げんちゃんの発達障害プロジェクト

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親が勉強を教えるむつかしさ。頭が悪い

げんちゃんに勉強を教えるのは、ほんとにストレスフルです。

あ、今日の記事は愚痴です・・・すんません。

 とくに週末は、少しむつかしめの問題が宿題に出るので、私のストレスはほんとにひどいものになります。わが子の頭の悪さを、うんざりするほど目のあたりにするので、つい声を荒げてしまう場面が多いです。なんで、こんなにげんちゃんは、頭が悪いのかな~・・・IQの高いお子さんがほんとうらやましいです~・・・。 

 算数ももちろんひどいですが、国語もひどいものです。簡単な選択問題は、けっこう答えられていますが、いざ記述になるとすごいです。

 まあ、よくある言い回しがまったくできないので、すさまじく、聞いてていらいらする文章になります。というか、文章にならない。たとえば、”何と何の関係はどういうものだ”、なんていうのは、”何の関係”と一つになってしまうし、(関係なんだから、一つじゃありえないでしょ)・・・、”何が多いほど、何はどうなる”・・・”なんていうのは、”何の多いから・・”とか、””ここからわかることは、何々だということです。”なんて言い回しは、そもそも無理。誘導しながら文をつづらせようとしても、言葉は言ってるけど、まったく意味不明で、聞いてる方はいらいらがピークになるようなしまつです。結局、今日は、何した。どうなった。ということの羅列のような稚拙な文章しか書けません。

 ほんと、算数地獄は、時間の多くをなめつくし、国語までも被害甚大になっている、と私はぞっとします。頭が悪いと、ほんとに、すべてにおいて、空回りです。やれやれ。

 意識障害と頭が悪いのは、別ものなんだな、とやっとわかってきた感じです。発達障害って、頭が良いと、アスペルガーみたいになって、頭が悪いとげんちゃんみたいになるのね・・・と、私は最近思うのだけど、中学の学習になったら、どうなるのでしょうね。算数は、ある程度のところで、切り捨てたほうが、彼にとってはいいのかもですね。少なくとも、こんなむつかしめの宿題なんて、やるのは、どうなのかな~と思います。タイムロスがはなはだしいです。

 とにかく、土日は、私がしかたなく教えてますが、ほんとによくないな~と思います。私は、もう、いっさい学習にはかかわらない方がいいように思います。

 頭の悪い子を教えるのは、昔から苦手だったよな~。大学時代、打ってもまったくひびかない中学生の家庭教師をしていたことがあるのですが、ほんとに、熱心さだけが空回りしてました。そのあと、頭の良い子の家庭教師にかわったとたん、すごく楽しかったのを覚えてます。打てば響く、っていいな~、と。今は、たぶんかなり上手になってますが、自分の子は別ですよ。ほんと苦手です。ましてや、最近げんちゃんは伸びたと思っているだけに、ショックが大きいです。ほんとかわいそうになるくらい頭が悪い。やれやれ。とにかく、

 互いに、よくないので、高い英語スクールをやめて、その予算で、土日も誰かにたのみたいな、と思います。中学に向けて、土日をどうにかしなければ・・・

ほんと、ママが教えるのって、限界があるよ。
私は、読書に付き合ったり、お料理させたり、オセロの相手したり、そういうことに特化してやった方がいいと思う。ほんと。
互いのトラウマになりますね~・・・もう絶対私はやらない! 彼が寝た後、ほんと決心しました。やめたやめた・・
でも、K先生のように、彼のメンタルから、甘やかせず、しっかり負荷をかけてくれる先生は、一朝一夕にはできませんよね~。くもんの先生は、いきなり、げんちゃん落ちてしまったし・・・今、彼に必要なレベルとやりかたで、教えて下さるようになるまでは、ほんとに、相当ミーティングを繰り返す必要があります。私が、いらっとせずに、根気よく、げんちゃんを教えられたら、一番いいのかもですが・・・他人は教えられても、息子は無理・・・困ったものです。

ママが主体で、勉強を見てやっている発達ママって、ほんとにすごいと思います。まさに修行です。

ちなみに、Sさんに、聞いてみましえた。
「こういう言い回しのパターンを教え込んだ方がいいのかな~?」

Sさんは、言い回しのパターンを教えていくことより、一つ一つの関係性をわからせていけば、だんだん言い回しもバリエーションが出てきます。と言ってました。やはり、こういうのも、紙の上だけで教えてもだめだということなのかな、・・・でも、彼は、時々は、こういう問題からもやる方がいいよ、と言って、中学受験の問題集を一冊くれました。たくさんの広がりをもたせる、という意味で、今日の宿題のようなものも、いいということのようです。
 ま、しかし、私は無理や~・・・吐きそう・・・

それに、ほんと、もっと読書や作文、時間をとらねば、とあせります。

愚痴記事でした~

by glow-gen | 2018-01-13 22:41 | 障害児の親 | Trackback | Comments(23)

一度できたことが、できなくなる。発達障害の苦しみの理由

 なぜ、自閉症のお子さんをはじめ、発達障害のお子さんの、一生懸命できるようになったことが、しばらくやらなかったりすると、またできなくなっているのでしょう。
この点について、ほんとにすとんと落ちる説明を聞いたので、しっかりしたためておきたいと思います。

5年生の自閉症のママであるチンジンさんと、電話で話していたことに端を発します。

T「どうしてK(息子さん)の、一度できるようになったことが、しばらくすると、またできなくなったりするんだろう。」

G「確かに、発達障害の改善に取り組んでいるママは、この問題に、いつも悩まされるよね。げんちゃんも、たとえば、計算を必死に何か月、いや、何年も取り組んで、まあまあできるようになった、と思って、次の課題にうつって、またもどってやらせてみると、またできなくなってる。衝撃を受けることがしょっちゅうだよね~。

 だから、私は、方法論としては、色塗りにたとえて、一つをしっかり塗って、次に行くのではなく、少し塗って次、また少し塗って次。そして、ある程度を薄く塗ったら、またもどって塗り重ねる、そういうやりかたをするしかない、と、体験から学んではいたんだけどね。

 でも、それはやりかたであって、なぜそうなるのか、というのは、私も、明確に説明できない。
 何でなんだろうね。」

T「Kを見ていると、できなくなる時って、パターンが変わった時なんだよね。」

G「ほう! そうなんだ。
 一つのことができる、というとき、ある段取りの中でできていたり、順序が決まったパターンの中でできていたりするのかもしれないね。できる、ということも、ある条件付だったりするのかもしれないのか。なるほど。確かに、げんちゃんの場合でいえば、計算を教えてできるようになっても、ちょっとパターンをかえるとできないから、そういうことも同じなのかな。」

G「なんか、すごく、操作性の悪さの中で、”できる”が存在しているように感じるね。」

二人で、会話しながら、結局いきづまって、私は、Sさんに聞いてみました。
 すると、彼は、見事に説明してくださいました。

S「できた、と周りが思う能力は、例えると一本の細い塔なんですよ。一本の細い塔が上に上に成長していっているようなものです。高い塔が建ったので、周りは、わーすごーい、高い塔が建った、と思うわけです。できるようになった、と周りは、勘違いするわけです。でも、それは、間違いなんです。

言い方を変えると、今までできたのに、というのは、ある一つのラインで、できたにすぎないのです。ですから、実際は、ものすごくもろいもので、確実ではないんです。すぐに倒れる細い塔なんです。」

G「それは、どういうことですか? 」

S 「普通の子の”出来た”は、もっと太いがっしりした塔なんです。げんちゃんの計算ならば、必死で100マスを教え込んだ、なんとか、とりあえず、20までの計算をプリント学習によって教え込んだ、細い塔。他の子は、20までの数の認識を、あらゆる角度から、たくさんの方向性で入ってる太い塔。そういうことです。」

G「あ、なんとなく、わかるかも・・・」

S 「だから、できなくなっていたら、もう一度、もとの位置にもどって、細い一本のもろい塔ではなく、土台のがっしりとしたいろんな広がりをもった、どっしりした塔にすることが大事でなんです。」

G「”もろい”、というのは、なんとなくよくわかります。では太いものに変える、ってどういうことなのかなあ?」

S「太いものにするってことは、つまり、横の領域を作り、、まわりをもっと工夫するということですよ。もとにもどって、同じ、細い塔の作り方を踏襲(とうしゅう)するのではなく、接点をかえて土台をしっかりするということなんです。」

G「たとえば?」

S「絵を描く、ということで説明してみるとね。右端から描いてみて、とか、この色とこの色だけ使ってとか、枠線を書かずに塗ってみて、とか、あらゆる”描ける”を訓練し、できるようになるってことなんです。あらゆるパターンで描くことができるようになった時、土台がしっかりする。ほんとの”描ける”に近づくんです。」

G「つまり、クレヨンを一つつかんで、左から、きれいな線を描けるから、この子は絵が描ける、と思ってしまってるだけで、実際は、ダイナミックにしっかり塗れなかったり、右からは描けなかったり、例えばですが、本当の描けるではないんですね。」


S「そういうこと。」

G「ほんとの”描ける”、とは、あらゆるパターンの”描ける”、が束になっている、ということですね。そういう観点で言うと、発達障害児の細い塔の”描ける”は、もろくて、すぐに、”描けなく”なっちゃう、ということなんですね。」

S「まあ、そういうことかな。」

なるほどな~・・・すごい! 今までの、私のばらばらとした気づきを、ほんとに、すっきりとした言葉に落としてもらった気分です。

少し難しい説明のようですが、私は、ほんとにすとんと落ちました。彼の言うのは、ほんとに、学会発表ものだ、と思います。
つまり、こうです。

げんちゃんが、20までの計算を、百マスをして、積み木をして、あらゆる方向で教えて、わかるようになった、と思っても、またすぐできなくなってしまう。100マスのスピードも、一定以上上がるどころか、下がってしまう。それは、プリント上で、100マス計算がなんとなくできる、ということに特化してできるようになっただけで、(つまり、細い塔)
 彼の量感覚や、空間認識、ありとあらゆる、計算の下にあるる土台部分ができてなかったりするからなんだということでしょう。普通の子は、数に体験や、感覚や、あらゆる横軸をくっつけて捉えているのに、げんちゃんは、ママが教え込んだある数本の道しかついていない。

数の理解には、数とつながる限りなくたくさんの接点が入り混じって、それをささえているってことなのでしょうね。

だから、私が、算数地獄に、発狂しそうなくらい苦しんできて、あらゆることをやっても、そう簡単には、細い塔は大きくできなかったのでしょう。
「算数を教えて算数ができるようにはならない、」と、私が言ったのも、まさに当たらずとも遠からずなんでしょう。

一本の細い塔のたもとにもどって、今度は、まったく違う切り口と接点で、幾重にも入れていく。そうして、かなりのものが蓄積していったとき、はじめて、塔が太くなり、ふと気付くと、ほんとの”できる”にたどりついている。そういうことなのでしょうね。

 つまり、できなくなった、と思ったことは、もともと、本当にできていなかった、と、受け止めれば、ショックも少ないのかもしれません。次は、どの切り口で入れていくか。次の段階だね。と考えればいい。次の切り口、次の接点・・・と、やっていけば、一番最初より、よりスムーズにいくことがわかる。確かに、経験的に、それは感じてきたことでもあります。

 多くの人は、そこで、あきらめるのかもしれないけど、タフな発達ママは、あきらめず、手をかえ品をかえ、やっていく。

そうして、いくつもの接点が出来て、理解が進むと、その子の世界も広がりが出てきて、意識の世界が動き出す・・・・Sさんの言葉は、いつも含蓄に富みます。


S「そして、できなくなったとき、そのことを、一度シンプルにしてあげるんです。」
G「?? シンプルにね~」

 わかったような、わからないような・・・・でも、げんちゃんの算数でいえば、そこまでもどるの? というところにもどってあげる、ということなのかもしれません。


 できなくなった~・・・と打ちのめされるママ・・・・太い塔にしていきましょう。あきらめず、したたかに・・・






by glow-gen | 2018-01-11 21:00 | できたことができなくなる | Trackback | Comments(17)

心が動くと意識が働く。聞こえていても聞いてない。

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あまりに汚い字だったから、あえて大学ノートを用意したら、意識入って書いた、まともに近い字。これはほめました

とうとう、冬休みが終わりです。げんちゃんは、冬休みに入るときに、まったく宿題を把握せず、メモもなく、宿題がどこかもわかりませんでした。
やれやれ、こういうところを支援してほしいのにな~・・・と思いますが、先生方も忙しいのでしょう。しかたないので、ランドセルに入っていた、冬休みドリル他チェックして、たぶん、これが宿題なんじゃないかな~と、思うところを、コツコツととり組みました。

 宿題をしなければならない、という意識も、こっちがうながさなければ浮かんでこないようで、ま、いつものごとく、こっちがスケジュールを立てて、させるというお決まりのパターンでした。

ほんとに、いつになったら、学校からのデューティーを、把握して、自分から整えていけるのでしょう。意識障害とは、ほんとにやっかいです。

 ある事件がありました。立て続けに3つ、私が激怒することが続きました。

 ある晩、げんちゃんの髪をドライヤーで乾かしてあげようと、居間でおこったできごとです。
私「ドライヤーを使うときはね、エアコンとほかほかカーペットと、ヒーター、いっしょに使うと、電気のブレーカーが落ちるからだめなんだよ。こうやって、ヒーターは消して、ドライヤーを使うんだよ。」

と私はげんちゃんに言って、ヒーターを切りました。
「うん。」
げんちゃんは、返事をしました。そして、私が、げんちゃんの髪を乾かそうとしたその時、げんちゃんは、ヒーターをそばに寄せると、おもむろにスイッチを入れました。


そして、その翌朝のことです。げんちゃんは、一人でいとこの家に遊びに行くことになりました。仕事場まで連れて行って、そこからタクシーに乗せる予定です。
私「今日は、タクシーに乗るから、いつものウエストバックに携帯やカギは入れないよ。お財布入らないから、こっちのバックに全部入れておくからね。今日は、こっちのバックを持っていくんだよ。」
げんちゃんは、また「うん。」
と返事をしました。そして、それから数秒あと、おもむろに、いつものウエストバックをもって、出ていきました。

さらに、でかけた車の中で、その日の段取りを言って、
私「領収書もらっておいてくれる?」
とタクシーの領収書のことを言いました。すると、また、「うん」と返事をしたげんちゃん。さすがに私はあきれて、

私「あんた、何の領収書かわかるわけ?」

げんちゃんは、きょとんとして、何も答えません・
私「何の領収書をもらうのかわからないのに、うん、と返事したわけ? いったい何の領収書だよ!」

げんちゃんは、またしどろもどろのことを言ってました。とにかく、人の話など、ちょっとした雑音にすぎないのでしょう。声だけ通りすぎて、何も意識を動かさない。反射のように、返事だけすることを覚えてしまっています。ただぼ~っと、ひたすらぼ~っと、げんちゃんは認知症の症状と何らかわりがないように感じます。


いとこのおねえちゃんといっしょに宿題をする、というのが、訪問の半分の理由です。前日に、げんちゃんが一人でできそうな、理社のワークブックをもたせて、やり方も指示しました。もしもの時のために、くもんの宿題も入れていましたが、げんちゃんには、くれぐれも、学校の宿題を先にやるように言いました。どっちを先にするべきか、彼に質問すると、自分でも宿題と言ってました。


さて、おねえちゃんところから帰ったげんちゃんは、なんと、学校の宿題はぜんぜんやらずに、くもんのやりやすい宿題だけやっていました。(一部)

もう、ここで、完全私の怒りはピークに達しました。

「おまえ~ いいかげんにしろよ! 意識いれろって言ってんじゃね~か! 」

まあ、ここからは、お見苦しいので書きませんが、私の怒りは、火山の噴火のようでした。
とにかく、久々にすさまじい激怒! げんちゃんが泣こうがわめこうが、怒りの静まりようがありません。

なんせ、げんちゃんが、意識を入れる、ということができ始めたことを、私は察知してますから、その状態で、完全抜いてきているヤツを許すわけにはいきません。なめとんのか!
どれほど、こっちが一生懸命やってるのか、貴様わかってるのか! 


翌日になって、冷ややかな視線をげんちゃんに向けて、K先生がお休みなので、午前中だけ休みをとって、私が勉強を見ました。昨日の余韻もばりばりです。げんちゃんへの視線も冷たいものがあります。
「ちゃんとやれよ! ちゃんとやらないんだったら、私は、見放すからね。」

さて、げんちゃんに算数を教えました。計算用紙に書きなぐったりするげんちゃんに、あえて、大学ノートの計算用紙をあたえ、細い罫線の間に、計算をさせたりしたら、なんと、げんちゃんの字は、意識がピシッと入って、きれいになっています。
「意識入れないさい。考えることを放棄しない! 〇〇××▽▽・・・・・・・・」
いろいろ説明したあとには、すぐに、
「今なんて言ったの? うんうん、返事したって、だまされないからね。言ってごらん!!」
私は、げんちゃんが意識を入れて、人の話を聞くこと要求しました。
私が説明したら、すぐ、自分の言葉で理解できたことを言わせる。すぐしどろもどろになるので、最低限リピートしてやります。意識を抜いて聞いていたら、もう、そこで終わりです。あいかわらずの算数地獄ですが、久々に教えてみると、ずいぶん進歩してます。
 げんちゃんは、昨日の今日で、いい感じの緊張感がみなぎってます。

そして、昼からがすごかった。自分でくもんに行って、くもんでのしあがりも、過去最高(人並というわけではないけど)夜は、一人でおばあちゃんのところからかえって、私が帰る前に、一人でピアノを練習しておく、という課題をこなしていました。しかも、いつもつけっぱなしにする、ピアノの部屋の電気も消していました。くつも、きれいに玄関にそろえていました。
きれいな字、学習への集中、自分で取り組む姿勢・・・まるで別人です。

あ、突き抜けた! そんな感触がした日でした。博多発、東京行の新幹線が、広島あたりから、呉(同県です)に進んだくらいの進歩ですが、進歩したな、と感じた一瞬でした。
意識入れば、違うのがこの子たちです。ほんと


もう一つ、こんなことも気づきます。
親戚のおねえちゃんとこで宿題をしなかった件について、めずらしくパパが
「んじゃあさ~。学校の宿題だけ持たせればよかったやん。」
と、すっとんきょうに私に言いました。その瞬間です。決して、なめらかに、意見を言ったりできない、げんちゃんが、すごく饒舌に言葉を発しました。
「そうだよ~・・・○○おばちゃんも、少し子供の好きなようにさせなさい、って言ったでしょ。」

実家に帰った時、妹が、私を非難した言葉をちゃんと把握していて、げんちゃんは、上手に結びつけてきたのです。(妹は、げんちゃん教育を、いつも全否定してきます。やれやれ)

つまり、興味がない会話は聞かず、耳にふたしているくせに、自分に都合の良い話なら、ぱっと入ってきて理解できる、ということです。会話どうしを結びつけて、的確な自分の意見など言えないと思っているけれど、それは、自分の興味のないことで、意識がびんびんに働く領域に関しては、つながりを見いだせている、と私はふんでいます。少し苦しいけれど、意識のスイッチを入れ続けることができれば、げんちゃんはかわる。私は今、そう思っています。だから、生返事でかためられた、認知症のようなげんちゃんには耐えられない。
意識を持続的に保つのは、並大抵のことではありません。意識のスイッチを入れるには、自分の都合の良いことに、ぱっとスイッチが入った時のように、心がぐいっと動かないといけないんでしょうね。

Sさんは、げんちゃんにこういう声掛けをしているのが、今更のようになるほどと思います。
「げんちゃん、頭で考えない、心で考えるんだよ。」
心を動かせってことなんだろうね。意識の発動には、心が動くことが必要なんでしょうね。なるほど、実態物で問題を再現するときは、確かに心も動きやすいよね。
ほんと毎日が格闘です。








 

by glow-gen | 2018-01-08 01:22 | 意識のこと | Trackback | Comments(25)

今年もありがとうございました。発達育児のノウハウ、私の気づき

 
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げんちゃんたちは、立体を、正面の一面だけしかとらえてなかったりするらしいです。
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この本 算数図鑑(学研) は、算数を立体化して遊べる本です。絵本を読んでやるように、日ごろからふれさせるといいかも。
今年も最後・・・早いですね~。
 Sさんの存在は、今年ほんとに大きかったです。彼のアドバイスは、今までの誰とも違ってました。今まで出会った色んな先生や、発達にたずさわる方々も、皆、すばらしい気づきを与えて下さって、げんちゃんの血となり肉となっていますが、その総仕上げみたいなステージに、Sさんは位置しているのかもしれません。
  
 たぶん、彼は、どんな専門家とも違う知識と経験、そして感覚を持っていて、彼のアドバイスすることをうまく消化できないことはあっても、はずしていると思うことはまったくありませんでした。ただただ、毎回、驚嘆するばかり、といった感じです。

 彼は、小さな頃から、不思議な能力があって、その能力を人のために使う、ということで人生を模索してきた方のようです。医学でもとらえられない人の本質、心や意識、霊、そういう肉体の中に隠れ持っている要素について、しっかり把握されておられて、げんちゃんを全人格的に分析できているので、説得力があるようです。また、愛のある方で、私の育て方を非難されたりすることはまったくなく、たんたんと、アドバイスしてくださるので、ついたよってしまいます。彼のすばらしい分析やアドバイスは、できるだけ、ここにアップして、がんばっているママの参考になったらと思います。

 私自身、きっちり消化しているわけではないので、心もとないところもあって、不完全を、あらかじめ、お詫びしておきます。


 げんちゃんたちは、自分と他人、まわりの環境、自他という部分の境があいまいです。(これは、固有覚と呼ばれる感覚と考えてもいいかもですね。)
 発達障害や自閉症の症状がシビアな子ほど、それが弱いといえます。げんちゃんもしかりです。
 このことを、自分側から言うと、自分とはどういうものか、どう感じるのか、どうしたいのか、という意識もいまいちつかめてない、ということでもあります。つまり、境がわからないから、まわりの輪郭も、自分の輪郭もとらえられない、ということなのです。

 だから、外から自分を客観的に見て判断する、なんてことは遠い夢のような話ですね。

 最近、寒いのに、トレーナー一枚にジャンバーをはおっただけでK先生のところに飛び出していくことがありました。それも、Sさんに言わせたら、自分の熱い寒いの感覚さえ、微妙にしっかりつかんでいないそうです。そういわれたら、

「今日は寒いな~。なんか着るもんないの~?」
なんていう、当たり前の会話は、げんちゃんとの間でなされることはありませんでした。

当然、自分はどうしたいのか? なんてことが議論されるべくもない、ただ漠然と、自分がいる・・・そういう感じでしょうか。

自分を認識するために、自分と他人、自分と物体・・・自分を別の何かに対して、しっかりとらえる必要がある。(輪郭ってやつかな~)
つまり、相手や、物、それらを印象的に認識していくトレーニングが必須です。
水族館、動物園を合宿で使ったのも、そこで見るものは、物体としては、とてもインパクトが強いから、彼の意識に働きやすいのかもしれません。彼は、それらをげんちゃんに見せて、体験させて、その間、ずっと、彼がうまく感じることができるように、質問していったようです。

「動きは?色は? 大きさは?・・・・」

イルカに乗ったのは、まさに、大きなインパクトだったのでしょうか。

ものが自分とぼんやりつながっているような感覚から、しっかり物体や人を切り離す作業でしょうか。


 
また、図形の認識のことも言ってました。

立方体を見て、普通は、奥行きをはじめ、すべての面について意識できますが、彼らは、図の右側のように、表一面でしかとらえられません。あるお子さんは、平面図までは理解したけど、立体になると、とたんに理解できなくなったそうですが、こういう理由によるものかもしれません。

奥行きを感じ取ったり、違う方向からの見方について気づいたり、ということができません。

 だから、実体物をたくさんさわらせ、経験させて、気づかせていきます。算数を、紙の上で、ただの〇を並べて教えるよりも、実体物で教える方がいいのは、とにかく、感じ取る力を補うことに通じます。

 この一方的なとらえかたしかできない問題は、すべてにおよんでいて、ソーシャルでも、なんでも、彼らの世界は、平面であると考えれば、いくらか、発達障害のお子さんの世界が理解できるような気もします。

 私自身、ちょっとわかったようなわからないような・・・という状態なので、あまり伝わらないかもしれませんが、とにかく、彼らの世界を”平面から立体にする。”というのが、最近の私のキーワードでもあります。

平面でおぼえたこと、(すなわち言葉だけとか、数式だけとか・・・)それを、経験につなげ、感覚につなげる、そういうことがトレーニングのポイントなのではないか、と思います。

 平面から立体にうつしていくときは、言葉かけがほんとに大事です。自分の中にある、正方形が、実は立方体だったと気づくためには、橋渡しがいるのです。そっちの方が、つながる(気づく)のが早い。
だから、たとえば、図であれば、
「前から見たらどんな形? 動かしてみて、横から見たら?・・・幅は? 高さは?奥行きは?」
質問攻めのような形になるかもしれませんね。

 図形だったら、こんな本も役にたつかもしれません。いつも、折に触れて、絵本を読んでやるように、問いかけながら、いっしょに見てさわる。

 さて、こうしてみると、私たち母親が、子供が幼児の時に、たくさんふれさせ、声掛けし、体験させようとした、ごくありふれた小さな子の育児、まさに、それそのものではないか、と思います。

 げんちゃんは、6年生になったけど、3歳児の時に母親がするような働きかけを、6年生用にモディファイドしてしてあげればいいんじゃないか、ふと、そんな思いがよぎります。

 あ、そうか~・・・ そうむつかしいことではないよね。

発達育児、3歳児への働きかけを、アレンジしてずっとしてあげればいい・・・
なんか、大みそかに、私は、すごい発見をしました! こう考えれば、案外簡単なのかもしれません。
もちろん、なんでもしてあげるというのではありません。はたらきかけ、という点において、ふれさせ、きづかせ、体験させ、という点で、幼児に対してしてきたことに通じます。 そうか~・・・
 
なんか、大みそかに、天からふってきたような気付き。なんて、大げさでしょうか。
今年もほんとに、皆さま、お世話になりました。来年は、幼児への働きかけ、からピックアップしてげんちゃんにやってみる。
少し距離をおくといいつつ、かかわるときは、3歳児、なんて、矛盾していると思われるかもしれませんが、私の戦略は決まりました。

一年間、お世話になりました。来年も、また愛する子供のため、発達育児を楽しんでいきましょうね~

 

by glow-gen | 2017-12-31 22:10 | 発達障害改善プログラム | Trackback | Comments(12)

意識の芽生えと、意識の方向性。発達障害の本質を改善する

  冬休みに、S先生と、二度目の合宿に行きました。
「もうイルカは必要ない。」
とS先生は言い、長崎のバイオパークに行ったり、ステンドグラス体験をしたりして帰ってきたようです。夏は、とにかく、意識の覚せい、をテーマに行った合宿でしたが、今度は、覚せいされてきた意識の、矛先をしっかりつかむ合宿だ、と先生は言いました。

とにかく、何年も前から知っている彼ですが、この夏から、まかせてみると、何一つ、はずさないたのもしさを感じています。

 もどってきたげんちゃんの変化はまだわかりませんが、勉強を見てくれたK先生は、少し成果現れてますね・・と言ってました。

帰って翌日、くもんの先生にK先生の代打で、勉強を見てもらいました。げんちゃんは、くもんの先生が、ほんとに大好きらしく、普通は見ないような態度になります。先生の顔が受けるんだ、とか言って、始終げらげら笑って、なかなか真顔で集中できません。決して、だめな先生とかではないのですが、げんちゃんは、たがが外れたような感じになるようです。

 さて、次の日、S先生が彼に会って、私に電話をかけてきました。

S「どうしたんですか? げんちゃん、せっかく意識を上げたのに、ひどいことになっている。くもんの先生に見てもらって、あっというまに、意識レベルが落ちている。」

G「昨日、くもんの先生が教えてる時に、職場から電話したら、横でずっとげらげら笑って、先生も困った様子でした。彼女に対して、いつも、変なげんちゃんになるので、相談しようと思ってました。 」

S「大好きな先生が家に来てくれて、げんちゃんは、舞い上がってしまってるんでしょう。それが、ずっと尾をひいている。意識を向上させるような指導をしないと、かえって、げんちゃんは落ちてしまいます。一度上がって落ちていくと、手がつけられなくなるんです。以前のレベルにもどるんならましなんだけど、ひどい状態になってしまうと、負の力が彼をとらえたり、精神疾患につながったりします。将来的なことだけど。
意識入らず、のんびりするんだったら、遊びの時にそうなる方がずっといい。それならしかたがない。しかし、今は、学習時に、そうなってはいけない。」

G「??・・・そうなんですか。あ、たとえば、能力だけは上がっているから、意識が抜けてしまうと、暴走するってことですか?」

S「そうです。感情や本能のところだけ、むき出しになってしまって、コントロールできなくなるんです。」
G「はあ・・・」

S「くもんの先生に、少しやりかたをかえていただくか、彼女に教えていただくのをしばらくひかえてもらった方がいいかもしれません。もう少し、上がった段階ならいいんだけど。」

 確かに、ずっとくもんの先生に対するげんちゃんの態度は気になっていました。くもんの先生は、まず、子どものそのままを受け入れる、というところから始めるんだ、とおっしゃってました。甘くて、子どもになめられるようなタイプではないけれど、げんちゃんの無駄話なども、そこそこ相手にしてやって、げんちゃんの好きな笑いのツボも、わかってやっているようでした。おかげで、げんちゃんは、くもんでは、クラスでは見せない、リラックス感をむき出しにして、友達にも、低学年のようなやんちゃぶりも見せていました。ここは、自分を出す場所、と決めたかのようでした。
 一人でやるのがくもんのスタイルなのに、遅く行くげんちゃんは、最後は、マンツー指導してもらっていたし、良く言えば、心を開いて、先生に本脳的な感情をむき出しにしていたような感じに見えました。

 子ども達には、自分は最後の砦でありたい、と公文の先生はおっしゃっていて、親や教師には壁を作っている子でも、自分にはSOSを出せるようにしてあげたいということを聞きました。しっかり矯めようとしてきた私のやりかたとは、少し違うようにも感じました。発達障害の子に対する認識の違いもありました。
 たとえば、げんちゃんのような子が、一見素直で可愛いように見えても、一度、自分の見方やこだわりに固執してしまうと、ものすごく暴走する危険性をはらみ、そういう条件が重なれば、普通の子より、犯罪などのリスクも大きい、心配をかかえる親の気持ちは、いきすぎなんじゃないかとか。教えるんじゃなく、自分で獲得していかなければ身につかないから、あまり手を出さない、とか。どんな子にも、可能性があるから、矯めるばかりじゃだめ、みたいな感じです。(上手に表現できないけれど) 
 だから、げんちゃんも、そのままで受け入れる、というとこから始める、という気持ちだったのかもしれません。
 もちろん、この考えは間違いではありません。でも、長年のくもんでの成功体験が、そのまま発達の子にあてはまるわけではない、というのも現実です。

 そのままの自分、イコール、意識の入らない低次の脳主体のげんちゃんなので、それを容認してしまうのだと思います。

 げんちゃんも、一生懸命意識を働かせようとするきつい状態より、ずっと楽なので、楽しいに決まっています。
それで、今回のようなことになったのでしょう。

 私は、すぐさま、くもんの先生に電話をして、私が理解できる範囲で話してみました。彼女は、S先生の言うことを、すぐに実感するにはいたらないけれど、確かに、げんちゃんへの指導の方向性に悩んでいたようでした。それで、私の話をもとに、もう一度目標設定をかえてトライしてみたい、とおっしゃってくださいました。

 くもんの先生のもとでのげんちゃんは、低次の脳を主体に動きながら、私たちがひたすら、1つ1つのことを教え込んでいくという、過去のそれと同じだったのでしょう。

 私は、このできごとで、確信するにいたりました。げんちゃんは、確かに1つ上のステージに行ったんだな、と。
意識の入らないげんちゃんの横によりそって、上から、ひたすら教える、という学習のやりかたをするぐらいなら、ドローンをやるとか、オセロをするとか、もっと能動的なことをさせる方がましだ、ということです。ぼ~っとしているげんちゃんの口に、ただひたすら、スプーンでえさを運ぶようなことは、もうやめた方がいいということです。

 げんちゃんの態度がいちいち気に障るので、少し冷ややかに見ていたのですが、そう、彼との距離を、少し離すのがいい、と確信しました。彼の意識は確かに動き始めている。自分で意識をつかむのを、遠目で応援する、という時期で、失敗や体験を通して、自分で捜していくげんちゃんが、これから歩き出すんだな、と思いました。

 「私、ちょっとわかったんですが、もう、昔のように、げんちゃんにかかわるのをやめました。距離おきますわ~。」

と私が言うと、S先生は、それでいい、と言う風に答えました。冬休みの、私の目標点がおぼろげに見えた気がしました。

 そして、うまく言えないけれど、意識障害である発達障害の子たちへの教育の仕方は、療育でよく言われるように、ただ褒める、とか、そのままを受け入れる、とか、そういう耳障りのいいことだけでは不完全であるということです。S先生が言うように、たとえば、褒める時も、
「よくできたね。それだけできるんだから、○○だってできるはずだよ。がんばろうね。」

というような言い方をすることが大事なんでしょう。自分の実像をつかめない子、本能や感情の部分でストレートに動きやすい子、次のこと、広がりをつかむことが難しい子、それゆえに、ただ、そのままを受け入れる、とか、ただ肯定してあげる、というのは、条件付で上手にやらないと、発達障害を治すことはできない。そういうことなのだと思います。


もちろん、げんちゃんが、グレーゾーンにやっとこさ近づいてきたので、こういうことが大切に感じられるわけで、もっと前のステージであれば、ただ、スプーンで口に運ぶこともいたしかたのないことですけどね。

 確かに、悩むことのステージがあがってきていることは確かです。冬休み、どんなげんちゃんが見られるのでしょう。


by glow-gen | 2017-12-30 01:16 | 意識のこと | Trackback | Comments(12)

意識が出てきたから、1年生みたいな口のきき方になってきた。

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(全体にいきづまった感の今日この頃、げんちゃんの意識に働きかけたい! 具体的な体験的学習で心にゆさぶりをかける。そうすることによって、意識が広がりをもつといいな~と思います。これは、もちよりパーティーのため、大量のタマネギのカットをさせてます。まだまだ、包丁を持つ手は、危なっかしいです。)


 げんちゃんは、発達障害の本質を色濃く残しながらも、少しずつではあるけれど、伸びているところもあります。算数以外のテストは、普通に人並みの点をとってくるようになりました。進研ゼミのチャレンジタッチは、げんちゃんにとっての必須のアイテムで、これがなかったら、ホームスクールをしながらの理科社会のテストは苦労したと思われます。
 タブレットで、興味をひくような映像で、授業に出ていない時でも、わかりやすく講義をしてくれるので、楽しく理解することができます。
 ”てこ”は、6年生では、難しい理科の単元ですが、げんちゃんは、95点をとってきました。もちろん、簡単な復習テストではあるけれど、去年私は、
「6年で、てこを習う! こんなのわかるわけない!」
とおののいた記憶があるので、これは、素直に快挙としていいでしょう。

理科社会の高得点が、チャレンジのおかげであることがはっきりとわかるエピソードがあります。
学校でやってる内容と、理科のチャレンジの内容がずれていた今月は、いきなりテストが60点になっていました。げんちゃんは、理科社会が好きらしく、チャレンジの理科社会は、何も言わなくても一人でやっています。チャレンジタッチを4年の終わりから取り入れるまでは、NHKフォースクールのwebサイトから、単元の映像を捜してきて見せたりしてみたけれど、そうコンパクトにほしい映像があるわけでもなく、なかなか授業の穴埋めが難しかったです。

 考えてみれば、げんちゃんの学業が上がりだしたのは、理科社会が火付け役になっています。国語算数は、なかなかだったけれど、理科社会に興味を示して、そこが突破口になって、少しずつ全体が上がり出しました。

 くもんの先生も、こんなことを言ってました。
「くもんの英語、国語、算数。どれか1つでも、しっかり学習姿勢ができてくると、全体が上がり出すんですよね。」

 なるほど、全部が一気に上がるのではなく、その中の何かしらが牽引役になるようです。理科社会が、まず上がり、次は、国語が上がってきたげんちゃんです。
(だから、支援クラスで、国語と算数と、生活訓練しかやらない、なんていうのはナンセンスなんですよ!)

 しかし、残念ながら算数は、まったく気乗りがしないらしく、昔よりはましではあるけれど、行き詰まった感じがとれません。算数の学習障害に加えて、長年のトラウマも手伝って、算数が始まると同時に意識を飛ばしているのが見え見えのげんちゃんです。でもできないので、算数に、時間を多くさくので、ほんとひずみが大になってしまうげんちゃんです。

 そんな算数なので、もう私が教えるのは、ほんとに逆効果で、色々トライしてみたいやり方を研究してますが、げんちゃんの前では空回りします。しかも、げんちゃんは、私が何か言い出すと、
「はいはい、わかったわかった。」
とさもうざそうに言うので、こっちのメンタルも、ほんとにきついです。わかりもしないくせに、わかったような口聞くんじゃないよ! 普通の反抗期なら、ほっといても、ある程度、自分で軌道修正をするでしょうが、げんちゃんは、いらつくレスポンスをするだけで、自分では何も修正できないので、さらにいらつきます。

ここに関して、Sさんが、またなるほど、と思うことを言ってました。

「げんちゃんのは、普通に思春期に来る反抗ではないよ。ちょっと意識が目覚めてきたので、小学生1~2年生の子が言うような口調になってるだけだよね。だから、これが、ほんとの反抗期の状態にもっていかなければね・・・わかってないのに、わかったような気がしてるだけでね・・・」

なるほどね~。確かに、普通の6年生が通る反抗期にしては、おそまつそのものだよね~。

 何しろ、うるさいとか、わかったとか、うざそうに言うけれど、反論してくる内容が、あぜんとする理解のなさ。え?そこまでわかってないんかい、とあきれるばかりです。反論さえできない、ことがほとんどですが・・・

偉そうにするなら、せめて、もう少し理解しろよ。と言いたくなります。

 少し伸びて、また足ふみしてる・・・そんな感触のこのごろです。


by glow-gen | 2017-12-26 00:08 | チャレンジタッチ | Trackback | Comments(17)

片付けられない、やりっぱなし、注意欠陥は意識障害

げんちゃんは、たぶん、意識が少し目覚めたのだと思いますが、彼の行動は、あいかわらず、すさまじい注意欠陥との戦いです。注意欠陥という言葉は、あまり好きではありません。医学の世界でよく見られるように、単純に症状だけ診断名にしたような類で、何の広がりも、すくいもない言い方だと思うからです。

 注意欠陥は、意識障害ゆえにおこるもので、時間軸がとらえられず、目の前の瞬間瞬間だけに意識が向いてしまう現象の結果にすぎません。それとともに、かたずけられない、やりっぱなし、という行動も、しつこいカビのように、ほんとにやっかいです。
 げんちゃんの行く先々で、持ち物や衣服が散乱します。靴もそろえることがなかなかできません。鍵も何度も無くしては、危ういところで出てきたことは、数知れません。

 何度言っても、同じことが繰り返されます。ずっと注意し続けると、たまに、できたりするものの、こっちが気をゆるめれば、また同じようになります。

 宿題も、あいかわらずです。
「今日の宿題はやったの?」
と日曜に聞くと、
「やったよ。」
と言うので?まさか。と思って調べたら、その前の日の宿題と混乱していたこともあります。連絡帳に宿題を書いてきても、ページが書き入れてない、とか、聞いても、どのプリントかわかってない。とか、もう、悲惨としか言いようのないありさまです。

 明日の日課をそろえても、さっきまで必死にやっていた宿題プリントを、平気で入れ忘れていたり、ということも、日常茶飯事です。

 「もう、こいつ、まともじゃね~! 」と絶叫したい日常です。

それから、あいかわらずの算数障害にも手をやいています。先日順列の単元で、20点というひどい点数をとってました。4つのうち2つのものを選ぶのは何通りありますか? とか、赤青黄の並べ方は何通りありますか? といったような問題です。何度か教えたのですが、そもそも意味がわからないようです。
人生で並べ方なんてことを一度も意識したことがないのでしょうね~|。
 計算もあいかわらずひどくて、今日訓練のために、駄菓子屋さんで500円分買う、という実践をやってみましたが、390円に40円をたすと、700円とか意味不明な暗算をしてました。桁どりが混乱するようです。何度か修正させながら買い物をしたら、500円分なのに、1時間近くかかってしまいました。

 こういう部分は、意識障害もあるけれど、本人が、そこに何の価値観も感じていない、ということも原因するんでしょうね。かたづけるの、めんどくさい。計算、やりたくない・・・だから、余計に厄介になる。

 先日は、初めて自分でバスに乗って、福岡市内から、郊外の我が家まで一人で帰らせました。さすがにはじめてだから、私が、バスに乗せてやるところまでやって、あとは、別れました。
そんな計算障害をかかえているので、最も心配なのは、バスに迷惑がかかるほど料金のところで、もたもとすることです。

 なんとか家についたときは、思ったとおり、1000円札をぽんと出したようです。運転手さんが両替しなさい、と言ってくれたようです。ちゃんと、小銭を用意していたのですが、クリアできなかったようです。まあ、でも、彼にとっては緊張する初めてのレッスンでした。

こういう、注意力をフルに働かせないとだめな体験は、意識をゆさぶるのに良いです。私とバスに乗れば、ぼ~っとしていても、なんとかなるけれど、一人なら、できるできないかまわず、とにかく、注意を向けて、頭を働かせる必要があります。

 たぶん、Sさんとの、夏のイルカ合宿も、こういう体験型の2泊3日だったんでしょうね。あえて、親から離し、普段とはまったく別の場所に切り取られて来て、彼の意識は、色んなものをおっかける。意識が目覚めて、いろんなことを意識せざる得ない。

 そして、次は、意識が動き出したら、正しく、認識することをしなくてはなりません。今は、意識は動き出したけど、周りの状況を正確にとらえることはむつかしいし、自分を客観的にとらえることもできていません。そこができれば、まわりのことに広げていける能力につながるのでしょうね。


by glow-gen | 2017-12-18 01:17 | 意識のこと | Trackback | Comments(10)

合宿の快挙。

げんちゃんの英語の発表会の緊張ぶりを、Sさんに話したら、
「それは、すごく進化したね~。いい傾向だ。」
と言われました。と同時に、こんなことも言われました。

 緊張しているというのは、まわりが見えてきたと言えるんだけど、彼の緊張が、普通の人たちの感じてる緊張とまったく同じか、というと、そうでもないかもしれませんね。普通、人前に出て、緊張するというのは、二つの要素があるんだよね。1つは、周りの人が自分をどう思うか、その評価が気になるという面で、もう一つは、ちゃんとできるか心配、という面です。
しかし、げんちゃんの緊張の原因は、自分が自分に持っているセルフイメージや、自分がこだわっている仕上がりに固執している面が強かったりするんだと思うな。イメージしているもの以外受け付けないような感じだね。

だから、正しいバランスのとれた”緊張”に導いてあげないといけない。そして、そこに至れば、次には、そういうものは必要ないのだ、という段階に乗せる必要がある。


 ???
まあ、いつものことだけど、私は、混乱します。げんちゃんは、自分というものを、客観的に外から観察する力に欠けます。そういう力がなくて緊張した、となると、確かに、我々の緊張のしかたとは、違うのかもしれませんね。

 さて、週末は、サッカーの合宿でした。前日の夜の私の帰りがとても遅いので、私は、げんちゃんに電話を入れました。
ママ「げんちゃん、お母さん帰り遅いんだけど、あなた何かしなきゃいけないよね~・・・」
G「合宿でしょ。わかってるよ。用意するんでしょ。・・・え? できるよ。」

 一応、ざっくりやってはいたけど、まだ入ってない物もあって、前日の用意はかかせません。
家に帰ると、げんちゃんなりに、しおりを見ながらやっていました。できは70点くらいでしょうか。

 さて、翌朝になって、私は、もう一度げんちゃんに、
「行く前にチェックした方がいいんじゃない?」
と声をかけます。げんちゃんは、朝の用意を終えると、荷物のところに言って、こう言いました。
「最終確認!」

ほう! 最終確認ですか。あんたから、そんな言葉が出るんだ・・・・ 
それから、げんちゃんは、またおもむろに、しおりを見ながらチェックしています。でも、”今日は、寒そうだから、上着を暖かい物にしよう”、とか、一歩先のつながりは思い至らないようです。とにかく、指定されたものが、なんか、入っていればオーケーといった段階です。
でも、先日の修学旅行の時よりも、またさらに、前進しているようです。

 考えてみれば、ほんとに、合宿がストレスフリーに近づいているママです。合宿は、一事が万事ストレス。ぼ~っとしている子に、一から十まで、手取足取り、すべての段取りを教えて、それでも、うまくいかないことだらけ・・・そういう合宿ライフから、やっと抜け出したげんちゃんです。苦節6年、ほんと長い道のりでした。

いやいや、明日帰るまでは油断ならん・・・と思うママでしたが、果たして、帰りはどうだったかというと、
初めて、げんちゃんは、二日目の練習で、ちゃんと違う服を着て、新しい靴下をはいて、もちろん、下着も、ちゃんと着替えて臨んだのでした。しかも、汚れ物は、ビニールにまとめてる。すごい!
 初の快挙でしょう。小学校卒業前に、かけこみセーフといった感じです。
 自分から広げたり、応用したりすることは、まだできなくても、とりあえず、言われたことを自分なりにこなす、ということはできはじめたようです。

帰りにコーチに色々お話を聞きました。

 げんちゃんは、チームで二番目に足が速い、と言ってました。うそでしょ・・・と思わずにいられません。なんせ、運動会は、いつも、びりです。
他の子がたまたま遅いのでしょうか。まあ、でも、いいや、そういうことにしときましょ。

「小さい子の面倒もよく見てくれるんですよ。」

へ~・・・・そうなの? そういえば、支援の先生が、支援クラスのイベントで、小さい子と二人組になって、ゲームをしたら、げんちゃんは、小さい子に、場面場面でゆずったりしていたらしい。
 
 ずいぶん、普通ぽくなってるげんちゃんのようです。このままどんどんどんどん突き進め~~。と願うばかりです。

反抗期始まって、色々あるけれど、げんちゃんに歌って上げようかな~。どんな時でも、君は神様に愛されている。もちろんママからも


by glow-gen | 2017-12-11 18:53 | Trackback | Comments(10)

げんママのまぼろし・・・

  先日は、げんちゃんの英語の発表会でした。大勢の人たちの前で、英語のリーディングを発表します。
今年は、いつもと違った様相でした。
まず、げんちゃんは、担当の先生に、
「今年は、僕は参加しない。」
と言っていたそうです。今まで、そんなことはなかったのに、なぜ、今年は、絶対参加しない、と言うのでしょう。
聞いてみると、

「あんなに緊張するものはない。僕は出ないよ。」
と言いました。結局出ることになって、ばたばたと、簡単な文章を与えられて、練習を開始しました。

10日前くらいからのスタートだったので、声かけすると、げんちゃんは、自分であせって練習してました。
目の前に発表会がある、でも、練習が不十分・・・こういう条件設定で、げんちゃんは、ちゃんと反応できるんだなあ・・と思いました。当日の直前の行動はおもしろかったです。運転席の私の様子など、まったく目に入らない、と言った感じで、車で会場につくまで、何度も何度も、後ろの席で練習してました。

「あ~、緊張する~。大丈夫かな~。」
と、つぶやいていました。会場に入ってからも、フレーズの書いたプリントを手放さず、ず~っとやってました。

もちろん、4年辺りから、発表会の前は、自分でちょっと復習する様子は見てましたが、今年は、ほんとに、普通の子の行動様式でした。大人のようなスーツとネクタイのいでたちで、ほとんどきょときょとすることもなく、目の前の課題に照準を合わせているげんちゃんは、なんか、普通の子でした。成長したな、と思いました。

ステージ横に呼ばれると、係の先生に、原稿を譜面台に出してほしい、とリクエストしたようで、たいして難しくもないリーディングを、カンニングペーパーを時々チラ見しながらスピーチしました。
「笑顔、ジェスチャー」・・・と、事前に練習したにもかかわらず、固い表情で、棒読みで終わってしまいました。

どう考えても、暗記できてただろうに、と思ったので、
「なぜ、見ながら発表したの? 小さい子でも、ほとんど見てなかったのに。覚えていたでしょうに。」
と私が言うと、

「間違ったらいやだから、おいてもらった。」

と言いました。自閉症の特徴なのか、今まで歩んだ中で、獲得してしまった負の遺産なのか、失敗を過度に恐れるげんちゃんがかいま見えます。
今年は、今までで一番周囲が見れるようになったのでしょうか。前で発表することははずかしくていやだ、とか、緊張するとか、まあ、普通と言えば普通のことが、身に迫って感じられるようになったのでしょうか。
 低学年の頃は、この子は舞台度胸がある、と思っていたのは、単に周りが見えてなかったのかもしれません。あの頃、一度だけ、スマイル賞をとったことがありました。小学生だけど、まるで3~4才児のような有様で、前に出て、なんか、人が見てくれるので、俺が俺が・・・に火がついただけだったのかもしれません。

 成長するにつれ、なんかちょっと人見知りのげんちゃんが見えてきます。でも、くもんでは、げんちゃんは、一人おちゃらけて、友達の笑いをとろうとしているらしく、私は、ちょっといびつなげんちゃんを感じたりしてますが、考えようによっては、TPOに合わせて、自分の出し方を変えられるようになったと言えるのかもしれません。

 げんちゃんが、少しずつ発酵していっているような、そんな気がした一日でした。

 
くもんの先生が、
「げんちゃんって、しゃべってると、まったく普通ですよね。普通だけど、学習障害がある。という感じにしか見えませんね。」

とおっしゃったことがあるのですが、表面的にさらっと見ていると、確かに、遠目にはそういう評価に近づいているのかな、と思います。


しかし、かぎりなく唖然とするエピソードにはことかかないし、学習障害もまだまだ深刻です。それに、なんか、やっぱり、どこか手触りがへんちくりんな所があるげんちゃんです。

発表会で見た、よその小さなお子さんの、なんと気の利いていることか。でも、げんちゃんは、ほんとに地道に、一歩ずつ確実に前に進んでいるのでしょう。その歩みは、あまりにもゆっくり。ちょっとずつちょっとずつ。

他の子の大きな足音で、かき消されるような小さなささやかな足音、でも、どんな時でも、きれいなリズムを刻み続けます。そんな、まぼろしがママの脳裏に、あざやかに浮かんできました。





by glow-gen | 2017-12-04 17:19 | 英語 | Trackback | Comments(21)

自分の立ち位置を認識させる。 支援にいても内申はつくよ、と言われた

  げんちゃんのくそ生意気な言動に、日々行き場のない怒りが彷彿としていると、セラピストの先生にずばり言われました。

S「それはね。次のステージにいったってことだよ。昔は、何にも見えない、考えられない、というところから、少し自分や周囲が見えてきたんだろうね。
 自分は、できる、とか思い出した。だから、ちょっとほめてほしい、認めてほしい、が強くなってきてる。でも、実際には、とんちんかんで、まだまだ、出来ると言うところからはほど遠いわけで、こっちは、あれこれ言いたくなる。
 ま、そうすると、できると思ってきているげんちゃんは、反発する。まあ、そんな感じだよね。」

G「まったく、わかっちゃいないから、ついには、げんちゃんを侮辱するような言い方で追い込むしかないようになってしまうんです。
 だから、君は支援クラスで、支援してもらわなきゃだめなんでしょ。何が、普通クラスよ? みんなが支援の子だって、配慮してくれるだけじゃない・・・とか。
 こういう言い方って、コンプレックスを助長していって、良くないとは思うけど、自分の現実がまったく見えていないので、どうしても、そういう言い方をせざる得なくなるのよね。」

S「将来、君は、障害者枠で就職するつもりかい? とか、でしょ・・・」

G「そうそう、もっときつくせまってるかも。 コンプレックス相当植え付けてるよね。」

S「コンプレックスは、適度に必要だよ。それがないと、ここぞと言うときに歯止めにならないからね。自分の立ち位置が認識しにくい子たちだから、コンプレックスなく、自分を肯定しすぎたら、暴走してしまって、自分は悪くないと思う。
 シビアな現実は、しっかりつきつけてあげないといけないよね。

G「なるほど・・・私も、まずは、現実をありのままに認識させることは、大事だとは思っていたのだけど・・・」

S「ただね。言葉を補わなければいけないね。ママが、そんなことを言うのは、げんちゃんをバカにするためじゃないよ。ちゃんと、現実を認識して、がんばってほしいからなんだよ。がんばっていけば、普通の子だって超えていける可能性があるんだからね。・・・と。」

S「次の段階は、自分の立ち位置が把握できることと、どこへ向かっていけばいいのか、方向性をつかむっていうステージだね~。できるだけ、今のステージを短期間で駆け抜けていきたいね。

落ち着いて、方向性を示すように言葉をかけてあげるといい。」

なるほど、わかったようなわからないような・・・・でも、次のステップに入ったということは確かで、新たな、副産物が出てきたと言う訳なのでしょう。

 先日、中学校に電話しました。教頭先生に、かいつまんで、げんちゃんの今までの経緯をお話して、ホームスクールのこと、支援クラスに籍はおくけど、普通クラスで、普通にテストなども受けたいこと。でも、激しい意識障害があるので、担任の先生に、配慮してもらえるのかどうか・・など。内申がつくかどうか、高校は不利になってほしくないこと。など

 すると、教頭先生は、すこぶる感じよく、的確に答えて下さいました。私のホームスクールの話しを聞かれると、
「それはすごいですね。そんなことをする親御さんなんて、今まで見たこともありません。こちらが教えてほしいくらいです。」

とお世辞を言われました・・・そんなお世辞言えるなんて、頭が柔らかい方のようで、ホームスクールも否定はされませんでした。しかも、内申は、ちゃんとつきますよ、としっかり言われました。試験とか受けていけば、支援だろうが、ちゃんと内申点はつくのだそうです。

「ただね。ホームスクールだと、出席が少なくなるので、それが不利になるかもしれませんね。」
と言われたので、

「今時は、ネットなどで、出席扱いになるシステムなどもあるんですよ。」
と私が言うと、

「そういうの利用されたらいいんじゃないですか。」
とまでおっしゃいました。
 なんか、ちょっとびっくりでした。

とにかく、電話から受けた感触は、先生は、支援の必要な子どもたちのことを、ずいぶん考えておられるようで、どうにか、彼らが、うまく中学で生活できるように工夫したいとおもっていらっしゃるように感じました。

なんか、ちょっと拍子抜けした私です。
でも、電話でのやりとりで、ひとまず中学の心配もあまりなくなって、まあ、入学してみて考えよ・・・という感じになりました。

げんちゃんの次なるステージを、とにかくスピーディーに駆け抜けたい・・・・問題点は、すさまじく転がっていますが、やるっきゃない。
仕事で鋭気を養って、げんちゃんに体当たりして、ぼろぼろに敗北して、また立ち上がる・・・・なんか、哀愁の戦隊ヒーローみたい・・







 





by glow-gen | 2017-11-30 20:24 | Trackback | Comments(24)



小学校6年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘と改善の記録。
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小学校6年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと浪人生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやってます。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、今にいたってます。
近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
 昨年5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。発達の改善に取り組みはじめて6年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
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