げんちゃんの発達障害プロジェクト

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くもん4ヶ月の効果。ママの知らないげんちゃん

先週は、修学旅行でホームスクールはなく、それに引き続き、K先生がレッスンできなくて、しかも、学校は早く終わる日があり・・・と、げんちゃんは、久々に、のんびりしてました。
そして、今週になって、一週間がたとうとしてます。
 げんちゃんは、どこか、ぽんと、上昇した感があります。
 こういう空白の時間は、けっこう大事だとは聞いていたけれど。・・・この間に、ぐちゃぐちゃになってた頭の中が整理された模様!

もっともあがったのは、学習に対する取り組み方でしょうか。
学校からたまに出る、応用問題の宿題をやらせました。昔ならこのシリーズは、タイムロスが大きく、取り組ませないようにしてました。でも、どうかな、と思って、国語のそれをやらせました。自分の言葉で書く記述が出てくるし、ちょっとややこしい。

おや、と思いました。もちろん、私が手伝わないと、仕上げられないけれど、げんちゃんの力になる感触があります。×が△にかわってます。

国語力上がってるかも、と思いました。
くもんでは、2年生の国語をやっていますが、ちょっと簡単過ぎるように感じていたけれど、やっぱり、これは、先生にレベルを上げてもらう方がいいな、と思いました。
さっそくくもんの先生にお願いしました。

先生は、国語の進級テストをされたようです。7月に入門するときにしたテストと同じものだそうです。あのときは、17分でやらなくちゃいけないテストを24分かかり、正答率も、70%くらいだったとか。今回は、14分で仕上げて、正答率も、80%以上だそうです。

おめでとう! 

「色々問題があるけれど、国語の学習姿勢が、しっかり定まってきた感がある。1教科でも、そうなると、また新たに良い兆しが現れる。」

先生がうれしそうにおっしゃいました。

やり直しの問題が、できない、と前ブログで書いたように、やり直し問題の抽出を目指して、今回、シールを持たせた私です。まずは、間違えた算数の問題だけに、シールを貼る、という課題を果たしてこなせるのか・・・

先生が電話を下さいました。
「実は、シールの絵柄にこだわって、ぱらぱら漫画みたいにする、と言って、そっちに意識がいっちゃいました。」

撃沈! 真っ赤な事務的なシールにすればよかった。・・・

 げんちゃんは、どうもくもんで、自分を表現することを楽しんでいる様子で、時々まわりを笑わせることに生き甲斐を見いだしている様子です。うっとおしがられてるんじゃ・・・と思ったけれど、先生いわく、そうでもないと言われました。いつもいっしょになる賢いお子さんは、げんちゃんのことを気に入ってるのだとか。(ほんとかいな・・・)げんちゃんがいると、ちょっとリラックスした雰囲気になるのでしょうか。とにかく、くもんで、自分の新しい立ち位置を見いだしているげんちゃんのようです。
「げんちゃん、笑わないよ!」・・・
と、よく、女の子にたしなめられてるらしいですが、数人のいつものメンバーの中では、和気あいあいとした雰囲気が流れているのだとか・・・(う~ん、ほんとかな~・・?)

 たぶん、学校のクラスでは、少し自分を卑下して、あまり自分を出してないのかもしれません。げんちゃんの集団の中での彼の立ち位置について、意外と親は、見えない物です。

 悪意の子の中では、そうはいかないだろうけど、まあ、そういう陽気で好かれる面もあるのかもしれません。ちょっとこの子は、普通じゃないかも・・・単にそう思われているのかもしれません。

 母親に見せる顔以外、私の知らないげんちゃんが、くもんで現れています。中学に向けて、彼のどんな顔が出てくるのだろう。ちょっとこわいような気持ちがします。


 私がげんちゃんに与えている0.9のシャーペンを見て、くもんの先生も、太いのを買ってみたそうです。1.5。

しかし、そこまで太くなると、鉛筆と同じで、ちょっと削る必要が出てくる。私がそう言うと、うなづいてました。

「あらゆるシャーペンを試してみて、0.9ミリのB、しかも、100円ちょっとのシンプルなやつ・・・これに行き着いたのです。」

と私がうんちくをたれたので、先生に感心されました。しかも、グリップのうんちくも、始めてしまって、さらに、先生にびっくりされました。
グリップといえば、これどうかな・・・注文中(親指が、腹を使ってしまいます)


上の写真の、右端のものが、ベスト、これに、注文中のグリップをつけられないだろうか・・・
まあ、塾の先生相手に、なんぼでもしゃべれまっせ~・・・くもん教室のプリントのすぐれたところも、つい、しゃべり続けてしまった私。


なんせ、くもんの積み木は3ケース、タングラム、パズル、分数キッド・・・プリント類・・・くもんのいっぱん教材のお得意さんでもあったわけで、(先生より、くもんのグッズ持っているらしいわたし・・笑・・・・塾の先生同士の会話みたいになって、とっても楽しかったです。

理科のテストを持ち帰ってきました。なんと95点、(自力です。)と先生が書いて下さっていました。簡単なテスト、とは言え、去年ならできてないわけで・・・やっぱり、ほめましょ。

意識はまだまだ、飛んで飛んで、どうしようもなくて。注意欠陥という、それに伴う症状は、なかなか改善しないけれど、彼の学習に関しては、明らかに、伸びてるようです。国語の牽引力に期待したいところです。



by glow-gen | 2017-11-18 01:47 | くもん(公文教室) | Trackback | Comments(7)

見ていても見えない、聞いていても聞こえない。情報は抽出するもの

またセラピストの先生に、私のぎもんをぶつけてみて、また一つ私はげんちゃんのことを、少し理解することができました。

G 「げんちゃんって、認知症のお年寄りとある意味同じだと思います。」

S 「そうです。げんちゃんが、このまま行って、将来、ママが死んだりしたら、げんちゃんは、ぼ~っと、どこにも焦点をあわせず、くうを見て過ごすような感じになるよ。」
(実際、げんちゃんの幼少期は、ずっとそんな感じの子でした。)

G 「自閉症の僕が飛び跳ねる理由、をお書きになった東田直樹さんが、書いておられたのだけど、
 自分の部屋である人に会っても、他の場所でその人に会うと、もう認識できないそうです。
それって、自分の部屋で会っている状況のすべてが、一枚の写真におさまるようなもので、そこから、人物だけの情報を抽出できない、ということなんでしょうね。」

S 「その通り。見ても見えてない・・・という状況なんだよ。」

G 「だから、たとえば、一生懸命反比例の問題をいっしょにやっていたけれど、げんちゃんときたら、まったく考えない。それも同じことだよね。段階をおって、やっていって、さあ、問題をしてみて、って言うと、今までやったことはすべてかなぐり捨てて、いきなり、適当にやりました。悩むこともなく、いきなり、パッとフィーリングというかなんというか。でたらめ。」

S 「問題の意図や条件を抽出できないわけだよね。問題をさっと読んで、普通のお子さんに理解させるようなやりかたで、はい、やってみて、と言っても、個々のステップとか、段取りとかに意識がいかないから。」

G 「だから、また、もう一度もどって、さあ、ここは、何を勉強しようとするんだっけ・・・と問い、やっと、二つの物の関係を学ぶんだ、ということを導きださせたら、今度は、じゃあ、二つとは何?、と問い、それを考えることができたら、たどたどしくノートに箇条書きさせる。
問題は、1分間にそそぐ水の量と、タンクにたまる時間の関係だったから、今度は、コップと水までもってきて、体感させる。
そこまでして、彼は、問題の内容を、一つ一つ抽出して考えられるようになるんだよね。」

S 「そこまでやったの?」
G 「もちろん、机の上が濡れちゃった。」

S「あはははは・・・
  うん、それでいいよ。時間がかかるだろうけど。問題にしても、問題の隅々に意識がいきわたるように、分解して、抽出して、ある時は体験させることまでして、意識にのせていくんだよ。」

G 「本読みも同じだよね。この前、けっこうむつかしい文章題を75点もとってきたけれど(前ブログの写真)、わかっているか、というとぜんぜんわかってないことも多いからね。なんか、文の前後関係とかから、上手にひっぱってきているだけで、自分の言葉で回答させようとすると、まったくできないことがあります。」

S 「たとえば、映画を見てるだろ。そしたら、駒をとめ、一つ一つの駒において、質問するようなことをしていくんだよ。
 この人の顔はどんな顔? とか、今どんな風なこと考えてるかな、とか、この人は、どういうタイプ?とか、・・。映画が終われば、なんか、わかったような感触になっているかもしれないけれど、何もわかっていない・・・普通の人が当然取っている情報を、まったく取れてなかったりするんだよね。」

G 「 わかります。・・・後から唖然とすることがしょっちゅうだもんね。」

G 「ところで、げんちゃんは、くもんで、やりなおしができないようです。たとえば、10問間違ったとします。普通の子は、10問やり直して、持って行く。でも、げんちゃんは、なんとなく、目についた一問を、ぱっとやって、持って行く。何度言っても、全部やりなおせない。」

S 「それは、つまり、抽出できない・・・ということの典型例でもあるよね。白紙の問題をはじめからするのはできるけど、間違ったとこだけ抽出することはむつかしい。」

G 「なるほど。今は、げんちゃんは、とにかく、一枚の写真で、ぼんやり全体を見てるところから、そこから抽出する、というところが、主テーマなんだね。」

S 「そうです。まだ、やっと、抽出しようと意識が働き始めた初期の段階だね。空間にたとえたら、そこいらに散らばっている点を探してくる段階だよ。 まずは、抽出してしっかり認識する、という段階がクリアできれば、今は、十分ほめてやっていい。抽出するためには、広げてあげることも必要で、散らばっている範囲も、ある程度、広げてあげなければならない。」

G 「はははは・・・まさに、マインドマップなら、ひたすら見つけてくることでオーケーにするってことかも。
 つまり、それらの情報を、ほかのものとつなげて関連付けて考える、というステージはまだ先ってことね。」苦笑


 なんとなく、ぼーっと焦点を合わせて、見えても見えない、聞けても聞こえない、という状態のげんちゃん。そこから、意識を働かせて、抽出してくる、という段階をママは、ヘルプしてやることが、今大事なのだ、と思いました。


 たとえ、なんとなく、テストの点が良くなっていても、そこの意識の問題がクリアしなければ、げんちゃんの心と能力は乖離し、げんちゃんは、なかなかバランスがとれず、生きにくい、そう思うげんママです。発達障害そのものを治したい、と願うげんママです。壮大なテーマなのかもしれませんね~。


ayuminさんのこの記事へのコメントが、すごくはげましになるので、貼り付けさせていただきます。ayuminさんありがとうございます。

>>
げんママ様
またS先生との素敵なお話をありがとうございます。東田さんの「他の場所でその人に会うと、もう認識できない」というのは、私もそういうところがあります。仕事で、201号室に入院中のAさんと201号室でお話するのは問題ないのですが、Aさんに廊下で話しかけられると、「誰ですか?」となってしまいます。でも、仕事なのでそういうことが続くと、不信という形ではっきりと突きつけられ、対策を考えるしかなくなりました。頭の中で10カウントしている間、こっそり見つめて、顔だったり、体型だったり特徴を覚えるようにしています。これも、多分見つめられているのがバレているし、不審なのですが、その後の信頼関係が築けなかったり、医療ミスをするよりはいいはずと思っています。新人時代よりは、認識がかなりまともになっていると思います。
大人になってからでも、本当に必要に迫られると、目覚めてくる能力とか、自分のもともとの能力との付き合いがわかってくるようです。学生時代よりも、今のほうが生きやすいです。



by glow-gen | 2017-11-15 18:30 | 意識のこと | Trackback | Comments(8)

発達障害ってなんてやっかいなのかしら!

 
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75点83点85点 確かに、進歩。歴史なんて、無理、と去年は戦々恐々としてました。

げんちゃんは、修学旅行に行きました。5000円お小遣いをもらって、置物やら、お菓子やら、合計5点を買ってきました。お買い物に目覚めたようです。
「楽しい~。お買い物~。」
計算障害なので、どうやって買い物したのかしらね?? ざっくり概算で、とまではいかなくても、とにかく、値札より大きなお金を出す、ということでクリアしたと思ったら、やっぱりサポートしてもらったみたいで、がっかり。
しかし、こういう経験がバネになり、色んな超苦手も、生活にいる部分だけなら、なんとなくできるようになる、というものなのでしょう。ちなみに、これはいくら? と聞いても、???まったく把握していないげんちゃんでしたけど・・・

 また、合宿を何度重ねても、前の日の下着や靴下で帰ってくるげんちゃんが、この度は、靴下も下着も着替えてきていました。進歩はあります。用意も、まあまあ自分でしています。
でも、私は、下着、上着、と、用意のしおりに書いてあったのを、げんちゃんは、下着はボトム、上着はトップスと思っていて、シャツパンツを用意することがなかったので、びっくりしました。”下着”の意味がわからなかったなんて驚きです。げんちゃんは、こういう風に、当然わかっているだろう、ということが抜け落ちていて、私は、いつもあぜんとします。

 でも、あまり心配することなく送り出せるのは、支援の先生が同行するのもあります。どういうサポートがいったのか、まだ報告は来てませんが、たぶん、去年の研修旅行からすれば、格段に進歩していることは間違いないです。

 進歩といえば、最近、テストで、80点前後取って帰ってくることがあります。(算数でさえ、83点もとったことが一度ありました。奇跡!)、もちろん、(50点以下の時も多々ありますが、)もちろん、テスト、とあったら、少しは準備してます。でも、5年の最初では、テストでは、持てる力を発揮してがんばる、なんてことさえ難しく、わからないとこがあったら、そこで終わるというような雰囲気でした。・・・やがて、5年の後半は、そこそこ全部、書けるようになったけれど、特別に時間をたくさんもらう必要がありました。

 ここへきて、やっと、簡単な定期テストは、他の子と同じ条件で受けて、時には、良い点をもらってくるようになったようです。とにかく、普通の子がそうするように、時間内になんとかでっちあげて、出す、という当たり前の行動ができるようになったわけです。進歩してます。

 でもな~・・・げんちゃんの意識障害は、やっぱり、はなはだひどいです。日曜日は、毎回バトルでへとへとです。彼は、宿題のことなんて、頭の隅にさえなく、気付かせてやり始める頃には、もう寝る時間が近づいていて、すぐに眠り出します。日曜日、毎週教会に礼拝に行きますが、その時間も、何年も行ってるのに、把握しません。

 すべては、母親に丸投げなのか、考えられないのか・・・そこに意識を向けません。一事が万事そんな感じなので、テストが少しよくなった、と、言っても、なんか手放しに喜べません。

くもんの先生に電話したら、こんな意味のことをおっしゃってました。

「私は、今までできなかったことができた時だけほめるんですよ。げんちゃんは、自分一人で、全教科をこなせないのです。1つ終わったら、お友達を笑わせに行ったり、次にうつれません。時々できたら、ほめるのですが、また次の時は、できたりできなかったり。つまり、普通の子は、褒めたりすることで、目標を気付かせ、良いサイクルに転がしていけるのですが、げんちゃんは、できたりできなかったり、同じ範囲を繰り返すだけで、いっこうに、良いサイクルに乗っからないのです。これは、私の課題ですが、難儀してます。」

まさに、私が、ほんとにいらいらするのも同じ点だと思います。彼が、達成するのは、各論のパーツパーツであって、いつも、目先のことだけで動く、刹那主義のげんちゃんであることはかわりません。

ダチョウは、今やってること、目先のことだけしか、意識がいかないそうです。卵を産むときは、そのことだけ、だから、あとから、自分が生んだ卵を踏みつけても、気にしない。げんちゃんは、ダチョウ的です。

ピアノの先生が、地道に何度も何度も取り組んで教えている、音符の長さについて、(四分音符は一拍とか・・・そんな勉強です)前よりは、多少はいるようになってきている、と言われますが、理解力は低く、常識を逸してます。
 ピアノの先生は、行ったり来たりを繰り返しながら、底があがっていくでしょ。と、言ってくれましたが、そうかな~・・・と懐疑的なげんままのメンタルです。

 先週は、修学旅行でホームスクールもなく、まったく時間の余裕もありませんでした。ただ怒濤のように時間が過ぎて、何もできないままに、げんちゃんが、好き勝手にどんどん思春期へ突入するような無力感を感じてます。

 ダチョウ的なげんちゃんが変わっていくのかな~・・・確かに、進歩してますが、私は、ぜんぜんそれを喜ぶ気になれなくて困ります。

最も、変わってほしいところは、なかなかかわりません。発達障害とはなんてやっかいなのかしら・・・

by glow-gen | 2017-11-13 20:04 | 意識のこと | Trackback | Comments(9)

正しい価値認識を入れてあげること。指先は常に鍛えること・・・

  げんちゃんは、確かに伸びたと思うけど、あるところで、いったり来たりしている感があります。
良い峰が見えると、もう、そこに来て当然と思ってしまうのが親というものかもしれません。でも、底と峰の間あたりにいるのが、今のげんちゃんなのだと思います。

発達障害とは意識障害・・・そう思って見ていると、ほんとにわかりやすいです。学習するときも、結局意識が入らないので、わかっているようなことでも、あぜんとすることをしたりして、この子は、わかっているのか、わかっていないのか、さっぱり不明・・・みたいなことがおこります。

この時期を突き抜けるには、まだまだ、根性がいるようです。ここを突き抜ければ、ある程度、発達障害の本質にせまることができるわけで、そうたやすい道のりではないのだと思います。げんちゃんも、苦しい勝負になるので、逃げようとしているのが見え見え・・・完全に逃げ場をふさいで、自分と向き合わせることをしなくちゃいけないのかな、と思います。

 そういうことを、セラピストの彼、Sさんと話しました。

G「そろそろ次の段階に行かなきゃね~。」

S「追い込んでいくのではなく、ちゃんと向き合うための、腹をくくらせなきゃいけないよね。」

G「なんか、くもんの先生は、げんちゃんに自信をつけてほしい、っていうので、今は、あんまり矯正せず、問題もかなり落としてさせているので、くもんだけは、楽しい、と言って行くけれど。K先生のところは、重たい・・・とかぬかしてる。」

S「ははは・・・くもんは、単純にK先生のところでやった成果、実であって、それだけにすれば、またいきづまるのはみえてるんだよね。それに、自信ばかりつけても、だめで、何が正しくて、何が正しくないか、的確な価値認識をつけなくてはだめなんだよね。

発達障害の子は、ただほめるだけの教育は危ないよ。この子たちは、ほめられれば、自分の勝手な価値認識に歯止めがかからなくなるから。褒めるときは、しっかりほめるけど、持ち上げすぎないようにする。持ち上げて、すっと横に逃がす感じかな。
とにかく、正しい価値認識を植え付ける、ということを抜きに、ただ褒めるとか、肯定する、とかいうことはやめた方がいい。」

G「でも、げんちゃんが、たとえば、さっきにみたいに、自分が感じていることを、やっと言葉にできはじめたので、反抗的な行動も出てきたけれど、こっちも、手応えがあるし、やりやすくはなっていますよね。」

S「今は、わかっているけど、実行できない・・・先に行けない。そんな感じなんだよね。意識も入るときもあるけれど、どうしようもなく吹っ飛ぶ時も多い。」

G「ほえ~。しんど~い。ところで、クラフト類とか、絵は、まだまだやんなくちゃいけないんだけど、ぜんぜん食いつかないんですよ。くいつかないと、どうしようもないもん。」

S「確かに、げんちゃんの空間認識は、不完全でしょう。」

G「昔は、平面の模写をいっぱいして、なんとか絵を描けるようになったけど、今度は、立体の模写が必要な気がするんです。たとえば、タマネギとか、単純な形を少しずつ描かせた方がいい気がするんだよね。」

S「それは、すごくいいと思うよ。でも、直線のものにしてね。曲線は、彼らはとてもとらえにくいんだよ。だから、まず、コップとか、まっすぐな線で出来ている物からでいいと思う。
げんちゃんは、見え方が、たぶん、ぼんやりしてるんだと思うよ。見え方というのは目の問題ではなくて、脳の認識の問題だけど、輪郭とか、なんとなくぼんやりしてると思う。」

G「やれやれ。・・・まだそう言う段階・・・」

S「クラフトも、少しずつ根気よく取り組むのが必要だね。指先は、ほんとに大事で、たとえば、字でも、パソコンの時代だから、もういいんだ、なんていう考え方は危ない。指先能力は、油断せず、地道につけるようにしなくては、意識はなかなか上がっていかない。
 げんちゃんは、物の扱いが、まだまだアラっぽく、細かく注意がいかない、というのも、まだあるよね。物の扱い方、というのは、他人に対しての配慮や、対人関係にも反映するよ。げんちゃんが、もう少し、他人に対して興味がわいていくといいんだけど、まだまだそこがね~・・」

G「今は、支援クラスのげんちゃん、というので、下駄はかせてもらってるから、なんとかなっているけど、普通の中に入れれば、まだぜんぜんなんだよね。」

G「しかし、Sさんは、よくわかるわね~。発達の子の認知がよくわかってるけど、勉強されたんですか」

S「僕は、その子の前に立つと、なんとなく、その子がどんなことで困ってるか、どんな風に認知してるか、だいたいわかるんだよ。」

G「ひょえ~~。そうなのかな、とは思ってたけど。普通は、そこを理解するのに四苦八苦するのよ~。」

S「次のステップにそろそろ行くかな~。僕は、やりたくないな~。大変だぞ~・・・ママ自分でやって。」
G「そんな~。ここで見捨てないでよ。」

S「ははは・・・笑 また、いつかどっかで合宿行こうか・・・・ぼくきついな~・笑・・まあ、伸びればおもしろいし、やりがいもあるけど。」

G「げんちゃんは、私がいつも逃げ場をふさいじゃうから、打たれ強いでしょ。現実はちゃんと認識させようと、いつも思う。」

S「なかなか、そういう母親ばかりではないかもね。優しさと、厳しさがいるんだよ。ちょっと、厳しさが強い時もあるけど・・・笑。もう少し、長い目で見てやって・・・」

「へい・・・笑」

セラピストのSさんとの会話は、たくさんの学びがはいってます。私が、頭悪くて、なかなか把握できなくて、しかたないので、会話をメモって、直接アップしてみました。セラピストなんていうくくりではない気もするのですが・・・彼から学んで、出来る限りアップしてみたいと思います。



by glow-gen | 2017-11-04 17:39 | 意識のこと | Trackback | Comments(19)

意識の広がりが生まれてきた。空間認知、入りすぎない集中

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  K先生の個人塾では、あいかわらず、ぼ~っとして集中できない日が多いです。くもんはくもんで、カリキュラムもやさしいのをしているし、縛りも少ないみたいで、楽しそうに行きます。どうも「毎回、げらげら意味もなく笑っている、」そうです。先生がおもしろいんだ、と言って、笑いのつぼにはまるらしいです。
  個性的ではあるけれど、周りを意識しながら、浮くのも個性の範囲にとどまっている、と、先生が言うのを信じましょう。

 そんな中にあって、ふと気付くと、げんちゃんの色んなことが、前より進歩しています。あ、そういえば・・・前は、こうじゃなかったよね・・・という感じです。


 一日のスケジュール管理が、前よりずっとできるようになって、丁寧に理解させ、シュミレーションすると、まあまあ、一人で準備してこなすようになりました。先日、珍しく、お友達のところに遊びに行きました。
行く前にげんちゃんに持たせるガラ携を与えて、
「Aちゃんのおばちゃんに、電話番号聞いていたら? マンションの番号忘れた時に、下から電話すればいいでしょ。わかった? おばちゃんに、電話番号を聞いて、携帯に登録する・・・もう一回言うよ・・・」
まあ、こんな感じで指示したのですが、果たして・・げんちゃんは、ちゃんとやってきました。 びっくり。

 二つくらいのことを指示しても、やってしまったりする。もちろん、できるんだ、と思って、安心してたら、あれって言うのもあるけれど、私の認識が、できる子なんだ、という認識にかわっている・・・

 考えてみれば、昔は、げんちゃんに指示したって、何一つできないので、常に、支援クラスの先生の連絡帳にしたためていました。もちろんそれでも、うまくまわらないことも多かったです。
とにかく、先生の連絡帳だのみ。それが、最近は、連絡帳でやりとりしなくても、あまり支障がなくなっています。私の連絡帳の記述も、さっぱりしたものに変わっていて、以前は、ついつい1ページぎっちり書いても言い足りない・・・的な感じでした。

最難関のように感じていた時間の感覚も、
「あと2時間あるんでしょ・・だから、少しは、これで遊んでもいいじゃん」

とか言ったりすることもあります。時計は、いまだに、5,10,15・・・・と分針を読むようなありさまだけど、それでもなんか違う。

第一、思うのだけど、マインドマップを作りながら、

「ねえ、これどう思う?」
なんて聞いても、
「・・・・・・」

感想なんてまるで出てこなかったことを思い出します。問い詰めれば、さらに、出てこなくなり、とんでもないことを言ったりして、私のストレスだけ上昇していってました。やっと、自分の思いや気分、そういうことを言葉にし始めたようです。以前は、自分の心の状態なんて、まったく把握できなかったんでしょうね。そこに焦点を当てたこともなかった。言おうにも、わからないから、言葉も出ない。 興味のあることだけ、たまに饒舌になる、普段はレスポンスの弱いげんちゃんに、いつもイライラしてた私です。

げんちゃん、やっぱり、変わったな、と思います。


 これは、意識の方向が少し広がってきたためだと思います。また、色んなことに言葉を貼り付けられるようになったこともあるのかもしれません。意識の広がりと言語は、多少かぶっているのかもしれません。

でも、意識の改善には段階があります。

 まずは、広がる。つまり、気付く、ということです。幼児の頃なら、広げるだけで精一杯、それができればおんの字というところかもしれません。

そして、次に、それと関連することを見つける、ということでしょう。

そのステージがしっかり成熟していくと、次は、判断する、というほぼ完璧なステージの入るのだと思います。

イメージで言うと、まわりに点が加えられる。次は、線で結べる。次にその線が入り組んで、やがて、立体になる。そんな感じだと思います。

やっと、少し広げられるようになった・・・今は、そんな感じなんだろうな、と思います。


 最終的に立体にできるためには、色んな能力が必要なんだと思います。空間認知も大切らしいです。

 セラピストの彼が、我が家に遊びに来て、ドローンをおいていきました。めちゃ難しい・・・汗
彼は、なかなか辣腕だな、と思います。ドローンに関してこんなことを言っておいていきました。、

「ドローンは、1時間充電して、10分しか飛べないんだよ。この子たちは、入り込んでしまうのをコントロールする必要がある。この10分しかできない、というのがとてもいいんだよ。
そして、空間を、体で感じるために、ドローンを指先で細やかに動かすのが効果的で、これをこなせるようになってきたら、げんちゃんも、次の段階に行くんじゃないかな・・・」


は~・・・彼は、どうして、この子たちのことをこれほどわかるのかしら???

そして、あれから、1ヶ月近くたって、そういえば、げんちゃんは10分みごとに、ドローンを操縦するようになりました。なるほど、彼の予言は的中なんだよね~。



by glow-gen | 2017-11-01 14:38 | 意識のこと | Trackback | Comments(12)

発達障害の改善のさせかた、その原則がわかった。・・・・と感じた今日この頃

 わずかですが、げんちゃんの意識の覚醒は始まってきたようです。フィンランド式カルタ・・・マインドマップを描きながら、げんちゃんの意識のほこ先を、自由に広げるようになって、日に日に、なんとなく、手触りがかわってきているような・・・まあ、わずかですけど・・・

 じゃあ、だからといって、もっと早くに、こういうトライをするべきだった、とは思いません。だって、フィンランド式マインドマップのノウハウを学んだ時、私は、素晴らしい! と思ったけれど、げんちゃんには、ほとんど響かず、時期尚早、とお蔵入りさせたのですものね。やっとできる時期がきたという話なのだと思います。

 じゃあ、なぜ、その時響かなかったのか。・・・・

意識を発動させるためには、認知能力がいる、という話だと思います。つまり、こういうたとえをしてみましょう。

その子が、寒い屋外にいたとして、体は寒いと反応はしているけれど、だから、服を着たいとか、家に入りたいとか、普通なら自然におこる心の働き-意識につながっていかない。意識を動かそうにも、外からの刺激に対し、途中の伝達系が誤作動している。そういうことなのだと思います。
 
 体感覚、ボディーイメージが付きにくいこの子たちは、正確に感じ取る能力が低く、感じていても、しっかり認識できない状態があります。自分が、どうしたいのか、どうすべきなのか、という、次の段階にいくためには、しっかり正しく感じる必要があります。現状から正しく感じ取れるから、段取りなり次の段階に行ける、という言い方をしてもいいかもです。感覚統合なんていうトレーニングは、そもそも、そういうことの改善のためにあるようで、正しく外の刺激が伝わってこそ、意識が発動してくるのだと思います。

 だから、昔マインドマップなんて、げんちゃんに見せても、ま~ったくその頃、豚に真珠だったんでしょ。もちろん、言葉の意味もあやふやだったでしょうし、こっちの言うことも理解できてなかったし。

 その折々で、できる限りのことをやってきて、や~っと、意識が大事、なんてことを、今具体的にトライすることができ始めた。そういうことなのだと理解しているげんままです。

 ですから、”まずは、体”、と、私があくせくしていたのも、あとから考えれば、理にかなっていたのだと思います。そして、こういう体の機能アップは、げんちゃん本人にしてみたら、自分がどう感じるか、どうすべきか、なんていう意識の足場になるためのステップだったのでしょう。現実が正しく認知されてはじめて、意識は動くのであって、正しい実感のない現実からは、意識を動かすすべがないというわけなんでしょうね。

 そう考えると、発達障害とは、「意識障害」 なんだよ。と、にべもなく言ってのけるセラピストの彼の意見は、あたらずとも遠からずと言えるかもしれません。


 発達育児というのは、まずは、体を作り、5感が正しく機能し、(5感だけではなく、固有覚や、平衡感覚など、多岐にわたると思いますが)、それによって現実への実感をつけることが、最優先課題なのかもしれません。その土台の上に、意識開発が可能となるのでしょう。げんちゃんは、今やっとそこに来たというわけです。

ちょっと抽象的でわかりにくい文章になってしまいましたが、ayuminさんのコメントが、私の書いたことを具体的に説明してくれているように思います。ayuminさん、すみません貼り付けます。


ayuminさんのコメントから抜粋 (全部は 意識がひろがっていかない、という二つ前の記事のコメント欄にお書きになってます。)

 意識にリアリティー(実感)が必要というのもわかります。前にも書きましたが、高校時代は勉強は頑張りましたが(といっても偏差値の低い女子高で普通だっただけです)、自分にはリアリティーのようなものがたりない、と思いました。それで大学は自分を変えるためにワンダーフォーゲル部に入ることにしました。そこで私はやっと、暑いときには服を脱ぐとか、雨が降りそうなら雨具を着る、もしくはリュックサックの一番とりやすいところに雨具を移動しておくとかそういう段取りがわかるようになりました。そして、自分が20㎏以上の荷物を背負って、8時間くらいは山道を歩ける人間になったとき、初めて自分に自信が持てました。登山はおすすめです。ちなみにうちの息子は今日は雨ですが、「傘をさしなさい」というまで雨の中でぬぼーっとしています。やっぱり問題山積みです。

ayuminさんの自信が持てた、というのが、すなわち、しっかり自分の意識を手にした、ということではないでしょうか。

また、意識トレーニングは、発達の初期の頃はぜんぜんできないか、というと、そうでもなくて、声掛けを工夫すると、思考を広げるのに役立つようです。それは、ロボママさんのこの記事が役に立ちますよ~。

理性に働きかける・・・とは、意識に働かきかける、と言い換えていいと思います。質問形式の声掛けは、意識を広げるための後押しです。


by glow-gen | 2017-10-28 23:39 | 発達障害改善プログラム | Trackback | Comments(18)

格闘! 自分から逃げるな、と言いたい!

 

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 げんちゃんと対峙していると、どうしようもなく、腹が立つときがしょっちゅうです。土曜日は、仕事で勉強を教える暇がないので、今日は、お姉ちゃんの親友がげんちゃんの家庭教師をしてくれました。

 大学生なので、そうたいしたことはできないだろうな、と思っていたけれど、K先生が 
「比例反比例、けっこうわかっていますよ。消しゴム使って、必死で教えました。何度も・・・」
とおっしゃるので、今日は、彼女に、反比例を教えていただくように、教材を揃えました。

 来週反比例のテストがあるので、なんとか、良い点がとれて、げんちゃんの自信につながるといいな、と思ったげんママです。

ところが、案の定、終わって彼女に聞いてみると、「ぜんぜんわからない、」と、ぼ~っとしていたそうでした。

 ほんとに、うんざりです。げんちゃんの態度が目に見えるようです。5年の秋ごろでも、約数、倍数、など、教えることに躊躇するほど、難儀していたげんちゃんだったのに、彼は、そこから飛躍的に算数がわかるようになってます。もちろん、人並みとは、言えませんが、20までの加減だけで、何年もかかってきて、どんな教え方をしても、不毛な砂漠のような算数地獄が、多少は、湿り気を帯びてきた程度にはなっています。

 
でも、げんちゃんは、大学生の先生を前に、フリーズして、心を動かさない。それは、手に取るようにわかります。

家に帰って、もう一度その問題をやらせてみました。

” 170センチの輪になったヒモがあります。正x角形を作ると、一辺がyセンチになります。xとyの関係を式に書きなさい”、という問題でした。

げんちゃんは、いつものように、ぱっと読むと、何も考えず、xとyを適当な意味不明の式に当てはめて終わりました。彼は、図を描くわけでも、問題に線を引くわけでもなく、なんか下に書いてあるヒントになる表のあいたところに、好きなように処理した数字も書きました。もちろん、全部バツ・・・・

 「絵を描いてごらんって言ったでしょ。・・・それに、問題文に線もひいてないよね。」

げんちゃんは、ふてぶてしく、
「別にいい!」
と言って、私の言うことを無視します。
「うるさい! あーもういいから。静かにして!」

あくまでも、算数に対して、どんなに私が、いろんな方法を研究して教えようが、どんなにこっちが努力しようが、上司が、部下の血肉をそそいで作った書類を、まるで一蹴するかのように、げんちゃんは、偉そうに踏みつぶしてくるのです。

どこがわからないのか質問するわけでもなく、とにかく、わからん、と言ってしまえば、それ以上考えなくてすむ、という思考です。ほんとに卑怯です。

K先生もこの部分に手をやいています。わからない、と言っている方のげんちゃんが、常に偉そうで、教えている私やK先生は、まるで、部下のようなありさまです。

何様のつもりなんじゃ! 私が、絵を描くように言って、さらに、説明しだすと、
「あ~。もうぜんぜんわからん!」

と、ふてぶてしく、切り捨てます。げんちゃんは、問題をやってやってる・・・もしくは、お母さんがうるさいから、とりあえず取り組んでる・・・そういう気持ちなんでしょう。

さすがに、切れました。

「甘ったれんな! 。いつも誰かがやってくれる、自分は、いつも、自分から逃げて、いつも誰かのせいにして、そんなことしてるから、何もかわらないでしょ。(げんちゃんは、最後は、何かのせいにする。)
あんたは、いつも支援クラスで、普通クラスの子にはついていけないでしょ。
現実をちゃんと見なさいよ。目をそらすな! 自分の現実に向き合いなさい! ずっと自分のやりかたを変えなければ、出てくる結果は同じだよ。どんなにチャンスを与えても、自分がそれをつかまないんだったら、あんたは今のまんまだよ。」

ほんとに、自分のやり方、自分の考え方、げんちゃんは、絶対に手放さず、ポーズだけがんばっているつもりでいます。でもそれは、何も結果には反映されない。私は、それがほんとに口惜しい。しばらくすると、げんちゃんはまた、布団に逃げ込もうとします。うまいこと、寝る時間になった・・・脳は、そういうことだけは、狡猾に動く。

「僕は、今日疲れているんだ。」
とかぬかす。
「あんたが疲れてるだって! あたしは、仕事して、あんたを教えて、それから、あんたが寝たら、1時2時まで仕事するんだよ。馬鹿言うな。やれよ。自分が変わりたいんだったら、やれ!」

私は、げんちゃんをひきずりだしてきて、有無を言わさずさせました。
こうやって、逃げることだけ、覚えていくなんてありえない!

げんちゃんは、あきらめて、問題を読み、言われるように図におこしました。サポートはしたけど、ちゃんとできる。そして、げんちゃんは、すっと何かつきものが落ちたみたいに、そこから先は、やってのけました。そう、彼は、できるところに来ているのです。でも、やろうとしないし、自分と向き合うこともさけます。逃げて、逃げて、人のせいにして、現実から目を背ける。

現実は、ここにしたためたものの数倍激しい戦いです。私は、げんちゃんの狡猾な手法に負けるわけにはいきません。どんなこと言ったって、ちゃんと向きあわせます。
私は、それほど、本気なんだ!

終わってから、げんちゃんといっしょにカルタを作りました。
真ん中に算数と書きました。

私も、いっしょに、書きました。私だって、傷ついているんだ!

げんちゃんは、数字の砂漠、とか、面白くなさそう・・・とか、限りなく負の感情をぶつけます。私は、図を描かない、とか、甘え、とか、思い込み、とか、げんちゃんの算数に対して感じることを書きます。

ありったけ書くと、

「で、げんちゃん。ちゃんと図を描いたら書けたわけだよね! できたわけだよね。じゃあ、それからのことを、今度は赤で、この図に入れてみて。」

そういうと、赤で、いくつかの負の感情をバツで消しました。図を描いたらわかった、と、納得したようです。そのあと、ふてぶてしく寝たものの、私もげんちゃんも、どっかすっきりしてました。

カルタ、使えます。

いい加減大人になれよ、と思います。

 
 


by glow-gen | 2017-10-22 01:16 | 算数の学習障害 | Trackback | Comments(28)

思考を広げていくための、フィンランド式カルタ

 
a0184225_15580952.jpg
  朝起きれないので、時計、というお題で、カルタにしてみました。ぞう、とか12ある・・・とか、汚くて読めませんが、それなりに、出てくることは出てくるげんちゃんです。

発達障害とは、脳と意識の乖離じゃないか・・・と気づいて、私はずいぶん納得がいきました。今までのげんちゃんの行動も、ほとんどそのことで説明がつくような気がします。

 時間のこと。
 土曜日は、朝仕事に行く途中げんちゃんを英語に送ります。ばたばたしているのでいつもぎりぎりです。げんちゃんは、睡眠が浅いのか、なかなか起きれません。今日は、のんびりはできないけど、遅刻ペースでもないような時間の進み方で朝が始まりました。

「げんちゃん、今何時?」
「え~っと、7時50分」
「何時に出かけたらいいのかな?」
「え~っと、8時15分」
「これは、時間がたっぷりあるの? それとも、時間がないの?」
「え~~っと・・・急がなければならない。」(いまいちわかっていない、考えたこともないのだろう。あと何分ある、とかいうことは、彼には、決して当たり前のことではない様子。時計読むことから、難しかったので、仕方ないと言えば仕方ない・・・)
げんちゃんは、チャレンジタッチに無意識に向かって、ゲームを始めていました。
「時間がないって、いうことは?」
と私、
「あ~あ~・・・急ぐ。」
と言いながら、げんちゃんは、段取りがすぱっと組めないようで、とりあえず、チャレンジはやめたけど、ぼ~っとしています。
「裸足だけど、・・」
「あ~・・・靴下・・・」

毎回、いらいらします。でも、こうやって投げかけてみると、彼は、「急ぎなさい!」という声掛けでは、いまいち動けないのがわかります。今、何時で、あと何分あって、それは、用意をするにはちょっと足りないかもしれない。だから、急いて、水筒を満たし、靴下をはき、お稽古バックを持ってきて、中を確認する。

こういう、当然の流れが、時間と対比しながらこなせないのです。やれやれ、6年にもなって・・・・
彼の意識は、時計というものと、行動というもの、それらをつなげたことがない。
何時からおけいこごとがある、というのはわかります。でも、それは、何時という一時点での把握で、きわめてぶつ切りな広がりのないものです。

朝の忙しい現場では、そうそうゆっくり声掛けはできないので、関係のないときに、こういうトレーニングをする必要があるのです。

真ん中に丸を書いて、「土曜日の朝」 と書き込みます。そこから、いくつもの線をひいて、そこから関連するものを書き出させます。
何時に行く、とか、どれだけの時間がかかる、とか、そこから広げられるものを、考えつく限り丸で囲んで伸ばしていきます。

フィンランドではこれを カルタ と言うらしい。

そして、あらゆる思いつくものを書き出したら、

「げんちゃん、今日、朝、どうだった? 」
「だめだった・・・」
「なんで?」
「〇✖▽・・・・・・・(なんかまとまりのないことを言ってます。)」
「そうだね、出かけるまで上手に段取りできなかったよね。じゃあ、来週は、どういう風にやればいいかな?」

まあ、こういうやり取りをしながら、広がったカルタの中から、最もコアになるものを抽出させ、5W1H を意識させた簡潔な文章におこさせます。


なんせ、げんちゃんは、朝、ばたばたして、なんか遅れそう、というので、ママに叱られる・・・そういう思考の広がりしかないわけで、時計、あとどれくらい、自分は何をし残しているのか、自分のやりたいことは何か、やりたいことをやる時間はあるのか、今日の道中での天気はどうか、車の込み具合はどうか・・・

広げようと思えばどれだけでも広がる思考の、ほんの最初の部分でさえ足を踏み込んでいない状態なのです。
 広げれば、すべて、できるはずだ、と、私は、確信します。このことに気づいたおかげで、漠然とした戦いではなく、発達障害はクリアできる、と確信するにいたりました。

昨日は、こんなこともありました。K先生のとこに行かず、テレビを見たい、と思ったげんちゃんは、めずらしくK先生のところに大幅遅刻、行っても、まったくやる気なしの一日でした。

家に帰ってきて、私は、紙の真ん中に「遅刻」と書きました。

「げんちゃん、また、ここからひらめくこと書いてみて。」

そう言うと、げんちゃんは、
「テレビ、塾、宿題・・・・・」けっこうたくさんのことを書きました。しかし、K先生のことがありませんでした。

「ねえ、げんちゃん、自分のことばかりだね。」

と言うと、げんちゃんははっとしたように
「迷惑」
と書きました。広げてやれば、広がる思考なのだ、と思います。

この樹形図、マインドマップ、とか、カルタ、とか言われる図は、発達障害の子にとってもいいです。

こういう手法は、フィンランドで繰り広げられている教育に見られるもので、ノートだって、箇条書きではなく、こういう形態で書くそうです。

早くから、こういう訓練をすることで、発達障害の子供たちの意識が、広がるようになる、と私は信じます。

発達の子に限らず、男の子は、女の子より、情報処理が広がりにくい面があります。こういう学習法、指導法は、応用できるシーンは、多岐にわたるんだろうな、と思います。職場で、トラブルに面した時に、とんでもない方向に対処するスタッフとかも、結局、発想の広がりがないんだと思います。職場訓練にだって応用できると思いました。

ただね~・・・・・ヤツの私に対する横柄な態度は、私に、冷静にカルタづくりをさせない面があって、ノウハウはあっても、なかなか、上手にはできにくい、という問題があるんですけどね~・・・親って、ほんとにむつかしいと思う。

しかたないので、手法を、K先生にも伝授してやってもらうようにしました。カルタ的声かけ、図に書くこと・・・げんちゃんにも、なぜそういうことをするのか、ということを、しっかり伝えて、訓練をするときでさえ、意識をもってやってもらうことで、早く、新しい境地を開いてもらいたい、と思うげんママです。発達育児、佳境に入ってきた気分です。

ファイト!

興味のある方は、フィンランド式教育関係の本をちょっと見るといいかもしれません。

フィンランド式、ですべてやる、ということではないけれど、昔学んでいたことが、今、ここで、私の発達育児にぴたっとフィットしました。
 げんちゃんは、もう、以前とは、まったく違うステージにいるのだと思います。



 

by glow-gen | 2017-10-21 16:15 | 時間 | Trackback | Comments(2)

言葉が広がっていかない。発達障害とは、意識と脳の、乖離じゃなかろうか・・・

  意識について、セラピストの彼に、色々教えていただいて、色んな気づきをしているこの頃です。彼の言うことは、すごいな~と思うけど、なかなか消化しきれないで、言葉におこすにいたらないのですが、時間がたって、以前言われていたことが、そういうことなのか~、となんとなくつかめてきます。

こういうたとえはどうでしょう。 
職場で、新人スタッフが、先輩の業務を何十回も見てたとします。でも、ある日、先輩とかわって、その仕事をやらせると、まったくできません。

「今まで、あなたは、何を見てたの?」

と、先輩に叱られます。さて、次に、彼女は、また先輩の業務を見学します。さて、どうだったでしょう。今度は、まったく違った意識で、その仕事を見るでしょう。
そして、何十回も補助についていたのに、私は、今まで何を見ていたのかしら? と彼女は思うほど、そこからたくさんの情報をものにすることができます。

 げんちゃんの日常は、まさに、新人スタッフの最初の見学と同様、見ていても、まったくそこから情報をとれていないのと同じなのだと思います。
そこで繰り広げられていることから、何の広がりも生まれず、自分の頭の中に、しっかりと整理されることもありません。ただぼんやりと、わずかな印象が残っているだけです。

 、また、こういうたとえもありかもしれません。私は、鍵を無意識にいつもの所におきます。いつもの所なので、何の感慨もなく行動してます。ある日、私は、鍵をおく前にトイレに入ってしまい、ついそこの棚のところにおいてしまいました。さあ、出かける時になって、鍵がない、と大騒動です。

 同じ行動をしても、そこに意識が入っていないと、結果はさんざんなことになるのです。

 今日は、そのことをはっきり目の当たりにする事件が起きました。

 げんちゃんは、昼からまた、K先生の所に勉強を教えてもらいに行きましたが、その後、すぐに、もどってきました。先生から電話がかかり、
「げんちゃん、午前中に、寒いと言ってたので、長袖の服に着替えてくるように、一度帰しました。」

ということでした。

 今日は、K先生のところが終わると、おばあちゃんの所に行って、ご飯を食べます。
私は、げんちゃんに、
「今寒いの?」
と聞きました。げんちゃんは、走ってきたようで、
「ぜんぜん寒くない。今は暑いよ。」

と言うので、
「じゃあ、長袖持っていって、寒くなったら着替えたら? ついでに、もう一枚、おばあちゃんのとこに行くときに、持っていって。」

と、2枚のTシャツをわたしました。

さて、この後、彼は、どんな行動をしたと思いますか?


 そうです! 驚くことに、K先生のとこより、ずっと遠くにあるおばあちゃんのとこに、直行したのです。そして、そこで、長袖に着替えてK先生の所に行きました。

もちろん、私は、K先生のところが終わってからの段取りを言ってます。
「持って行って。」

というところだけが、彼の頭に入り、そこから何の検証もされることなく、広がることもなく行動したのです。K先生と二人で唖然としました。

 確かに、昔はそうでした。いちいち、すべての段階を言葉にして伝えないと、とんでもないことがしょっちゅうおこりました。だから、ばかばかしいくらい、行間を徹底して言い添えていました。最初からいちいち何度もシュミレーションしたりね・・・

しかし、未だに、こんなことがおこるなんて・・・

 そうです。彼は、「ちょっと考えれば」・・・という意識の働きが作動しないのです。広がらないのです。持っていって、と言えば、単に”持って行って” なのでしょう。
  やれやれ。ヤツといると、ほんとストレスフルな毎日です!

以前、テレビで、大人の発達障害の方が、
「植木に水を適当にやっていて。」
って言われたら、床にあふれても、やっていた。”適当”・・・がわからなかった。これも、広がらない思考なんだと思います。

 普通は、水を・・・と言われたら、鉢の大きさを考えるだろうし、土の乾き具合、気の利いた人なら、かつて、雑誌で見た観葉植物の記事を思い出すかもしれません。そして、ついでに少し窓際によせとこ、なんて気を利かせる人もいるかもしれません。

これが、植木じゃなくて、お客様への営業ならば、ある人は、お客様がご満悦になるくらい、気の利いた配慮につなげるかもしれません。

これが、広がり、というものです。

さっきの新人見学なら、体験したあとの見学は、自分の体験とどんどんつながって、広がっていく。


 さて、私のげんちゃんは、と言うと、広げられない!
 広げるための意識の働きが弱く、つなげて、広げるためには、どの引き出しを開けるのか、ぜんぜんわからないのでしょう。
 でも、「すでに、ちょっと考えればわかる・・・」、というところにげんちゃんは来ていると思いたいげんママです。その意識を働かせるだけで、ぐんと広がるはずではないのか。

話しもどって、げんちゃんに、問い詰めます。(つい問い詰めるんだよね~・・・いらいらするんで。ここが私の課題・・・)

「ねえ、げんちゃん、おばあちゃんの所に、今先に行く必要はあったの?」
「え~っと。・・・なかっ・・た・・・?  でも、行けって言われたから。」
「ほう・・・行けって言われて、変だと思わなかった?」
「・・・・」
「今からげんちゃんは、何をする予定だったのかしら?」
「K先生の所・・・」
「だよね。」
「K先生のところが終わったらどこに行くんだったの?」
「おばあちゃんのところ・・・・・あ、そうか~。」

げんちゃんの意識に、限りなく働きかけて、ゆりおこす。絶対に、最初から模範回答は言わない・・

「どうするんだっけ。」「何をしようとしてたの?」「何か忘れてないかな?」「次は、何をするのかな?」

「じゃあさあ、今日の反省を言ってみてくれない。」
「うん。今日は~・・・えっと~、K先生の所が終わって、おばあちゃんの所に行ったらよかった。」
「ねえ、もうちょっとふくらませて言ってみて。いつどこで、誰が、何を・・・?」
「今日は~。TシャツをK先生の所に、・・・」

てな感じで、めちゃくちゃ時間取るけど、思考を広げるための諮問を続けます・・・根気勝負ですね。


 げんちゃんは、確かに、意識の働きが動き出しているけど、ほんとに、まだまださまよっています。私が鍵を紛失してしまうときの、脳の動かし方と同じ脳の動かし方に慣れてしまって、新たな脳の使い方へ移行するには、すごいエネルギーなんでしょうね~。

 もしかしたら、発達障害とは、脳と意識の乖離状態なのかもな~・・・と、思い始めました。
今、げんまま、壮絶とも言える、広げる訓練へ踏み出しています。これこそが、核となるものじゃないか!


ps
ayuminさんが、植木鉢に水をやる話について、すごくわかりやすい解説をしてくださったので、貼り付けさせていただきました。ayuminさんありがとう。

 私は医療関係職ですが、植木に水をあげるエピソードから、自分の新人時代を思い出しました。
高熱のある患者さんに、「水まくらをください」と言われて本当に氷枕に水しかいれない状態で持っていってしまったのです。言葉に通りに捉えて、自分が求められていることがわかっていませんでした。
 新人時代はこんな感じで叱られてばかりでした。

 注意されたことや、教えてもらって何か気づきがあればその場で走り書きでメモをして、家に帰ってから清書して、自分独自のマニュアルを作って見返すようにしていました。マニュアルも塵も積もれば山となり、仕事にも少しづつ慣れていきました。先程の植木のエピソードならば、Aの植木ならばコップ一杯と教えてもらってマニュアルに書いた。今度はBの植木を頼まれたので、先輩に「Aの植木はコップ一杯ですが、Bのコップはどれくらい水をあげたらいいですか?」と聞けるようになる。

 Bはコップ2杯と教えてもらいマニュアルに記入。次にCの植木がAとBの中間くらいの大きさなら、やっと1・5杯くらいかな?と想像できるようになる。こうやって成長していく感じです。最初にAの植木はコップ一杯と教えてもらわないと悲惨なことになります。でも仕事をコツコツ続けて経験を積んでいけば、植木の状態をみて必要な量を日々考えられるようになります。
 すみません、なにが言いたいのか、わからない文章になってしまいました。今では自分の中には言葉もあり、思考もしていると思うのですが、人に伝えようとすると言葉や文章にするのにものすごく時間がかかります。外国語を辞書で引きながら翻訳している感じです。

 ayuminさん、すごいです! げんちゃんは、私が、指導してやってみます。広げる訓練・・・





by glow-gen | 2017-10-19 20:14 | 意識のこと | Trackback | Comments(15)

時間の実体感と、時計の把握 

夏休みからこっち、考えてみれば、やっぱり、ぜんぜん違っているげんちゃんでした。

じわ~っと変わってます。よくなった~。ハッピー!ハッピー! なんてことは、絶対ないのだけれど、ありゃ・・・よ~く考えてみれば違ってる。
意識に焦点を当てて、引っ張って来ようとしてきたけど、イルカの直後は、今とは全然違っていたよね。

今では、ランドセルの中をきちんと整理して入れる、とかは普通だし、学校の引き出しの中も、昔より、意識できてました。
「明日の予定は?」
なんてことを、たまに聞いてみたり。・・・ぽつりぽつりと出てくる、ちょっとした兆しは、少しずつ多くなってきてます。でも、だめなものも多すぎて、ストレスフルな毎日は変わりません・・・とほほ・・・
ドラム缶を満たすのに、コップでせっせと水を入れているような感覚で、増えてない?と言われれば、増えてるけど、だから何? みたいな感じが抜けません。

多くの改善しにくいところの中で、時間の感覚は、なかなか普通の子のようになっていきません。時間とは、脳のどの部分を使って把握する、というものではないそうです。未だに、どうやって人間が時間を把握するのか、不明なのだそうです。確かに、多くの動物は時間を人間のように把握しません。
げんちゃんに
「ねえ、今日は、くもんは、何時間行ってたの?」

なんて、聞いても、しどろもどろです。私たち大人は、時間を追いながら暮らしています。起床時間も、就寝時間も意識してるし、覚えています。しかし、げんちゃんは、
「昨日何時に寝た?」
と聞いても、???

彼の意識が、いつもふわふわして、自分の行動さえ、なんとなく、把握できていない状態なのは、この時間への認識の困難さが根底にあると思います。
夏休み頃から、アナログ腕時計をさせて、時間を意識させるようにがんばってますが、なんせ、そもそも、時計というものを、ぜんぜん手中におさめていないげんちゃんは、”遅刻しても、何分遅刻してるからやばい”、とか、”あと、時間までどれだけあるから、余裕ある、とか”、測る物差しをもたないような状態なのです。

 おけいこごとも、遅刻はしょっちゅう、かと思えば、時間より、極端に早く行ったり・・・

とにかく、時計を手中に納めることから、と、やむをえず、2年生の、時計ドリルなどを、合間合間にやっています。なんせ、膨大に学ばねばならないことが多くて、時計だけに、時間をとることもできませんが・・・

 そもそも、多動のお子さんが、すぐにそわそわするのは、時間の感覚が狂っているから・・・という説もあり納得します。たった5分が1時間に感じられれば、そりゃあ、そわそわもするでしょう・・・

 「ねえ、10時30分からだったよね。今50分だよ・・・何分おくれてしまってる?」

こういう問いに、すらすら答えられるようになれば、げんちゃんは、色んなことが同時に進むのではないか、と思いますが、この時間把握は、けっこう大変です。げんちゃんの知的なトラブルは、ほんとに、当初私が考えていたより、相当ひどいものだな、と感じるこの頃です。

つまり、6年生くらいになると、他の子ども達は、こういう基本的なスキルは、当たり前のようにものにしているので、げんちゃんのようなトラブルを持つ子供達と、どんどん差があいて、はるかかなたに行ってしまうように見えるのは、当然のことなのかもしれません。

 それを考えれば、同じ距離をおいて、ついていっているようでもあるげんちゃんは、やはり、かなり進歩していると認識してもいいのかもしれません。まあ、そういうことにしておきましょう。モチベーション維持のために・・・・笑

 さて、ちなみに、今更のような時計の学習ですが、問題集を見ると、50分引く30分・・・20分・・・みたいな発想で教えるものが多いのですが、図形で教えた方がいいと感じてます。
30分は半円形・・・つまり何かい? これは、円のどれだけ? そう、半分だよね。じゃあ、3分の1は?  そう20分・・・扇型だね・・・たまたま扇子が近くにあったから、
「扇子は、20分だぜ、・・・・」

そうそう、扇子いいかも・・・ばっと広げて、これは何分? なんて直感ゲームをします。

 指でもできます、10分の大きさは? 15分は? とか聞きながら、形を再現してもらう。1時間に対して、どれくらいの大きさなのか、を感じ取れれば、20分遅れるってことはどれくらいの遅刻なのか、量感を持って感じ取ることができると思います。
(まあ、これだって、今だからできることで、つい先日まで、”半分”の感覚さえなかったのですから・・・)

 そういう量感のなさ。それが、げんちゃんの根底にいつも流れている、宇宙人的生活を作っているのだ、と、思うこの頃です。

生活の中で、しょっちゅう時間に意識が行くように、声かけも頻繁にしています。ほんとに、げんちゃんに対応するエネルギーは、普通の子の何倍ものものです。

どんどん月日は流れているけれど、老け込んでいる暇もない!

追記
コメント欄で、haruking7さんに、タイムタイマーというのを教えていただきました。
発達障害の子たちのような子のためのタイマーだそうです。
ありがとうございました。






by glow-gen | 2017-10-14 11:01 | 時間 | Trackback | Comments(16)



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 近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。
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近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらっています。
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