げんちゃんの発達障害プロジェクト

カテゴリ:意識のこと( 7 )

見ていても見えない、聞いていても聞こえない。情報は抽出するもの

またセラピストの先生に、私のぎもんをぶつけてみて、また一つ私はげんちゃんのことを、少し理解することができました。

G 「げんちゃんって、認知症のお年寄りとある意味同じだと思います。」

S 「そうです。げんちゃんが、このまま行って、将来、ママが死んだりしたら、げんちゃんは、ぼ~っと、どこにも焦点をあわせず、くうを見て過ごすような感じになるよ。」
(実際、げんちゃんの幼少期は、ずっとそんな感じの子でした。)

G 「自閉症の僕が飛び跳ねる理由、をお書きになった東田直樹さんが、書いておられたのだけど、
 自分の部屋である人に会っても、他の場所でその人に会うと、もう認識できないそうです。
それって、自分の部屋で会っている状況のすべてが、一枚の写真におさまるようなもので、そこから、人物だけの情報を抽出できない、ということなんでしょうね。」

S 「その通り。見ても見えてない・・・という状況なんだよ。」

G 「だから、たとえば、一生懸命反比例の問題をいっしょにやっていたけれど、げんちゃんときたら、まったく考えない。それも同じことだよね。段階をおって、やっていって、さあ、問題をしてみて、って言うと、今までやったことはすべてかなぐり捨てて、いきなり、適当にやりました。悩むこともなく、いきなり、パッとフィーリングというかなんというか。でたらめ。」

S 「問題の意図や条件を抽出できないわけだよね。問題をさっと読んで、普通のお子さんに理解させるようなやりかたで、はい、やってみて、と言っても、個々のステップとか、段取りとかに意識がいかないから。」

G 「だから、また、もう一度もどって、さあ、ここは、何を勉強しようとするんだっけ・・・と問い、やっと、二つの物の関係を学ぶんだ、ということを導きださせたら、今度は、じゃあ、二つとは何?、と問い、それを考えることができたら、たどたどしくノートに箇条書きさせる。
問題は、1分間にそそぐ水の量と、タンクにたまる時間の関係だったから、今度は、コップと水までもってきて、体感させる。
そこまでして、彼は、問題の内容を、一つ一つ抽出して考えられるようになるんだよね。」

S 「そこまでやったの?」
G 「もちろん、机の上が濡れちゃった。」

S「あはははは・・・
  うん、それでいいよ。時間がかかるだろうけど。問題にしても、問題の隅々に意識がいきわたるように、分解して、抽出して、ある時は体験させることまでして、意識にのせていくんだよ。」

G 「本読みも同じだよね。この前、けっこうむつかしい文章題を75点もとってきたけれど(前ブログの写真)、わかっているか、というとぜんぜんわかってないことも多いからね。なんか、文の前後関係とかから、上手にひっぱってきているだけで、自分の言葉で回答させようとすると、まったくできないことがあります。」

S 「たとえば、映画を見てるだろ。そしたら、駒をとめ、一つ一つの駒において、質問するようなことをしていくんだよ。
 この人の顔はどんな顔? とか、今どんな風なこと考えてるかな、とか、この人は、どういうタイプ?とか、・・。映画が終われば、なんか、わかったような感触になっているかもしれないけれど、何もわかっていない・・・普通の人が当然取っている情報を、まったく取れてなかったりするんだよね。」

G 「 わかります。・・・後から唖然とすることがしょっちゅうだもんね。」

G 「ところで、げんちゃんは、くもんで、やりなおしができないようです。たとえば、10問間違ったとします。普通の子は、10問やり直して、持って行く。でも、げんちゃんは、なんとなく、目についた一問を、ぱっとやって、持って行く。何度言っても、全部やりなおせない。」

S 「それは、つまり、抽出できない・・・ということの典型例でもあるよね。白紙の問題をはじめからするのはできるけど、間違ったとこだけ抽出することはむつかしい。」

G 「なるほど。今は、げんちゃんは、とにかく、一枚の写真で、ぼんやり全体を見てるところから、そこから抽出する、というところが、主テーマなんだね。」

S 「そうです。まだ、やっと、抽出しようと意識が働き始めた初期の段階だね。空間にたとえたら、そこいらに散らばっている点を探してくる段階だよ。 まずは、抽出してしっかり認識する、という段階がクリアできれば、今は、十分ほめてやっていい。抽出するためには、広げてあげることも必要で、散らばっている範囲も、ある程度、広げてあげなければならない。」

G 「はははは・・・まさに、マインドマップなら、ひたすら見つけてくることでオーケーにするってことかも。
 つまり、それらの情報を、ほかのものとつなげて関連付けて考える、というステージはまだ先ってことね。」苦笑


 なんとなく、ぼーっと焦点を合わせて、見えても見えない、聞けても聞こえない、という状態のげんちゃん。そこから、意識を働かせて、抽出してくる、という段階をママは、ヘルプしてやることが、今大事なのだ、と思いました。


 たとえ、なんとなく、テストの点が良くなっていても、そこの意識の問題がクリアしなければ、げんちゃんの心と能力は乖離し、げんちゃんは、なかなかバランスがとれず、生きにくい、そう思うげんママです。発達障害そのものを治したい、と願うげんママです。壮大なテーマなのかもしれませんね~。


ayuminさんのこの記事へのコメントが、すごくはげましになるので、貼り付けさせていただきます。ayuminさんありがとうございます。

>>
げんママ様
またS先生との素敵なお話をありがとうございます。東田さんの「他の場所でその人に会うと、もう認識できない」というのは、私もそういうところがあります。仕事で、201号室に入院中のAさんと201号室でお話するのは問題ないのですが、Aさんに廊下で話しかけられると、「誰ですか?」となってしまいます。でも、仕事なのでそういうことが続くと、不信という形ではっきりと突きつけられ、対策を考えるしかなくなりました。頭の中で10カウントしている間、こっそり見つめて、顔だったり、体型だったり特徴を覚えるようにしています。これも、多分見つめられているのがバレているし、不審なのですが、その後の信頼関係が築けなかったり、医療ミスをするよりはいいはずと思っています。新人時代よりは、認識がかなりまともになっていると思います。
大人になってからでも、本当に必要に迫られると、目覚めてくる能力とか、自分のもともとの能力との付き合いがわかってくるようです。学生時代よりも、今のほうが生きやすいです。



by glow-gen | 2017-11-15 18:30 | 意識のこと | Trackback | Comments(8)

発達障害ってなんてやっかいなのかしら!

 
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75点83点85点 確かに、進歩。歴史なんて、無理、と去年は戦々恐々としてました。

げんちゃんは、修学旅行に行きました。5000円お小遣いをもらって、置物やら、お菓子やら、合計5点を買ってきました。お買い物に目覚めたようです。
「楽しい~。お買い物~。」
計算障害なので、どうやって買い物したのかしらね?? ざっくり概算で、とまではいかなくても、とにかく、値札より大きなお金を出す、ということでクリアしたと思ったら、やっぱりサポートしてもらったみたいで、がっかり。
しかし、こういう経験がバネになり、色んな超苦手も、生活にいる部分だけなら、なんとなくできるようになる、というものなのでしょう。ちなみに、これはいくら? と聞いても、???まったく把握していないげんちゃんでしたけど・・・

 また、合宿を何度重ねても、前の日の下着や靴下で帰ってくるげんちゃんが、この度は、靴下も下着も着替えてきていました。進歩はあります。用意も、まあまあ自分でしています。
でも、私は、下着、上着、と、用意のしおりに書いてあったのを、げんちゃんは、下着はボトム、上着はトップスと思っていて、シャツパンツを用意することがなかったので、びっくりしました。”下着”の意味がわからなかったなんて驚きです。げんちゃんは、こういう風に、当然わかっているだろう、ということが抜け落ちていて、私は、いつもあぜんとします。

 でも、あまり心配することなく送り出せるのは、支援の先生が同行するのもあります。どういうサポートがいったのか、まだ報告は来てませんが、たぶん、去年の研修旅行からすれば、格段に進歩していることは間違いないです。

 進歩といえば、最近、テストで、80点前後取って帰ってくることがあります。(算数でさえ、83点もとったことが一度ありました。奇跡!)、もちろん、(50点以下の時も多々ありますが、)もちろん、テスト、とあったら、少しは準備してます。でも、5年の最初では、テストでは、持てる力を発揮してがんばる、なんてことさえ難しく、わからないとこがあったら、そこで終わるというような雰囲気でした。・・・やがて、5年の後半は、そこそこ全部、書けるようになったけれど、特別に時間をたくさんもらう必要がありました。

 ここへきて、やっと、簡単な定期テストは、他の子と同じ条件で受けて、時には、良い点をもらってくるようになったようです。とにかく、普通の子がそうするように、時間内になんとかでっちあげて、出す、という当たり前の行動ができるようになったわけです。進歩してます。

 でもな~・・・げんちゃんの意識障害は、やっぱり、はなはだひどいです。日曜日は、毎回バトルでへとへとです。彼は、宿題のことなんて、頭の隅にさえなく、気付かせてやり始める頃には、もう寝る時間が近づいていて、すぐに眠り出します。日曜日、毎週教会に礼拝に行きますが、その時間も、何年も行ってるのに、把握しません。

 すべては、母親に丸投げなのか、考えられないのか・・・そこに意識を向けません。一事が万事そんな感じなので、テストが少しよくなった、と、言っても、なんか手放しに喜べません。

くもんの先生に電話したら、こんな意味のことをおっしゃってました。

「私は、今までできなかったことができた時だけほめるんですよ。げんちゃんは、自分一人で、全教科をこなせないのです。1つ終わったら、お友達を笑わせに行ったり、次にうつれません。時々できたら、ほめるのですが、また次の時は、できたりできなかったり。つまり、普通の子は、褒めたりすることで、目標を気付かせ、良いサイクルに転がしていけるのですが、げんちゃんは、できたりできなかったり、同じ範囲を繰り返すだけで、いっこうに、良いサイクルに乗っからないのです。これは、私の課題ですが、難儀してます。」

まさに、私が、ほんとにいらいらするのも同じ点だと思います。彼が、達成するのは、各論のパーツパーツであって、いつも、目先のことだけで動く、刹那主義のげんちゃんであることはかわりません。

ダチョウは、今やってること、目先のことだけしか、意識がいかないそうです。卵を産むときは、そのことだけ、だから、あとから、自分が生んだ卵を踏みつけても、気にしない。げんちゃんは、ダチョウ的です。

ピアノの先生が、地道に何度も何度も取り組んで教えている、音符の長さについて、(四分音符は一拍とか・・・そんな勉強です)前よりは、多少はいるようになってきている、と言われますが、理解力は低く、常識を逸してます。
 ピアノの先生は、行ったり来たりを繰り返しながら、底があがっていくでしょ。と、言ってくれましたが、そうかな~・・・と懐疑的なげんままのメンタルです。

 先週は、修学旅行でホームスクールもなく、まったく時間の余裕もありませんでした。ただ怒濤のように時間が過ぎて、何もできないままに、げんちゃんが、好き勝手にどんどん思春期へ突入するような無力感を感じてます。

 ダチョウ的なげんちゃんが変わっていくのかな~・・・確かに、進歩してますが、私は、ぜんぜんそれを喜ぶ気になれなくて困ります。

最も、変わってほしいところは、なかなかかわりません。発達障害とはなんてやっかいなのかしら・・・

by glow-gen | 2017-11-13 20:04 | 意識のこと | Trackback | Comments(9)

正しい価値認識を入れてあげること。指先は常に鍛えること・・・

  げんちゃんは、確かに伸びたと思うけど、あるところで、いったり来たりしている感があります。
良い峰が見えると、もう、そこに来て当然と思ってしまうのが親というものかもしれません。でも、底と峰の間あたりにいるのが、今のげんちゃんなのだと思います。

発達障害とは意識障害・・・そう思って見ていると、ほんとにわかりやすいです。学習するときも、結局意識が入らないので、わかっているようなことでも、あぜんとすることをしたりして、この子は、わかっているのか、わかっていないのか、さっぱり不明・・・みたいなことがおこります。

この時期を突き抜けるには、まだまだ、根性がいるようです。ここを突き抜ければ、ある程度、発達障害の本質にせまることができるわけで、そうたやすい道のりではないのだと思います。げんちゃんも、苦しい勝負になるので、逃げようとしているのが見え見え・・・完全に逃げ場をふさいで、自分と向き合わせることをしなくちゃいけないのかな、と思います。

 そういうことを、セラピストの彼、Sさんと話しました。

G「そろそろ次の段階に行かなきゃね~。」

S「追い込んでいくのではなく、ちゃんと向き合うための、腹をくくらせなきゃいけないよね。」

G「なんか、くもんの先生は、げんちゃんに自信をつけてほしい、っていうので、今は、あんまり矯正せず、問題もかなり落としてさせているので、くもんだけは、楽しい、と言って行くけれど。K先生のところは、重たい・・・とかぬかしてる。」

S「ははは・・・くもんは、単純にK先生のところでやった成果、実であって、それだけにすれば、またいきづまるのはみえてるんだよね。それに、自信ばかりつけても、だめで、何が正しくて、何が正しくないか、的確な価値認識をつけなくてはだめなんだよね。

発達障害の子は、ただほめるだけの教育は危ないよ。この子たちは、ほめられれば、自分の勝手な価値認識に歯止めがかからなくなるから。褒めるときは、しっかりほめるけど、持ち上げすぎないようにする。持ち上げて、すっと横に逃がす感じかな。
とにかく、正しい価値認識を植え付ける、ということを抜きに、ただ褒めるとか、肯定する、とかいうことはやめた方がいい。」

G「でも、げんちゃんが、たとえば、さっきにみたいに、自分が感じていることを、やっと言葉にできはじめたので、反抗的な行動も出てきたけれど、こっちも、手応えがあるし、やりやすくはなっていますよね。」

S「今は、わかっているけど、実行できない・・・先に行けない。そんな感じなんだよね。意識も入るときもあるけれど、どうしようもなく吹っ飛ぶ時も多い。」

G「ほえ~。しんど~い。ところで、クラフト類とか、絵は、まだまだやんなくちゃいけないんだけど、ぜんぜん食いつかないんですよ。くいつかないと、どうしようもないもん。」

S「確かに、げんちゃんの空間認識は、不完全でしょう。」

G「昔は、平面の模写をいっぱいして、なんとか絵を描けるようになったけど、今度は、立体の模写が必要な気がするんです。たとえば、タマネギとか、単純な形を少しずつ描かせた方がいい気がするんだよね。」

S「それは、すごくいいと思うよ。でも、直線のものにしてね。曲線は、彼らはとてもとらえにくいんだよ。だから、まず、コップとか、まっすぐな線で出来ている物からでいいと思う。
げんちゃんは、見え方が、たぶん、ぼんやりしてるんだと思うよ。見え方というのは目の問題ではなくて、脳の認識の問題だけど、輪郭とか、なんとなくぼんやりしてると思う。」

G「やれやれ。・・・まだそう言う段階・・・」

S「クラフトも、少しずつ根気よく取り組むのが必要だね。指先は、ほんとに大事で、たとえば、字でも、パソコンの時代だから、もういいんだ、なんていう考え方は危ない。指先能力は、油断せず、地道につけるようにしなくては、意識はなかなか上がっていかない。
 げんちゃんは、物の扱いが、まだまだアラっぽく、細かく注意がいかない、というのも、まだあるよね。物の扱い方、というのは、他人に対しての配慮や、対人関係にも反映するよ。げんちゃんが、もう少し、他人に対して興味がわいていくといいんだけど、まだまだそこがね~・・」

G「今は、支援クラスのげんちゃん、というので、下駄はかせてもらってるから、なんとかなっているけど、普通の中に入れれば、まだぜんぜんなんだよね。」

G「しかし、Sさんは、よくわかるわね~。発達の子の認知がよくわかってるけど、勉強されたんですか」

S「僕は、その子の前に立つと、なんとなく、その子がどんなことで困ってるか、どんな風に認知してるか、だいたいわかるんだよ。」

G「ひょえ~~。そうなのかな、とは思ってたけど。普通は、そこを理解するのに四苦八苦するのよ~。」

S「次のステップにそろそろ行くかな~。僕は、やりたくないな~。大変だぞ~・・・ママ自分でやって。」
G「そんな~。ここで見捨てないでよ。」

S「ははは・・・笑 また、いつかどっかで合宿行こうか・・・・ぼくきついな~・笑・・まあ、伸びればおもしろいし、やりがいもあるけど。」

G「げんちゃんは、私がいつも逃げ場をふさいじゃうから、打たれ強いでしょ。現実はちゃんと認識させようと、いつも思う。」

S「なかなか、そういう母親ばかりではないかもね。優しさと、厳しさがいるんだよ。ちょっと、厳しさが強い時もあるけど・・・笑。もう少し、長い目で見てやって・・・」

「へい・・・笑」

セラピストのSさんとの会話は、たくさんの学びがはいってます。私が、頭悪くて、なかなか把握できなくて、しかたないので、会話をメモって、直接アップしてみました。セラピストなんていうくくりではない気もするのですが・・・彼から学んで、出来る限りアップしてみたいと思います。



by glow-gen | 2017-11-04 17:39 | 意識のこと | Trackback | Comments(19)

意識の広がりが生まれてきた。空間認知、入りすぎない集中

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  K先生の個人塾では、あいかわらず、ぼ~っとして集中できない日が多いです。くもんはくもんで、カリキュラムもやさしいのをしているし、縛りも少ないみたいで、楽しそうに行きます。どうも「毎回、げらげら意味もなく笑っている、」そうです。先生がおもしろいんだ、と言って、笑いのつぼにはまるらしいです。
  個性的ではあるけれど、周りを意識しながら、浮くのも個性の範囲にとどまっている、と、先生が言うのを信じましょう。

 そんな中にあって、ふと気付くと、げんちゃんの色んなことが、前より進歩しています。あ、そういえば・・・前は、こうじゃなかったよね・・・という感じです。


 一日のスケジュール管理が、前よりずっとできるようになって、丁寧に理解させ、シュミレーションすると、まあまあ、一人で準備してこなすようになりました。先日、珍しく、お友達のところに遊びに行きました。
行く前にげんちゃんに持たせるガラ携を与えて、
「Aちゃんのおばちゃんに、電話番号聞いていたら? マンションの番号忘れた時に、下から電話すればいいでしょ。わかった? おばちゃんに、電話番号を聞いて、携帯に登録する・・・もう一回言うよ・・・」
まあ、こんな感じで指示したのですが、果たして・・げんちゃんは、ちゃんとやってきました。 びっくり。

 二つくらいのことを指示しても、やってしまったりする。もちろん、できるんだ、と思って、安心してたら、あれって言うのもあるけれど、私の認識が、できる子なんだ、という認識にかわっている・・・

 考えてみれば、昔は、げんちゃんに指示したって、何一つできないので、常に、支援クラスの先生の連絡帳にしたためていました。もちろんそれでも、うまくまわらないことも多かったです。
とにかく、先生の連絡帳だのみ。それが、最近は、連絡帳でやりとりしなくても、あまり支障がなくなっています。私の連絡帳の記述も、さっぱりしたものに変わっていて、以前は、ついつい1ページぎっちり書いても言い足りない・・・的な感じでした。

最難関のように感じていた時間の感覚も、
「あと2時間あるんでしょ・・だから、少しは、これで遊んでもいいじゃん」

とか言ったりすることもあります。時計は、いまだに、5,10,15・・・・と分針を読むようなありさまだけど、それでもなんか違う。

第一、思うのだけど、マインドマップを作りながら、

「ねえ、これどう思う?」
なんて聞いても、
「・・・・・・」

感想なんてまるで出てこなかったことを思い出します。問い詰めれば、さらに、出てこなくなり、とんでもないことを言ったりして、私のストレスだけ上昇していってました。やっと、自分の思いや気分、そういうことを言葉にし始めたようです。以前は、自分の心の状態なんて、まったく把握できなかったんでしょうね。そこに焦点を当てたこともなかった。言おうにも、わからないから、言葉も出ない。 興味のあることだけ、たまに饒舌になる、普段はレスポンスの弱いげんちゃんに、いつもイライラしてた私です。

げんちゃん、やっぱり、変わったな、と思います。


 これは、意識の方向が少し広がってきたためだと思います。また、色んなことに言葉を貼り付けられるようになったこともあるのかもしれません。意識の広がりと言語は、多少かぶっているのかもしれません。

でも、意識の改善には段階があります。

 まずは、広がる。つまり、気付く、ということです。幼児の頃なら、広げるだけで精一杯、それができればおんの字というところかもしれません。

そして、次に、それと関連することを見つける、ということでしょう。

そのステージがしっかり成熟していくと、次は、判断する、というほぼ完璧なステージの入るのだと思います。

イメージで言うと、まわりに点が加えられる。次は、線で結べる。次にその線が入り組んで、やがて、立体になる。そんな感じだと思います。

やっと、少し広げられるようになった・・・今は、そんな感じなんだろうな、と思います。


 最終的に立体にできるためには、色んな能力が必要なんだと思います。空間認知も大切らしいです。

 セラピストの彼が、我が家に遊びに来て、ドローンをおいていきました。めちゃ難しい・・・汗
彼は、なかなか辣腕だな、と思います。ドローンに関してこんなことを言っておいていきました。、

「ドローンは、1時間充電して、10分しか飛べないんだよ。この子たちは、入り込んでしまうのをコントロールする必要がある。この10分しかできない、というのがとてもいいんだよ。
そして、空間を、体で感じるために、ドローンを指先で細やかに動かすのが効果的で、これをこなせるようになってきたら、げんちゃんも、次の段階に行くんじゃないかな・・・」


は~・・・彼は、どうして、この子たちのことをこれほどわかるのかしら???

そして、あれから、1ヶ月近くたって、そういえば、げんちゃんは10分みごとに、ドローンを操縦するようになりました。なるほど、彼の予言は的中なんだよね~。



by glow-gen | 2017-11-01 14:38 | 意識のこと | Trackback | Comments(12)

言葉が広がっていかない。発達障害とは、意識と脳の、乖離じゃなかろうか・・・

  意識について、セラピストの彼に、色々教えていただいて、色んな気づきをしているこの頃です。彼の言うことは、すごいな~と思うけど、なかなか消化しきれないで、言葉におこすにいたらないのですが、時間がたって、以前言われていたことが、そういうことなのか~、となんとなくつかめてきます。

こういうたとえはどうでしょう。 
職場で、新人スタッフが、先輩の業務を何十回も見てたとします。でも、ある日、先輩とかわって、その仕事をやらせると、まったくできません。

「今まで、あなたは、何を見てたの?」

と、先輩に叱られます。さて、次に、彼女は、また先輩の業務を見学します。さて、どうだったでしょう。今度は、まったく違った意識で、その仕事を見るでしょう。
そして、何十回も補助についていたのに、私は、今まで何を見ていたのかしら? と彼女は思うほど、そこからたくさんの情報をものにすることができます。

 げんちゃんの日常は、まさに、新人スタッフの最初の見学と同様、見ていても、まったくそこから情報をとれていないのと同じなのだと思います。
そこで繰り広げられていることから、何の広がりも生まれず、自分の頭の中に、しっかりと整理されることもありません。ただぼんやりと、わずかな印象が残っているだけです。

 、また、こういうたとえもありかもしれません。私は、鍵を無意識にいつもの所におきます。いつもの所なので、何の感慨もなく行動してます。ある日、私は、鍵をおく前にトイレに入ってしまい、ついそこの棚のところにおいてしまいました。さあ、出かける時になって、鍵がない、と大騒動です。

 同じ行動をしても、そこに意識が入っていないと、結果はさんざんなことになるのです。

 今日は、そのことをはっきり目の当たりにする事件が起きました。

 げんちゃんは、昼からまた、K先生の所に勉強を教えてもらいに行きましたが、その後、すぐに、もどってきました。先生から電話がかかり、
「げんちゃん、午前中に、寒いと言ってたので、長袖の服に着替えてくるように、一度帰しました。」

ということでした。

 今日は、K先生のところが終わると、おばあちゃんの所に行って、ご飯を食べます。
私は、げんちゃんに、
「今寒いの?」
と聞きました。げんちゃんは、走ってきたようで、
「ぜんぜん寒くない。今は暑いよ。」

と言うので、
「じゃあ、長袖持っていって、寒くなったら着替えたら? ついでに、もう一枚、おばあちゃんのとこに行くときに、持っていって。」

と、2枚のTシャツをわたしました。

さて、この後、彼は、どんな行動をしたと思いますか?


 そうです! 驚くことに、K先生のとこより、ずっと遠くにあるおばあちゃんのとこに、直行したのです。そして、そこで、長袖に着替えてK先生の所に行きました。

もちろん、私は、K先生のところが終わってからの段取りを言ってます。
「持って行って。」

というところだけが、彼の頭に入り、そこから何の検証もされることなく、広がることもなく行動したのです。K先生と二人で唖然としました。

 確かに、昔はそうでした。いちいち、すべての段階を言葉にして伝えないと、とんでもないことがしょっちゅうおこりました。だから、ばかばかしいくらい、行間を徹底して言い添えていました。最初からいちいち何度もシュミレーションしたりね・・・

しかし、未だに、こんなことがおこるなんて・・・

 そうです。彼は、「ちょっと考えれば」・・・という意識の働きが作動しないのです。広がらないのです。持っていって、と言えば、単に”持って行って” なのでしょう。
  やれやれ。ヤツといると、ほんとストレスフルな毎日です!

以前、テレビで、大人の発達障害の方が、
「植木に水を適当にやっていて。」
って言われたら、床にあふれても、やっていた。”適当”・・・がわからなかった。これも、広がらない思考なんだと思います。

 普通は、水を・・・と言われたら、鉢の大きさを考えるだろうし、土の乾き具合、気の利いた人なら、かつて、雑誌で見た観葉植物の記事を思い出すかもしれません。そして、ついでに少し窓際によせとこ、なんて気を利かせる人もいるかもしれません。

これが、植木じゃなくて、お客様への営業ならば、ある人は、お客様がご満悦になるくらい、気の利いた配慮につなげるかもしれません。

これが、広がり、というものです。

さっきの新人見学なら、体験したあとの見学は、自分の体験とどんどんつながって、広がっていく。


 さて、私のげんちゃんは、と言うと、広げられない!
 広げるための意識の働きが弱く、つなげて、広げるためには、どの引き出しを開けるのか、ぜんぜんわからないのでしょう。
 でも、「すでに、ちょっと考えればわかる・・・」、というところにげんちゃんは来ていると思いたいげんママです。その意識を働かせるだけで、ぐんと広がるはずではないのか。

話しもどって、げんちゃんに、問い詰めます。(つい問い詰めるんだよね~・・・いらいらするんで。ここが私の課題・・・)

「ねえ、げんちゃん、おばあちゃんの所に、今先に行く必要はあったの?」
「え~っと。・・・なかっ・・た・・・?  でも、行けって言われたから。」
「ほう・・・行けって言われて、変だと思わなかった?」
「・・・・」
「今からげんちゃんは、何をする予定だったのかしら?」
「K先生の所・・・」
「だよね。」
「K先生のところが終わったらどこに行くんだったの?」
「おばあちゃんのところ・・・・・あ、そうか~。」

げんちゃんの意識に、限りなく働きかけて、ゆりおこす。絶対に、最初から模範回答は言わない・・

「どうするんだっけ。」「何をしようとしてたの?」「何か忘れてないかな?」「次は、何をするのかな?」

「じゃあさあ、今日の反省を言ってみてくれない。」
「うん。今日は~・・・えっと~、K先生の所が終わって、おばあちゃんの所に行ったらよかった。」
「ねえ、もうちょっとふくらませて言ってみて。いつどこで、誰が、何を・・・?」
「今日は~。TシャツをK先生の所に、・・・」

てな感じで、めちゃくちゃ時間取るけど、思考を広げるための諮問を続けます・・・根気勝負ですね。


 げんちゃんは、確かに、意識の働きが動き出しているけど、ほんとに、まだまださまよっています。私が鍵を紛失してしまうときの、脳の動かし方と同じ脳の動かし方に慣れてしまって、新たな脳の使い方へ移行するには、すごいエネルギーなんでしょうね~。

 もしかしたら、発達障害とは、脳と意識の乖離状態なのかもな~・・・と、思い始めました。
今、げんまま、壮絶とも言える、広げる訓練へ踏み出しています。これこそが、核となるものじゃないか!


ps
ayuminさんが、植木鉢に水をやる話について、すごくわかりやすい解説をしてくださったので、貼り付けさせていただきました。ayuminさんありがとう。

 私は医療関係職ですが、植木に水をあげるエピソードから、自分の新人時代を思い出しました。
高熱のある患者さんに、「水まくらをください」と言われて本当に氷枕に水しかいれない状態で持っていってしまったのです。言葉に通りに捉えて、自分が求められていることがわかっていませんでした。
 新人時代はこんな感じで叱られてばかりでした。

 注意されたことや、教えてもらって何か気づきがあればその場で走り書きでメモをして、家に帰ってから清書して、自分独自のマニュアルを作って見返すようにしていました。マニュアルも塵も積もれば山となり、仕事にも少しづつ慣れていきました。先程の植木のエピソードならば、Aの植木ならばコップ一杯と教えてもらってマニュアルに書いた。今度はBの植木を頼まれたので、先輩に「Aの植木はコップ一杯ですが、Bのコップはどれくらい水をあげたらいいですか?」と聞けるようになる。

 Bはコップ2杯と教えてもらいマニュアルに記入。次にCの植木がAとBの中間くらいの大きさなら、やっと1・5杯くらいかな?と想像できるようになる。こうやって成長していく感じです。最初にAの植木はコップ一杯と教えてもらわないと悲惨なことになります。でも仕事をコツコツ続けて経験を積んでいけば、植木の状態をみて必要な量を日々考えられるようになります。
 すみません、なにが言いたいのか、わからない文章になってしまいました。今では自分の中には言葉もあり、思考もしていると思うのですが、人に伝えようとすると言葉や文章にするのにものすごく時間がかかります。外国語を辞書で引きながら翻訳している感じです。

 ayuminさん、すごいです! げんちゃんは、私が、指導してやってみます。広げる訓練・・・





by glow-gen | 2017-10-19 20:14 | 意識のこと | Trackback | Comments(15)

意識を入れれば、ずいぶんできはじめているのに・・・

げんちゃんの意識の発動は、夏休み前より静かにおこってきていますが、一気に、というわけにもいかないようで、日々、あいかわらず格闘の日々です。

 昨日は、学校がお休みで、朝は先生のところに行って、夕方頃くもんに行く予定になっていました。げんちゃんは、おばあちゃんのところで過ごすというのが、こういう日の暗黙の了解でした。
が、げんちゃんは、くもんから、家に帰って、レンジでチンした昼ご飯を適当に食べて、それから、ず~~っと一人で、快適に家で過ごしていたようです。大好きな、テレビのアニメ録画を何度も見て、ナーフというおもちゃの銃なんかで遊び、何時間もすごし、とうとう、くもんの時間になっても、気付くことができなかったようです。

9時までの教室に、8時になって、ようやくはっとして、あわてて行ったようです。

一日、ただの一度も顔を見せない孫に気をもんで、おばあちゃんはいらいらして待っていた模様。夕ご飯も、何か、適当に出して食べたげんちゃんは、目の前の ”好き勝手する”、ということだけに焦点をあてていたようで、それ以外は、くもんも、おばあちゃんに連絡することもすっこぬけていたようです。

 9時過ぎに私が家に帰る頃まで、それについて、誰も文句を言う人もおらず、本人も、何の罪悪感もなくすごしていたので、私は激怒しました。

8時になるまで、くもんのことを考えなかったなんて、何を考えてるんじゃ! 時間の感覚は、少しはついたと思っていたのに、彼には、時間など何の意味もないことなのでしょうか。

普通の子なら、8時になるまで、遊ぶことしか意識がない、なんてことありえない! 時計を気にしながら生活するものではないのか!

 あいかわらず、目の前のことだけをつなげて生きているげんちゃんにうんざりします。 けっこう意識を入れることができはじめていると思った矢先、こういうことがどかんとおこります。

 先日くもんの先生がおもしろいことを言っていました。

「げんちゃんの算数の計算は、だ~っと正解が続くと、次は、だ~っと間違いが続きます。そして、あるところからだ~っと、また正解になるんです。
げんちゃんの算数は、できない、とかじゃない、別の問題がありますよね。」(できない、とかいう問題も、別にしっかりあるんだけどね。)

 私は、笑ってしまいました。まさに、今のげんちゃんそのものです。意識を入れれば、昔のげんちゃんからすれば、ずいぶん進化を遂げた行動が出てくるのに、入れないと、な~んも考えてない行動になります。

 それから、げんちゃんに、アルファベットを書くという課題をやらせました。5年以上も、ただ行くだけかもしれないけど、英語教室に行っているのに、未だに、アルファベットの大文字小文字ごちゃまぜだし、ぜんぜん書けない。練習させてみると、案の定、ただ手本を見て、頭を空っぽにして写すだけ・・・こんなことしてても、何も頭に入るはずもありません。


意識を入れず、何のためにやるかも考えず、学習というより、ただ言いつけられた作業として、頭を空っぽにしてこなす。人から与えられて、しかたがないからこなす。そこから何も広がらない世界!  しかも、それを指摘すると、ただ反抗するだけ。

お~!いつもの頭真っ白、脳休止状態げんちゃん。おまえはあほか!

私は、情けないやら、あほらしいやらで、思わず手が出ます。

「あんた、そのままでいいの? いつまでたっても、誰かにサポートしてもらって。ぼ~っと口を開けていたら、誰かが、口の中に運んでくれる。頭空っぽ・・・!」

意識を入れてやるだけで、結果が変わる、それがわかっているだけに、口惜しくてたまりません。修羅場が終わって
「あんた、さっきお母さんに言われたことで、自分が思ったこと言って。 反省したことあったら言ってみて。」

とママ。

「・・・・・ちゃんとやる。」
やれやれ、これですよ。具体的にまったく考えることができない。何か指摘されても、それの真意がとれず、ちゃんとやる、とか、ごめんなさい、とか、ただ口先だけでくりかえす。

「あのね、ちゃんとやる、ってどういうことなの? それがわかってないからできないんじゃない? 具体的に言って。実際どうするの?」

「見ないで書く。」

ほんと、頭悪い。
「じゃあ何のために、そうするの? 何を見ないで書くわけ。意味わからんし・・・」

「覚えるため。」
「あ、そう・・・あんた、覚えたいの? 」
「覚えたい。」
「あ、そう、じゃあ聞くけど、どういう自分になりたいの?」

「覚える自分。」

はあ・・・こういうレベルのやりとりをやってます。すらすら、何でも言葉にできる子がうらやましい。
「英語の綴りを、写すだけなら、ぜんぜん覚えないから、お手本を見ないで書くようにする。」

たかが、こういう台詞も、なかなか出てこないげんちゃんです。ママの忍耐・・・普通の子をもっただけのママには、なかなかわからないところだろうな~。広がりをもった思考をするのは、まだまだ経験が少なく、すべてがたどたどしく、今わずかに始まったばかり。そんな感じです。


でも、そういう修羅場で疲れていると、次の日、なんか、ちょっといい感じのげんちゃんも出てきて・・

「今から、ほんとは明日の用意を先にするのがいいんだけど・・・ちょっと、これをやってからしよう!」

なんて、台詞が聞こえてきたりします。確かに、かわってきているのは確かのようです。くもんの計算のように、○、×、○、××・・・そして○○・・・

意識がすべてに入ってきたら、ずいぶん進歩するように思いますが、なかなか、手強い日々です。



by glow-gen | 2017-10-07 18:22 | 意識のこと | Trackback | Comments(47)

脳が支配している世界と、脳を支配している世界

意識に働きかける・・・・意識は、脳より高次の司令塔である。

このことを私がはっきり意識できたことで、げんちゃん教育は、次のステージへ幕開けをしました。私は、げんちゃんが、自分の意志や心を持たず、ただ、だめな脳に支配されっぱなしだ、ということに気づいた・・・というか、そういうイメージを持ちました。

それで、ある時、げんちゃんにこう言いました。

「あのね、あんたの脳は、あなたの召使なんだよ! 召使にいつもこき使われて、好きなように動かされてるんだよ。しっかりしなさい!」

というのも、学校の算数の宿題を前にして、早々にフリーズしたげんちゃんがいました。文章題でしたが、受験の文章題のように、少し読解力を要しました。しっかり読むと、たいして難しくもなく、むしろ、簡単だと気づくのですが、一見難しめに見えます。
げんちゃんは、いつものように、一瞬見ただけで、脳を閉じ、私の説明にも完全に耳栓をしました。

 それは、まるで、怠け者の脳という家来が、主人をだまし、自分が働かなくていいように、げんちゃんに対して、狡猾に裏工作をしているようでした。

私は、げんちゃんの後ろで暗躍する、脳という闇の帝王に、心底腹がたち、それに、疑問も持たずにいいようにされているげんちゃんに、ほんとに腹がたったのです。

「これ、難しくないよ、簡単だよ。しっかり読んでごらん。」

私の言葉もむなしく、とうとう、わたしへの最後通牒です。

「あ~。ぼくは、算数苦手なんだ。さっぱりわからない。」

今までなら、げんちゃんのやる気のなさ、とか、苦手意識とか、そういう言葉のたぐいで解釈していたのですが、私は、敵は、げんちゃんではなく、向上したいと思っているげんちゃんを、狡猾に後ろでだましてあやつる、脳という召使だということに気づきました。

私は、そいつをしかり飛ばすように、言いました。

「げんちゃんの脳よ。聞きなさい! あんたは、ほんとに、ずるく、すぐに逃げて、怠ける。 い~い。げんちゃん、あんたが脳のご主人様だよ! だのに、あんたは、使用人の脳からいいようにされてんの! しっかりしなさい! この問題は、簡単なんだよ。脳に働けって、叱り飛ばすんだよ!」

げんちゃんは、ふわ~っとあくびをして、そのままソファーに寝ようとします。私は、もう腹が立って腹がたって、いきりたち、横たわったげんちゃんをひっぱりおこし、どなりつけて、

「あんた、おきなさい。あなたがご主人様なのよ! 寝ちゃだめ! 起きるの! 脳の好きなようにさせていいの?」

げんちゃんは、ふらふらしながら、起き上がって、洗面所に行き、顔を洗いました。そして、もうろうとしながらも、机に座り、私に、叱咤激励されて、問題に取り組みました。その間、私は、
いっしょに脳をしかり飛ばし、げんちゃんをふるい立たせました。

とうとう、げんちゃんは、ご主人様の地位をとりもどし、問題がそう難しくないことに気づいた様子で、私のサポートを素直に聞きながら、問題をやり遂げました。


そのあと、落ち着いて、げんちゃんに、聞きました。

「わかった? 自分が、ご主人様の時と、脳に支配されているときの違い?」

すると、不思議なことに、げんちゃんは、はっきりとうなづきました。驚くことに、げんちゃんは、物の化につかれた人が、正気にもどった時のように、明確に、違いを感じているようでした。


そして夜になって、げんちゃんは、スケボーのタイヤを取り換えようとしていました。6角レンチをもって、トライしてましたが、片方をおさえてないために、ネジはくるくる回るだけで、まったく動いてなかったようです。パパがそれを見て、なぜ、ネジがちゃんとはずせないと気づかないの? 方法を変えようと考えないの? とあきれてしまいには怒ってました。たしかに、普通の人間なら、気づくでしょ、というとこに、まったく気づこうともせず、自分のやりかたに固執して、延々とやっている姿に、パパは、どっと疲れたようでした。

「なぜ、考えないの?」

まあ、だれもが、げんちゃんの行動を見ていて、いいたくなる言葉です。げんちゃんは、パパのいらいらを、受け流すように、

「はいはい、わかったわかった・・・わからなかっただけ。」

とふてぶてしく、言います。どうすればよかった、とか、なるほど、そうか~、とか、何の反省も、検証も、まったくする気もありません。私がいつも、うんざりする、げんちゃんの行動パターンです。頭使おうよ! と、何度言ってきたことか・・・・

とにかく、めんどうくさいことから、逃げる、頭に負荷のかかることからは、逃げて、逃げて、単純な表面的なことだけをしたがります。例を挙げればきりがないけれど、英語なら、ただ、模写のように、頭を空っぽにして、一文字づつ、ただ写すだけ・・・とか。文章題なら、ただ、公式に、その中の数字を、何も考えず、適当にあてはめるだけ・・・とか。 とにかく、頭を使うことをどこまでも惜しみ、楽な方へ楽な方へ走っていくのです。


パパは、久々にげんちゃんとかかわり、うんざりしてました。
「なんで、こいつは、考えんのかね~・・・」

へとへとになりながらの攻防戦。げんちゃんのふてぶてしさも、ピークに達してます。

「あんた、脳は、働くことをいやがって、なまけてなまけて、考えないようにしてるんだよ。いい。あなたが、脳を動かして、考えるの。そうしなければ、あんたは、いつまで経っても、バカのまんまにされちゃうんだよ! げんちゃんは、頑張り屋で、向上心もあるし、いい子なのに、脳が、いつも、げんちゃんを、あやつって、考えないようにしてるのがわからないの?」


まあ、こんな感じで、私も必死です。

「目をさますの。自分の脳に言うことをことを聞かせなさい!」

私も、一歩も引き下がらず、もうへとへとです。
でも、やがて、げんちゃんは、昼間の算数の時の感覚を覚えていたのか、ある瞬間から、すっと素直になりました。私の畳みかけるのをはらって、

「あーあー・・ちょっと考えさせて、・・・静かにして!」

と言います。私は、だまりました。しばらくしてから、私は、パパに叱られていたさっきのことを検証しました。げんちゃんに、どうすればよかったか、をヒントを出しながら考えさせました。たどたどしく、言葉にしていったげんちゃんは、脳を動かして、解決策を説明することができました。私はすかさず聞きました。

「”はいはい、わかったわかった・・・知らんし・・”
とか、ふてぶてしいこと言ってる時の自分、気づいた?」

私が言うと、
「うん、なんとなく・・・、お父さんが怒っている意味がわからなかった。」
「今はわかったの?」
「うん。ぼくが、なんにも考えなかったから・・・」

それは、適当な言い訳ではなく、自分がほんとに意味がわかって言っていました。


げんちゃんは、どうも、自分が脳を支配している感覚と、支配されている感覚・・・少し感じれたのだと思います。

そのあと、しばらく、げんちゃんは、脳を支配していました。くもんの宿題の途中から、げんちゃんの様子は、なんか変わっていって、素直に、私のアドバイスを取り入れて、取り組みだしました。
終わったときは、すっきりしていたように見えました。あーこれなんだな、意識が、脳を支配する感覚・・・どうも、げんちゃんは、その感覚を、ほんの少し意識できたのかな、と思いました。

これからは、使用人である脳と、主人であるげんちゃんの攻防戦が始まると思います。それはそれは、壮絶な戦いです。変なたとえだけど、麻薬患者をたちなおらせるような、そんな壮絶さを感じてます。

現実から逃避しない。自分をごまかさない。言い訳しない。脳は、そういう心の闇を利用して、げんちゃんを支配してきます。



by glow-gen | 2017-09-25 01:11 | 意識のこと | Trackback | Comments(14)



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小学校6年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。
 「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと浪人生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
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1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやってます。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、今にいたってます。
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