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げんちゃんの発達障害プロジェクト

カテゴリ:算数の学習障害( 15 )

問題をすべて可視化して回答する。複雑な行動をささえるもの


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げんちゃんの頭って、ほんとに、普通とは違うんだな~と、少し進化してきても、おりにふれ、ゲッ!と思うことがよくあります。

あの壮絶な思いをしてきた算数の学習障害だって、血の出るような訓練を重ね、なんとか、少数の四則計算までそこそここなせるようになっても、たまに、たす10プリントなんかしたりすると、
21たす10が210となってみたり,3.14×10 を突然ひっ算に持ち込んでみたり、偶数を順に100から逆に穴埋めさせたら、しどろもどろだったり・・・

今更、あんた何やってんの!

と、絶叫してしまう場面が到来します。基礎的な能力に、ぼこぼこ穴があきまくっていることがわかります。これらは、この子達の感覚的なものが自然に育っていきにくい部分にゆらいするんだろうと思います。様々な進化とともに、常に、さかのぼって、穴埋めしなきゃいけないことを感じます。

げんちゃん5年生の算数は、2月から、円や多角形の学習に入りました。げんちゃんは、算数を普通クラスで受けたかったようですが、無理なので、あいかわらず支援で受けています。

でも、40分くらいの授業で、しっかり現在進行形のところをやってくるので、やっぱり、げんちゃんは、算数も、それなりに進化してるのかな、と思います。


連休も今日は返上して、昼からホームスクールです。彼の算数を教えていて、ある気づきが.ありました。

写真のような問題をさせていました。色のついた図形の周りの長さを答えなさい、と言う問題です。

単純に直径を使って、その円周を求めることは、機械的にまあまあできますが、こういう何段階も踏んですすめていく問題になると、げんちゃんはお手上げです。少しサポートして、一つの円周を求めることができたとしても、そこの答えが出た瞬間に、自分が、回答に到達する、ほんの一歩を計算した、ということを忘れて、ぱっと式の答えを。回答欄に書きます。同じような作業を何回か繰り返し、そこから出てきた3つの答えを、足し合わせて初めて、出題されている長さがわかる、ということを、すっかり忘れます。たとえ、問題を解く初めにおぼえていたとしても、一段階やった段階で、自分が今何をやろうとしていたのか、この次にまた、もう一つ作業を.するべきなんだ、ということはすっかり抜け落ち、最悪、今自分が解いた式が、何のためにしたのかさえ忘れます。

 とりあえず、何かして、この答えが出てきた、あ、これを回答欄に書こう!

なんか、そんな感じです。

何と何がありました。全部でいくらでしょう。みたいなストーリー性のない問題ならそれでも合いますが、そんな単純なことって、1年生か2年生くらいしか出てこないでしょう。人生の問題だって、同じです。

げんちゃんは、この円の問題を、えっちらおっちら、サポートしていけば、理解してくれました。(まあ、それだけでも、大喜びしていいほどの過去だったのですが・・・)でも、自分でその解法の山道を上まで登っていけるとは到底思えません。

私は、途中式を一つ一つ書かせるために、

図を書かせ(いやはや、フリーハンドで円を描かせるのは、これも、あぜんとするシーン続出でしたけど・・・)考え方が、段階を踏めるように、あえて、言葉で、何をするかしっかり誘導し書かせて、それから式を書き、途中の答えもきちんと線をひいて書き込ませ、(なんたって、二つ計算しなければならないのに、一つ終わると、もう一つを忘れて、おわってしまったりしますからね~。注意欠陥とはよく言ったものですね。)


本人になんとか解法を導き出させ、考えていった筋道を、これでもかというほどに、きれいに可視化させていきます。。
「あ~・・・めんどうくさい!」
とげんちゃん連発。こういう思考は、彼の頭の使ってない回路です。

なんせ、可視化するためには、字もきれいでなくてはならないし、とにかくきれいに見やすくする必要があります。ぐっちゃぐちゃに書いて
「これでいいでしょう。細かいよ!」
とか、すぐほざいてくるげんちゃんを、泣かしまくりながら、きれいに書かせていきました。(ほんと、こいつのレスポンスは、おこるまいと思っていても、発火させてきます。)

ほっておいて見ていると、とりかかる前に、げんちゃんの脳は、フリーズしてます。むつかしそうと見ただけで、もう考えることをやめる・・・・こういう行動パターンです。そうなると、ぽかんと、誰かが、教えてくれるのを待ちます。

やれやれ、支援クラスの子にしみついた誰かが、教えて入れてくれる・・・という態度。あるいは、頭に負荷がかかることをとってもいやがり、シャットダウンするのかもしれません。

眠ろうとするげんちゃんの脳を、怒り飛ばし、一つ一つやっていきます。

「あ~めんどくさい」
もう、こんなやつ相手に、すごみまくって、やっと仕上げたときは、1時間は軽くたってました。

でも、出来上がると、やっぱり、これを少しずつでも考えていく力はついてきてるのです。

「これ、できない問題だった?」
「いや、そうでもない・・・」
「そうだよ。あんたは、もうこういう問題取り組めるようになってんの。いつまで甘えるの!ぽか~ん顔して、誰か教えてくれるの待つ~。僕はできないから、最初から考えませ~ん。もう、こういうのはやめなさい! 一生賢くなれないよ!」

何時間もかけて10問もできない有様でしたが、サポートされながら、根気よく、いくつもの段階を根性入れってたどったげんちゃんは、やっぱり、進化してます。

そして、私は、なるほど、と思ったのです。単純な脳トレのようなことばかりしていても、なかなか、到達点までいけないのはこういうことなんだね~と。
つまり、人間の高度な行動というのは、こういう問題と重なる、いくつもの段階を踏んだ複雑な処理能力に由来するものなのでしょう。

 ネットワークを求めている段階に来て、よくあるワーキングメモリーを鍛えるような、パソコンゲーム的トレーニングをいくらつんでも、高度な行動や認識力に即つながらないのです。

 そういう単純な一つ一つの能力は、基礎力としては必要ですが、ネットワークをつなげていく、次の段階に来たら、あまり役にたたないんじゃないかな、と思います。

それより、こういう学習を、とにかく、順をおって、丁寧に、根気よく、解いていく、そういうことの方が、よっぽど役にたつのではないか。

 そういえば、なかなか伸び悩んでいる中学のお子さんのママが、お子さんが、よくある有料のワーキングメモリートレーニングを受けたのに、ちっとも生活に反映されず、でも、スコアだけは、すごく伸びた、という話をされていましたが、こういうことだったんではないかな、と思いました。

 ある段階に来たら、それぞれトレーニングを重ねて培った個々の能力をどう使ってどう連携させて行動するか、というトレーニングにシフトするべきで、げんちゃんも、そういう段階に入ってきたのかもしれません。

 考え方を、いちいち言葉に書き出し、手順の細かいとこもきちんと書き出していく。今のげんちゃんには旬のトレーニングです。

 

 


by glow-gen | 2017-02-12 01:26 | 算数の学習障害 | Trackback | Comments(18)

算数の基礎力のつまづきをあぶりだしてくれる”ぷりんときっず”のサイト

  
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ぷりんときっずのサイトのフリー問題集のすごいのは、ものすごくかみくだいた段階から、7~8段階のグレードに分けて、問題が作ってあって、一枚のプリントに、すごくいい量感で印刷されている点です。レイアウトが素晴らしい。本当に頭の切れる方が作られてるんだろうな~と思います。問題集フリークのげんママ、脱帽というかんじです。シリーズになっているので上の写真だけでは、すごさが伝わらないと思いますが・・・3年生までのものしかありませんが、学習障害のお子さんなら、絶対に必要な足場になるとこだと思います。

げんちゃんの生活でのお困りごとが、ずいぶん減ってきたので、私のげんちゃんへの期待度はどうしても上がってしまいます。
「K先生のとこから帰ったら、家は誰もいないから、鍵を持って行ってね。お昼は、カレーのレトルトをチンして、炊飯器のご飯にかけて食べておいてね。1時には、お母さん帰ってくるから、それからボルダリングに行こう。」

こういう指示くらいなら、別段なんということもなくなったし、学校の提出物なんかも、言っておいたら、だいたいのところ提出してきます。まあ、1~2年前なら考えられないことだよね。
会話のかみかたもけっこうまともで、会話が楽しくなってきてると、げんちゃんにたずさわっている先生方もおっしゃいます。私も、確かにそれは思う。

ところが、げんちゃんが、まあまあできてきたな~、なんて思っていると、どか~んと奈落に突き落とされてしまいます。

前回のブログで書いた、ルートの理解もそうですが、もっと唖然とすることがおこります。

先日、教会の日曜学校の出席シールを貼るときに、
「げんちゃんは、先週だけのぞいて、あとの10月の日曜は、全部シールはっていいよ。」
と私がいいました。げんちゃんは、なんか、固まっています。
「だから、先週の日曜日は、お休みしたでしょ。そこはシールはれないけど、その前の日曜日は来たでしょ。10月は、先週以外シールはっていいのよ。」

私はたたみかけます。げんちゃんは、シールを指につけて、11月の欄にはろうとしたり、先週のところに貼ろうとしたり、まったくできません。そのうち、3年生のお友達が、
「ここでしょ。・・・」
と、げんちゃんに指さして教えていました。なんか、それ見て、凍り付くような思いです。
「ちょっと、わかんないの?あんた~。」
「何がわかんないの?」
げんママこういうシーンになると、げんちゃんのパニック以上にパニクリます。それで、そうしたいわけじゃないけど、結果的にヒステリックにげんちゃんを追い込みます。げんちゃんにしてみれば、理由があるんだろうけど、当然わかってると思っていることが、すっこぬけているこっちのショックもわかってよね。という感じです。

げんちゃんは固まっています。その後、互いのパニックがとけて、
「あんたなんで、わかんなかったの?」
と聞いていくと、先週という言葉の意味がわからなかったと言うではありませんか!
「はあ、はあ?」
ですよね。発達障害児の特徴として、自分の状況をうまく説明できない、というのがあります。ただ固まるだけですから、相手も、ますますいらいらして、怒り心頭になるのですが・・・
やや最近では、少しは状況説明ができるようになっているのですが、それも、負荷をかけてしまうと、ぜんぜんだめです。
”先週”がわからない。もう意味わかりません。それに、状況説明ができない、というのに加え、何かにつけてしかられ続けているので、もつれた状況を少しずつほどいていく作業を考えるのではなく、隠蔽する思考のみ暴走するので、シールをあてずっぽうで、とにかく貼ってでっちあげようとしているのです。
「ごめん、先週ってどこ?」
とか、そういう言葉が出ない。叱られそう、どっかに貼って、なんとかしよう・・・いつもそのパターンです。

それにしても、びっくりしました。
「え?じゃあ1週間は何日?」
「え~っと。9日?10?」
私のただならない口調に、げんちゃんは、さらにしどろもどろになっています。私もそれがわかっていても、こっちの事情が、きりきりと顔をひきつらせてしまいます。
「ぎゃー!わかってないんかい!」

「月曜からいってごらんよ!」
「月、火、水・・・。あ7日」

「んなもん、あったりまえでしょ!」


それから、こんなこともありました。社会のプリントをやっていて、グラフを読んでいました。100と200の真ん中で、棒グラフが終わっています。げんちゃんの回答を見ると、105
はあ? 150と読めないようです。指摘すると、
「あ~あ~・・まちがえただけ!」
と言って、消しゴムであわてて消しますが、結局自力では修正できません。ここもまた、消して隠蔽することだけに行動が集中されます。

私がそうしてしまったと指摘されればそれまでですが、ほんとに、典型的な発達障害の行動様式です。叱られることをさけたい。わからないと固まって、次に隠蔽行動のみ華やかになります。

一度、けっこうげんちゃん、いいせんいってるな~、と感じたばっかりに、私の頭が勘違いする。ただそれだけのことなのでしょう。ドミノたおしみたいに、すべてが、いっきに改善へと変化するわけではなく、少しずつ少しずつ部分的にかわっていくのでしょう。

 寝込みそうだったけど(笑)・・・深く考察することにします。


 結局、げんちゃんに、いろいろ教え込んできたけど、算数は、1年と2年、そこまでさかのぼって、やるべきなんだろうな~・・・数直線、20以上の数、10進法のしくみ。そういうのって、2年のその時は、げんちゃん、年長さんのプリントをえっちらやるようなことしてたわけだから、今、なんとか、5年生をやってはいるけれど、実は、彼の脳は、いまこそ、1~2年の教え時にきてるんだろうな~・・・国語の方がずっとましなげんちゃんで、難しい語彙を理解したりすることもあるけれど、抽象的な言葉、特に、数の感覚に関するようなところは、私が考えているよりは、ずっとずっと理解が悪いのだろうと思いました。

 やれやれ・・・私は、いろいろやっていたけど、さかのぼるところが、まだまだ手前すぎてる。もっともっとさかのぼったとこを、するべきだな、と理解しました。具体的にいえば、1年2年のところです。

 さて、それならば戦略です。問題集・・・・? 何か良い素材はないかな~と物色していたらありました。もう、すごいやつを見つけてしまいました。たぶん、知ってる人は知ってるんでしょうけど、私にしてみれば、ついに、見つけた~という感じです。

 ぷりんときっず、というサイトのフリー問題集です。もう見つけたときは泣いてしまいそうでした。これはすごい!

 5年生のげんちゃんにとって、ここまで初歩的に段階を追って学べますか、というくらい、算数のすべてが、こと細かく、誘導してくれます。どこかのパパのサイトだそうですが、たぶん、こんなにすごいサイトだから、すでに活用されている方も多いのかもしれません。

 とにかく、渡りに船。5年生の単元もさらっとやりつつ、今までの加減乗除の計算問題も、とりあえず、続けながら、げんちゃんの盲点となっているすかすかの足場を、徹底的にこのプリントであぶりだすことにしました。数の土台の弱いお子さんの、ここのプリントの使い方、今度続編書きたいです・・・

 限りない”唖然”が出てくるでしょうが、げんちゃんは、たぶん、そこを埋めてやっていけば、きっとまた飛躍するのではないか、と思います。

ぷりんときっずの製作者様、心からお礼申し上げます。感謝~。すごいサイトです。ただ、3年生の教材までしかありません。






by glow-gen | 2016-11-08 01:51 | 算数の学習障害 | Trackback | Comments(28)

算数の学習障害、教え方の研究 その3 割り算、掛け算

  先週のホームスクールはいいとこなしでした。ぼ~っとして、チックも出まくり。もどかしくてたまらなかったです。ここ1週間はずっとこんな感じでした。
でも、ここ二日、K先生から、驚きの報告がありました。とにかく、ぼ~んと、一段間上がってるよ、と。 公約数、公倍数・・・まだ無理かな、と思いつつ何度かトライしていたのが、そこそこ入っているし、モチベーションもなんか、いい感じだそうです。
 たぶん、脳は、入力されたことが一度整理されるまで、外部にはわからないような、秘密の作業をするんでしょうね。スランプがきて、そこから抜けるとどんと上がる、そういうえば、いつもそうでしたね。
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 先日の続き、掛け算と割り算の入力のしかた、げんママスタイルを書いてみたいと思います。

 まず、足し算引き算と、掛け算割り算が、決定的に違うところは何でしょう。そう、(+ -)は、アイテムが、ただ一つということです。例えばリンゴ一つの数が、増えたり減ったりするだけです。ところが、(× ÷)は、二つのアイテムが出現してきます。3つずつ3箱、とか、4つずつ何人に・・・とか。

 まだ掛け算は、答えに求められるのは、足し算の延長で、中身の合計ですが、割り算になると、二つのアイテムどちらも答えに求められてくるのです。

 何人にわけられる? 何個ずつ分けられる?と、中身には関係のない、アイテムの数を答えろと言われたりするので、特に混乱を生じやすいです。

算数が苦手な普通のお子さんでも、やはり、ちょっとした山になるというわけです。


 げんちゃんもそうでした。
りんご8つあります。という出だしで、割り算問題を作らせると、
「リンゴ8つあります。4個ずつ何個づつに分けられますか?」

というような、意味不明な問題を平気で作っていました。今考えると、一当たりの量と、何個分という二つの条件を把握することができなかったのだと思います。4年で遅ればせながら割り算に取り組んだとき、吐き気がするいきづまりを感じました。あの時、今のやりかたを教えていたら、少しはましだったかな~と思います。

ゲンちゃんみたいな子にとって、割り算を教えるとこにたどりつく以前に、やるべき膨大な山があるのですが、とりあえず、それをそこそここなして、やっと割り算を教えられる所にたどりついた・・という前提で、今回の記事は書いてみたいと思います。


 ここでも、イワコー消しゴムが重宝します。ヘキサゴン消しゴムと、お菓子のアルミのお皿を用意します。これは、サイズ的に、本当に素晴らしいですよ。机の上にも、ちょうど良いボリュームです。

 写真のように、この二つのアイテムが出てくることをしっかり体験させます。

 割り算という式にもっていくためには、もう一つ工夫がいります。式の数を色で識別するのです。

消しゴムの数(一当たり量と言うそうです)は、赤です。そして、アルミのお皿の数は、青で書きます。これがほんとに大切です。二つのアイテムがあるということをしっかり認識させるために、具体物と式の意味を、いやというほどリンクする必要があるのです。
 ⑧÷ こんな感じです。お皿の数で割ることもありますが、
⑧÷42  一つずつお皿に分けていきながら、こういう式を書いてあげましょう。

 そして、掛け算もこのやりかたを使いたいので、、全体の数は、丸で囲みます。掛け算も、割り算も、結局、この3つの数字の組み立て次第ということもわかるでしょう。消しゴムとお皿で何度も体験させます。掛け算が理解できていたら、割って、掛けて、のひっくり返しの作業を繰り返しながら、式も書かせるといいでしょう。

 そもそも、=のあとが、質問されている答えなんだ、ということも、当たり前とは思わずに、もう一度確認してあげましょう。

 やがて、文章題を読み解いて、赤で書く数、青で書く数、丸で囲む数・・・・それを言い当てられて来たら、しめたものでしょうね。


私が、げんちゃんが何につまづいているのか、やっと理解して、このやり方を考え出したのは、つい最近です。最初に割り算を始めてから、かなり時間がたってるのもあって、たくさんやってあげると、感覚的な理解ができて、混乱が少なくなったようです。

あともう一つ、大事なこと、割り算は、”仲良く分ける”というかけ声を教えてあげます。これは、矢け崎先生に教えていただいた、安曇野のかけ声。同じ数ずつ分けることが、げんちゃん、最初わかってませんでした。
算数の学習障害というのは、すでにわかっているという前提でできるものは、何もない、と思っていた方がいいのかもしれません。


 約数を教える時に、8の約数が2と4、なんてことも、8÷2=4 8÷4=2、約数で割った商もまた、約数になるんだよ、ということを、お皿の数と、消しゴムの数を入れ替えて、実験することで、理解できたようでした。

 掛け算の時から、この消しゴムとアルミ皿、式の数の色変え・・・これを使って導入していくと、割り算まで、急行列車に乗れるかもです。



まあ、げんちゃんは、加減計算でもいまいちの時代が相当続いていたので、これは、げんちゃんの中では、相当高いステージに来てからやることではありました。
このやり方が効を奏する子供さんと見たら、ぜひ取り組んであげてください。



 追記、
先日、自動販売機の前で、すっと500円玉を入れましたよ。おつりの意味が腑に落ちたんでしょうね。今までは、必死で130円とか、150円とか小銭を探し出してました。また、あることに、
「1パーセントしかできてない! 」と言ったので、それって、どういうこと?じゃあ全部できたら?と聞くと
「100パーセントだ!」 と言うではありませんか。

確実に、ここへきて、彼の算数は、前進したようですね。

by glow-gen | 2016-10-08 12:00 | 算数の学習障害 | Trackback | Comments(4)

算数の学習障害 教え方研究 その2 幼少期

年中さんで、発達障害に気づいたげんちゃんですが、その時は、どれもこれも遅れまくっていました。でも、改善に取り組んでいった中で、凍りつくほど、絶対へんだ!と思ったことの一つが数の感覚です。おばあちゃんが、かろうじて、10までの数唱を入れてくれたのですが、何をやっても、数がわかりません。

通い始めて1年くらいたった療育センターの先生に、
「この子は、どんなことをやっても、数が入らないんです。どうしたらいいんですか?」
とたずねたときに、
「数は、1年生で習いますから・・・まだ、そんなにあせらなくても大丈夫ですよ。」
とにこやかに言われました。

 私は、何を言ってんだ。この人は~。といらっとしたのを覚えています。1年生になったらできだす感じがまるでしない。普通じゃない、おかしい!と感じて言ってるのに、何をのんきなことを・・・だめだ。こりゃ素人だ。
 それからの算数行脚(あんぎゃ)。

 結局、それから5~6年げんちゃんの数感覚をつけるために格闘してきたわけですが、ふりかえれば、反省すべきとこがたくさんあります。

 数が入らない子たちは、数の感覚がついていかないことが問題です。と言いながら、私は、わかっていたようで、実は今までわかっていなかったな~と思います。
こんなたとえをすると、少しぴんときていただけるかもしれません。

もし、ある人が、

「どうもありがとうございました。それをやってくれてとてもうれしいです。」

と、別の人に言ったとします。でも、言ってる本人は、”ありがとう”という時に、私たちが感じているありがとうの感覚を、同じように感じることが無理だったり、うれしいと発した時に、真のうれしいの感覚をわかっていなかったとしたらどうでしょう。そういう時には、そう言う。と教えられたので、なんとなく、あてずっぽで言ってるだけ、だとすると。

 うまく言えませんが、げんちゃんの算数はそれと同じような感覚なんじゃんないか・・・と、今では考えることができます。

 「ありがとう」を言うような場面を何度か体験していけば、普通は、言葉と、その感覚がリンクしていきます。でも、ありがとうの場面を何度経験しても、なかなかその感覚がピンとこなくて、なんとか、おぼろげに、こういうときに、ありがとうって、言うのかな~・・・と、とりあえず言ってる感覚。それが数でおこっているのではないのか。

 それならば、ありがとうの感覚をつけるために、手をかえ品をかえ、ありがとうの場面を、人の何倍も経験する必要がある。ありがとうの感覚がダイレクトにわからなくても、温かい温度感覚に置き換えたり、やさしい色に置き換えたりして入力する必要もあるかもしれません。


 げんちゃんの数の世界にそういうことがおこっているとしたら、げんちゃんの数と格闘してきた初期のころ、もっともっと数を体験させるということをやるべきだったんだろうと思います。

 2+3=  と何度も教える前に、ミカンを2つと3つ、さわらせて数えさせることの方が有効だったということです。式をとかせるよりも、ジャンプしながらカウントさせたり、ありとあらゆる実物の数のシャワーを浴びせることの方が有効だったのでは、と思うのです。

小学生の低学年の頃、多少は、そう思っていた私は、色んなことをやってはいたけど、いつまでも(今でも、)指を出して数えているげんちゃんの、その行為をやめさせて、頭で数をイメージさせようとしたりしていました。イメージの世界で数を認識して、出力できる回路を作りたくて、どんどん先へ先へ進めようと、日々あせっていました。


数は、体感覚にもかなりリンクしていて、指を折って数えるのと、1,2、3・・・と数える感覚が一致しなければ、まだ、抽象的な数を教えても入りにくいなど、数を教える以前の問題もたくさんかかわっています。1年生の時でも、上手に手拍子さえ打てないようなげんちゃんには、足し算も何もなかったのでしょう。あの頃は、数だけではなく、パズルもできない、何もかもできない時代だったので、数とリンクしているような他の能力すべて、ある程度あげていかないと、数の学習はむりだったことも回想することができます。

結局、3年か、4年前半あたりまで、数の勉強をさせていたものの、ざるで水をすくうような作業だった気がします。

怒り飛ばしながら、自己満足のようなプリントをさせるより、あの頃は、幼稚園児がするような具体物を使った、数の体験をひたすらさせた方がよかったんだろうな・・・と、反省をこめて感じています。

とにかく、ある時代までは、体をつくったり、別の基礎能力をあげるトレーニングと、ひたすら、大量に数を経験させることを積み上げること。これが、げんちゃんのような子の、処方箋なのではないか、と思います。そういうことを数年間、プリント学習をとりあえず減らしてでも、地道に取り組むこと。まずはそれからなんじゃないかな~と思います。

忍耐がいります。5くらいまでの数でも、目の前で具体物を使って、お話し作って作業させていくとわかりますが、あきれるほどできませんよね~。母親は、心が折れそうになると思います。だから、思い切って、誰かに頼んでもいいと思います。死ぬほど単調な、毎日毎日いろんなものを数えさせたり、せいぜいひとけたの物で作業させたり、そういうことをバリエーションを研究しながら、2年とか、3年繰り返すわけです。安曇野方式も、言ってしまえばそういうことになるのかもしれません。

 でも、それが、あとになって、プリント学習がやりやすくなる基礎になるのです。

さっきの話で言うと、ありがとうの場面を莫大に経験して、生きた「ありがとう」が言えるようになれば、次は、少し楽に進んでいくのです。


算数の学習障害について、反省をこめて、その改善のノウハウについて、今だから言える内容です。

もし、げんちゃんの昔と同じようなステージにいるお子さんがいたら、プリント学習は、さらっとふれながらも、体験型の学習を地道に地道に繰り返すことをお勧めします。

安曇野方式の算数を書いた以前の私の記事も参考にしてください。とにかく、子供さんが把握できる数の大きさから、たくさん体験させ、作業させる。カウントしながら体を動かすとか、体感覚もわすれずに、つけられる能力は、並行してどんどんつけていくことも忘れてはいけません。

 そういうステージをベースに持つと、いろんなことが進化しはじめたとき、算数も、やがて、次のステージに行けると思うのです。



 
by glow-gen | 2016-10-01 16:45 | 算数の学習障害 | Trackback | Comments(11)

分数教えて、切れました。

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分数教える前に、等分に分ける作図の練習がいるげんちゃん。教えないとできないげんちゃんです。4は、二つに割って、また割って・・・みたいなこと、ふつうできると思ったら、おおまちがいでした~。

 前回相当前向きなブログを書いてすぐに、こんなこと書くと、あきれられそうですが、今日は、私はとってもぐったりです。そうとう、やる気を失ってます。まあ、いつも、そういう日はしょっちゅう到来しているのですが、そういう瞬間は、あんまりブログ書きません。それで、よくコメントに、取り組みを関心されたりするのですが、たんに、こういう日にブログを書いてないだけなので、みなさん安心してください。

 私は、ぜんぜん、できてないの。

今日は、ちょっとしたためてみます。相当負の感情を・・・

 先日、地区の実力試験みたいなのがありました。日課表で見て、やれやれ、4年の試験を受けさせてもらえるのかな~。こういうの、げんちゃんは、まだまだ高嶺の花です。
 さて、その日、げんちゃんは、試験の問題を持って帰ってきました。一応受けさせてもらったのでしょう。先生のお手紙は、国語でも、意味がわからない・・・と言って、とまどっていたようです。やれやれ。

残りを家庭教師(学研の先生の家に行きます。学研はせずに、マンツー指導してもらってます。)の先生のとこでぼちぼち取り組んだようです。でも、私が、帰ったら、それも、全部はできていなかったので、げんちゃんには、相当むつかしいしろものだったのでしょうね。

は~。こういうの目の当たりにすると、げんちゃんは、やっぱり、頭が相当悪いんだな~と、観念してしまいます。せいぜい、げんちゃんが、まともに、取り組めるのは、2年生レベルじゃないかと思います。

 どうしたら、げんちゃんの頭が良くなるのか・・・
もうこれ以上がんばれない、と思います。彼も目いっぱい、ほかの子の比ではない努力をしてると思います。
それでも、こんなに頭が悪いのだから、もう、哀れとしか言いようがないです。

 確かに、伸びてます。でも、周りは、もっと伸びているような気がします。なんせ、いきなり、大人っぽくなって、かなりのことが理解できるような子供に変身する時期です。げんちゃんが少しくらい伸びたって、おいつけっこないな~。
こういうテスト用紙をもらってきたら、やっぱり、私でも、ぐったりします。点数が悪い、というのとは違います。歯もたたなければ、テストを受ける意味もなさそうです。たぶん、ずっとフリーズしていたのでしょう。国語までそうなら、ほんとに、悲しいですね~。

そういうできごとの直後。今日はホームスクールで、あいかわらずの算数地獄です。
分数を教えても教えてもとんちんかんです。タブレットで段階をおって、何度も、簡単な基礎問題を繰り返してきたはずなのにね~。

4分の9を帯分数2と4分の1になおす、なんてことがわかりません。4分の4は1、と言うのに、突然 はあ?と、頭を抱えたくなるようなことを言います。もちろん、私に頼り切って問題を解きます。帯分数の引き算なんて、あ~。くらくらします。あれだけやったのに、君ここまで理解してないわけ??

 もう何度も、基礎的な簡単なものをやってきたので、ええかげん、自分で考えてみて。わからなければ、持てる力を使って、なんとか、作業するなり、図を書くなりしてほしいものですが、依存的な態度で、まるで、口をぽかんとあけて、ぼ~っと待ってる何かのひなみたいです。わからなかったら、すぐに、誰かが、横でサポート、というのが、しみついている。質問すらする力がない。ええかげんにせーよ!

 頭にきて、
「げんちゃんには、少しできる力ができてきたんだよ。自分で考えて、作業をするの!。わからなかったら、この間ママがやったように、図を書いてみて」

 もう、私は、うんざりして怒鳴りまくってしまいました。しまいには、歯がゆくて、手が出ます。
やれやれ。ふつうの子なら、こんな閉塞感と行き場のないやりきれなさはないだろうな、と思います。

 頭がいかれてる!  こういう時は、そう言うしかありません。わが息子ながら、あほさと、依存体質。ほんと怒りがこみあげてきます。


 ずっと教え続けて、げんちゃんの異常に気づきます。リボン図を4つにわける、とか、6つに分けるとか、そういう作図がそもそもできない。4つに分けるのを、半分、また半分とやっていく、なんてことが体に入ってないようです。ゲッ!と思います。しかたないので、そこから作図の練習をず~っとさせてました。分ける感覚がわからなければ、割り算はわからなくて、当然ともいえますよね~。

 なんで、ついていかないのでしょうね。こういう感覚・・・いやになっちゃいます。

 同じ教科でも、国語はただ遅れているだけ。算数のような、異常性までは感じません。ボキャブラリーだけなら、げんちゃんは他の子に、そう負けてはいません。
でも、算数地獄はやっぱり、悲惨です。

 計算も、一けた計算すらできなかったころを考えたら進化しているのでしょうが、3ひく1の場面で、いまだに、突然、指をだしてくるげんちゃん。

 げんママ時々、げんちゃんの顔も見たくなくなりますよ。そういう日は、マッサージなんか、しません。ほんと、にくたらしいです。 私は仕事行って、またしきりなおすしかありません。算数は、他人が教えるほうがいいんでしょうね。矢ヶ崎先生にやってほしい限りです。たぶん、二人とも、相当なトラウマです。

by glow-gen | 2016-01-21 01:06 | 算数の学習障害 | Trackback | Comments(30)

算数学習障害児(LD)割り算の理解のさせ方。 その1

   発達障害の子どもさんの話を聞くと、学習能力の点で、大きく3つのパターンに分けられるような気がします。

国語系が苦手で、どちらかと言うと、算数系の方が良い。
算数系が苦手で、どちらかと言うと、国語系の方が良い。
お勉強は良いけれど(むしろすぐれていたりもする。)、ソーシャルがひたすら苦手。

 まあ、あまりにおおざっぱな分け方で、反論があったらすみません。

 そして、げんちゃんは、明らかに、算数系が苦手。5歳で発達に気付いてからというもの、ほんとに、算数算数算数・・・・と涙と汗をどれだけ流してきたことでしょう。(もちろん、他もですけど。)
 だから、たくさんの算数ができるようになるノウハウを集め、たくさん考察してきました。ぼろぼろになりながら、すさまじいエネルギーと時間を費やして、わずかな一歩を積み重ねてきました。ほんとに、だめだな~、と口癖のようにつぶやいてきたのに、よくよく見れば、目の前のげんちゃんは、今、割り算を理解するあたりにたどりついています!(いや、とりあえず、させるようになっている、というべきですね。割り算するベースが、すべてクリアできてる、という意味ではないのだから・・)

 すっきり、すべての算数の行程をちゃんと理解しているわけではないだろうけど、塗り絵で言えば、算数という絵柄を、薄いけど、けっこう全体的に塗っている。そんな感じです。(やれやれ、私が、算数を肯定的に書くなんて、すごいことだよね~。)

とくに、この夏休み以降、なんかげんちゃんは、質的に変わったと感じてました。なんというか、いつもかつも私は、本質的なとこがぜんぜんかわらない!、と嘆いていたのですが、まさに、その部分に変革がおこってきてる。その感触は、秋が深まるごとに、確信にかわってます。それにつれて、げんちゃんの、算数も、秋へ来て、週を追うごとに理解力が深まっているようです。
 
 いつもは、なかなか、細かいノウハウについて、書く暇がないので、思い切って今日は、とことん、算数のローカルな一点にしぼって書きたいと思います。

私が今まさに、取り組んでいる割り算の理解のさせかたについて書きます。

  計算も、どんより、わかっているんだか、わかっていないんだか・・・というげんちゃんに、割り算をさせるのは、ほんとに苦しいことでした。3年で割り算を習っても、彼は、まったく割り算の意味を感じれなかったようです。かけ算は暗記なので乗り切ったけど、割り算が、その反対の意味を持つなんてことは、理解できないでいました。それでも、
 
 15÷3= 、は、かけ算をすればいい、とわかったようで、”さんいちがさん”から初めて、15が出てきたら、5と書き入れることは覚えました。
でも、意味がぴんとこないらしく、
 6÷3=  、と、互いにかけ算が速答できる数同士だと、平気で18とかけ算で答えてしまいます。

 4年になって、割り算も、筆算になってくると、さらにそのちんぷんかんぷんぶりは、ため息ものになりました。でも、根気よく、なんとか、筆算のやりかただけは教えて、65÷5= 二桁割る一桁は、少しできるようになってきました。
 そして、最近のミラクルも手伝って、そろそろ、文章題が理解できるように、ちゃんと、割り算を理解させようということになりました。

 
筆算はできても、以下のようなていたらくです。

ミカンが10こありました。5人に分けたら2個ずつ分けられる。の方はかろうじて、わかったような気になれても、ミカンが10個ありました。2個ずつお皿に乗せたら、何枚のお皿が入りますか?は、さっぱり手応えがありません。
とりあえず、10と2があるから、2で割ってみる、と言う知恵はあり、答えは出したりするのだけど。

問題を作って、と言うと
「ミカンが10個ありました。2個ずつ何個ずつに分けられますか??」

と言ってしまいます。そう、彼は、まったくわかったいないのです。


そこで、何度も説明しました。目の前で随分消しゴムでやってみせました。ドーナツを動物に分ける。なんていうストーリーを作ってね。

だけどぱっとしません。とうとう万事休す・・・げんちゃんは、何でわかんないの~っていう、私のヒステリックな声の中で縮こまるばかり。私の考えつく方法をすべてためしてみましたが、結果はぱっとしません。
あ~、ほんとに、幾度となく、こういう場面を経験し、乗り越えてきたことか・・・・

続く(本題にいけず、すみません。)



by glow-gen | 2015-11-05 17:32 | 算数の学習障害 | Trackback | Comments(5)

算数の学習障害との格闘の日々 その2

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この木のトレーと積み木は、安曇野方式で、矢ヶ崎先生が使っている物です。安曇野は、見よう見まねなんだけど、とりあえず、グッズはゆずっていただきました。なぜ、こういうトレーを使うことが大切か、というと、げんちゃんが、数えたものを、最初、別に分けられなかったように、彼らは、架空の枠を設けて、頭の中でしきる、ということが意外とできない。だから、架空の枠ではなく、こうやって、トレーでビジュアルに分けてやるのは、大事なんですね。


げんちゃんは、ここんとこのスランプを抜けて、算数が1つ上に上がりました。(一気にできるようになったとかではないよ。汗)

たぶん、水道方式の積み木で、今さらこんなことするなんて・・・と思いながら、せっせと20までの足し算、引き算を作業させてました。1ヶ月は有に過ぎたでしょうね。
さて、そういう、すごくステップバックした、具体物での取り組みをしながら感じたことがあります。少し書いてみましょう。

 
このような、”作業”、となると、この子たちは、けっこう唖然とすることがおこります。5と3で8、という作業の次に、5と4で9,なんてことをすると、普通なら、5の箱は、そのままで、3個のところに1つ、積み木を増やしますよね~。

 ところが、5の箱から全部出して、そこに4個入れて、また別の箱に5個を最初から入れてみたりします。これは1つのたとえだけど、まあなんというか、こっちのを持ってくれば早いじゃん!  みたいなことが意外とできない。

 そういえば、安曇野方式を習って、消しゴムを数えさせた時、数えた物を別のところに分ける、ということに気付かなかったですね。数えた物と、数えてないものが、最後にごっちゃになって、あれ?いくつだったっけ? みたいなことになる。

 5月の安曇野セミナーのあと、すでに4年生になっているこの時期に、そういうことを発見したのだから、唖然とします。まったく、おそろし、おそろし・・・・笑

 
まあ、それでも、とにかく、一度もどって、数を整理してやる!  という目標をたてて、忍耐して取り組みました。具体的にあげますと・・・

 積み木で作業する足し算、引き算(作業を重視)

 10の合成を覚えさせるトランプ遊び (9までのカードにして、たして10が出たら、もらう・・・)
 今更のように、10以下の引き算のプリント。
 
 ゴムボールをつきながらの数唱。(上下の統合を目指して、スーパーボール両手に持って、片方ずつついては、にぎってを、数えながら繰り返します。)

 数表の場所当てクイズ。(53はどこ?なんて聞いても、なんと、普通に捜してます。え? どこにあるか、すぐにわかんないのお?? 泣)

 10までの数を訓練する学習用ゲーム。(ゲームは基本させないけど、たまに使えるものがありますね。ベネッセの”かずパズル”はおすすめです。)

 まあ、こういうものを、試行錯誤で、1ヶ月以上取り組んでます。毎日はできません。まばらに、ぼちぼちですけどね。

今までしてなかったか、というと、やっぱり、折に触れて時にはやってました。でも、今回は、私自身が、これに費やして良い。と確信してたので、がんばりました。
 なんせ、考えてみれば、どれも、似たようなことを、今までも時にはやってました。

 でも、成果をちっとも感じられなかったので、確信もなく、とにかく、やっては、考え、違うことをまたやってみて・・・・という日々でした。



まあ、しかし、やっとここへ来て、確信を持って、ねらってやらせるようになった。彼らは、というか、げんちゃんは、数と、具体物の間を自由自在に行き来できない、ということがわかってきました。

 つまり、1本の線をひいて、これが10とすると、8はどこ?

なんていうことがわかりません。ケーキを、6等分するには、どこからどう切っていく。なんてことも、意外とピントきてない。重さ、長さ、広がり、分ける、架空の線を引く。まとまりにする・・・・


 もう当たり前の感覚が、ついてないのです。

 だから、どの場面でも、とにかく、数を体験させなければならない。

そういう結論にいきついたげんママでした。他愛ない作業に、え?っと思うような場面が繰り広げられる。プリント学習がなんとなくできても、結局、何もわかってないんじゃん!



そういうことになるのです。

 まあ、そういうわけで、この2ヶ月近く、げんママは地道にやってます。

 たとえば、具体物と並行してやってきた10までの引き算だって、最初のしばらくは、けっこう時間がかかってました。毎日やれども、ぜんぜんタイムは上がらず・・・

でも、ある時から、いっきに、2分くらいタイムが短くなりました。 作業は、まだまだ、時に相当もたもたするんだけど、こなれてきました。2年前のげんちゃんなら、たぶん、まだまだやってもやっても、効果上がらずだったかもしれません。しかし、今は、1からではありません。あくまでも、彼の中に芽生えた算数能力を整理してやる段階に来ているんだと思います。

だから、最近、げんちゃんは、算数の階段を1つのぼった感じでなのです。

 さて、そろそろ、具体物を少し進化させて、文章題に取り組む段に来たようです。10までの数くらいに具体物をしぼって、文章題を再現してみようと思います。明日のホームスクールは、ちょっと期待します。できるとは思わないけど、少なくとも、やっと、小学生らしいことができるかな~・・・


 追伸。
4年生の算数に、角度を測るところがあるのですが、げんちゃんは、鈍角でも、鋭角の目盛りを読んでしまいます。どっちを読んでいいか、ぴんとこないのです。これも、まさに、彼の体に入ってない、量の感覚なんだと思います。左脳的な子は、別に、たくさん実習しなくても、すぐにわかるのでしょうが、げんちゃんには、ひたすら、角度を測らせたり、書かせたり、作業させることがだいじなんでしょうね。

 角度や、図形を書く練習はとても良いと感じています。
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by glow-gen | 2015-10-26 20:53 | 算数の学習障害 | Trackback | Comments(18)

やっぱり算数の学習障害に格闘してます。 その1

ここんとこ、2週間、久しぶりに、げんちゃんの取り組みについて、頭の中でまとまらなくて、私はもんもんとしてました。

 もんもんとしている理由は、自分でもわからなくなるほど、多岐にわたっているのだと思う。

 たとえば、げんちゃんの書字がマッサージで良くなったと思ったけれど、ぴくっと出た書字の峰に、すべてがいっきに収束していかなくて、あいかわらず、汚い字しか書けないこと。
それも、1つの理由だと思います。

 そして、あいかわらず苦しんでいる算数地獄も、私の気分をふさがせてしまう大きな理由でしょう。

 最近、自分の中で、算数の取り組みが、なんとなく見えてきたような気がしていました。げんちゃんのために、算数の取り組み方を、新たにアレンジしていました。

 そろそろ、その成果が出る頃だとふんでもいました。でも、結果は落胆することに、まったくそうではありませんでした。まるで、一匹もつれない漁のように、すくい上げた網はすかすかです。
 しかけを考え、漁場もしぼってやっているのに、まったく釣れない・・・・なんだか、最近の私の感覚です。

 もんもんとしながら、毎日毎日自問自答して、矢ヶ崎先生に聞いたり、学研の先生と長々と考察してみたり、もう一度、何が原因なのか、ずっと考え続けていました。

 書字は、まだもんもんとしているのですが、算数地獄については、また、気を取り直して、取り組みなおす気になったので、ちょっとまとめてみようと思います。

 げんちゃんが、ひとけたの足し算ができるようになったのは、2年生になってからです。引き算は、未だに不確実かもしれない。それでも、3年の夏休みから、20までの足し算引き算を反復しています。

 もう、どれだけしたでしょうか。・・・・とにかく、なんとかできるようになったのだから、反復して行けば、定着して次に行けると思った私は、今考えれば、ほんとに素人でした。

筆算、かけ算、かける1桁ならなんとかできて、4年になったら、割り算も、一桁で割るのなら、なんとかできるようになりました。

普通そこまできたら、やっぱり、げんちゃんの数の理解はちゃんと進行していると考えますよね~。だれでも。


だけど、げんちゃんは、そこまで来ても、まったく、数の文盲のようです。
なぜかというと、たとえば、9-6=3 なんていう、初歩の計算も、どうかすると間違えます。指を使わなければ何もできません。筆算も、割り算も、ちょっとしないと、まったくやり方がちんぷんかんになります。

 だから、1ヶ月前から、私は、思い切って、一桁の計算までもどって、毎日タイムトライアルをさせるようにしました。20までの計算も、もちろん不確実。しかも、何回100マスをやってもやっても、少しやらなければ、またすぐに間違います。タイムトライアルというのは、日々、早く、正確になっていく物ですが、げんちゃんは、20までの計算も、九九をひっくりがえした割り算も(4÷2=2、81÷9=9、49÷7=7 みたいな問題です。40問くらい)ですが、最初とまったくかわりません。何回やっても、1からあてはめて考えていくので、大きな数になると、すこぶる時間がかかります。何度トレーニングしても、81を見て、九九八十一・・・と思い描けるようにならないのです。そういうたぐいのことは、山ほどあります。

 算数のノウハウ本なら、次は、ここを反復させましょう。なんていう当たり前のことが、げんちゃんには通用しない。

 つまり、一見できるようになった、と思えることも、つまるところ、本当の意味で、まったくわかっていないのでしょう。反復するから、なんとなく、やり方だけ暗記する。感覚的に、数そのものの構造がわかっていないから、少しやらないと、また1から教えるようになってしまいます。

 そういう、吐き気をもよおすような、取り組みを日々くりかえし、私も、すっかり、げんなりして、(いつもげんなりしてます)毎回毎回、戦略をたてなおし、カリキュラムを組み替えて、落ち込んでは立ち上がり、を繰り返しているのです。


 でも、ここんとこ、わかってきたことがありました。げんちゃんの数は、10進法ではなく、ひたすら数珠玉が延々つながったもののような認識ではないのか、ということです。
割り算までしようか、というだんになって、
25ひく10は? と聞くと、すぐに答えられないげんちゃん。真顔で、指を出して、10を数えて引こうとしているので口がぽかんとなりました。もちろん、そういう時は、逆唱もしどろもどろだから、最後はフリーズしました。ほんと、この子の頭はなんて悪いんだろう! 行き場のない怒りさえ感じてしまいます。


 筆算で書いてあげたらすぐわかりました。また、落ち着いて考えさせたら、ちゃんとわかりもしました。でも、今頃そういうことを即答できないあんたの頭って、やっぱり、一生だめなんじゃないの!
 と、ほんとに腹立たしくなります。

 まあ、こういうどうどうめぐりをしながら、また、10月になって、考察し、分析し、戦略をねりなおすことにしました。

やれやれ、げんちゃんの算数が、ちゃんと人並みにすらすらいくようになった暁あかつきには、算数の学習障害について、私は、いっぱしの学者になっているだろうよ! ほんとにまじにそう思います。


でも、学校の担任も、少しずつ伸びてます。と算数についても書いてくださるし、よくよく考えれば、2年の時に、年長さん向けの、七田のプリントがろくにできなかったことを思い出せば、らせん状に旋回しながらも、少しずつは上がっていっていることは確かです。ただ、1リットル注いだ水の、ほんの何CCかしか、たまっていかないような、このママの感覚、発達に取り組んでいるママなら、わかると思います。ほんと、つらいですね!


日々一進一退を繰り返しながら、ママもげんちゃんも、たぶん、何かが、確実にたまっていると思いたい今日この頃。
時間があったら、算数のげんママ流理解と取り組みを書きたいです。何しろ、現場やってると、ゆっくりまとめる暇がありません。








 
by glow-gen | 2015-10-15 08:06 | 算数の学習障害 | Trackback | Comments(15)

高次脳機能障害と発達障害、計算ができない。

げんちゃんの算数は、安曇野で、少しましになったと言っても、計算ができないのは、あいかわらずです。ホームスクールも、算数で、どうしても、多大な時間を食うので、結局、やれやれ、今日も、ほとんど何もできなかったー。と感じる結果になってしまいます。
 概念的なものは、けっこう安曇野的なアプローチで入っても、計算練習となると、遅々として進まず、結果、同級生と比べると、問題をこなす量が、圧倒的に少ない結果になり、プリント学習はなかなか進みません。
 それから、時計もいまだに五里霧中。

 なんせ、やっと、10進法がなんとなくわかっても、60進法となると、また別物のようで、時間は、現在何時か、あと何分で何時かくらいの、きわめて簡単なことしかわからないようです。
3年の問題くらいでも、何時何分から何時間何分後はいつ?、くらいの問題は出てきますから、げんちゃんの時計能力は、1-2年の問題を解くので精いっぱいのしろものです。

 ヘキサゴン消しゴムを、5のかたまりにして、それを二つで10にして、75個くらいを並べてさせてみると、案外、時間がかかったりします。結局、加減は、ひっ算に持ち込んで、何とか解けても、私たちが持ってるような、数のボリューム感は、げんちゃんにはあんまりないようです。これを、ほかの子同様な感覚に持っていくには、相当な時間を要する気がして、うんざりしてしまいます。

 算数をしているときほど、げんちゃんが、がっつり障害児に見えるときはありません。馬鹿と言うな、と言われても、そりゃ無理だよと思ってしまいます。こっちの負のテンションは上がりまくります。


 先日、げんママは、げんちゃんのあほさに嫌気がさしたのと、引き続き、げんちゃんがさらに、負のスパイラルに入るのを、見かねてしまって、ある人に相談の電話をかけました。

 彼女は、発達障害とは何の関係もない、年配のご婦人です。あるきっかけでおつきあいするようになったのですが、とても、興味深いことを彼女から学びました。

 彼女と知り合ったのは、ある集まりでした。彼女は、少し足をひきづっておられて、脳こうそくを患って数年たつとおっしゃいました。
そして、自分は、高次脳機能障害です、ともおっしゃいました。

 私は、その言葉に、すごく反応してしまい、

「まあ、うちの子は、発達障害なんです。高次脳機能障害の方と、似た症状が多いんです。」

私はそう言うと、それを、皮切りに、親しくなりました。なんせ、高次脳機能障害というのは、一見ふつうに見えて、げんちゃんたちと同じように、注意欠陥があったり、感情の起伏が大きかったり、まあ、さまざまなところで、発達障害と似ているのです。


 彼女にほとんどSOSに近い電話をかけました。

「Iさん! げんちゃんには、ほとほと手をやいているの。どうして、こうなるのか、よくわからない! 教えてほしいの!」

げんママは、げんちゃんの計算が、どうしても、できない経緯をせつせつと訴えました。

Iさんは、静かに聞いていたかと思うと、すこぶる興味深いことをおっしゃるではありませんか。

「あのね、私も、脳こうそくのあと、ずっと、お買い物のときに、どうしても、どの金種をどれだけ出せば良いか、わからなかったの。しかたないので、買い物は、いつも、1000円を出して、おつりをもらっていました。主治医は、年も年だし、もう治りませんよ。と言うし、絶望的な気持ちになったよね。
 でも、私は、あきらめず、リハビリにはげみましたよー。

 そして、何年かしたらね。ある時から、まるで、電卓が答えをはじき出すみたいに、ぱっと答えが出るようになったの。今までの計算の流れとは、まったく違う感じよ。途中の経過がなくてぱっと出てくるの。
 だから、げんちゃんも、大丈夫。きっとある時から、電卓みたいになりますよ!」

「!!!」

 私は、以前、自閉症を克服した方が、同じようなことを言っておられたのを思い出し、また、幾人かの書き込みに、発達障害の子供さんが、思春期くらいから、いきなり、瞬間記憶をもったり、途中式なしに、答えがぱっと出てくるというようなお話があったのを思い出しました。
 おー・・・まさに右脳的脳の使い方と言うべきでしょうか。

 そういうことがある、ということは、なんとなく、情報として知っていたけれど、目の前に、左脳右脳、二つの世界をしっかり知っている立派な大人から、同じような事実をつきつけられると、うなるしかありませんでした。

 あらためて、過去の自閉症を克服したYさんの動画を再生してみました。うーーーん。すごい!

 目の前にいるげんちゃんが、そういう風になるとは、どんなに言われても信じることができないけれど、そういう素晴らしき右脳の世界はあるんですね。

 げんちゃんが、パニックになると、すべてが、真っ白になって、できていたことも、いや、それどころか、できないなどと、感じたこともないことさえ、ぶっとんでしまって、まるで、廃人のような理解度に落ちてしまう、ということも、彼女は説明してくださいました。

「よくわかるわ!私たちは、ほんとに、平安の中でしか何もできないのよ。たとえば、家族に、物忘れを非難されたりしたら、もう、すべて思い出せなくなったり、できることもできなくなって、万事休すになるのよ。
 でも、逆に、平安で落ち着いた中にいると、なんでもできる。そういうものなの。」

私は、忍耐に忍耐を重ねて、にこやかに、ホームスクールをするようにがんばっているんだけど、こっちだって、限界というものがある。そういうときに、げんちゃんと二人、もう修羅場になっているんだけど、その復旧方法ってあるの?

 私は聞いてみました。
「やっぱり、へりくだることね。たとえば、
ごめんね。私、きつく言ってしまったけど、げんちゃんも、がんばっているんだよね。さあ、気を取り直してやりましょう・・・」

そんな風にリセットするのが良いそうです。

そうすると、また心が、柔らかくなっていくのだそうです。


 まあ、ねえ・・・これ以上どこをどうがまんするって言うねん!

って感じもありますが、げんちゃんが、パニックをおこしても、何にもメリットないからね。心はひくひくしながらも、テクニックだけでも、やさしーくへりくだる・・・
こういうテクニックを使うのもしかたないのかもしれないですね。

げんちゃんが、ブレークしなければ、こっちがストレスで死にそうですが・・・やれやれ。

平安で落ち着いた世界は、100マス計算なんかより、算数の可能性をのばすのかもしれないですねー・・・
しかし、右脳の世界は、不思議なものがありそうです。左脳で考える理解の方法のみではないのかもですね。





 
by glow-gen | 2015-06-17 21:19 | 算数の学習障害 | Trackback | Comments(7)

発達障害児、学習の理解の仕方アラカルト

3学期もどんどん過ぎていきます。
目の前にせまってくる、4年生の壁が、なんとなくげんママにプレッシャーをかけます。

 げんちゃんの学校生活は、よくよく考えれば、少し前まで、何かと連絡帳に心配の種が書かれてました。(誰かを押して転ばせただの、迷惑かけただの ため息)・・さらに、2年にさかのぼれば、毎日、勉強どころか、保健室に逃亡して、狂気の沙汰でもありました。
今は、ほんとに、そういうことはほとんどなくなっています。

 それを考えれば、やっぱりすごくないですか?げんちゃんの3年生・・・確かに、世の平均値と比べるような、絶対的比較より、こういう相対的な比較の方が良いですよね~。

  それで、昨日げんちゃんのイケてたとこをちょっと書いてみます。

 げんちゃんは、車の中で、反対言葉をやりました。
まず4文字
 「福岡の反対は?」
 「カオクフ・・・」
では5文字・・・
 「かたつむり」
 「りむつたか」・・・・うん、正解

 じゃあ・・・

 「山口県の花」
 「え~っと。  なは・・・の けんちくやま・・・」
 「違うでしょ!」
 「え~っと~。 なは・・・の・・・んけちぐまや・・」

 まあ、こんな感じで、そこそこ正解してきました。2文字がやっとの昔を思い出します。そもそも、こういうゲームが成立したっけ?

反対言葉や、数字の逆唱は、かなり、ワーキングメモリーを要すると思いますから、そこも進歩してますね。

 それから、夜、学校の用意をさせてみました。以前のような、大きなストレスを感じませんでした。スマートではないけどね。
 ふと見ると、先日買ってやった新しい鉛筆を発おろししてます。削ってケースに入れるかと思えば、その前に、マジックをとってきて、名前を書き入れています。ちょっとした驚きです。

 風呂も洗います。
今朝、学校に送り出す時に、
「学校に理科の本忘れてないか見てきて、今日は理科ないけど、明日はあるよ。家にはなかったよ!」

そう言い含めて、学校に行かせました。帰ってから、
「理科の本あったよ~。」
とげんちゃんは、普通に報告してきました。

どっちも、2年の頃は、できませんでした。

 でも、げんちゃんは、この生活レベルで、ちょいちょい見せてくれる、新しい進歩や良い手触りとはうらはらに、なぜか、学校のお勉強問題が思ったように解けません。
 彼の中ではましな国語さえです。
たとえば、
”次に、合う接続詞を選びなさい。”
”しかし、それで、それから、”
みたいな選択の問題は、けっこう成功します。でも、
”次の文を、二つに分けて、つなぎの言葉を入れましょう。”

”例題 私は高い山にのぼったので、足がつかれた。”

”私は高い山にのぼった。それで、足がつかれた。”

こういう感じの、自ら推理し、構築していく物は、補助がないとできません。 例題を何度も読ませても、ぴんとこないようです。

 そして、算数も、久々に、ピグマリオンの数と計算シリーズをやらせてみたら、基礎の基礎という、「感覚を作るための問題」が、思ったよりできません。

 ”○が、4つ書いてあって、トンネルを通ると、倍になります。その数の○を書きましょう。”
なんていう絵があると、・・・あれまあ。げんちゃんは、○を6個書きましたよ。おいおい・・倍という概念がぴんと来ないのか??

 バナナ8本と4人の子が書いてあって、それを見ながら、
 ”バナナを4人で分けましょう。一人何本すつ食べられるでしょう。” と問題を読み上げると、
なんと、げんちゃんは、バナナ4本をくるんと○で囲んでしまいました。

げんちゃんは、3年の割り算を、少しは回答します。かけ算とごっちゃになりながらも、16÷4はと言うと、4×4はと言って、答えを4とか書きます。

 でも、こういう基本の感覚問題の不正解を見ると、なんじゃ、こいつ、まったくわかっとらん!とくらくらしますね。


 さて、翌日、ピアノの先生にこの不出来を愚痴ってると、彼女がおもしろいことを言います。

 「ピアノレッスンで、8分音符は四分音符の半分とか言っても、けっこうわかってない子いますよ。3年くらいになっても。音符を教える時に、四苦八苦して、食パンとか持ってきて、きれいに半分にして、これが半分だよ。そしたら、こうやって、半分と半分あわせたら何枚?と言うと、
平気で、2枚、と答えちゃいますよ。げんちゃんの感覚的なギャップって、他の子にもありますよ。」

なんて、なぐさめてくださいました。

 さらに、算数にしても、他の勉強にしても、理解のしかたが、一つではないと言ってました。
 普通の子は、塗り絵をするみたいに、一つを塗って、また隣に移る・・・つまり、一つをしっかり理解して次の所に移るような、進み方だそうです。
 でも、げんちゃんたちのような子は、油絵の具で塗っていくようなもので、一つをうっすら塗って、隣をまたうっすら塗る、なんとなく、全体がうっすら塗れたら、また最初のところを重ね塗りする。そうやって、ぼんやりと、絵ができてくるけど、まだぜんぜん絵にならない。でも、何度も繰り返すうちに、全体の絵が際だってくる、そういう感じだそうです。

 なるほどな~と思いました。
3年生の単元も、少しはやって、全部できないものばかりでもない。でも、なんか、つかみどころなく、どうしたものか~というげんちゃん。それでも、うっすらやってはいます。現行では2年の算数をやってますが、できないかと言うと、そうでもない、でも、ぜんぜん不確実だし、できます、と言い切るのは、ちょっと図々しいようなレベルです。それでも、少しずつ進みはしてます。

 先日のように、待てよ・・とばかりに、思いっきりバックして、ピグマリオンの基礎の基礎みたいな問題をやらせてみたら、え~。これも、なんだか、不完全なの???とあぜんとします。

 まさに、これは、どのパーツもうっすらうっすら塗っていくという表現がぴったりです。もどったり、進んだり、先やったり、前やったり。どれもが、げんちゃんの理解を助けるために必要だというわけです。

 1年までの単元をきっちりわかってます。だから2年に進みます・・・というのではありません。わかったようだけど、しばらくして、またもどってみると?え?まだ不確実だったの?ってかんじです。

 他の子が、塗り絵だとすると、げんちゃんは油絵・・・

 ちょっとできないからと言って、いちいち先生役は、ショックを受けず、もどったり進んだりしながら、重ね塗りしていけばいいのかもしれないです。
 そのうち、ある時、素敵な絵柄が浮き上がる・・・

なるほどね~。そう考えると、みょうに、すとんと胸に落ちます。どのパーツも、うっすら重ね塗り段階ですから、まだ絵柄がぼんやりでもしかたない。
 またまた、ピアノの先生に教えられました。
 こうやって、色んな人の言葉に気づきを与えられ、発達障害 育児道は、進んでいくんだね~。新年早々、なかなか面白い、思索です。(笑)

 
 
by glow-gen | 2015-01-15 23:49 | 算数の学習障害 | Trackback | Comments(19)



小学校5年生の息子。5歳の時に、発達障害とわかり、ママの格闘の記録。
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げんちゃんママの紹介 小学校5年になる息子げんちゃん。5歳の秋に、発達障害が発覚。最初はショックだったけれど、脳はまだまだ未知数。ママがなんとか素敵な子供に育ててみせるぞ~。最初はIQ60、70・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。  「子供の脳に良いこと」を書かれた鈴木昭平先生が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに出会って、ママが改善をさせることを学びました。そこを皮切りに、日々研究を積み重ね色々取り組み、相当改善してきました。、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。2年の2学期から、支援クラスができて入ってます。算数の学習障害は、ひどく、相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと髙3の娘と、医療関係に働くワーキングママ。 1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをやってます。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増えました。  今年5年生は、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。発達の改善に取り組みはじめて6年の歳月は、子どもをどんどん改善していきました。
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ママ会
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夏休み
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安曇野方式算数
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わかります、わかります。..
by とんまま at 14:55
sさん ショックですよ..
by glow-gen at 02:00
ゆうままさん なんで、..
by glow-gen at 01:34
ゆうままさん いやあ、..
by glow-gen at 01:30
お返事ありがとうございま..
by ゆうママ at 18:02
sさんその2 なんか、..
by glow-gen at 16:56
Sさん そうですか・・..
by glow-gen at 16:51
ゆうままさんその2  ..
by glow-gen at 12:52
ゆうままさん 言われて..
by glow-gen at 12:47
こんにちは。このノートを..
by ゆうママ at 11:11
とんままさん ありがと..
by glow-gen at 15:23
前回記事のお返事のことで..
by とんまま at 12:27
あのメモ、凄いですね。 ..
by とんまま at 10:21
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