げんちゃんの発達障害プロジェクト

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発達障害の改善のさせかた、その原則がわかった。・・・・と感じた今日この頃

 わずかですが、げんちゃんの意識の覚醒は始まってきたようです。フィンランド式カルタ・・・マインドマップを描きながら、げんちゃんの意識のほこ先を、自由に広げるようになって、日に日に、なんとなく、手触りがかわってきているような・・・まあ、わずかですけど・・・

 じゃあ、だからといって、もっと早くに、こういうトライをするべきだった、とは思いません。だって、フィンランド式マインドマップのノウハウを学んだ時、私は、素晴らしい! と思ったけれど、げんちゃんには、ほとんど響かず、時期尚早、とお蔵入りさせたのですものね。やっとできる時期がきたという話なのだと思います。

 じゃあ、なぜ、その時響かなかったのか。・・・・

意識を発動させるためには、認知能力がいる、という話だと思います。つまり、こういうたとえをしてみましょう。

その子が、寒い屋外にいたとして、体は寒いと反応はしているけれど、だから、服を着たいとか、家に入りたいとか、普通なら自然におこる心の働き-意識につながっていかない。意識を動かそうにも、外からの刺激に対し、途中の伝達系が誤作動している。そういうことなのだと思います。
 
 体感覚、ボディーイメージが付きにくいこの子たちは、正確に感じ取る能力が低く、感じていても、しっかり認識できない状態があります。自分が、どうしたいのか、どうすべきなのか、という、次の段階にいくためには、しっかり正しく感じる必要があります。現状から正しく感じ取れるから、段取りなり次の段階に行ける、という言い方をしてもいいかもです。感覚統合なんていうトレーニングは、そもそも、そういうことの改善のためにあるようで、正しく外の刺激が伝わってこそ、意識が発動してくるのだと思います。

 だから、昔マインドマップなんて、げんちゃんに見せても、ま~ったくその頃、豚に真珠だったんでしょ。もちろん、言葉の意味もあやふやだったでしょうし、こっちの言うことも理解できてなかったし。

 その折々で、できる限りのことをやってきて、や~っと、意識が大事、なんてことを、今具体的にトライすることができ始めた。そういうことなのだと理解しているげんままです。

 ですから、”まずは、体”、と、私があくせくしていたのも、あとから考えれば、理にかなっていたのだと思います。そして、こういう体の機能アップは、げんちゃん本人にしてみたら、自分がどう感じるか、どうすべきか、なんていう意識の足場になるためのステップだったのでしょう。現実が正しく認知されてはじめて、意識は動くのであって、正しい実感のない現実からは、意識を動かすすべがないというわけなんでしょうね。

 そう考えると、発達障害とは、「意識障害」 なんだよ。と、にべもなく言ってのけるセラピストの彼の意見は、あたらずとも遠からずと言えるかもしれません。


 発達育児というのは、まずは、体を作り、5感が正しく機能し、(5感だけではなく、固有覚や、平衡感覚など、多岐にわたると思いますが)、それによって現実への実感をつけることが、最優先課題なのかもしれません。その土台の上に、意識開発が可能となるのでしょう。げんちゃんは、今やっとそこに来たというわけです。

ちょっと抽象的でわかりにくい文章になってしまいましたが、ayuminさんのコメントが、私の書いたことを具体的に説明してくれているように思います。ayuminさん、すみません貼り付けます。


ayuminさんのコメントから抜粋 (全部は 意識がひろがっていかない、という二つ前の記事のコメント欄にお書きになってます。)

 意識にリアリティー(実感)が必要というのもわかります。前にも書きましたが、高校時代は勉強は頑張りましたが(といっても偏差値の低い女子高で普通だっただけです)、自分にはリアリティーのようなものがたりない、と思いました。それで大学は自分を変えるためにワンダーフォーゲル部に入ることにしました。そこで私はやっと、暑いときには服を脱ぐとか、雨が降りそうなら雨具を着る、もしくはリュックサックの一番とりやすいところに雨具を移動しておくとかそういう段取りがわかるようになりました。そして、自分が20㎏以上の荷物を背負って、8時間くらいは山道を歩ける人間になったとき、初めて自分に自信が持てました。登山はおすすめです。ちなみにうちの息子は今日は雨ですが、「傘をさしなさい」というまで雨の中でぬぼーっとしています。やっぱり問題山積みです。

ayuminさんの自信が持てた、というのが、すなわち、しっかり自分の意識を手にした、ということではないでしょうか。

また、意識トレーニングは、発達の初期の頃はぜんぜんできないか、というと、そうでもなくて、声掛けを工夫すると、思考を広げるのに役立つようです。それは、ロボママさんのこの記事が役に立ちますよ~。

理性に働きかける・・・とは、意識に働かきかける、と言い換えていいと思います。質問形式の声掛けは、意識を広げるための後押しです。


by glow-gen | 2017-10-28 23:39 | 発達障害改善プログラム | Trackback | Comments(19)

格闘! 自分から逃げるな、と言いたい!

 

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 げんちゃんと対峙していると、どうしようもなく、腹が立つときがしょっちゅうです。土曜日は、仕事で勉強を教える暇がないので、今日は、お姉ちゃんの親友がげんちゃんの家庭教師をしてくれました。

 大学生なので、そうたいしたことはできないだろうな、と思っていたけれど、K先生が 
「比例反比例、けっこうわかっていますよ。消しゴム使って、必死で教えました。何度も・・・」
とおっしゃるので、今日は、彼女に、反比例を教えていただくように、教材を揃えました。

 来週反比例のテストがあるので、なんとか、良い点がとれて、げんちゃんの自信につながるといいな、と思ったげんママです。

ところが、案の定、終わって彼女に聞いてみると、「ぜんぜんわからない、」と、ぼ~っとしていたそうでした。

 ほんとに、うんざりです。げんちゃんの態度が目に見えるようです。5年の秋ごろでも、約数、倍数、など、教えることに躊躇するほど、難儀していたげんちゃんだったのに、彼は、そこから飛躍的に算数がわかるようになってます。もちろん、人並みとは、言えませんが、20までの加減だけで、何年もかかってきて、どんな教え方をしても、不毛な砂漠のような算数地獄が、多少は、湿り気を帯びてきた程度にはなっています。

 
でも、げんちゃんは、大学生の先生を前に、フリーズして、心を動かさない。それは、手に取るようにわかります。

家に帰って、もう一度その問題をやらせてみました。

” 170センチの輪になったヒモがあります。正x角形を作ると、一辺がyセンチになります。xとyの関係を式に書きなさい”、という問題でした。

げんちゃんは、いつものように、ぱっと読むと、何も考えず、xとyを適当な意味不明の式に当てはめて終わりました。彼は、図を描くわけでも、問題に線を引くわけでもなく、なんか下に書いてあるヒントになる表のあいたところに、好きなように処理した数字も書きました。もちろん、全部バツ・・・・

 「絵を描いてごらんって言ったでしょ。・・・それに、問題文に線もひいてないよね。」

げんちゃんは、ふてぶてしく、
「別にいい!」
と言って、私の言うことを無視します。
「うるさい! あーもういいから。静かにして!」

あくまでも、算数に対して、どんなに私が、いろんな方法を研究して教えようが、どんなにこっちが努力しようが、上司が、部下の血肉をそそいで作った書類を、まるで一蹴するかのように、げんちゃんは、偉そうに踏みつぶしてくるのです。

どこがわからないのか質問するわけでもなく、とにかく、わからん、と言ってしまえば、それ以上考えなくてすむ、という思考です。ほんとに卑怯です。

K先生もこの部分に手をやいています。わからない、と言っている方のげんちゃんが、常に偉そうで、教えている私やK先生は、まるで、部下のようなありさまです。

何様のつもりなんじゃ! 私が、絵を描くように言って、さらに、説明しだすと、
「あ~。もうぜんぜんわからん!」

と、ふてぶてしく、切り捨てます。げんちゃんは、問題をやってやってる・・・もしくは、お母さんがうるさいから、とりあえず取り組んでる・・・そういう気持ちなんでしょう。

さすがに、切れました。

「甘ったれんな! 。いつも誰かがやってくれる、自分は、いつも、自分から逃げて、いつも誰かのせいにして、そんなことしてるから、何もかわらないでしょ。(げんちゃんは、最後は、何かのせいにする。)
あんたは、いつも支援クラスで、普通クラスの子にはついていけないでしょ。
現実をちゃんと見なさいよ。目をそらすな! 自分の現実に向き合いなさい! ずっと自分のやりかたを変えなければ、出てくる結果は同じだよ。どんなにチャンスを与えても、自分がそれをつかまないんだったら、あんたは今のまんまだよ。」

ほんとに、自分のやり方、自分の考え方、げんちゃんは、絶対に手放さず、ポーズだけがんばっているつもりでいます。でもそれは、何も結果には反映されない。私は、それがほんとに口惜しい。しばらくすると、げんちゃんはまた、布団に逃げ込もうとします。うまいこと、寝る時間になった・・・脳は、そういうことだけは、狡猾に動く。

「僕は、今日疲れているんだ。」
とかぬかす。
「あんたが疲れてるだって! あたしは、仕事して、あんたを教えて、それから、あんたが寝たら、1時2時まで仕事するんだよ。馬鹿言うな。やれよ。自分が変わりたいんだったら、やれ!」

私は、げんちゃんをひきずりだしてきて、有無を言わさずさせました。
こうやって、逃げることだけ、覚えていくなんてありえない!

げんちゃんは、あきらめて、問題を読み、言われるように図におこしました。サポートはしたけど、ちゃんとできる。そして、げんちゃんは、すっと何かつきものが落ちたみたいに、そこから先は、やってのけました。そう、彼は、できるところに来ているのです。でも、やろうとしないし、自分と向き合うこともさけます。逃げて、逃げて、人のせいにして、現実から目を背ける。

現実は、ここにしたためたものの数倍激しい戦いです。私は、げんちゃんの狡猾な手法に負けるわけにはいきません。どんなこと言ったって、ちゃんと向きあわせます。
私は、それほど、本気なんだ!

終わってから、げんちゃんといっしょにカルタを作りました。
真ん中に算数と書きました。

私も、いっしょに、書きました。私だって、傷ついているんだ!

げんちゃんは、数字の砂漠、とか、面白くなさそう・・・とか、限りなく負の感情をぶつけます。私は、図を描かない、とか、甘え、とか、思い込み、とか、げんちゃんの算数に対して感じることを書きます。

ありったけ書くと、

「で、げんちゃん。ちゃんと図を描いたら書けたわけだよね! できたわけだよね。じゃあ、それからのことを、今度は赤で、この図に入れてみて。」

そういうと、赤で、いくつかの負の感情をバツで消しました。図を描いたらわかった、と、納得したようです。そのあと、ふてぶてしく寝たものの、私もげんちゃんも、どっかすっきりしてました。

カルタ、使えます。

いい加減大人になれよ、と思います。

 
 


by glow-gen | 2017-10-22 01:16 | 算数の学習障害 | Trackback | Comments(28)

思考を広げていくための、フィンランド式カルタ

 
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  朝起きれないので、時計、というお題で、カルタにしてみました。ぞう、とか12ある・・・とか、汚くて読めませんが、それなりに、出てくることは出てくるげんちゃんです。

発達障害とは、脳と意識の乖離じゃないか・・・と気づいて、私はずいぶん納得がいきました。今までのげんちゃんの行動も、ほとんどそのことで説明がつくような気がします。

 時間のこと。
 土曜日は、朝仕事に行く途中げんちゃんを英語に送ります。ばたばたしているのでいつもぎりぎりです。げんちゃんは、睡眠が浅いのか、なかなか起きれません。今日は、のんびりはできないけど、遅刻ペースでもないような時間の進み方で朝が始まりました。

「げんちゃん、今何時?」
「え~っと、7時50分」
「何時に出かけたらいいのかな?」
「え~っと、8時15分」
「これは、時間がたっぷりあるの? それとも、時間がないの?」
「え~~っと・・・急がなければならない。」(いまいちわかっていない、考えたこともないのだろう。あと何分ある、とかいうことは、彼には、決して当たり前のことではない様子。時計読むことから、難しかったので、仕方ないと言えば仕方ない・・・)
げんちゃんは、チャレンジタッチに無意識に向かって、ゲームを始めていました。
「時間がないって、いうことは?」
と私、
「あ~あ~・・・急ぐ。」
と言いながら、げんちゃんは、段取りがすぱっと組めないようで、とりあえず、チャレンジはやめたけど、ぼ~っとしています。
「裸足だけど、・・」
「あ~・・・靴下・・・」

毎回、いらいらします。でも、こうやって投げかけてみると、彼は、「急ぎなさい!」という声掛けでは、いまいち動けないのがわかります。今、何時で、あと何分あって、それは、用意をするにはちょっと足りないかもしれない。だから、急いて、水筒を満たし、靴下をはき、お稽古バックを持ってきて、中を確認する。

こういう、当然の流れが、時間と対比しながらこなせないのです。やれやれ、6年にもなって・・・・
彼の意識は、時計というものと、行動というもの、それらをつなげたことがない。
何時からおけいこごとがある、というのはわかります。でも、それは、何時という一時点での把握で、きわめてぶつ切りな広がりのないものです。

朝の忙しい現場では、そうそうゆっくり声掛けはできないので、関係のないときに、こういうトレーニングをする必要があるのです。

真ん中に丸を書いて、「土曜日の朝」 と書き込みます。そこから、いくつもの線をひいて、そこから関連するものを書き出させます。
何時に行く、とか、どれだけの時間がかかる、とか、そこから広げられるものを、考えつく限り丸で囲んで伸ばしていきます。

フィンランドではこれを カルタ と言うらしい。

そして、あらゆる思いつくものを書き出したら、

「げんちゃん、今日、朝、どうだった? 」
「だめだった・・・」
「なんで?」
「〇✖▽・・・・・・・(なんかまとまりのないことを言ってます。)」
「そうだね、出かけるまで上手に段取りできなかったよね。じゃあ、来週は、どういう風にやればいいかな?」

まあ、こういうやり取りをしながら、広がったカルタの中から、最もコアになるものを抽出させ、5W1H を意識させた簡潔な文章におこさせます。


なんせ、げんちゃんは、朝、ばたばたして、なんか遅れそう、というので、ママに叱られる・・・そういう思考の広がりしかないわけで、時計、あとどれくらい、自分は何をし残しているのか、自分のやりたいことは何か、やりたいことをやる時間はあるのか、今日の道中での天気はどうか、車の込み具合はどうか・・・

広げようと思えばどれだけでも広がる思考の、ほんの最初の部分でさえ足を踏み込んでいない状態なのです。
 広げれば、すべて、できるはずだ、と、私は、確信します。このことに気づいたおかげで、漠然とした戦いではなく、発達障害はクリアできる、と確信するにいたりました。

昨日は、こんなこともありました。K先生のとこに行かず、テレビを見たい、と思ったげんちゃんは、めずらしくK先生のところに大幅遅刻、行っても、まったくやる気なしの一日でした。

家に帰ってきて、私は、紙の真ん中に「遅刻」と書きました。

「げんちゃん、また、ここからひらめくこと書いてみて。」

そう言うと、げんちゃんは、
「テレビ、塾、宿題・・・・・」けっこうたくさんのことを書きました。しかし、K先生のことがありませんでした。

「ねえ、げんちゃん、自分のことばかりだね。」

と言うと、げんちゃんははっとしたように
「迷惑」
と書きました。広げてやれば、広がる思考なのだ、と思います。

この樹形図、マインドマップ、とか、カルタ、とか言われる図は、発達障害の子にとってもいいです。

こういう手法は、フィンランドで繰り広げられている教育に見られるもので、ノートだって、箇条書きではなく、こういう形態で書くそうです。

早くから、こういう訓練をすることで、発達障害の子供たちの意識が、広がるようになる、と私は信じます。

発達の子に限らず、男の子は、女の子より、情報処理が広がりにくい面があります。こういう学習法、指導法は、応用できるシーンは、多岐にわたるんだろうな、と思います。職場で、トラブルに面した時に、とんでもない方向に対処するスタッフとかも、結局、発想の広がりがないんだと思います。職場訓練にだって応用できると思いました。

ただね~・・・・・ヤツの私に対する横柄な態度は、私に、冷静にカルタづくりをさせない面があって、ノウハウはあっても、なかなか、上手にはできにくい、という問題があるんですけどね~・・・親って、ほんとにむつかしいと思う。

しかたないので、手法を、K先生にも伝授してやってもらうようにしました。カルタ的声かけ、図に書くこと・・・げんちゃんにも、なぜそういうことをするのか、ということを、しっかり伝えて、訓練をするときでさえ、意識をもってやってもらうことで、早く、新しい境地を開いてもらいたい、と思うげんママです。発達育児、佳境に入ってきた気分です。

ファイト!

興味のある方は、フィンランド式教育関係の本をちょっと見るといいかもしれません。

フィンランド式、ですべてやる、ということではないけれど、昔学んでいたことが、今、ここで、私の発達育児にぴたっとフィットしました。
 げんちゃんは、もう、以前とは、まったく違うステージにいるのだと思います。



 

by glow-gen | 2017-10-21 16:15 | 時間 | Trackback | Comments(2)

言葉が広がっていかない。発達障害とは、意識と脳の、乖離じゃなかろうか・・・

  意識について、セラピストの彼に、色々教えていただいて、色んな気づきをしているこの頃です。彼の言うことは、すごいな~と思うけど、なかなか消化しきれないで、言葉におこすにいたらないのですが、時間がたって、以前言われていたことが、そういうことなのか~、となんとなくつかめてきます。

こういうたとえはどうでしょう。 
職場で、新人スタッフが、先輩の業務を何十回も見てたとします。でも、ある日、先輩とかわって、その仕事をやらせると、まったくできません。

「今まで、あなたは、何を見てたの?」

と、先輩に叱られます。さて、次に、彼女は、また先輩の業務を見学します。さて、どうだったでしょう。今度は、まったく違った意識で、その仕事を見るでしょう。
そして、何十回も補助についていたのに、私は、今まで何を見ていたのかしら? と彼女は思うほど、そこからたくさんの情報をものにすることができます。

 げんちゃんの日常は、まさに、新人スタッフの最初の見学と同様、見ていても、まったくそこから情報をとれていないのと同じなのだと思います。
そこで繰り広げられていることから、何の広がりも生まれず、自分の頭の中に、しっかりと整理されることもありません。ただぼんやりと、わずかな印象が残っているだけです。

 、また、こういうたとえもありかもしれません。私は、鍵を無意識にいつもの所におきます。いつもの所なので、何の感慨もなく行動してます。ある日、私は、鍵をおく前にトイレに入ってしまい、ついそこの棚のところにおいてしまいました。さあ、出かける時になって、鍵がない、と大騒動です。

 同じ行動をしても、そこに意識が入っていないと、結果はさんざんなことになるのです。

 今日は、そのことをはっきり目の当たりにする事件が起きました。

 げんちゃんは、昼からまた、K先生の所に勉強を教えてもらいに行きましたが、その後、すぐに、もどってきました。先生から電話がかかり、
「げんちゃん、午前中に、寒いと言ってたので、長袖の服に着替えてくるように、一度帰しました。」

ということでした。

 今日は、K先生のところが終わると、おばあちゃんの所に行って、ご飯を食べます。
私は、げんちゃんに、
「今寒いの?」
と聞きました。げんちゃんは、走ってきたようで、
「ぜんぜん寒くない。今は暑いよ。」

と言うので、
「じゃあ、長袖持っていって、寒くなったら着替えたら? ついでに、もう一枚、おばあちゃんのとこに行くときに、持っていって。」

と、2枚のTシャツをわたしました。

さて、この後、彼は、どんな行動をしたと思いますか?


 そうです! 驚くことに、K先生のとこより、ずっと遠くにあるおばあちゃんのとこに、直行したのです。そして、そこで、長袖に着替えてK先生の所に行きました。

もちろん、私は、K先生のところが終わってからの段取りを言ってます。
「持って行って。」

というところだけが、彼の頭に入り、そこから何の検証もされることなく、広がることもなく行動したのです。K先生と二人で唖然としました。

 確かに、昔はそうでした。いちいち、すべての段階を言葉にして伝えないと、とんでもないことがしょっちゅうおこりました。だから、ばかばかしいくらい、行間を徹底して言い添えていました。最初からいちいち何度もシュミレーションしたりね・・・

しかし、未だに、こんなことがおこるなんて・・・

 そうです。彼は、「ちょっと考えれば」・・・という意識の働きが作動しないのです。広がらないのです。持っていって、と言えば、単に”持って行って” なのでしょう。
  やれやれ。ヤツといると、ほんとストレスフルな毎日です!

以前、テレビで、大人の発達障害の方が、
「植木に水を適当にやっていて。」
って言われたら、床にあふれても、やっていた。”適当”・・・がわからなかった。これも、広がらない思考なんだと思います。

 普通は、水を・・・と言われたら、鉢の大きさを考えるだろうし、土の乾き具合、気の利いた人なら、かつて、雑誌で見た観葉植物の記事を思い出すかもしれません。そして、ついでに少し窓際によせとこ、なんて気を利かせる人もいるかもしれません。

これが、植木じゃなくて、お客様への営業ならば、ある人は、お客様がご満悦になるくらい、気の利いた配慮につなげるかもしれません。

これが、広がり、というものです。

さっきの新人見学なら、体験したあとの見学は、自分の体験とどんどんつながって、広がっていく。


 さて、私のげんちゃんは、と言うと、広げられない!
 広げるための意識の働きが弱く、つなげて、広げるためには、どの引き出しを開けるのか、ぜんぜんわからないのでしょう。
 でも、「すでに、ちょっと考えればわかる・・・」、というところにげんちゃんは来ていると思いたいげんママです。その意識を働かせるだけで、ぐんと広がるはずではないのか。

話しもどって、げんちゃんに、問い詰めます。(つい問い詰めるんだよね~・・・いらいらするんで。ここが私の課題・・・)

「ねえ、げんちゃん、おばあちゃんの所に、今先に行く必要はあったの?」
「え~っと。・・・なかっ・・た・・・?  でも、行けって言われたから。」
「ほう・・・行けって言われて、変だと思わなかった?」
「・・・・」
「今からげんちゃんは、何をする予定だったのかしら?」
「K先生の所・・・」
「だよね。」
「K先生のところが終わったらどこに行くんだったの?」
「おばあちゃんのところ・・・・・あ、そうか~。」

げんちゃんの意識に、限りなく働きかけて、ゆりおこす。絶対に、最初から模範回答は言わない・・

「どうするんだっけ。」「何をしようとしてたの?」「何か忘れてないかな?」「次は、何をするのかな?」

「じゃあさあ、今日の反省を言ってみてくれない。」
「うん。今日は~・・・えっと~、K先生の所が終わって、おばあちゃんの所に行ったらよかった。」
「ねえ、もうちょっとふくらませて言ってみて。いつどこで、誰が、何を・・・?」
「今日は~。TシャツをK先生の所に、・・・」

てな感じで、めちゃくちゃ時間取るけど、思考を広げるための諮問を続けます・・・根気勝負ですね。


 げんちゃんは、確かに、意識の働きが動き出しているけど、ほんとに、まだまださまよっています。私が鍵を紛失してしまうときの、脳の動かし方と同じ脳の動かし方に慣れてしまって、新たな脳の使い方へ移行するには、すごいエネルギーなんでしょうね~。

 もしかしたら、発達障害とは、脳と意識の乖離状態なのかもな~・・・と、思い始めました。
今、げんまま、壮絶とも言える、広げる訓練へ踏み出しています。これこそが、核となるものじゃないか!


ps
ayuminさんが、植木鉢に水をやる話について、すごくわかりやすい解説をしてくださったので、貼り付けさせていただきました。ayuminさんありがとう。

 私は医療関係職ですが、植木に水をあげるエピソードから、自分の新人時代を思い出しました。
高熱のある患者さんに、「水まくらをください」と言われて本当に氷枕に水しかいれない状態で持っていってしまったのです。言葉に通りに捉えて、自分が求められていることがわかっていませんでした。
 新人時代はこんな感じで叱られてばかりでした。

 注意されたことや、教えてもらって何か気づきがあればその場で走り書きでメモをして、家に帰ってから清書して、自分独自のマニュアルを作って見返すようにしていました。マニュアルも塵も積もれば山となり、仕事にも少しづつ慣れていきました。先程の植木のエピソードならば、Aの植木ならばコップ一杯と教えてもらってマニュアルに書いた。今度はBの植木を頼まれたので、先輩に「Aの植木はコップ一杯ですが、Bのコップはどれくらい水をあげたらいいですか?」と聞けるようになる。

 Bはコップ2杯と教えてもらいマニュアルに記入。次にCの植木がAとBの中間くらいの大きさなら、やっと1・5杯くらいかな?と想像できるようになる。こうやって成長していく感じです。最初にAの植木はコップ一杯と教えてもらわないと悲惨なことになります。でも仕事をコツコツ続けて経験を積んでいけば、植木の状態をみて必要な量を日々考えられるようになります。
 すみません、なにが言いたいのか、わからない文章になってしまいました。今では自分の中には言葉もあり、思考もしていると思うのですが、人に伝えようとすると言葉や文章にするのにものすごく時間がかかります。外国語を辞書で引きながら翻訳している感じです。

 ayuminさん、すごいです! げんちゃんは、私が、指導してやってみます。広げる訓練・・・





by glow-gen | 2017-10-19 20:14 | 意識のこと | Trackback | Comments(15)

時間の実体感と、時計の把握 

夏休みからこっち、考えてみれば、やっぱり、ぜんぜん違っているげんちゃんでした。

じわ~っと変わってます。よくなった~。ハッピー!ハッピー! なんてことは、絶対ないのだけれど、ありゃ・・・よ~く考えてみれば違ってる。
意識に焦点を当てて、引っ張って来ようとしてきたけど、イルカの直後は、今とは全然違っていたよね。

今では、ランドセルの中をきちんと整理して入れる、とかは普通だし、学校の引き出しの中も、昔より、意識できてました。
「明日の予定は?」
なんてことを、たまに聞いてみたり。・・・ぽつりぽつりと出てくる、ちょっとした兆しは、少しずつ多くなってきてます。でも、だめなものも多すぎて、ストレスフルな毎日は変わりません・・・とほほ・・・
ドラム缶を満たすのに、コップでせっせと水を入れているような感覚で、増えてない?と言われれば、増えてるけど、だから何? みたいな感じが抜けません。

多くの改善しにくいところの中で、時間の感覚は、なかなか普通の子のようになっていきません。時間とは、脳のどの部分を使って把握する、というものではないそうです。未だに、どうやって人間が時間を把握するのか、不明なのだそうです。確かに、多くの動物は時間を人間のように把握しません。
げんちゃんに
「ねえ、今日は、くもんは、何時間行ってたの?」

なんて、聞いても、しどろもどろです。私たち大人は、時間を追いながら暮らしています。起床時間も、就寝時間も意識してるし、覚えています。しかし、げんちゃんは、
「昨日何時に寝た?」
と聞いても、???

彼の意識が、いつもふわふわして、自分の行動さえ、なんとなく、把握できていない状態なのは、この時間への認識の困難さが根底にあると思います。
夏休み頃から、アナログ腕時計をさせて、時間を意識させるようにがんばってますが、なんせ、そもそも、時計というものを、ぜんぜん手中におさめていないげんちゃんは、”遅刻しても、何分遅刻してるからやばい”、とか、”あと、時間までどれだけあるから、余裕ある、とか”、測る物差しをもたないような状態なのです。

 おけいこごとも、遅刻はしょっちゅう、かと思えば、時間より、極端に早く行ったり・・・

とにかく、時計を手中に納めることから、と、やむをえず、2年生の、時計ドリルなどを、合間合間にやっています。なんせ、膨大に学ばねばならないことが多くて、時計だけに、時間をとることもできませんが・・・

 そもそも、多動のお子さんが、すぐにそわそわするのは、時間の感覚が狂っているから・・・という説もあり納得します。たった5分が1時間に感じられれば、そりゃあ、そわそわもするでしょう・・・

 「ねえ、10時30分からだったよね。今50分だよ・・・何分おくれてしまってる?」

こういう問いに、すらすら答えられるようになれば、げんちゃんは、色んなことが同時に進むのではないか、と思いますが、この時間把握は、けっこう大変です。げんちゃんの知的なトラブルは、ほんとに、当初私が考えていたより、相当ひどいものだな、と感じるこの頃です。

つまり、6年生くらいになると、他の子ども達は、こういう基本的なスキルは、当たり前のようにものにしているので、げんちゃんのようなトラブルを持つ子供達と、どんどん差があいて、はるかかなたに行ってしまうように見えるのは、当然のことなのかもしれません。

 それを考えれば、同じ距離をおいて、ついていっているようでもあるげんちゃんは、やはり、かなり進歩していると認識してもいいのかもしれません。まあ、そういうことにしておきましょう。モチベーション維持のために・・・・笑

 さて、ちなみに、今更のような時計の学習ですが、問題集を見ると、50分引く30分・・・20分・・・みたいな発想で教えるものが多いのですが、図形で教えた方がいいと感じてます。
30分は半円形・・・つまり何かい? これは、円のどれだけ? そう、半分だよね。じゃあ、3分の1は?  そう20分・・・扇型だね・・・たまたま扇子が近くにあったから、
「扇子は、20分だぜ、・・・・」

そうそう、扇子いいかも・・・ばっと広げて、これは何分? なんて直感ゲームをします。

 指でもできます、10分の大きさは? 15分は? とか聞きながら、形を再現してもらう。1時間に対して、どれくらいの大きさなのか、を感じ取れれば、20分遅れるってことはどれくらいの遅刻なのか、量感を持って感じ取ることができると思います。
(まあ、これだって、今だからできることで、つい先日まで、”半分”の感覚さえなかったのですから・・・)

 そういう量感のなさ。それが、げんちゃんの根底にいつも流れている、宇宙人的生活を作っているのだ、と、思うこの頃です。

生活の中で、しょっちゅう時間に意識が行くように、声かけも頻繁にしています。ほんとに、げんちゃんに対応するエネルギーは、普通の子の何倍ものものです。

どんどん月日は流れているけれど、老け込んでいる暇もない!

追記
コメント欄で、haruking7さんに、タイムタイマーというのを教えていただきました。
発達障害の子たちのような子のためのタイマーだそうです。
ありがとうございました。






by glow-gen | 2017-10-14 11:01 | 時間 | Trackback | Comments(16)

意識を入れれば、ずいぶんできはじめているのに・・・

げんちゃんの意識の発動は、夏休み前より静かにおこってきていますが、一気に、というわけにもいかないようで、日々、あいかわらず格闘の日々です。

 昨日は、学校がお休みで、朝は先生のところに行って、夕方頃くもんに行く予定になっていました。げんちゃんは、おばあちゃんのところで過ごすというのが、こういう日の暗黙の了解でした。
が、げんちゃんは、くもんから、家に帰って、レンジでチンした昼ご飯を適当に食べて、それから、ず~~っと一人で、快適に家で過ごしていたようです。大好きな、テレビのアニメ録画を何度も見て、ナーフというおもちゃの銃なんかで遊び、何時間もすごし、とうとう、くもんの時間になっても、気付くことができなかったようです。

9時までの教室に、8時になって、ようやくはっとして、あわてて行ったようです。

一日、ただの一度も顔を見せない孫に気をもんで、おばあちゃんはいらいらして待っていた模様。夕ご飯も、何か、適当に出して食べたげんちゃんは、目の前の ”好き勝手する”、ということだけに焦点をあてていたようで、それ以外は、くもんも、おばあちゃんに連絡することもすっこぬけていたようです。

 9時過ぎに私が家に帰る頃まで、それについて、誰も文句を言う人もおらず、本人も、何の罪悪感もなくすごしていたので、私は激怒しました。

8時になるまで、くもんのことを考えなかったなんて、何を考えてるんじゃ! 時間の感覚は、少しはついたと思っていたのに、彼には、時間など何の意味もないことなのでしょうか。

普通の子なら、8時になるまで、遊ぶことしか意識がない、なんてことありえない! 時計を気にしながら生活するものではないのか!

 あいかわらず、目の前のことだけをつなげて生きているげんちゃんにうんざりします。 けっこう意識を入れることができはじめていると思った矢先、こういうことがどかんとおこります。

 先日くもんの先生がおもしろいことを言っていました。

「げんちゃんの算数の計算は、だ~っと正解が続くと、次は、だ~っと間違いが続きます。そして、あるところからだ~っと、また正解になるんです。
げんちゃんの算数は、できない、とかじゃない、別の問題がありますよね。」(できない、とかいう問題も、別にしっかりあるんだけどね。)

 私は、笑ってしまいました。まさに、今のげんちゃんそのものです。意識を入れれば、昔のげんちゃんからすれば、ずいぶん進化を遂げた行動が出てくるのに、入れないと、な~んも考えてない行動になります。

 それから、げんちゃんに、アルファベットを書くという課題をやらせました。5年以上も、ただ行くだけかもしれないけど、英語教室に行っているのに、未だに、アルファベットの大文字小文字ごちゃまぜだし、ぜんぜん書けない。練習させてみると、案の定、ただ手本を見て、頭を空っぽにして写すだけ・・・こんなことしてても、何も頭に入るはずもありません。


意識を入れず、何のためにやるかも考えず、学習というより、ただ言いつけられた作業として、頭を空っぽにしてこなす。人から与えられて、しかたがないからこなす。そこから何も広がらない世界!  しかも、それを指摘すると、ただ反抗するだけ。

お~!いつもの頭真っ白、脳休止状態げんちゃん。おまえはあほか!

私は、情けないやら、あほらしいやらで、思わず手が出ます。

「あんた、そのままでいいの? いつまでたっても、誰かにサポートしてもらって。ぼ~っと口を開けていたら、誰かが、口の中に運んでくれる。頭空っぽ・・・!」

意識を入れてやるだけで、結果が変わる、それがわかっているだけに、口惜しくてたまりません。修羅場が終わって
「あんた、さっきお母さんに言われたことで、自分が思ったこと言って。 反省したことあったら言ってみて。」

とママ。

「・・・・・ちゃんとやる。」
やれやれ、これですよ。具体的にまったく考えることができない。何か指摘されても、それの真意がとれず、ちゃんとやる、とか、ごめんなさい、とか、ただ口先だけでくりかえす。

「あのね、ちゃんとやる、ってどういうことなの? それがわかってないからできないんじゃない? 具体的に言って。実際どうするの?」

「見ないで書く。」

ほんと、頭悪い。
「じゃあ何のために、そうするの? 何を見ないで書くわけ。意味わからんし・・・」

「覚えるため。」
「あ、そう・・・あんた、覚えたいの? 」
「覚えたい。」
「あ、そう、じゃあ聞くけど、どういう自分になりたいの?」

「覚える自分。」

はあ・・・こういうレベルのやりとりをやってます。すらすら、何でも言葉にできる子がうらやましい。
「英語の綴りを、写すだけなら、ぜんぜん覚えないから、お手本を見ないで書くようにする。」

たかが、こういう台詞も、なかなか出てこないげんちゃんです。ママの忍耐・・・普通の子をもっただけのママには、なかなかわからないところだろうな~。広がりをもった思考をするのは、まだまだ経験が少なく、すべてがたどたどしく、今わずかに始まったばかり。そんな感じです。


でも、そういう修羅場で疲れていると、次の日、なんか、ちょっといい感じのげんちゃんも出てきて・・

「今から、ほんとは明日の用意を先にするのがいいんだけど・・・ちょっと、これをやってからしよう!」

なんて、台詞が聞こえてきたりします。確かに、かわってきているのは確かのようです。くもんの計算のように、○、×、○、××・・・そして○○・・・

意識がすべてに入ってきたら、ずいぶん進歩するように思いますが、なかなか、手強い日々です。



by glow-gen | 2017-10-07 18:22 | 意識のこと | Trackback | Comments(47)

教室見学。言葉が理解できない。ついていけない。だけど、学校は好き。

a0184225_00465227.jpg
かぎ編みに挑戦してます。初日、悲惨。二日目、なんとかできました。くさり編ができてきたら細編みでコースターを作らせてみたい。
 女の子みたいなことやれるか~・・・とか言わない幼さがすくいかな・・・

6年になって、初めて、げんちゃんの授業見学に行ってきました。
そして、びっくりしました。ここまでひどいとは思っていなかったふしがあるげんママです。げんちゃんは、クラスの中で、静かにすごしていましたが、授業の内容のほとんどは理解していないようでした。

 彼は、クラスの中で飛び交う、会話、説明。音は耳に入っていても、意味が理解できていないようでした。最初は、算数の時間で、比例をやっていました。かかわりあう、二つの数字の関係性を見つけるわけですが、図もない、絵もない授業、数字だけの表から、クラスメートは、ちゃんと意味を理解し、グループに分かれて、問題を互いに論議しあっていました。
げんちゃんは、もちろん、頭を空っぽにして、ぼ~っとしてます。100パーセントわかっていません! ただ、彼は、まわりに迷惑をかけずに、ちゃんと座っていたし、おとなしく、目立たずぼーっとしてました。

 先生が、「ほかの班の人の回答を見て回って、」というと、周りが離席したのを見て、自分も、歩き回る、ことをはじめました。行動をまねることもできていたということでしょう。

理科の時間もありました。
 ほかの子供たちの発表は、6年ともなると、理論的です。理論的なので、もちろん、げんちゃんは、何もわかりません。自動的に、彼は、聞くこともあきらめ、すべての機能を停止しているように見えました。

 ただ、すごいのは、ノートをとってました。ほかの生徒より、極端に遅いペースでもなく、比較的さっさと、手を目を動かしていました。
 生徒たちのディスカッションに入る前までは、先生が、ゆっくりしゃべって、板書をするので、そのあたりまでは、普通の子に負けないスピードで、ノートを写します。汚い字ですが。先生がわかりやすく話す内容については、半分くらいは体にはいっていきているような感じもあります。その証拠に、「○○という薬品は、金属を溶かすか、自分の予想を書いてください。」と言ったのに対し、
 さっさと、「溶かす」とノートのしたためました。先生対自分・・・なら、以前より、少しは聞き取れているようでもあります。

でも、先生、生徒、、またほかの生徒・・・と、会話のピンポンが飛びかうと、彼の眼は死んだようになり、空を追っているようです。

 中休みに、親切な女の子たちが、げんちゃんが仕上げてなかった提出物を持ってきて、
「ここのとこ、書いてないから書いて、」
とげんちゃんの前におきました。家庭科の反省を書く用紙、「感想」 というとこが白紙になっていました。
げんちゃんは、頭をかきながら、一生懸命書こうとしますが、なかなか出てこず、私や女の子が手伝います。なるほど、毎回のように、授業中に文を書き込んで仕上げる、このような用紙を、半分くらい白紙で持ち帰りますが、なかなか、論理的に文におこすことが難しく、自分の感想なんてのも、言葉にできないようです。

 つまり、げんちゃんは、自分の状態や、気持ち、内容の要約などを言葉にできないようです。

 そして、よく見ていると、女の子に話しかけられても、相手にわかるように話すこともできません。我が家では、みんなげんちゃんの生活全般をよく知っているので、主語が少しくらいなかろうが、内容はわかることが多いです。しかし、ここでは、相手にわかるように話さなければ、通じません。

 相手の女の子は、
「支援の子だから、しかたないか・・・」とばかりに、少し困ったような顔をしたけれど、なんということなく、げんちゃんに合わせてやっています。

げんちゃんは、プリントを書き込むと、手伝ってくれた女の子たちには、目もくれず、それを提出しに行ってしまいました。周りに気を使ったり、ということも、ないようです。

げんちゃんは、クラスで、みんなに温かいサポートを受けながら、すごしているだけで、グレーゾーンでも普通でもなんでもない、ただサポートのいる支援クラスの子、なのだと理解しました。

やれやれ・・・ウィスクの結果は、ほんとに現実的なんだな、と思いました。

体育の時間になると、一番自然で、げんちゃんは、高跳びの棒を、友達が飛んで落とすたびに、ちゃんともどす係になって、しっかりやってました。けなげに、一生懸命、クラスメートのお手伝いするのが自分の役目とばかりに、楽しそうでした。お手伝いや、こういうお仕事は、げんちゃんは、よく率先してやるのかな、と思います。うれしそうです。

おうちに帰って、
「げんちゃん、算数は、支援で受けたら。よくわかるよ。」
と言いましたが、
「いやだ!」
と頑として拒否しました。はたで見てると、普通クラスの時間の半分は、身になってないな、と思えるのですが、げんちゃんは、普通クラスが楽しい、と思っているようです。

私は、その日一日のことを振り返り、あることを強烈に感じました。

げんちゃんは、ごく単純な会話以外は、あまり理解できていない。そして、自分も、何かを伝えるために、相手にわかるように話すこともむつかしい。ということでした。

算数ができないとか以前に、彼は、ほんとに、言葉を理解していない、と思いました。


 言葉のプログラムの必要性を、強烈に感じたので、 
家に帰って、本を音読させながら、ブロックごとに、意味を理解できてるか、ちょっとした質問をしてみました。
するとどうでしょ。

「主人公の○○ちゃんは、何年生?」
「6年生。」
「じゃあ、げんちゃんとこの主人公は同級生だね。」

と私が言うと、
「え?違うよ。6年生だよ。」
なんて言ったり、わずか数行の内容さえ、当然知ってるはずの語彙もなく、とんちんかんな取り方をしていたりしました。


 この子の言語能力は、かなり低い、と思いました。算数があまりにひどいので、国語は、良い、と思っていましたが、とんでもない。彼の聞く力、伝える力・・・1~2年生がいいとこ・・・いや、それ以下かもな~。・・・なんてあきれてしまいました。


 学校見学は、いつもがっかりしますが、このたびも例外ではなく、私の彼への教育プログラムの変更を強いられるものでした。

言葉の力をまずあげなければ、げんちゃんは、いつも霧の中にいるようなものだと思いました。

 それとともに、やれやれ。中学は、絶対支援クラスありきだと思いました。それとともに、週2日のホームスクールは少ないくらいのものだ、とも思いました。げんママの幻想もあっさり消え、
げんちゃんに個別の教育を、まだまだしっかりほどこす必要がある、と感じ、迷いもなくなりました。

そして、今更ながら、げんちゃんの知的な低さは、かなりのもので、げんちゃんのスタートは、今思うと、私が把握していた以上に、すさまじいものだったのね・・・・この子って、が~っつり、知的障害だったんだね。汗

それでも、まったくわからない速度のテスト、習ったことを思い出して、意味不明ながら、50点くらい取ったりしてます。(簡単な確認テストだから、ほかの子は、90点以上がほとんどです。)
 カエルが10メートルくらいジャンプするに等しいのかもしれませんね。
色んなことがつながってきはじめてはいるけど、決定的な、言葉の力と、それを駆使して考える、理論的な思考にかけている。まだ、勝算はある。淡々とやっていくだけだな、と思います。げんちゃんが、ほんとに賢くなったら、正真正銘、知的障害は治る、と、証明できるな、と思います。取り組む素材としては、不足はない、と、いうことにしましょうか・・・・。汗

 ただ、げんちゃんは、普通クラスが好きで、学校や友達も好きみたいです。まわりのことは、気にせず、マイペースで、居場所を作り、楽しくやっていっていることも、よくわかりました。
人生は短い。私もげんちゃんも、周りなんて気にしてる暇なし。

周りが読めないとも言えますが、この子の長所でもあると思います。


まだまだ、独自路線でいく必要がある、と、感じた学校見学でした。

 

by glow-gen | 2017-09-30 00:50 | 会話力 | Trackback | Comments(26)

WISK Ⅲ検査の結果 はーだるっ、

ウィスク検査の結果を聞いてきました。
驚くことに、進歩してると思っていたげんちゃんの結果は、2年とまったく変わりませんでした。私は、目の前が真っ暗になりました。
ウィスク検査の項目を見ると、

1 言語能力 (言語概念形成、言語による推理力、思考力、言語による習得知識)
2 知覚統合 (非言語による推理力、思考力、空間認知、視覚ー運動協応)
3、注意記憶 (聴覚的ワーキングメモリー 短期記憶 注意 集中)
4、処理スピード (視覚刺激を正確に処理する力、注意動機付け、視覚的短期記憶、書記技能、視覚ー運動協応)

と4つの項目がありました。げんちゃんは、もっとも高かったのは、言語能力と、注意記憶で、90台。(100が平均だそうです。)がしかし、そのほかの項目は、60台70台となっていて、平均は、80ちょいで、「普通より下」と明確に書いてありました。やれやれ・・・

 単に点数だけではなく、そこから読み取れる、げんちゃんの特徴や、これからのサポートのポイントなどが、コンパクトに、しかも的確に書いてありました。ほんと、ちょっとのかかわりで、よく、ここまで的確に読めるもんだ、と感心するほどでした。一見なんとかついて行っていると思いこみたい普通クラスも、みながサポートしてくれて、ホームスクールで、手をかけ、なんとか、紛れているように見えるだけ、というげんちゃんの現実がしっかり記載されていました。

私が、ショックを受けていると、担当の先生は、
「ふつうは、年齢とともに下がるのに、下がってないのは、お母様がしっかりがんばってこられたからなんですね~。」

と、コンサルティングの後に言われました。 そんな風になぐさめられても、
「はあ・・・」
としか、言葉が出ません。

ぼ~っと、頭の中で、いろんなことがめぐってました・・・

知能検査とか、運動会とか、要所要所で・・・ろくな思いしてないな~・・・ 一生懸命がんばってんのに、なんて不憫な子なんだ! とか・・・
もう、ありとあらゆる、負の言葉がじゃんじゃん出てきます。

そして、なんか、私は、ぼ~っと昔のことがよみがえってきました。遠い子供の頃のある一場面。

その昔、全員知能検査を受けていた、我々の子供時代・・・私の担任が、こっそり(結果を、親に発表してなかったみたです。)
私の母に、
「娘さんの知能検査、すごく高かったんです。」

と言ったそうです。こっそり言ったのは、どうもその頃、知能検査をしたものの、結果は親子には、伝えなかったのでしょうね。つまり、結果は、学校側のマル秘事項だったのでしょう。
 母は、先生がこっそり教えてくれたのだ、と、すごくうれしそうに、私にそっと伝えました。そのときの母は、ひそやかに、上機嫌でした。
 そうか~・・・と、私は思いました。なるほど・・・親って、別に自分の手柄でもないのに、子供のできがほかの子よりいいと、なんか、自分の手柄のように感じるんだろうな。

そして、その逆もありで、自分のせいでもなんでもなくても、なんか、自分が悪い評価をされたような気になるわけなのね・・・

どの子も、神様から授けられただけのことで、親の失策でも手柄でもない。

その時の知能検査の結果がいくつなのか、どんなテストなのか、今となれば、よくわかりませんが、その時点で、私は母をすごく喜ばせたことだけは、深く印象に残っています。その後、私は、高校で落ちこぼれ、知能検査って何なの?、と、まったく理解できない勉強を前にして、わなないていました。
・・・そして、自分への勘違いは捨ててしまいました。今では、よくある、古ぼけた過去の栄光になっていて、こういうことでもなければ、思い出しもしない出来事になってしまいました。

今の私は、あの時の母と、対局にいるわな~・・・

ほんと、げんちゃんみたいな子を持つと、どうかすると、卑屈になりやすいのかもしれません~・・・。こういう日は、おもいっきり、おおげさなほど、卑屈になって、そこに浸ることにしましょうか・・・

発達ママに電話して、思いのありったけを、愚痴って・・・吠えて・・確かに、今日診療室で話した6年の女の子と、げんちゃんは、まったく別物でした。

ちょっと、神様、いい加減にしてください! あなたの愛するげんちゃんは、この体たらくです。今後、どういうシナリオをご用意ですか。もう、私はうんざりでございます。イエス様の御名によって、アーメン!

ということで、今立て直し中でございます。あしからず。鼻息ヾ(≧∇≦)

by glow-gen | 2017-09-23 01:46 | 知能検査 | Trackback | Comments(22)

脳を制御し、開発さえする意識の働き

  「意識をすることができるようになると、脳自体をコントロールすることができる。」
と、知り合いのセラピストの先生からお題を頂戴したげんママですが、わかったようなわからないような気持ちで、日々けっこうもんもんと過ごしていました。

ところが、今日、仕事していて、ふと、こんなことを考えました。

 例えば、脳こうそくで、同じ場所に同じような麻痺をおこしてしまった患者さんが、二人いるとします。一人は、病気だからしかたがないと、ぼちぼちリハビリしながら暮らしています。もう一人は、元気な頃を思い出して、もう一度、あの頃にもどりたい! と強い意志を持って、また、医者がなんと言おうと戻れると信じて、一生懸命、独自に考え、研究したハビリプログラムを、夜も日もおしんでこなし続けました。

さて、5年後、どちらの人がもとの生活に近いところへ、もどっていったでしょう。

そう、答えは簡単。なおると信じて、死に物狂いでリハビリした人でしょう。

この人が治った勝因は二つあります。一つは、彼は、治ると信じていたこと。もう一つは、心が行動をかえ、リハビリに必死にとりくんだことでしょう。

このことは、一般には、意識ではなく、意志と呼ばれる類のものかもしれません。でも、心が、脳を改善したわかりやすい例だといえるでしょう。人の脳は、自らの意志で作り変えることができるのです。

 そうか~。脳が、心の支配を受ける、というようなことを、彼が盛んに言っていたのは、こういうことかもしれない。

 ある日のげんちゃんを観察していました。最近では、げんちゃんの、ゼロに近い時間の感覚を改善していくためのトレーニングをやっています。寝るまでは何時間あるのか。その間に何と何をしないといけないのか。そのために、どういう時間配分で、何からやる・・・みたいなことを、少しずつ考えさせるように誘導しています。(まったく、彼は、それについてはゼロベースです。とほほ)
 その中で、たとえば、明日の理科に備えて、ちょっと家で予習した方がいいね、ということになったとします。時間は、ほとんどありません。チャレンジタッチでちょっとだけ予習することにしました。げんちゃんは、チャレンジタッチに手をのばします。そして、開いたとたん、タブレットが、今日のおすすめ学習を表示したとします。そのとたん、げんちゃんは、理科をやる、とい意識がぶっとんで、タッチが誘導した国語をやろうとしました。(チャレンジタッチは、発達障害のお供、とさえ言いたいくらい、必須アイテムです。)
 理科をやる、と、ひらいたその時までは、彼の意志ははっきりしていたのに、次の瞬間ふわっと、意識が飛んでしまいました。意識と脳の支配関係が逆転した瞬間です。

「あれ、君は何をしようと考えたのかな?」

意識を取り戻すための声掛けをします。げんちゃんは、しばらく、フリーズしましたが、あ・・・とつぶやいて、急いで理科に変えます。声掛けをしなければ、げんちゃんは、ふわふわと、地上から足が離れるようにして、意識の伴わない、目の前のことに吸い付けられて、飛んで行ったままだったでしょう。

脳こうそくの一人の患者さんが、なんとなく、リハビリをさせられているようなありさまに似ているように思います。

脳の上位に意識が来る、というのはこういうことなのかもしれません。


 げんちゃんたちのような子に、いつもつきまとう、このふらふら~っとした意識のない行動は、脳が制御されることを嫌って、好き勝手に発動しているような状態なのかもしれません。


 このふわふわした感じは、もう一つの場合にもおこります。彼が「ただいま~」と言って、帰ってきたとします。
なかなか顔が見えないので、
「いまどこ?」
と聞いたとします。げんちゃんは、答えます。
「家・・」

この時、げんちゃんは、玄関に入ってもたもたしていたとします。彼は、家に帰ってきたという認識はあるけど、しっかり、玄関にいる、という意識が薄い・・・
「今、家のどこにいるの?」
と聞いてあげます。
「あ、玄関だよ。」
と、げんちゃんは、玄関にいる自分をしっかり意識します。げんちゃんがちょっとした声掛けで、本来認識していなかったことに、意識が発動したのです。

もちろん、これはたとえで、げんちゃんの実際のエピソードではありませんが、似たようなことがありますよね。


 ただなんとなく、ふらふらした意識の中で、行動している状態では、行動の制御はむつかしいでしょう。時間の管理も、時間軸の感覚もないので、そのふらふら感はいっそうひどいものになります。

 私たちが、げんちゃんたちにストレスを感じるのは、この制御されていない脳の気まぐれさだったり、暴走状態だったりするのではないでしょうか。


意識とは、脳を制御する心の働きのようです。本来、人の人格とは、脳に支配されているものではなく、脳を支配下に置くものなのです。意識とは、その中枢部の心の働きのことを言うのかもしれません。
 だから、意識を変えていけば、つまり、脳の上位に意識をもっていくことができれば、脳の眠っていた能力を呼び覚ますことができるし、すでにある能力も、スムーズに使える、ってことではないでしょうか。
 IQさえ伸ばすのが可能かもしれない。

案外、難しくないのかもしれない・・・これを、彼に話すと、いいせんいってる・・と言われました。で、具体的な声掛けのこつを教えてもらいました。

 たとえば、夜のスケジュールを段取りするように促しているときに、彼は、日課表をそろえる、と言いながら、好きなことに熱中するばかりです。私は、「ねー。日課表はいいのかな~。」
と言いますが、なかなかです。セラピストの彼いわく、
 そういうときは、日課表をもってきてごらん、、と持ってこさせ、具体的に、明日は何があるのかな~と、時間表を見させて・・・しっかり準備して、気持ちよく授業を受けたいね。
と言うのだそうです。つまり、明日のことが身にせまってくるように、現実味を帯びるように、より具体的なイメージがわくようにもっていくのだそうです。

なるほどな~・・・彼らの制御されてない脳を制御するために、それより上位の意識、あるいは、心によりリアルに働きかけなくてはならないというわけです。彼の意識は、よりリアリティーや必要性を感じて、動き出し、暴走していた脳は、自由自在に整理されたり、覚醒されたりするのだそうです。


 わたしは、何度もくいついて、彼に質問しまくってましたが、なんとなく、わかってきたような気がします。これならできるかもしれない・・・。明るい光が見えてきた気になっています。


しかし、かたや、私は、連休中最悪の気分ですごしていました。なんせ、先日ウィスク検査の報告に行ってきて、げんちゃんのさんざんなIQ結果にぐれていました。笑。またそれは次に書くとしましょう。



 

by glow-gen | 2017-09-20 23:09 | Trackback | Comments(17)

げんママやっとつきぬけたかも。なるようになったところが人生最高の選択!

  前回のブログを書いてからも、ずっと私は迷走していました。まだ、そんなこともできないのかな~・・・みたいな事件もいっぱいおきていたし、げんちゃんの出力状態も、なんか、すさまじくばらついていたのです。

 ある時は、ほう、げんちゃん、こんなに学習に対して理解力が上がっている!
って、驚いたかと思うと、次の日は、え~~、なんでこんなのさえわからないの? というようなことがおこり、ジェットコースターに乗っているように、こっちは混乱したりしてました。

ところが、ここ数日、私もげんちゃんも、なんか、突き抜けました。(とか、現在完了形にしてはいけないかな・・・日々揺れ動く発達育児なもんで。)

げんちゃんの状態は、あいかわらずなのですが、明らかに、意識のもっていきかたがかわっています。

ある日、げんちゃんは、大量に学校でやったテストやプリント類を持ち帰りました。社会のテストは、5年にあともどりしたかのごとく、半分しか書けてません。でも、彼は、そのプリントの山をさして、

「どうして、今日プリント持って帰ったかわかる?」
と言い出しました。きょとんとしていると、
「机の中がいっぱいになって、片付けられないから・・」

と言ったのです。びっくり。  普通の子のママなら、だから何~? とつっこまれるところですが、おわかりになるでしょう!。
整理整頓がだめなこの子たちが「かたづけられないから」なんて言う、宝石のような言葉を口にしたのです。しかも、ただなんとなく、持ち帰ったのではなく、自分の気づきと気持ちを、次の行動に結びつけて、さらに、その一連のことを言葉にしたのです。

意識が働いてきた、と言わずして何と言おう!

まあ、こういうちょっとしたことが、ちらっと、かいまみえたりする今日この頃なのです。


そして、セラピストの彼が、また実にうまいことを言います。

「今はね、げんちゃん、たくさんつめこみすぎて、頭の中が混乱してるんだよ。だから、ちょっと整理させてあげる時期なんだ。整理してあげると、もっと、安定して出力してきますよ。」

ため息! この彼は、ほんとにいつも的確でびっくりしてしまいます。イルカの経験も、それからの彼の振り幅の大きい毎日の生活も、少し上がったと思って、色々教え込んできた学習ライフも、ぐつぐつ沸騰したちゃんこ鍋みたいに、ぐちゃぐちゃになって混じりあっているのが見えるようです!

少しカリキュラムを減らして、整理させてあげればいい・・・

K先生と作戦会議をしました。色々なお習い事、げんちゃんは、いやがらず、楽しいとさえ言って行っているけれど、彼自身、自分の本当のコンディションや気持ちを、的確に把握して言葉や行動に反映できていないのではないか・・・そういう話しもしました。自分が無理してると気付かずにがんばってしまっているのかも・・・まあ、平易に言うとそんなところです。

 でも、普通クラスに行きたい! とがんばっているげんちゃんから、取り上げてしまうプログラムはなかなか見つからず、とりあえず、

 マッサージをたくさんしてあげる。
 睡眠時間を増やす。


ははは、戦略会議をしたわりには、貧弱な結論・・・汗
でも、彼が、ちゃんこ鍋状態だ、ということを、私が深く納得できたので、私の彼への好感度もぐっと上がって、がみがみ言う気持ちが落ち着きました。

 マイナスに振ってるような行動が出ても、
「整理整理・・・・大丈夫大丈夫・・・」

みたいな余裕が生まれ、絶対この次のステージは、飛躍する。そんな期待が胸によぎるようになりました。


くもんの先生と電話で話しました。

「普通の子はね、学校で、とにかく、自分を出さないように、それはそれは訓練されてるんですよね~。くもんでも学習の時は、静かに、おりこうさんに勉強する。日本の学校でよくしつけられたものですよね~。げんちゃんは、そういう、ある意味、日本の学校教育で型にはめることをされていない、まるで、昭和の子、みたいなところが魅力ですね。
彼の周りは、なんか、いつも明るい雰囲気がある・・・自分を受け入れてない子というのも、ちゃんと見ていて、距離をとったりもしてますよ。」

私は、集団の中のげんちゃんについて、あまり評価できるチャンスがありません。でも、くもんの先生の言葉は、げんちゃんの長所を先生なりに表現してくれているのかもしれません。

確かに、学校に合わせる、というのではなく、げんちゃんのオリジナルな教育のために、たまたま、学校も利用させていただいている。

という私のスタンスが、くもんの先生の言うようなげんちゃんに反映しているのかもしれません。とにかく、くもんの先生のげんちゃん評は、今はまだまだサポートもいるけれど、期待値は高い子だよ、ということのようで、うれしい限りです。

そして最後には、先生も私も
「ま~。なんかわかんないけど、なるようになったところが、ベストのとこじゃないんですか~?中学のクラス選びも・・・」

大笑いしながら、そういう話しに落ち着きました。なるようになったところが、人生ベストの選択。いいですね~。くもんの先生、良い先生にあたったものです。それも、げんちゃんの能力なのでしょう。笑












by glow-gen | 2017-09-15 20:43 | 脳への考察 | Trackback | Comments(8)



小学校6年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘の記録。
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小学校6年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと浪人生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやってます。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、今にいたってます。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 昨年5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。発達の改善に取り組みはじめて6年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
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