言われても喜べない・・・)

は~・・・

繊細で、色んなことに過敏に反応して、気になってしまって、不登校をおこしたりするお子さんもいます。

でも、げんちゃんは、どういう状況でも、心を動かさない、と決めたら、絶対動こうとしないところを持っています。おかげで、特に友達ができなくても、一人で登校しても、寂しいと思うこともないし、学級崩壊おこっても、自分のエリアは、しっかり守っているし、ショックなことを言われても、「あ、そう、じゃあ、しかたないね。」で終わる。

ここが良い方向に向かっていけば、メンタルの強さになるのでしょうが、今は、せっかくのS先生の指導も、突っぱねてきたりするようで、もったいないったらありゃしない・・・

ここを切り崩すには、もっと危機感を感じてもらうしかないのかもしれませんし、状況理解を深めてやらないといけないのかもしれません。自分自ら、これはいけない、と、感じなければ、ここは突き抜けられないと感じます。

加えて、逃げを封じ込めないといけないのでしょう。



by glow-gen | 2018-09-10 19:11 | Comments(11)

発達障害思春期に見えてくる、家族との断裂

 ここ数日間、私は、げんちゃんの顔も見たくない、というメンタルです。
少し前までは、たとえば、横暴していても、寝る前に、
「げんちゃん、むぎゅっしようか~。」
とか言うと、しかたないな~という顔で応じてくれたり、私が怒っていれば、少し、こっちの顔色もうかがうようなそぶりをしたりして、なんとか、かわいげを保っていましたが、そういうことも、無視するようになって、こっちも、あっそ! というしらけぶり・・


3年生くらいの精神年齢のくせに、態度だけは、なんか、いっぱしの中学生みたいな感じなので、あほか!って言う気になります。


できれば、どこかに預けたいな、という気分です。
たまに、合宿なんかで、家を空けてくれると、私はパラダイス! 来週も、学校の研修旅行が2泊もあって、娘も休み、一日は私も仕事がオフ、となっていて、娘とデートが
いまからわくわくです。
ほんと、発達障害のガキをかかえているママのストレスって、半端ないですよね~。

「お母さん、玄関見たの?」
と、先日、えらそうにげんちゃんが言ったので、は? と言うと、
「くつそろえてるだろう。そろえようと思ったの。」

と言いました。なるほど、それ以来、たまにそろえています・・・・一応ほめました。自分でやろう、と思うとできるんだ・・・・じゃあ、なぜ、これはやらないの? と私はまた思ってしまいます。こっちにしたら、何百回も毎日言い続け、やっとできたんかいな! という感覚で、べたぼめしろ、と言われてもね・・・ですよね。

彼が着替えた後は、洋服は、裏返しにひっくりかえって、床にすさまじい状況で散らばっています。炊飯器からご飯をついだらふたは開けっ放し、とか・・・・数限りなくあります。
それも、何百回も言い続け、まだできないわけで・・・

Sさんいわく、認めてほしい・・・という気持ちも大きいげんちゃんのようです。

前回の英語の人称のことも、翌日K先生が話を聞くと、その前にたった数問した数学の問題で、彼は終わったらしくて、その後英語までまったくやる気はなく、完全にシャットアウトしたそうでした。そういえば、

「あ~、数学かがんばったでしょ!」
と、なんか、偉そうに言っとったな。
でも、とてもとても、がんばったとは思えない量だし、できでした。気持ちは入れていた、確かに入れてましたけど。

ヤツの中では、意識を入れた感覚があって、その持続時間はまだまだきわめて短いのでしょうが、こっちからすると、はあ? という程度にしか思えません。そこをほめろと言われたって・・・

「まあ、意識入れてたね。じゃあなんで、英語は抜くわけ。」

こうなりますよね。

もう、日々のバトル、こっちの努力、裏切り続けられるこっちの気持ち・・・

げんちゃんの都合もあるだろうけど、まずは、こっちの立場になってよ・・・そんな感じです。しらけます。
こっちも、その前の段階というのがあるのだから、げんちゃんが、少しくらい良いレスポンスしたって、そうそう大絶賛とはいきません。そこがわかりませんよね。


たぶん、発達障害の子がこういう認知のずれをかかえて、大きくなっていくと、家族との大きな溝が生まれてくるんだろうな・・・と思います。


そして、ふと、先日、古い友達に会ったときのことを思い出しました。彼女には、弟さんがいたのですが、小さい頃から、家族みんなで、弟のことはあまり話題に出したくない、というオーラを醸し出していました。障害がある、というふうでもないけどな・・と思っていたのですが、今考えれば、発達障害に属する部類だったのだと思います。

私は、何気に、彼女に、
「弟さんも、元気にしてる?」
と、聞きました。なんせ、数十年ぶりに会うので、家族のことを聞くのは、挨拶の一貫です。

「弟?う~ん。行方不明・・・・連絡とってない。」

これ以上つっこまないで、という感じがあって、話は、それで終わりでした。・・


勝手な想像だけど、彼女の家庭にもドラマがあったんでしょうね~。今ほど、発達障害がメジャーではないし、普通っぽいけど、なんか普通じゃない・・・・・そういうずれに、家族は悩んできたのでしょうね。

なんか、よくわかります。行方不明ってのもなんだかわかる。
彼の方でも、さっきのげんちゃんではないけど、それなりに、やろうとした時もあるのかもしれませんね。でも、とうてい、家族側の言い分もわからない。自分サイドの問題はかかえている。認識のずれは、大きくなるばかり。

社会に出れば、家族にたくさん迷惑もかけたかもしれません。

何度も助けて、それでも、ずれてて、やがてせめる家族。対処できない彼・・・・・

いつのまにか、家族との音信がたたれてしまったのかも知れません。

うん。ありうるな~・・・と思います。今のげんちゃんなら充分考えられる。こっちがどう思っているか、なぜ、頭にくるか、自分がどういう状況にあって、どこをめざすべきなのか・・・
何も読めないげんちゃん、いちいち、図を書いて説明してやっても、すぐにはぴんとこないげんちゃん。

なんとか、しっかり治しておかないと、ほんと、行方不明・・・・・なっちゃうげんちゃんでしょう。




by glow-gen | 2018-09-07 20:21 | Comments(8)

だる~い夏休み。足踏み状態かな~・・・

 夏休みはどんどん過ぎていきます。げんちゃんに、少しは自分で考えて進める勉強法をしいているものだから、なかなか夏休み帳も終わりません。指示された図を見て、問題文にもどって、少し複雑な文を読み解きながら、今度は、大問のおおもとの問いを、もう一度確認する・・・・理科や社会でよくあるこういう問題は、目の前の問題文だけをじっと見つめて止まっていたりします。

 ぼ~っとしながら、頭からシャワーを振りかけてもらうような勉強法から、普通の子がする、自分で考えながら学習する、というやりかたに変えることは、一見、そこで止まってしまったようないらだちを覚えます。
 足踏みしながら思うのは、発達育児でもっともいやなのは、子どもがぜんぜんかわっていってない、と感じる瞬間なのだと思い知ります。

 お盆までには、すっかり宿題のある程度を終えて、後半は、2学期のテストに向けてなにかしら準備を始めたいと思っていたけれど、げんちゃんの能力は、そういうレベルにないということを思い知ります。そもそも、中学の学習なんて、この子にはあっているのか・・・そんな基本的な疑問さえ浮かんでくるありさまです。

 数学について語るなら、げんちゃんは、小学3年生くらいのところをやっていた方が、しっくりいくような気さえします。いや、時間の問題もまともにできないのではないだろうか・・・
 
 それでも、げんちゃんは、一人で、問題を解くスタイルは確率しました。(つまり、横についてなくても、とりあえず、自分で取り組んでいます。内容はほめたものではないけれど。)
ここまでを、20分でやってきなさい、と言うと、私がタイムアップを告げるまでは、問題を解いています。20分で切ると、後半は白紙。そこからは、少し手を貸して、やったところの○つけと、まちがったとこと、できてないところをいっしょにやります。そうしないと、問題集は、永遠に終わらない感じです。
いわば、”上からシャワー”の勉強から、”考えて自分でやるスタイル”へ移行するための入門版です。・・・・・

「今は、時間がかかってもしかたないよ。」
とS先生が言いました。

「確かにそうだけど、かけ過ぎるのもまずいですね~。・・・夏休み帳だけで、夏休みが終わりそうです~・・・かねあいはほんとに難しいです・・」

げんちゃんは、夏休み、またS先生の指導を受けました。かれによると、今度は、意識の深いところをゆさぶっていくカリキュラムだそうですが・・・、
残念ながら、劇的な変化はすぐには現れないようで、やれやれ・・・期待薄の夏休みだな~という感じです。

私の気持ちも、だんだん、トーンダウン・・・夏休みだけで、いっきに行こう、なんて思っていると、ほんと疲れるから、やめたやめた・・・期待なんてしない方がいいみたい。

S先生は、笑いながら

「あきらめてるくらいが、ちょうどいいよ。」
だって・・・

 言われなくても、だんだんそういう気持ちになってます。だいたい、中学を3年間でしあげて、普通に高校にやろうなんて、げんちゃんの能力だったら、ちょっと無理だよな~。中学3年で間に合わなければ、そこから高校浪人でもすりゃあいいか~・・・ホームスクールでもなんでもいいから、げんちゃんに必要な体験や学習を、1年くらいはだぶらせてやらせりゃいいか・・・

 それから、ある程度、自分で学ぶ力をつけてから、全寮制の例の学校に入れたらいいよね。

 今までの夏休みの中では、私のやる気はほんとにマックス低いです。なんなんでしょ!

げんちゃんが、少しずつ自分の足で歩こうとしている兆しはあるものの、ここで急いでも、それが早くならない、というか、このポイントは、ずいぶん時間がかかるな~と察してしまったのでしょうね。

でも、しっかりここで時間をかければ、次は、けっこういいステージにいきそうな予感もします。


そうこうしていると、7月末に、くもんの先生から電話があって、突然げんちゃんは破門になってしまいました。

いつもからみあっている、ちょっとお行儀の悪い小学1年生がうるさいく言ってくるというので、彼をたたいたそうです。先生も、色々がんばってきたけれど、今後私は指導できそうもない。ということでした。
 それならそれで、トラブルをおこした時に連絡すべきだろうに・・・と思いますが、考えてみれば、それはきっかけで先生の気持ちが固まっただけで、それまでも、げんちゃんの、目にあまる態度が積み重なっていたのでしょう。
 でも、直前に、勉強は伸びてきてます、と報告を受けてたので、???です。


数日私も、考えていましたが、だんだん、この経験は、げんちゃんにとって、今ベストなタイミングかも・・・と思えてきました。
私が怒っていては、もったいない・・・ということで、
先生に電話をして、ちょっとした協力をお願いしました。長くなるので次に書きます。

by glow-gen | 2018-08-09 13:29 | Comments(8)

普通の通知表を初めてもらった

  げんちゃんは、通知表をもらってきました。げんちゃんのように、支援クラスに所属していても、普通クラスの授業に出ていて、テストも受けていれば、一応、普通の子と同じ評価基準でジャッジしてもらえるらしく、初めて、普通の子と同じ通知表をつけてもらいました。

 全部、1だろうな~。英語は、3~4くらいもらえるかな・・・と思っていたら、英語と美術だけ3,あとは、2をもらっていました。横に、いくつかの評価内容があって、やる気を評価する項目があり、それは全教科Bをつけてもらってました。あとは、ほとんどC(ABC評価でAが最も高い)、評価の部分には、提出物、ノート、そう言うところも入っているようです。

 また、生活面は、他人への思いやりとか、ソーシャルをおもわせるところは、Bでした。(何か思いやったことなどあるのかしら??) 家庭科の生活面の基本スキルがある、というのもBで、笑っちゃいました。 なんか、げんちゃんは、学校では、必死でかっこつけてるのかもしれませんね~。

 それにしても、テストだけなく、生徒の色んなところをチェックしないといけないから、先生方は大変ですね~。

提出物をなんとか出して、ノートもけっこうとっているようなので、1を免れたのでしょうね。は~・・・・温情・・・(お姉ちゃんによると、提出物出して、ちゃんと授業聞いていれば1はつかないんだよ、とのことでした。真偽のほどは知りませんが。)
ロボママさんによると、評価は絶対評価で、テストだけではなく、もろもろを加味するらしいです。おかげで、もらった方は、オブラートにくるんでもらったような感触ですね。

 それにしても、英語の3はわかるものの、美術の3は何なんでしょう??

レタリングをやってましたが、げんちゃんの作品は、ひどいな~、と思いました。テストも悪いし・・・でも、うれしいです。

 内申書も、公的な評価も、私はあまり気にしてないけど、通知表をもらってみれば、総合的にありがたいことだと思いました。なんせ、普通の評価基準で初めて評価されたわけです。


 でも、げんちゃんの中身は、決して予断を許さない状態です。しょっちゅう幽体離脱しているし、普通と言うには、あまりにもひどいな~と感じます。

昨日は、いっしょに夏休み帳の数学をやりました。小学校の基本問題のところをやってみました。20分の10,という分数の約分を10でやらずに、2で割っていたり、突然、138,139と数えて、次に200と言ってみたり、今までできてたのに、突然分数のかけ算で通分をしてみたり、もう、ばかじゃないの? ということが続出。

 数学以外も、まったく問題を読まずに、指定された場所を見ることもなく、思いつきで理科の問題を答えたり、・・・・

 ひどい有様でした。結局、朝から夕方まで、だらだら、低いパフォーマンスで、私にあきれ果てられながらやって、できたページは、なんと、正味4ページ・・・うそでしょ!

 パフォーマンスが悪い時は、完全にすべて、”おかしい!” ”狂ってる!”

そんな感触です。

 夜になって、
「げんちゃん、今日、あなた何時間勉強してたの?  それで、やれたのは何ページ?」
私は、疲れ果てて、げんちゃんにやったとこを見せます。

さっさと集中すれば、午前中だけで、しっかり片付けられたはずです。そうすれば、もっと有意義な一日がおくれたはず。
大切な一日に、ばかばかしい色をつけて、捨て去ってしまったような気分です。


たまたまS先生が少し家に来ていて、曰く、

「まあ、精神疾患みたいなものかもしれないね・・・」

と言いました。加えて、
「ぼ~っと空を飛んでいるような感じなんですよ。ほら、自分の中にもどっておいで、と言っても、え?なんで?こっちがいごこちがいいんだよ・・・そんな感じでしょうね。」
そして、げんちゃんに声をかけました。
「げんちゃん、君は、ずっと支援クラスでいいの? 障害者として生きていくの? そんなことでは普通の人として、社会に出られないよ。」

S先生は、そういうきつい言葉でげんちゃんの意識をゆさぶろうとしますが、げんちゃんは、あいかわらず、とんちんかんなことばかり言ってます。
なるほど、げんちゃんは多重人格のようです。幽体離脱している時は、すべてをリセットして、何も入っていないかのようです。教えたこともすべて飛んでいます。


そういう子を日々相手にしていると、こっちは、気が狂いそうになるときがしょっちゅうです。


あまりに、パフォーマンスの差がありすぎます。
学校では、学習意欲があり、今後に期待できる、と言うコメントをもらっていましたが、私には甘えも出まくるので、最低の行動様式が飛び出します。

 げんちゃんは、確かにがんばっていると思います。

「ぼくは、普通クラスに行きたい。普通クラスの子より、もっと伸びたい。」

そういうことをよく言います。でも、それをクリアするためには、ちょっとがんばった、くらいでは話になりません。まわりに、げんちゃんのようなスタートの子が、まったく問題なくなって、普通の社会でばりばり活躍している人なんて、まだ会ったことがありません。

 つまり、げんちゃんが行きたいステージは、少しくらいの努力では到達できない、パイオニア的なことだと思っています。

私はそう思ってやっているのに、げんちゃんは、なんか、それをぜんぜんつかんでいません。

私は、オリンピックに出るんだから、これくらいがんばらないと、と思っていても、げんちゃんは、地区大会の予選通過くらいに受けとって、ちょっとできたら、これで自分は、できた、とすぐに思ってしまうところがあります。

そんなげんちゃんに、S先生も、私も、あまりほめてちやほやすることはありません。あくまでも、げんちゃんが行きたいステージの基準の今このステージをクリアできたね、というほめ方をします。
 
 どの子もそういうことをするわけではない、とS先生は言っていました。げんちゃんが、鈍感ですぐに、これでいいんだ、と思ってしまいがちなので、最初に、だめなところを突きつけて、それで叱咤激励する、という方法をとります。

 げんちゃんは、前は、地区予選さえも、めざそうとしてないようなところがあったので、(めざしても、戦略ゼロだったかな)これからは、自分が、オリンピックか全国大会めざしている、ってことをしっかり握らなくてはならないと思います。

 少しくらいがんばったって、そんなんじゃおいつかない。ブルドーザーのようにすごい馬力を出さねばならないのです。次は、そこをしっかりつかんで、自分の意識コントロールができるところを目指していくのだと思います。しょっちゅう、幽体離脱して、お空に浮遊していては絶対不可能なことです。


 この夏は、そこをしっかり把握して,自分に負荷をかけてもらいたいと思っています。



 


by glow-gen | 2018-07-24 16:45 | Comments(6)

絵を描くことは、自分の思いを表現すること

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太陽 八木重吉
太陽をひとつふところへいれていたい
てのひらへのせてみたり
ころがしてみたり
腹がたったら投げつけたりしたい
まるくなって
あかくなって落ちていくのをみていたら
太陽がひとつほしくなった

この詩が気に入ったげんちゃん

テストでお疲れだったのは、げんちゃんだけではなく、私も、ちょっと頭を使いすぎていたようです。がんばったので、何か大きな収穫があって当然、そう思い込んでいるところがあったのかもしれません。
 しかし、この1週間、げんちゃんは、いいとこなしでした。

 明日までに、理科のテストのやり直しを書いて提出、というのに、いっこうに、テスト問題を持ち帰ってきません。日々の生活の段取りの中でも、あぜんとすることは続きます。集中してやればいいのに、だらだらと、意識をとばした学習をやります。とどめは、今週の食パン切です。6枚に切るのよ、と、毎週のようにやっているのに、げんちゃんときたら、真っ二つに切って、とうとう4つ切りにしてしまいました。

 ため息をつきつつ、あきれつつ、S先生にぶつぶつつぶやいていました。
G「げんちゃんは、たとえば、多動でちょっとうっとおしいようなお子さんより、おとなしくて、障害の程度が軽いように感じていたけど、意識障害という点で見れば、そういうお子さんより、かなり重症な子だったんですね。」

S「そうです。例えは悪いけれど、認知症の老人が、ぼ~っと座っているような感じで、見ていても見えていない、聞こえていても聞いていない、ひがな一日、意識のない世界に住んでいるのに似ていたね。」

G「仕事で出会う発達障害のお子さんや、コメントをいただくママのお子さんとか、自分はこう思っている、こうしたい。とけっこう主張する子に出会います。そういう子を見ると、なんか、すごいな~と思ってしまう。」

S「げんちゃんは、自分がどう感じているとか、どうしたいのか、とか、自分の内部にある感覚さえ、しっかりつかめていないから、そういう意見はなかなか出てこない。」

G「先日、オクラ入りの納豆を食卓に出したら、げんちゃんが、「ぼくは、こういう食べ方は好きではないから、納豆とってくる。」と冷蔵庫に走りました。パパと二人で感動しましたからね~。」

S「その程度のことでも、感動の対象になるわけだよね・・・
自分の感情さえつかめていないのだから、人の立場になれるわけもない。」

G「なるほど~。なんか、人格のない動物のようでした。
でも、それが、やっと、意識というものが、感情の外に出てくるときが出現してきて、時には、感情支配を凌駕して、しっかりと意識を表面にあらわす場面も出てきたように思います。

 そういうときは、人格と人格で交われる感じがします。勉強の仕方も、意識をしっかり入れて、目的意識をもって、問題を見ているときがある。まあ、認知症の人が、親戚が訪ねてきた時だけ、シャキッとするような感じです。入っているときは短くて、スイッチがオフになったのを、つい気づかずにいってしまう。」

S「わかりますよ~。食パンが切れないというのもね、彼は、ただ切る、ということだけしかつかんでいないんです。しっかり意識が入っていれば、6枚に切る、とつかめるけれど、ぼんやり、「切る」、ということしかつかんでいないから、平気で4枚に切っちゃう。
 でも、だからといって、切れないのか、というと、意識がはいっていれば、また次の時は、切れたりする。」

G「安定性がないですよね。」

S「今のげんちゃんのおもしろいのは、がっつり発達障害、というひどい状態にいるげんちゃんと、グレーゾーンのげんちゃんと、かなり普通、というげんちゃんが、時間差で、出てくるんです。」

G「確かに、・・・もうふりまわされまくりですよ。」

S「そして、げんちゃんのもう一つおもしろいのは、たとえは悪いけれど、卵から出てくるひよこみたいなところがあることだね。
 卵が、少し割れて、普通なら、そこをつついて、さらに、卵を割って、ひよこが出てくるけれど、げんちゃんは、そとから相当見えているのに、つつこうとしない。
 とうとう最後は、体が大きくなってしまって、自然と割れるしまつ。今までそれを繰り返してきてなんとか、今のところにきている。
 もう、できるときだよ。出ておいで、というのに、まだ、意識を入れない自分に逃げようとするんだよ。」

G「確かに、私たちは、そこを、ほんとに口惜しく感じる。」

S「できないわけではない、ちょっとつつく気持ちがあれば早く出てこれるのに、シャットアウトするんだよね。何かがおこっても、自分とは関係ない、と切り捨ててしまう。結局考えられるのに、考えない・・・まさにそこ・・・」

G「でも、絵画教室の絵は、伸びましたよね。」

S「げんちゃんは、絵が好きみたいだね。自分がどうしたい、とか、どう感じるとか、絵で表現できてきたのだから、それを言葉に表現できると一番いいね~。」

G「絵って、そういうことなんですか~。
私は、昔、三角さえ、ぜんぜん描けない子が、絵がうまくなって絵描きになる、ということがありますか?と、療育関係者に聞いたことがあったんです。
 相手は、答えられなかったです。
 子供の可能性の、もっともありえないようなことがおこることがあるのか? と聞きたかったのです。
 こんな知的障害の子に、必死でトレーニングする意味があるのか、と暗に聞きたかったのかもしれませんね。

 でも、今なら言えますよ。あり、です。算数障害のげんちゃんが、数学者になる、ということは、ちょっと考えにくいけど、絵と同じ理由をつければ、ありうるってことになります。」

注 げんちゃんは、絵を描くために、何年も訓練させた歴史があります。この絵は、ほんとに意識をしっかり入れていることを感じます。
・・・・・・・・・・・・・・

 私は、ほんとこの一週間、あれこれ思いつつ、もんもんと、行きつ戻りつのげんちゃんを見つめていました。ぼ~っと雨だれを見つめているみたいに・・・
 だから、ブログもなんとなく、書けなくて・・・・

そう思っていたら、今日になって、げんちゃんが、うれしそうに絵を持ってきました。国語の時間に、詩を読んで書いたようです。
親指の向きは変ですが、確かに、彼の絵は、変化してきたのかもです。S先生の言葉を借りれば、自分の意思をもって、自分を表現できてきたのかもしれませんね。

そろそろ、動くかな~。


by glow-gen | 2018-06-28 02:07 | Comments(13)

本人のモチベーションが上がると、意識レベルが上がる

  げんちゃんは、意識を深い扉の後ろにしまいこもうとしていましたが、前のステージにもどってしまったわけではないことを確認しました。

それは、
 「ねえ、今日体操服洗う?」
体育があった日、げんちゃんの持ち帰った体操服を見て聞きました。
すると、げんちゃんは、

「明日、体育がないんだったら洗って。でも明日体育があるんなら洗わない。」
と答えたのです。

私は、お~~!と感動の声をあげてしまいました。発達障害児にとって、こういう発言こそは、きらきら光る宝石のようです。

「現在」というものしか、存在しないかのごとく、意識が広がっていない、と思ってがっかりしてましたが、やはり、彼の意識には奥行きや幅が、生まれつつあるようです。

さて、次に、かばんの中を見てみたら、プリント類は、とりあえずファイルの中にまとめてあって、その中に、期末試験の範囲表がはいっていました。
それとともに、テスト勉強の計画がたてられるように、スケジュール用紙があります。

なんと、それに、げんちゃんの字で書いてあるではありませんか。

曜日の下の枠に、教科書P5~41 次の日の同じわくに、ワークP1~7、などなど・・・・・表の3分の1くらい、どこをやるか、範囲表から拾って書いてありました。

どう考えてもやれそうにない計画で、わかって書いているか不明ではありますが、もっともらしい学習予定が書き込んであることがすごいことです。・・・・ 


「これ、げんちゃんが自分で書いたの?」
「うん、そうだよ。」
げんちゃんは、すまして言います。ほんとかな~・・・

昨日まで、「テスト?? はあ、それで?」
 という感じだったげんちゃんが、学校で、テストのオリエンテーションがあったとたん、テストがあるから、用意しなけりゃいけない。
そんな態度になっているのです。できるできないは、別として・・・

そして、また次に、自主学習ノートを見てびっくり。
げんちゃんは、前日は最悪の状態だったので、3分の1ページ、白紙で学校に行ったのです。
でも、なんと、そこに、漢字が書き込んでありますよ~。びっくり!
聞くと、朝、学校でやったんだとか。 びっくりしました。私は、何一つ言ってません。


トリプルでびっくりした一日でした。おそるべき意識の力です。あれだけ、ぼ~っとして、何も把握していないようなげんちゃんと思っていたけれど、彼の内部では、意識が出たり入ったり、揺れ動いていたのでしょうね。
意識を出すことができれば、方向性も少しついてきているし、どこに出すべきかも、少しは把握できるようになってきているのでしょうかね~。

その日、野球からもどって、時間がおしていることを伝えたら、げんちゃんは、さっさと机につきました。
う~ん。テストモードになってるかも・・・

「一人でできるの?」

と私。
先日、私に対して、すごくふてぶてしかったので、私は、わざとらしく、突き放して聞きました。
「いや、できない、手伝って下さい。」(お~お~・・・かわいいこと。毎日がこうだと、ほんとストレスないんだけどね~)

その言葉には、先日のなめた態度の謝罪が、もりこまれていた様子です。

まあ、それからは、あと3時間くらい、時間がほしい! と思いました。普通の子を教えるような、ストレスの少なさ。(この日、数学がやれなかったのも一因だったと思う)


げんちゃんが寝入って、考えてみました。げんちゃんの今の状態について。

どうもげんちゃんは、マイナスとプラスの大きな振りの中で、もがいているようです。

意識が、完全に、自己を制御できていないげんちゃんは、”自我、わがまま、感覚、感情”・・・・・そういう意識よりも低次のものに、自分が振り回されて、意識がどっか行っちゃうんだろうな、と。

 
でも、”やりたくない”、というマイナスが、げんちゃんを振り回していたのに、こんどは、学校での刺激が、今度はぱっと、プラスにチェンジさせた。

心を動かす、ということの重要性がよくわかります。
残念ながら、このプラスが持続するとは思いませんが、モチベーションさえあれば、げんちゃんのプラスが出やすいということは、ほんとによくわかりました。

最初の定期試験(中間はありませんでした。)どうなることでしょうね~。
 

by glow-gen | 2018-05-31 20:09 | Comments(5)



中学1年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
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中学1年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学1年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて7年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
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