げんちゃんの発達障害プロジェクト

学習姿勢が良くなってきた。方向性をつかんできたのか・・・

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これは理科ですが、社会のノートは、しっかりとってきています。理科は、実験などが入るのか、社会ほどしっかりとってないな~、と思っていたけれど、先週は、汚い字ながら、よくとっています。授業中の集中も、少し上がってきてるのかな?そういえば、6年生の時、その日の目当て、というとこだけ写してあとは、ぼっとしていることも多かったです。写すようになったといっても、まだまだ、という感じでした。


 中間テストの総合評価が来ました。1年生全員の平均点や、度数分布などが書かれたのを持ち帰ります。
見てみると、社会と英語の平均点は、59点で、げんちゃんの58点は、ほぼ真ん中あたりになることがわかりました。これは、テストを人並みに受けることさえ、難しかったようなげんちゃんには大きな進歩だったようです。

 よく見ると、社会や数学は、30点以下の子が50人以上いて驚きました。(総勢250人くらいいます。)普通の子でも、中学校の学習は、親が見てやるか、塾など家庭でのサポートがないと、落ちこぼれるリスクが大ありだとわかります。テストは、げんちゃんのテストでもあるけれど、まるで私のテストみたいですから、げんちゃんは、まわりの立派な下駄で快挙を遂げています。度数分布最下位の区分から、一つ上になりました。

「げんちゃん、何点だった?」
週一かかわってくださる、ユリ先生が聞いても、
「え~っと、・・・」と、正確な数字が言えません。テストに対して、普通の子より、意識がまだまだ低いのと、数字自体を覚えられないことによるとふんでいます。

 久しぶりに勉強を見てもらったら、2週間前と全く違っていたそうです。小学校の簡単な算数の復習問題ですが、げんちゃんは、意欲的に取り組んだそうです。テスト結果の考察も、ここでもまたやっていただいて、各教科の反省を書かせてもらいました。”数学は、これではいけない。とか、理科は、計算のところができなかった。”とか、昔はまったくできなかった具体的な反省が多少はできていたようです。
 そして、とんちんかんにしても、質問が出てくる。自分で考えようとしているのがびんびんに伝わる。とユリ先生がうれしそうにおっしゃいました。

”I like math.”なんて、なんで突然言い出したのか・・・・・たぶん、意識が表に出てくるようになって、初めて数学で 腑に落ちる、という体験をしたんでしょうね。わかれば、楽しい。今までの霧がかかっていたのが晴れてきたように感じているのかもしれません。算数障害の子に教える苦労から、多少は超算数の苦手な落ちこぼれ君に教えるくらいの手応えになってきています。
(Sさんいわく、「わかる、ということは、頭じゃないんだよ。心でするんです。」附におちるということは、心の働きなんだそうです。)

 げんちゃんは、すぐに公式を覚えるようなやり方に突入するので、できるだけ、どんな問題も、図に起こさせて、イメージを貼り付けるようにしながら教えます。まだまだ、自分一人で、正解をたくさん出すほどわかっていませんが、眠り姫が起きてきて、今の世界のことを一つ一つ学んでいく過程をたどっているようです。

 英語や漢字も中学の暗記内容は大量です。時間がないから、とりあえず、単語だけ、漢字だけ取り出して何度も書かせてましたが、彼の頭につながりをつけるために、そういうやりかたよりも、もっと全体を見せながらの練習がいいな~と思い、変えてみることにしました。

 英語であれば、私が教科書を見ながら、ある時は、単語だけ、ある時は、新出単語が入った本文の一文だけ書かせる。わからなければ、教科書のその部分を見せる。見たときに、切り離された単語だけが目に入ってくるのではなく、その単語が使われたページ、まわりの文、挿絵・・・そういうものが、なんとなく、構造化されて頭に入る。実際自分が学習するときも、そっちの方が覚えやすいかな、と思います。ある程度、そういうことを続けて、そこそこ書けるようになったら、単語帳などでピックアップしたものだけを、一気に出力させていきます。

こういうやりかたが良いと思うけれど、1学期はできなかったのです。文章やったり、単語やったりするたびに、一つ一つがつまずいて、説明を膨大に要したのです。ある程度、機械的に、シンプルにしてやって、上からシャワーのようにあびせかけるやり方の方が、あの頃はあっていたのです。と、いうか、それしかできなかった。

 また、国語も、時間はかかりますが、最初は、本文をこっちで読みながら、新出漢字を拾って、書かせる。本人に音読させてもいいけれど、ちょっとそれだと疲れるので、こっちで早読み。何度か、それをやって、その後、英語と同じように漢字だけ抽出したものを反復出力させる。

 これも、以前できなかったのは、時間がかかりすぎたからです。

 こうやってみると、げんちゃんの学習姿勢がほんとにかわってきていることがわかります。スピードも1学期よりアップしているし、理解しようとする態度も出てきているので、時間はもっともっとほしいのですが、学校をオミットしてホームスクールをする、というのも、どうなのか迷います。
 なぜなら、それなりに、学校の学習も、国語数学は、支援でマンツーなので、家でやるのとかわらないし、それ以外の教科も、前よりも吸収できるようになっていると感じるからです。

 げんちゃんは、意識が出てきて、感情と意識の区別がよくわからず、とにかく、感情に引っ張られやすく、それでも時々、意識が良い方向にも持って行こうとするときもある。・・・・その二つのはざまで混乱しまくっていたようです。上に行こうか(意識がしっかり自分を冷静に導く)下に行こうか(感情に引っ張られる)が、こきざみに出てきて、方向が定まらず、不安定な中でもがいていたのだと、Sさんは解説しました。
それがやっと、上の方向に行くんだな、と、少し見えてきたのでしょう。確かに、私への反抗も、いらついて、自我爆発というどうしようもないものから、思春期特有の、私から自立したい、という感触のものへと、少しはかわってきています。

 しかし、朝、リビングから右の部屋に行って、顔を洗い、次は、左の部屋に行って、洋服を取り、また右の部屋に行って、靴下をとる・・・行動が合理的にぜんぜん組み立てられないげんちゃんであることは、なかなかかわりません。目的意識をつかむ、ということは、まだまだ今からだし、それに対する、合理的な行動ということも、ほんと今からです。でも、とりあえず、また進化したようですから、これを積み重ねていく他はありません。

しかし、今回の変化は、階段の大きな踊り場に着地したような感じがあります。
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# by glow-gen | 2018-10-15 12:06 | 思春期 | Comments(3)

帰りの教室に行きました。「来ないでいいよ。」

昨日は、学校が終わるくらいの時間に、迎えもかねて、教室を見に行きました。

 帰りの会が始まる前のざわざわした時間、今では、二人担任制になったげんちゃんの教室で、新たに加わったちょっと体育会系の男の先生もいました。

げんちゃんは、教室からすっと出て行って、隣の教室に行って、先生に話しかけました。
「あのう、明日の4組の理科は何を用意したらいいですか~。」

 廊下から中の先生に向かって声をかけます。迷いのない、的確な質問。でも、ざわざわしていて、中の先生にはなかなか聞こえません。何度か、声を出して、やっと先生が答えました。内容は聞き取れなかったけれど、げんちゃんは、一礼して、教室に戻りました。すると、一人の男の子が来て、げんちゃんとなにやら話しています。おもむろに、その子は、後ろの黒板に向かって歩き出し、明日の日課のところに理科の内容を書き始めました。

 げんちゃんは、2学期からは、理科担当になったようですが、どうも、まともに、その仕事をこなしているようです。さっきはなしていたのは、他の理科係だったようです。やりとりも無難にこなしたようです。

ふ~ん、成長してるじゃん・・・だって、1学期は、美術委員で、みんなに声かけられながら、あわてて、聞きに行くと聞いていました。

まあ、隣のクラス担任が理科、という好条件も手伝ってうまくできているのかもしれないけれど。

「あれ、お母さん、なんで来てるの?」
げんちゃんは、私の顔を見るなり顔をしかめます。
「雨ふってきそうだったし、迎えに来たのよ。」
「え?降らないよ。来なくていいから!」

 初めて、いっちょまえの中学生のように、うざそうな顔をされました。これも成長なんでしょ。どうも、最近、できることも増えているかわりに、自分はできる。あるいは、まわりからできていると認められたい、というような意識も強くなっているようです。それとともに、以前のステージからあった生意気さも、やや形をかえて進化形になっているようです。
あいかわらず、私にとってはいらつく・・・

手伝ってもらわないと、人並みにできないくせに、自分でできているような気になるげんちゃん。


 もっと色んなことが自分でこなせるならば、私もほっときたい、と思うけれどそうもいかないので困ります。ある程度自分でやらせて、失敗から学び、これではいけない、とか、考えなくちゃ、とかいうきっかけを作りたい私です。次のステージに乗せたい!

私は担任の先生に言いました。

「最近、けっこう伸びていて、色々自分でやらせたいと思ってるんですよ。宿題だって、今までは、ぜんぶこっちがお膳立てしてましたからね。少し、自主性を重んじて、ほったらかす部分を作っていこうと思うんです。
それで、宿題をはじめ、やってないという事態が出てくると思います。でも、そういう時は、今までのように目こぼししないで、ペナルティーを与えて下さい。他のお子さんと差をつけず、指導してもらうと助かります。」

先生は、了解です、と言って下さいました。げんちゃんの普通クラスでの感触も、それなりに進化しているようで、先生も、そろそろそういう対応でいいんじゃないか、と思われているのかもしれません。

教室崩壊クラスも、体育会系の副担任がいっしょに入ったおかげで、そこそこ普通になってきたようです。

 帰りの会は、前に出ている係の言うことをしっかり聞いていないと、忘れ物につながります。そのあたりは、いまひとつ。
でも、日課表を意識的に書いてくるようになっているような気はします。しかも、今までは、日課の単元だけだったのが、その下の大事な詳細も、たまに書いて写してくる。なんか、微妙だけど、ちょっと前に訪問した時とは何かがかわっているようです。

 終わると、いっせいに文化祭のコーラス練習が始まりました。
げんちゃんも、しっかり仲間にはいってがんばっていました。げんちゃんは、普通クラスで気を抜いている、と感じていたけれど、なんか、そうでもないのかしら? と思えるクラス見学でした。

 さらに、その日は野球教室。少し見に行きました。先週とは違って、けっこう気合い入っています。おまけに、出塁して、盗塁をねらってます。当然まわりを見ている感じ。盗塁は成功です。
お~~。
終わって、
「げんちゃん、盗塁すごいじゃん!」
と私が言うと?
「え?とうるいって何?」
「え~。知らんのかい!」

私は、期待したり、落とされたりの日々です。でも、なんか先週と違うげんちゃんに感じました。進化してるのかしら・・・・
 

# by glow-gen | 2018-10-11 18:39 | 思春期 | Comments(4)

発達障害、好きなことだけをさせる。溝ではなく峰を伸ばす・・・・という誤解。

 げんちゃんのたどった様子を見ていて、私は、昔から疑問に思っていたことに、私なりのちょっとした回答を得ました。

それは、げんちゃんが、発達障害とわかった時、まわりからもよく言われたことです。

「へ~・・・でも、そういう子は、何かしら天才的な物を持っていて、何か一つのことに秀でていたりするんだよね。」

たぶん、発達ママたちは、一度くらいはそう言われたことがあるのではないでしょうか。

私は、まわりからの慰めとも思われるそういう言葉かけにちょっと戸惑いました。
だって、げんちゃんには、何一つ特徴的なすぐれた兆候は、なかったからです。

「絵が上手だったりするんでしょ。」

と言われたこともありましたが、残念ながら、げんちゃんは三角さえ描けませんでした。絵が下手なのではなく、描けないのです。もちろん、リズムも、音もとれませんから、手拍子さえできません。
音楽の才どころか、正常な聴覚さえあるのか疑わしいようなありさまでした。良いところといえば、おとなしく、にこにこしていたことでしょうか。それも、今となっては異常の現れだったようですが。おばあちゃんによると、絵本の読み聞かせも興味を示さなかったらしいですし。

さかな君が発達障害かどうかは知りませんが、彼は、小さなころから、際立って、他の子とは偏った興味を示し、お母さんは、それを、良しとして、どんどん応援して、すぐれた魚研究者になりました。ほかにも、そういう例はたくさんあって、溝を持ち上げるより、峰を伸ばすんだ、ということが示唆されていました。


 しかし、わが子を見ると、峰さえよくわからないし、たとえ低い峰があったとしても、それだけやらせていたら、何かとんでもないことになりそうな恐ろしさを感じました。

 結局私は、ひたすら、溝になっている能力を上げ、峰とはいえ低い能力も、おこたらず伸ばす。・・・・伸ばそうにも、つかめもしない項目も数限りなかったので、とりあえず、なんとかつまめるところを、必死でつまみあげてきた。その繰り返しを、毎日毎日あきもせず、あきらめもせず、積み重ねてきただけの育児でした。

 げんちゃんと、さかな君のような、それだけをさせてあげても、なんとかなる、という、尖った峰をもつお子さんと、どこが違うのかな、と、ずっと思っていました。峰ばかりどんどんやらせていくことで、大きなアドバンテージが生まれる子と、わが子のように、それだけやらせていたら、恐ろしいことになりそうな子の違い。

げんちゃんも、ある時期から、たとえば、電車に興味を持ったり、工作で、箱の一部を少し切っただけの同じデザインの、単純な駐車場とやらを、ずっと作り続けていた時期がありました。それなりに、彼の興味の偏りに従って、そればかり熱中するものがありました。しかし、そういう現象が出現しても、これだけやらせていてはだめ・・・と、私は直感的に感じていました。


 さかな君のようなはまり方とげんちゃんの違いはどこなのか。私は、かつて、ずっと疑問に思っていたのです。

げんちゃんが、何かにはまっているとき、それは、意識が抜けた自分の世界観に浸っていたのです。くるくるとらせんを書いて、らせん階段を上っていくのではなく、同じところをくるくる堂々巡りしているのです。彼が駐車場作りにはまっているときは、ひたすら、箱の同じ場所を数カ所カットして、線を同じ場所に引いて終わりです。どんなに誘導しても、それしかしません。同じループから出ることはないのです。

 しかし、さかな君たちに代表される行動はというと、最初は、タコにはじまりましたが、それを極めると、今度は、ほかの魚、やがて、現物を見てみたい、という興味にうつって、それはもう、次から次にらせん階段を上るように、進化していきました。彼の中には、明確な興味のターゲットがあり、行動も、そのターゲットに向けて、しっかりとした根拠があります。

そう、げんちゃんと彼の違い。
さかな君のような興味行動は、成長していって、より高いところ、または、広がったところにつながっていっていますが、げんちゃんの興味の先は、一点にとどまっていて、彼をある意味、安定した空虚な世界に閉じ込めているものだったのです。


私は、そのころ言葉では説明できませんでしたが、さかな君のママのようなことを、この子にしていたら、きっと恐ろしいことになる、と直感していたので、いつも、その世界から、引っ張り出して、他の物を見せようと躍起になりました。

でも、それは正しかったのです。その時彼は、自分の世界観の中にだけ存在していて、つながりを何にも持っていなかったのですから。そこで、とどまらせれば、彼の意識は、封じ込められていたでしょう。


 今回、げんちゃんはクラッシックに興味を示しました。でも、今回は少し違った。前々回のブログにしたためたように、彼のクラッシックへの働きかけは、風変わりだったけれど、それなりにパターンを変えてきました。目的意識が時々的外れになってしまったけれど、少し修正してやると、また、次の広がりにつながっていく感がありました。今でも、ほっとくと、同じループに陥りそうになりますが、言葉かけや、こちらの操作で、なんとか、らせんを上りそうな気配を感じます。

さかな君ほどのパンチはないものの、まあぼんやりと、多少は、自分の興味を自分で追及し、広げて高めていく、芽のようなものがかすかに見えた。


つまり、げんちゃんには、まったく峰がなかったわけではなく、その峰が出てくるまで、基本的な能力が、あまりにどれもこれも低かった、ということなのではないか、と思いました。もちろんIQだって、最初は、とても低かったし、聞く、見る、感じる、・・・人間の基本的な要素が、すべて胎児のように未熟だった。彼には、正しい入力も不可能だったし、ましてや、出力など、遠い夢。

 そんな闇の世界では、彼が神様にもらった、宝の箱の場所さえ、あるのかさえもわからないのは当然なんでしょう。

しかし、ある程度、すべての能力が満ちてきて、意識が解放されていくと、闇は照らされ、どの発達障害のお子さんにも与えられている、宝の箱の存在が、少し月明かりに照らされるように見え隠れした。そんな感じなのかもしれません。

 さかな君的な子は、ある程度、他の能力も初めからそなわり、一つのことを通して、苦手なことさえ、少しずつ押し上げる力がある。しかし、げんちゃんは、すべての能力が低すぎて、自力では、そういう行動はできなかった。でも、ある程度のとこまで持って行ってやると、さかな君のような、光った部分が開き出す。そういうことなのかもしれません。

げんちゃんに音楽の才能があるとか、そういうことはよくわからないし、世間で通用するような何かがあるのか、それは不明ですが、発達障害だからこその、宝の箱をやはりもっているような気がします。

私とげんちゃんは、そこに向かって旅をしているのかな。もっともっと探し、求め、努力を重ね、神に問い続け、絶対に神の箱を開けてみたいな~、と願います。

 

# by glow-gen | 2018-10-06 17:25 | Comments(11)



中学1年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
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中学1年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学1年生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやりました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて7年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
 6年になって、不思議なセラピストのS先生に出会い、発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。中学は、地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けています。ホームスクールは中学からは中止しています。
IQは80台に改善

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